No.165944

恋姫異聞録78  定軍山編  -英雄の痕-

絶影さん

ようやく終結です。

次回からはちょっとだけ事後処理編と拠点話しに行きます

前回コメントしてくださった方には明日御返事させていただきます

続きを表示

2010-08-15 20:41:00 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:10861   閲覧ユーザー数:8579

「斥候が一人だけ帰ってきたわ。報告によれば敵援軍は州境を超え間も無く厳顔達と合流する」

 

「間に合うか?」

 

「ギリギリね、間に合わなかったら敵兵を削るだけ削って退く」

 

秋蘭と詠の話す声が微かに聞こえる・・・いい加減身体がギシギシ言って頭がぼーっとする。

走っているのかさえ良く解らない、呂布が逃げるのを追いかけて、それから斥候狩りをやられて

情報が無くなって・・・援軍は何処まできてるんだっけ?厳顔と黄忠は何処まで逃げてるんだ・・・

 

「昭っ」

 

「ぅ・・・あ、あぁ」

 

声をかけられ、肩を揺らされ気が付いた時には目の前に地面が迫っていた。どうやら気を失いかけていたようだ

隣では秋蘭が表情には出さず、心配そうな瞳を向けている。詠までも気が付けば俺の隣で二人に抱えられるように

走っていたようだな・・・もう少しだ、俺がこんな状態では仲間の士気に関わる。気合を入れろ、皆を導かなくては

 

男は胸に仕舞った鏃を取り出し、太腿に突き刺して頭を振り意識をはっきりとさせる。そして支える二人に笑いかけ

また走り出す

 

「さぁ、合流される前に叩くぞ」

 

「まったく、無理ばかりしてんじゃないわよ。敵援軍が合流してきたら敵将を見て退くわよ」

 

「え?」

 

「やっぱり落ちてたわね。敵に馬超か関羽が居たら退くわよって言ったの」

 

俺はつい苦笑いを浮かべてしまう。しかし敵に関羽と翠がいたらか・・・ではその二人が居なければ殲滅戦は

完遂できるかもしれないということだ。しかしそれと同時に凪の想いは裏切ってしまう

 

「凪の心配をしてるんでしょう?どちらにしろ何時かはこういった判断をする場面に出くわすのだから

いい経験になるんじゃないの」

 

・・・そうだな、俺は覚悟を決めたのだから。たとえそうなったとしても戦い続けるしかないんだ。

凪に解ってもらえないかもしれないが、俺は神でもましてや天の見使いなどでもない。全てを救うことなんか

出来はしないんだ。だから全てを背負うと覚悟したのだから

 

「見えた。旗が二つ、呂布は厳顔、黄忠と合流したぞ」

 

「援軍はまだ合流していないようだな、何とか間に合った」

 

いつの間にか降り始めた雨は強くなる。おかげで望遠鏡は使いものにならないが敵の旗は二つ、厳と黄の旗

援軍が来ているなら前の兵達の慌しさはもっと小さいもののはずだ。俺の眼に写るのは後方から来る恐怖

つまり俺たちに喰われる恐怖だ。ならば呂布を押さえ込み兵を打ち滅ぼす

 

「野郎ども、敵は目の前だ。魚鱗の陣を敷け、横に広がり敵を飲み込むぞ」

 

詠の指揮で兵達は声をあげ走りながら綺麗な三角形を作り出し、敵の後方へ襲い掛かる。そんな中、両腕を乱暴に

包帯で巻いた一馬が風を前へ乗せて隣へと走り寄せる。どうやら一馬の傷はそれほど酷いものではないようだが

着られた箇所が多く、顔まで血で染まっていた

 

「お兄さん、凪ちゃんはそのまま厳顔さんに当てるのですか?」

 

「ああ、約束だからな」

 

「解りました。お兄さんの望みをかなえるのが軍師の務め、詠ちゃん八門金鎖はやめにします」

 

「・・・少しでも敵に見られる可能性があるなら仕方が無いわ。援軍が陣を見て逃げるなんてことも在るからね」

 

そういって俺の相棒二人は笑い合う。そして「ただ殲滅はするわよ。凪が巧く行ったら考えるけど」そう付け加える

と兵達に指示を出す。凪に修羅兵を渡し、厳の旗目掛けて真直ぐに突進をさせる。そして残りの修羅を引きつれ

俺と秋蘭、そして詠が呂布に向けて走り出し。風は真桜と沙和に指示を出し兵に襲い掛かった

 

