No.173704

恋姫倭人伝 -真・恋姫†無双 外伝-

欟乃 夢さん

本作は「真・恋姫†無双」 -魏ルートエンド後-の二次創作になっています。(作成日:2010/04/14)

2010-09-20 17:28:25 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:4945   閲覧ユーザー数:3703

・前置きさせてください

 

 魏ルートエンディング後を題材にしているので、本編を知っている前提で進めていきます。

 なので当然、ネタバレがあります。

 未プレイかつこれからプレイ予定という方はご遠慮願います。

(本編の楽しみを減らすのは、大変心苦しいので)

 

 それでは楽しんでいただければ、幸いです。

 

 

 

0

 

 俺は段々と体の力が抜けていくのを感じていた。

 

 頭が朦朧として、耳に入っていた音も消えた。

 

 視界から最愛の女の子の姿が消えていってしまう。

 

 ああ、神様。願ってもいいだろうか。

 

 叶えてくれないだろうか。

 

 この物語が終焉を迎え、それと同時に俺が消えることが覆らない運命だとしても。

 

 みっともなく泣くのも、消えることへの弱音も吐かないから。

 

 彼女を後ろから抱きしめることも、堪えてみせるから。

 

 だから、彼女へのこの想いや、思い出を俺から奪わないでほしい。

 

 今、夜空に浮かぶ月よりも輝いて見える金髪も。

 

 彼女の怒った顔も。時折見せる優しい笑顔も。

 

 戦場の喧騒の中でも通る声も。俺を怒った時の声だって。

 

 覚えていたい。

 

 全部覚えていたいんだ。

 

 もし。

 

 それすらも叶わないというのなら、せめて最後の最後まで、この視界を奪わないでくれ。

 

 覇王として大陸を平和に導く、彼女の凛とした後ろ姿を、まだ見させてくれ。

 

 彼女は怒るだろうか。それとも泣いてくれるだろうか。

 

 ずっと側にいると約束して、それを反故する俺を。

 

 できることなら、ずっと側に。

 

 ずっと共に。

 

 歩んでいきたかった。

 

 彼女と共に、夢の続きを見たかった。

 

 だからせめて、今改めて愛してると、誓う。

 

 決して口にはしないけど。

 

 最後まで、愛している。

 

 

 

 そして俺は、彼女――華琳の後ろ姿を見つめながら、消えた。

 

1

 

 夢を見ている。

 

 いや見ていた、というべきだろうか。

 

 心温まる、でもどこか切ない、そんな夢を。

 

 でもさっきまで見えていたはずの光景はすでに消えてしまった。視界にあるのはただの闇。

 

 俺は瞼をゆっくりと開いた。

 

 

 

「ここは、どこだ?」

 

 

 

 どうやら今は夜のようで、視界は一向明るくならなかった。

 

 ずいぶんと深く寝ていたようだ。

 

 重い感じのする頭を振りながら、立ち上がる。

 

 

 

「どう見ても外だし。俺の部屋じゃないのは、確実だな」

 

 

 

 さて、状況を確認しよう。

 

 さっきまで俺は華琳と共にいたはずだから、部屋にいなくてもおかしくない。

 

 

 

「――とはいっても、どこだよ……」

 

 

 

 そう。今いる場所は全く見覚えのなかった。

 

 忌々しき事態。

 

 

 

「……酒の飲みすぎで、記憶でも飛んだか?」

 

 

 

 大陸統一の祝いで飲んでいたことを思い出した。

 

 だけどそれほど飲んではいなかったはずだけど。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 ふと脳裏に過ぎる後ろ姿。

 

 霞み出す月明かり。

 

 消えていく自分の体。

 

 

 

「そうか。俺は消えたのか」

 

 

 

 息を吐きながら空を見上げる。

 

 残念なことにここからは木が茂ってるため、月は見えなかった。

 

 

 

「ん。じゃあ俺はどうしてここに? 元の世界に戻ってきたりするのかな」

 

 

 

 暗くてよく見えないけど、目を凝らして周りを見る。

 

 足元は舗装されていない獣道。

 

 そしてどちらを向いても、生い茂る木しか見えない。

 

 

 

「……判断つかないな」

 

 

 

 わかることは、ここが森の中ということ。

 

 どこの森かは検討もつかないけど。

 

 周りは当然灯りもなく、しかも森の枝に星を隠されているから真っ暗だ。

 

 

 

「目覚めたら、いきなり遭難の危機とか。参ったな。森を出るため歩いてみたら、実は奥に行ってましたとか洒落にならないぞ」

 

