No.139673

ミレニアム・アンデットデビル上5(fin

今見ると酷いなこの作品ww

2010-04-29 15:48:41 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:545   閲覧ユーザー数:544

「聞かせてくれ。」

 妃子が欄の部屋に訪れた同時刻、俊は双葉の部屋でホットコーヒーを片手にくつろいでいた。だが、それは表面上からの見方で、本当は穏やかでも何でもない。

「双葉は、妃子の加入をどう思う?」

 俊がここに来た目的は遊びではなく、これからのチームの方針だ。

「・・・・・・川越さんから妃子ってファーストネームで呼ぶってことは、俊さんもあの女をチームの一員として見てるってことなんですか?」

 いつもの双葉は俊に対しては人が変わったかのように素直で真っ直ぐに接する。だが今回はいつもとは少し違っていた。

「聞かせてくれ。」

 二度同じ言葉を繰り返すが、それは小馬鹿にしている態度ではなく、真剣そのものだった。

「・・・・・・。」 

 双葉は考えたのか、数十秒言葉を発しなかったが、ようやく口を開いた。

「・・・・・・どうでもいいです。ああいうお手伝は確かに必要だと思うし、それをあの女がやろうと、別の人間がやろうと同じことです。」

「・・・・・・はあ、」

 やりきれないため息を漏らして緊迫したムードを解く。だが、俊のその態度も演技ではない。

「確かに、理論的で合理的なアンデット・ファラオならそういうだろう。」

「・・・・・・と、いいますと?」

「柳、双葉。」

 俊の瞳が、開かれる。

 今まで閉ざされていた、絶対に他者を踏み込ませない扉が、開いたのだ。

 鋭い、まるで何もかも見透かすような獣の眼光を双葉に向ける。

「ぅ・・・・・・っ!」

 数時間前に睨まれた欄の瞳とは全く違う。眼力が異なるのだ。

 決して死ぬはずのない柳双葉の表情には、明らかな恐怖心が浮かんでいた。

 俊の眼光の魔力は、それほどのものだった。

「オレは、お前に聞いているんだ。」

 総てを見透かされているような錯覚を覚える。だが、果たしてそれは本当に錯覚なのだろうか?今までの常識という定規では決して測れないモノが、双葉の目の前にある。・・・・・これは、決してオーバーな表現ではない。まるで俊の視界に映る生物は灰になって消えていく。そんな非現実的な妄想さえ浮かんでくる。

「柳双葉、お前はあの女をどう思う?」

 口が、双葉の意思とは無関係に開いていった。

「・・・・・・むかつく、いえ・・・・・・態度が、気に入りません。あの女・・・・・・は俺たち殺し屋の職業を侮蔑したんです。・・・・・・俺は、この仕事にプライドを持っています・・・・・・そりゃ、あの女が辞めると言っても、わざわざ殺しにいったりなんかしません。ただ・・・・・・」

 言葉は、そこで一時中断された。

「・・・・・・ただ?」

 俊の視界が、双葉を完全に捕らえる。

「あの、人形みたいな・・・・・・眼!とても・・・・・・気に食わない。・・・・・・・・・ありえないが、現実的にありえないが、あの忌々しい目を、俺は知っている!あの目・・・・・いつの日か・・・・・そうだ!5年前、俺が10歳の時に見た眼に・・・・・ぅっ!」

 興奮気味な双葉の背中に手を置くと、小動物みたいに小さい身体を震え上がらせた。

「落ち着け・・・・・・と言うのも変な話だな。」

「・・・・・・。」

 虚ろな瞳を俊に向ける。俊の眼は、もういつもと同じ閉じかかっている狐眼だ。

「お前は、妃子の眼を知っている。」  

「・・・・・・。」

 余裕たっぷり浮かべる俊の顔に苛立ちを覚えることは無かった。・・・・・・だが、そこに余裕があったというのはこの話の流れで、独占術に長ける双葉でもその細部は覗けない。

「欄について、どこまで知っている?」

「・・・・・・え?」

 虚を疲れた質問だが、瞬時に対応して答える。

「欄は・・・・・・5年前ハプネスに入社してきた。それは異例中の異例だから、あの組織にいた人間は皆知っています。・・・・・・何度か任務を組んだこともあって、その才能は悔しいけど素晴らしかった。・・・・・・・・・・・・このぐらいです。」

