No.166079

「戦神楽」 飛々樹編 prologue

早村友裕さん

 満たされる、充たされる、ミたされる――
 神の嘆きが創り出した平和な世界『珀葵』、そしてそこから零れ堕ちたモノが業を背負う世界『緋檻』。
 珀葵に蕩揺う平和の裏で、緋檻の民は業を重ねていく。

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2010-08-16 14:17:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:667   閲覧ユーザー数:663

 

 考えるな。

 疑問を持とうとした時、いつも心のどこかで何かがブレーキをかける。自分の中に眠る何かを呼び覚まさぬよう、無意識に封印を施しているのだろうか。

 自分のせいじゃない、アイツが巻き込んだのだと信じ込んでいたけれど、きっと最初から自分自身に素養があったに違いない。

 そうでなければ、こんな場所に堕ちる理由など、最初からなかったに違いないのだから――

 

 

 

 

 まずは思考を停止する。

 そう、これはゲームだ。敵を何人倒せるか。

 ただそれだけを競うゲーム。

 手にした棍を大振り、遠心力を最大限に利用して敵の両腕の骨を砕いた。

 悲鳴を上げさせる間もなく、返し様の突きで吹っ飛ばす。

 

「……38っ」

 

 今日も絶好調だ。

 とん、とステップ、前後から息を合わせてかかってきた敵を、ほとんど予備動作なしに上に飛んで避ける。

 

「これで……」

 

 頭と胴の甲冑の継ぎ目、ほとんどないような隙間を狙って棍の先端から降下した。

 鈍い音と衝撃と共に、眼下の甲冑から血が吹き出る。

 首の根を折ったのだ、おそらく即死だろう。

 着地するや否や、防御の為に廻らせていた仙を、一瞬だけ左手に集中する。

 

「40!」

 

 凄まじい強度を持った手刀が、残った敵の胸元を甲冑ごと貫いた。

 即、手を抜いて敵軍との距離を置いた。

 

「さあ、次は誰が来る?」

 

 にやりと戦列に笑いかけて。

 ボクは――『鋼皇(コウオウ)の斉天大聖』は、身の丈より長い棍の先を、敵軍に向かって片手で突き付けた。

 しかし、相手の命を奪った証の真っ赤に塗れた左手で棍を握ろうとして、はたと気づく。

 

「あーもう、汚れちゃうじゃんかよ」

 

 そのまま棍を握ると血が付いてしまうので、いったん敵兵たちから離れて自軍へと退く事にする。

 

「すぐ戻るからなー」

 

 周囲の兵士に声をかけ、くるりと敵兵に背を向けた。

 戦場で敵に背を向けるな、と何処かの誰かが言っていた気もするが、ボクにとってはどうでもいい格言だった。

 ボクは自分が向きたい方を向くし、戦いたい時は戦うし、手に血がつけ拭うために戦線を離脱する。

 だってボクは、戦争をするためにここへ来たわけじゃない。軍の最前線で戦っているのだって、たまたまボクが強かったというそれだけの理由からだ。

 

「じゃ、後はよろしく」

 

 そのままひょい、と飛びあがって、戦線を離脱した。

 その瞬間、これまで自分が押し留めていた敵軍が一気に自軍と衝突し背後でどぉん、と凄まじい音がした。

 

 

 

 ボクは何も望んでいない。

 何かが欲しいわけじゃない。何かがしたいわけじゃない。

 何も求めていない。

 

 

――要らない

 

 

 だから、ボクが此処に堕ちたのはたまたまで、偶然が重なっただけ。

 此処に留まっているのは、アイツが此処にいるからというそれだけ。

 

 

 

 

 ケース3、伊折(イオリ)飛々樹(ヒビキ)の場合。

 緋檻における充足可能性の是非を確認。

 否。

 珀葵への経路を確認。

 排除不可。

 緋檻の異物として警告。

 警告。

 警告――

 

 

 


 
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