No.153697

ナンバーズ No.09 -ノーヴェ- 「比類なき者」

ナンバーズ後発組で、更生組、後にナカジマ家の一員になるノーヴェのナンバーズ時代の話を書きました。
ノーヴェはお姉ちゃん子で、ウェンディと仲良しなのだと思っております。ウェンディを、馬鹿ウェンディなどと呼んでいますが、それでも仲良しなんですよ。

2010-06-27 14:50:24 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:984   閲覧ユーザー数:924

「お姉ちゃん!チンク姉!」

 研究所の広いフロア内に響き渡った、少年のようなあどけない声は、博士が創り出した人造生命体の9番目である、ノーヴェの声だった。

 ノーヴェは、担架に乗せられて運ばれていく、自分が最も親近感を抱いている姉、5番チンクのあまりに無残な姿を見て、衝動を抑える事が出来ないでいた。

「だ…、大丈夫だ…、ノーヴェ…、姉は少し損傷しただけだ。機能停止にはならないぞ。まして、わたし達が死んだりするものか…」

 ノーヴェが気遣う姉は、少年のような風貌をしたノーヴェよりも、かなり小柄で年の頃でいったら5,6歳は下のように見えたが、それでもノーヴェにとっては姉だったし、他の姉妹達にとっても姉だ。

「チンク姉!しっかりして!目を開けてよ!」

 ノーヴェが握るチンクの手のひらは小さく、そして力も弱ってきているようだった。ノーヴェがいくら叫んでもチンクは彼女の事を認識できないようだった。

「ノーヴェ!離れていなさい!チンクは大きな損傷によって、生体機能が破壊されて、機能不全に陥っているわ。すぐにも生体ポッドで治療しないと、完全に機能停止してしまう!」

 ノーヴェに向かってそのように言い放ったのは、担架をトーレと共に運んでいるウーノだった。

 姉妹達でも最も早く誕生した彼女の事は、敬い、言う事には絶対服従しなければならなかったはずだが、この時のノーヴェにはそうした感情は無かった。

 博士が生み出した人造生命体でも、最も感情的で、むしろ人間に近い存在である彼女は、ウーノに向かって言い放った。

「うるせえ!チンク姉!チンク姉!」

「止めなさい!」

 ウーノに向かって面と向かって歯向かうノーヴェの姿に、周りで見ている彼女の姉妹達は唖然としてしまった。ウーノが再度彼女を制止しようとしても言う事を効かない。

「や、やめなよ、ノーヴェ。このままじゃあ、本当にチンク姉は死んじゃう」

 そう言って、ノーヴェの肩に手を乗せて来たのは、風貌も彼女に似ており、誕生時期もほぼ近いウェンディだった。

「何だよ、文句あるってのか!」

 ノーヴェはそのように言い、今度は怒りの矛先を彼女へと向けてくる。

「も、文句は無いよ!で、でも!」

 ウェンディが、ノーヴェの向けてくる怒りにどうしたらよいのか困っている隙に、チンクの体は、そのまま連れていかれてしまった。

 

 

 

 宴は予想以上に成功していた。博士は幾重にも予防線を張り、不測の事態にも備えていたが、宴は結果的に成功に終わっていた。

 今回の宴も、全て博士の崇高な頭脳と、彼が生み出した姉妹達の連携があってこそ、初めて実現する事ができるものであった。宴が成功した事による成果は非常に大きい。これによって博士は人造生命体を量産し、世の中に浸透させるという崇高な夢に、大きく一歩近づいた事になる。

 宴は、巨大な歯車の内の重要な位置を占めていたが、まだ計画の全貌では無い。全ての大いなる計画はやっと始動したばかりなのだ。

 しかしながら、その計画の上での犠牲も確かに存在する。現在12人稼働している人造生命体の姉妹達の1人である、5番チンクが敵の抵抗によって戦闘不能、更には機能停止状態に陥っていた。

 彼女ら人造生命体は、その骨格が基礎フレームなどによって補強され、更には肉体機能も増強されているのだが、大きなダメージを受ければ、確かにそれは大きな損害になる。今回の場合、チンクが受けた負傷は大きなものだった。

 何しろ一部骨格が剥き出しになっているほどのダメージで、彼女自身も生体ポッドに入り、長期の治療を受けなくてはならなくなってしまった。チンクや戦力を欠いた姉妹達にとっての損害は大きい。

