No.194873

料理しなイカ?

イカ娘の二次創作。
栄子が料理をするのですが、彼女が果たして原作設定で料理が出来るのかどうかは自分は知りません。
美味しんぼが好きな人、色々とごめんなさいなのです。

2011-01-09 10:18:04 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:771   閲覧ユーザー数:737

 昼の混雑した時間も過ぎ、海の家「れもん」の中は若干の休憩モードとなっていた。千鶴と栄子、そしてイカ娘は奧の座敷に腰掛けて冷えた麦茶を飲んでいる。

 外ではさんさんと光り輝く太陽の下で、多くの海水浴客が歓声を上げている。

 そんなゆったりと流れる時間の中、不意に千鶴の携帯電話が鳴った。

「あら? 何事かしら?」

 千鶴は座敷に置いた携帯電話を手に取った。

「はいもしもし? ……あら? …………はい。いえ、しかしいきなりそんなこと言われましても……はい…………どうしてもですか? ええ、確かに大変なのは分かりますけど…………はい……はい。うーん…………仕方ないですねえ。分かりました。では、もう少しだけ持ち堪えて下さい。……はい、それでは失礼します」

 軽く溜息を吐いて、千鶴は電話を切った。

「姉貴? どうかしたのか?」

「どうしたんでゲソ? 千鶴」

 訪ねてくる栄子とイカ娘に、千鶴は頷く。

「うん。栄子ちゃん、イカ娘ちゃん。急に用事が出来てしまったの。なるべく早く戻るつもりだけれど、ちょっとの間、お留守番をお願い出来るかしら?」

「ああ、そんなことか。別にいいよ。今の時間、そんなにお客さんが押し掛けるってことも無いだろうし。私達でも何とかなるさ。ちょっとくらい遅くなっても、今日は鮎美ちゃんだって来るし」

「そう? ごめんなさいね。じゃあ、しばらくの間ここをお願いね。行ってくるわ」

「任せるでゲソ」

 千鶴は座敷から腰を上げ、二人に手を振って外へと出て行った。

 れもんの中に、栄子とイカ娘だけが残る。

 千鶴の姿が完全に人混みの中に消えた頃、イカ娘は呟くように栄子に訊いた。

「栄子? ……本当に大丈夫でゲソか?」

「おいイカ娘? お前、それでどうしてさっきは自信満々に『任せるでゲソ』とか言ったんだよ?」

「……千鶴を心配させる訳にもいかないじゃなイカ?」

「いや気持ちは分かるけどさ……私も似たようなもんだし」

 千鶴に向けたときとは正反対に不安げな表情を浮かべるイカ娘に対して、栄子は笑みを浮かべて見せた。

「まあ、でも何とかなるさ。全部のメニューは無理だけど、簡単なメニューくらいなら私だって作れるし、レジ打ちも出来ないわけじゃない。姉貴が帰って来るのと鮎美ちゃんが来るのとどっちが早いか分からないけどさ」

 イカ娘は目を丸めた。

「栄子も料理は出来たのでゲソか? そんなの、今まで一度も見たことないでゲソ。いつも千鶴しか料理はしてないでゲソ」

「おい、なんだよその目は? さっきも言ったけど、私だって簡単なメニューなら姉貴にも教えてもらったし、作れるんだよ。そりゃ流石に、姉貴には敵わないけどさ」

 もっとも、そうは言いながらも常日頃の自分の行動が女らしくないことは自覚しているので、栄子も本気ではイカ娘には怒らなかったが。

 苦笑いを浮かべて頬を掻く栄子を見ながら、イカ娘は安堵の息を吐いて胸を撫で下ろした。

「ごめんくださ~い」

 と、れもんに若い女の声が響いた。

 栄子とイカ娘がれもんの入り口に視線を向けると、そこにはバックに髪を流した男と、栗色の髪をした女が立っていた。歳はどちらも二十代の半ばくらいだろうか。栄子は東○新聞とかいう新聞の記事で見た人に似ているなあとか思った。

