No.157065

関張姉妹恋模様 前編

 成都大宴会とかのシリーズとは全く関係はありません。また一つの外史としてお楽しみください。
 北郷一刀様は出てきません。登場人物の大体は女で、百合です。作者の趣味です。アニメ版に近いです。
 諸将たちの実子なども養子としてあります。百合的に「姉者! それは誰の子だ!」「ち、違うんだ秋蘭、これは」となってしまうので、あしからず。
 これらがダメな方は戻るをクリックしてくださいませ。
 それではどうぞ!

2010-07-11 23:00:36 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:2200   閲覧ユーザー数:2029

 

 

 簡単なキャラ相関図

 

 主要キャラ

 

 鈴々 愛紗が好きだが中々進展しないのでやきもき。

 愛紗 仕事一筋過ぎて鈍感な皆の関将軍。

 

 オリジナル

 

 関興 張苞の好意に気がついているが、翻弄することを楽しんでいる無表情娘。愛紗の養子。

 張苞 関興が好きな不良娘。鈴々の養子。

 王安 鈴々の従者で頭の良い爺。鈴々の知恵袋。

 

 

 姉妹になんて、ならなければよかったと思うことがある。

 

「鈴々、聞いているのか?」

「ちゃんと聞いてるのだ」

「頬杖をつくな。両手で書を持て」

 

 鈴々はため息を吐きながら身体を起こして書を持った。故事が片っ端から記されてある学問書である。

 この古びた書物は鈴々にとっては頭痛の原因にしかなりえない物なのだが、頭を使えば好きな人との二人だけの時間を過ごすためのキーアイテムにもなりえるのだ。

 愛紗は淡々と古人の思想と行動を分析し、その結果を述べた上で自分の意見を言うことを繰り返している。もっと楽しく美味しいものでも食べながら甘い時間を過ごすのもありなのではないかと文句の一つでも言いたくはなるが、愛紗も忙しい身で、必死に仕事をこなして自分の為の時間を作ってくれているのでその文句も言えない。

 

「それでは次の項に行くぞ。ここで出てくる呂尚という人物は斉という国の創設者であり、武王を天下人へと導いた偉大な軍師だが」

 

 鈴々にとっては、千年以上前のじじいの事などどうでも良い、というのが本音である。愛紗は手に書物を持っているが、まったくそれには目を落とさない。何度も読んで暗記しているのだという。この量の故事を全て暗記するなどとても人間業ではないように鈴々には思えるが、それでも朱里や雛里とは比べ物にならないそうだ。それだけ頭がよければ、自分もこのどう仕様も無い状況から抜け出す策を立てられるのだろうか。

 

「というように、結局は斉も魯も滅びてしまった。鈴々は、何故両国が滅んだと思う?」

「臨機応変に物事を考えられる人物が王でなかったからだと思うのだ。いくら優秀な人材が献策をしても、それを実行してくれる王でなくては仕方が無いのだ」

「ほう」

 

 愛紗は少し嬉しそうな表情になった。斉は実力を重視しすぎて内から滅ぼされ、魯は血縁を重視しすぎて摩耗して滅びてしまった。結局は、時を捕らえて行動することが出来なかったからだと鈴々は思った。

 

「そのとおりだ。いくら部下が優秀でも、それを取り仕切る者が凡人では仕方がない。主には主としての才、臣には臣としての才がある。漢を立ち上げた高祖も決して優秀な人物ではなかったが、最後には項籍を討って漢を立ち上げた。それでは次の項に行くぞ」

 

 机についてはや二時間。学問書など厠にでも突っ込みたくなる鈴々であるが、愛紗の嬉しそうな表情を見るとやはり、昨日予習をやっていたことを損には思わない。

 

「臨機応変」

 

 誰ともなしに、呟いてみる。暗唱を続けている愛紗には聞こえていない。愛紗は何を思って、自分と接しているのだろうか。

 考えたところで仕方がない、というのはもうとっくに分かりきっている。多分自分のことは、妹としか見てくれていないのだろう。

 