 チンクの体が入った生体ポッドを見て、ノーヴェは自分の拳に入る力の衝動を抑える事が出来なかった。

 何でもいいから、この拳でぶん殴ってやりたい。自分が、最も大切にしていた姉をこんな目に合わせた奴。そして、自分自身がチンクを助けてやる事ができなかったという不甲斐無さ。何でもいいからぶん殴ってやりたい。

 ノーヴェは、自分の体内を流れている、アドレナリンが多すぎるのではないかと、他の姉妹達に言われた事があるほど、血気盛んで、怒りっぽかった。更に前の健康診断で測定した時の血圧も高く、人間だったら病気になっているほどのものであった。

 更にノーヴェは子供のように、感情のコントロールがうまくいかず、苛立ち、怒りを隠す事ができない。何かとトラブルを起こす事も多かった。

 だが、そんなノーヴェを上手く扱っていたのがチンクだった。彼女は少年のような風貌をしているノーヴェよりも明らかに歳が下のように見えたが、それは人間の感覚だけの話であり、実際はチンクの方が長い間、外に出て活動をしている。

 ノーヴェにとって、チンクは姉妹達の中でも最大の理解者であり、そして尊敬の対象でもあった。その姉に、ここまでした奴を、ノーヴェは許す事が出来なかった。

 高まっている感情と、先ほどから震えているほどの体の振動を感じる。

「あの、ノーヴェ」

 そう背後から言って来たウェンディに対して、ノーヴェは思わず拳を繰り出してしまいそうだった。実際ノーヴェは裏拳で拳を繰り出しており、それのウェンディの顔面の寸前の所で止めていた。

 ウェンディは思わず悲鳴を上げ、びっくりしたようだった。

 だがノーヴェはそんなウェンディを睨みつけ、ドスをきかせた声で一言言い放った。

「あたしの後ろにいきなり立ってんじゃねえよ。何の用だ?」

 ノーヴェは高まっている興奮を抑えないままにウェンディに向かってそう言い放っていた。

「あ、あの。チンク姉をこんな目に遭わせた奴が分かったんだけど…」

 そう言いながら、ウェンディは、ノーヴェに電子パットを差し出してきた。その電子パットに表示されているのは、ある人物の調書だった。

 管理局のロゴマークが入っている。管理局は博士にとっての敵だ。長年、博士は指名手配犯として管理局に追われている。チンクをここまで痛めつけたのは、その管理局の捜査官の一人だった。

