No.184519

恋姫異聞録93

絶影さん

今回も準備になってしまいました

一寸短いです

次回からは呉に入ります

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2010-11-14 17:08:19 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:9744   閲覧ユーザー数:7616

呉への訪問、同盟交渉出発を明日に控えた俺は自宅で仕度を整えていた

偽の生首を見せたときの華琳の行動は子供のようだった

久しぶりに見る才と知の結晶をその目で堪能し、養子にする為に連れて行った美羽を質問攻めにしていた

 

散々偽の生首について聞いたり弄繰り回した挙句、最後には鼻を近づけ匂いが人の物ではないと駄目出ししていた

どうやら華琳の鼻には紅花の微かな香りとゴムの特有の臭いを捕らえていたようだ

 

流石に塩漬けにして偽の生首を差し出すのだから臭いは大丈夫だろうと言ったのだがどうも気に入らないようで

「次に作る時は私も立ち会わせなさい」等と言っていた。なので「安心しろ、もう作らん」と返せば

生意気だと首を絞められた。だが本当にもう作らないのだから仕方が無いだろう、作るとするなら

義手や義足を戦の負傷者に作るくらいだ

 

「兄者、旅装束はどういたしますか?」

 

「何時もの通りだ、前と違って潜入するわけではないからな」

 

屋敷の一室で床に座りながら手に持つ服を見る一馬。俺は目の前で床に広げた衣類を袋に押し込み答える

今回は袁家の時と違って酒家に潜入するわけでも無いし、訪問の使者は既に送ってある

前の時のようにわざわざボロボロの商人のような服装をする必要は無い・・・だがそれで中に入って

孫策殿を驚かすと言うのも面白そうだ

 

「よからぬ事を考えておられるでしょう、今度は何ですか?」

 

「秘密だ、言えば怒るだろう義弟よ」

 

「怒りませんよ、姉者にお話しするだけです」

 

笑顔で返す一馬に俺は「卑怯だぞ」と返せば、「戦場では使えるものは何でも使うのでしょう?」と返されてしまった

どうやら風呂場での一件で秋蘭という弱みを握られてしまったようだ。まったく余計なところを見られたものだ

もっとも秋蘭が真に怒った所を見たところが無いだろうから簡単に言うのだろうが、本気で怒った時は

洒落にならん、昔に何度か春蘭が怒りを買って一ヶ月無視し続けたのは恐ろしかった

項垂れる春蘭を見ているのは痛々しかったなぁ・・・

 

「昭、真桜が来てるぞ」

 

「こんちは隊長。さっき秋蘭様から言われて来たんやけど」

 

服を押し込み、旅用の薬などを確かめていると戸を開け部屋に入ってきたのは春蘭と真桜

ちょうど昼食の食材を買いに出かけようとしていた秋蘭に真桜を此処に呼んで欲しいと言っておいたんだが

随分と来るのが早い、どうやら買い物を済ます前に兵舎に行ってくれたようだ。俺はてっきり一緒に

帰ってくるのかと思ったのだがな

 

「ああ、実は劉弁様から褒美に剣を頂いたんだが、あまりに重くて俺には使えないんだ。だから何かに使えないかと

思ってな」

 

「剣?隊長が重いって、うち等には大した事無い重さやったりするからな~」

 

部屋の隅に立てかけてある無骨な鞘に入った剣を指差すと、真桜はからかうように笑いながら片手で剣を握る

そして持ち上げようとすれば剣はまるで地面に根を張ったかのようにビクともしない

 

「な、何やコレ!」

 

真桜が片手で持ち上げられないのも無理も無い、この部屋に持ってくるのにも力自慢の梁が両腕で抱えようやく

だったのだから。今思えばあの時受け取った俺の手が無事だったのが不思議なくらいだ

俺の言葉が真実だと理解したのか、両手で持ち持ち上げようとするが持ち上がらず

結局引きずりながら俺の元へと持ってきた

 