 

 

 ずいぶんと怖い状況に一人置かれてしまったようだ。

 

 

 

「下手に動くより、朝を待った方が安全、か?」

 

 

 

 こんな突然のことでもパニックにならない、とはずいぶんと俺も肝が据わったものだ。

 

 あの「武将が女になってる」三国志の世界では鍛えられたものな。

 

 本来の三国志の歴史の流れに逆らったことで、存在も記憶も完全に消えるのかと思ったけど。

 

 こうして魏で過ごした記憶はしっかりと残ってて安心した。

 

 神様に祈った甲斐があったわけだな。ありがとう、神様。

 

 ただ気になるのは、元の世界に戻ったのか。それとも「あの世界」に残ったかどうかだ。

 

 

 

「記憶が無事だったんだ。ちゃんと留まることは出来てるよな。頼むぜ、神様」

 

 

 

 今更元の世界に戻されたって困るぞ、本当に……。

 

 ふと胸が寂しさと切なさで苦しくなる。

 

 悲しんだ顔なんて、させたくない。

 

 素直になれないけど、本当は誰より優しい女の子のことを想った。

 

 自惚れではなく、心配してくれていると思う。

 

 消えるときのことはあまり覚えてないけど、多分俺、華琳との会話中に消えたんだよなぁ。

 

 あ~……。

 

 ……帰ったらいきなり頸を刎ねられる、なんてことは。

 

 …………ないよな。

 

 いや、ありそうだ。

 

 たやすく想像ができるぞ。

 

 ――自分の体を遠く離れたところから見る、そんな刹那が。

 

 うう……眩暈が。

 

 やめやめ。嫌なこと想像したら、少し体が寒くなってきた。

 

 いきなりの野宿だから、火を焚く道具なんてないけど。火は欲しいよなぁ。

 

 それにこれだけ暗いと何か出て来たとき、もの凄く怖いし。

 

 周りは、全く見えないまでは行かないものの、木ばっかり。

 

 風で枝が揺れる音とか、効果音としてはなかなかくるものがある。

 

 いや、いやいや。落ち着け、俺。

 

 魏での生活を思い出せ。

 

 幽霊なんかより恐ろしい武将が数多くいただろう?

 

 ほら、大丈夫。落ち着くんだ。大丈夫だ、俺。

 

 

 

「……北郷、一刀が何故ここにおる?」

 

 

 

「っ!!」

 

 

 

 あまりの驚きで、心臓止まるかと思った。

 

 魏で生きてきて肝が据わったとか調子乗ってました、ごめんなさい。流石に警備部隊の隊長してたからって、そこら辺の賊に勝てるくらいの実力はある。とはいえ、所詮俺は一般人。武器がない今、一騎当千の兵たちは勿論、賊一人にだって対抗できるかどうかわかったもんじゃない。

 

 ――幽霊? そんな規格外は考えたくもないっ!

 

 背後からかけられた声に弾かれるように振り返り、声の主を探す。

 

 相手は俺の名前を呼んだし、いきなり斬りかかってことなかったから、賊とかではなく、俺の知り合い――であってくれ。

 

 それにしても、声に聞き覚えは一切ないんだけど、一体誰だ。

 

 

 

「おお。すまんすまん。驚かせてしまったようだな」

 

 

 

 小石同士をぶつけるような音が聞こえてきたと思うと、周りの風景が浮き上がってきた。

 

 どうやら松明かなにかに火を灯したようだ。

 

 いきなりの光に目を細めつつ、相手の顔を見るが――。

 

 …う~ん。これはどうしたものだろうか。

 

 はっきり言おう。見覚えがない。

 

 胸を張って言える。

 

 未だかつて、会ったことない。

 

 だって、インパクト強いもん。

 

 一度でも会っていれば忘れない相手だよ。

 

 ずいぶんと特徴的な白髭を生やした筋肉質で巨漢なおっさんが、ビキニの胸当てとふんどし。首にはネクタイを締めている姿なんて、忘れてるなんて絶対ない。

 

 一度も会ったことないと断言できる。

 

 なんだ、こいつ。

 

 魏の下着屋の店員にずいぶんと雰囲気の近い筋肉達磨のおっさんがいたから免疫があったけど、あいつに会ってなかったら間違いなく錯乱してた自信があるな。

 

 

 

「俺の、名前を知ってるようだけど。どこかで会ったこと、あるか?」

 

 

 

「いや、うぬと出会うは初めてのことだ。それに本来儂とうぬは逢う定めにあらず」

 

 

 