 だが、その調書の顔写真に映っているのは、どうみてもあどけなさの残った姿をした少年のような風貌の女だった。

「こいつ、ガキじゃねえか!こんな奴にチンク姉はやられたってのか!」

 ノーヴェは思わずウェンディに向かってそう言い放った。

「そ、そんな事あたしに言われたって!」

 ウェンディはノーヴェの逆鱗に困りかけてそう言っていた。

「クッソ。しかも、こいつ入局して一年程度の新人のガキじゃねえか。あたしが出ていけば、あたしが始末できたってのによ!」

 と言い放ちながら、ノーヴェは電子パットを床に叩きつけた。あまりの力で電子パットが叩きつけられた為に、一部が割れてしまうほどだった。

「で、でも、博士が言うには、このガキは凄く重要な存在らしいんだ。ずっとマークして来たんだけれども、こいつも、あたしたちと同じ」

 ウェンディは半分割れている電子パットを拾い上げ、それを再びノーヴェへと見せた。

 画面をスクロールさせ、次のページへと移して行くと、そこにはノーヴェの気を引くような情報が載せられていた。

 ノーヴェはしばらくそこに書かれている情報に見入っていた。

「こいつも、なのか?管理局にも、あたしらと同じ奴がいたってのか?」

 ノーヴェは電子パットの画面から顔を上げてそう言った。

「博士も、大分前からマークしていたけれどもね。そいつとチンク姉がばったりと出会っちまったってわけ」

「クッソ。余計に許せねえ!」

 そう言うなり、今度はノーヴェは壁に向かって電子パットを投げつけ、それを完全に割ってしまった。

「ああ、ウー姉に怒られる!」

 と、ウェンディは言って来たが、もはやノーヴェには聞こえていなかった。

「クッソ。許せねえ。次にそのガキに遭ったら、殺してやるぜ!チンク姉の仇討ちだ!容赦しねえからな!」

「そ、その事で、話があるんだけれども」

 ウェンディは相変わらず怒り狂っているノーヴェに向かってそのように言うのだった。

「ああん?今度は何だってんだよ!」

 と言うノーヴェに、また壊されやしないかとひやひやしながら、ウェンディはもう一枚の電子パットを差し出した。

 電子パットに乗っていた情報をダウンロードしたノーヴェとウェンディは、チンクの仇である人物の情報をいつでも読みとれるようになっていた。

 何度見てもただの子供にしか見えないが、それは外見だけの話で、戦闘能力はかなり高いらしい。そのレベルはノーヴェに匹敵するほど。という事は人間離れした戦闘能力を持っている事は確かだ。

 だから管理局の前線にいるのだろう。博士にとっては邪魔になる存在だ。特にこれから行う計画にも、この捜査官は乗りだしてくるだろう。

 ならば対策を立てなければならない。それが博士の下した決断だった。博士のこれからの計画において、この捜査官は大きな障害になる。チンクは姉妹達の中でもトップクラスの戦闘能力を持つが、そんな彼女が大きな負傷を負ったのだ。

 その人物を倒す事ができるだけの能力を、姉妹達は手に入れなければならない。その事に対して、ノーヴェは誰よりも意欲的であり、同時に野心さえ燃やしていた。彼女の野心は見て取れるほどのものであり、何かと言えば、何も無い空に向かって拳を突き出し、戦闘の構えをして見せていた。

 それはシャドーボクシングのように見える。格闘戦を得意とするノーヴェが戦うのであれば、拳と拳で殴り合うのが最も彼女らしい。

 今日もノーヴェは、誰もいない所で見えない相手に向かって戦闘態勢を見せ、拳を繰り出していた。

「怒りが籠っているなノーヴェ。しかし、怒りだけで、例の奴を倒せるか?」

 いつの間にか背後に立っていた、ノーヴェにとってはずっと上の姉であるトーレが、彼女に背後から言った。

 ノーヴェは繰り出していた拳を止め、背後を振り向くなり言った。

「トーレ姉」

 ノーヴェは突然背後に立たれても、驚くような素振りを見せない。ただ彼女はすでに汗を流しており、さっきからずっと見えない敵に拳を繰り出していた事を伺わせる。

「お前が、怒りを感じているのは、チンクのせいか?そうなのだろう?だが、我々は博士に仕える忠実な兵士だ。チンクのような負傷を負う事もあるだろう。これから行われる計画によっては、姉妹達の間に更に犠牲も出るだろう。そんな事に対していちいち怒りをぶつけているつもりなのか?」

 トーレの言葉は冷たく響いた。一言一言が、ノーヴェの心へと突き刺さった。幾ら博士の手によって造られた人造生命体であっても、心はある。だからこそ、ノーヴェは激昂してトーレに食ってかかった。

「うるせえ!チンク姉をあんな目に合わせた奴を、あたしは許せねえんだよ!文句があるのか?トーレ姉だってぶん殴ってやりたいぜ!」

 ノーヴェの言葉は本気だった。彼女は頭よりも先に体が動くタイプだ。

 しかしノーヴェの繰り出した拳は、トーレによって受け止められた。そして彼女は力の入ったその拳を動かせなくなってしまう。

「く、くっそ」

 ノーヴェはそう言ったが、筋量も身の丈も全てがトーレの方が上だ。彼女に拳を掴まれてしまっては動けなくなってしまう。

「その怒りを、力に変えられるか?」

 トーレはノーヴェの目をその冷たい瞳で見ながら言ってくる。

「ああん?何だってんだよ!」

 拳を掴まれたままのノーヴェはそう言うしか無かった。

「お前の唯一の取り柄は、その怒りだ。アドレナリンが他の姉妹達よりも多いのか?高血圧なせいなのか?私には理解できないほどの感情をお前は持っている。その力をプラスの方に変える事はできるのか?」

 トーレはそう静かに言って来た。彼女はただ拳を掴んでいるだけで、ノーヴェに対して叱咤もしなかったが、ただそう言うだけだった。

「知るかよ!そんな事!」

 と、ノーヴェは言い放った。するとトーレは、

「ついてこい。お前のためというわけではないがな、とっておきのものを用意しておいた」

 彼女は背後を振り向くなり、どこかへ歩いていこうとする。それは訓練施設のある方向だった。

 

