No.170697

恋姫夏祭り参加SS「残暑お見舞い申し上げます」 一般作品部門(部門A)

竹屋さん

テーマは暑中見舞いと残暑見舞い

というか、ゲーム未登場の人たちをお祭りのレギュレーションの範囲内でなんとか出してみようと試みた挑戦作。
朱里のお姉さんは史実準拠の人格者路線です。真の時はずっと建業で内政をやっていて、萌の時も城代家老みたいなポジションにいるんじゃないかな……いや、きっとそうに違いないっ

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2010-09-05 23:44:19 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:3620   閲覧ユーザー数:3349

「暑中見舞い……」

 

 その言葉を口にしてから、朱里は小さく首を傾げた。

「それはどういうものでしょうか?」

 定例の会議が終わった後、少し時間があったので、皆で茶会をということになった。

 今日は話題は天の国の「暑中見舞い」。

 

「遠方の家族や知り合いに短い手紙を出すんだよ」

 一刀は顔の前で「このくらい」と指で葉書の形をつくり

「この頃暑いですが、お元気ですか、てね」

 ほほー、と感嘆の声が上がった。それはこの世界では「手紙」自体が大変な贅沢だからである。

 春蘭の「めも」騒動でも明らかなように紙の普及率の問題もある。だが何より郵便制度がないというのが決定的だった。

 時候の挨拶、結婚や就職・昇任の祝い、病気見舞い。贈り物の添え状、あるいはその礼状。友の死を悼み家族に送る手紙。勿論それらはこの世界にもある。だが、それは「手紙を届ける人」を自力で用意できる地位なり財力なりの持ち主に限られた特権なのだ。公共の通信網もあるにはあるが、それは軍や国の伝令である。各国共に必要に迫られ、多大なリスクとコストを承知で運営しているもので、わずか数行の時候の挨拶を送るために使われるものではない。

 一刀の世界では当たり前の「百円未満で誰でも何処にでも手紙を届けられる」というのは結構凄いことなのだ。三国で同じコトをやろうとすれば、おそらく、もの凄い手間になる。現実的には都の誰かに送るのが精一杯。

「……いや、それなら直に逢いにいった方が早くはございませんか」

と、愛紗につっこまれた一刀は「そーだけどそーじゃないんだよー」と頭を抱えてうなった。紀元二二〇年前後の時代背景(一概に言い切れない点も多々あるが)に生きる恋姫たちに、暑中見舞いの風流や、もらったときの喜び等を語るのは難しい。

「夢物語ね」と、華琳もまた、ため息をつくように述べて茶を口に運び、孫呉の姉妹も黙って顔を見合わせた。

 だが、ここで

「でも、昔の知り合いにお手紙をだすのはいいことかもしれません」

と朱里がいった。

 

「戦乱が終わって、三国の仕組みも随分変わりました。新しい事業や政策も次々に始まっていますし、五胡への備えもあります。頼りになるお友達がいればこの機会に連絡をとり、出来ればお仕事を手伝ってもらえれば助かりますし」

 つまりはツテを辿って昔の友人に連絡を取り、野に埋もれた人材を発掘しようというのである。

 なるほど、これは臨時予算を組んででも、やらなくてはいけない重要案件である。いざとなれば、みんなで書いた手紙を軍の通信網に乗せて各地方の政庁に配達し、そこの吏員をつかって相手の手元に届けるというあたりまで徹底したほうがいい。政策ということであれば、無駄な手紙は一通だって出せないのだから。

「……それはなかなか、面白そうね」

 華琳は少し考えてから、

「三国の本国には、まだまだ隠れている逸材がいるだろうし、都合が着けば各国の名士をみんな都に呼び寄せて一堂に会するというのもの壮観だわ」 

等と言った。

 天下一品武術大会や象棋大会の拡大版の開催というのもありかもしれない。などと珍しく能弁に語り続けている。一刀はぼそっと、水を向けてみた。

「……で、優秀な人材は魏に引き抜くつもりか?」

「当然。そんなの当たり前じゃない」

 せめて本音を隠してほしい、と一刀は思った。同じ事を思ったのか冥琳が笑う。

「なるほど。人材発掘は大事だし各国の名士が交流するのもよいが、曹魏の狙いがそこにあるとなれば、建業の子瑜にだけは手紙を書けんな」

 すると

「ええっ? お手紙を送っちゃだめなんですかっ!」

と、何故か華琳ではなく、朱里が驚きの声を上げた。「何故朱里が?」と、一刀はしばらく考えて、答えに行き当たった。

「あ。朱里のお姉さんか」

 孫呉随一の賢臣と名高い諸葛瑾は朱里こと蜀の諸葛亮の実姉。「子瑜」とはその字(あざな)。「蜀は龍を得て、呉は虎を得る」――とその才を諸葛孔明とともに並び称された諸葛家の長女である。

