No.142747

魏√アフター 想いが集う世界――第二章――第二話 閑話

夢幻さん

えー、またまた遅くなりました。
修羅場にやられたのか風邪を引き、更に溜まった作業に追われ、書く余裕がありませんでした。

言い訳はこれくらいで。

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2010-05-13 01:37:31 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:10619   閲覧ユーザー数:6137

 

 既に日差しが窓から時刻に、桂花は床の上でその顔を綻ばせていた。

 自分の隣には、敬愛して止まなかった華琳の姿があるから。そして華琳の体は、毛布の上からも体に何も纏っていない事が分かった。

 この事も、桂花は至福の想いをして受け止めていた。

 しかし、それ以上に嬉しい事が昨夜はあったのだ。

 死別した親の伝を使って袁紹の配下に加わり、北家の無実を証明しようと躍起になっていた。

麗羽も同じ気持ちを抱いている事は分かっていた。だが、その想いが空回りしている事が桂花は、容易く読む事が出来た。

 麗羽の父、袁成が生きていればまだ違ったのだろう。だが亡くなってからは、どこかおかしくなってしまったのだ。

 袁家の甘い汁を飲もうとする愚者で溢れ、麗羽も頑張ったが抑える事が出来なくなりだしていた。

 そんな折、麗羽は桂花を呼び出し、華琳の許に行く事を薦めたのである。

 今でも、その時に言われた言葉を、桂花は一言一句覚えている。

 

「桂花さん。私の力が及ばず、申し訳ありませんわ……。今の私では、この地を収める事が出来ません。

 ですが、必ず地盤を固めて見せますわ。ですが、今のままでは桂花さんの知を、無駄にしてしまう事は間違いありません。

 ですから、あなたにはこの地を去って頂きたいのです。そう、予てより言っていた、華琳さんの許に……。行って、くれますわね?」

 

 そう、悲しそうに語る麗羽の目を、桂花は忘れる事が出来なかった。

 地盤を固める事が出来た時。その時は華琳と力を併せ、北家を滅亡に追い込んだ屑共を、一緒に葬ろう。そう約束したのだから。

 麗羽の目には、確かな決意が灯っていた。

 どれだけ高飛車な言葉を吐いても、真に民の事を思う麗羽の姿を見て桂花は、このまま麗羽の許で骨を埋めてもいいと思っていた。

 だが、麗羽の決意を聞き、敬愛している華琳の許にも行きたかった為、陳留に向かう事にしたのである。

 

 

 その道中は、決して楽な物ではなかった。

 賊に襲われて護衛は全員死に、麗羽の紹介状も紛失する。

 だが、そこで一刀と再会を果たしていたのだ。

 

(もっとも。顔を知らなくて、郷様に罵声を浴びせてしまったのは、一生の不覚ね)

 

 あの時の事を思い返して、桂花は自嘲気味に微笑む。

 その後に、自分だけが置いてかれ、苦労して陳流に着けば、文官の末席に置かれる始末。

 それでも麗羽との約束を守り、政策を謙譲し、伸し上がればいい。そう桂花は思っていたのだ。

 耐え続けた結果、その機会が訪れ、華琳と目通りが出来る事になり、そこで一刀と本当の再会を果たしたのだ。

 

「……もう少し、素直になれないものかしら。あんな回りくどい伝え方をしても、郷様は気付きそうもないのよね……」

「――そうね。でも、私との約束を破ったら、どうなるか分かってるわね?」

「か、華琳様! お、起きていたのですか!?」

「あら、あなたが目を覚ましているのに、私が寝ているとでも思って?」

「そ、そうですね」

「さて、桂花。そろそろ出立の準備の、最終調整をしなければならないわ。手伝ってくれるわね?」

「もちろんです!」

「ふふ、いい返事だわ」

 

 自分の呟きに華琳が答え、その事に狼狽した桂花だったが、すぐに自分を取り戻し、華琳の着替えを手伝い始める。

 着替えを手伝っている間、桂花は始終笑顔を浮かべていた。

 しかしその脳裏には、意識を失った後に見た夢の事を忘れる事が出来ないでいた。

 その夢を見た事も、もう少し素直になろうと思った切欠でもあった。

 

 桂花が見た夢。

 それは、昨夜。華琳達が見た夢と似ていたのだが、その事を桂花が知る由もなかった。

 

 

 