「あ、すみませ~ん。お客さんですか? やっていますよー。どちらでもお好きな席にどうぞ」

 二人の客は頷いて、窓辺の席へと座った。

 短い休憩時間もこれで終わりのようだ。栄子とイカ娘は麦茶を飲み干して座敷から立ち上がった。

「じゃあイカ娘、私は厨房に行って来るからお前は注文を聞いてきてくれ」

「分かったでゲソ」

 栄子は空になったコップを持って厨房に向かう。

 イカ娘は客用のコップに冷水を注いで、客へと向かっていった。

「何にするでゲソ?」

 注文は既に決まっていたのか、客の二人はさして迷うことなくイカ娘に伝えた。

 イカ娘はそれを聞いてカウンター越しに栄子に訊いた。

「栄子、焼きそば二人前でゲソ。出来るでゲソか?」

「焼きそばかあ。ああ、それくらいなら大丈夫だ。直ぐに作るから待っててくれ」

「分かったでゲソ」

 笑顔を浮かべ、自信満々に胸を張る栄子が、イカ娘には頼もしく見えた。

 鼻歌を歌いながら、栄子は冷蔵庫から材料を取り出して鉄板に油を引いた。

 数分後、イカ娘は栄子が作った焼きそばを二人の客へと持っていった。

「お待ち遠様でゲソ」

 湯気をあげる焼きそばをテーブルの上に置き、客の二人が備え付けられた割り箸を手に取ったところでイカ娘は踵を返してカウンターへと向かう。

 これでまたしばらくの間、次のお客が来るまではのんびり出来そうだ。

 そうイカ娘が思った矢先、彼女の背後で割り箸がテーブルに叩き付けられ、乾いた音を響かせた。

 何事? 疑問符を浮かべて振り返るイカ娘の視線の先で、男はつまらなさそうな視線で焼きそばを見詰めていた。

 

”この焼きそばは出来損ないだ。食べられないよ”

 

「なあっ!?」

 イカ娘には男の言葉が信じられなかった。イカ娘が見る限り、栄子は手際よく焼きそばを作っていたし、運びながら出来上がったそれを見ても美味しそうだと思った。

「そうね。麺が何だか柔らかすぎる。それに油も使いすぎみたい、少しベタベタして舌に残るわ」

「それだけじゃない。野菜も肉も火の通りがまるでバラバラだ。とても食材の旨味を引き出しているとは言えない。食材が泣いているよ」

 散々な評価だった。

 それはあまりにもイカ娘の想定の範囲を超えていて、彼らが何を言っているのか彼女にはよく分からなかった。

 ただ、彼らの言葉は栄子には辛いものだということは分かる。

 栄子の様子が心配になってイカ娘が振り返ると、彼女がカウンターから出てこちらに向かってきた。

「お口に合わなかったようで、どうもすみませんでした。今から作り直してきますので、もう少しお待ち下さい」

 笑顔でそう言って、栄子はイカ娘の前に出て焼きそばを回収した。

 再び厨房に向かっていく栄子に、イカ娘は続いた。

「……栄子」

「何て顔しているんだよイカ娘。サービス業だから、たまにはこんな事だってあるさ。そんなことより、お客さんの前だ。ちゃんと笑っていろ」

「わ、分かったでゲソ」

 辛いのは自分ではなく栄子の方だというのに、それなのに自分がしょぼくれた顔していてどうする? イカ娘は気合いを入れ直した。

 

 

 そして数分後、再び……今度はイカ娘の目の前で割り箸が叩き付けられた。それも、二人ともたった一口しか食べていないのにというのだ。

「こ、今度は何が悪かったんでゲソ?」

 イカ娘が見る限り、栄子は客の言っていた通り……それが客の好みだったのだろうと思って、今度はきちんと水の量や油の量を心持ち控えめに、そして具材の火の通りが均一になるようにこまめに焼きそばを混ぜるよう工夫していた。

「……水の量が少なすぎる。その上、今度はソバをかき混ぜすぎだ。こんなにところどころが団子状になってしまうまでかき混ぜてしまったおかげで、全体の食感がぐちゃぐちゃになってしまっている」

「そうね、それに今度は野菜に火が通りすぎているわ。肉の火の通り具合と、野菜の火の通り具合がバランスが合っていないわね」

「紅ショウガも盛りすぎだ。これでは紅ショウガの風味にソースが負けて、ソースの香ばしい香りがすべて死んでしまった」

 再び出される客からのダメ出しに、イカ娘は小さく拳を握った。

 しかし、栄子に振り返ると、彼女は仕方ないと苦笑を浮かべていた。

「わ、分かったでゲソ。もう一度、作り直すでゲソ」

 イカ娘は二人の前に出した焼きそばを回収した。

 それからまた数分後。

 この客のために、栄子は三度目の焼きそばを用意した。

 だが……。

「ダメだな」

 まるで感情のこもらない口調で、男はまたもや一口食べただけで割り箸をテーブルの上に置いた。もう一人の女も同様だった。

 イカ娘の額に怒りマークが浮かんだ。もう、我慢の限界だった。

 ばんっ! とイカ娘は両手でテーブルを叩く。

「お前達、いい加減にしなイカっ!! さっきから聞いていれば、水が多いだとか油がどうだだとか、それがそんなにも食べられないようなものなのでゲソかっ? 栄子は、お前達の我が儘に応えるために、一生懸命にやって……もがっ!? もが……」