 

 

「トーレ姉が、直々にあたしに稽古つけてくれるってのか」

 だだっ広い訓練施設に入るなり、ノーヴェは攻撃的な口調でそのように言い放った。

「それも良いが、それではいつもと変わらん。今日はお前のための訓練だ。ノーヴェ。お前は、例のこいつに対して怒りをぶつけたいのだろう?」

 トーレは背後を向いたままノーヴェにそのように言って来た。彼女はノーヴェよりも頭一つ分背が高く、しかも体格もたくましい姿をしている。普段ならばこの姉にはノーヴェでさえ気押しされてしまう。

 だが今のノーヴェは違う。アドレナリンが全身の筋肉をハンマーのように刺激をし、トーレだろうと誰であろうと、食ってかかりやりたい気持だった。

「ああ、ぶっ殺してやりてえよ!チンク姉と同じ、いや、何倍もの思いをさせてからな!」

 拳を握りしめながらノーヴェはそのように言った。

「ならば、お前の相手は、こいつがふさわしいだろう」

 そう言うなり、トーレは訓練施設の奥にいる、ある一人の人物を指差した。

 その人物が、人間で無い事はノーヴェにも分かっている。そこにいるのは、ただの像でしかない。光が創り出しているだけの、蜃気楼の幻でしか無い存在だ。だがそれは確かにノーヴェもよく知る人物だった。

 これは、チンク姉をあんな目に合わせた奴だ。あの若い捜査官。どう見ても子供にしか見えないようなガキだ。

 ノーヴェはトーレが出現させたその像に向かって、思わず身構えてしまった。相手の方も、ノーヴェと同じように構えの姿勢を取る。

「こいつの戦闘スタイル。潜在能力、チンクを倒した時の爆発的な力などは、全てチンクが得た情報から分析されたものだ。よって、お前はチンクを倒したこいつと戦う事ができる。だが気をつけろ。幾ら光が創り出している幻でしかなくても、博士の造り出した訓練システムはよりリアリティがある。こいつに殴られればお前は吹き飛ぶし、ダメージも肉体への損傷も…」

 トーレは長々と説明してきた。その間も、ノーヴェはじっと構えの姿勢を取ったまま、目の前の仇敵の像と対峙をする。

 相手はただの像、幻でしかないのに、この存在に対してもノーヴェは怒りを剥き出しにした。

「トーレ姉!余計な説明はいいんだよ!あたしはこいつをぶちのめして、ぶっ殺せるようになればいいんだろ?余計な説明はいらないぜ!」

 ノーヴェはそう言い放ち、いきなり目の前の像に向かって殴りかかり始めた。

 だがその像は素早く避ける。ノーヴェの攻撃にしっかりと反応し、対処する事ができるプログラムになっている。

「やれやれ。人の説明は最後まで聞けというのが分からないのか。まあいい。戦闘環境は、廃墟都市と設定しておくからな。気が済むまで戦っていろ」

 ノーヴェの事は好きなだけ怒りを爆発させていれば良いと、トーレは判断したのか、光が創り出す幻から距離を置くと、そのまま訓練施設を後にした。

 ノーヴェと幻が戦う中、だだっ広い訓練施設はその姿を変貌させ、実体のあるバーチャルリアリズム、廃墟と化した都市の姿に変貌したが、ノーヴェはそんな事を気にもしなかった。

 今は、この幻があいつなんだ。チンク姉をあそこまで痛めつけた、にっくき仇敵なのだ。

 ノーヴェは拳にはめたナックルを手に、とにかく光が創り出す幻に食ってかかった。

 2時間というもの、ノーヴェは唸り声を上げ、時に相手を威嚇するかのような声を上げ、光が創り出している幻と戦っていた。

 幻とはいえ、実体がある。ノーヴェの拳が相手に命中すれば、確かに人を殴っただけの感触が彼女の拳に伝わってきた。ノーヴェが求めていたのはその感触だ。自分の怒りも、全ての感情も、拳を使って相手に叩きこむ。その感触が彼女にとっては快感な事この上ない。

 だが、彼女は怒りや感情が先行した行動となってしまうため、攻撃や一つ一つの行動に隙が生じやすい。幻の像は、そんなノーヴェの隙を的確に突き、相手も同型の武器で反撃してきた。