真直ぐに先頭を走る凪、目の前に迫る厳の旗。そして一度見た超重武器を振り上げ構える長身の女性。凪は拳に

気を溜め更に足を加速させる。そして呼吸を整え、足元に落ちる槍を牽制とばかりに蹴り飛ばした

 

キン

 

軽い金属の音、そしてフワリと優しく厳顔に襲い掛かる槍を、美しく濡れたように澄んだ光を放つ槍【銀閃】

で巻き上げ、手に掴むのは涼州の英雄、馬騰の娘、馬超。愛馬黄鵬に跨り一人凪の前へと躍り出た

 

数十名の涼州兵を引き連れて現れた翠はゆっくり馬を左に向かせ、掴んだ槍を凪へ投げ飛ばす

今度は逆に襲い掛かる槍を凪は気を込めた拳で破壊する。その様子に少し嬉しそうに笑いながら、翠は銀閃を凪に向けた

 

「悪いな、此処から前へは行かせられない。あたしは散っていった涼州兵の思いを背負っているからな」

 

「新兵をこのような戦場に引きつれ、無茶な錬兵をするのが貴様の言う想いかっ」

 

少し顔を曇らせる翠は首を振る。翠とて望んだことではない。だが力の無い蜀が早急に力を付けるためには無茶な

ことであろうとしなくてはいけないと、そして死んでいった老兵達は未来を若い兵達に託したのだと翠は納得

しなければならなかったのだろう。その瞳は涙で腫らした後があった

 

「あたしは戦うと決めたんだ。それが御父様が息子と呼んだ人であろうとも」

 

「ならば・・・ならば私は、隊長と共に全てを背負う道を歩もう」

 

拳に溜めた気を放ち、気弾が翠に襲い掛かるが、黄鵬を巧みに操りヒラリとかわす。そして銀閃で反撃が

 

しかし構える凪に槍は襲い掛からない、それどころか翠は後方を向くと声をあげた

 

「早く行け、援軍は近い此処はあたし達に任せろ。桔梗と紫苑は殿について兵を守りながら前へ」

 

「行かせるか」

 

追いかけようとする凪の前に翠は立ちふさがり、道を塞ぐ。そしてその身体から覇気を垂れ流し、圧倒する

その目からは此処は通さないと言う鋼鉄の意志を感じるが、凪は拳を固め攻撃を仕掛けた

 

「修羅達よ、先に行け。敵を止めるんだ」

 

「そうはさせるか」

 

隣を抜けようとする兵に翠は槍を振るい、次々に刺し殺していく。修羅兵である兵達はそれでも武器を取り、馬を押

さえ込もうとするが翠はまるで一馬のように馬を動かし、避けながら攻撃をしていく。

 

「お前達は敵に敵を撹乱するだけでいい、敵に捕まるなよ。あれは普通の兵じゃない」

 

馬上で槍を振いながら敵を普通ではないと見た翠は着いてきた僅かな涼州騎馬兵に指示を飛ばす

修羅たちは石を槍を、剣を投げ馬をその身体で無理矢理止めようとするが、涼州兵達は馬を巧みに操り

盾を構え、鼻先を掠めるように騎馬を裁いていく

 

それを見た凪は兵を殺させはしないと馬上の翠に攻撃を仕掛けるが、翠は馬鞍の突起に足を引っ掛けサイドサドル

の格好を取り、チッチッと舌鼓で馬を操った。そして凪の攻撃を受けると同時に反動で反対側の兵士を突き殺していく

 

「なっ」

 

「銅心小父様の技だ、忘れたか?私は二人の英雄に、二人の御父様に育てられた。この程度造作も無い」

 

自分の攻撃が仲間を殺していく、そんな感覚を植えつけられ凪の攻撃はとまってしまう。それどころか修羅達の

足までも止まってしまう。下手をすれば自分達の攻撃が凪を傷つけてしまうのではないかと

 

「くそっ、皆離れろ。遠回りでもいい敵に喰らいつくんだ」

 

「させないぞ、少しでも動いたやつから突き殺す」

 

ハッタリではない、その身体から湧き上がる闘志が真実を物語り、前へと進むことはおろか戦うことすら出来ない

状態へと追い込まれ凪は動くことが出来なかった

 