「もう。止めなさいよ、冥琳。身内の手紙にまで目くじらをたてることもないでしょう?」

と蓮華は笑って手を振った。

「朱里。良ければ『暑中見舞い』を出してあげて。本国行きの書類と一緒に届けるから」

「いいんですか?」

「ええ。きっと彼女も喜ぶと思うし、お母様もご一緒だったでしょう?」

「あら。そんなこといっちゃっていいの?」

と、隣から雪蓮がちゃちゃを入れた。

「魏どころか蜀まで狙っているかもよ? あの子は本国留守組の中じゃ飛び抜けて優秀なんだから」

 だが「大丈夫です」と蓮華は笑った。

「姉様にとっての冥琳がそうであるように、子瑜は私を裏切りません――絶対に」

 そういって、朱里に微笑み返した蓮華の顔は自信に溢れている。

「姉のこと、信頼してくださっているんですね」

「朱里のことを桃香が信じているのと同じくらいに、ね」

 諸葛瑾は文武に優れ外交官としての才覚もあり、なにより温厚誠実な人徳者として知られている。主君を諫めるときもけして強い言葉を使わず、比喩を用いて諭し、時間を掛けて同意を求めたという。そんな聡明で穏やかな為人が、真面目だが頑固なところのある蓮華と合ってもいたのだろう。蓮華は諸葛瑾を信頼し、また重んじているようでもあった。

 華琳は「それは残念。諸葛の『虎』には、少し興味があったのだけど」と肩をすくめた。

「でも~。暑中見舞いはともかく子瑜殿を都に呼ぶのは勘弁してください~」

と、穏が言った。亞莎が続ける。

「子瑜殿がここに来ると孫呉本国を纏められる人がいなくなってしまうんです」

 冥琳もため息をつく。

「まあな。実質隠居扱いの雪蓮に祭殿そして私の三人はともかく、蓮華様と小蓮様以下、穏、亞莎、思春、明命といった現在孫呉本国を治めるべき人材がそろって都(ここ)に駐在できるのも、孫呉本国、首都建業に諸葛子瑜が大将軍としてあればこそ、だ。あいつばかりはうかつに動かせん」

 真剣な顔で冥琳が腕を組む。孫呉の現状がものすごく人手不足で、つくづく色んな無理の上になりたっていると再認したらしい。

 そんな冥琳の肩を珍しく会議に顔をだしていた祭がつっついた。

「お主の知り合いはどうしたのじゃ? ほれ、魯家の総領がおったじゃろう?」

 祭の「横槍」に、冥琳は迷惑そうに顔をしかめた。人材云々の話の時に触れられたくない名前だったらしい。

「子敬なら実家に帰りました。『乱が治まったのならオレに用はないだろう』とかなんとか。今は畑を耕しているやら魚を釣ってるやら……」

 見舞いを送ったらどんな返事が返ってくることか。へそ曲がりですので、アレは、と苦笑いを浮かべる。

 ……ああ、江東の狂児、魯粛のことか、と一刀が思い浮かべていると、今度は「うーん」と雪蓮が唸った。

「あたしは……子義くらいしか、思い浮かばないわね」

 そんな風に言った後でぱたぱたと手を振る。

「でもねー。この私がとつぜん時候の挨拶なんて送ったら、あのコ、深読みして戦闘準備するかもしれないわよ(あっはっは)」

 出してみよ―か。賭ける? などと気楽に笑う。

「……そう思うなら、暑中見舞いなど送るな」

「ま、アレも生真面目なやつじゃからな」

 どうやら雪蓮のいっている人物は弓の名手として名高い勇将・太史慈のことらしい。江東統一の過程で雪蓮が一騎打ちの末に屈服させたという逸話の相手だ。万が一、雪蓮と同じ種類の人間だとすれば、不用意に時候の挨拶を送ったら、ほんとうに戦争になるかも知れない。

 それにしても、さすがは人材と結束の孫呉。本国の陣容も分厚い。

 