「愛紗、鈴々は町に行きたいのだ」

 

 あえて、愛紗と一緒に、とは言わない。

 愛紗は暗唱を止めると、ふむと頷いた。

 

「そうだな。兵の市民への態度などは気になるし、抜き打ちの巡察にもなるだろうな。明日若い将たちを連れて行くといい。何事も経験を積ませるのは大切な事だ」

 

 そう言うと、また暗唱を始めた。鈴々はため息を付いて、戸の外に目を移した。

 下がり始めた日を見ると、妙な焦燥感が湧いてくる。風に急かされ無理やり流されていく雲は、まるで今の日常そのものではないか。

 もう一度愛紗に目を戻す。このどうしようもなく鈍い義姉は自分の視線に気づいているのかいないのか。

 こういう時、姉妹になんてならなければよかったと後悔するのだ。

 

 

 講義が終わると、愛紗は鈴々の頭を撫でて仕事に戻っていった。この「よく頑張ったな、偉いぞ」を聞くために勉学に励んでいるようなものである。この時ばかりは自分を褒めたい気持ちもあるが、その程度で満足感を得ている自分に自己嫌悪を覚えるのも事実である。

 鈴々はとぼとぼと歩いて屋敷に戻った。鈴々の住居は愛紗に次ぐ大きな屋敷で百人近くの従者が働いている。

 しかし、鈴々は自分に不相応に大きなこの屋敷が好きではなかった。

 

「張飛様、お疲れ様です」

 

 門には鈴々を出迎えるために待っていたのであろう王安が身体を震わせていた。すっかり冷え込む季節である。王安は鈴々が一番信頼している従者で老齢ながら頭のよい男だった。

 

「酒を持ってくるのだ」

 

 鈴々はそう言って、通り過ぎた。後ろを見なくても、王安が頭を下げている事がわかる。徐州で拾ってから、かなり付き合いが長い。呼吸くらい読める。そして王安も鈴々の呼吸を読むことが出来る。機嫌が悪いのも筒抜けだ。

 私室に入ると、すでに火が焚かれていた。鈴々は火の番をしていた従者を追い出して寝台に転がった。こうして黙っているとなんだかむしゃくしゃしてくる。

 何故自分の気持をわかってくれないのか。それとも自分の愛情表現が足りていないのか。

 しかしちょっと前に思い切って告白してみて、「私も鈴々が好きだぞ。お前の姉になることができて、とても嬉しい」というめちゃくちゃいい笑顔の返答を貰った時のことを思い出すと、足りていないということはないと考え直す。

 やはり妹になどならねばよかった。

 

「お酒をお持ちいたしました」

 

 王安は杯と小さめの酒樽を持って礼をした。

 鈴々は気だるげに起き上がった。

 

「お前の分の杯は」

「持ってまいりました」

 

 王安は台に着くと杯に酒を注いだ。

 

「最近、酒の量が多いようですが、如何なされました」

「知ってることをわざわざ聞くななのだ」

 

 鈴々は杯ではなく小樽の方を取り上げると喉を鳴らして飲み干した。カッと腹の辺りが熱くなる。

 王安はクスクスと笑って、自分の酒を啜った。

 

「関羽将軍のことですか」

「もう何をしても無駄な気がするのだ」

 

 鈴々は口の周りを腕で拭うと、廊下に向かって「酒」と怒鳴った。

 すぐに別の従者が酒樽を持ってきた。

 

「義理とは言え、姉妹ですからな。どんなに好意を伝えようと、無駄になってしまうでしょう」

 

 鈴々は腕でやっと覆えるくらいの樽に並々と入っている酒の水面を見て、少し黙った。

 

「無駄とは、思わないけど」

「今ご自分で無駄な気がすると、申したではないですか」

「うるさいのだ」

 

