No.176144

『想いの果てに掴むもの』 ~第20話~

うたまるさん

『真・恋姫無双』魏END後の二次創作のショート小説です。

 呉の将達に目の敵にされる理由に心当たりがある一刀。それは将というより、人としての問題だと己の罪を再認識する。 たとえ一刀にとって仕方の無かった選択だとしても、それに逃げていてもし方の無いこと。 なぜなら、そのことが確かに彼女達を傷つけたのだから。
 そう悩む一刀の前に彼女がその姿を現す・・・・・・。

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2010-10-03 13:20:35 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:19477   閲覧ユーザー数:13004

真・恋姫無双 二次制作小説 魏アフターシナリオ

 

『 想いの果てに掴むもの 』孫呉編

 

  第20話 ~ 天の御遣い、月夜に誰を思う ~

 

 

 

 

ヒュゥーーーー、

 

 一陣の風が、過ぎ去ってゆく。

 そしてその風が奪っていった体温を取り戻すように、俺は手に持った杯を傾ける。

 

コクッ

 

 冷たくも、熱くもない。(冷蔵庫など無いこの世界において、酒は常温で飲むのが主流だ)だけど、わずかずつ嚥下したそれが、俺の身体を温めてくれる。

 別に、酒で体を中から温めなければいけない程、冷え込んでいる訳では無い。

 それに今日はこの時間にしては、珍しく風が無いらしい事もあって、この城壁の上に一人で上がって来た。見張りの兵が遠くの方にいるけど他に誰もいない。 この寒空の中、お仕事お疲れ様です。

 

 もっとも、いつも通り風が吹いていたとしても、俺はきっと此処に来ただろう。

 再び盃を満たす酒は、この地特産の一つ白酒(パイチュー)で、蒸留酒の一つだ。

 ただこの地の特産と言うだけあって、その原材料に同じくこの地の特産の茘枝も使われているらしい。

 とにかく蒸留酒のため度数が高いため、最初は咽たが、慣れれば茘枝の持つ香りが僅かに残り、ほのかにある甘みが、きつめの酒の口当たりを滑らかにする。

 白酒本来が持つある辛さは、熟成された事でトケトゲしさは完全に無くなり、茘枝本来が持つほのかな甘みと混ざり合って、後味をスッキリとさせ、何とも次の杯を欲しくなる心地良さが残る。

 

 最初の日、雪蓮から趣味の悪い歓迎の、せめてものお詫びとして貰った酒だ。

 しかもわざわざ俺の部屋まで持って来て。

 

『 寝酒用にね。 それ以外で飲んじゃ駄目よ 』

 

 と、妙な事は言っていたけど、こうやって眠れぬ想いを肴に飲んでいる以上、寝酒は寝酒。

 それに、こうして飲んでみると、かなり良い酒だと言うのが分かる。

 以前に凪にも言われたけど、この世界において、酒はかなりな贅沢品だ。

 きっと値段を知ったら、飲めなくなるような値段なんだろうなぁ。

 と思いつつ、そんなものは知らないので、気兼ねなく飲ませて貰っている。

 実際、やられた時は怒りも沸いたけど、理由を知れば、納得できる事だし、そもそも華琳や風も噛んでいる事だから、巻き込んだのは此方と言える。

 

 雪蓮達には感謝こそすれ、恨む気は欠片もない。

 そんな事を根に持つより、その事で学んだ事、知った事を活かす事の方が大切だ。

 そうしなければ、この世界では生きて行けない。

 それは、前回この世界で学んだ事。

 戦乱の世を終え、平和な時代が到来した今とて、それは変わらない。

 

 それは二年の月日程度では、民があの辛かった時代を抜け出せない証でもあるかもしれない。

 いや、抜け出したとて、その中で学んだものを忘れる事など、手放す事等出来やしない。

 平和な時代が来たからこそ、学んだ事を活かすべきなんだと思う。

 それが、あの戦乱の世で礎になった者達のために出来る事の一つなんだと思う。

 