 同型の武器。拳にはめたナックルと言う同じ武器の使い手と言う点が、ノーヴェには気に食わない。あの拳でチンク姉にあそこまでダメージを与えたのか。そう思いつつ、ノーヴェは建物の陰に隠れていた。

 2時間も戦っていれば、いい加減正面から戦っても、らちが明かない事が分かって来ていた。今は、怒りを抑えなければ。

 あいつはガキに見えるが、戦闘能力の高いスペシャリストだ。ノーヴェは自分自身もそのように思っていた。

 冷静に考える。どうすればあのガキを始末する事ができるのか。自分が今戦っているあのガキは、ただのバーチャルリアリズムでしか無く、本物ではない。だが、本物の戦闘データを解析されて作られたもので、本物と変わらない性能を持っている。

 ただのデータの集合体として舐めてかかればやられる。あれを、本物だと思って戦わなければ。

 あいつがビルの陰に隠れている自分に向かって一気に接近してくるのを感じた。ビルの陰の出会い頭にナックルを叩き込んでやる。そう思ってノーヴェは自分の拳に力を篭めた。こいつであいつに殴りかかってやろう。

 ノーヴェの腕にとりつけられたナックルが回転し、そのパワーを高めていく。直接的な肉弾戦を得意としている彼女は、直接拳のナックルで殴りかかる事により、鉄板をも打ち砕き、人間の体であろうと粉砕する事ができる。

 身構えていたノーヴェだったが、突然、構えていた方の反対側のビルの壁面が付き破られ、あいつは、ビルの壁を突き破ってこちら側へと突進してきた。

 まさかと不意をつかれたノーヴェはあまりにも無防備だった。

 あいつも、自分と同型のナックルを武器として持っている。あいつの持つナックルの破壊力は、チンクの体をも再起不能にするほどの力を持っている。

 体制を崩されたノーヴェだったが、すかさず、目の前のあいつに向かって拳を繰り出した。ナックルが火花を散らしながら回転し、両者の拳同士が激突した。

 激しい衝撃をノーヴェは受けた。体が振動し、その衝撃が体全身に一気に広がって行く。拳同士が激突して、ナックルにヒビが入るのを感じる。目の前にいる奴はただのバーチャルでしかない。だが、そのバーチャルは確かにノーヴェに向かって、激しい衝撃を与えて、彼女の体さえも粉砕しようとしていた。

 相手の力の方が上だ。ノーヴェはその体を吹き飛ばされ、何メートルも背後へと吹き飛ぶと、ビルの窓ガラスを突き破って、中へと入り込んでしまうのだった。

「クッソ。あの野郎」

 そう言いながらノーヴェは身を起こした。体中がビリビリと言っているが構わない。彼女は身を起こすなり、迫ってくる幻影に向かっていった。

 次こそは正面から激突すればこちらが相手を吹き飛ばせるはず。そう思って、彼女は再びナックルの拳を握る力を強めた。

 その時、背後からノーヴェの背中を叩いてくる誰かがいた。すかさずノーヴェは反応し、その方向へと拳を繰り出そうとする。

「ああ!違う。違うっスよ、ノーヴェ。あたしあたし」

 という声が聞こえたかと思ったが、ノーヴェは背後にいたウェンディの顔を思い切り裏拳で殴ってしまっていた。

 ウェンディはノーヴェに殴られたままに吹き飛び、そのままビルの内部の壁に激突していた。

「痛ったいス。ノーヴェの裏拳を、まさかまともに食らうとは」

 殴られた頬をさすりながら、ウェンディは身を起こす。

「何やってんだてめえ。今はあたしとあいつの一騎打ちなんだ。入ってくれば火傷するぜ!」

 ノーヴェは謝りもせずにウェンディにそう言い放ち、すでにビルの中に入って来ようとする敵に向かって身構えてくる。

「い、いや。違うんスよ、ノーヴェ。あたしも少しは手伝えないかなとか、そう思っただけッス。相手はチンク姉を倒したような相手ッスから。ほら、力を合わせれば勝てるかもとそう思っただけッス」

 そう言いながら、ウェンディは自分が持ってきたライディングボードをノーヴェに見えた。空中浮遊するスケートボードのような姿をしたそれは、ウェンディの立派な武器だった。それを持ち込んできたという事は、彼女もこの訓練に参加したいという事らしい。

