No.182655

残された時の中を…(第2話)(2003/09/27初出)

7年前に書いた初のKanonのSS作品です。
初めての作品なので、一部文章が拙い部分がありますが、目をつぶっていただければ幸いです(笑)。
メイン北川君でカップリングは北川ד?”です。“?”の人物は第1部最後に明かされます。

2010-11-05 01:09:41 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:951   閲覧ユーザー数:943

 「名雪…」

 

 「ねえ祐一~♪明日の誕生日パーティーで

  私からのプレゼント、北川君は喜んでくれるかなぁ?」

 

 「お前だけだと思うぞ…?」

 

 

  明日の北川の誕生日パーティーで渡すつもりでいる

 プレゼントをテーブルの前に置き、それをうっとりと見つめる名雪。

 そんな名雪を少し距離を置いて見つめる祐一。

 

 

  ちなみに、彼女が北川に渡すつもりでいるプレゼントは

 いわゆる“けろぴー”のグッズである。

 

 

  けろぴーのペンケース、けろぴーのシャープペンシル、

 5冊セットになっているけろぴーの6ミリ間隔のノート、

 けろぴーのスケジュール帳など、正にけろぴー尽くしであった。

 

 

 「そう言う祐一は何をプレゼントするつもり?」

 

 「俺は北川が喜びそうなものを…」

 

 「エッチなものじゃないよね…?」

 

 「な…、何言ってんだよ…(¬¬;)

  俺がそんな男に見えるのか…?」

 

 「目が思いっきり泳いでるおー?(¬¬)」

 

 「ば…、馬鹿言うなよ…。この俺がそんないかがわしい物を…」

 

 

  そうは言ったものの、祐一が北川に渡そうとしているものは

 俗に言うエロ本、AV、更には裏ビデオといったものである。

 

 

 「やっぱりエッチなものを渡そうとしてるんだ…?(¬¬)」

 

 「ば…、馬鹿な…。何で俺の思ってること…?」

 

 「全部口に出してたよ…(¬_¬)))」

 

  また口に出していたようだ。祐一は頭を抱えた。

 

 

 「ところで真琴は何を渡すの?」

 

 「真琴が大好きな漫画1冊」

 

  その漫画とは、“恋はいつだって唐突だ”。

 かつて弱り果てていった真琴の為に、祐一が読んであげた漫画のタイトルである。

 一度消えてしまうまで、いや、戻ってきた今も真琴のお気に入りの漫画である。

 

 

 「明日北川さんの誕生日パーティーをやるんですか?」

 

  水瀬家の大黒柱であり、名雪の母親でもある水瀬秋子がリビングに入ってきた。

 

 

  彼女は今年の冬に交通事故にあって入院していたのだが、

 今はそれすらも微塵も感じさせない振る舞いを見せる。

 

 

 「私からも何か北川さんに差し上げましょうか?」

 

  そう言ってキッチンから取り出したもの、

 それはオレンジ色のジャムがたっぷりと入った大ビンだった。

 材料不明、製造法不明で口に含めば気を失うほどの独特な風味、

 祐一達の間では“謎ヂャム”と呼ばれているものである。

 

 

 「北川さんはこれを全部召し上がってくださるかしら?」

 

  秋子が頬に手を添えて嬉しそうに微笑む。

 その天使の様な笑みを見て、祐一達は逆に血の気が引いていくのを覚えた。

 

 

 「「「(あ…、秋子さん…)(お…、お母さん…)。それは…」」」

 

 「腕によりをかけて作ったの。喜んでくださるといいわ♪」

 

 「あの…、そのジャムの正体は一体…」

 

 「企業秘密よ」

 

  あっさりと即答で返されてしまう。

 

 「あの…、喜ぶというよりは…」

 

  祐一がそう言いかけた時だった。

 

 

 

 

 

  トゥルルル…  トゥルルル…  トゥルルル…

 

 

  リビングに電話の呼び出し音が鳴り響いた。

 

 「あ、私が出るね」

 

  そう言って名雪が受話器を取る。

 

 

 「もしもし、水瀬ですが…」

 

 『……』

 

 「もしもし…?」

 

  『…名雪…』

 

 「香里…、どうしたの…!?すごく落ち込んでたみたいだけど…?」

 

 

  受話器越しだったが、香里の声色からただ事ではないことを感じ取った。

 