 樽を傾けて一気に飲み込む。零れた酒が顎を伝って服に染みこんでいく。

 王安はもうすっかり白くなっている顎髭をさすった。

 

「身体の病よりも、気病みの方が厄介かもしれませんな」

 

 口から樽を離すと、世界がぐらぐらと揺れ始める。

 王安はまた少し酒を啜った。

 

「人と言うのは不思議なものでしてな、逃げられると追いたくなり、追いかけられると逃げたくなるのです」

 

 鈴々は酒樽から王安に目を移した。

 

「どういう事なのだ」

「張飛様が関羽将軍の気を留めさえすれば、後は追いつきそうで追いつけない距離を保てばいいのです」

 

 鈴々は少し考えたが、酒が入っているせいで頭が回らない。

 

「要するに、ですな。関羽将軍がはっとするようなことをして、気を留めさせるのです」

「そのはっとすることが思いつかないのだ」

 

 自分が愛紗にはっとするときはどんな時か。少しの仕草でも意外とドキッとしてしまうが。

 そう言えばこの前、気まぐれで料理でもしてみようかと思って指を少し切ってしまった時、愛紗が黙って指を口に含んでくれて大変だった。指よりも胸の内側が大変だった。

 自分もカッコいいところを見せれば振り向いてくれるのだろうか。

 

「張飛様はお世辞にも大人体型ではありません。ならば、可愛い装飾にて翻弄するのがよろしいでしょう」

 

 それを見透かしたように王安は言った。鈴々はムッとして酒を少し啜った。

 

「張飛様、悪いことではありませんぞ。傾向として関羽将軍は可愛いものを好むようなのです。だから呂布将軍などを可愛がるのでしょう」

「むむむ」

「むむむではありません。この老骨、犬馬の労を尽くして調べたのでございます」

 

 王安は棺桶に片足を突っ込んでいるような老人だが、間者顔負けの身軽さと情報収集力から、鈴々の従者の間では妖怪じじいと恐れられている。気まぐれに「今日の桃香お姉ちゃんの下着の色はどうなのだ?」と聞いたことがあるが「上が薄紅、下が白でございます」と即答してみせた。この時は流石の鈴々も驚愕した。

 

「けれど、今更鈴々に可愛い衣装なんて、似合わないのだ」

「その思い込みがいけません。良いですか、勇気をお出し下され」

 

 鈴々は戸惑ったが、今は寝てしまおうとぐいと樽を傾けた。

 

 

 次の日、鈴々は関興と張苞を連れて街を巡察した。兵たちは民とよくやっているようである。

 しかし鈴々は兵よりも、衣装屋を見るので忙しかった。

 

「張飛様、ここはすでに見回ったところです」

 

 関興が無表情に言う。愛紗の養子だけあって優秀な武官である。しかし何を考えているかよくわからないところがある。姿形は少し幼い頃の愛紗そっくりであるが、表情が乏しすぎる。

 

「なんか変だぜ、母上」

 

 張苞は欠伸をしながら自分の肩を揉みほぐしている。顔は美少年だが、ショートカットでボサボサと立たせた髪は不良としか思えない。張苞は昨日、仲間と酒を呑んで街道に寝転がっていたそうだ。この二人を見比べれば、鈴々と愛紗の教育の質の違いが大体わかる。

 

「メンドくせぇな。こんなん、わざわざあたしらがすることかね」

「張苞、口の聞き方に気をつけろ。張飛様の威厳に関わる」

「はいはい、わかったよ」

 

 普段なら無言で拳骨だが、今日の鈴々はそれどころではない。

 自分に合う衣装とはどのようなものなのか。可愛い系など、似合うものか。

 関興はじっと鈴々を見つめると、ポンと手を打った。

 

「張苞、お前、服が破れているぞ」

「あぁ? 何処だよ。これ、ついこないだ買ったばっかだぜ?」

「ここだ」

 