クッ

 

 再び、酒を少し喉に流し込む。

 その後に、酒の香りと共に来る心地よ良さが、城壁に背を預け、夜空を見上げる俺を、心の中にある想いを少しだけ癒やしてくれる。

 いや、酒は心を癒やしはしない。 ただ誤魔化し和らげてくれるだけだ。 癒やすとしたら、それは酒では無く、そこにある想い。 そして人と人との繋がりが、酒を介して心を癒やすに過ぎない。

 

「今夜は月が綺麗だな」

 

 

 

 

 ……本当に、綺麗だ。

 この月の下に、皆がいるんだ。

 そう思うと、寂しさが湧いてくる。

 そう思うと、安堵感が湧いてくる。

 相反する思い、だけどそこに嘘は無い。

 

 皆と会えない寂しさはある。

 だけど、もうあの時とは違う。

 幾ら声を聞きたくても、幾ら文明が発達していようと、それが叶う事は無かった。

 幾ら想いを届けたくても、その想いを綴った手紙が届く事は無い。

 幾ら会いたくても望んでも、その相手は同じ空の下にすらいない。

 

 あの時を思えば、今の寂しさなんて、むしろ心地よくすら感じる。

 手紙を書けば、時間は掛かるけど、何かが無い限り、その想いは届く。

 声を聴きたければ、会いたければ、馬を走らせれば、その先に彼女達がいる。

 そう思うだけで、俺は安堵の息を吐し、こうして、同じ月の下に居れる事が嬉しく思える。

 

 もしかすると、誰かくらいは、今こうして月を肴に飲んでいるかもしれないな。

 華琳。

 秋蘭。

 霞。

 稟。

 まずこの四人の顔と名前が浮かんできた。

 実際、彼女達は、そう言うのを好んだし。 そう言う光景を何度か見かけた事もあった。

 そして何度か付き合わされた事もある。 まぁ、潰されて最後まで付き合えた事は無いけどね。

 

 他の娘達に、そう言う事が似合わないと言う訳じゃない。

 彼女達は彼女達で、そう言うのも似合う思う。 ……ただ、そう言う事をする間なく、別に騒動に巻き込まれている様子が想像できただけだ。

 そして、それすらも彼女達らしさだと、思わずその光景が脳裏に浮かび、口元が上がってしまう。

 

 彼女達を、一日たりとも忘れた事は無い。

 彼女達を、想わない日は一日も無い。

 ただ、………今日はいつも以上に、彼女達を想う。

 想ってしまう。

 

 多分、それは……。

 

 

 

 

 此処に来て一刻が時が経っただろう。

 そろそろ戻るべきだとは思う。

 風には言って来てあるとは言え。 あまり遅くなって心配かける訳には行かない。

 それに幾ら街の中で、安全な方とは言え。 危険が無いわけじゃない。

 ましてや、此処は洛陽じゃないしな……・

 そう思った所で、俺は少し酔った頭で疑問を思い浮かべ、……何かを思いついたように。

 

コトッ

こぽっこぽっ

 

 予備の杯を横に置き、底に酒を満たす。 もしかすると風が来るかもと、持ってきたやつだ。

 確信は無い。

 酔いのためにが鈍った頭が浮かばせた、俺の妄想の可能性の方が高い。

 ただ何となく頭に浮かんだ考えが、皆への想いを自分の中で再確認できた余裕が、そうさせたんだと思う。

 

 そして、杯に映った月と空に浮かんだ月、二つの月を肴に俺は酒を飲む。

 俺は、度数が高いため時間を掛けて『ちびちび』と飲んでいた。

 そしてその杯の中の酒も無くなりかけようとした頃。

 忽然と、黒い影が俺の視界の隅で姿を現す。

 夜だと言うのに、その鴉の濡羽色の髪は、その美しさを隠すことなく、月光がより一層彼女の美しさを際立たせている。

 いきなり現れた彼女の姿に、俺は内心驚きつつも、

 