「華琳は暑中見舞いを出す相手はいるのか?」

と、一刀は隣に座る華琳に話を振ってみた。

 華琳は「そおね」と少し考えると

「一番届けたかったお祖父様はもういらっしゃらないから。それに、めぼしい人材はすでに登用しているもの。……でもこちらに呼んでみたい者なら――桂花」

と呼んだ。背後に付き従っていた桂花が「はっ」と前に進み出る。

「荀家の当代はご健勝かしら?」

「父でしたら、お陰をもちまして息災です!」

「なら私の名前で暑中見舞いと贈り物を届けておきなさい」

「身に余る光栄です!」

「それと、あなたの『年上の甥』を都(ここ)に呼びなさい」

「は? い、いえその……でも」

「なに?」

「どーしても呼ばなくてはいけないでしょうか?」

「……あなたこの私に指図する気」

「いえっ めっそうもありませんっ」

 二人の謎のやり取りを理解出来なかった一刀は「……ええと」と風と稟に視線を向ける。

 稟は苦笑して説明をした。

「荀公達殿――攸君は真面目で有能な軍師ですよ」

 風もつづける。

「外見はかわいらしー人ですけどね。ゆー君はアレはアレでなかなか侮れないのです」

「先ほどの孫呉の話ではありませんが、こちらから送った政策案が遺漏無く執行されるのは、彼が魏本国の政庁で官僚を取りまとめているからです。彼には気の毒ですが、こっちに来られると仕事が滞りますね」

 この世界ではどんなふうになっているのだろうか。荀公達。

 逢って見たいような、逢うのが怖いような――と、一刀は迷って何も言えなくなっていると……

「あと、古い知り合いで手紙を出したい相手といえば……」

 言い負かされてがっくりうなだれている桂花を一顧だにせず、華琳が言った。

「西涼の韓遂あたりかしら?」

 それは西涼にお家騒動でも起こすよーな手紙じゃなかろうな?とは、さすがの一刀も聞けなかった。

 

 しかし、そんなこんなで、ともかくも。

「人材発掘」と「各国の名士の交流」など、公の目的を兼ねることになったので、期せずして三国各所に「暑中見舞い」が発送されることになったのである。

    

 ところかわって、その日の夕方。蜀の屋敷。

 

「うう。朱里ちゃん、ウチの本国は大丈夫なんだろーか。馬謖ちゃんや馬良さんや、法正ちゃんや張任ちゃんまで連れてきてるし」

「みんなでいこうよ!」と希望者をみんな連れて都に来た桃香は、お茶会で暑中見舞いを送る相手を指折り数えて見た結果、そのほとんどを都にともなってきていて、ひいては蜀本国が「からっぽ」であることに(たった今)気づいたらしい。

 今更気づく国主も国主なら、それに素直に乗っかる家臣団も家臣団である。

 しかしご安心を。蜀には頼りになる軍師がいる

「大丈夫ですよー」

 朱里はささやかな胸を張って請け負った。

「今は孫乾さんと麋竺さん・麋芳さんが蜀にいってますから。今都にいる人たちは、次の『交替』の時に都からの手紙や書類を一緒に持って行ってもらう予定です」

――と、実はこの様にして、人材の少ない蜀はローテーションで都の屋敷と本国政庁を運営している。

「ああ。そういえばそんなこともやってたっけ……」 

 桃香は胸をなで下ろした。しかしここで桃香は再度「あれ?」とはてなマークを点灯させた。

「あれ? 憲和ちゃんは? 今まで名前が出てこなかったけど?」

 それは、付き合いの古さだけなら白蓮以上という啄県出身の幼なじみで、旗揚げ以来の桃香の盟友の字である……が

「……」

 簡雍さんなら昨日も市場で飲んでたぞー、と一刀は言おうか言うまいか迷った。たぶん蜀にかえるのがめんどくなったのだろうが、焼き鳥を驕ってもらった関係上、告げ口しづらい。

 それはさておき。

「桃香は蜀の他には、どこかに手紙をだすの?」

「うん。白蓮ちゃんと一緒に廬植先生のところへ送ろうと思って。それから……えへへ、啄県のお母さんに」

「……国持ちになった桃香とちがって、私は正直、先生に手紙は出しづらいんだが……」

 ぼそぼそーと白蓮が漏らす。一緒にいる桃香が三人しかいない王の一人なんだから、気持ちはわからんでもないが。

「廬植殿の名前は俺だって知っているよ。黄巾の乱で活躍した将軍で、真面目で物事の道筋をキチンとわきまえた人らしいし。今の白蓮のことを責めたり失望したりする人ではないと思うけどな」