「は? いや、なに言ってるかよくわからないんだけど」

 

 

 

 定め? なんだよ、定めって。

 

 

 

「うむ。うぬが現れるは大陸の外史のみ。こうして儂の前に現れる外史など想定外なのだ。一体何が起こったというのやら。あまりにも唐突なイレギュラーで儂の漢女心が爆発しそうだわ」

 

 

 

 がはは、と豪快に笑うおっさんを怪訝そうな目を向けてみる。

 

 

 

「む? なんだその熱い眼差しは。そんなに見つめられると照れるではないか」

 

 

 

「いや、照れられても。それより、あんたは誰なんだよ。いい加減名乗ってくれないか」

 

 

 

「おお、こいつは失敬した。確かに、儂がうぬの名を知っているのに、うぬが儂の名を知らぬのでは不実だな」

 

 

 

 おっさんは豪快に笑っていたその表情を一瞬にして引き締め、腰に手を当て仁王立ちの姿勢を作る。

 

 

 

「心して聞け」

 

 

 

 なんか間を空けたおっさんには、夏侯惇並の威圧感があった。

 

 どれほどの人物だと言うのだろうか。

 

 緊張のためか、さっきから唾液を上手く飲み込むことができない。

 

 

 

「漢女道を突き進む倭国の巫女とは儂のことよっ!」

 

 

 

 どーん! て効果音が聞こえたような気がした。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 息苦しい威圧感以上に、おっさんの言ってることがあまりにも意味不明過ぎた。

 

 意味不明過ぎて、唖然とすることしかできない。

 

 なんだか頭痛くなってきたんだけど。

 

 今鏡を見たらかなり笑えるんじゃないかな。

 

 それくらいずいぶんと間抜けな顔をしているだろう、俺は。

 

 

 

「……えっと、巫女?」

 

 

 

 声を振り絞り、どうにか言葉を返す。

 

 それに深く頷くと、自称巫女のおっさんは同じ姿勢のまま、

 

 

 

「左様。儂の名は、卑弥呼。大陸の天の御遣い、北郷一刀よ。ようこそ、倭国大乱の外史へ」

 

 

 

 ニカッと白い歯を光らせながら、手を差し伸べしてきた。

 

 

2

 

 ずいぶんと長い間、放心していたようだ。

 

 あの後、自称巫女のおっさん――卑弥呼から色々と話を聞いて、気がつけば陽は昇り、朝になっていた。

 

 結論から言って、俺は元の世界に戻ってはいなかった。

 

 ここは倭国。魏志倭人伝とかに出てくる時代の日本。

 

 中国と比べれば、元いた日本に近いが、なんとも中途半端なところに来たものだ。

 

 

 

「つまり、俺は華琳――曹操の物語が終幕を迎えたから、次の舞台へ引っ張り出された、ってこと?」

 

 

 

「うむ。こんなことは初めてだからな。儂にもよくわからないことが多く断言できぬが。この外史はつい先日始まった――いや、動き出したというべきか」

 

 

 

 卑弥呼がわからないのだから、教えてもらう身である俺にわかるわけもなく。

 

 だが、一つわかったことがある。

 

 卑弥呼が度々口にする「外史」。

 

 それがこの世界を理解するための鍵だ。

 

 三国志で例えるなら、俺らが知る男武将が活躍する、実在した歴史を記した世界が「正史」で、その世界を基に後の歴史の人間が脚色したり、娯楽を含んだ物語に創り変えた――確か「三国志演義」とか呼んでた世界が「外史」なわけだな。

 

 俺が魏で過ごした世界も外史の一つ。だから武将が全員女だったわけだ。

 

 んで今俺がいるのは倭国の外史。

 

 てことでいいのか?

 

 そんなわけで。

 

 この世界は、俺が魏で過ごしてきた世界ではない。てことがわかった。

 

 ……わかりたくない内容だったけどな。

 

 俺は違う外史に現れている。たぶん曹操と過ごした外史は終わりを迎えたんだ。

 

 

 

「………でも」

 

 

 

 俺が消えた後の魏を知る術はないけど、終わった外史はどうなったんだろう。

 

 華琳が作るはずだった未来は、平和の世界は続いているのだろうか。

 

 それとも俺のように消えてしまったんだろうか。

 

 だとすれば。

 

 魏で生きていた皆は何のため戦ったんだろう。

 

 何のため傷ついて。

 

 何のため傷つけて。

 

 華琳の覇道は無駄になってしまったのか。

 

 俺はなんともいえない憤りを感じていた。

 

