No.193315

~真・恋姫✝無双 孫呉伝~第二章第二幕

kanadeさん

新年、明けましておめでとうございます

久方ぶりの作品投稿、ずいぶんとお待たせしまい、本当にすいません。

楽しんでいただけることを心から願います。

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2011-01-02 01:18:07 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:11221   閲覧ユーザー数:7945

~真・恋姫無双 孫呉伝~ 第二章第二幕

 

 

 

 氷花の来訪から暫しの時が経過した。

 あれからも黄巾党の勢いは増し、重い腰を上げた現朝廷は、呆れるほど見事に大敗を喫し、自分達の無能さを露呈させただけでなく、黄巾党の勢いをより増長させる結果となってしまった。

 しかし、そんな中でも各地の諸侯たちがその活躍を飛躍させていた。

 孫呉の王である孫策は勿論のこと、許昌の曹操、河北の袁紹、幽州の公孫賛そして、義勇軍を結成しその名を広めた劉備。

 各諸侯たちの目覚ましい活躍もあって、黄巾党の勢いが衰え始めた頃、袁術の使者がやってきた。

 使者の呼び出しに応じた雪蓮は袁術の城にまで顔を出し、そこでなんの悪びれた様子もなく非常に性質の悪い冗談が飛び出した。

 

 「黄巾の本隊を叩け・・・ですって?」

 「そうじゃ。お主たちならば黄巾党ごときの烏合の衆、蹴散らすことくらい容易かろう」

 本気で殺してやろうかと思った。今この場を血の海にしてやろう――と、物騒な事を洒落抜きで考えてしまった。

 が、そんな衝動を内心必死で押さえこみ、表面上平静を装って一呼吸挟んだ。

 「期待してくれるのは嬉しいけど、幾ら私達でも本隊相手は無理よ。兵力に差がありすぎるもの」

 これは冗談でもなく本当の事だ。可能性がないかと言われれば無くもないのだが。現状ではまず無理だ。どうしてもそれを可能にしろというならば。多少は融通を聞かせてもらわないといけないわけなのだが。そんなこちらの事情はお構いなしに。

 「な~んじゃ、民に〝英雄〟などと祭り上げられておきながら、そんな事もできんのか」

 役に立たない奴だと呆れられ、本当に殺気を抑えきる自信を失くしていたわけだが、孫呉の王としての立場が、ギリギリのところで踏み止まらせてくれた。

 「祭り上げられようと、兵力の差はどうしようもないのよ。・・・ま、旧臣を集めてもいいなら、どうにかなるでしょうけどね」

 「なんじゃ、その程度の事でよいのなら、認めてやるぞよ。早々に呼び寄せ出陣せい」

 「・・・・・・了~解。で、袁術ちゃん達はどうするの?」

 「朝廷からの命じゃからな。妾たちも出るぞよ。の?七乃、夜香(よるか)」

 「はい、お嬢様」

 「私たちは万全の準備を整えた後、西の方の別働隊を叩きますから、お強い孫策さん達は北の本隊を叩いてください」

 「・・・わかったわ」

 「頑張って名を上げるがよいぞ。吉報を期待しておるからの」

 本当にあからさま過ぎて苛々する。だが、旧臣を集めていいというのなら、不満も全て今は呑みこもう。

 溜まった苛立ちは一刀で発散すればいいのだから。

 

 雪蓮は知る由もないが、この時鍛錬中だった一刀は、背筋に走った寒気に身震いさせ大きな隙を作ってしまい。燕からいい一撃をくらって失神してしまったそうだ。

 

 雪蓮が去り、袁術が張勲に愛でられて(からかわれて)いる時、彼女の笑顔を幸せそうに見つめながら、思案していた。

 (そう遠くない内に孫策さん達は間違いなく牙をむけるでしょうね。ここで戦力を削ぐのも手の内ではありますが、そうなると色々と拙いんですよね。あの人たちがいるから私たちは、本隊と戦わずにすむわけですから・・・もし、私たちが本隊と戦ったりしたら、お嬢様に万が一が及びかねませんし・・・最悪の可能性だけは排除しないといけません。それが後の未来で失策となろうとも。お嬢様の笑顔をお守りするのが私や七乃さんの務め・・・いざという時はこの頸を差し出すまで)