「コレなにで出来てるん?」

 

「解らん、俺はとにかく重いことと普通の金属では無いとだけ知ってる」

 

はぁ?と呆れる真桜はとりあえず鞘から抜いて見ようと柄と鞘を掴んで引き抜こうとするが鞘からは刃が

ちらりとものぞくことは無く、顔を赤くして力の限り引っ張っているようだが抜けず。更には足を使って

挟み、引き抜こうとするがそれでも動かない

 

「うぐぐぐぐっ・・・だっ、駄目やぜんっぜん動かへん」

 

「ふむ、貸して見ろ」

 

その様子に興味を示したのか、春蘭は肩で息をする真桜から受け取ると軽々と片手で振り上げ

鞘を掴み一気に抜き取る。鞘からはガリガリと何かを削るような音が響き、更にはボロボロと何か

粉のようなものが落ちてくる

 

「ほう」

 

「こ、これって」

 

鞘から抜き取られたものは剣と呼ぶには無骨で、刀身は荒く削りだした鉱石のよう。そして鈍く光を反射させ

黒く光るそれは、剣の剣たる証である刃が無く、一言で言えば金棒。しかも細身でありながら重さと荒々しさを

感じさせるそれは剣と呼ぶには余りにも大雑把な物だった

 

「剣ちゅうより鉄鞭とかそっち方面の武器やでこれ」

 

「ふむ、なるほどな」

 

驚く真桜と一馬を他所に春蘭は金棒【玄鉄剣】を片手で軽々と、まるで木切れを扱うように振り回す

そして納得が行ったと金棒を見つめる

 

「何か解ったのか?」

 

「うむ、コレを使う者は攻撃に全てを置いていると言う事だ。この重さがあれば敵の受ける衝撃は恐ろしいもの

となるだろう。更に言うならばこの短さでこの重さは敵の目を欺くものでもある」

 

なるほど、確かに剣ほどの長さしか無いならば、想像で受ける衝撃を決め付けてしまう。そして次の動きに

つなげられるように防御するものだが、そんな崩れた姿勢でこの剣を受ければ防いだ剣ごとたたき壊されるだけだ

攻撃こそ最大の防御とはよく言ったものだ、確かに攻撃重視の武器と言える

 

「真桜、すまんがコレは私が貰っても良いか?」

 

「え?構いませんけど、春蘭様の剣はどないするんですか?」

 

「うむ、今まで使っていた剣は軽すぎてな。だが華琳様から頂いたものだから変えられずにいたのだ」

 

そういえば昔、初めての賊討伐の褒美であの剣を貰ったはずだ。あれから随分と経ってるからな

よく見れば春蘭の腰に佩く剣は柄もボロボロで、握り手に何度も布を巻いて直した痕がある

きっと刀身自体も刃がかけてしまって、敵を斬る時は腕力で圧し斬っていたのかもしれないな

 

「昭も構わんか?」

 

「ああ、俺は構わないよ。どうせ使えないし、使える人が使ったほうが剣も喜ぶ」

 

春蘭は俺の言葉に笑顔を返す。その隣では、抜き取った【玄鉄剣】の刀身を指でさわり、叩き

うんうんと頷く真桜。そして一馬に剣の先を持たせ、春蘭と一馬に剣を平行に持たせると色々な角度で

覗き込み、腰に付けた工具でコンコンと叩く。そして十分に調べ終わったのか、下にこぼれた

【玄鉄剣】の粉?のようなものを指でつまみ、腰から取り出した袋に入れると二カッと笑い

 

「コレ春蘭様の剣、七星餓狼の刃に当てよか」

 

「な、そんなことが出来るのか?」

 

「出来るで、素材は良くわからんけど床に落ちた粉。コレは明らかに錆て出来たもんや、鉄に近い素材なら

熱で溶かし、刃に当てて重さと強度を兼ね備えた新しい剣に出来るはずや」

 

「是非頼む、この剣は七星餓狼は大切な剣なのだ。初めて華琳様から頂いた褒美だからな」

 