「うん……そうだな。後ろ向きな気持ちで手紙を書いたら、かえって叱られるかも知れない。『頑張っています』と手紙には書くよ」

 一緒に机に向かっていた愛紗も鈴々も互いに顔を見合わせて笑った。

「私と鈴々は天涯孤独ですが、桃香様の母上とは面識もありますので、連名でお便りを差し上げようかと」

 桃園の誓い以来、手紙は初めてらしい。桃香のお母さんは二人の事を実の娘同然に扱っているらしいので、きっと喜ぶだろう。

「ああ、それはいいですね。きっと喜ばれますよ」

と、璃々の手習いを見ながら、紫苑も言った。

「娘からの手紙を喜ばない親はおりません」

 ちなみに璃々が今練習しているのも暑中見舞いらしいが、誰に出すのか聞いて見たところ

「ご主人様には内緒!」

とはぐらかされてしまった一刀である。

 教えて貰えなかったのは残念だが……とても楽しみだった。

桔梗や焔耶もそれぞれに届けたい相手はいるみたいで、思い思いに筆を持っている。

「焔耶。良い機会じゃ。あの楊儀とかいう仲の悪い文官に手紙を書いておけ」

「えええっ。いやですよ。アイツとはどーしてもウマが合わないんです」

「馬鹿モン。じゃからこそ、こういう時に手紙をじゃな……」

 例外と言えば、翠と蒲公英。暑中見舞いについて二人は、今年は見送ることにしたらしい。近く里帰りをする予定なのだ。

「涼州の方なら土地勘もあるし、ついでに手紙も預かっていけると思うんだよ。そっち方向の『暑中見舞い』があったら預かるぜ」

「ああ、それなら」と一刀は「めも」を取り出した。

「天水って知ってるか?」

「うん。地元っていうには離れているけど、人の行き来もあるし、知ってるよ」

「じゃあ、そこで姜維って人がいるか、探して欲しい。字は伯約。仲間になってくれたらきっと心強い人だから」

 現時点、朱里やねねより小さい可能性はあるが、この先人材を確保していくとなれば、出会っていない人を当たってみるしかない。だが、ここで問題が一つ。

 調査の根拠を聞かれるとても説明しにくいのだ。

 案の定、「ご主人様の知り合いか?」と翠に聞かれても

「ごめん。名前と字以外、ぜんぜん知らない」

としか言えない。

「……えっと。ま、いっか、知り合いに聞いてみるよ」

 一刀が不信感一杯の翠にメモを託している時、朱里と雛里は張り切って竹簡を準備していた。彼女たちにとっては懐かしい友人への手紙であると同時に、人材発掘のための大切な政策である。

「先生も、みんなも元気かな」

「……うん。逢えたらいいね」

 故郷の肉親には勿論手紙を書くけれど、何より最初に彼女たちは恩師である水鏡先生、そして同門の学友たちに手紙を出すつもりだった。

 

◆◇◆◇◆ 

   

「残暑見舞い……か」

 一刀は机の上に置かれたいくつかの木簡を手に取った。

 実は何度も読み返しているのだけど、その短い文面の木簡は折に触れて何度でも読み返したくなる。

 一番上においてあるのは璃々からの暑中見舞いで、中々立派な字だった。たぶん一刀よりも上手。本人に会った時にそういうと、

「じゃあ璃々がご主人様の『ひしょ』(秘書)をやってあげるー」

と言ってくれた。そんな日が一日でも早く来て欲しいと、暑中見舞いの隣で山になっている未整理書巻をみてため息をつく一刀である。

 さて。一刀もいくつか暑中見舞いを出した。

 三国の真ん中に都が出来て、知り合いも大体そこに集まっている所為で遠国に手紙を出す機会はあんまりない。それでもいくつか気になるところはあったので、手紙を書いた。

 遠国では啄県をはじめ、この世界に来た時以来立ち寄ってきた町。警備隊の同僚や部下たち。孫呉の南方遠征の時に一緒に戦った連中。荊州での撤退戦、あの長半の撤退戦を共に戦い抜いた戦友たち。近いところでは都の各部署の代表やら、常日頃お世話になっている定食屋のおばちゃん。いつも無理を聞いてもらっている服屋の職人さん。