 関興はおもむろに近づくと、いきなり張苞の衣服を引きちぎった。

 張苞が叫び声をあげて、縮こまった。

 民たちの目が、張苞に向けられる。

 

「な、なにすんだよ! お前! ふざけんな!」

 

 張苞は顔を真赤にして叫ぶ。関興は相も変わらず無表情だ。

 

「ほら、やはり、破れていたようだ」

 

 張苞の「はぁ!?」という叫び声を差し置いて、関興はこんな騒ぎの中でも衣服屋を見ることに集中していた鈴々を呼び止めて、向きあって敬礼した。

 

「張飛様、張苞の服が破れていました。軍の一将がこのような有様では下の者たちの軍旗も乱れます」

 

 鈴々は張苞に目を向ける。胴から胸までがあらわになっていた。よく男に間違えられる張苞であるが、やはり娘である。膨らみ位は僅かなものだが、それを必死で腕で隠している。

 如何せん鈴々は巡察前から衣服のことしか頭になかったため、今初めて「こいつも来てたのか」とぼんやり思っただけだった。

 

「苞、お前はそんな格好で巡察に来てたのか。鈴々はお前を痴女に育てた覚えはないのだ」

「俺だって痴女に育てられた覚えはねぇ! こいつだ! 関興がいきなし服を破ったんだよ!」

 

 鈴々は関興を見た。

 関興は無表情で、ただ目をつぶった。

 

「興は、知りませぬ」

「てめぇこの野郎!」

「張飛様、調度良いことに目の前に衣服屋があります。新しいものを、選びましょう」

 

 鈴々は衣服屋と涙目で震えている張苞を交互に見た後、パァッと笑顔になった。

 

「そうなのだ。仕方のない苞の為に、服屋に入ってやるのだ」

 

 鈴々がすっ飛んで衣服屋に入ると、関興は自分の上着を脱いで張苞にかけ、手を引いた。

 張苞は「おぉ?」と少し声を出したが、大人しく衣服屋に連れられていった。

 

 

 鈴々は衣服屋に入って二分で複雑な気分に陥った。

 

「おい、関興。こんなん俺に似合わねぇよ」

 

 張苞は男物の衣類を好む傾向にあるのだが、女物でもよく似合う。背は比較的低いが、顔が中性的なのである。関興は背が高い方なので、何を来ても似合う。大人っぽい服でも十分だ。

 

「いつものぶかぶかなのがいい」

「あれはみっともない」

「それがいいんじゃねぇか」

 

 総じて言うと、贅沢な会話にしか聞こえない。いくら背が低いと言っても、張苞は鈴々よりもずっと高身長である。

 鈴々は服を重ねた自分を鏡に写してはため息をついて戻すという行動を繰り返していた。

 我ながら悲しくなってくる。

 

「張飛様、こちらなどどうでしょう」

 

 関興が服を差し出してきた。

 鈴々はそれを重ねて鏡を見てみた。似合っている、と言えばそうではあるが、少し可愛すぎる気もする。

 張苞がそれを見て腹を抱えて笑った。

 

「いいじゃん、似合ってるぜ。まるでぬいぐるみみてぇ」

 

 張苞はよく飛んだ。向かいのラーメン屋にノンストップで急行した。

 関興はけたたましい激突音が響く中、静かに頷いて言った。

 

「私は、それがいいと思います」

 

 鈴々は張苞を張り飛ばしたままの姿勢で、肩を上下させながら関興を見た。

 

「母上は、そういったものを好まれるでしょう」

 

 鈴々は顔を赤くして、関興を凝視した。

 関興は相変わらず無表情だが、少しだけ笑顔のようにも見える。

 鈴々は服を持ち直して、また鏡を見た。鈴々の後ろには、関興が写っている。

 関興は愛紗に似ている。今着ている官僚衣を愛紗の私服と取り替えれば、勘違いしてもおかしくはない。

 愛紗もこれだけ鋭ければ、と鈴々は誰ともなしに呟いた。

 

