No.167052

真・恋姫無双 EP.36 幕引編(2)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
女の子のほのかな恋心とか、可愛くて好きですね。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2010-08-20 23:29:45 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4983   閲覧ユーザー数:4332

 頭の中が真っ白で、何も考えられない。許緒と典韋は地面に座り込んで、目の前を通り過ぎる人の流れをただ呆然と眺めていた。

 術を掛けられ操られていた人々が、わずかな旅費を渡されて故郷へと帰って行く。どの顔も暗く沈んでいて、帰れる喜びはない。それというのも、操られていた間の記憶がしっかりと残っているからだ。

 自分たちが何をしたのか、今後の人生、それを背負って行かなければならない。

 

「その記憶が、己に課せられた罰だと思いなさい。もしもその重さね堪えかねて再び過ちを犯すようなら、その時は容赦しないからそのつもりで」

 

 曹操が彼らに贈った言葉だった。幸いというべきなのか、黄巾党の非道な行為はその大半を、盗賊くずれの者たちが自ら進んで行ったようで、堪えかねるほどの重い記憶を持つ者は少なかった。

 

「こんなところにいたのか、探したぞ」

 

 二人の側に、夏侯姉妹が歩み寄った。

 

「……あの」

 

 顔を上げた許緒が、自分の身柄を預かることとなった夏侯惇を見る。

 

「どうした?」

「ボクたち……生きていてもいいのかな……」

「何を言っておるのだ? 当然だろう」

「でも!」

 

 ぎゅっと拳を握った許緒は、そのままうなだれてしまう。

 

「たくさんの人を怪我させて、たくさんの人を殺したのに……」

「季衣……」

 

 気遣うように、典韋が許緒の手に触れる。彼女もまた、同じ気持ちだった。

 

「戦争だった。『仕方がない』の一言で片付けるわけではないが、自分が生きるために他者を倒さねばならない。そういう場にあって、お前たちのしたことは生きる者として当然なのだろう。他の命を殺めてまで生きたのなら、その命を無闇に捨てる方が許されないことだと、私は思う」

 

 夏侯淵はそう言うと、二人の前にしゃがんで優しく包み込むように肩を抱いた。

 

「答えを急ぐ必要はない。私や姉者が側にいる。共に、考えよう」

「夏侯淵様……」

 

 許緒と典韋は、夏侯淵の胸で泣いた。それで心の傷が癒えるわけではなかったが、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

 

 

 兵士たちが火を囲み、わずかだけ許された酒を楽しんでいた。戦いが始まってから断っていた久しぶりの酒に、祭はご機嫌で部下たちに絡んでいる。

 それを横目に見ながら、雪蓮は少し離れたところで静かに盃を傾けていた。みんなで騒ぐ楽しい酒も好きだが、今はのんびりと静かに楽しみたい、そんな気分だったのだ。

 

「隣、いいかしら?」

「ええ……」

 

 小さな徳利を抱えた冥琳は、それを間に置いて腰を降ろす。

 

「どうしたの? ひとりでしんみりして」

「らしくない?」

「そうね……てっきり、祭殿と大騒ぎして私を困らせるものだと思っていたから、少し肩透かしだったかしら」

「やーねー、はははは……」

 

 前科があるだけに、雪蓮はバツが悪そうに乾いた笑い声を漏らした。冥琳はそんな親友の姿に、何だか不思議なものを見るような気がして笑みを浮かべる。

 

「何よ、その笑いは」

「それは雪蓮の方でしょ? そんなにあの子が気になるのね」

「べ、別に……そういうわけじゃ……」

「図星みたいね。あなた気付いてないでしょうけれど、曹操と同じ顔をしているわよ」

「へっ?」

 

 含み笑いで冥琳は、それ以上は何も言わなかった。代わりに、気になっていたことを訊ねる。

 

「それより良かったのかしら? あの子、間違いなく北郷一刀本人よ」

「でしょうね。曹操も気付いていた様子だったし」

「雪蓮の性格なら、真っ先に欲しがったと思ったのだけれど」

「まあ、ね。でも今は、時期じゃないわ」

「袁術か……」

「というより、張勲ね。天の御遣いが側にいるって知られたら、厄介だもの。それに無理矢理連れて行ったら、曹操から恨まれそうだし」

 

 独立こそが、最優先すべき事項だった。そのために今回の遠征を行ったとも言える。出来る限り、不確定要素は排除して起きたかった。

 

「わかっているんだけどさー。何だか、胸がもやもやするのよね」

「ふふふ……」

「何よぉ……」

「いえ、雪蓮もそんな顔をするんだなって思っただけよ」

「どんな顔なのよ?」

 

