No.144214

しきおりおり その2

ゆっきーさん

<しきおりおり 作品あらすじ>
ある日、青葉大樹は夢を見る。
彼は夢の中で女性の声を聞いた。
どこかで聞いたことのある声、だけど大樹は思い出せない。
その声は言った

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2010-05-20 00:17:25 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:491   閲覧ユーザー数:474

 俺は淹れ立てのお茶の入った湯のみを二つお盆へと載せる。

結局お湯を沸かす時間の間に考え付いたのは「幽霊説」だけだった。人によって見えたり見えなかったりする存在といったら、俺は幽霊しか思いつかない。

 俺は湯のみを載せたお盆を持って居間へと向かった。

うちの居間は畳敷きの7畳間。部屋の中心にある長方形のテーブルと、部屋の角に据え付けられているテレビがある他は、これといって家具はない。

居間では先ほど出会った少女が、ちょこんと正座をしてテーブルの一点を見つめていた。

黒髪の長髪を畳に垂れ、部屋の風情と調和するような大人しめの色調の着物を着ている。

紺色を基調として、紫陽花の花が所々に散りばめられているその着物は黒髪によく映える。

俺の姿に気づくと、彼女は無邪気に微笑んだ。

「わたし、誰かにお茶を淹れてもらうなんて初めてっ」

 そうか、とだけ答えて、俺は湯のみをテーブルの上に並べる。少女の座っている側とは反対側へ腰を下ろし、軽くお茶をすする。うん、今日もおいしいお茶だ。

少々間をおいて、俺は単刀直入に聞いた。

「お前は幽霊なのか?」

 まったく予想していなかった質問だったのか、最初こそ少女はその大きな目を瞬かせていたが、落ち着きを取り戻すと首を左右に振った。

「ううん。わたしは精霊だよっ」

 こちらとしても予想外の答えだった。とはいえ混乱するほどでもない。幽霊も精霊も、俺からすれば似たようなもんだ。

「なるほどな。だけど精霊なんていうのは目に見えるものなのか?」

「それはわたしも思ってたことなの。わたしの姿に気づいたのはあなたが初めてなんだよ。最初そのせいで話しかけられていることに気づかなかったもん」

 あれはそういうことだったんだな。

なんで俺には精霊とやらが見えるという件については、俺にも少女にも分からんようだから保留にしておこう。

「君が精霊っていうやつだってのは分かった。でも精霊と言われてもピンとこないから、もうちょっと君について教えてくれないか?」

 首肯して説明をしようとした少女だが、ふと何かに気づいたようで首を傾げながら言った。

「人間って、幽霊とか精霊っていう存在を怖がったりしないの? 怖がらないとしてもすぐ信じ込んだりするなんてこと、ないと思っていたんだけどなぁ」

 言われて見れば、精霊を目の前にしてるのにそれほど慌ててないな。普通の女の子と話している感覚だ。確かに他の人間じゃこうはいかないかもしれない。

「うーん。ゲームとかマンガでこういう話は結構多いからな。あながち未知の出来事、ではないのかもしれないな」

 ふーん、といまいち納得がいっていないようだったが、先ほどされた質問を思い出したようだ。居直って話を続ける。

「わたしは精霊だけど、その中でも『四季精霊』っていう精霊なんだっ。わたしは『雨』の精霊で、梅雨のこの時期にだけ顕現できるのっ」

 なるほど。精霊といっても種類があって、この子は『四季精霊』っていう種類なんだな。そんでもって雨の多い梅雨の時期に現れる『雨』の精霊ってことか。

 俺はいましがた少女が言ったことを頭で反芻しながら消化していく。精霊という事物は、自分でも不思議なくらいにすんなりと頭へ染み入った。だが精霊云々の前に聞いておくべきことがある。

