No.183290

陽の如く眩しからんや 戦国BASARA

ヒロさん

戦国BASARAアニメ版1期より、幸→小十ss・小十郎視点です。
拙作「下弦の脳裡に浮かぶ」の続編的な内容です。
伊達軍が甲斐に逗留している間の出来事。

2010-11-08 00:49:13 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:707   閲覧ユーザー数:705

目の端に映る紅が段々大きくなるのに、小十郎は溜息が漏れるのを抑え切れなかった。

 

 

陽の如く眩しからんや

 

 

足音も声も喧しく、一人の少年が近付いてくる。

本人に少年、と言ったら烈火の如く怒るだろう。そんなことを考えながら、小十郎は歩を弱めた。

何のことは無い、現実逃避である。これから起こる事を思えば仕方ない、と小十郎は自分に言い訳した。

 

「片倉殿!少しよろしいで御座いましょうかっ?」

 

満面の笑みを浮かべながら、少年、真田幸村は問い掛けてきた。

その眼差しは輝きに満ち、こちらが否定しよう事を想像だにしていないだろう。

言葉は配慮しているが、態度は配慮していない。

そんなことを思いながら、吐きそうになる溜息を抑え、小十郎は体を少し幸村に向けた。

 

「・・・ああ。」

 

簡潔に答えれば、それでも幸村は嬉しそうに笑みを深くすると、滔々と言葉を紡いだ。

今日の朝焼けは素晴らしかった、だの、お館様と朝の鍛錬をした、だの、朝餉の味噌汁は絶品だった、だの。身振り手振りを交え、表情豊かに語る。

おおよそ自分に言う必要の無い事柄である。

 

「・・・そうか。」

 

簡潔に相槌を打てば、それでも幸村は嬉しそうに話し続けた。

ここは甲斐の虎、信玄の館で、その廊下である。武田の使用人や兵士が行き来する中、小十郎はじっと幸村の言葉に耳を傾けた。

通り過ぎる者たちが皆一様に微笑ましそうな顔をしているのは、この際気にしないでおく。

四半刻も経った頃だろうか、ようやく小十郎は開放された。

 

―こ、これは長々と失礼いたしました!

 

突然思い至ったらしくそう叫ぶと、来た時と同じく幸村は喧しい足音と声を上げながら去っていった。

 

―叱ってくだされお館様ああああ!

 

辺りに響き渡る大音量に特別反応を示すものは居ない。

そして、しばらくして遠くに聞こえてくる轟音もしかり。

これが甲斐の日常であるからだ。

 

抑えていた溜息が漏れる。

と、後ろから声が掛かった。

 

「Hey、小十郎。随分懐かれたな。」

 

振り返れば、己が主が柱に背を預け、こちらを見ていた。・・・ニヤリ、と言う表情を浮かべて。

 

「政宗様!お体はよろしいのですか。」

 

わざと気にせず問えば、政宗は左眉を上げた。

 

「Of course.医者も言ってたろ。」

 

信玄が手配した医者は腕も良く、政宗の体力も相まって目覚しい回復をみせていた。

その医者が今朝、歩く分には問題ない、と政宗と小十郎に告げた。

小十郎とて忘れていたわけではない。ただ、話を逸らしたかっただけである。

そうで御座いましたな、と返せば、政宗はまた、ニヤリと笑った。

 

「何だ?らしくねえな。アイツの相手に疲れたか?」

 

主の揶揄に肯定も否定も出来ないで居ると、政宗は肩を震わせた。

クックックッ、と抑えた笑い声が伝わってくる。

 

「政宗様・・・。」

 

少しばかり非難を滲ませて主を呼べば、またもニヤリと笑う。

 

「付き合ってやれ、小十郎。・・・礼だと思え。」

 

そう、小十郎が幸村の他愛も無い長話に付き合うのは、それが主を手厚く扱っている武田への礼に相当するからだ。

は、と短く答えれば、政宗はまたもやニヤリと笑ったが、今度は何も言わずに背を向けた。

床に戻る、そう言うと一歩一歩確かめるようにあてがわれた室へ向かう。

その歩みを目に映しつつ、小十郎は今後を考える。

まだ政宗は本調子には程遠い。・・・今しばらく甲斐に留まる必要があるだろう。

 

そこで頭の端に浮かんだ色に、小十郎はまたも溜息を吐いた。

 

 

幸村が自分に声を掛けてきたのは、政宗を甲斐へ運び、床に落ち着けた日の夜だった。

慰めとも取れる言葉で、自分を気遣っていることが分かったが、特に気にも留めなかった。

 

―己は己の為すべき事を為すだけ。

 

それは政宗を、伊達を守ることである。

 

何とか部下を救い出し、六双を守り抜くことが出来たが、その翌日から小十郎の溜息の元が出来た。

真田幸村である。

正直、松永に相対したとき、真田とその忍の加勢は有り難かった。

あの状況では自分も討ち取られていたかもしれない。そう思う。

だが、過ぎたことは問題ではない。むしろ今、問題が起きている。

部下と共に主の下に戻ってこっち、真田が頻繁に自分に声を掛けてくるようになったのである。

 