『 ああ、やっぱり 』

 

 とも思った。 ただ、その事は俺の表情に一切出る事は無かったと思う。

 不幸中の幸いと言うか。 酒に酔った鈍い思考が、散漫となった感覚が、ただ起きた事実を、漠然と受け止めてくれたからだろう。

 だから、俺はそのまま、最後の一口を口に運ぶ。

 

 

 

 

 俺が、そんな事をやっているうちに、彼女は、はっきり顔が見えるところまで来ると、

 

「何故気が付きました? 私の穏行は完璧だったはずです」

 

 そんなどうでもよい事を聞いてくる。

 だけど彼女の表情は、昼間見た彼女の黄蓋さんにからかわれ、年相応の慌てた顔とも……。

 彼女達のやり方を説明も無しに批判した時に見た、冷たい目で怒りを込めて俺を睨み付けた顔とも……。

 この城に来て改めて顔見せをした時に見た、冷たい軽蔑するような顔でもなかった。

 

 ただ、冷めた表情で、

 静かな、何も映さない瞳で、

 俺を静かに観察していた。

 

 多分、これが彼女の密偵としての顔なんだろう。

 先程の問いも、問い其の物には、さして意味は無いのだろう。

 ただその事によって、投げかけられた問いは、言わば湖面に投げ込まれた小石。

 投げ込まれた小石は波紋を生み、感情と言う名の波紋は、俺の思考と言うなの湖面の姿を映し出す。

 

 そうして自分は感情を殺し、ただひたすら相手の思考を、言葉から、仕草から、行動から、目に映る全てから、五感全てを使って、相手の思考を読み取ろうとする。

 諜報にかけて、三国一と言われる程の腕の持ち主。 それが彼女。性を周、名を泰、字は幼平、雪蓮達が、全幅の信頼を置いている呉の将の一人。

 

 ……だけど俺には、その姿が哀しく思えた。

 

 だけどそれだけ。

 それ以上、その事について考えるのは止める。

 それはこの世界において、彼女の心を、魂を穢す事と思えるから……。

 だから、その事については考えるのはお終い。

 

 彼女が、そんな事を知って、どうするつもりかは知らない。

 風達みたいな、歴史に残るような軍師とかなら話しは分かるが、俺みたいな底の浅い奴の思考を知った所で、何になるのだろうか?

 そんな事を思いつつも、どうせ底の浅い俺だ。 そんな事考えるだけ無駄と思い、ただ思った事を口にする。

 

 

 

 

「完璧なんてないよ」

「…………」

 

 そう、完璧なんて物はない。

 あれだけ万能な才能を見せる華琳だって、その才能に何一つ、完璧なものは無い。

 完璧を求めつつも、そんなものが無い事は、華琳がよく知っている。

 完璧と言う言葉は、終わりを示す言葉でもあるんだ。

 完璧だと言うのは、そこで思考を止まらせる事。

 つまり未来が無いんだ。

 

 だから、華琳はただひたすら高みを目指すんだ。

 前へ、前へと、ひたすらに邁進し続けるんだ。

 そして、彼女の後についてくる者の道標で在ろうとするんだ。

 

『 私を追い抜いてみなさい 』

 

 ってね。

 だから……、

 

「気配は完全に消せていたよ。

 少なくても俺には、君が姿を現すまで、何も感じなかった」

「……」

 

 彼女は、いまだ何も言わない。

 ただ黙って、俺の話を聞きながら俺を観察し続ける。

 

「でもね、別の気配はあったんだ」

 

 そう、きっかけは俺が一度帰ろうと思った時に感じた違和感。

 俺は一応魏の重臣で、雪蓮の客人、って事になっている。……実際はどうであれね。

 だと言うのに。 幾らなんでも復興中の街で、夜遅いと言うのに、一刻近くも放っておくとは思えない。

 まぁ、一人でこんな夜中に、こんな所で飲んでいる俺が言える台詞じゃないけどね。

 

「そう幾らなんでも、何もなさ過ぎた。

 警備の兵が声を掛けてくる事も。 …そして誰かに注意される事もね」

 

 俺を、監視・護衛するのも、将の誰かの仕事の筈。 蜀でも、街に出る時は、誰かしら付いて来ていた。

 なら、呉でもそれはおそらく同じ事。 そして呉で、こんな真似をしそうなのは二人しか思い浮かばない。

 でも、二人のうち誰かは分からなかったし、必ずしも将である必要もない。

 でも、だとしたら何故、注意なりしないのか?