 もちろん魏呉蜀やその他の場所へも、それぞれにも暑中見舞いを書いている。麗羽に手紙をだしたら、意外に達筆かつ長文の礼状が届いたので、ちょっと騒ぎになった。

ちなみに猪々子は梨と桃をもって遊びに来て、「元気かどうかなんてみりゃーわかるだろー」と言った。病気見舞いとごっちゃになっているらしい。斗詩の残暑見舞いも一緒に来たが、ところどころ涙に滲んでいたのが気になる。

 あと、美羽からも返事がかえってきたのだが「この手紙が届いたら十三人に残暑見舞いを送らねば不幸になるのじゃ。妾も頑張っておる」と書かれていたのは、たぶん七乃の陰謀だろう。

 白蓮は返事を持って礼にきて「がんばって出したのに返事が少ない」と愚痴ってかえった。ちなみに廬植先生からは音信不通の不義理を叱りつつも、元気でいることを喜んでいるという内容の返事が来たとのことで、照れくさそうに笑っていた。

 北郷隊の三人からも返事が来た。凪の『ハガキ』はかっちりした字で書かれていた。真桜の手紙には何故か設計図が着いていた。沙和の字は妙に丸かった。

 月の暑中見舞いは『無理をしないで下さいね』という言葉が添えられていて、一刀の机の上、冷たいお茶の側にそっと置かれていた。詠の暑中見舞いは定型の文句の後に

「めもがあまったから仕方なく暇つぶしに手習いに適当に時間つぶしに書いたのであって、べつにアンタに暑中見舞いを送るつもりなんてなかったんだからね」

と書かれていた。

 無論「政策」としての賢人招請も忘れていない。斗詩に聞いて調査した結果、袁家の旧臣であり、現在は野に下っている田豊・審配・沮綬の三人の住所が判明したので、それぞれに一刀の名前で手紙をだした。もちろん暑中見舞いではなく正式の仕官要請だから、相応の立場にある官僚を使者に立てている。

 三国の置かれている現状、ある意味不安定な現在の平和、そしてその平和を恒久的なものとするために様々な政策が行われていること、これらの実行のために一人でも多くの人材を必要としているのだと、一刀自ら筆を執って手紙をしたためた。

 その結果、審配・沮綬からは手紙に対する丁寧な礼状が届いた。話の持って行きかた次第では、都での仕官に応じてくれそうな感触もあった、とは使者の官僚の言葉である。「北郷一刀」個人に仕官してくれるのであれば心強いし、人材を都に常駐させている三国各国への負担軽減になるかもしれないと一刀は喜んだ。

 最後に田豊からも返事が届いた。斗詩から時折連絡をもらい麗羽が都で平穏に暮らしていると聞き袁家の遺臣として安堵していること、また一刀に実質的に保護してもらっていることについて心より有難く思っている、と感謝の念を綴った手紙だったが、将来のある若者たちには機会を与えてやって欲しいが、自分は家臣中の長老として袁家の衰亡に責任を感じており、かつまた新しい国に自分のような老人は必要ないだろう。老生は遠方より三国の繁栄をお祈りする、との言葉も添えられていた。

「信頼出来るし、とても立派な人なんですが、すっごく頑固な人で」

と、返事の手紙をみて斗詩が苦笑した。一刀にも手紙から田豊の人柄が伝わってきた。仕官をしてもらえそうにないことは残念だが、機会があれば是非会ってみたい人だと思った。

   

 夏の終わりの夕暮れの街。昼の名残の熱をそよ風が吹き払っていく。

 一刀は朱里と雛里を伴って、門外に出た。その日の朝、伝令が翠たち西涼里帰り組の帰還を伝えた。彼らは長旅から帰ってくる友人を迎えるためにここにきたのだ。

 ただ、朱里が最近元気がなかった。

 友人の仕官勧誘が思うように行っていないのだ。

「そっか、孟公威さんと石広元さんはもう魏に就職してたのか」

 二人とも一刀でも知っている水鏡門下の俊英であるが、「はい」と雛里が残念そうにうつむく。頼りにしていた水鏡女学院の先輩がすでに魏の本国で官吏になっていたのだ。

 だまったままで歩いていた朱里がようやく口を開いた。

「あんな優秀な人たちなのに地方官だなんて。よほど魏の人材の層は厚いんでしょうか」

 いかにも無念そうだった。雛里があわてて言葉を挟む。

「でも、水鏡先生は都に来てもいいと。それに崔州平ちゃんが……あ、州平ちゃんというのは朱里ちゃんととても仲がよかった人なので……」

 一刀は「大丈夫だから」と雛里に手を振って見せた。実のところ一刀にもわかっているのだ。朱里が不安になっているのは本当に望んでいる手紙が夏も終わりの今になっても届かないからである。