しかし修羅たちはそれに怯む事無く、武器を構え己の身体を捨てて翠の馬ごと押さえつけ止めようと走り出した

 

「攻撃しなけりゃ楽進将軍を傷つけない、皆ヤツの馬にしがみ付け。引き釣り下ろすんだっ」

 

その身を捨てて、翠の馬を取り押さえようと飛びつくが槍で叩き落し、更には手綱を巧に捌き避けていく

凪は慌てて皆を止めたがその時は既に数名が突き殺されていた

 

「馬超が来た、僅かな手勢で来たのね。道理で速すぎるはずだわ。だけど援軍はあれで終わりじゃないはず」

 

「詠さん、私が行きます」

 

「まちなさいっ!」

 

返事も聞かず一馬は馬の腹を蹴り走り出す。真桜に鍛え治して貰った七星宝刀を腰から抜き取り、壁のように

槍を構え立ちふさがる涼州兵の頭上を飛び越える。しかし目の前には槍の切っ先

 

頬を削り身体を捻り避けるが、襲う槍は十文字槍。横に広がる穂先が一馬の首を圧し斬ろうと迫る

 

咄嗟に刀の峰に腕を当てて首に迫る槍を防ぐが、身体を後ろに逸らされ馬から落馬してしまう。急いで身体を起こせ

ば遠くで驚く凪の顔。そして目の前には一馬の動きに気がつき素早く涼州兵の後ろへと回りこんだ翠が槍の穂先を

一馬に向けて睨みつけていた

 

「此処は通さない、たとえ誰であろうとな」

 

一馬の馬を奪い、手綱を近くの涼州兵に渡すと驚く一馬をその場に残し。ゆっくり凪の元へと戻っていく

その姿に一馬は全身が粟立ち、汗を垂れ流した。そして後姿に怒気に身を包む義兄の姿を移し見た一馬は

立ち去る翠を追う事が出来なかった

 

そして後ろから囲み襲い掛かる涼州兵。逃げ場をなくした一馬は覚悟を決め、声をあげて剣を振う

 

「どけえぇぇっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

義弟の窮地を目の当たりにした男は全身の毛が総毛立ち、心が、激情が身体の痛みを、体力の限界を凌駕する

 

「詠っ、一馬に援護を」

 

「くぅっ、風お願い・・・動きが速すぎる、馬超めこれじゃ敵を削るどころじゃない」

 

風は「はいはいー」と応えると真桜と沙和を前へ走らせる。そして其処には義弟の窮地に反応するように男も走り加わっていく

 

「馬鹿っ、何でアンタが前に出るのよ」

 

「呂布は任せた、秋蘭頼む」

 

「任せたって」

 

「修羅兵のお前なら出来る。信じてるぞ」

 

その言葉に詠は驚きを恐ろしい戦慄を覚える笑みに変え小さく呟く

 

「信じてる、なんて簡単に言って。解ってるじゃない、アンタが僕と風を信じるならいくらでもやってやるわ」

 

拳を握り、その瞳は燃えるような炎を灯し手を前に立ちふさがる呂布に突き出して兵を指揮する

雄々しきその声は、猛る兵の心に火をつけ修羅は獣と化す

 

「さぁ行くぞ野郎ども陣を敷け、呂布を囲め、犬槍を矢を構えろ、お前達は魏狼。呂布如きに怯むんじゃねぇえええ」

 

振う戟に恐れる事無く呂布を取り囲み、矢を放ち槍を投げる。そして動きに合わせ詠は兵を前へ進み、後ろへ退き

着かず離れず動かし呂布の動きを封じ込めていく。

 

呂布は襲い掛かる矢と槍の雨を弾き、砕く。そして地面を踏みつけ殺気を放ち、動きで乱れた兵に襲い掛かるが

寸隙を縫って秋蘭の十分に引き絞った必殺の矢が襲い掛かり。動きを完全に封じ込めていく

 

「あっちは大丈夫そうなのー」

 

「隊長は大丈夫なん?」

 

「心配するな、それよりも一馬を助けるぞ。叢演舞だ」

 

心配する二人に笑いかるが、その顔は直ぐに餓えた獣のような表情に変わり、瞳には赤く燃える殺気を孕む

目の前で更に身体を削りながら奮闘する一馬に目掛け矢のように走り真桜の前へ地面を滑るように男は入り込む

そして構える螺旋槍を掴み、真桜の進行方向とは逆方向に力を入れて動きを止めた

 