「分かった。ところで、君の名前を聞いてなかったな。なんて言うんだ?」

 少女ははっとして、慌てふためいている。

「ご、ごめんなさい! そっちのほうが先だよね!」

 そこで言葉を切ると、数回深呼吸をして、ゆっくりと口を開いた。

「五月雨静香」

 聞いているだけで和むその名前に若干気後れしながら俺も名乗ることにした。

「俺は青葉大樹。よろしくな」

 さっと右手を少女――静香へ差し出す。差し出された手を不思議な面持ちで見つめる静香だったが、恐る恐るといった感じで、小さな手で俺の手を握った。

「人間と、初めて、握手・・・した」

 少しうつむき加減になり、その表情は見て取れなかったが、軽く上気しているのが分かった。嬉しい、のだろうか。

そこでふと浮かんだ疑問を投げかけてみる。

「精霊っていうのは、人間に見えないだけじゃなく触れないんだよな? となると物はどうなんだ? たとえばこの湯のみとか」

 うつむかせていた頭を上げて静香は答えた。

「あ、物には触れるんだっ。人間と違って、物には精霊の力が多少なりとも作用しているからなんだって」

 そう言って、目の前にある湯のみを持ってみせる。静香はお茶を一口すすって続ける。

「うーん、なんていうのかなぁ。精霊に近いっていうのかな。人間以外の動物も、やっぱり精霊に近いからわたし達が視えるみたい。人間はわたし達と無意識のうちに距離を作っているみたいだから視えないってことなんだって。ごめんね、説明が下手で」

 しゅんとしてしまった静香に慌てた俺は言葉を繋ぐ。

「い、いや、静香が悪いわけじゃないだろ? 頑張って説明してくれただけでも、その、嬉しいよ」

 顔を上げた静香は、うっすらと左目に涙を浮かべていたが、その涙を拭うと一転して笑顔になった。

「ありがとうっ! それで、あの・・・」

 笑顔のままもじもじと上目遣いの静香。

「なんだ?」

 特に意識せずに答えた俺だが、直後予想だにしない提案をされることになる。

「おにいちゃん、て呼んでいい?」

 ぶはっ!! あぶねっお茶吹くところだった。

「えっ? おにい、ちゃん?」

 意味が分からず、言葉に詰まりながら極力平静を装って尋ねた。

「うんっ。わたしからしたらおにいちゃんだもん。いやだったりする?」

「いや、嫌ってことはないんだが・・・」

 一人っ子で、しかも年下の子とあまり接点がなかった俺としてみれば、兄貴呼ばわりさ

れるのは少しドキドキしたものがあった。

「じゃあ、おにいちゃんて呼ぶねっ」

「お、おう」

 照れくさかった。猛烈に照れくさかった。このままじゃ間がもたないと感じた俺は話を変えることにした。

「ところでさ、精霊って食べたり飲んだりもするのか? あんまりそういうイメージないんだが」

 可愛らしく小首を傾げながら答える静香。

「うん? するよ? 精霊だってお腹は空くし、喉も渇くもん」

 言われてみればお茶を出すって言ったときに断らなかったんだから当然なのか。でもそうなると気になることがある。

「とすると食べる時はどうなるんだ? 精霊が見えない人間からすると、すごく不気味な光景になると思うんだが・・・」

 言われた意味が分からないのか、顔に?マークを浮かべている。

「んっと、例えばそこにある湯のみ。お茶を飲むときとか、俺は静香も見えるからいいんだが、普通の人間からすると湯のみは浮かんで見えないか?」

 なるほどっ、と手を合わせて静香。

「それはね、大丈夫なんだよっ。例えばこうやって湯のみを持つじゃない?」

 そういって再び湯のみを持ち上げる。

「このとき湯のみとわたしの距離がすごく近くなったせいで、人間には視えなくなるの。わたしの体の一部になった、と言えば分かりやすいかな?」

 ああ、なるほど。となると静香と触ったままだと、もしかして俺の姿も消えるのかな?

 すごく気になる話題ではあったが、なんとなく聞くのが怖かったのでやめておいた。  それからも俺は精霊についていろいろ聞いた。普段の生活のこと。他の精霊のこと。静香は嫌な顔せず答えてくれた。

「なんかごめんな? 尋問みたくなっちゃって」

「いいの。おにいちゃんとお話しするの、すごく楽しいからっ」

 そう言って悪意の無い笑顔を向けられると、俺も微笑むしかない。

そのとき、前触れもなく玄関からチャイムが鳴った。壁掛けの時計に目を向けると、まだ夕方の六時を回ったところだ。ひかるが夕飯を作りにくるにはまだ早い。別の客だろうか?