 しかし、途中でイカ娘の言葉は遮られた。

 厨房から急いで出てきた栄子が、イカ娘の口を背後から塞いでいた。

「イカ娘。やめろ……落ち着くんだ。……私が、満足させられるだけのものを作れないだけなんだ。だから……落ち着け」

「もごっ……もが……もご……」

「お騒がせして、申し訳ありませんでした。お時間を取らせてしまい、申し訳ありません。作り直します」

 イカ娘の上で、栄子が客に頭を下げる。その様子に、イカ娘は暴れるのを止めた。

 栄子がイカ娘を押さえる腕、そして彼女の口は震えていた。

 イカ娘の目から、涙が一粒零れた。栄子はまだ……彼女自身、悔しいけれど耐えている。それなのに、自分が何も出来ないのが悔しかった。

 イカ娘は体から力を抜いた。イカ娘が落ち着いたのを感じ取り、栄子も腕から力を抜く。

 無言でイカ娘は焼きそばを回収した。

「あら、どうかしたのかしら?」

 二人が厨房に戻ろうとするところで、れもんの入り口から千鶴の声が聞こえてきた。

「あ、姉貴。おかえり」

「お帰りでゲソ。千鶴」

 栄子とイカ娘に近付く途中で、千鶴は頬に手を当てて小首を傾げた。視線をカウンターの奧に置かれた焼きそばに向ける。

「ねえ栄子ちゃん、イカ娘ちゃん。この焼きそば……どうしたのかしら?」

「ごめん姉貴、あのお客さんに焼きそばを作ったんだけどさ……うまくいかなかったんだ。それで……その……」

 千鶴の問いかけに、栄子は苦笑いを浮かべて頬を掻いた。

「姉貴。焼きそば二つ、急いで作ってくれないかな? 留守番……出来なくてごめん」

 力のない笑顔を浮かべ続ける栄子を千鶴は数秒……眺めた。

「分かったわ。お留守番ありがとう。栄子ちゃん。イカ娘ちゃん」

 栄子とイカ娘に向かって、千鶴はゆっくりと、力強く頷いた。

 と、れもんの入り口にまた一人、人影が現れる。

「こんちはー」

 れもんの入口から聞こえてきた声に、イカ娘は視線を向けた。

「何だ、悟郎でゲソか」

「何だとは何だイカのくせに」

 軽くイカ娘を睨んで、悟郎は席に着いた。千鶴が帰ってきたこのタイミングで来るあたり、どこかで様子でも伺っていたのだろうかと勘ぐりたくなる。

 イカ娘は触手を伸ばして冷水を入れたコップを悟郎の前に置く。

「悟郎は何にするんでゲソ?」

「海老炒飯だ」

「……悟郎のくせに、いつも海老を頼むなんて生意気でゲソ。たまには素炒飯で我慢するでゲソ」

「おいイカ。海老をつまみ食いしてただで済むと思うなよ?」

 イカ娘は無言で悟郎からそっぽを向いた。

 そんなイカ娘の様子に、悟郎は小首を傾げた。いつものイカ娘なら、ここでもっとぎゃあぎゃあと突っかかってくるのが常だったはずだ。

「……おいイカ?」

「何でゲソ?」

「いや、お前なんだか……今日は何かあったのか? 怒っているようだが」

「悟郎如きが余計なお世話でゲソ」

 如何にも機嫌が悪いと言わんばかりの口調で吐き捨てるイカ娘に、悟郎は軽く嘆息した。この様子では無理に聞いたところで絶対に答えはしないだろう。

「イカ娘ちゃん。この焼きそば、さっきのお客さんのところに運んでくれないかしら」

 どうやら悟郎と話をしている内に焼きそばはもう出来たようだ。

 イカ娘は千鶴がカウンターに置いた焼きそばを取りに行き、二人組の客の前に置いた。

 ゆっくりと、二人は焼きそばを割り箸で掴み、それぞれの口へと運ぶ。

 その直後、男は割り箸を手から落とした。目を見開き、そのまま表情を固まらせる。その一方で、女の方は割り箸を持った手で口の前を押さえていた。これがアニメか漫画なら、彼らの背後で雷光が光っていたことだろう。

