No.173457

真・恋姫無双 EP.43 邂逅編(2)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
ようやくここまで来たか、という気分です。そのせいか、色々と書きたいことがあったのに、ほとんど忘れてしまいました。ただ、こういう霞を書きたかっただけなんですが。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2010-09-19 13:29:50 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4312   閲覧ユーザー数:3776

 二人の答えは明確だった。意志を確認して頷いた一刀は、貂蝉の言葉を伝える。

 

「壊れた心はもう戻らない。だから破片を集めて、新しい心を作るんだ」

「新しい心? だから思い出を忘れるわけね」

「そう、そしてその心を育てる。子供がオトナになる過程を、短期間で追い掛けて行くんだ」

 

 驚きが抜けない表情で、月と詠は一刀を見た。そしてその視線を、張遼に向ける。

 

「そんな事が可能なのか?」

 

 訊ねる華佗に、一刀は大きく頷いた。

 

「……ご主人様、お願いします。私たちのことを忘れてしまったとしても、また昔のように一緒に笑いたい。一緒にお話したい。霞さんはずっと、本当のお姉さんのように私のことを支えてくれました。だから今度は、私が霞さんを支えてあげたいんです」

「ボクからもお願い。勝手にこんなことをして、もしかしたら霞には恨まれるかも知れないけれど、それでもボクは元気な霞の姿を見たいの」

 

 元気になった張遼が、再び月や詠たちと一緒にいることを望むかどうかはわからない。それでも生きてここに居るのなら、新しい思い出を作れるよう、笑って、泣いて、怒って欲しい。そして出来るなら、新しい思い出の中にも自分たちがいることを願う。

 

(ご主人様、二人の気持ちは私にも伝わったわ)

(うん……)

(さあ、私を……剣を彼女に触れさせてちょうだい)

 

 一歩を踏み出した一刀は、剣の柄を張遼の腕に触れさせる。すると次の瞬間、まったく無反応だった彼女の顔に驚きの表情が浮かんだのだ。そして――。

 

「あ……ああ……ああああああーーーーーっ!」

「霞さん!」

「霞!」

 

 上を向き、全身を痙攣させて張遼の口から大きな叫び声が溢れ出た。暴れる彼女を抑えるように、月と詠がすがりつく。やがて痙攣が治まると、ゆっくりとこちらに向けた張遼の目に、はっきりとした意志に光が宿っていた。

 

 

 張遼は月を見て、詠を見る。だが何も言うことなく、視線を逸らしてしまう。予想していた事だったとはいえ、明らかに落胆する二人を余所に、張遼は見るものすべてが珍しいかのようにキョロキョロと周囲を見渡した。そして不意に、一刀に焦点があったかと思うとニパッと笑みを浮かべたのだ。

 

「かじゅと!」

 

 とたん、そう叫んだかと思うとベッドから飛び降りて一刀に抱きついた。

 

「ちょ、何!?」

「かじゅと! かじゅと!」

 

 ぎゅっと腕を回し、すりすりと頬をすり寄せる。あまりの出来事に、皆が呆然とその様子を見守った。

 

(心が子供に戻ったせいで、口調もそれに合わせて変化したようね)

(いや、そんな事はどうでもいいけど――)

 

 心は子供、体はオトナの張遼に懐かれて一刀は顔を真っ赤にした。

 

「やはり、彼女の言う『カズト』とは君のことだったか……」

「いや、だって初対面なのにどうして!?」

「ねえ、かじゅとー! だっこして?」

 

 可愛らしく首を傾げる仕草は、子供なら愛くるしいで済むのだが、立派に育った張遼にそんな仕草をされると、一刀の理性も吹き飛ぶ寸前だった。

 

「あんた、やっぱり……」

「やっぱりって何だよ!」

「へぅ……ご主人様」

「いや、何考えているのかわからないけど、誤解だよ?」

 

 睨む詠と悲しげな目で見てくる月に、一刀はしどろもどろになりながらも、抱きつく張遼を持て余していた。

 

「かーじゅーとー! だっこ!」

「あーもうっ!」

 

 疲れたように息を吐く一刀の頭に、貂蝉の声が聞こえた。

 

(もしかしたらご主人様……)

(今度は何?)