「がああああああっ」

 

「行くで、隊長」

 

【叢演舞 第一幕 櫻は年輪を重ね、嬰は大きく花開き太き意志と鉄をも穿つ真に強き心を持つ】

 

足を踏ん張り、その握力で地面に根を張るように力を押さえ込み、一気に解放する。

手を離された真桜は押し止められた力を全て解放するように地面の土を巻き上げ突進していく

 

男は手を放した瞬間に、真桜の肩を掴みフワリと螺旋槍の上に舞い降り、側面から襲い掛かる

涼州兵を槍の上で舞い踊りながら切りつけていく。時には真桜の肩に手を置き、足で槍を引っ掛け

不規則な動きを槍の上で、真桜の周りで繰り返していく

 

【叢演舞 第二幕 集まりし雲は櫻に雨を注ぎ、嬰の心を濁りなき澄んだ水へと変えていく】

 

真桜は一馬までの道を一直線に切り開き、槍の上で舞踊る男はトンッと槍を蹴り、後ろから追いかけてきた

沙和と背中合わせになり、沙和は回転を始めた

 

「えっへへー、ガンガンいっちゃうのー!」

 

沙和の繰り出す剣戟は襲い掛かる涼州兵にまるで雨のように突き刺さる。その剣戟は四撃が八撃に、十撃が二十に

更に剣を振れば振るほど影の剣はほぼ同時に襲い掛かり、そして宝剣を交互に渡しあい剣を振う

 

舞い上がる敵の武器と頸、一馬を守るように円を描き二人の演舞は敵を寄せ付けず。そして真桜のあけた道を

修羅兵達が駆け上がり、涼州兵を喰らい始めた

 

「うぐぅっ」

 

「あっ、だ、大丈夫隊長っ!」

 

「兄者っ!」

 

声をかけると同時に男は前のめりに泥の地面にドシャリと倒れ込む。眼は虚ろに呼吸は浅く細かく

全身がブルブルとと震えだした

 

完全な体力の限界

 

全てを搾り出した男は指先さえも動かすことが出来ない。駆け寄る沙和と真桜、そして一馬は男を抱きかかえ

唇を噛締め怒りを露に握る剣に力を込めた

 

「真桜さん、沙和さん、兄者を頼みます」

 

「どうする気や?」

 

「兄者に無理をさせたのは私の責、せめて馬超殿を」

 

そう言って駆け出そうとする一馬の肩を男が震える手でしっかりと掴み圧し止める。真桜と沙和に抱えられる男は

顔を蒼白にしながら、首を振る

 

「・・・だ・・・めだ、翠が・・・来てるなら、退くぞ」

 

「しかしっ!」

 

今にも気を失ってしまいそうな義兄の姿にその瞳は怒りと悲しみに染まる。男は困ったように笑うと、震える指先で

義弟の額をコツンと叩く。そしてもう一度優しく

 

「退くぞ」そういった。

 

一馬の顔からは怒りが抜け落ち、ただ頬を涙が伝う

 

ガキィッ

 

不意に背後から響く金属音、そして飛び散る血液、一馬は驚き背後を見ればそこには短剣で槍を見事に捌き

敵兵の喉元深くその切っ先を押し込む統亞が居た

 

「さぁ、ここは任せてさっさと昭様を後方に御連れしてください」

 

「統亞さんっ!」

 

返り血で顔を赤く染めた統亞はニヤリと笑うと鋭く獣のような目線を敵に向け、短剣を構え倒れる男の前へ立つ

周りの修羅兵たちも男を守ろうと武器を構え襲い掛かる涼州兵を切り伏せていく

 

「俺達はその人に死なれたら困るんだ、俺達の悲しみを、苦しみを全部背負ってくれる昭様が死んだら

そういった物に潰されて俺たちは皆立てなくなっちまう。だから速い所退いてください」

 

叢の刺繍の入った蒼い頭巾を被り、ぼさぼさの黒髪を無造作に纏めた後ろ毛を血で赤く染め

倒れる虚ろな眼の男を見て怒りと共に更に瞳をギラつかせる

 

襲い掛かる涼州兵の槍を素手で掴み、引き裂くように敵の手首を切断し、二動作目で確実に相手の喉

もしくは心臓を貫き倒す

 