「まかしとき、ウチが今よりもっと春蘭様に相応しい剣にしたる。ただちょーっと剣は大きくなるけどな」

 

「構わん、それこそ魏武の大剣に相応しい」

 

春蘭の成長と共に剣もまた大きくなるか、本当に魏の大剣と言う言葉が良く似合う義姉だ

そうだ、ついでに秋蘭の武器も作ってもらおう。そんなことは無いと思うが

もし今回のことが失敗に終われば船の上での戦になる。そうなれば弓兵の秋蘭の力が重要になってくるはずだ

飛距離があり、なおかつ威力が凄まじい物。鉄の板でさえ貫く剛弓を

 

「真桜、頼みがあるんだが」

 

「ん?頼みって?」

 

「一馬、竹簡を取ってくれ」

 

一馬は掴む剣を静かに下ろし、机の上に置いた空の竹簡と筆を取り俺に渡す。俺は床に竹簡を広げ

真桜が腰を下ろしたのを見て、竹簡に絵を描いていく。口で説明するのは難しいからコレが一番だ

 

「ん~???」

 

描きあがったものを覗き込む真桜。そして腕組みをして首をひねる。描きあがった物の想像をしているのだろう

確かにコレは弓の常識から外れているものだからな。だが秋蘭には使いこなせるだろうし、使いこなしたならば

放つ矢にさえ変化を付けられる素晴らしい武器だ

 

「コレほんまに弓なん?どっちが上・・・まぁ長いほうが上か、ほんで弦は?」

 

「弦は麻弦、弓自体は膠で竹を張り合わせた物だったはず」

 

「・・・・・・とりあえず作っては見るけど、こんなんホンマに矢なんか飛ばせんの?」

 

疑問しかないと言った感じの真桜だが、更に弓の大きさを教えれば「はぁ?」という言葉が返ってきた

まぁ仕方が無いだろう。話を聞いていた一馬や春蘭もそれは弓とは呼ばないと言っていたのだから

だがこの時代の弓としては最強の部類に入るはずだ、もっと強いトルコ弓なんてのもあったはずだがあれは

素材が複雑で俺には解らない、そのうち真桜に話せば想像だけで作ってくれそうだが時間がかかるだろう

 

「父様っ!どうじゃ似合うかえっ!?」

 

「服を受け取ってきましたよー!さすがお兄さん、美羽様の体型を知っているなんて素晴らしい変態っぷりですよ!」

 

ドタドタと廊下を走り、戸を勢い良く開け部屋に入ってきたのは美羽と七乃

とりあえず七乃の頭を鷲づかみにして、美羽の頭を撫でる。左手には顔を青くして震える七乃

コイツは何時までたっても懲りないようだ。右手には撫でられる感触を楽しむ美羽

 

その姿は何時もの白衣と装飾品が沢山付いた袁家を象徴する服ではなく、蒼を基調とした長衣

髪も何時ものリボンは無く、簪で長い髪を纏めていた

 

どうやら用意した服はぴったりのようだ、見た感じ流琉や季衣と背格好が変わらないようだから

同じように仕立ててもらったが、中々似合っている

 

「うむ、良く似合っているではないか」

 

「ホンマや、隊長こんなん用意しとったんか」

 

「ああ、今まで着ていた服を貰おうと思ってな」

 

俺の言葉に真桜は少し後ずさり「それはアカンで」と顔をゆがめていた

なんと言うか、ウチの連中は何故変な方向に話を持っていこうとするのだろうか

俺をどうしても変態にしたいらしいな

 

「父様は妾の服を何に使うつもりじゃ?」

 

「呉との交渉で使おうと思っている。実際に見と言が合わさればより信憑性が出る」

 

「ふむ、確かに呉は此方の情報など風評でしか知らぬだろうし、そうなれば実際に美羽が死んだかどうかなど

眉唾ものだろうからな」

 