「手出しは無用だぜ、ウェンディ。こいつは、あたしが倒すんだ!」

 そう言い放ったノーヴェは、再び、迫りくる敵に向かって拳を繰り出した。今度は拳同士が接触する事は無く、ノーヴェの放った拳は相手の顔に、相手が放ってきた拳もノーヴェの顔に直撃し、お互い大きく吹き飛ばされる形になった。

 ノーヴェの体は建物のフロアを吹き飛んでいき、壁に激突するとそこにめり込んでしまうほどだった。

「うええ、くそっ。こんなものじゃあ、ねえのによ!」

 すぐに体勢を立て直すノーヴェ。今の一撃で顔に損傷があり、大きく頬を腫らしてしまっている。だが、彼女自身にも確かに拳に手ごたえがあった。

 ノーヴェは自分の拳に更に力が入るのを感じた。ダメージによって怒りが増し、更に大きな力を発揮しようと体が欲求を訴えて来ている。

 これで更にもう一撃食らわしてやる事ができれば。

 そう思いながら、ノーヴェは拳のナックルの出力をさらに上げる。

「ノーヴェ!大丈夫っスか?」

 ウェンディがライディングボードで滑空しながら、ノーヴェの方へと近づいてくる。今さら何だ。自分に加勢でもするつもりなのかと、ノーヴェはじろりとウェンディの顔を睨んだ。

「あ、いやあ、その。あいつは強敵ッス。だから、あたしも一緒に加勢して戦った方がきっと良いッスよ。これは力を合わせて戦わなきゃならない。そういう訓練なんスよ」

「知るか。あいつはチンク姉ちゃんを重傷にしたんだ。あたしが、この手で倒せるくらい強くならなきゃあいけないんだ」

 ノーヴェはそう言いながら身を起こし、迫ってくる敵の映像に対して身構えていた。

「あいつは、所詮、バーチャルリアリズムッスよ。あんな奴、相手にムキになったって、仕方がない」

「うるせえな!」

 そう言い放つと、ノーヴェは再び駆けだし、目の前の敵に向かって拳を繰り出していった。しかしながらノーヴェと敵はやはり激しく激突するだけで、お互い決め手となるダメージにはならない。

「ああ、ああ。真正面から殴りかかるだけじゃあ、どんな敵も倒せないッスよ」

 ウェンディは、半ば呆れているかのように頭を掻きながらノーヴェに向かってそう言っていた。

 再びノーヴェの体が吹き飛ばされてきて、彼女の体は地面を転がった。ノーヴェの体は既に所々が損傷しており、一部、骨格となっている基礎フレームが剥き出しにさえなっている。火花が飛んでいて、回路が一部ショートしているようだった。

 それはノーヴェの右腕、ナックルが装着されている部分だった。あまりに強烈な攻撃を繰り返し繰り出しているせいで、ノーヴェの腕は損傷し始めている。

「まだだ。まだだ!」

 ノーヴェはそのように言い放ち、再び身を起して立ち向かおうとする。そんな彼女を、ウェンディは必死に受け止めた。

「駄目ッスよ、それ以上戦っちゃあ!もう、ノーヴェは体もボロボロじゃあないッスか!」

 ノーヴェの体を抑え込むウェンディ。彼女は本気でノーヴェの事を心配しているようだったが、ノーヴェは構わなかった。ウェンディの体を無理矢理引き離そうとする。

「うるせえんだよ。いい加減にあたしから離れろ!あたしの好きにさせろ!あいつは、チンク姉ちゃんを殺そうとしたんだ!あたしだって、命を賭けてあいつを倒さなきゃあならないんだ!」

 ノーヴェはウェンディに向かって言い放つ。損傷を激しくしている腕に付けたナックルの出力をさらに上げた。だがかなりの負担が腕にかかり、彼女は思わずうめき、腕を抑えた。想像以上に体への負担が大きくなってきている。次にこの出力で拳を繰り出したならば、博士に腕を交換して貰わなければならなくなるかもしれない。

「同じッスね」

 ノーヴェが腕の負担に顔をしかめていると、ウェンディはそう言って来た。

「は?何が?」

 変わらぬ攻撃的な口調でノーヴェは言い放つ。この緊張感のない子供みたいな自分の妹と一体何が似ていると言うのだろう。

「チンク姉を思う気持ちは、あたしも同じッス。だから、チンク姉をあんな目に遭わせた奴は許せないっていう気持ちも、ノーヴェと同じッスよ。だから、あたしもノーヴェと一緒に戦いたい。そう思っているだけッス。