 こんなもの冒涜だ。

 

 許しがたい。

 

 華琳が少女としての幸せを手放して生きてきた道は、一体何だったんだろう。

 

 今すぐ大陸に渡ったとしても、この世界は、俺が過ごしてきた魏はない。

 

 そこには俺を知らない曹操や夏侯惇、夏侯淵がいるだけだ。

 

 信じられる話じゃなかった。

 

 誰かに話してみたら、確実に頭の正常性を心配されるだろうさ。

 

 

 

「……ついさっき消えた経験がなければ、信じられない話だ」

 

 

 

 深く息を吸い込んで、言葉を繋げてみる。

 

 喉が渇いて、少し痛い。

 

 でもよかった。心に感じる痛みは酷かったけど、ちゃんと繋げることが出来た。

 

 

 

「しかし倭国大乱、か。よく知らないんだよな、それ。三国志とかは授業だけじゃなくて、漫画とかゲームでもよく目にしたけど」

 

 

 

「うむ。確かにそうだな。倭国大乱。それは倭国にて起きた戦乱でな。日本の教育でも卑弥呼が女王になることによって治められる、くらいしか教えぬのではなかったか」

 

 

 

 確かに。卑弥呼の時代っていうと、弥生時代だっけ?

 

 すぐ思い浮かぶのはそれくらいだな。

 

 確か学校で学んだような気がするけど、記憶に強く残っているものはないんだよなぁ。残念だけど。

 

 

 

「外史としても三国志と比べればマイナーでな。儂が民を先導し、倭国大乱という日本の内戦を治めるだけの外史なのだ。がははははははっ!」

 

 

 

「そうなのか。それじゃ俺はこの外史に必要ないんじゃ……?」

 

 

 

「うむ。実際、儂がいれば事足りることは確かだ」

 

 

 

 親指を立てて、白い歯を見せ笑う卑弥呼。なんだかムカつくな。

 

 

 

「じゃあ何で俺この外史に登場したんだよ……」

 

 

 

「そんなこと儂は知らん。だが現れたからには必要な人物なのだろう」

 

 

 

 卑弥呼が要れば何事も問題なく済む外史なのに、俺が必要?

 

 どういうことだよ。意味がわからん。

 

「まあ一先ずここで区切ることにしよう。陽も昇りきったことだしな。儂の集落へ案内する。続きはそこですることにしようではないか」

 

 

 

 夜の間は木々の間から星すらも全く見えなかったのに、陽が昇れば少しくらいは青空を見ることができた。

 

 それに獣道には木漏れ日がまだら模様で描かれていて、夜とは違った雰囲気がある。

 

 懐かしいような、落ち着くような感じがするのは、ここが過去であっても日本だからかな。

 

 そんなことを思いながら、すでに軽い足取りで進んでいる卑弥呼の背中を追いつつ、集落を目指す。

 

 わからないことを考えても仕方ないしな。

 

 どうでもいいことだが。

 

 陽の下で見る卑弥呼は、想像以上にキモかった。

 

 

3

 

 案内された集落は魏で見慣れた建物とはずいぶんと違い、その、なんだ。

 

 原始的、とでもいうのかな。

 

 住居は溝で囲われた中にあって。

 

 確か……そう竪穴住居とかいう奴だ。

 

 地面に柱を掘り下げて立たせ、蚊帳などを屋根に覆っただけの建物。建物の中央には炉があった。

 

 魏で過ごしていた俺は少々面食らっていた。

 

 そうか。この時代はまだ外交なんてないから、大した発展してないのか。

 

 ならこれが通常の水準なわけだな。

 

 魏とどれだけ年に差があるんだろうな。

 

 ちなみに炉は調理や暖を取る以外に、煙で燻ることで住居を良い状態に保つと卑弥呼が教えてくれた。

 

 卑弥呼の住居には何事もなく無事着いた。

 

 制服姿だし、大陸ですら珍しがられたから、目立って面倒なことになるかと思ったけど。陽がすでに昇っていたものの集落には出歩く人がなくてよかった。

 

 住居には大した荷物もなく、整頓されている。

 

 卑弥呼もここには来たばかりなんだろうか。

 

 卑弥呼が特に何も言わないし、とりあえず特に椅子などなかったので、適当なところに腰を下ろした。

 

 そして卑弥呼は俺の正面に腰を下ろすと、思いきや俺の膝の上に腰を下ろすておいっ。

 

 なんだよそれっ、嫌がらせか。

 

 酷い嫌がらせだなっ! 効果は抜群だよっ!