始めは、信玄公からの言伝か、織田の動向か、そういった事柄で自分に用があるのかと思った。

しかしその口から出てくるのは、その日真田の身に起きたことに終始した。

しかも内容が・・・くだらない。そして長い。

初めてのときなど半刻近くも、それも一方的に話して、真田は突然我に返り走り去った。

 

『し、失礼いたしましたっ!叱ってくだされお館様ああああ!』

 

自分が呆然としたのも無理は無いだろう。

それはそうだ。初めて真田とまともに会話、と呼べるほどではないが、を交わしたのだ。

いきなりでその態度はいかがなものか。

政宗の幼少の頃より傍に仕えていた者としては、一言注意したいところだ。

しかし、相手は主と怪我人の世話になっている相手。例え相手に非があろうともそれは失礼に当たる。

溜息を一つ吐くことで、自分を納得させた。

 

それからだ。自分の受難の日々が始まったのは。

 

翌日、真田はまた自分の前に現れた。

だがそれは、前日と態度とは随分違っていた。

自分を見るなり突進してきたのは同じだが、前日より少し間を置いて立ち止まった。

そして、身を縮こませるようにしながら、見上げてきた。

・・・上目遣いで。

真田は男である。剥き出しの胸と腹を見れば分かる。そして青年に届かずともいい年をした、それも武将である。

・・・なのに、うら若き乙女に見つめられるような錯覚がしたのは何故だ。

思わず視線を外して遠い目をすると、何を思ったのか真田が勢いよく頭を下げた。

 

『か、片倉殿っ!昨日はお忙しいところお引止めした上に某の話ばかりをお聞かせして・・・っ大変申し訳御座いませんでした・・・っ!!』

 

・・・随分と丁寧な謝罪をしてきたものだ。

確かに自分は真田よりは年長ではあるが、位としてはそう変わらない。

自分も真田も一家臣に過ぎないのだ。ここまで礼を尽くされる必要は無い。

 

『真田殿、頭をお上げくだされ。昨日のことは気にしておりませぬ。』

 

しかし、こちらは世話になっている身。しかも先日は武田が家宝を持ち出すと言う手間も掛けさせた。

礼を尽くすのはこちらの方であろう。

すると、真田はこれまた勢いよく頭を上げる。

・・・その大きな目がこれでもか、というほど開かれていた。

 

『さ、真田殿など・・・っ!片倉殿が某をそのようにお呼びになる必要は御座いません!』

『いや、しかし』

『そのようなお話し方をなさらずとも先日のように対してくださいませ!』

 

真田は一歩間を詰めながらそう言いきると、こちらをじっと見つめてきた。若干睨んでいるようにも思える。

火が点いたような勢いに内心たじろぐ。一体なんだというのか。

・・・先日のといえば、確かに今よりは随分砕けた言動をしていた。気が立っていたため、少々乱雑であったようにも思う。

真田が自分に砕けた態度を要求してくる意味を図りかねた。お互い臣下の身であるから、というならばまだ分かるが、それにしては真田自身の口調は丁寧過ぎる。

これが常態なのだろうか。いや、真田自身の忍にはもっと砕けた態度だったはずだ。

自分が中々返事を返さずにいると、真田はまた身を縮こまらせた。

 

『そ、その・・・、片倉殿のご迷惑になるので御座いましたら、そのままで、と思いますが・・・』

 

そこまで言って、真田はまた、じっとこちらを見上げてきた。

・・・上目遣いで。

これはあれだ、断じてうら若き乙女などではない。言うなれば親の様子を窺う子供だ。

その眼差しに表裏は無い。

 

―子供、か。

 

何やら己が主の幼い頃を思い出された。・・・このように分かりやすくはなかったが。

肩の力が抜ける。そう、この少年に態度を改める必要など無い。

それは、これまでの、そして政宗のこの少年に対する態度からも分かること。

ただ偽り無くあればいい。

 

『・・・そうか。ならそうさせてもらう。』

 

自分の言葉に、真田は頭を上げ、目を輝かせる。

そして、笑った。

 

『はい!片倉殿、今日は朝から曇っておりますが・・・』

 

そうしてまた、幸村は訥々と語り始める。

小十郎はしまった、と思ったが、仕方がないと思い直し、じっと耳を傾ける。

・・・小十郎がこの日幸村から開放されたのは、半刻と四半刻経った後であった。

 

 

―全く、何が気に入ったのやら・・・。

小十郎は今日も信玄が館の廊下を歩く。主の早い回復を祈りながら。

 

「片倉殿ーっ!」

 

後ろから声が掛かる。気付いてはいた。が、その声が掛かるまで待った。

頭をめぐらせれば、目に飛び込む陽光と紅。

 

―眩しいな。

 

目を細め、小十郎は歩みを止める。

笑顔をいっぱいに浮かべた幸村が駆けて来る。

 

ほんの少し、口角が動いた気がした。


 
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