 ノーヴェは、忘れているんじゃあないッスか?あたし達姉妹は一人じゃあないんスよ。だから、一人で勝てない敵は皆で戦えばいい。だから博士が沢山、姉妹を作ってくれているんじゃあないッスかね?あたしはそう思っているッス」

 とウェンディが言ってくると、ノーヴェは鼻で笑った。そしてゆっくりと構えを取った。

「へっ。何言っていやがるウェンディ。博士の目的はそんなんじゃあねえよ。てめえも分かっているだろ?あたし達はただの駒でしかない。トーレ姉も言っていたぜ」

 ノーヴェがそう言う中、ゆっくりと、目の前にバーチャル映像で出来た敵が近づいてくる。

 ウェンディがノーヴェの乱暴な口調に、残念そうな顔をしている。この平和ボケした妹は、博士が全てを姉妹達のために作っているものだと思い込んでいる。それが間違いだという事を知っているのに、ウェンディは平和ボケした考え方でそれをごまかしている。

 その態度が異様に腹立たしく思ったノーヴェだったが、今まで怒りに燃えていた顔を緩め、ウェンディの方を向いた。

「だけれどもよ。一緒に、チンク姉をあんな目に遭わせた奴を、倒すっていう考え方は賛成だ。どうやらあたしだけじゃあ、効率が悪いみたいなんでな」

 そう言いながら、ノーヴェは拳を標的の方へと向けた。

「ノーヴェ。それは有りがたい言葉ッス」

 ウェンディは微笑んでそのように言ってくるが、

「勘違いすんなよ馬鹿ウェンディ。あたしはお前を利用してやろうってんだ。そのライディングボードに乗せろよ。あいつに思い切り強烈な一発をぶち込んでやらないと気が済まねえ!」

 

 

 

 意気込んでノーヴェはウェンディのライディングボードに乗る事になったが、思っていたよりもその空中を滑空できるボードを乗りこなすのは難しく、ほとんどウェンディに操作は頼る事になってしまった。

「クッソ、ちゃんと操縦しろよ!」

 ウェンディに向かってそのように言い放ったノーヴェは、今にもライディングボードから振り落とされそうで、ウェンディの胴にしがみついている事しかできない。

「これでもいつも通りやっているッス。2人も乗るのは初めてでバランスが崩れやすいからしっかりとしがみついて!」

 そのように叫びながら、二人は、バーチャルリアリズムで出来た都市の中を、一気に突き進んでいった。

 標的は前方50メートルほど先にいる。ノーヴェは、ウェンディのライディングボードに乗って、その標的に突っ込めば、ナックルで繰り出す拳の何倍もの威力が出せると考えていた。

 乱暴な手だったが、シンプルで良い。細かい事をいちいち考えるのが苦手なノーヴェにとっては性に合う。捨て身の攻撃かもしれないが、ウェンディに協力してもらえばできる。

「時速120km/hッスよ、ノーヴェ。この速度でぶつかったら、ノーヴェはきっと拳を壊してしまうッス!」

 ウェンディがそのように叫んだ。

「そんな事、百も承知なんだよ。ほら、突っ込むぞ」

「ああ、ノーヴェ、いきなり動かないで!バランスが!」

 二人を乗せたライディングボードは二人の絶叫と共にバランスを崩し、そのまま敵に向かって突っ込んで行ってしまった。二人の体はライディングボードから投げ出され、そのまま地面を転がる、

 標的の体をついでになぎ倒し、二人とも、何メートルも先まで地面を転がる事となってしまった。

「やっぱり無理ッスよ。二人でボードに乗るってのは!」

「そうかよ。じゃあ、あたしだけでやってやる!言っておくけどな、お前のデータは、あたしの中に既にアップロード済みなんでな!」

 そう言うなり、ノーヴェは転がっていたライディングボードを自分で持ってきていた。正面衝突をしたと言うのに、ボードにはほぼ損傷が無い。

 ノーヴェはそのボードを宙に浮かべると、自分が飛び乗るのだった。だがライディングボードの上に乗ってみても、ノーヴェはバランスを崩してふらついてしまう。

「ノーヴェがそれに乗るんスか?無理ッスよ。幾らあたしのデータがあっても、ノーヴェとあたしは身体の構造から違うんスから。乗りこなす事は出来ないッス。この前も、セインが遊びで乗って酷い目に…」