 遠い未来にまで幸せを馳せるのは臣下の身には大きすぎる。指針となるべき両親を失くされた美羽様ではあの英傑を従え続ける事は出来ないだろう。そも、現状にしたところで、先王である孫堅が意識不明の時期が長らく続き、呉の国が混乱してくれたおかげに過ぎない。

 どう足掻いても限界が見えている。だからこそ、今ある幸せを享受することを選んだ。その事に後悔はない。

 (後悔するくらいなら最初から選びたくないですからね)

 代償はこの命になるかもしれない。だが、それでも構わない。

 

 ――それが、彼女の選択だった。

 

 

 「一刀・・・どうか、した?顔・・・真っ青、だよ」

 「いや、なんだろう・・・凄まじいほど嫌な予感が・・・こう近くまで歩いてきてるような・・・」

 そんな一刀を見ていると、圧倒的気配を感じたのでそちらに視線を向けて息を呑んだ。

 鬼神――そんな言葉がぴったりだ。あの様子ではおそらく街中で誰も声をかけてはこなかったに違いない。

 「一刀、燕は・・・急用、を思い出した・・・あと、頑張って」

 足早に去っていく燕。何事かと思ったがその理由はすぐに思い至った。

 「雪・・・蓮」

 目が据わっている孫呉の王がそこにいた。しかも南海覇王を抜刀しているじゃありませんか。

 目があった瞬間、雪蓮はニッコリと寒気がするような笑みを一刀に見せた。

 (アレは、ヤバい!!)

 感じた瞬間、体は反応していた。

 手に握った荒燕を振り抜く。

 

 ――キィィンッ

 

 「あの雪蓮さん、その嘘臭い笑顔はなんでしょうか?あと、剣を引いてくれませんか?」

 「却下♪」

 笑顔でこちらの頼みは却下され、雪蓮は手加減抜きで剣を振るう。

 

 ギンッ、ガキンッ、ギャンッキンッ、キィィンン、ギィィィィンッ

 

 洒落っ気なしの本気の剣戟が続く。

 そうして何度目かの剣戟の音が響いた後、鍔迫り合いが始まった。

 ギ、ギ、ギ、と鈍い金属音が耳に届く。

 強くなっているとはいえ、一刀は中の上程度でしかなく、名だたる武人である彼女に次第に押されていく。もう、どうこう言ってるわけにはいかなった。

 論じるより行動。死なないためにも動くしかない。そう判断して一気に氣を練り上げ南海覇王を弾く。

 その一瞬の隙に穿刃の第一段階である掌底を叩きこむ。

  「うっ!?」

 加減したとはいえ、鳩尾に叩き込まれた一撃に、雪蓮は思わずえずいた。

 そうしてよろめく雪蓮に対し、一刀の追撃はまだ終わらない。

 「〝旋華〟!!」

 「っ!?」

 〝旋華〟は奥義ノ四であり、その本質は剣を用いない〝体術〟である事だ。

 足技で、一撃目で足払いをして前のめりに倒れる相手に、その勢いのまま、反対側の足による回し蹴り上げを顎(顔面)に叩き込み、回転の勢いのまま、蹴り上げた足を軸にして、逆の足で駄目押しの回し蹴りをお見舞いする技である。

 威力は凄まじいものがあり、コレを〝本気〟で叩きこんだ時には顎と肋骨がイカれてしまう。

 勿論今回は威力を押さえてあり、全部を叩き込まずに最初の一撃のみで済ませているため、致命傷に至る事はない。

 「なんて考えてる場合じゃない!雪蓮、大丈夫!?」

 旋華の足払いでうつ伏せになったまま、雪蓮はピクリとも動かない。まさかと思い駆けよってみてホッと一刀は胸を撫で下ろした。

 「ごめん、ひょっとして加減出来てなかった?」

 「ぷっ・・・あはははは、あはははははは♪大丈夫、あちこち痛むけど、大した事ないわ。それに、加減出来てなかったら私、多分まともな状態じゃなかったと思うけど?」

 御尤もだ台詞だが、ピクリとも動かないままの姿を見れば、やはり心配にもなる。

 「私の方こそ、いきなり襲いかかったりしてごめんね。袁術ちゃんのせいでかなり苛々してたから。どうにかして発散しようと思って・・・いつもだったらお酒飲んだり、冥琳を可愛がったりして晴らすんだけど・・・ね。今回は何となく剣を振りまわしたかったの・・・ありがとう。あたしの我儘につきあってくれて」

