No.181795

真・恋姫無双 EP.48 決断編

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2010-11-01 00:26:45 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:3961   閲覧ユーザー数:3515

 始めから、わかっていたことだ。胸騒ぎは日を追うごとに、強まるばかりだった。仕事中でも心の中は、いつも華琳たちの事で埋め尽くされている。桂花は深い溜息を漏らし、筆を置いた。普段なら片付いているだろう書類の山も、上の空ではほとんど減ってはいなかった。

 立ち上がった桂花は、窓から望む街を見下ろす。すでに退去指示は出していたのだが、街に残る者が多かった。そのため、いつもと変わらぬ様子に見える。

 

(華琳様……)

 

 桂花は小さく唇を噛む。昨夜、ぼろぼろになった季衣と流琉が部隊を率いて帰ってきた。無事だったのかと喜んだのも束の間、華琳、春蘭、秋蘭の姿はなく、報告を聞いて絶望に押しつぶされそうになったのだ。そして今朝、息を切らせた偵察部隊が何進軍の撤退を伝えてきたのである。

 華琳は、敗れたのだ。しかし残された遺体の中に、華琳たちの姿はなかったとの報告に、桂花は一縷(いちる)の望みを掛けた。

 

(逃げ延びているかもしれない……)

 

 どこかに身を潜め、様子をうかがっているのか。あるいは、瀕死の重傷で動けずにいるのか。桂花は何もかも放りだして、探しに行きたい衝動に何度も駆られていた。だが、その度の思いとどまる。

 

「私たちの帰る場所を、守ってちょうだい。いいわね?」

 

 華琳より任された自分の役目を、全うしなければならない。

 

(華琳様たちは無事。だから私は、ここを守らなければならないのよ!)

 

 桂花はそう、自分に言い聞かせた。帰ってきた兵士たちには恩給を与え、故郷へ帰るのも、ここに残るのも自由だと伝えた。ほとんどの兵士が残り、今は季衣と流琉の指揮のもと、街に残った人々と協力して防衛の準備をしている。

 

(華琳様の想いが、皆に伝わっていたのでしょう。だからこそ、多くの者が街に残って力を貸してくれる)

 

 むろん、打算的な思いもあるだろう。それでも桂花は、この街に人の姿があることがうれしかった。

 

「落ち込んでばかりもいられないわね……」

 

 気合いを入れ直して、再び政務に取り組もうと椅子に座りかけた桂花は、何者かの気配を感じて身をこわばらせた。隠す様子もなく、明らかに誰かが部屋の中にいて、こちらを見ている。桂花はゆっくりと、視線を感じる方向に目を向けた。するとそこには、黒装束の男がひっそりと立っていたのだ。

 

 

 黒装束の男は、スーッと音もなく桂花の側までやって来た。

 

「その黒装束……まさか、十常侍!」

 

 直接会うのは初めてだが、話では聞いていたのですぐに思い至る。桂花は身構え、身をこわばらせた。

 

「そう警戒しないでもらいたい。曹操たちの安否が気になるだろうと思い、わざわざ伝えに来てやったのだ」

「――!」

 

 大声を出して人を呼ぼうかと考えていた桂花は、男のその言葉で思いとどまる。悔しいが、男の話には興味があった。わざわざ伝えに来るということは、何か思惑があるのだろう。それを知る上でも、ここは黙って聞いてみるしかない。

 桂花は口を結び、油断しないで視線を男に向けたまま、机の後ろに回り込む。気休めかも知れないが、男との間に何か障害物を置いておきたかったのだ。

 

「……曹操様は無事なの?」

 

 桂花が訊ねる。この男の前で、真名は口にしたくはなかった。

 

「オークどもは加減を知らぬゆえ、多少の怪我はあるが命に別状はない。今はギョウに帰還する何進軍と共にある。丁重に扱っているゆえ、心配は無用だ」

「丁重にですって?」

「そうだとも。オークどもは最初あの三人を、まるで獣のように檻に入れて運ぶつもりだったのだ。残飯を食わせ、汚物も垂れ流しにさせる。オークらしい野蛮な思考だ。しかし我らは、覇王のそんな姿を衆人の目に晒したくはない。だから一つの条件を出し、その身柄を我らが運ぶことにしたのだ」

 

 決して大声ではない男の声に、桂花は聞き逃さぬよう耳を澄ませていた。

 

「逃げ出さず、おとなしく従う事。それさえ守ってもらえれば、人としての尊厳を失うようなまねはさせないと約束をした。快適とはいえないだろうが、外からは見えぬ幌馬車を用意させ、ギョウまでの道程で不自由がないよう侍女に言い伝えてある」

「……どうして、そこまで?」

「フフ……死にゆく者の最後の旅路、この程度の配慮は当然だ」

「何ですって!?」

「身柄はギョウに到着後、数日の後に公開処刑となる。まだ公にはされていない事だが、処刑日が正式に決まれば全国に知れ渡るだろう。その前に、身を案じているだろう荀彧殿だけにはこうして前もってお知らせに参ったのだ」

 

 外套で隠れ男の顔は見えなかったが、わずかに覗く口元が薄く笑みを浮かべており、それが癪に障って桂花は悔しさを表情に滲ませた。怒りに血が沸騰しそうだったが、だからこそ冷静さが必要だと自分を必死に抑える。