 そう思ったら、答えは簡単だった。

 

「知りたいのは、そんな事じゃないだろ。

 俺に聞きたい事があるから、そうやって姿を現したんだろ?」

 

 そう、そんなところ。

 むろん、只の考え過ぎの可能性あったから、杯を空けたら帰るつもりだった。

 だけど、彼女はこうして姿を現した理由など、それくらいだろう。

 

 

 

 

 やがて、彼女の瞳は一度閉じられた後、再び開かれた時には、確かに彼女自身の感情を浮かび上がらせていた。

 

『 警戒 』と『 困惑 』

 

そして、

 

『 真摯 』

 

そう、どうであれ、彼女は真っ直ぐな瞳を俺に向け。

 

「亞莎から話は聞きました。

 彼女の言葉を信じない訳ではありません。 ですが、確認したい事があります」

 

 そっか。

 まぁ、そうだよな。 幾ら亞莎が言った所で、信じる信じないは彼女達の自由。

 ただ、こうして話をする気になっただけ、大きく前進できたと思う。

 

「北郷様が、この国のために真剣に考えられている事は、昼間の事で十分分かりました。

 噂と違い、仕事も真面目で、風様に遊ばれては苦笑を浮かべながらも、楽しそうにされていました。

 ですが、そんな方が、何故・」

「耳が痛いな……」

 

 俺は彼女の言葉を遮る様に、感想を漏らす。 でも、大体彼女の言いたい事は分かった。

 風がこの国に来てからずっと教えてくれていた。 俺が呉の将達に、どう思われているかをね。

 

「君が、君達が、俺を嫌っている理由って言うのは、

 『 魏王をはじめ、数多くの女性を誑かし、無責任にも黙って天の国へ帰った最低男 』

 こんな所じゃないかな? 違っていたら御免」

 

 

 

 

 俺の言葉に、自らそれを認める様な俺の言葉に。周泰さんは一瞬驚くも、戸惑いながらも頷いてくれる。

 そんな様子を見て。 俺は、根は素直な良い娘なんだなと、改めて思いながら。

 

「まぁ否定はしない。

 そう取られても仕方ないし、そう思われても仕方ない事をしたからね。

 それに、仕事をよくサボっていたのも事実だし、今もその辺りはあまり変わっていないと思う」

 

 俺はそう自嘲しながら、自分の非を認める。

 彼女達女性にとって、そんな人間は、軽蔑すべき対象だと思う。 例え幾ら天の知識を持とうとね。

 自分の事ながら、その辺りは自覚があるし、端から見たらそう見えても仕方ないと思う。

 俺は、それだけの事を魏の皆にしたんだ。 だからその誹りは黙って受け止めるつもりだ。

 でも、だからこそ言わなければいけない事もある。

 

「正直、二年前、赤壁の頃から、俺は生きて天の国に戻れるとは思っていなかった。

 消えて無くなるとばかり思ってた」

「……えっ」

「気を抜けば、意識を持っていかれそうだったし、酷い頭痛の時なんて、手を見ればその向こうが透けて見

 えた事もあった。

 ははっ……今思い出しても、あの時の事は怖い、……多分一生忘れられないと思う」

 

 俺はその時の恐怖と震えを抑えるように、片手で体を抱えるようにしながら、独白を続ける。

 