「はーい」

 玄関にも聞こえるように大きな声を返す。すると程なく引き戸が開く音がした。出迎える前に入るということは知り合いか? となると数は少なくなってくるが。

 ぺたぺたと素足で床板を蹴る音が近づいてくる。その足音が居間の敷居で止まったとき、俺は目を見開いた。なぜならば、そこに立っていた姿は、またしても少女だったからだ。

「こんなところにおったのか。何をやっておる、静香」

 開口一番に静香の名前を出した少女は、さらさらと揺れる銀の長髪をバックに、白と銀の二色であしらった着物を悠然と着込んでいた。裾のあたりで揺れる霞文が一段と優美さをかもし出していた。

「あー、みはるだー。どうしたの?」

 みはると呼ばれた少女は、しかめっ面で答えた。

「どうしたの? ではない。いつまでも帰ってこぬから心配でこうして来たのだ」

「そうなんだー。ごめんねぇ」

 完全に会話から取り残されている俺。いや、まあいま話を振られても対応に困りけどな。

「それで、ここでなにをやっておる」

 俺に流し目で一瞥をくれてから静香に言う。

「たいじゅおにいちゃんとお話ししてたんだよっ」

 それを聞いた少女は明らかに不審がるような目で俺を睨んだ。

「こやつ、人間じゃろう? なんでわし達が視える」

「それが・・・わたしにも分からないんだぁ」

 俺の頭の上から足先まで、目で刺すように調べる少女。視線が、痛い。

「おい小僧。わしの声が聴こえるか?」

 体が思ったより萎縮してしまっていて、腹から出せた言葉は「ああ」だけだった。

「ふむ。どうやら本当のようじゃな。なぜ人間が・・・」

 そうして少女俺から視線をはずし、一人思案顔で腕を組む。

どれくらいそうしていただろうか。俺は少女から視線をはずすことができず固まっていた。数秒にも数分にも、数時間にすら思えた。

息をするのも重苦しく、俺はただただ、少女を見つめていることしかできなかった。

止まった時間を動かし始める合図のように、少女は腕を解き口を開いた。

「おい小僧」

「小僧って・・・俺のことか?」

「他に誰がおる?」

「女の子に小僧なんて呼ばれる日が来るとは思わなかったぜ」

 溜息交じりに肩をすくめる俺だったが、少女はそれを切り捨てるように言った。

「たわけ。わし達はおぬしら人間の何倍生きておると思っておる」

 静香とこいつのやりとりからすると、こいつも精霊なのだろう。精霊がどれくらい生きるものなのか、そもそも寿命なんてあるのか分からないが、このいい振りからすると相当長生きしているのが分かった。

「ああそうだな。それなら小僧でいい」

 別にこんなところでお高く突っ張ることもない。そう考えて言った言葉だったが、どうやら少女の予想に反したようだ。

「ほう。人間の割には殊勝な態度なんじゃな。少々感心したわ」

 ずいぶんと上から目線なのが気になるが、気にしてもしょうがない。

「それはどうも。それで、なんだ?」

「ああそうじゃった。単刀直入に聞く」

 少女は真剣な眼差しで俺を射抜くと、言った。

「おぬし、いままでに他の精霊と出遭ったことはあるか?」

 口先だけで答えると逆効果だな・・・。

俺は言われた内容を頭で復唱し、目を閉じて自分の人生を振り返ってみる。

深く、深く、記憶の海に潜っていった。

 数秒後、俺は顔を上げて答えた。

「ない。精霊とやらに出会ったのは、今日、静香とが初めてだ」

 それを聞いた少女はそうか、とまた考え込んでしまった。先ほどと違い体が動かせるようになっていたので、俺は少女に質問を返すことにした。

「ちょっといいか?」

「なんじゃ」

 思考の邪魔をされて明らかに不機嫌な顔をして少女は答えた。

「お前の名前を聞きたい」

 不機嫌な顔にさらに皺がよる。

「名前じゃと? そんなものを聞いてどうする。そもそもなぜおぬしに教えねばならん」

「名前が分からんと『お前』と呼ぶしかないからな。お前も俺も、それは気分よくないだろ?」

 ふうむ、と唸り始める少女。俺は視線を銀髪の少女から静香へと移した。

静香が名前をためらいもなく教えてくれたことから察するに、名前を教えてはならないという精霊の掟があるわけではないだろう。渋っているのは単にこいつのプライドの問題だ。