「テメェら大将が退く道を作るぞ。涼州兵の糞どもめ、元黒山賊首魁【張燕】様を舐めるんじゃねぇ、掛かってきやがれ」

 

啖呵を切り、闘志を漲らせ敵を倒す統亞を背に、一馬は義兄の身体を抱きかかえると大声で叫び

後方へと真桜たちと共に下がり始めた。

 

【オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォオォォォォッ】

 

その時、まるで見計らったように援軍に合流した敵の援軍が反転し厳と黄、そして馬と魏、援軍に蒲公英と将が一人

兵の数を増やしてこちらに向かい声をあげ向かってきていた

 

「兄者は敵から動きを読んでいたのか」

 

ボソリと呟き、走る足を速める一馬。男は一馬と相対した翠の瞳から敵の到着を読み取り、即座に義弟を助けに

走った。己の身体を省みずその残り僅かな体力を全て振り絞って

 

襲い掛かる敵を見た詠は風に伝令を飛ばし陣形を箕形の陣へ整えていく、まるで半円の器のような形を形成して

いく陣。戻ってきた一馬と男を風と共に後方へ移動させると、詠はその場で引き続き呂布を封じ込める

 

 

 

 

「来たか、箕形の陣を整え押さえ込み、一当てしたら退くわ。此処は大丈夫だから行きなさい秋蘭」

 

「退く時はそのまま殿に回る。私も信じているぞ、呂布になど遅れをとらんと」」

 

「ありがと、さぁ適当に当てたらこの戦は御仕舞だ、踏ん張れ野郎どもっ!」

 

頷き兵に激を飛ばす詠を横目に秋蘭は走り出す。そして陣の中央に立つと兵を自分に引き寄せ、兵と共に弓を構えた

中央、前曲に着くことで敵が退かず更に襲い掛かってきたときに殿となる為に

 

「戻れ凪、迎え撃つぞ」

 

「りょ、了解しました。後方に下がり迎え撃つ。皆続け」

 

攻めあぐねていた凪は、秋蘭の声で前から来る敵兵に気が着き慌てて兵を後退させる。翠は退く兵を追わず

そのままゆっくり此方に向かってくる援軍の中央へと馬の歩をすすめた

 

「・・・」

 

男は自分を背負い後方へと走る一馬の頭をポンポンと軽く撫で、俺をそこに連れて行けと中央に立つ秋蘭を

指差した。一馬と真桜たちは驚き、後方へと下がることを促すが頸を振り。一馬の背からトンと肩を押して降りて

仕舞う。そしてニッコリと何時もの笑顔を作るとヨタヨタと覚束ない足取りで秋蘭の隣へ向かう

 

「しゃぁないな、全く隊長は」

 

「ほんとに、仕方ないのー」

 

そんな姿を見た二人は男に駆け寄ろうとするが、一馬が二人を止める。

 

「御二人は両翼へ、私が連れて行きます」

 

「一馬君」

 

「兄者は私が守ります。私の、私の兄なのですから」

 

ふらつきながら歩く男の肩を掴み、一馬は剣を持ち秋蘭の居る前曲へ歩いていく。その身体からは微かに感じる

義兄と同じ気迫、優しく守る盾のような闘気、瞳には強い意思を持つ

 

一馬の後姿を見た真桜は嬉しそうに笑い、驚き呆ける沙和の肩を叩いて後方を指差す

 

「よっしゃ、ほんなら任せた。行くで沙和」

 

「うん、頑張れ一馬君」

 

二人は兵を引き連れ左右に分かれ、陣の両翼へと散っていく。

 

男は矢を引き絞る秋蘭に対し、馬上から真直ぐに見据えて視線を外さず兵に小型の蜂矢の陣を敷かせ

槍を持ち微動だにしない翠を見る

 

翠は銅心殿から多くのものを受け継いだのだな、俺が動けない短い間に一体どれだけの密度のある教えを受けたのか

あの娘の眼を通して見えるのは雄々しい父、馬騰と猛る猛将銅心殿。これが本当の西涼の錦、錦馬超か

俺が本を読み、思い、想像していたものと同じだ。いや、それ以上だ

 

降りしきる雨の中、秋蘭は矢を引き絞り翠の額から狙いをはずさない。男が引きづられ隣に一馬と共に立つが

横目で少し確認するだけ。しかしその身体から発する凍えるような殺気は更に冷たさを増す

 

【オオオオオオオオオオオオオオぉォォォォォオォ】

 