 「・・・どういたしまして。立てる?」

 「・・・力が入らない」

 だろうなと思った。加減したとはいえ、穿刃の一撃目の掌底で鳩尾にくらわせたのだから。

とはいえ、一刀はそこで妙だと思った。

 「雪蓮、全部わざと受けただろ?」

 「ええ♪一刀の底が見れると思って。期待以上だったわ」

 どうりで、と納得がいった。いつもの雪蓮ならあそこまで綺麗に技が入ったりはしない筈だからだ。

 一刀に肩を借りて雪蓮は立ちあがった。最初に見た時と違い、いつもの雪蓮の明るい笑顔がそこにあった。

 「東屋の方でいいの?」

 「ええ、お願い。冥琳達もそこにいるはずだから」

 「承知いたしましたお姫様」

 「――ほんと、一刀って打算がないわね」

 「なんのこと?」

 「こっちのこと♪」

 何のことやらと首を傾げるが、雪蓮は結局答える事はなかった。

 

 

 そうこうしている内に東屋の方に辿り着く。

 そこには孫呉の重鎮たちが揃い踏みしていて二人の様子――特に雪蓮――を見て何事かと驚いた眼で見た。

 「策殿、一体何があった」

 「色々。一刀、もう大丈夫よ」

 「そっか。それじゃ俺は警羅に行くよ」

 「待て一刀、丁度いい。お前も呼ぼうかと思っていたところだ。そろそろ穏が燕を連れてくる頃だから、このまま此処にいろ」

 そう言われては仕方がない。警羅の仕事も大事だが、此方の方も大事なことに変わりはない。

程なくして、燕と穏の二人も東屋の方にやってきた。

 

 全員が揃ったところで、雪蓮が、皆が絶句する台詞を口にした。

 「――黄巾党の本隊を叩け、だそうよ」

 その台詞の破壊力は、あの冷静沈着な冥琳が唖然としている事からも相当だという事がわかる。

 「雪蓮、一体何の冗談だ?」

 その問いかけに雪蓮は心底疲れたように嘆息した。

 「冗談なわけないでしょ。幾ら私でもこんな笑えない冗談は言わないわよ」

 「それ抜きにしたとしてもとても頷けませんよ~。黄巾党の本隊は二十万を超えてるんですよ?」

 「兵力差はどうにも出来ぬからのう。策の有無に関わらず、今のままでは万に一つの勝ち目もないじゃろうな」

 「祭の言う通り・・・なんだが、まぁ・・・お前の顔を見れば収穫がなかったわけじゃないことぐらいわかるが・・・伯符、どうするつもりだ」

 母に問われた雪蓮はニヤリとその台詞を待っていたと言わんばかりだ。

 「旧臣たちを集めるわ」

 改めて一刀と燕以外の面子が絶句した。一方の雪蓮はその反応に非常に満足しているようですごく、楽しげだ。

 

 全員の絶句はそう長くは続かず、早々に我に返った祭が、呆れながら呟く。

 「あやつ、本当の馬鹿であったか」

 「祭様、駄目ですよ~♪張勲さんや紀霊さんもいるんですから、仲間外れにしたら可哀そうですよ」

 「伯言が珍しく毒を吐いたな。興覇に幼平、子義・・・策、シャオはどうする?」

 「あ~・・・シャオは、まだ呼ばないわ。あと、悠里もね。それよりも、今は黄巾党の事に専念しましょ。冥琳、貴方には軍策を任せるわ。穏、貴女は使者の選定と兵帖の用意を。母さんと祭は軍編成を頼むわ。一刀と燕はここを開ける間、警羅の引き継ぎを済ませてちょうだい。それと、合流は行軍中に行うから」