唸り声が止んだので、俺は少女に視線を戻す。

「そうじゃな。小僧にお前呼ばわりされるのも癪じゃ。わしの名前を教えようぞ」

 そう言って少女は右手を差し伸べてきた。

「朝霧深遥じゃ」

 俺は少女の右手を取りながら名乗った。

「俺は青葉大樹。よろしく」

 俺の名を聞いて少し目を大きくした少女――深遥は、初めての微笑を浮かべて言った。

「いい名じゃな」

 虚をつかれた。褒められると思っていなかった。俺は思わず視線を外してしまっていた。

「おぬしの名前からは、新芽が芽吹く春の日和りの心地よい野山に根付き空高く伸びる大樹が見て取れた。良い言霊をもっておる」

 うむう。早口に言われたせいもあるが、いまいち良く分からなかった。

そんな俺の様子を知ってか知らずか、深遥は再び思考に戻ろうとしたがどうやら問題が発生したらしい。

「ああっもう! 小僧がいきなり話しかけるから何を考えていたか忘れてしまったではないか!」

 なにやら騒ぎ立てていた。俺のせい?

何はともあれシリアスな雰囲気は脱したらしい。

 安心すると腹が空くもんだ。俺は立ち上がって二人に尋ねた。

「そろそろお腹空かないか?」

 そう言った途端、俺、静香、深遥三人の腹の虫が合唱した。俺は声を上げて笑いながら居間を出た。

「いまからうち専属のシェフを連れてくる。うちのシェフの腕は三ツ星級だからな。絶品の夕飯を作ってくれるぞ」

 腹の音を聞かれたのが恥ずかしかったのか、静香は照れくさそうに「楽しみにしてるねっ」と答えた。一方悔しさに顔をゆがめる深遥は「早ようせい」と口を尖らせ憎まれ口を叩いている。

 二人それぞれの反応に笑みしながら、俺は居間を後にし、引き戸を開いて外へ出た。

「うーん。なるほどなるほど」

 ひかるは手を顎にあてて唸っている。

そんなひかるの視線の先には、なんの変哲のない湯のみがあるだけだ。

「触ると消えて、放すと見えるんだよね。不思議だねぇ」

 俺には静香が湯のみを持ったり置いたりしているようにしか見えないが、どうやらひかるにはそう見えるらしい。同じものを見ているはずなのに、こうも違うのは不思議なものだ。