 

 巡察と鍛錬をしている兵の見回りを終えると、鈴々はすぐに帰宅した。関興と張苞も一緒である。

 王安は礼をして、三人を招き入れた。客がいるときは、客間を使う。と言っても、関興はよく泊まっていくので関興専用の部屋もある。屋敷が広いので、部屋は余りがあるのだ。

 

「あのラーメン屋は、意外と美味だったな」

「そうだな。また今度行こうぜ」

 

 張苞が「腹へった」と連呼するので仕方なく二人は付き合ったのだが、意外と穴場だったようだ。鈴々は服屋で例の服を買い、張苞の服は、破れたものと同じものを関興が購入していた。

 

「今日はまた、ダルい一日だったな」

 

 張苞が足を投げ出して座ると、関興が注意をしてそれを正させた。張苞は眉をしかめたが、大人しく従った。関興の言うことだけは聞くようである。

 自分と愛紗も、こんな時期があったことを何となく思い出す。

 

「張飛様は、流石ですね。馬に乗った兵を五人、手玉に取るとは」

 

 鍛錬の見回りで、鈴々も兵と打ち合ったのだが、正直よく覚えていない。やはり買わなければよかったという後悔と、恥ずかしながらも買ってよかったと思う気持ちが交互に押し寄せてそれどころではなかった。

 

「おいおい、お世辞なんて言わなくていいぜ。いつもより全然動きが悪かったじゃねぇか」

 

 適当な性格のくせに、見る所はしっかり見ている。

 

「張飛様、私たちに何か改善点があれば、ご教授ください」

「関興は一人に絞って集中し過ぎなのだ。後ろにも目があるようにして、集中しながらも全体の状況を把握することが大事なのだ。将は自分の武よりも、そういった把握力が重要なのだ」

「俺は?」

「お前は自分の武力を鼻にかけて突っ込みすぎるのだ。引くときは引く、攻めるときは攻める。戦は勝てばいいというわけではないのだ。戦略に沿って戦術を立て、そこで自分の力を示すのだ。どこでも暴れればいいわけではないのだ」

 

 張苞は椅子にもたれて「へぇ」と呟いた。

 

「ぼーっとしてると思ってたのに、しっかり見てたのかよ」

 

 鈴々に訓練の記憶はない。ただ、口から言葉が出ただけだ。無意識に覚えていたのだろうか。自分でも不思議に思う。

 

「英雄の子は英雄にはなれぬって言葉を聞いたことがあるぜ。何か、やになるよな」

「今の時代に英雄なんていらないのだ。ただ実直な軍人が必要で、乱世とは違うのだ」

「あたしらも乱世に生まれたかったなぁ」

「不謹慎なことを言うな。私たちは幸せものだぞ」

 

 関興が茶を啜りながらそう言うと、張苞は「あっ」と声をあげた。

 

「なぁ聞いてくれよ母上、あの通りで服破ったの、こいつなんだぜ。なぁ」

「さぁ、何のことだか、興にはわかりませぬな」

「とぼけんなよ。ちょっと優しくしてくれただけじゃ許してやんねぇからな」

 

 関興は張苞の手を取って、指で手のひらに何か文字を描いた。

 張苞は一度眉をひそめたが、もう一度書かれると何かに気がついた様子で、ボンッと顔を一気に赤く染めた。

 

「それで、あれは私が破ったのか、張苞?」

「え? あぁ、いや。やっぱり、最初から破れてたかも、な」

「そうだろう。このうっかりさんめ」

「はは、いや、うっかりうっかり。あはは」

 

 鈴々は動体視力というか、そういった感覚がとても鋭い。手のひらに書かれた『閨』という字に気がついて、鈴々も少し顔を赤くした。姿形は愛紗に似ている関興である。そういった話題は、少なからず鈴々を妙な気持ちにさせる。