次第に敵援軍の声は近くなり、前に立つ翠の元へと近づいてくる。翠は視線を秋蘭から隣の男に向け

頭を振り虚ろな目を何とか回復させ、真直ぐに翠の瞳を見つめた

 

「・・・」

 

背後から近づく援軍の音を聞きながら何を思ったか、翠はクルリと後ろを向き。男も矢を構える秋蘭の手を握り

矢を止めてしまう。秋蘭は驚き男の方を見るが、男は真直ぐに翠の背中を見ているだけ。そして

 

「止まれっ、巴東に戻る!」

 

後方の兵達に叫んだ、此方に向かってくる厳顔と黄忠、そして将で在ろう髪の一部分が白い長身の女性は驚くが

翠の響く声に兵達は止まってしまう。

 

止まる後方の軍を確認し、翠は馬の腹を蹴り囲まれる呂布へと走り出す

 

「兵を止めたですって?くぅっ、こっちに向かってくる、野郎ども囲いを解けっ」

 

指示を受け即座に翠の走りよってくる方の囲いを解き、振り回す槍から身をかわす。その隙に呂布は囲いから抜け

出し、呂布と共に止まった後方の援軍の中へと兵を引き連れ戻っていく。そんな中、大きな金棒のような鈍器を

持った長身の女性だけが翠に駆け寄り、抗議の声を上げた

 

「何故敵を討たないっ!舞王とかいうのはへばって動けないようだぞ、兵数も此方が上ではないではないか!」

 

「御兄様は眼だけ使えれば十分戦力なんだ、それに此方は半数以上が新兵、数で勝てても錬度が全く足りない」

 

睨みつける女性に、翠は更に言葉を続ける。冷静に淡々とした口調で

 

「それにあたし達は敵を討つ命令は受けていない、合流したら兵を出来るだけ生きて返すことが目的だ」

 

強い視線で長身の女性を睨み返し「兵を無駄に死なせたいのか?」と静かに問いかけると長身の女性は黙ってしま

った。まるで普段とは違うといった感じで、恐らくは本当に普段とは違うのだろう。戦場と普段ではその性格まで

変わってしまったかのような印象を受けるほど彼女は成長しているのだ

 

「翠のいうとおりだわし等が止めるのも聞かんで行き居って。退くぞ焔耶、此度のこと助かった。礼を言う翠、恋」

 

厳顔は焔耶と呼ばれた女性の頭を撫でると身を翻し、黄忠達と共に兵を連れ州境へと兵を引き連れ退いて行く

一人最後尾に着いた翠は少しだけ後ろを振り向くと、やはり男と真直ぐに見詰めあうと直ぐに前へ振り向き

走り去っていってしまった。

 

「詠と風を呼んでくれ、今回は此処までだ」

 

「私が変わろう。一馬は詠と風をよんできてくれ」

 

一馬は返事をすると風の元へと走り出す。秋蘭はようやく終わったと男を大切に、優しく抱きしめる

 

あの眼・・・俺が銅心殿を討ったと解ったようだ。なのにも関わらず心の中は澄んだ水、冷静に此方が軍師を

二人連れていることも、将が五人いることも見ていた。しかも軍師の動きと修羅兵の動きを見て直ぐに退くことを

決めた。俺にはわからなかったが、後方で風が何か動きを見せていたようだ。どうりで風があまり前へ出ていないと

思った、まさか仲間からじゃなく敵の眼から仲間の動きを見るとはな

 

苦笑する男の横顔を抱きしめる秋蘭が不思議そうに覗くと「風達が着てからな」と柔らかく笑う。秋蘭は

頷き、男をその場に座らせ、後ろから抱きかかえるようにしながら怪我の確認を始めた

 

「あれが馬超なのね?冷静な判断と巧みな用兵、しかもあの槍捌き。ようやくあの韓遂を討ち取ったって言うのに」

 

ぼやきながら歩み寄ってくる詠はまだ身体の熱が収まらないようで、修羅と化したまま他の兵達に指示を出しながら

隣に立ち、腕の包帯を巻きなおされる人形のような男を見下ろしていた

 

「どうやら風の動きも見られていたようですねー、おかげで休門が作れませんでした」

 

「アンタそんなことしてたのね?あの形じゃまだ解らないか、というかギリギリまで殲滅を考えていたの?」

 