 『あのね…、今天野さんから…、電話があったんだけどね…』

 

  用件の続きを言おうとしていたが、肩を震わせているのか

 なかなか次の言葉を言い出せずにいた。

 

 

  おそらく受話器の向こうで、香里は泣き崩れてしまうのを

 必死にこらえているのではないか…?名雪はそう感じたが、

 口調を強めてあえて催促をしてみる。

 

 「香里!一体どうしたの!?黙ってたら分からないよ!ねぇ!?」

 

 

 

 

 

 『北川君がね…』

 

  名雪に催促されてか、香里は声を振るわせつつもようやく言葉を出す。

 次の瞬間、香里の慟哭が名雪の耳に突き刺さった。

 

 「香里!!?」

 

 

 『北川君がバイトに行く途中で事故にあったって…!!』 

 

 

 「え…?」

 

 

 『それで病院に運ばれてさっき手術が終わったみたいなんだけど、

  今も危険な状態で意識すら戻ってないみたいなの!!』

 

 

  明日誕生日を迎える北川が危篤に陥っているという

 突然の知らせに受話器を持つ名雪の手が震える。

 

 

 「名雪、どうしたんだ!!?香里から何て…?」

 

 「北川君が…、事故にあって…、意識がないみたいなの…」

 

  名雪が青ざめた様子で祐一に伝える。

 

 「何だと…!? …おい!貸せっ!」

 

 

  名雪の手から受話器を乱暴に奪い取り、祐一は声を荒げて香里に話しかけた。

 

 「香里!北川はどうなってるんだ!!?

  他に何か分かってることはないか!!?」

 

 『……相沢君…?』

 

 「もたもたしてないで何か言ってくれよ!」

 

 『……詳しいことは分からないの…。

  …天野さんからそれしか聞かされてないから…』

 

 「それしか分かってないのかよ!!?」

 

 

 「「「(祐一)(祐一さん)、落ち着いて…!」」」

 

  後ろからの呼びかけに祐一は少し冷静になる。

 

 

 「悪い…、つい取り乱しちまって…。

  でも、何であいつがこんなことに…?」

 

 『相沢君…、北川君絶対に助かるよね…?』

 

 「あいつのことだからきっと大丈夫さ…。

  今の俺達があるのは北川がいてくれたこともあってなんだ…。

  だから絶対に…」

 

 『もし…、もし北川君がいなくなったらあたし…』

 

 

 「そんなこと考えるなよ…。

  今はまだ、もしもが使える段階なんだ…。

  そんなこと考えてたら本当に実現しちまう…」

 

 『そうよね…。あいつのことだからきっと大丈夫よ…、ね…?』

 

 「ああ…、栞達が助かった時みたいに

  今はただ祈って奇跡が起きるのを待とうぜ…。

  今の俺達に出来ることはそれしかないからな…」

 

 

 

 

  今、自分は一体どこにいるのだろうか…?

 真っ暗闇の中を北川はただただ彷徨っていた。

 

 

  前も後ろも右も左も上も下もどこを見回しても真っ暗で、

 更に自分の足が宙に浮いているのか、それとも

 地面にしっかりと着いているのか、それさえ全く分からない。

 

 

  そんな暗黒の世界の中で北川はただ一人彷徨い続ける。

 

 

 

 

 

 (何か…、もう疲れたな…)

 

  北川の中ではもう半年は歩き続けている様に思えたので、

 

 “いい加減諦めよう…。そうすれば楽になれる…”

 

 そう思った時だった。

 

 

 

 

 

 (潤…)

 

  それはいつも聞いていた、でももう二度と聞けないはずの懐かしい声。

 北川は声のした方向に振り向く。

 

 (父さん…)

 

  3年前、事故で他界した北川の父親だった。

 

 “俺を迎えに来てくれたのだろうか…?なら行かなきゃな…”

 

  そう思い、父親の元へ駆け寄ろうとした時だった。

 

 

 (潤…、まだ私のもとには来るな…!)

 

 (父さん…?)

 

 (お前はまだ生きるんだ…!)

 

 (でも…、でも俺は…)

 

 (まだお前にはするべきことが残っているはずだ…。

  頼む…。どうかまだ…、生きてくれ…。

  生きて幸せになってくれ…)

 

 

  その言葉を最後に父親は目の前から消え、

 代わりに一筋の光が射し込んできた。

 

 (光…!?)