「これは……っ!」

「美味しい。とても美味しいわ、この焼きそば。麺にぷりぷりとした気持ちのいい歯応えがあって、野菜の甘みが肉の香ばしさと絡み合って絶妙なハーモニーを口の中で奏でている。全身の血が綺麗になっていく気がするわ」

「水の量、そして油の量、麺の量、具材の量、ソースの量のバランスが絶妙なんだ。しかもそれだけじゃない、火の通し加減も完璧だ。このバランスが少しでも崩れていたなら、こうはならない」

 客達は唸りながら焼きそばを二口目、そして三口目を口の中へと入れていく。その様子に、イカ娘は少しだけ胸を撫で下ろした。

「イカ娘ちゃん」

「何でゲソ千鶴?」

 千鶴の声に振り返って、イカ娘はびくりと体を震わせた。イカ娘の視線の向こうで、千鶴はにっこりと微笑みを浮かべていた。

 ただし、微笑みを浮かべてはいたが、開眼していた。

「悪いんだけどその焼きそば、直ぐにこっちに持ってきてくれないかしら」

「は、はいでゲソっ!!」

 千鶴が言うか早いか、イカ娘は急いで触手を使ってさっき客の前に出したばかりの焼きそばを千鶴のところへと持っていった。

「なっ!?」

「ええっ?」

 突然の出来事に、焼きそばを食べていた客も目を白黒させる。

「ちょっと待てよ。いきなり何をするんだ。人が食べている最中だっていうのに」

「そうですよ。あなた、一体何を考えているんですか?」

 当惑しながらも、睨み付けて抗議してくる客に対し、千鶴は平然と微笑んだままだった。イカ娘から受け取った焼きそばを厨房の端に置く。

「……ダメね」

 千鶴は肩をすくめた。

「あなた達、その整髪料と香水の匂いがこの焼きそばの風味を壊してしまっているわ。それに、その箸の使い方……箸の先から三分の一以上までソースが浸みてしまっているわ、酷い使い方ね。それどころか、その口に見合わないほどに焼きそばを掴んで口に入れているから、見た目も行儀悪いし、食感も何もかも台無しにしてしまっている。せっかく作った焼きそばだけど、こんなことされて泣いているわ。もう、これ以上こんな酷いお客様にこの焼きそばを出すことなんて出来ないわね」

 千鶴から突き刺さる冷たい視線と辛辣な言葉に、焼きそばを取り上げられた客は額に血管を浮かび上がらせて立ち上がった。

「君……客に向かって何を……」

「そうよ。横暴だわ」

 気色ばむ二人の客だが、千鶴はまるで怯むことなく彼らと対峙し、睨み合う。

 千鶴はさっきからずっと開眼していた。その様子に、栄子とイカ娘は冷や汗を流しながらごくりと唾を飲んだ。一歩間違えば、一瞬後にはここが地獄絵図になっていても不思議ではない。知らないとはいえ、千鶴に刃向かう客二人が、栄子とイカ娘には恐ろしかった。

 そんな緊張が一分もした頃、男は舌打ちした。

「もういい、こんな店こっちの方からお断りだ。代金はここに置いておく」

 男は財布から小銭を取り出そうとするが。

「焼きそば八人前で3200円になります」

「なっ!? そんな、ぼったくり――」

 思わず男が怒鳴ろうとした瞬間、千鶴の姿が厨房からかき消えた。

「えっ?」

 彼らには何が起きたのか分からなかった。千鶴の姿が消えたのもそうだが……。

 どうして、今ここに……自分のすぐ傍に彼女がいるのだろう?