 唇を尖らせて、雪蓮は拗ねたように膝を抱えて顔を埋めた。

 

(それは、恋する乙女の顔よ、雪蓮。でも自覚がないようだし、黙っておくわ。少し、妬けるものね)

 

 盃の酒を飲み干し、冥琳は小さく息を吐いた。

 

 

 華琳は天幕で、桂花の報告を受けていた。

 

「黄巾党の件は以上です。それと、洛陽に放っていた細作から報告がありました」

「何か動きがあったのかしら?」

「大将軍に任命された何進という者の正体が、ようやく判明いたしました。その者、馬ほどの巨体をしたオークだそうです」

 

 華琳の顔が、不愉快そうに歪む。

 

「そう……」

「洛陽では人間とオークの立場が逆転して、何進の親衛隊もオークで構成されているとのことです。その何進は親衛隊を率いて、并州に向かったそうです」

「いつまでも長安に留まっている袁紹を、見限ったというところかしら」

「恐らく……近々、河北四州を何進が治めるようになるでしょう」

 

 これまで裏で策略を巡らせていた朝廷側も、ここに来て表立って動き始めたというところだろう。

 

「何進は河北の旧袁紹軍をまとめた後、こちらに攻め込んでくる可能性が高いわ。どれほどの時間があるかわからないけれど、出来うる限りの準備を進めなさい」

「御意!」

「そう考えると、黄巾党の件が片付いたのは大きいわね……」

 

 だが一方で、捕らえた黄巾党を解放したことが少しだけ悔やまれた。

 

(言っても詮無きことか……大半が農民、無用な死者を増やす必要もない)

 

 華琳はそんなことを考えていたが、ふと、桂花が何か言いたそうにしているのに気が付いた。

 

「どうしたの、桂花? ご褒美でも欲しいのかしら?」

「はいっ! あ、いえ……」

 

 思わず恍惚の笑顔で反応してしまったが、桂花はすぐに真顔に戻って咳払いをする。

 

「あの、華琳様。一つ、お聞きしたいことがあります」

「改まって何かしら? 言ってごらんなさい?」

「はい……あの、北郷一刀のことです」

 

 笑みを浮かべていた華琳は、その笑みを消して桂花を見た。

 

 

「北郷の優しさは、尊いものだとは思います。ですがこの国を導き、人々を救うにはあまりにも甘く、脆いものだと思います」

「そうね、私もそう思うわ」

「でしたらなぜ、あの男にこだわるのですか?」

 

 桂花の思いには、嫉妬も混ざっているのだろう。だが軍師である以上、個人的な感情だけで間違った提言をすることはない。仮に嫉妬の感情がなかったとしても、桂花は同じことを考えたと思っている。

 

「私は華琳様に仕え、間近でそのお姿を拝見しています。時に統治者は、冷酷な判断を下さなければならない場合もあります。優しさだけではなく、恨まれる覚悟も必要なのだと、華琳様にお仕えする事で再認識をしました。だからこそ、不思議なのです。華琳様があの男を、ご自分の手元に置こうとするお気持ちが……」

 

 その言葉に、華琳は黙って目を閉じた。そしてわずかな間の後、ゆっくりと目を開くとどこか遠くを見る様子で話し始める。

 

「あの男からは、血の匂いがしない。あれほどの武を持っているというのに、そうした血生臭い事からは程遠いと思えるのよ。きっとまだ、人を殺したことがないのね」

「確かに彼の武器は、殺傷力は低そうですが……」

「そして、世間知らずの若者が語るような、青臭い理想を信じて行動している。ただ、真っ直ぐとね。それはきっと、今の私たちにはないものなのよ。でも心のどこかで、願ってもいる。叶わぬ理想だと、諦めてしまっている」

「……」

「それなのに、北郷一刀の瞳には迷いがない。考え、考え抜いて、進むべき道を決める。あとは迷わず、ただ進む。その素朴さ、素直さが、私はうらやましいとさえ思える。だから、眩しいのよ」

「眩しい……」

「私たちが最初から放棄したものを、彼は何一つ諦めていない。その高潔さは、愛すべきものだわ」

 

 華琳は思う。誰もが夢見る理想郷――争いのない、みんなが笑える平和な世界、北郷一刀という男はそんな世界の匂いがするのだ。だから、引き寄せられる。誰だって、好きこのんで人を殺すわけではない。

 無意識に頬に触れた華琳は、かつて焚き火越しに見た一刀の笑顔を思い出し、わずかに胸をときめかせていた。


 
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