 全員が頷く。それを確認し、改めて一同の顔を見た後に、雪蓮は軽く深呼吸をした。

 

 「いよいよ孫呉独立への一歩を踏み出す・・・皆、私に力を貸して!」

 

 全員が笑みを浮かべた。今更答える事でもないという感じだ。だが、全員がそれに答える。

ただ一言。

 

 ――『応!!』

 

 「・・・・・・」

 見渡す限りの広い荒野と青い空。その中であって一人佇む少女がすぅっと息を吸う。

 「二年半・・・久しぶりの外の世界の空気のなんと清々しい事か」

 「蓮華様」

 自身の名を呼ばれ、少女が振りかえると。

 少女の見知った顔があった。

 「何かしら。思春」

 「いえ、どうかされたのではないか・・・と」

 「大したことではないの。久しぶりの外の世界の広さを感じていただけ・・・」

 「そうですね。よもや、袁術公認で動けるとは考えておりませんでした」 

 自分の後ろに控える少女の口から出た名前に、意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 「その点に関しては、袁術の馬鹿さ加減に感謝しなくてはね」

 「はい。雪蓮様、元気にしておられるとよいですね」

 少女の口にした名に苦笑が自然と浮かんでしまう。少女にとって会うのも、言葉を交わすのも、全てが久しぶりなのだが、どういう人物なのかをよく知っているために喜びもそうだが心配も同時に浮かんでしまう。

 「母様や冥琳を困らせていないとよいのだけど」

 「雪蓮様ですから」

 「それもそうね。・・・・だけど、〝天の御遣い〟なんて得体の知れない者を傍に置くのは感心しないわ。母様も姉様も何を考えているのかしら」

苦笑していた少女の表情が微かに鋭くなる。それを見て側近の少女がフォローするように声を割り込ませる。

 「公瑾殿や黄蓋殿も認めておられるようですから、何かあるのでしょう。そうなのだろう、氷花」

 そう言ったが少女の表情は微かな鋭さを湛えたままだった。

 「ええ、その事でしたら何の心配もいらないと思いますよ」

 「貴女の言葉を疑うわけではないけれど・・・だからといって、私が認める理由にはならないわ。それに、貴女が以前言ったでしょう?私は、私自身の目で見て判断する。もし、信じるに足りないと判断した時は、姉様たちに進言しなくてはね」

 (無用の心配だとは思いますけどね)

 ひっそりとそんな事を考える氷花。

 

 ――それから暫くして、少女達は自分達の合流地点に到着する。

 そこにあった牙門旗には、孫の字があった。

 

 

 それより少し前の事。

 

 一刀は再び戦場に立っていた。これで何度目になるのだろうといつものように考える。

 考えて意味があるかと聞かれれば、大してあるとは言えない行為だが、それでも一刀はいつもそれを考える。そして、その時に背負う命はどれほど重いのだろうかと。

 「北郷、何を考えていた?」

 一刀の横に、冥琳がそっと立ち、顔の向きを揃えたまま訪ねてきた。一刀もそれに倣い、冥林と同じ地平線に視線を向けたまま彼女の問いに、ただ一言「色々」とだけ答え、冥琳も「そうか」とだけ返し、それ以上深くは聞いてこなかった。

 「そういえばさ、孫権さんってどんな人なの?香蓮さんも雪蓮も『それは会った時のお楽しみ』って言って教えてくれないんだ」

 「・・・ふむ、あの二人が話さないなら私も話すべきではないと思うが・・・そうだな、一つだけならば、教えてやってもいいだろう」

 「ありがとう、冥琳」

 「なに、この程度で礼はいらんさ。さて、蓮華様だが・・・一言でいえば真面目なお方だ」

 「真面目・・・あの母と姉がいて?」

 「お前も随分と言うようになったな。だが、その気持ちも分からなくはない・・・ただ、だからこそとも言えるのだ」

 「ごめん、それはものすごーく納得できる」

 頷かずにはいられない冥琳の台詞。本当にしみじみとしてしまう。

 と、そんな少しだけ肩の力が抜けたように見える一刀を見た冥琳は小さく笑った。

 「少しは気が晴れたか?」

 「!・・・ありがとう、大丈夫だよ。・・・俺ってそんなに浮かない顔をしてるかな?」

 「ああ。普段と比べれば随分と表情が暗い」

 「そっか。以後気をつけます」

 「思い悩むなとは言わないがな、なんとか気持ちの整理はつけてくれ」

 「了解」

 そう答える一刀の表情は、先程までの暗さが形を潜めていた。

 