 

「主君の最後を見届けたくば、ギョウまで来るがいい。フフフ……」

 

 黒装束の男は笑い声を残し、壁の中に吸い込まれるように消えた。それを見届けた桂花は、椅子を引き寄せて脱力するように座り込む。

 

「華琳様――!」

 

 頭を抱え、小さく震える。溢れる涙を止めることなど出来なかった。今はただ、生きていた事がうれしかった。

 

 

 いつまでも泣いてはいられない。落ち着きを取り戻した桂花は、涙を拭って頭を働かせた。

 

(わざわざ教えに来た理由があるはず……)

 

 ほんの気まぐれか、遊びのつもりだったのか。だが、それ以前に気になることがあった。

 

(どうして公開処刑なのかしら? 朝廷に反抗する人々に対する見せしめとも考えられるけれど、それならばむしろ、惨めな姿を晒す方が効果的なはず。それに華琳様が死んだという事実だけでも、打撃を与えるには十分だったはずよ。わざわざ生かして処刑にする、手間を掛けた理由は何?)

 

 もしかしたら単なる考えすぎなのかも知れない。けれどいくつかの事実が、桂花の頭に一つの道筋を作っていた。

 

(彼らにとっての脅威……それを誘い出す事が目的)

 

 そう考えれば、つじつまが合う気がした。無様な姿を晒してまで、華琳が生きることを望むわけはない。華琳が自害すれば、当然、夏侯姉妹も後に続くだろう。だからこそ、丁重に扱う。そして公開処刑を事前に知らせて、罠を張って待ち受ける。

 

(狙いは、北郷一刀!)

 

 立ち上がった桂花は、せわしなく部屋の中を歩き回った。

 

「彼らは北郷の所在地を正確に把握していないのね。だからこそ、私のところに来たんだわ……北郷に助けを求めるよう仕向けるために――」

 

 罠とわかっていて、それに乗るつもりはない。だが、他に華琳を救う手立てがあるのか。自分一人では当然無理だったし、季衣や流琉では荷が重い。かといって軍を率いて乗り込むことも出来なかった。

 

(北郷のところには呂布もいる。洛陽から董卓を救い出すことが出来たあの男なら、華琳様や春蘭、秋蘭を助けることも可能かも知れない。でも曹操軍とは無関係のあの男に、どうして私が頼めると言うの……罠とわかっている死地に、飛び込めと!)

 

 北郷一刀は、華琳の救出を受けるだろう。だからこそ、桂花は迷った。現在いる場所から考えれば、処刑の日によってはぎりぎり間に合う時間のはず。逆に言えば今、黙っていれば間に合わない。

 

(無事に戻れる保証もない。ましてや北郷に、華琳様たちを助ける義理もない。それでもあの男は――)

 

 迷いもなく、承諾する。桂花は椅子に座り、うなだれた。自分がすべきことは何なのか。

 

「桂花……」

 

 自分の名前を呼び、優しく微笑む華琳の顔が浮かんだ。自然と涙が溢れる。決して失いたくはないものだった。

 顔を上げた桂花は、すぐに机に向かって一通の手紙をしたため始めた。そして手早く封をすると、もっとも足が速く信頼をしている部下を一人呼び出した。

 

「この手紙を北郷一刀に届けてちょうだい」

 

 桂花は詳細を記した手紙を託す。それは、華琳たちの救出を頼む手紙だった。

 

 

 自分の天幕で、気分よく酒を飲んでいた何進は、人の気配に眉をひそめた。

 

「戻ッテ来タヨウダナ」

「……」

 

 いつの間にか天幕の薄暗い陰の場所に、黒装束の男が立っていた。それを忌々しげに睨み付けた何進は、杯の酒を一気にあおった。

 

「プハーッ……コンナ手間ヲ掛ケズニ、得意ノ移動能力デ寝込ミデモ襲エバ早イダロウニナア?」

「ふん。この力とて万能ではない。移動距離も限られ、消耗も激しい。多用すれば肝心な時に身動きが取れなくなる。それに向こうの連中も我らも、必要以上にこの世界で力を使い介入することは禁じられているのだ。管理者どもに知れれば、この世界ごと破壊される可能性もある。それではお前も困るだろう?」

「……ケッ!」

 

 そっぽを向く何進を残し、黒装束の男は天幕を出た。戻ってきたことを報告するために、訪れたにすぎない。

 外では火が灯され、何人かのオークが面倒くさそうに警備を行っている。何進軍は来る時とは異なり、帰りは休憩と夜営を行いながらの行軍だった。その気になれば、再び寝ずの行軍も可能だが、飢えた獣の状態で街に戻るわけにはいかない。それに今は、曹操たちを連れているのだ。

 

「野蛮な連中だ……」

 

 しかし、利用できるうちは可能な範囲で好きにさせるというのが、十常侍の方針だった。

 

(この行軍速度なら、二日後くらいには到着するだろう)

 

 今のところは順調、後は餌に掛かるのを待つばかりだった。

 

(最高の餌を用意したのだからな……ふふふ)

 

 揺れる炎の届かぬ夜の闇の中で、男は声を潜めて笑った。


 
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