そう、春蘭の言うとおりだ。実際に美羽が死んでおらず、此方に降り魏の民として生きている事が知れれば

呉は必ず此方に牙をむく。怨みなど容易く消えることは無い、それは孫策殿が一番に理解しているはずだ

父祖の代からの土地を奪われ、民は美羽の圧制に苦しんできた。民を思えば美羽が生きていると知れた時

交渉など無意味になってしまう

 

「妾の責じゃな。父様、いざとなれば妾の首を、これ以上民を苦しめることは」

 

美羽の言葉に男はピクリと肩を揺らす。七乃は掴まれる手から急に開放され、男の顔を見たとき小さく悲鳴を

あげてしまう。男の顔ははっきりと誰にでも解るほど憤怒の顔をしていたのだから

 

「怒るぞ、二度とそんなことは口にするな」

 

「・・・ごめんなさい」

 

男は膝を曲げて、先程の顔が嘘のように柔らかい笑みになり優しく美羽の頭を撫でる

顔を伏せて、泣きそうな娘をなだめる優しい父の姿がそこにはあった

 

「美羽の事が無くとも戦になる時はなる。それにお前が歩くべき道は自分で決めたのだろう?」

 

「うむ、妾はこの知の全てを皆に捧げる。それが妾の贖罪の道じゃ」

 

「ああ、ならば死ぬわけにはいかないだろう、死ぬのは簡単だがそれは責任を取ったことにはならない

生きて何かを成す事が責任を取ると言う事なのだから」

 

力強く笑顔で頷く美羽。この子の為にも必ず交渉は成功させなければ、戦になればまた苦しむ民が増える

そしてもう一人の娘が泣く。父ならば、娘の涙を止める為に何かを成す事が道だろう

 

「一馬、もう直ぐ秋蘭が帰ってくる。そしたら食事だ、それが終わったら華琳のところへ行って来る」

 

「はい、では後の仕度は私が整えておきます」

 

「頼んだ。春蘭と秋蘭も共に行くから涼風は任せていいかお姉ちゃん」

 

「うむ!妾に任せておくが良い。今日は的当てでもするとしようかの」

 

「真桜、武器を頼む」

 

「任しとき、帰ってくるまでには終わらしとくわ」

 

さて、偽の生首、袁術の服はそろった。後は華琳を楽しませに行くとするか。もう知ってはいるだろうが

きっと喜んでくれるはずだ

 

男は美羽の頭を撫でながら王の笑顔を思い出し、微笑んでいた

 

 

食事を終えた俺は春蘭と秋蘭二人と共に玉座の間に赴き、王の前へと座した

春蘭と秋蘭は何時もの通り華琳の左右に立ち、その隣には桂花と詠が立っていた

玉座を前に座するなど久しぶりのような気がする

不臣の礼を取って以来、この場に座することは無かったからな

 

「わざわざ明日の報告に来たの?それとも面白いものを見せに来てくれたのかしら?」

 

「面白いものの方だ」

 

報告はもう既にしてある。そして俺の独断での策なのだから特に断りを入れる必要は無いと解っているだろう

だからだろうか、今から行われる事を想像して何時もより華琳は楽しそうだ

 

俺は徐に立ち上がり、近くに立つ衛兵から槍を借りるとスタスタと華琳の目の前に立つ

そして槍の切っ先を華琳の首元に当てると声を上げ叫ぶ桂花

 

周りの兵達は一斉に華琳の元へと走り寄る。しかし桂花はそこでおかしな事に気が付く

何時もなら真っ先に反応する春蘭と秋蘭がまったく反応を示さない

まさかと思い、隣を見れば面白い見世物が始まったとばかりに不適な笑みを浮かべる詠が居た

 

「よっと!」

 

声と共に華琳の首元から穂先を外し、天井目掛けて真っ直ぐに槍を投げる男

天井に刺さると共に聞こえる小さな軋み。それを見逃す秋蘭ではない

 

「はあああっ!」

 