 その後、どこで聞いていたかに関しては全く不明だが、一刀と冥琳の話を聞いていた香蓮と雪蓮に一刀は力づくで励まされる事となったが、それはまた別の話である。

 

 「それで?蓮華達との合流にはどれくらいかかりそうなの」

 「兵を集めてから向かうとのことですから、もう少しかかるかと」

 穏の台詞に、雪蓮はほんの少し――本当に些細な変化ではあったが眉を顰めた。

 「そうなると初戦は私たちだけで戦るしかないわね」

 「策殿、些か無理がありはしませぬかな?」

 祭の疑問に言葉を返したのは、問われた大将――雪蓮ではなく、穏が応じる。

 「祭さまの仰る事は御尤もなのですが~、各諸侯が動いてる今なら、なんとかなると思いますよ♪」

 「まぁ、あたしたちは出城に引きこもっている連中を引っ張りだすとしようか・・・その後で、諸侯たちと足並みを揃えれば何とかなるだろうさ。だろう?冥琳」

 少し勝ち誇ったように言う香蓮を見て、冥琳は疲れたように溜息をついた。

 「香蓮様がいらっしゃると、時折、軍師としての自信を失くしそうになりますよ」

 「ハっ、周家の令嬢にしては随分と殊勝な事を言うじゃないか。そんなに気負う物ではないよ。お前はあたし以上の賢人。もっと自信を持て」

 バシバシと背中を叩き励ます香蓮。

 

 (うわぁ・・・アレ、絶対痛いよな。冥琳の表情、厳しくなってるし・・・きっと痛みに耐えてるんだろうなぁ)

 あとで声の一つでも掛けてやろうとひそかに思う一刀であった。

 

 「さて、それじゃあ大体の方針は決まったわね。・・・で、痛かった?」

 「そこそこな」

 背中を擦る友に向けて苦笑してみせる冥琳を見て、余計な心配だったかと一刀は胸を撫で下ろす。そんな一刀を見ていたのか、香蓮が一刀の傍にまで来て、そっと耳打ちをする。

 「残念だったな。ああいうのは早い者勝ちだからな、ま、次に期待する事だ」

 「何ノ事デショウカ」

 「恍けても無駄。お前は顔に出るからな。あの二人を見て残念そうにしてたぞ、お前」

 最早片言の言葉すら出てこなかった。見透かされていたのが恥ずかしくって、顔が熱い。鏡を覗けば、きっとトマトのように真っ赤な自分の面が拝めることだろう。

 「本当にお前は分かりやすい。だが、それがお前はそれくらいがちょうどいいんだろうな」

 いつものように乱暴に撫でられるのではなく、そっと優しい――まるで母が子にするかのような優しさを感じる撫で方だった。

 「なんか色々落ち着いたかな?・・・ありがとう」

 「これくらいならいつでもしてやるさ。一刀、この戦も・・・生き残るぞ」

 「了解」

 

 きっと頑張れる。

 決意を新たに、一刀は戦場になるであろう荒野に視線を向けるのだった。

 

 ――と、折角一刀が気を取り直したというのに、問題が発生してしまった。

 黄巾党の先発隊と遭遇した途端、冥琳の制止を無視して雪蓮が突っ込んでいったのだ。これを止めるために祭が追いかけていった。一刀もそれに続こうかと思ったわけだが、それは香蓮に止められた。

 彼女は心配する必要はないと言い、さらに冥琳を見るようにと言葉を続けた。

 その言葉に従って冥琳へ視線を向けた瞬間、呼吸が一瞬止まり、体が恐怖のあまり震えだす。

 「アレが完全にキレた周家の令嬢だ。ああなると誰にも手に負えなくなる。あの二人について行ったりなんかしてみろ、アレの説教を受けることになるわけだが・・・二人を追いかけたいか?」