 二人じゃれあっている横で深遥はというと、先ほど貸した紙と鉛筆を使ってなにやら書きなぐっている。程なくして書き終えた様子のそれを放り投げた。

ひらひらと舞ってテーブルに着地した紙にはただ一言『たわけ』とだけ書かれていた。

お前な、と呆れて溜息をついている俺に対し、ひかるは実に楽しそうだ。

「すごいね大樹! 精霊さんって字も書けるんだ! 僕等はもしかしてすごい体験をしているんじゃない!?」

 いいな、楽しそうでよ。俺はもう空腹で楽しむ余裕はねぇよ。いや満腹でも無理だろうけどさ。

そんなひかると戯れている静香と深遥も楽しそうだ。こいつらからしてみれば、自分が見えない人間とこんな風に遊ぶのも滅多に無いことなのだろう。

先ほど怒声をあげていた俺の腹の虫も、今となっては懇願に似た悲鳴をあげるばかりだ。

俺は空腹に耐えながら、三人の様子を、ただただ、生暖かく見守り続けた。

「でもすぐ目の前にいて、こうやって手を伸ばしているのに触れないなんて本当に不思議だよね」

 深遥の頭にひかるの指が刺さる。いや、刺さってるように見える。

深遥はうっとうしそうに手で払おうとするが、その手もひかるの腕を通り抜けてしまう。

 大層不機嫌になってしまわれた銀髪精霊様は「なんとかしろっ」と俺に牙を剥いた。

そんな折、俺の腹が一際大きく鳴った。俺の腹の虫の断末魔の叫びに、その場にいた人間、精霊一同が俺を見る。

「あー、なんというか。すまん。っじゃなくて、とりあえず時計を見てくれ」

 しどろもどろにそう言うと、みんな首を揃えて壁掛け時計へ視線を向けた。

時計は時刻七時二十四分を示していた。

それでようやく晩御飯の準備に来ていたことを思い出した様子のひかるは「ごめんねぇ」と言いながらキッチンへと入っていった。

ひかるが去った後に残された二人へと視線を戻すと、銀髪頭から不満の眼差しを向けられた。

「もっと早く手をうたんか。うっとうしくてないわっ」

 知らん。なんでそこまで面倒みなきゃいけいないんだ。それにさっきの音は故意ではない。

 一方の黒髪さんは大層ご機嫌だ。

「何がでるのかなっ。すっごく楽しみだよぉ」

 その見た目に違わぬ可愛らしさに、俺もニヤケを禁じえない。可愛いなぁ、もう。

それを見ていたらしい深遥から低い声が飛んできた。

「・・・小僧よ。もし静香に手出しでもしたら、ただで済むなと思え?」

 洒落にならないほどの怒気を帯びた視線で串刺しにされ一瞬気圧されてしまった。

手を出すって何だよ、手を出すって。

軽くキッチンのほうへ意識を向けると、ストンストンと軽快に野菜を刻む音が聞こえてきた。

さっきハンバーグだとか言っていたからな、タマネギだろう。

 ちなみに・・・だが、ひかるの料理はとにかく美味い。聞くところによると母親より上手いらしい。まああの母親だしな・・・。

あまりに手際やら段取りやらが上手いせいで、中学校時代は「一班に一台、定禅寺ひかる」とか言われていたらしい。俺は聞いたことないが。

そんなひかるの手料理を毎日馳走になっている俺は大変贅沢なのだろう。

俺は空腹を少しでも忘れるためにテレビをつけた。

ニュース、野球、バラエティ、気の向くままにさまざまな番組をまわしたが、どうも目ぼしいものはない。料理番組なんかもっての他だ。

 めまぐるしく変わる画面を眺めていると、隣に深遥がやってきた。

 手のひらをこちらへ向けているあたり、「よこせ」ということだろう。どうせ観るつもりもなかったテレビだ、好きにすればいい。

 そう思ってリモコンを手渡すと、深遥はすぐさま先ほど俺が押した一つのボタンを押した。

それを見てテレビに目をやると、画面には野球中継が写っていた。

「お前、野球なんか観るの?」

「・・・・・・」

 シカトだった。俺の声など耳に入っていないようだった。虚しかった。

そんな俺の様子を見かねてか、静香が寄ってきてクスっと笑いながら言った。

「みはるはねぇ、よくおじいちゃんの家にお邪魔して、野球観ながら枝豆を食べてるの」

 とことん嗜好がオヤジだな。てか枝豆かっさらってんのか。気づかないのかよ、どいつともしらない爺さんよ。

 まあ別に観たいものがあったわけじゃない。俺も野球中継を眺めることにした。ひいきのチームがあるわけじゃないので、とりあえず負けている方を応援した。

そうして三回裏から観始めた野球が五回表になったところで夕飯がテーブルに並んだ。

普通の高校生が作ったら――そもそも作るのもままならない――一時間はかかるであろうメニューを、ひかるはその手際のよさで三十分で仕上げることができる。

今日のメニューは和風ハンバーグと、それに添えられているポテトサラダにニンジンの煮物だった。空腹で一層美味しそうに見える料理に、精霊二人が感嘆の声をあげている。

「わぁっ。すごぉい! これ、ひかるおにいちゃんが作ったの!?」

「これはまた・・・。予想を遥かに超える一品じゃの・・・」

 お二人さん、よだれ垂れてますよ?