 

  北川は、そのまま光の射す方へと駆けていった。

 

 

 「ん…」

 

 「「お兄ちゃん!!?」」

 

 「あれ…、ここは…?」

 

 

  目を覚ました北川の視野に飛び込んできたのはリノリウムで出来た天井だった。

 少し視線を動かすと左腕には点滴の針が、口にはレスピレーターがある。

 そして、心電計の規則正しい音が耳へと響き、消毒薬の香りも漂ってくる。

 

 

  どうやら自分は病院で入院している様だ。

 そう理解するまでにほんの少しかかった。

 

 

 「「お兄ちゃん、大丈夫…?」」

 

  二人の少女が北川の顔を心配そうに覗き込む。

 

 

  一人は金髪で、ひざ辺りまである髪の毛を三つ編みしていた。

 もう一人は青髪で、髪の長さは脇の辺りまでだ。

 二人とも、北川のトレードマークである触覚の様な癖毛が二束あった。

 

 

 「「姫里(きさと)と…、空(くう)…?」」

 

 「「良かった~…」」

 

  どうやら記憶ははっきりとしている様だ。

 姫里と空と呼ばれる二人の少女が安堵のため息を漏らす。

 

 

 「二人とも…、どうしてここに…」

 

 「どうしてじゃないよ!!お兄ちゃん4日間も意識がなかったんだよ!!」

 

 「本当に心配したんだから…!

  お母さんとお父さんがいなくなって

  もしお兄ちゃんまでいなくなったら私達…」

 

 「そっか…、また心配かけちまったな…。悪かった…。」

 

  北川が申し訳なさそうに呟く。

 

 

 「でも…、また戻って来れたんだから、今回も大丈夫だろ・・・?」

 

 「「そう…、だといいけどね…」」

 

  見る者を和ませる笑顔で語りかける北川に対し、

 先ほど安堵のため息は漏らしたものの、二人の表情はどこか晴れていなかった。

 

 

 「よう北川、とんだ災難だったな」

 

 「全くだよ…。おまけに髪の毛は剃られちまったみたいだし…」

 

 「でも、北川君の意識が戻って何よりだよ」

 

 

  祐一達が見舞いに訪れたのは、

 北川の意識が戻ってから更に4日経ってからだった。

 日を置いたのはまだ予断が許されぬ状態だったからだろう。

 

 

 「全く誕生日の前日に事故にあうとはな…。本当についてないよ…。

  それに動けないから思い切り退屈だし…」

 

 「ふっふっふ…!そんな北川君の為に

  俺達はプレゼントを持ってきたのだ!まず俺から…」

 

  そう言って始めに祐一が北川のそばにプレゼントに置く。

 中からガチャッというビデオの音もした。

 

 「相沢…、この中…、まさか…?」

 

 「ふっふっふ…!この中にはこの相沢祐一様お勧めの、

  しかもレアものが入っている。これでしっかりと…( ̄ー ̄)」

 

 「「(祐一)(相沢君)!

   こんな所にまでエッチな話持ってこないでよ!

   聞いてるこっちが恥ずかしい(おー)(わ)…!(-_-#)」」

 

  名雪と香里二人同時につま先を思い切り踵で踏んづけられ、またまた撃沈。

 祐一が悶絶している横で、今度は香里と名雪が渡しに行く。

 

 

 「誕生日おめでとう。北川君。この中には

  あたしお勧めの参考書が入ってるから、これで勉強してね」

 

 「参考書かよ…、もう少し面白いものを…」

 

 「文句言わないの…!今年受験でしょ!」

 

 「北川君。遅れちゃったけど、誕生日おめでとう、だよ。

  私からはノートとかスケジュール表とか…。全部けろぴーのやつね」

 

 「あ…、ああ…。サンキュー、水瀬…」

 

 「あうー、北川。これ真琴が好きな漫画なの。絶対に読んでね。」

 

 「北川さん。私からは司馬遼太郎の“項羽と劉邦”です。

  読み終えたら言ってください。」

 

 「ありがとう…」

 

 「北川…、これは私と佐祐理から」

 

 「電子辞書です。受験勉強に役立ててください」

 

 「どうもありがとうございます」

 

 

  最後に栞が渡しに行った。

 