気合と共に速射される矢は人型に天井を撃ち抜く。落ちてくる者に向かい突き刺さった槍を引き抜き

その切っ先をのど元で止める春蘭。気が付けば華琳の元へ駆け寄った兵達は落ちてきた不審者を

囲むようになっており、その中心では春蘭が相手を身動きが出来ぬよう必殺の殺気を送っていた

 

「な、何者!?」

 

「あれが昭の言ってた呉の間者ね」

 

楽しそうに兵の囲みを見る詠に驚く桂花。そんな中、華琳は楽しそうに笑っていた

その間者は背丈は季衣、流琉と同じくらいだろうか、艶のある長い黒髪。紫の衣服、軽装の手甲装備

一見忍者のように見えるその姿に驚くが、一番驚いてしまったのはその隠密行動には不釣合いな長刀

野太刀かあれは?あの作り、そして反り、刀の技術は真桜が作り出した物だぞ?何故それを持っているんだ?

 

「くっ・・・」

 

「動くな、動けば体中に穴が開くことになるぞ」

 

刀を握る間者に槍を向ける春蘭。その姿は銅心殿の構えをそのまま写したように見える

どうやら槍術も己で試行錯誤し自分のモノにしていたようだ、相変わらず天性の才能を見せる姉だ

 

春蘭の殺気に少女は諦め、手を刀から外す。俺はそれを見て少女の元へと歩み寄る

 

「君、呉から来たんだろう?」

 

「へっ?!あ、あの」

 

「定軍山の前辺りかな?何度かこっちに来てただろう?」

 

「な、何故それをっ!!」

 

殺気が削がれ、気合までも削がれ驚く少女が余程面白かったのだろう

口元に手をあて楽しそうに笑う華琳は手で囲みを解くように指示する

 

「私が教えてあげるわ、昭は元々貴女と同じ隠密行動を得意とするの。だから普段でも城の中で隠れやすいところに

眼が自然と行ってしまう。ただでさえ眼の良い昭が辺りを見ているのだから、隠れるなんて無理よ」

 

「あ・・・う・・・」

 

言葉を無くす少女、申し訳ないが華琳の言うとおりだ

俺は元々隠密行動を得意としている方だ、昔からそういったことをすることが多かったし

袁家との戦いでも俺は酒家に潜入をしている。だがそのことは呉には洩れてはいまい

何せ最初から最後まで俺は唯の商人の姿だったのだから

 

「それと君、猫が大好きなんだね。前に猫と戯れてる姿を見たんだけど、俺が近くに居たの気が付いてなかっただろ」

 

「えっ!そ、そんな・・・それでは御猫様の大群は貴方が」

 

頷く俺にがっくりと肩を落とす少女。美羽からマタタビを沢山貰って、なにか大事な話があるたびに投げて居たんだが

あれを追っかけていたのか、猫に様を付けるくらいだ余程好きなのだろう。だが任務よりもそちらを取るとは

まだまだ見たままに子供なのだろうな

 

「まぁなんにせよ呉から迎えに来てくれたと言っても良い」

 

「うう・・・」

 

さて、三つ目がそろってしまった。生首に袁術の服、そして間者を送り込んだと呉に迫れる

コレで呉の周公瑾殿はどうやって切り返すのか、実に楽しみになってきた

華琳も先の展開を予想して楽しそうだ、下手すれば私も行くわと言い出すかもしれない

流石にそれは断らねば、王が敵陣に数名の護衛だけで行くなど正気の沙汰ではない

が、華琳ならばやりかねん

 

「さて、呉からの使者殿。名前を教えて下さいませんか?我が名はご存知だと思いますが、夏侯昭と申します」

 

「周泰と言います。呉までの道案内をさせて頂きます」

 

「ええ、そのほうが宜しかろう。呉の間者が魏に入り込んだなど、魏と呉の信頼にヒビを入れるようなものですから」

 