 

 

 

「さて、一刀よ」

 

 

 

「なに自然に話始めてるんだよ。キモイっ。対面で座れよ! 話しにくいだろっ!」

 

 

 

 思いっきり跳ね除けてやる。

 

 勢いよく転がる卑弥呼だったが、文句の付け所のない受身を取りながら、そのまま対面の姿勢を作りやがった。

 

 

 

「イケズなオノコよ。漢女心を擽るのに長けていると見える。ほれ、これで文句はないであろう」

 

 

 

 拗ねたポーズなんてとったって微塵も可愛くねぇっ!

 

 ……落ち着け、俺。ムキになって相手にしても仕方がない。

 

 ここは堪えて、話を進めるんだ。

 

 

 

「――とりあえず、続きだ。俺は何のためここにいるんだろう」

 

 

 

「うむ。今後のうぬが何をしていくかだが、歩きながらずっと考えておったのだが。辿りついた結論は一つ……うぬは何もしないで終幕を迎えるべきだ」

 

 

 

「え? 何もしないでいいのか? そりゃ大して役に立たないかもしれないかもだけど、俺にだって手伝えることがあるんじゃないか」

 

 

 

 少なくとも魏では何の力がなくても――来たばかりで文字すら読み書きできない状態でも仕事をしてたぞ。

 

 

 

「儂がやることは大きく分けて二つでな。一つ目はこれから起こるであろう大乱の修治。続いて外交の一歩として奉献の使者を出すこと。これは大乱の後になるがな。この二つを終えることで、この外史は終焉を迎えるのだ。これしきのこと、儂一人で十分でな。十分過ぎると言っても過言ではない」

 

 

 

 いや、一人で十分って。大乱を治めるってかなり大事だよなぁ。

 

 将に恵まれた華琳でさえ軍事に政治、国としての地盤を固めて、大陸統一するのに時間がかかったのに。

 

 

 

「がははははははっ! その顔は信じていないな。だが決して大言壮語ではないぞ。今までだって儂がこの倭国の大乱を治めてきたのだ。泣きじゃくる赤子をあやすより容易い」

 

 

 

「そこまで言うなら、ムキになって食いついたりしないけど……なんで手伝いすら必要ないんだ?」

 

 

 

「むしろ手伝わぬ方がよいのだ。下手に手を出せば、主導はうぬに移ると儂は考えておる」

 

 

 

「主導が、移る?」

 

 

 

「左様。元来この外史には儂以外のキーパーソンは必要ではないのだ。だがうぬは前回の外史で経験したように、うぬには歴史の大局を歪めるだけの知識と力がある。加えて魏で生きてきたその実績と積み重ねた知識は倭国の歴史において大きな影響を与えるであろう」

 

 

 

「それが何だっていうんだ?」

 

 

 

「一刀よ。元の世界に帰りたくはないか?」

 

 

 

 元の世界に、帰る?

 

 どうだろう。

 

 そりゃ倭国にいたって仕方がないし、可能なら元の世界へ戻りたいと思ってるけど。

 

 それ以上に、出来ることなら華琳の元へ帰りたい、ってのは我が侭なんだろうか。

 

 みっともないな、未練たらたらじゃないか。

 

 

 

「少なくともこの外史が終幕を迎えるとき、必要性を見出せなかったうぬは強制的に元の世界へ戻ることになる」

 

 

 

「……曹操のところから消えて、今の外史に来たように?」

 

 

 

 曹操の名を出すだけで、少し息苦しさを感じる。

 

 

 

「それとは少々異なることだがな。だが関わると決めた瞬間から、この外史の主人公はうぬとなるのだ。そうなれば進む道は変化を起こし、この外史の終幕は違うものとなるだろう。そうなれば元の世界に戻ることすらも叶わなくなるかもしれぬ。その覚悟、うぬにはあるか?」

 

 

 

 華琳のいる世界にも、元の世界にも帰れないだけじゃなく、この倭国に留まり一生を終えないといけないってことか。

 

 選べるだけ、マシってことかな。

 

 

 

「何もしなければ、元の世界に戻れるっていうなら、わかった。無理に手伝ったりしない。俺は元の世界に戻るよ」

 

 

 

「よし、これで決まりだな。うぬは儂が責任を持って元の世界へ送ってやろう」

 

 

 

「よろしく頼むよ。でも、大乱って長いんだろ? 何もしないってのもキツイものがあるよなぁ」

 

 

 

「うむ……では、後学までに儂が大乱を最短で治めてみせようか。うぬが魏で見てきたもの以上のものを見せてくれるわ。がははははははっ!」

 