 男は冷や汗を流した。彼の手の甲の上に、千鶴のほっそりとした手が置かれていた。しかし、その細い指先は男の爪の先を引っかける形になっている。

 男は……やんわりと、しかし確実に自分の爪が反り返っていくのを自覚した。この女が本気を出したなら、まず間違いなく自分の爪はこのまま剥がされることになる。それを理解する。

「わ……分かった。払えばいいんだろう」

 男が渋々頷くと、千鶴は彼の手を解放し、代金を受け取った。そしてそのまま、彼らは不機嫌な表情を浮かべてれもんを立ち去っていく。

 その姿を見送った後、栄子は千鶴に駆け寄った。

「あ、姉貴。いいのかよあんなことして。後で警察とか、インターネットでここのことを言われたら……」

 不安げな表情を浮かべる栄子に、千鶴は笑みを浮かべて頷いた。今はもう目を閉じている。

「そんな心配しなくても大丈夫よ栄子ちゃん。もし何かあったとしても、私が何とかするから」

 胸を張って栄子に千鶴は応えた。その姿は、もの凄まじく頼もしかった。

「それより悟郎さん? もしよかったら、あっちに置いてある焼きそば、ちょっと食べてみてくれないかしら? さっきのお客さんの食べ差しだから、嫌ならいいんだけど」

 不意に千鶴に声を掛けられ、悟郎は自分を指さす。

「え? 俺ですか? いやまあ、それはいいんですけど」

「そう? ありがとう、悟郎さん。イカ娘ちゃん、ちょっとあっちにある焼きそばで、お客さんが箸を付けていないところを少しより分けて持ってきてくれないかしら」

「わ、分かったでゲソ」

 イカ娘は千鶴に言われたとおり、カウンターに行き、新しい紙皿に栄子の作った焼きそばを取り分けていった。

 一人前の焼きそばを皿に盛ったところで、イカ娘は悟郎の前に焼きそばを置いた。

「じゃあ、頂きます」

 悟郎はテーブルに備え付けられた割り箸を割り、焼きそばを掴んで口へと運んだ。

 むぐむぐと口を動かす悟郎を栄子達が見詰める。

「……ちょっと冷めているのが残念ですけど、普通に美味しいですよ? これがどうかしたんですか?」

「ほ、本当か悟郎? だってそれ、姉貴が作ったんじゃないんだぜ? それでもか?」

 栄子に悟郎は頷いた。

「ああ、これはお前が作ったのか。道理で千鶴さんのとは少し違う気はすると思った。だけど、さっきも言ったけど十分美味しいぞ? ひょっとして、さっきの客に何か言われたのか?」

 淡々と言っている悟郎の言葉に、世辞が混じっているようには見えない。だからこれは彼の率直な感想に間違いなかった。

 栄子の肩に千鶴の手が置かれた。

 優しい笑顔を浮かべる千鶴に、栄子は頷く。その目には少し光る物が混じっていた。

 その一方で……。

「私もっ! 私も食べるでゲソっ!」

「だあああああっ? イカっ!? お前、勝手に俺のところから焼きそばを取っていくなああああああっ!」

「悟郎はさっき、炒飯を頼んでいたじゃなイカっ!」

「それはそれ、これはこれだっつーの! というか、あっちのカウンターにまだあるんだから、そっちから食べればいいだろうがっ!」

 今度は悟郎とイカ娘が焼きそばを取り合い、喧嘩を始めていた。

 その夜。

「あれ? 今日は栄子も夕食を作るのでゲソか?」

 相沢邸の台所に千鶴と栄子が立っていた。まな板の上に野菜が置かれている。

「ああ、昼間は悟郎にああは言って貰ったけど、それでもやっぱりいつまでも姉貴には敵わないままっていうわけにもいかないしな。ちょっと練習してみようと思ってさ」

 照れくさそうに栄子は笑みを浮かべる。その姿に、イカ娘は栄子を格好いいと思うと同時に、それはどこか、自分が置いてけぼりにされるようで面白くなかった。

「千鶴。私にも料理を教えてくれなイカ?」

「イカ娘?」

「イカ娘ちゃん?」

 イカ娘の真剣な眼差しに、千鶴と栄子は頷く。

「いいわよイカ娘ちゃん。じゃあ、頑張りましょうね」

「イカ娘? 海老を摘み食いするんじゃないぞ?」

「しないでゲソっ!」

 その晩も、相沢家には笑顔が絶えることはなかった。

 

 

 ちなみに、これは余談になるのだが……。

 ある海の家でぼったくりの被害にあったという男女が交番にやってきたのだが、警察はその直前に起きた銀行強盗事件の後始末に追われて、それどころではなかった。

 そして、その被害届も銀行強盗事件を解決した謎の美少女戦士能面ライダーHNが絡んでいるらしいことから、最終的には闇へと葬られたそうな。

 

 

 ―END―

 

 


 
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