No.172748

依存の迷宮 【三】

うーたんさん

依存の迷宮、三回目。
残酷描写あり。アクションが始まります。そして終わるっす。

2010-09-16 00:37:36 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:568   閲覧ユーザー数:566

 

 嫌な匂いがした。

 仁美の近くの温厚そうな中年男性が背を丸め立ち上がった。

 彼はうめいていた、うめき声が緩やかに音を高く上げ、ひしりあげるように吠え声にかわり、咆吼へと変化していく。

 体がふくれあがり、体表の色が変わり、頭部が変形していく。

 ばりばりと音を立てて背広が破れ、棘だらけの黒い皮膚が現れる。

 仁美は目が離せなかった。

 変身していく男から目が離せない、視界の奥で、女性が形を変え蛇となるのが見える。

 犬子を抱く手に力が入る。

 ざらり。

 犬子を抱いている二の腕に毛の感触。

 柔らかいヌイグルミを抱いている感触から、強く尖った剛毛の感触に代わり、小さかった犬子の体躯が大きく大きく膨らんで行く。

「い、犬ちゃん……」

 変化が止まると、仁美の足の間にあるのは巨大な体躯だった。二メートル近い。

 見上げるような、漆黒の犬の頭を持つ獣へと犬子の体が変化していった。

 仁美は恐怖で首を振って、後ろへと膝行した。

 とん、と、つきあたり、仁美は悲鳴をあげる。

「おちついて。君は僕が守る」

 二階堂の笑い顔が近くにあった。

「い、犬ちゃんが……」

「大丈夫、犬子ちゃんは強い魔物の一人だ」

 黒い獣人と化した犬子は仁美を振り返り、ニヤリと笑った。

 下腹の底から震えるような咆吼を黒い巨体が放ち、とん、と軽い音を立てて空を舞った。

 落下した先は、仁美の方ではなかった。

 大きな猿のような獣人の前に黒い疾風は飛び降り、両手を振り抜いた。

 赤い花、が、咲いたように仁美には見えた。

 絶叫と血が床を叩く音。

 濃密な鉄さびのような匂い。それは血の臭いだと、すこしタイムラグを経て、仁美は理解し、体幹に強い震えが走る。

 二階堂が強く仁美を抱きしめている。

 初めて異性の体温を感じているはずだが、仁美は目の前で行われている狂乱の光景に目が離せない。

 もはやまわりに人の形を保っているのは、仁美と二階堂だけで、他の物は、すべて、昆虫や動物を複雑に混ぜ合わせたような、異形の姿で戦い合っていた。

 仁美の目の前に、嘴を持った、赤黒い鳥人間のような魔物が近寄って来た。

「来るな!」

 二階堂が仁美の後ろで大声を出した。仁美がびくりと肩を震わすと、なだめるように彼はポンポンと左手で肩を叩いてくれた。

 なおも迫る赤黒い鳥人間に、二階堂が仁美の肩越しに右手を出した。

 仁美はチリチリとした細かい音を聞いた。それは二階堂の手の方から発せられていた。

 バリバリと轟音が発し、二階堂の手が発光した。青白い光が空中をジグザクに走り、鳥人間の羽毛が一瞬で逆立ち、後方へ吹き飛んだ。

「い、雷?」

「そう、僕は雷を使える」

「ちょ、ちょうのうりょく?」

「いいや、僕も魔物」

 ひっ、と仁美は小さい悲鳴をあげて、二階堂から逃げようとした。

「大丈夫、落ち着いて、君は僕が守るから。ねっ」

 仁美はがたがたと震えが止まらない。気が付くと涙が頬を伝わり、アゴからぽたぽたと制服の胸に落ちている。

 犬子だった黒い影が、暴風雨のように暴れ回っていた。

 彼女の居る場所には、血が無尽蔵に吹き上げられ、肉がちぎれ、手足がちぎれ飛んでいた。

 仁美は気が付いた。

 魔物が一体倒れるたびに、壁のデジタル表示が、30、29,28と下がっていっている。

 あの数値が25になったとき、この戦いは終わる。

 一回目は、終わる。

 表示が27になった時、宙から、仁美の目の前に、黒い犬の獣人が飛び降りてきた。

「い、犬ちゃ……」

 背中の二階堂が体を固くし、つきだした手に雷光をまとうのを仁美は見た。

 黒い巨獣はそのまま、体をゆらした。

 みるみるうちに、黒い色は脱け、小さい犬子が白い裸体に真っ赤な血をまとわせて立っていた。

「タオルない? 血でべとべとだよ」

 ふう、と二階堂は息をつき、雷光をちらし片手を下げた。

 仁美がハンカチを震える手で犬子に差し出すと、彼女はにっこり笑って受け取り、体を拭いた。

「あと二体、倒されれば、今回は終わりだね」

 まわりを見回すと、戦いは止まっていて、なぜだか魔物たちが、仁美たち三人を見ている気がする。

 ホールの遠くで、のびをして、起きあがった人影があった。

「あれ? あれも人だ……」

 小柄な女性のような人影は、あたりをきょろきょろと見回した。

 近くに居た、熊のような魔物が彼女に飛びかかった。

 彼女は複雑な動作をして、両手を熊魔物に突き出すようにした。

 瞬間。真っ赤な炎が高速で吹き出し、熊の魔物を焼いた。

 魔物は弾むように床に落ち、ぐねぐねうごめきながら焼かれ、そして動きを止めた。

「魔法使い? いろんなの集めたなあ」

 犬子はハンカチで脇腹をぬぐいながらあきれたように言った。

 デジタル表示は26になった。

 あ、あと、一人。仁美は小声で呟いた。

 一匹の片腕の無い魔物が近づいて来る。

 変化を解くと、どこにでも居そうな若者だった。

「黒狗さん」

「なに?」

「戦いたいんだ。良いかい?」

 若者は無くなった片手をおさえながら、そう、言った。

 犬子はかりかりと頭をかいた。

「治癒の奴はいない?」

 犬子はあたりに向かって声をかけた。

「いや、そんな」

 若者は困った顔をして、残った手を振った。

「馬鹿、こっちの都合だよ。血止めぐらいしてもらいな」

 すんません、と若者は頭を下げた。

 裸の中学生ぐらいの女の子が若者の手を取った。

「黒狗ちゃん、体調も直しちゃっていい?」

「ああ、出来るだけ直してやってくれ。ありがとう」

「ううん」

 そう言って、中学生の娘は、若者の手を、自分の手から出る白い光で包んだ。

 真っ青だった若者の顔色が赤く色づいた。

「ありがとう、助かる」

「ううん、がんばって黒狗ちゃんと戦ってね」

 若者は立ち上がった。

「行きますっ!」

「おうっ!」

 二人は同時に変化した。

 若者はトカゲの魔物だった、背を丸め、地を這うように犬子に接近する。

 犬子は吠え声と共に、地を走り、膝蹴りをトカゲの頭にぶち込んだ。

 そのまま、背中を転がるようにして犬子は着地し、かぎ爪を下から天井に向けて振り上げた。

 血が内蔵と共に宙に舞った。

 犬子は背中側から飛びつき、首にかじりつき、そのまま、頭をねじり切った。

 どさりという、音を、仁美は聞いた。

 犬子が咆吼を上げた。

 歓喜の声にも、悲鳴にも、惜しんでいるような声にも、聞こえる、複雑な遠吠えだった。

 デジタル表示が25になり、重い音がして、左の方の壁に、出口が出来た。

――つづく――


 
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