 あの馬鹿がいなくなってから、城内が静かになった。

 乱世の時代が終わったのだと実感する程に。

 馬鹿がいなくなる前は、静かな時間は少しもなかった。

 廊下を歩けば、必ずあのやかましい声が聞こえた。それに対する、誰かの声も。

 でも今は、どこを歩いても、その声は聞こえない。

 水を打った様に静かな場内を、私は一人で歩く。

 私は、あの馬鹿がいなくなって、少しだけ気付いた事がある。

 あいつ一人がいなくなった事を、私は”寂しい”と感じている事に。

 私は――私以外の皆が思っていた。あの馬鹿な男は、いなくならないと。何の確証もなく、そう思っていたのだ。

 だから私は、あいつを信じる事にした。

 このままあいつが、私達を置いたまま帰って来ない訳がないのだと。

 だが、罰が必要だと思った。

 きっとあいつは、何食わぬ笑顔で帰ってくるに決まってる。

 だから華琳様にお願いして、城の一角に穴を掘る事を許可してもらった。

 華琳様も私の案を聞き、「面白そうね。そうだ、皆で掘りましょう。あの馬鹿が泣いて許すまで、誰も助けてはダメよ?」と、久々に見る笑顔で言ってくれたのだ。

 それから、私達は総出で穴を幾つも掘った。幾つも、幾つも、幾つも――。

 だけど一ヶ月待っても。三ヶ月待っても。半年待っても。一年待っても。三年待っても、あいつは帰って来ない。

 気付けば、異民族の侵攻を止める為に、一人、また一人と城を離れていった。

 それから更に二年。あいつがいなくなってから五年目の年。華琳様は言った。

 穴を埋めましょう。もう、一刀は帰って来ないのだから、と。

 何を言ってるのだろうか。あの馬鹿が私達を置いたまま、帰って来ない訳がないのだから。

 きっと、帰ってくるのに手間取っているだけ。愚図で鈍間なあいつだから、仕方の無い事だろう。

 そう言った私を、華琳様は悲しそうな目で見つめた後、好きにしなさいと言った。

 それから、もう五年。私は穴を掘っては埋める作業を繰り返した。

 十年経って、私は気付いた。

 ああ、もうあの馬鹿は帰って来ないのだと。帰ってきたくとも、帰って来れないのだと。

 真実に気付き、私は一つ一つ、穴を埋めて行った。

 それは単調な作業だった。

 これは華琳様が掘った穴。これは春蘭が。これは秋蘭が。これは、これは、これは――。

 最後の穴を埋め終わった時、私は知らずに涙を流していた。

 空には、綺麗な満月が浮かんでいた。

 華琳様が教えてくれた、あの馬鹿がいなくなった時の月に、そっくりな満月が。

 その満月を見ながら、私は静かに、一人で涙を流していた。

 知らずに流した涙が、私に気付かせてくれた。

 ああ――私は、あの馬鹿が好きだったのだと。

 唯一にして、生涯ただ一人、愛した男だったのだと。

 気付いた瞬間、私は一人で馬鹿みたいに笑っていた。

 何が王佐の才だ。自分の気持ち一つ気付く事が出来ない、馬鹿ではないか。

 私こそ、本当の馬鹿だった――。

 

 

 もし輪廻転生があるのなら。

 本当に生まれ変わる事が出来たのなら、私は少しだけ素直になろう。

 この気持ちに、僅かな嘘もないのだから。

「だから、私も迎えに来なさいよ。あんたを待ってる間に、こんなおばあちゃんになったわよ。なんて、来る訳ないですよね……」

「桂花……。いいえ、来るわ。だって、あの馬鹿なんだから。死に際にすら姿を見せないなんて、薄情な真似が出来る訳ないでしょ?」

「そう、ですよね……。それを聞いて安心しました。――華琳様。申し訳ありませんが、一人にして頂いても?」

「……分かったわ。それじゃ、また――」

「はい。また、明日の朝に――」

 

 私の言葉に、華琳様は驚きに目を見開き、笑顔で「ええ」と答えて部屋を出て行った。

 

(ありがとうございます、華琳様。さすがに、誰かがいては、素直になれなそうなので……。

 ああ、段々眠くなって来たわ。おかしいわね。さっきまで寝てたはずな、のに――……)

 

『悪い、桂花。迎えに来るのが遅くなった』

「まったくね。どれだけ年を重ねても、その愚鈍なところは直らなかったみたいね?」

『相変わらずきついな……。まあ、事実遅くなったしな』

「はぁ……少しは言い返しなさいよ。言い訳を言うとかして」

『言い訳って言ってもな。まあ、死ぬ間際まで、こっちに帰る手段を探したんだけどさ。

 ごめん。やっぱり、俺には見つける事が出来なかったよ』

「ふ~ん……。まあ、本当に遊んでた訳じゃないみたいだしね。少しは信じてあげてもいいわ」

『な、なんだ? 桂花が俺の事を信じてくれるなんて、天変地異の前触れか!?』

「失礼ね! ただ、す、す、少しだけ、あんたを認めてやろうって思ってただけなんだから!」

『……少しでも認めてくれたのか。ああ、それは本当に嬉しいな。で、何でそう思ったんだ?』

「う、うるさいわね! 理由なんてないわよ! ほら、私を連れて行ってくれるんでしょ! 早く連れて行きなさいよ!」

『あ、ああ。それじゃあ、そろそろ行くか。……そう言えば、華琳には挨拶を済ませたのか?』

「あんたと同じよ。華琳様、気付いてたみたいだしね。きちんと済ませたわ」

『そっか。じゃあ、行こうぜ』

「ええ。――もう、いなくならないでよね」

 

 夢の中の私が囁いた、小さな。小さな告白に男は優しい微笑みで、差し出した私の手を優しく握ってきた。

 その手は暖かく、優しい手をしていた。

 だからこそ、私は決意を新たにした。

 二度と、この暖かさを手放さないと。

 どこの誰だか知らないけど、気付かせてくれて感謝するわ。

 もう絶対に、この暖かさから、離れないんだから。

 覚悟しててね、郷様!

 

 ――これで四人。

 さあ、次の再会の準備を、皆で進めよう。

 

 
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