項垂れる少女。周泰か、呉から来たのは周泰とはな、やはりまた女の子ではあったが良い眼をしている

相変わらずこの癖だけは抜けない、英傑の一人にまた出会うことが出来たのだから

さて、呉に行ったら誰に会えるだろうか、黄蓋かそれとも呂蒙か、大事な交渉なのだがどうも駄目だ

 

「面白い見世物だったわ、ほかに報告は?」

 

「呂伯奢が涼州の馬を移動させたいと言ってる。どうやら草原は風が強いらしく、近くの果樹園に移したいらしい」

 

「・・・解ったわ、移動には誰が?」

 

「統亞達がやってくれる。呂伯奢とは知った仲だ、巧くやってくれるさ」

 

「ええ、涼州といえば少し前にフェイが此処に来てたわよ。そちらに顔を見せると思うわ」

 

「馬のことか?」

 

「いいえ、金策よ。桂花から聞いたのでしょう?」

 

「ああ、なら俺は屋敷に戻るよ。彼女は客間にでも案内しておく」

 

涼州を通る商人の道か、確かにフェイの力があったほうが事は巧く運ぶだろう。さて相変わらず項垂れたまま

の周泰を連れて家に帰るとするか。フェイが顔を見せに来ているなら何かご馳走を用意してあげよう

 

「さて、行こうか周泰殿」

 

「はい」

 

俺は気落ちする少女の肩を優しく叩き、客間まで案内する為に玉座の間を出た

呉との交渉で全ては動き出す。一気に統一への道を進むか、それとも最後まで戦い抜く道か

どちらにせよ定軍山のように分岐はまた近づいてきている。どう転ぶかは見えないが

やれることをやるだけだ

 

 

周泰殿を客間へと案内した後、余りにも周泰殿の気落ちする姿が哀れに見えてしまい近くに居た猫を拾い上げ

客間に三匹ほど連れて行ってあげた。その時の喜びようといったらまるで子供だった

だが彼女は猫に中々触らせてもらえないから見てるだけで十分と座って猫を見ているだけだったので

袋に残っていたマタタビを床に撒き、酔いどれ状態の猫になら触り放題だと教えれば喜び

猫の状態が治まるまで撫で続けていた

 

興味を持った俺は悪いと思いながら、そんな彼女の瞳を軽く覗けば其処には真っ直ぐ伸びる一本の木

そして唯一の安らぎである猫の姿

 

彼女はとても真面目な性格なのだろう、隠密行動も見破られるのはコレが始めてなのではないのだろうか?

ならば恐らく心の中は自分を責める言葉で一杯のはずだ

 

そう考えたらこれから同盟を組む相手なのだから少しは優しくしても良いかと考えてしまう俺は

楽観的で甘いのだろうな。性分だから仕方があるまい

 

「何を考えている?」

 

「ん、さっき送った周泰殿の事だ。随分と猫が好なようだからマタタビを渡してきた」

 

「そうか、私はまた情が移ったのかと思ったのだが」

 

「・・・多少」

 

皆で食卓を囲む中、秋蘭は水煮魚を箸で小皿に沢山とって俺の元へ差し出す

皿にはナマズの白身が野菜と共に煮込まれ、良い匂いが嫌でも食欲をそそる

少々辛めの味付けだから華琳は食べられないだろうが、どうやらうちの娘達は問題ないようだ

春蘭と七乃も辛いのは平気、フェイも旨そうに白身を突付いていた

 

「口に合ったようで良かった。少し辛いと思うが辛いのは平気か?」

 

俺の質問に隣に座るフェイは笑顔で頷き、卓を人差し指でトントンと叩く

どうやらこの場で竹簡を出すのは失礼と考えたのだろう、茶の時の礼の仕方で返してきた

「美味しいです。有難うございます」と言うことのようだ

 

「今日は泊まっていくのだろう?」

 

その言葉に心底残念そうに首を振る。どうやら直ぐに帰らなければならないようだ、もう時間も遅いし

泊まってゆけば良いのにと促すが、どうやら涼州の仕事がまだ残ったまま来てしまったらしい

 