(彼女、前の記憶があるのかも知れないわ)

(前? だから前も会ったことないし――)

(いえ、そうじゃなくて……つまり前世の記憶とでも言うのかしら?)

(はっ?)

 

 

(初めに言ったと思うけど、ご主人様はこの外史……世界を以前に3回ほど繰り返しているの。もしかしたら彼女、その時のご主人様をはっきりとではないけれど憶えているのかも知れないわ)

(そんな事ってあるのか?)

(普通はありえない。でも奴らに心を壊された時、何かされたのかも知れないわ。とりあえず、その事はみんなには内緒よ?)

(わかってるよ……)

 

 心の中でそんな会話をしている事など知らない月と詠は、呆然として動かなくなった一刀を心配そうに見た。

 

「ちょっと大丈夫?」

「ご主人様?」

「……ハッ! だ、大丈夫」

 

 我に返った一刀は、とりあえず張遼を引き離してベッドに座らせた。

 

「えっと、張遼さん?」

「ちゃう! 霞や!」

 

 一刀の呼び方に不満があるらしく、張遼は可愛らしく頬を膨らませた。

 

「いや、でもそれは真名だろ? 大切な名前じゃないか」

「かじゅとならええよ!」

「じゃあ、霞」

「なんや?」

「俺の事、知ってる?」

「? かじゅとやろ?」

「どこかで会ったかな?」

「?」

 

 色々と質問をしてみるが、どうにも要領を得ない。どうやら一刀の名前と顔は鮮明に憶えているが、その他の部分はすっかり抜け落ちているようだった。

 とりあえず、何もわからないまま一段落したとき、それまでそっと見守っていた月が張遼に近付いた。

 

「あの、張遼さん? 私とお友達になってくれませんか?」

 

 月がそう言って手を差し出すと、その手と月の顔をじっと見てからにっこり笑った。

 

「ええよ! うち、なんだかあんたらのこと好きや! 霞って呼んでええ」

「それじゃ、私のことは月と呼んでください」

「あ、ボクは詠。ボクの友達にもなってくれる?」

「もちろんや!」

 

 意味もなくはしゃぐ三人の姿を、一刀と華佗は微笑ましく見守っていた。

 

 

 その日の夜。どこかに宿を取ろうとした一刀たちだったが、張遼――霞が一刀から離れなかったので、呂蒙の好意により空き部屋を借りることが出来た。その際、他の仲間たちも霞と仲良くなって、真名を交換しあった。

 夕食の後、まだ早い時間だったがはしゃぎ疲れた様子の霞が、眠そうに目を擦り始める。離れの病室に一刀が運んだが、服を掴んで離してくれない。仕方なく、そのまま一刀も霞の隣に眠ることとなったのだった。

 

「ん……」

 

 どんな夢を見ているのか、幸せそうな笑みで霞が口をもごもごさせた。

 

「彼女のこんな寝顔を見るのは、初めてだな」

 

 様子を見に来た華佗が、霞の脈拍を測りながら言う。

 

「彼女がどうして君の名を知っていたのかわからないが、これも何かの運命だと思い、この笑顔を守ってあげて欲しい」

「もちろん、そのつもりだよ」

「……安心した」

「えっ?」

「もしも、彼女の想い人がろくでもない人間だったらどうしようかと、不安だったのだ。『カズト』が君で良かったよ」

 

 華佗が部屋を出て行き、一刀は霞の寝顔を見ながら思う。

 

(考えてみれば、霞は心を壊されても俺の名前と顔だけは忘れなかったんだ……それって、すごいことなんだよな)

 

 一刀はそっと、霞の前髪を撫でる。

 

「ありがとうな、霞……それと、憶えていなくてごめん」

 

 その言葉が届いたわけではないだろうが、霞は無邪気そうな笑みを浮かべた。心の中に広がる暖かいものが心地よく、やがて一刀も静かな寝息を立てはじめた。


 
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