 

 

「覇王の曹操でさえ、大陸の統一にはかなりの時間を費やしてたんだぜ? 一体どれだけの早さで治める気でいるんだよ」

 

 

 

「そうだな。では儂は一年。いや半年で大乱を治めて見せようではないか。うむ、これは骨が折れる条件だが、こいつは久方ぶりに本気が出せそうだ。がははははははっ!」

 

 

 

「半年で? そいつは凄いな。卑弥呼の言葉が大言壮語じゃないことを祈るよ」

 

 

 

 それが可能なら早くても、俺は半年後に元の世界に戻れるってことだな。

 

 しかし外史の主人公、か。

 

 主人公と聞いて想像するのは、たった一人の少女。

 

 生まれながらにしての英雄。大陸の覇者。

 

 そんな彼女だったから。

 

 彼女が主人公だったから、あの外史は無事に終焉を迎えられたんだ。

 

 この外史でなら、望めば俺も主人公になれる。

 

 俺が主人公になることで、「あの世界」に戻れる方法が見つけられる。

 

 そんな根拠のないご都合主義な未来を妄想してしまった。

 

 自分の限界も、実力も理解している。

 

 俺に主人公が務まるわけがないのに。

 

 そんな都合のよいことなんて、あるわけないのに。

 

 そんなことを考えていた。

 

 考えてしまった。

 

 

 

「大船に乗った気で任せておくがよい。ただ、倭の女王となった儂の派遣する使いが、魏への奉献をどれだけの時間で完了するかは、儂の手中にはないのでな。半年は超えるものと思っておってくれ」

 

 

 

 使いが魏に遅れて到着するとか、奉献に問題が起これば、その分俺が帰る時間にズレが生じる、ってことだな。

 

 それにしても。

 

 奉献の国が魏ってことは、「魏志倭人伝」の魏って、三国志の魏だったってことか。

 

 倭国と三国志ってつながりがあったんだ。

 

 初めて知った。

 

 …ん?

 

 三国志の魏が奉献の相手だって?

 

 それって倭国の外史は、魏へ行くことが可能ってことか?

 

 いや、しかし。

 

 

 

「待ってくれ。卑弥呼っ!」

 

 

 

 疑問をそのままにしていられないほど、感情の昂りを感じる。

 

 思いのほか大きい声になってて卑弥呼が驚いているけど、そんなことに構っていられない。

 

 

 

「ど、どうしたのだ。一刀よ」

 

 

 

「今は一体、いつなんだ?」

 

 

 

「いつ、とは。一体いきなり……」

 

 

 

 漠然とした質問で悪いとは思う。でも今の俺にはこれ以上詳細な質問は出来そうにない。

 

 

 

「いいから答えてくれっ! 今は一体いつの倭の国なんだ? 卑弥呼は森でこの外史が始まったのは、つい先日と言っていなかったか!?」

 

 

 

「う、うむ。その通りだ。確かにこの外史が動き出したのはつい先日のことだが……」

 

 

 

「だよな。じゃあそれって、その先日前に俺が現れていたってことなんじゃ……」

 

 

 

「待つのだ。落ち着くがよいぞ、一刀。何を言っているか、理解できぬぞ。うぬが現れたのが先日だったとして、何か問題があるのか?」

 

 

 

 大ありだ。

 

 俺は昨日の夜、目を覚ましたばかりなんだ。

 

 この外史に現れたすぐに俺が目を覚ましたとは限らないけど。

 

 もしすでに外史が始まっていたとして。

 

 

 

「現れた俺ってのは、今の俺じゃない」

 

 

 

 しっかり考えるんだ。

 

 俺は何もせずに元の世界に戻っていいのか?

 

 考えるんだ。

 

 魏の国が存在していて、倭国の未来がそこに繋がるというのなら。

 

 魏の外史と倭国の外史は繋がっていて。

 

 外史の動きだした起点は、倭国にいる俺じゃないって意味なんだから。

 

 

 

「大陸にはすでに俺がいるってことじゃないか」

 

 

 

 ――そうだ。ならそれが意味するのは?