 その日の夜、鈴々は王安と酒を飲み直した。張苞の部屋は鈴々の部屋の隣である。少し夜が更けた頃に戸が勢いよく開く音と、「やっぱ無理! 怖い! ごめん!」という張苞の大声と廊下を走り抜けていく物音がした。いつものことである。

 

「初心なところは、似るものですなぁ」

 

 王安のしみじみとした呟きに、鈴々はいつものように苦笑いするしかない。

 

「それで、どうですかな」

「何が、なのだ」

「衣服の件です。いやぁ、関興殿はそういったものにも才能を垣間見せますな」

「ど、どこから見ていたのだ」

 

 急に恥ずかしくなった鈴々は杯を置いて唸るように聞いた。

 王安は「ふふふ」と意味深に笑うと顎髭を撫でた。

 

「王安は、本当に妖怪じじいなのだ」

「この歳です。良いではないですか、妖怪でも。おう、忘れるところでした」

 

 王安は懐から小さな箱を取り出した。鈴々の親指程の大きさの、正方形の箱である。

 

「なんなのだ? それは」

「これは鹿角附子という薬です。まぁ、媚薬のようなものですな」

「そ、そんなものを出してどうするのだ」

「それは、張飛様のお心次第でございます」

 

 王安はくすくすと笑った。

 

「いつも、この老骨を重用していただいているお礼のようなものです。中には粒が五つ入っています。劇薬ですので、一度に二粒以上は使用しないでくだされ。下手をすると命に危険が及ぶかも知れませぬからな」

「そんなに危ないものは使えないのだ」

「大丈夫です。一粒なら適当でしょう。度を越せば、食物とて毒となります。何事も調度良い分量が必要なのです。ただ」

 

 ぐいと王安が顔を寄せてきた。

 

「よいですか、一度使ったら一晩は離してくれぬと思います。終わった後は、精魂尽き果てて一日は動けませぬ。それを覚悟でお使いくだされ」

「他に、注意するような点はないのか」

「見た目は硬い玉ですが、あっという間に水に溶けます。しかも、無味無臭です。毒見を生業とする者でないと、飲まされたことにも気がつかないでしょう」

「他人に飲ませたらどうなるのだ?」

「その時は、飲まされた者は各人の想い人の所に走るでしょう」

「じゃあ愛紗が別の人を好きで、鈴々を想っていなかった場合はどうするのだ」

「だから、今日購入されたあの服なのです。これで関羽将軍を一刻でも魅了しさえすれば、後は薬を飲ませて、既成事実を作るのです。義に厚い関羽将軍です。責任をとってくれるでしょう」

「何だか、人の弱みにつけ込むみたいで嫌なのだ」

「恋も戦ですぞ、張飛様。卑怯などと言っていれば、いずれ誰かに寝首をかかれます。調べによりますと、関羽将軍に好意を抱いている者は数え切れぬほどおります」

 

 そんなことは知っている。将軍格では一番人気だ。

 

「私はこれにて失礼いたします。老人には、夜更かしが堪えますからな」

 

 王安が部屋を出て行った後、鈴々は台の上に置かれている小さな箱を凝視した。蓋を開けると、黒い粒が確かに五つ入っている。

 鈴々は箱を閉めて、目を閉じた。

 恋も、戦。老人とは思えぬ格言である。いや、経験の豊富な老人だからこそ、なのか。

 

「鈴々だって、やるときはやるのだ」

 

 自分は張飛翼徳。戦となれば、負けるわけにはいかない。計略機略を、だれが卑怯と言うだろうか。かかった奴が悪いのである。

 鈴々は壁に掛けてある蛇矛を持って、外に出た。月の綺麗な晩である。明日か明後日は、満月だろう。

 月も満ちれば、欠けもする。今、自分の月は満ちている。

 鈴々は蛇矛を振るった。その切っ先で、月さえも貫いてしまえるような気がした。

 


 
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