「怖くて言えなかったよ。 消えるかもしないだなんてね。

 今はそんな時ではないって、理由を付けて先延ばしにしてた。

 今思えば皆を馬鹿にした話だよな。 ……俺一人が消えた所で、体制に影響する訳がない。

 そんな事で、皆の想いが、華琳の覇道が揺らぐ訳ないのにな……」

 

 だからそんな物は、ただの言い訳だ。

 俺は、怖かっただけなんだと思う。

 皆に悲しまれるのが。

 皆に泣かれてしまうのが。

 そう思えるだけの仲だった、と言う自惚れも自信もあった。

 でも、それが彼女達をよけいに傷つけてしまった。

 この世界に戻って来てから、その事は痛いほど思い知らされた。

 

 亞莎から聞いた皆の言葉。 あれも彼女達の受けた傷の一端なんだと、俺が付けてしまった傷なんだと、風の言葉を直ぐに受け入れる事が出来た。

 だから、俺自身が女性の敵として嫌われるのは仕方がない事。

 でも、これだけは言いたい。

 

 

 

 

「でもね、あの時の事を後悔はしていない。

 好きな娘達を泣かしてしまった男が言っても、何の説得力ないかもしれないけどこれだけは言える。

 好きな娘を守れるなら、定められた未来を覆せるのなら……。

 俺の存在一つで、華琳が、皆が望む平和が手に入るなら、俺は何度だってやってやる」

「……」

 

 俺の独白に、彼女は黙ったまま俺を見詰めている。 彼女が今の俺の言葉にどう答えを出すかは分からないし、なるようにしかならないだろう。 皆と違って何の才もない俺に出来る事は、只真っ直ぐ全力でぶつかって行く事だけだ。 さっきの言葉だって本気のつもりだ。

 もっとも、俺の知っている歴史とはかけ離れ過ぎたこの世界において、もう俺の半端な知識が役に立つ事は無いと分かってはいるから、考えてみれば、今の想いもただの言葉でしかない。 あり得ない出来事を捕まえて幾ら覚悟を言っても、それはもう覚悟とは言わない。 ただの妄言だ……。 その事に気が付いた俺は、

 

「ははっ、はははっ……何やっても締まらないな、俺…」

 

 声を上げて苦笑する。 自分で自分の滑稽さがおかしくなる。

 だけど、こんな何やっても決まらない俺に幼平さんは。

 

「駄目ですっ! そんな事をやってはっ!」

「へ?」

「自分を犠牲にしてそんな事としても、魏の皆さんが悲しむだけです!」

 

 ……突然叫ばれた事に驚く俺に、幼平さんはそう言葉を告げる。

 其処には、先程の仮面のような無表情な顔ではなく。 年相応の怒った顔が其処に在った。……だけど、此方を心配しているのが伺えるだけに、何と言うか微笑ましい感じがしてしょうがない。

 うん。 やっぱり根は良い娘だ。 ……そして少しだけ近づけた気がする。

 でもまぁ、その気持ちは嬉しく感じる。 それに彼女が言った事は本当の事だろう。

 だから俺は正直に……今思った事を告げる。

 

「いや、良く考えたらさっきの覚悟も、とんだ空回りだと言う事に気が付いて、苦笑した所だったんだ」

「え?」

 

 驚きの表情を僅かに浮かべる彼女に、俺はこうして三国が協力し合う様になった今、そんな事態が起こりえない事に気が付いて、間抜けな事を言ってしまったと言う様な事を説明すると、顔を赤くした幼平さんが。

 

「わ・私を騙したんですかっ?」

「ち・違う、本気で気が付かなかったんだ。 すまん」

 

 彼女の言葉に、ほぼ条件反射的に拝み倒すように頭を下げながら身構える。……身構えるのだが、いつまで経っても来ないいつものパターンに。

 

「……あ・あの? 怒って殴ってこないの?」

「え?」

 

 と、俺の言葉に、今度は本気で目をパチクリしながら幼平さんは驚く。

 

「いやだって、普通この場合大体そうだったから。 てっきり……」

「え・あのっ。 北郷様は魏からのお客様ですので、その様な事は流石に……」

 