「うるせえな、黙っていろ。ウェンディ。二人で乗って駄目だったら、一人で乗るしかないだろうが?お前は黙ってそこで見ていろ!」

 するとノーヴェはライディングボードを前方に向かって加速させ、敵に向かって飛び込んでいこうとした。

 時折、バランスを崩しそうになりながら。彼女はライディングボードに乗りながら、自分のナックルの出力を最大まで上げる。ナックルからは火花が飛び散り、すでに損傷している腕にも大きな負担がかかるのを感じる。

 もしこのまま拳を繰り出せば、自分は再起不能になってしまうかもしれない。ちょうどあのチンク姉のように。そう思ったが、ノーヴェはその事についてはそれ以上考えないようにした。

 今は目の前の敵を倒すだけ。それ以外は考えない。急速に標的が接近してくる。ウェンディの持つライディングボードの速度が120km/hまで加速し、ノーヴェは一気に突っ込んでいった。

 チンク姉を再起不能にまで追いやった、あの憎き敵と同じ姿をした存在は、まるで驚いているかのように目を見開いていた。まさか、自分がこのように捨て身の攻撃を仕掛けてくるなど、想像もしていなかったのだろう。

 ノーヴェは一気に突っ込んで行った。右腕に装着したナックルの出力も警戒域に達していたが、ノーヴェはそれでも構わない。

 そして激しい音と衝撃を放ちながら、ノーヴェは拳を標的に繰り出していた。相手もとっさに同じように拳を繰り出してきていたけれども、ノーヴェはその拳に向かって自分のナックルを叩き込み、それが強烈な衝撃波を放つほどだった。

 時速120km/hで衝突した衝撃で、ノーヴェはバランスも大きく崩していたけれども、標的に向かって思い切り強烈な攻撃が加えられていた。相手がどうなったかもわからぬまま、ノーヴェは衝撃に煽られるまま空中に投げだされ、そのまま地面を滑るように転がっていった。

 

 

 

 ノーヴェは気を失っていたが、すぐにやって来たウェンディによって叩き起こされ、すぐに身体の方の機能も再起動した。

「ノーヴェ。大丈夫ッスか?物凄い無茶をしたッスね。トーレ姉とかだったら、今の攻撃は絶対、有効打として認めないッス」

 ウェンディの心配した顔がノーヴェの視界に入って来て彼女はすぐに身を起こした。そしてすぐさま言い放つ。

「うるせえな。あいつを破壊できたからいいだろうがよ。あいつは?標的は撃墜できたんだろう?」

 ノーヴェは周囲を見回す。あの憎き存在と同じ姿をした敵はどこにも見当たらない。ノーヴェの視界の中にある画面がうまく作動しない。どうやら今の衝撃で、そのシステムが故障してしまったようだ。

「あいつは撃墜できたッス。さすがに最後の攻撃は凄まじかったッスからね。ノーヴェらしい、力でごり押しした感じで相手を破壊できたようッス。ただ、ノーヴェの方のダメージも大きいみたいで、ナックルもぶっ壊れたみたいで…」

 ウェンディにそう言われ、ノーヴェは自分の腕に装着していたナックルを持ち上げようとした。それは持ち上げる前に砕けて、地面に残骸が転がってしまった。ノーヴェの腕自体もかなりのダメージがある。彼女はすでに筋肉や骨格にも大きなダメージがあるのに気づいていた。

 だがいつもながらの勝気で攻撃的な姿を見せて、ウェンディに言った。

「いいだろ。どうせあいつは始末できたんだ。これで、本番であいつが出てきても問題ない。あたしが始末してやるよ」

 ノーヴェは立ち上がるなりそう言った。足元がふらついて、体にも大きな疲労とダメージがある事が分かる。

「それは頼もしいッスね。でも、次はもっとあたしの事も頼りにして欲しいッス。ライディングボードだけじゃなくて」

 ウェンディは照れ隠しのような笑いを見せつつノーヴェにそう言った。

 ノーヴェは何も答えなかったが、この訓練ではウェンディがやって来なければ、彼女のライディングボードを使い、標的を打ち倒す事は出来なかった。

 それを考えると、次は共に戦っても良いかもしれない。ノーヴェはそう思うのだった。

 


 
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