 

 

4

 

 俺の突拍子もない発言に卑弥呼が首を傾げながら、唸っていた。

 

 俺はというと先ほどの閃きで興奮が治まらない状態だったが、卑弥呼が考えている時間にゆっくりと自分の考えをまとめ、どうにか落ち着きを取り戻していた。

 

 

 

「魏で生きた記憶が残っているうぬが、しかも倭に登場というのは未だかつてないものだ」

 

 

 

 卑弥呼との会話と魏と倭国の繋がり。

 

 それで辿り着けた結論。

 

 俺はそれに全てをかけてもいいと、思い始めていた。

 

 

 

「なあ。世界は正史を基に作られ、無数に外史が存在しているんだよな。それはつまり外史からはまた新たな外史が作られることもあり得る、よな?」

 

 

 

「左様。正史から生まれた外史は数多に存在し、外史から生まれた外史も然り」

 

 

 

「つまりは、俺がここにいるってことは、終幕を迎えた外史に対して、外史の追加が望まれた。ってこともあり得るんじゃないのか?」

 

 

 

「外史に対して新しい物語を追加するというのか?」

 

 

 

「そう。補足、って感じかな。小説を読んで、結末を迎えた物語には、どうしてもその後の話が気になったり、他の登場人物にスポットライトを浴びせた過去の展開を読んでみたかったりするだろう?」

 

 

 

 作者が予定外の続編を出すのはその要望が強くあるからだろうし、同人誌とか作成されたりするのは、その読み手に望まれ、求めているからだろう。

 

 

 

「ふむ。つまりこの外史は、すでに終幕を迎えた外史における外史である、と。うぬはそう言いたいのだな」

 

 

 

「そう。卑弥呼の話を聞く限り、この外史は倭国単独のものではなく、大陸のものとリンクしている可能性あるんだ。だから俺がそうだったように、俺はすでに占いの通り大陸に現れているはずだ」

 

 

 

 そしてそれは今の俺が、曹操の外史から消える時間より未来ではなく、過去にいることを意味していて。

 

 それなのに記憶が残っているってことは、俺がいた外史はすでに確立されたものになってるわけで。

 

 

 

「つまり新しくこの外史が始まっているということは、大陸では全く新しい外史が作られている可能性と共に、すでに終幕を迎えた――一刀が過ごした外史を沿っていく可能性がある、というわけだな」

 

 

 

 そう。大陸の俺は「曹操に拾われ魏で過ごし」、俺の持つ記憶と同じように「夏侯淵は定軍山の戦いで助かって」、「曹操たちは赤壁の戦いで周瑜と黄蓋の策を破る」ことだってあり得る。

 

 この考えはあの有名な「シュレーディンガーの猫」だから、大陸に行ってみないと真実は知ることができないけど。

 

 これなら、希望がある。

 

 消えたはずの俺がまた華琳に会える、っていう希望が。

 

 華琳に会える。

 

 また、会えるんだっ!

 

 

 

「いや、待つのだ。確かに大陸と倭国はリンクしている可能性は確かにある。だからといってそう上手くいくとは限らぬぞ。大陸でうぬは蜀か呉に所属しているやもしれぬ。その場合、曹操がうぬとの思い出を持っているはずがない。例え再会が叶ったところで、会っても頸を落とされる、だけだ」

 

 

 

 確かに猫を入れた箱はまだ開いていないから、その分色々な可能性も考えられる。

 

 むしろ外史のことを今日耳にした俺の考えだ。

 

 外れている可能性の方が高いだろう。

 

 でも構わない。

 

 

 

「それにこの外史は倭国大乱を治めた後、魏に使者が辿りつけば終幕となるのだ。うぬが使者として大陸に行ったとしても、何になるというのだ」

 

 

 

 再会できても、すぐにまた消えることになるって言うんだろ。

 

 わかってるよ。

 

 だから俺は、倭国で目覚めたんだ。

 

 倭国に俺がいる意味は、そこにあるんだ。

 

 卑弥呼に任せちゃダメなんだ。

 

 この外史を進むのは、俺の役目なはずだから。

 

 

 

「この外史の主人公になるよ、卑弥呼」

 

「……そうか。なるほどな。舞台に上がり終幕を変えるというのだな」

 

「ああ。悪いけど、主導は譲ってもらうよ」

 

 

 

 運動神経が抜群で、頭が良くて、腕っ節も立つ。そんな万能な主人公では決してないけれど。

 

 目を瞑れば、常に覇王として振る舞い、決して立ち止まらなかった少女の姿がふと浮かぶ。

 

 今まであの背中を見てきたんだ。

 

 怖気づいて一時でも迷ったことがあるなんて、そんな無様な姿は晒せない。

 

 

 

「俺は凡人だし。特別な力があるわけでもない。魏で警備隊長なんてやってたとしても、一騎当千の力なんてない。それでも――」

 

 

 

 そうさ。愛してる女の子をいつまでも待たせてはおけないから。

 