だが確かにこんな料理を目の前にしては我慢するのは体に毒だろう。もう限界はとっくに突破しているしな。

さっそく手を合わせていただくことにした。

『いただきます』

 一同の声が鳴り終わると同時、ひかる以外の皆が一斉に箸を伸ばす。

ハンバーグ、ご飯、ハンバーグ、と目まぐるしく動く箸に吸い込まれるように、みるみるうちに料理が無くなっていく。

「みんな、もっとゆっくり味わって食べなよ」

 そう言いながらもひかるは嬉しそうだった。

ひかるにはもくもく食べている静香と深遥の姿が見えない。だけど料理の減っていく皿の上だけは見える。美味しいという言葉が聞こえずとも、その様子を見るだけで嬉しいのだろう。

そんなひかるを横目に見ながら、俺も箸をすすめる。相変わらずの美味しい料理に、ただ一言、率直な感想を述べる。

「美味いな」

 それを聞いたひかるはこちらを向くと、いつもの無垢な笑顔を浮かべた。

「ありがとう」

 あっという間に空になった皿。

それを俺に差し向けておかわりを請求する精霊両名。

テーブルの上から消えた皿に気づいたのか、ひかるは「おかわり?」と俺に尋ねてきた。

二人から受け取った皿をひかるに手渡す。

「悪いな」

「ううん。たくさん食べてもらえると僕も嬉しいよ」

 皿を両手に抱えながらキッチンへ向かうひかるは本当に嬉しそうだった。

ひかるがおかわりをもってくる間、俺は二人に話したいことがあった。

「今日はどうするんだ? 帰るのか?」

 先ほど静香から聞いた話の中に、自分は神社の境内で寝泊りしているというものがあった。人に見られる心配がないからどこでもいいんだけど、なぜか落ち着くからお邪魔しているんだ、とは彼女の言葉だが、きっとそれでも快適な環境ではないだろう。

「うん・・・。できれば帰りたくないけど、迷惑だろうし・・・」

 しょんぼりと肩を落としながら小さい声の静香、一方の深遥は気丈とした態度だ。

「当然じゃ。人間なんぞにこれ以上世話になれるかっ」

 だがどんなに強がって見せても、本音は別のところにあるというのが伝わってきた。

静香と深遥は、いままでたった二人で生きてきた。俺のように自分の姿が見える人間なんてそうはいないだろう。もしかしたら出会ったのは初めてなのかも知れない。

寂しい。

二人の心の声が、俺の心にまで響いてくるようだった。

「・・・しょうがねぇな」

 そう言って頭を掻きながら席を立つ。どこへいくんじゃという声を横に流しつつ、丁度おかわりを持って来たひかるに目配せをすると、ひかるは笑みを返してくれた。

そのまま俺は二階へと上り、今は誰も使っていない真っ暗な部屋へと入る。

電気を点け、押入れからあるものを引っ張り出して床へ並べる。

数分後、部屋で用事を済ませ居間へ戻った俺は、おかわりを黙々と食べている二人へ言葉を放った。

「食べながらでいいから聞いてくれ」

 俺は自分の座布団に座りながら、そう前置きして続ける。

「うちは両親がいない。つまりこの家には俺しかいない。別にいまさら一人や二人増えたところで何も困ることはない。で、偶然にも二階に母親が使っていた部屋が空いている。家具もそのままの部屋だ。これまた偶然だが、その部屋には丁度布団が二組敷いてある。誰がどうしようと俺は何も言わない。以上」

 まくし立てるように言うだけ言って、俺は食べかけだった夕飯を再開した。

 俺が話している間、二人は俺のことをジッと見ていた。そして俺が話し終えると二人は顔を見合わせて驚いていた。

茶碗越しにチラと視線だけ向けながら聞いてやる。

「で、どうするんだ?」

 ハンバーグを噛みながらの俺の問いかけに、静香は満面の笑みを浮かべながら答えた。

「うんっ。ありがとう! お世話になるねっ」

 ああ、と俺も頬を緩ませて返す。

隣でもじもじとしている銀髪娘に「お前は?」と尋ねる。

「ぐ、偶然じゃ仕方あるまいな。厄介になるとしよう・・・」

 最後のほうは自信なさげに消え入りそうな声だったが、一度言葉を切って姿勢を正すと「世話になる」と改めて頭を下げた。なんだかんだで律儀なやつだ。

 最後にひかるに視線を向ける。

「こりゃ明日からも大変だね。腕が鳴るよ」

 そう言ってただひたすらに嬉しそうだった。

 こうして青葉家での三人同居が始まった。

人には見えない人ならざる者。そんな得体の知れない存在と寝食を共にするなど、傍から見たら正気の沙汰ではないだろう。

だがこのとき、青葉大樹は、心底楽しそうな笑顔を浮かべていたのだった。


 
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