 「私は北川さんの似顔絵を一生懸命描いてきました。

  北川さん、どうですか?」

 

 「う…、う~ん…。結構才能あると思うよ…」

 

 「本当ですかぁ~!ありがとうございます!」

 

  栞が目を輝かせながら嬉しそうに言った。

 しかし、肝心の似顔絵は北川とは似ても似つかぬほどで、

 栞本人にしか分からなそうなものであった。

 

 

 「栞…。またすごく変な方向に腕を上げたな…」

 

 「どういう意味ですか!?」

 

 「言葉通りだ」

 

  いつの間にか復活していた祐一が栞に冷やかし半分に話しかける。

 

 

 「一生懸命人が書いた絵にそんなこと言う人、人類の敵です!

  大体、祐一さんは人のことからかいすぎです!

  エッチなもの持ってきて本当は北川さんのことも

  からかおうとしてたんじゃないですか!?」

 

 「何言ってんだよ。俺は北川の為を思って…」

 

 「やれやれ…。何という破廉恥な男だ…。

  病院という場所で、しかも女性達の前で

  そんないかがわしいものを差し出すとは…」

 

 

  病室に一人の眼鏡をかけた少年が花束を持ってため息混じりに入ってきた。

 見た目、鋭い眼光すら感じさせる頭が切れていそうな男だ。

 

 「く…、久瀬…」

 

 「全く相変わらずだね…、君という奴は…」

 

 

  生徒会長である久瀬とはかつて、魔物騒動を起こした

 舞の復学を巡って一回悶着があったので、

 祐一は久瀬をにらみつける。

 

 「こんにちは。倉田さん、川澄先輩」

 

 「どうもこんにちは。久瀬さん」

 

 「こんにちは。久瀬」

 

  とは言っても、久瀬と佐祐理と舞との間では

 既に和解していたので、何事もなかった様に挨拶を交わした。

 

  祐一との間では、いまだ犬猿状態ではあるものの、

 久瀬に突っかかった当時ほどではなかった。

 

 

 「何しに来たんだよ…!?」

 

 「勘違いしないでくれよ…?

  僕は倉田さんではなく北川の為に訪れたんだ。

  君こそ見舞いに来るならそんなものではなく、

  もう少し為になる様なものを持って来るべきではなかったか?」

 

 「何だと!!?これだって男である北川には十分…」

 

 「君の様な男だけだろう?」

 

 「お前もそうだろ!?」

 

 「何だと!?」

 

 

  二人の間でお互い負けじと言い合いが続く中、

 不意に後ろからクスッと笑う声がした。

 

 「お二人とも仲がいいんですね…」

 

 「姫里さんと…、空さん…。」

 

  久瀬を始め、皆扉側を振り向く。

 

 「お久し振りですね、久瀬さん。それに天野さん」

 

 「「お二人ともお久し振りです。」」

 

  久瀬と美汐がそろって軽く会釈した。

 

 

 「北川…?ここにいる二人は…?」

 

 「ああ…、そういえばまだ皆には紹介してなかったっけ…?

  二人とも…、自己紹介してくれ…」

 

 「北川 潤の妹で、双子の姉の麻宮姫里です」

 

  金髪のおさげの少女がまず会釈をする。続けて、

 

 「同じく双子の妹の麻宮 空です。どうぞお見知り置きください」

 

  見た目名雪似の青髪の少女が続けて会釈した。

 

 

 「て、お二人とも!どこをどうしたら

  こんな奴と仲がいいと解釈出来るんですか!!?」

 

 「「ケンカするほど仲がいいと言うじゃないですか!?

   お二人とも結構楽しそうでしたよ?」」

 

  姫里と空が嬉しそうに言った。

 

 「冗談じゃないですよ!この様な破廉恥な男と…」

 

 「俺だって認めたくないね!こんな奴!」

 

  まだ反発しあっている祐一と久瀬。

 

 

 「まぁまぁ…、せっかく見舞いに来てくれたんだから…。

  二人ともここは折れちまったらどうだ…?」

 

 「そうですよ。祐一さんも久瀬さんもここは病室なんですし…。

  いつまでも言い合いなんてしてたらいけませんよ」

 

 「はちみつくまさん…、二人とも仲直りする」

 

 「大体こんな所で口喧嘩なんて見苦しいですよ。お二人とも」

 

 

