No.164035

「無関心の災厄」 ワレモコウ (18)

早村友裕さん

 オレにはちょっと変わった同級生がいる。
 ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。

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2010-08-07 19:20:29 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:807   閲覧ユーザー数:797

            「無関心の災厄」 -- 第二章 ワレモコウ

 

 

 

第18話 道化師の終わらない災厄

 

 

 

 

 と、オレの計画ではこのままエピローグ、白根の告白が待っている日曜日まで大人しく過ごす予定だった。

 張本人の白根はと言えば、ここ3日ほど学校を休んでいる。一応、転校してきたばっかりなんだから授業はまじめに出た方がいいんじゃないかと思いつつも、組織の方で何かあったのだろうと推察もある。

 しかし、白根の性格からして日曜の約束が破られる事はないだろう。

 オレは束の間の休息を味わう予定だった、が、無駄な不幸体質はほんの1週間さえも穏やかに過ごさせてはくれないようだった。

 そう、よく考えてみれば、あの晩、あの旅館に出没した珪素生命体《シリカ》は、ウサギ少年ヒナタだけではなかったのだ。それを失念していたオレは、思わぬ敵の襲来に慄くことになる。

 それはとある平日の放課後、部室ではなく先輩のバイト先である花屋『アルカンシエル』で夙夜と共にコーヒーをいただいている時の事だった。

 

 

 苦いコーヒーが嫌いな夙夜は、たっぷりの砂糖と、茶色より白に近い色になるほど大量のミルクを投入したナゾの液体を作り出し、ご満悦だった。

 が、どことなく、なんとなく落ち着かない様子に見えるのはオレの気のせいか?

 

「どうした、夙夜。何かあったか?」

 

「んー、何かあったかって言うか、これから何か起きるっていうか」

 

 なんだその予言者のような台詞は。

 

「誰か来るのか?」

 

「うん。あの、マモルさんがあんまり好きじゃない人」

 

 あんまり好きじゃない人。

 そう夙夜が認識しているのはただ一人だけだ。

 カランカラン、と店の扉が開く音がする。

 

「いらっしゃいませ、ですぅ」

 

 先輩はにこにこと笑ってその客を迎え入れた。

 花屋という場所が似合わない長身痩躯の男。細く束ねた黒髪と小さなレンズの眼鏡。そして、東京という場所で聞くには馴染まない関西弁のイントネーション。

 前回見た時は白衣だったが、今回はよれよれとしてはいるものの、一応のスーツ姿だった。

 

「久しぶりやなあ、マモルちゃん。久しぶり言《ユ》うても、1週間もたってないんやけどな」

 

「望月っ……!」

 

 出来れば2度と見たくなかった、胡散臭い笑みを浮かべて。

 先輩は、数ある花瓶からすっと一本の花を抜き、望月に向かって差し出した。

 

「はじめましてなのです――『災厄の伝道師《エヴァンゲリスト》』さん」

 

「おーきに。可愛らしい嬢ちゃんやなあ。にしても、『災厄の伝道師《エヴァンゲリスト》』っちゅうんは非道《ヒド》いんちゃう?」

 

「ワタシは正直なのです。思ったことしか言わないのです」

 

 先輩にしては珍しい、つんとした態度だった。

 肩を竦めた望月は、先ほど先輩に渡された花をくるくるとまわした――いや、あれは花じゃなくただの葉っぱ?

 

「ほんで、コレは? 何の植物や?」

 

 

 

 

 

「月桂樹だよ」

 

 夙夜が即答した。

 

「古代ギリシャでは勝負に勝った人の頭に月桂樹で作った冠を乗せたことから、『栄光』の花言葉を持つ常緑樹だよ。香りがいいから、香辛料として使われる事も多いね」

 

「コレが月桂樹やったんか。初めて見たわ」

 

 顔の前でくるくるとはっぱを回しながら首を傾げた望月は、再びにこりと微笑んだ。

 

「あ、自己紹介が遅《オソ》うなりました。ボク、望月桂樹《もちづきけいき》、言います。この名前、親が月桂樹を意識してつけたらしゅうてなあ、いっぺん、月桂樹っちゅうのがどういうもんか見てみたかったんや。おおきに」

 

 そして、スーツの胸ポケットにその葉をさした。

 いったい、この男はここまで何をしに来たんだ……?