「ならば仕方が無いな、料理は沢山作ったから打包(お持ち帰り)にしてやる。帰る途中に摘んだらいい」

 

打包との言葉に眼を輝かせるフェイ。どうやら余程秋蘭の料理が気に入ったようだ

そのうち翠達とも共に食事を取れる日が来て欲しいものだ、きっとそれは素晴らしく楽しい食事になるはずだから

 

「そういえば風はまだ帰ってこないのか?」

 

「ああ、少し遅くなるそうだ。最近は気ままに馬を駆ってそこら辺を行き来しているからな」

 

「羨ましいことだ、俺もそのうち美羽と涼風を乗せてその辺を回りたいな」

 

「私と姉者は置いて行くのか?」

 

「勿論一緒だ、また川で魚釣りなんかも良い」

 

川釣りをする光景を想像し、思いをめぐらしていると膝に座る娘が俺の服を引っ張る

見ればフェイを指差し「おねえちゃんかえるって」と言っていた

どうやらもう帰らなければならない時間のようで、竹簡に文字を綴り此方に見せてくる

 

迎えが来てしまったようです。まだまだこの素晴らしい食卓を堪能したいのですが

この辺で失礼させて頂きます。とても美味しい食事、有難うございました

 

迎えとの文字で、外に眼を向ければ涼州兵が数名入り口に立っていた

夜も遅いし迎えに来たのだろう。秋蘭はそれを見て台所から大き目の蓋付きの器を三つほど持ってきて

点心や水煮魚を丁寧に取り分けて入れていく。どうやら三回分の弁当のようにしているらしい

 

俺はフェイが持つには一寸大きいと思い、屋敷の外で待つ兵を中へ招きいれ、弁当を持たせると

フェイは嬉しそうに笑顔を向けて秋蘭にお辞儀をして、その後俺の脚にしがみ付いてその感触を

楽しんでいた

 

「また来い、今度はゆっくり泊まっていけ」

 

「またねーおねえちゃん」

 

俺の脚を十分に堪能した後、兵達に護衛されながら城門へと手を振りながら帰る姿に俺達は姿が見えなくなるまで

手を振り替えしていた

 

「ただいまかえりましたー」

 

「お帰り、まだ食事は残ってるぞ」

 

「それはそれは、早速頂きます。ところで皆さん入り口に立っていますが誰か来ていたのですか?」

 

「今さっきまでフェイが来ていたんだ、仕事が残っていると帰ってしまったが」

 

「そうだったのですか、風も久しぶりに顔を見たかったのですよ」

 

「また今度になるな」

 

「残念ですねー」と言いながら屋敷に入ってしまう。俺達も後を追い屋敷に入ろうとしたところで

風は立ち止まり、俺のほうを見上げてくる

 

「呉との交渉、少し練習しましょうか?」

 

「それは在り難い、だが一馬に夜食を届けてからで良いか?李通と兵舎で報告書の整理してるらしいんだ」

 

「ええ、風も食事を取りますので、ゆっくりやりましょう」

 

そういうとテコテコと歩き、卓に着くと懐から皿と箸を取り出しモクモクと食事を取っていた

相当遠くに足を運んだのか?ずいぶんと腹が減っているようだ

 

いよいよ明日は呉へ向かう。歴史の流れは定軍山で一度変えた。それが今後どう作用してくるのか

あの時から確実に変わったことは俺の腕だ、だがコレは本当に定軍山が関係しているのかも解らない

 

どちらにしろ俺の知る歴史と近いものならば次の分岐点で俺はまた何処かが消えるのだろうか

それとも、その分岐点は稟の時のように変わるべきだったからと影響が無いのか

考えて答えが出るわけでもないが、俺は最後まで足掻いてやる

妻と娘の居るこの世界こそが俺にとっての真実の世界なのだから

 

 

 


 
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