 華琳へのこの想いが、胸にある限り諦めるなんて出来っこない。

 

 そこに望みがあるのなら。何を躊躇う必要がある。

 

 この想いが卑弥呼に真っ直ぐ通じるよう、目を見て逸らさない。

 

 

 

「よかろう。うぬがそう決断したのなら、儂が兎角いうことはできぬ。所詮儂は卑弥呼という駒だ。だが、うぬが舞台へ立つ変わりに儂が降りるのだ。今後一切、儂は決して手を貸してやれぬと心せよ。全てはうぬの力でのみ進むのだっ!」

 

 

 

 俺一人の力で大乱を生きていく。

 

 それどころか大乱を治めないといけない。

 

 ならまず俺の足りないところを補ってくれる仲間が必要だ。

 

 生まれながらの覇王である華琳とは違い、俺はゼロからのスタートだ。

 

 恐怖を感じる。

 

 不安を感じる。 

 

 

 

「それでも倭国大乱に参加するというのだな?」

 

 

 

「勿論。華琳に再び会う、それだけが俺の願いだ」

 

 

 

「(なんと真っ直ぐな良い目をするオノコだろうか。久方ぶりに胸とかが滾ってくるわ。がははははははっ!)」

 

 

 

 俺の返事を聞いた卑弥呼が一度深く頷いてみせると、白い歯を見せながら笑った。

 

 

 

「北郷 一刀。儂はうぬが気に入った。うぬの行く末、しかと見せてもらおう。では、いざ行かん、大乱の世に」

 

 

 

「ああ、行こう。この外史の、本当の終幕へ」

 

 

 

 覇王の背中を見失わず。

 

 凡人は凡人なりに。

 

 成り上がってみせようじゃないか、北郷 一刀!

 

 目指す結末は当然ハッピーエンドだ。

 

 

 

「ところで一刀」

 

 

 

「ん? なんだよ、卑弥呼。今自分を鼓舞して盛り上げてたのに」

 

 

 

「なあに、その鼓舞の手伝いだと思ってくれて構わぬ。倭国の卑弥呼には弟がおることを知っておるか?」

 

 

 

「弟? いやはじめて知ったな。で、それがどうした」

 

 

 

「その弟は卑弥呼が女王として国を支配するのに対して、影ながら補佐したと言われているのだ」

 

 

 

「ああ、なるほど。俺はその弟役にぴったりだな」

 

 

 

「左様。うぬは理解が早くて助かる。それに伴い決めておかなくてはならない大切なことがあるとは思わぬか?」

 

 

 

 大切なこと、ねぇ。

 

 なんだろう。なんかこう。

 

 とてつもなく、嫌な予感がするのだが。

 

 

 

「一刀よ。うぬは姉萌え属性”も”あると見受けた。なぁにわかっておるぞ。うぬが儂のような絶世の漢女の弟となりたい気持ちも理解しておる。儂が本当の姉弟としてしっかりと受け止めてやろうではないか。ではさっそく姉である儂のことを「お姉様」か「卑ぃ☆ねぇちん」か「あねちゃま」のどれかで呼ぶといいわっ。それ以外で呼ぶことは許さぬからな。がはははははははっ!」

 

 

 

「――ちょ、いやそれは……」

 

 

 

 嫌だ。

 

 そいつは嫌過ぎる。

 

 そういやなんで卑弥呼なのに、こんなおっさんがそんな風に名乗ってるんだよ。

 

 折角なんだから、本当に絶世の美女が登場してもいいじゃないか。

 

 三国志の武将が女になってるんだし、美人な卑弥呼が登場するご都合展開でも誰も文句言わないだろうっ!

 

 

 

「安心するがよい。儂の方も親愛の気持ちを込めた呼称は決めてあるのだ。「かずちぃ♪」と呼んでやる。どうだ。仲良さげであろう。がはははははははっ!」

 

 

 

「断固として、拒否するっ!!!」

 

 

 

 こうして俺は大乱の世に飛び込んだ。

 

 やることは数多くある。だけど優先的に仲間を探すことにしよう。

 

 なぜって?

 

 いつまでも卑弥呼と二人でいるわけにはいかないだろ?

 

 だって卑弥呼がヒロインの立場になったら本気で困る。

 

 あいつの俺を見る目に熱いものが感じられるのは、気のせいであることを祈るばかりだ。

 

 華琳っ! 俺を守ってくれ! 頼むっ!

 

 

 

 ――知らないわよ、馬鹿。

 

 

 

 そんな声が、聞こえたような気がした。

 

-Fin-


 
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