 しかしそれを直に問いただすわけにもいかない。そうしているうちにも三人は歩き続けて、門のところまできていた。

 夕暮れの門には人通りは少ない。もうすぐ日が暮れようというこの時間帯。だれも人は急ぎ足で、一刀や朱里たちに気づくものもいない。

 赤茶けた風景の中で、ぼうと人の流れを見ながら朱里が言った。

「私も、いろんな事情があるとはわかっているんです。でも、彼女はきっと助けてくれるとおもっていたので」

 余計にこたえてしまって、とぽつりともらす。

「……」

 きっと、大切な友人だったのだろう。と一刀は思った。どんな人物かわからないが、できるなら、その友人の家に朱里に替わって訪ねていってやりたいとすらおもった。

 と、そんな時「もしもし」と三人に声をかけた人間がいた。

 振り返ると、旅装束の少女がたっていた。目鼻立ちのくっきりした如何にも育ちのよさそうな顔をしている。

「失礼ですが、そちらは北郷一刀さまですか?」

「……え? はい」

「では、お連れのお二人のいずれかは諸葛孔明さまか、鳳士元さまではありませんか」

 どうやら、一刀の服装から当たりをつけて、三人に声をかけたらしい。

「諸葛亮はわたし、ですけど?」

 おそるおそる朱里が名乗ると、旅の少女は破顔した。

「よかった! わたしは許から旅をしてきたのですが、穎川で手紙を預かりまして」

 どうぞ。と手紙を差し出す。朱里は震える手で手紙を預かり、その場で封印をといてひらいた。

 本来なら行儀の悪いことなのだろうが、一刀はもちろん雛里もとめなかった。

 その手紙は「頓首」の二文字から始まっていた。

「『心地よき雨が降りました。大地の熱が奪われていくのが、さわやかでもあり又惜しくもあります。お約束の件ですが、この夏、年老いた母がふせっておりました故、ご返事申し上げかねておりました』」

 手を震わせながら、朱里はその手紙を読んでいく。

「『貴君とともに学んだ日々を忘れたことは一日とてありません。一国の宰相になられたにもかかわらず、旧来の友誼をもって私のごとき非才を頼りに思ってくださったこと、士人として光栄におもいます』」

 一刀も雛里も黙ってその様子を見守る。

「『幸い母の健康状態も回復し、信頼できる相手に世話を頼むこともできました。この上は身の回りを片付け、一日も早く足下に赴いて微力をつくし、貴君の信にこたえる所存です』」

 その手紙は朱里が待ち望んだ名前で締めくくられていた。

「『穎川―徐庶 頓首再拝』」

「……」

 朱里は黙って手紙を抱きしめた。

 そうか。と一刀は心のうちで納得した。朱里が待っていた手紙の主は徐庶だったのかと。

仲間内では年少の孔明を侮るものもいたが徐庶と崔州平はその才を認めていた……というのは、史書の話で、目の前の朱里を見る限り、史実みたいに学校で浮いていたなどということはないだろうが、徐庶、崔州平、雛里はやはり特別だったのだろう。

「手紙を届けてくださってありがとうございました」

 そのままへたり込んでしまいそうな朱里とその朱里に寄り添うのでいっぱいいっぱいになっている雛里に代わって、一刀は旅の少女に礼を言った。

「どういたしまして、よいお手紙だったようで、なによりです」

 急いできた甲斐がありました、と旅の少女が言った。

「今晩の宿はお決まりですか? もしよかったら」

 あつかましいとはおもったが、一刀は少女を誘ってみた。少女は「お気持ちはとてもありがたいのですが」と手を上げて謝絶した。

「明るいうちに到着したからには、直ちに魏王陛下にお目通りしなくてはいけません。あの方は、時間の無駄をとてもお嫌いですので」

と答えた。

 その言葉に朱里と雛里の顔が上がる。

「いずれ、皆様ともきちんとした場でお会いすることになりましょうから、本日はこれで失礼します」

 そういって、旅の少女は門内に入ってたちまち人ごみに飲まれてしまった。

「たぶん。あの子とはまた、あうことになるんだろうな」

「はい」 

 

 今、都には各国から賢者や武人が集まっている。

 もしかしたら彼女もそんな一人かもしれない。

 夏の終わりとともに、新たな季節への胎動が始まっていた。


 
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