「もちろんです。敵が勢いのまま入ってくればそのまま全て飲み込めたのですが、馬超さんに嗅ぎ取られてしまいました」

 

後ろを見れば、陣がいつの間にか軽く変形し器のような半円を象っていた両翼は、僅かに左右四つに別れていて

中央を身体としたまるであれは・・・

 

「八岐大蛇」

 

「お兄さんは面白いことを言いますね。確かに長蛇の陣を八つくっ付けた様な形ですから移動陣形としても使え

ますよ。元々は高速移動の陣形ですから」

 

一体八門金鎖をどんな風に改良したんだ?俺にまで訓練を見せないで何時の間にこんなものを作っていたんだ。

本当に俺の軍師、いや相棒はどれほど進化し続けるんだ?。恐らくはあの大蛇が高速で前へ移動してど

れか頸の一つが敵を絡めとればそこから周りの頸が八門陣のどれかを形成する。そんなところだろうか?

 

「敵は殲滅できなかったけど連戦で定軍山、新城と領地を取ったことと厄介な敵将を討ち取れたのだから上々ね」

 

「・・・そうだな」

 

 

ゴツッ!!

 

 

溜息をつき、身体を秋蘭に預け顔を伏せる男の顔を見下ろす詠は上から思い切り殴りつけた。

秋蘭の腕から地面に投げ出され、仰向けになり殴られた顔に雨が降り注ぐ

 

「何をする詠!」

 

秋蘭は驚き、直ぐに抱き上げ鼻から血を流す男の顔をふくが、男は特に驚きもせずに手を握って詠の方を見上げた

 

「解ってるでしょう?」

 

「うん・・・ゴメン、俺が飛び出しちゃ駄目だよな」

 

「そうよ、アンタがやられたら終わりなの。もう少し考えなさい」

 

怒りをあらわにして見下ろす詠はクルリと後ろを向いて、戦の事後処理を始める為、兵を纏め始める

 

「野郎ども、戦は終わりだ。兵を纏めろ、数名は敵が州境を抜けるのを確認する為、追尾させる」

 

詠の腕が震えてる・・・俺のことを殴った手のほうが痛いだろうに、ゴメン一馬がやられてるのを見て止まれなかった

 

「風も少し怒ってますよー」

 

「うん、ゴメンよ風」

 

「風だけは言わないと解らなそうなので言っておきました。それと今回は古参の涼州兵を殲滅させ、英雄まで

討ち取ったので勝利と言って良いでしょう。華琳様もお喜びになると思います」

 

敵の涼州兵は強かった。確かに風の言うとおりあの勇猛果敢な兵をここで討てたのは良かったのかもしれない

 

「殲滅は出来ませんでしたがざっと見たところ二万の兵の内約五千を削りました。その五千は定軍山と新城で

そしてそのほとんどが涼州兵。逃がしたのはほぼ新兵のみです」

 

「錬兵は完了したということか」

 

「そうともいえますが、此処で討たれた涼州兵と比べれば見劣りするでしょうね」

 

「策を示した軍師はあまり涼州兵について理解していなかったということか?」

 

いや、理解していただろう。だが風達が考えた風車等が予想外だっただけだろう。まさか銅心殿まで討ち取られる

とは思って居なかった筈だ。だからこそ銅心殿は仲間を、兵を殺した。そして新城に残した民も苦渋の決断だったの

だろう

 

「いえ、恐らく此方の行軍と侵略速度が上だったのでしょうね。新城の城内に民を残すやり方は劉備さん理想に

反しますから」

 

「そうか、ならば此方は英雄と涼州兵を討ち取ったことで相手に痛手を負わすことが出来たということか」

 

二人の話を聞きながら、俺は後ろをぼんやりと眺めた。真直ぐ続く道の先には新城の城壁が微かに見えて

その場所には銅心殿の亡骸が横たわっているはず

 

・・・・・・英雄か

 

英雄と言う言葉をいつの間にか呟いていた。彼の生き様もその信念も全て眼を通して伝わった

だが心を埋めるのは多くの悲しみ、苦しみ、そして願い。何故かこの手で殺めた人々の顔が思い浮かぶ

 

きっとこれは英雄と呼ばれた銅心殿が背負ってきたものなのだろう。華琳が言っていたのはこういうことか

 

男は曇天を仰ぐと、頬を叩く雨の音を聞きながら意識を手放していた

 

 

 

 


 
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