 

 一刀は全霊の力を以って首を横に振った。

 

 その後の顛末は多くの方が御想像した通りとなる。

 「伯符・・・勇敢と蛮勇の意味を履き違えてくれるな。蛮勇など悪名としてしか広まらんのだぞ!お前の目的は呉を衰退させる事ではあるまい!」

 「あの、冥琳・・・本当に反省してるから、そろそろ・・・ね?」

 「何が〝そろそろ〟なのだ?まだまだ言っておく事は山のようにあるぞ。・・・黄蓋殿、何をこそこそされておられるのですか?」

 「いや、の・・・」

 「伯符への説教が終わった後は貴殿の番です。素晴らしい言い訳を期待してますよ」

 「ぐぬっ!?」

 その後に一刀をちらりと見た祭だったが、一刀は頑張ってと目配りしただけで、それ以上の助け船を出そうとはしなかった。

 (戻ったらお酒でも奢ってあげようかな?)

 後のケアを考えている辺り、やはり一刀はお人好しだった。この事は後に香蓮からも『必要ないだろうに・・・甘い奴だよ、お前は』と呆れながら言われることになるのだが、それは彼の預かり知らぬ事である。

 

 

 雪蓮と祭が怒髪天の冥琳に小さくなっていた頃。

 

 「ふふっ――この一件を発端に、この大陸は乱世へと向かうわ。それは即ち、諸侯たちが矢面に立って動き始めると言う事・・・楽しみね」

 「華琳様、御報告します」

 荒野を見つめ、心から楽しそうに笑みを浮かべる少女に、猫耳フードを被った少女が歩み寄る。少女の方へと顔を向け、続きを促す少女。

 その少女が纏う覇気は雪蓮や香蓮と言った〝王〟たる者たちと似たものがあった。

違いがあるすれば、それは〝質〟だろうか。

 

 雪蓮や香蓮が〝焔〟ならば、この少女は〝氷〟。

 

 苛烈さではなく、鋭さを湛えている。

 「この場に居合わせた諸侯で主だったものは、河北の袁紹。幽州の公孫賛にそれと場所を同じくして、義勇軍の筆頭、劉備・・・。そして、呉の孫策です」

 孫策の名を聞いた瞬間、少女の眉が微かに動く。

 「孫策・・・猿が飼うには過ぎた虎。いずれその喉笛に牙を立てられる事でしょうね。この場に袁術がいないことからも袁術の無能さが伺えるわ・・・今回の一件、孫策が打って出た賭けは、間違いなく成功する」

 少女の独白をフードの少女は、黙って聞いている。

 「孫策伯符・・・戦場でまみえる日が来るのが楽しみね」

 少女は踵を返し歩を進め、フードの少女はそれに続く。

 彼女たちの行く先には一つの軍勢。

 

 ――その軍勢が掲げる牙門旗には〝曹〟の文字が翻っていた。

 

 

~あとがき~

 

 

 えーっと・・・長らく放置してしまい本当に申し訳ありません。

 それ以外の言葉が全く出てこない事も本当にすいません。

 中々続きが浮かばず、本格的に詰まっておりました。

 応援コメントをくれた皆さまだけでなく、これまでも読んでいただいた方に楽しんでもらえたら誠に幸いです。

 

 さて、今回の話ですが、前回の予告とは違い、蓮華の合流は、次に持ち越しとなりました、ずいません。

 それ以外で言うなら、前作〝孫呉の外史〟同様、華琳が登場しました。でも、今回は登場しただけです

 それでは次回予告です。

 黄巾編は次で完結。その後は反董卓連合編へとシフトいたします。

 ただ次回の話の末尾で新キャラを出します。

 そのキャラは、反董卓連合編から合流し、活躍します。

 尚、次回の話のあとは拠点となりますので、アンケートを予定しております。今回は前回の拠点アンケートの様な失敗をしないように、期限をきっちりと設けますので、その折はご協力お願いします。

 それでは次回でまた――。

 Kanadeでした。

 


 
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