 

「望月」

 

「なんや、マモルちゃん」

 

「オマエ、京都からこんな東京の片田舎まで、何しにきやがったんだ? もちろん、オレに会いに来たとか言ったらぶん殴るからな」

 

 一応、予防線をひきつつ、オレは望月に尋ねた。

 

「そんな警戒せんといてえや。ホンマにマモルちゃんに会いに来たゆうんに」

 

 ふざけんな。

 席を立ちあがりかけたオレに、望月は慌てたように付け加える。

 

「組織の任務や、任務。ゆうても、ボクの方から志願したんやけど」

 

 組織の任務って、まさか……

 

「マモルちゃんの監視や」

 

 ぞわり、と背筋を冷たいものが這う。

 コイツがオレの監視? 得体の知れないこの男が?

 ふざけんな。

 夙夜、今ならリミッター解除でコイツを力の限り殴りとばしてくれて構わないぞ。

 

「まあ、仕事は来週からやけどな。日曜日に葵から説明があるはずや」

 

「……」

 

 全部知れている、というわけか。

 

「この店の事は葵から聞いてな、今日は挨拶に来たんや。マモルちゃんとケモノくんと、そこの、可愛らしい嬢ちゃんにな」

 

 へらりと気の抜けたように笑う仕草は、夙夜のそれと似ているようで全く違う。

 見ているだけで落ち着かない。急かされているような気分になる。

 

「なあ、望月。京都でオマエと一緒にいたキツネの珪素生命体《シリカ》がいただろう?」

 

「ああ、おったな」

 

「あの子、どうしたんだ? オレたちの宿で部屋をめちゃくちゃにしたのはあの子なんだろう?」

 

 ずっと知りたかった事を尋ねてみた。

 すると、望月は変わらず力ない笑みを湛えながら、さらりと言った。

 

「キミらの宿で……? ああ、ほんならきっと、消えてもうたんやろうな」

 

「?!」

 

 ざわりと全身が総毛立つ。

 

「マモルちゃんたちの部屋が現れたのは、ウサギくんが盗みに入った日やろ? 『異属』同士が遭ったらどうなるかなんて、ボクが言わんくても分かるやん」

 

 思わず両拳を握りしめていた。

 殴りかからなかったのは、ひとかけらだけ残っていた自制心が働いたからだ。

 

「ウチの組織では珪素生命体《シリカ》の保護が最優先なんやけど、あの子はマモルちゃんに会いに行ったせいで異属に消されてしもうたんやなぁ、かわいそうに」

 

 しらじらしい台詞が上滑りしていく。

 胸の奥の炎が一瞬燃え上がり、ちりりと心の端を焦がした。

 コイツにとって、あの子は何の興味の対象でもないと言うのか?

 

「ああ、気に病むことないんやで、マモルちゃん。あの子が消えたのは異属を排除しようとする本能のせいや。マモルちゃんのせいやないさかいな」

 

 腹の奥がぐるぐると廻っていてキモチワルイ。

 あのずたずたに荒された部屋は、あのキツネ少女の最後の叫びだったのか? なぜオレは気づく事が出来なかったんだ……?

 

 

 

 

 くそ、最悪だ――災厄だ。

 

 

 何が最悪って、次の日学校に行ったら、オレたちのクラスの担任が病気の手術のため入院で、その代理として非常勤講師がはいったんだが、それが予告通りに望月という胡散臭い研究者だったって事がだ。

 担当教科理科、生物。

 来週の月曜から本格的に授業を受け持つそうだ。

 

 

 6月も半ば、そろそろ梅雨明け宣言が出るであろう時期の事だった。

 


 
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