  口々に言われ、二人は仕方なく言い合いを中断した。

 

 「「(分かったよ)(分かりましたよ)…」」

 

  憮然とした表情で言った。

 

 

 「ところで、何でお前が北川の妹と知り合いなんだよ?」

 

 「妹さんだけではなく、天野さんとも、

  そして北川本人ともずっと前から知り合いだったんだ。

  確か10年ほど前のことだったよ。僕をいじめていた連中がいたんだ。

  がり勉だとかお金持ちのお坊ちゃまだとか

  それが面白くないと因縁をつけてきてね…。

  連中は顔を合わせる度にいつもよってたかって

  僕を袋叩きにしていたんだ。僕は全然やり返せなかった。

  それが悔しくて、一人布団の中で泣いていたのを今も覚えているよ。

  それが続いたあるとき、偶然通りかかった彼に助けてもらったんだ。

  彼は5、6人もいる連中をやっつけてくれた。

 

  『お前ら弱い者いじめしてんじゃねえ!俺が相手してやる!』

 

  彼は顔も名前も知らない初対面の僕なんかの為に本気で怒ってくれた。

  そして手当ての為に連れて行かれた彼の家で、

  天野さんと妹さんとも知り合った。

  学校こそ違ったものの、それから彼とは仲良くなったんだ。

  だが、1年ほどでご家庭の都合でここを離れたんだ。

  そして2年前にここにまた戻ってきたんだ」

 

 「そうだったのか。

  でも何で北川と妹達の苗字が違うんだ?」

 

 「それは…」

 

 「3年前に父を失ったからです…」

 

 

  祐一の質問に口ごもる久瀬に代わって、姫里がその質問に答えた。

 

 「き…、姫里さん…」

 

 「いいんです…。久瀬さん…。

  母は私達を産んですぐ亡くなり、それから兄と父の4人で暮らしてました。

  でも3年前に事故に巻き込まれて父は亡くなったんです…」

 

 

 「も…、もういいよ…」

 

  今にも涙を流してしまいそうな姫里を慌てて止める祐一。

 だが、姫里は続けて話した。

 

 「兄もその事故に巻き込まれて意識がなかったんですが、

  奇跡的に一命を取り留めました。

  それから私達3人は親戚の麻宮家に引き取られたんですが、

  兄だけは卒業と同時に一人暮らしを始めたんです。

 

  『親戚にこれ以上負担をかける訳には行かない。

   俺一人でもきっと大丈夫だから』

 

  私達は最初は止めたんですが、成績が良かったこともあり

  学費免除と奨学金を条件にここに戻って

  一人暮らしを始めたんです」

 

 

 「そうだったのか…。すまなかったな…、北川。

  何か悪いこと聞いちまった…」

 

 「いいよ…。もう3年くらい経ったから…。

  既にそのことからは立ち直ってる…。

  気にすんなよ相沢…。俺達は大丈夫さ…」

 

 「でも…」

 

 

 「お気になさらないで下さい。皆さん。

  天野さんや久瀬さんの他に、これだけの方が

  お見舞いに来てくださるとは思っていませんでした。

  兄を必要としている方がこれほどいる。

  そして皆さんと一緒にいて楽しそうな兄がいる」

 

 「空…。そんな大げさな…」

 

 「大げさじゃないです。

  私も北川さんのおかげでお姉ちゃんと仲直り出来ましたし、

  あゆさんの人形を見つけたのだって北川さんじゃないですか!」

 

 「私が真琴と向き合う勇気をくださったのも

  北川さんのおかげだと思っています」

 

 「な…?自信持てよ北川。

  ここまで言われてまだ大げさだと思うか?」

 

 「皆…」

 

 

 「「皆さん…、兄をそこまで必要としてくださってるんですね…?」」

 

  姫里と空が瞳に涙を浮かべる。

 

 

 「「兄の為に皆さんありがとうございます!!」」

 

 

  精一杯の感謝の意を込めて二人は挨拶し、

 周りもまた、喜びと照れの気持ちで満たされていった。

 

 

 

 

 

 

 

  だが、そんな二人の心にある憂いは消えることなく

 むしろ徐々に大きくなっていることには北川を始め、

 その場にいる誰もが気付くことはなかった…。

 

  いや、北川だけは分かっていた。が、

 あえて面には出さなかった。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択