 と本気で、俺の言っている事に不思議がりながらそう答えてくる。

 ……そう言えばそうだったよな。 でも……。

 

「魏ではそれが当たり前だったし、蜀でも結構蹴られまくったから、それが普通と思ってたけど違うの?」

 

 

 

 

 そう、蜀でも良く殴られた。 まぁ俺に悪い所があったからそれを直させるために殴ってくれたのだから、感謝こそすれ恨む気持ちはないし、それ以外も一種のコミュニケーションと分かるものだ。 何より魏の皆の事を思えば可愛いと言える。 まぁどこかの誰かさんの挨拶代わりのキックには流石に苦笑が浮かぶが、あれはあれで可愛らしいと思えるんだから、俺も大概かもな。

 

「……あの、そうなんですか?」

「あれ。 そう言う話は聞いていないの?」

「いいえ、そう言う訳では無いのですが、てっきり冗談なのかと思っていました」

 

 彼女の言葉に、俺はまた脚色された話を信じられては堪らないので、俺なりの事実をそれなりに面白おかしく話して聞かせる。

 華琳に、俺が馬鹿な真似をする度に"絶"を首にかけられたり、蹴られたりお仕置きされた事。

 春蘭が何時もの調子で勘違いして、俺を剣で襲ったり、吹っ飛ばしたりされた日々を。

 手違いで秋蘭の着替えを覗いてしまい。 矢で壁に張り付けにされた上で、ボディーブローを貰った事を。

 霞と街へ遊びに行く約束を忘れて、鍛錬と称した虐待を受けた事。

 凪、真桜、沙和にいつも振り回され、死に掛けた事が一度や二度じゃ無い事。 まぁ凪にその度に助けられては居たんだけどね。 でも彼女は彼女で、彼女の言う『とても美味しいです』と言う激辛料理を勧められ、断る事も出来ず、後で辛さにのた打ち回った事。

 稟の基本的にそう言う事はしないが、何故か気が付くと稟の鼻血の元凶として巻き込まれている事。

 桂花に至っては、罵詈雑言の嵐を毎日のように浴びたり、落とし穴に落とされそうになったりした事。

 風は、……まぁ今更なので話さなかった。

 

 そんな俺の話を幼平さんは、優しい笑みを浮かべて黙って聞いてくれた。 でも、俺の話が終わると、やっぱり不思議そうな顔で。

 

「あの…失礼ですが。 北郷様は『天の御遣い』で在らせられるんですよね?」

「一応ね。 でも所詮は中途半端な知識しか持っていない唯の人間だよ。

 君達のような本物の将達とは違って凡人だから、皆にああいう扱いを受けるのも仕方ないと思っているよ」

「……凡人?」

 

 俺の言葉に、何故か『凡人』の所で首を傾げる幼平さんに、まぁ信じられないのも仕方ないかな、と自らを苦笑してしまう。 そんな俺に向かい彼女は両手を合わせて嬉しそうな顔で。

 

「でも、北郷様が魏の皆様を本当に大切に想っておられる事は、今のお話で良く分かりました」

「……えーと、今の話で何でそうなるの?」

「北郷様は皆様の話をされている時、すごく楽しそうでした。 そしてとても優しい目をされていました。

 ですから昼間の言動と、許昌の街の人の噂と合わせて、北郷様が信じられる方だと言う事が分かりました」

 

 あー…まいった。 彼女は最初から俺の話その物を聞いていた訳でなく。 話す俺を観察していた訳ね。

 さすが三国一の密偵と雪蓮が自慢するだけの事があるな。

 それにしても、少しでも楽しく聞けるようにと話した俺の努力って……はぁ~……。

 

「北郷様、数々の非礼お詫びいたします」

「いや、元はと言えば俺や、華琳達が原因なんだから良いよ」

「それでもです。

 一生懸命学びますので、どうかそのお知恵を我等にお貸しください」

 

 そして俺に真名を預けてこようとするのを俺は手で止める。

 

 

 

 

 彼女の気持ちは嬉しい。 たとえそれが呉の民達のためだとしても、それは彼女の優しさである事に違いないのだから。 だからせっかくなら、こうして月も酒もあるのだからと、俺は彼女に先程の杯を渡し、俺も杯を酒で満たす。

 俺は地面に胡坐をかいて座ると、彼女もそれに従い座る。 ただし正座でだけどね。

 

「性は北郷、名は一刀。字も真名もない。

 短い間だけど、この国にいる間は、この国に住む民の為に力を尽くす事を誓うよ」

「性は周、名を泰、字は幼平、真名は明命です。 北郷様、御指導の程よろしくお願いします」

 

 そう言って、杯を一気に煽る。 う゛っ……流石にキツイな。 くらくらする。

 キツイ酒を一気に飲んだ事で、酔いが一気に回ってきた俺に、明命が驚いた顔で。

 

「あ・あの北郷様。 このお酒はどうされたんですか?」

「一刀で良いよ。 このお酒がどうしたの?」

「では一刀様と呼ばせて頂きます。 で、こんな良いお酒をどうされたんですか?」

 

 様は抜けないのね、と苦笑しながら、えらく真剣な顔でお酒の出何処を聞いてくる明命に、雪蓮に貰った事を伝えると。

 

「先日、天子様に献上する予定の酒が消えたと、冥琳様が騒いでおられましたので」

「ぶっ!……まさか……これ?」

「……多分そうだと思われます。

 あっ、いえ、雪蓮様がそうされたのですから一刀様に何の責もありません。

 むしろ我が国の恥をお見せしてしまい申し訳ございません」

 

 そう、何故か俺に謝ってくるが、彼女に何の罪もない。 罪があるとしたら、そんなとんでもないお酒を俺に渡す雪蓮だろう。 まぁ天子と言っても、今は華琳に保護され、天子としての対面は保っているものの、その権力は、三国において敬意を払い尊重はしても、その程度しかない。 会った事は無いけど、権力争いに巻き込まれ、その結果母も、姉も亡くしたと言うのだから、哀れな人だと思う。

 そっか、これ天子に献上される予定だったお酒だったのか、道理で美味いわけだ。 そこでふと思い。

 

「ちなみに此れ金額にすると、どれ位なの?」

 

 好奇心から聞いたのだが、その金額を聞いた途端俺は後悔した。 明命は多分とは言っていたけど、それにしたって。 此れ一本で俺の給金の半年分だぞ? …あっ、いかん、本気で酔いが回ってきた。

 だけどやばいと思った時には既に遅く、俺はその後あっさりと意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 翌朝、用意された寝台で目を覚ます俺に、風は。

 

「明命ちゃんに、運ばれて来た時は驚いたのです。 お兄さんお酒は程々ですよ~」

 

 と、軽いお叱りの言葉を言うのだが、明命が俺を運んで来たと言う時の動作が、まるで物を抱えるように二つの手を前に突き出している風に、

 ………あの。俺、女の娘に御姫様抱っこで運ばれたんでしょうか? 等とは、とても怖くて聞けなかった。

 俺どんな顔して明命に会えばいいんだ……とほほっ。

 

 

 

あとがき みたいなもの

こんにちは、うたまるです。

 第20話 ~ 天の御遣い、月夜に誰を思う ~ を、此処におおくりしました。

 まずは、久しぶりの更新で、本当に申し訳ありません。

 書き物のメインがあちらに移動したのもあるのですが、なかなか今回の話が納得できる話が書けなくて筆が止まってしまいました。 とりあえず何度も書き直して駄目でしたので間を置いたら、今回あっさりと書く事が出来た次第です。

 さて、亞莎に続いて明命も一刀に真名を許すに至りました。 彼女達二人が真名を許した事で、きっと呉での皆の意識も大きく変わると思います。

 

頑張って、執筆していきますので、どうか温かい目で見守りください。

 


 
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