「そうか。」

 俊は笑顔を作るが、それが作り物かどうかは双葉には分からなかった。だが、明らかに俊は上機嫌だった。

「その時、入社したての欄の眼、覚えてるかい?」

 6年も昔の人間の、それも眼なんて、よほど特徴的でないと記憶に残るなんて無理な話だ。・・・・・・だが、脳の奥にある情報が、双葉に訴えかける。

 あの眼は、人をゴミとして認識する人を見下した眼。

 ハプネスにいる総ての人間をゴミ扱いするかのように侮蔑し、他者を踏みつけていく凍りの瞳。

 忘れるわけが、なかった。

 あの眼を見て、生まれて初めて己の欲で人を殺したいという願望を持った、あの凍りの目。

 そしてそれは、最近になって再び双葉の目の前に映し出された。

「・・・・・・ま、・・・・・・さか?」

 裏返った声で精一杯推測すると、俊は小さく頷いた。

 

「そうだ。双葉が6年前に見た瞳は、川越姫子(きこ)。今で言う須藤蘭のものだ。」

 

「・・・・・・。」

 言葉も、出ない。

 普段の双葉なら、「へえ、世の中狭いですね。」の一言で終わっていたが、これは双葉にとってそんな簡単な言葉で片付く問題ではない。

 双葉は、短気だが本気で人を殺したいと思ったことは今までで一度しかない。須藤蘭、川越姫子の自分の存在を空虚にされた、双葉の人生の中で何かが狂い始めたきっかけ。

 それが今になっても双葉の目の前に存在する。

「・・・・・・川越姉妹は、今でも俺を縛り付けるのか。」

 欄は、もはや昔とは違って今ではそこら辺の女と変わらない目つきなので、あまり気にはならない。・・・・・・・冷静に考えてみれば、欄のことが気に入らない部分もそこにあるのだろう。生理的に嫌悪する程、欄の、姫子の容姿は悪くはない。ならば理由は一つだけ。過去にあった出来事に対する凄まじい嫌悪感を、欄を見たら無意識に思い出していたのだろう。

「双葉、俺が妃子を殺していいと言ったらどうする?」

「・・・・・・っっ!!」

 答えは既に知っているとでも言いたそうな顔は、双葉が試されていることを示している。だが、もちろん、その答えは一つしか無い。

「・・・・・・いいんですか!?」

 力強く答える双葉を見て、心底嬉しそうに俊は笑った。誰にでも分かる、喜怒哀楽の片鱗を見せたのだ。

「もう、答えは決まってるんだろ?」

 せせら笑う俊は、双葉の背中をこれ以上ないくらい押してくれた。

「はい!」

 無意識に声のトーンが大きくなるのを、双葉は気付いていなかった。そして、この俊の笑顔さえも罠だということが

「なら、今から自分が何をするか言ってみろ。」

 やっと、この時が来た。

 今まで胸の奥でくすぶっていたもやもやが、かなりはっきりと分かった。

 そして、そのもやもやを今から自らの手で取り除くことができる。

 変わる。

 柳双葉は、あと数時間後に大きく変化しているだろう。だが、それはマイナスの面ではない。むしろ人間として大きく成長するという予感と、ある種の予知に近い勘が双葉の頭の中にあった。

 口内に溜まる唾液を飲み込むと、自分の欲求を爆発させるかの如く言い放った。

「―――――――!」

 だが、それは声になることはなかった。

「・・・・・・え?」

 俊が何かをしたのかと思い見つめてみるが、何も変化がない。別に声帯に異常はないし、仮に何らかの異常があったとしてもアンデットファラオなら2秒で回復できる。きっと今のは焦りすぎて声としての想いが強かったのだろう。

 深呼吸を一つ。

 その間も、俊は優しげに双葉を見守っていた。深呼吸が終わり、ゆっくり閉じた目をゆっくり開けると、

「俺―――――」

 声に、

 ならなかった。

「・・・・・・・っ!何で・・・・・・!」

「身体はな、正直なんだよ。」

 そこには先程までの暖かさはなく、いつもと同じ鉄化面を被った佐津間俊があぐらをかきながら双葉に指摘した。

「お前は、もう仕事以外では人を殺せない。」

「―――――」

 冷や汗も、出なかった。

「お前が、もしここで妃子を殺すと言っても、それを実行に移すことは不可能だ。」

「・・・・・・・。」

 反論も、言い訳さえも許さない。

 これが、佐津間俊。

「根が優しいとか、常識を持ったからとか、そういうことじゃない。」

「なら・・・・・・一体?」

 その問いに俊は含み笑いをした。

 今度は正真正銘の、佐津間俊の笑顔。

「簡単さ。一番の理由は、ここにいる地点でお前にプライベートでの殺人はもう不可能なんだよ。」

「・・・・・・・?」

 訳が分からないとでも言いたそうな双葉の表情。

「双葉はプライドがかなり高い。加えて、オレへの忠誠心もそれと同じくらい高い。分かるだろ?」

「・・・・・・。」

「オレが許可を出したところで私情を挟んだ殺人は絶対に行わないほどプライドが高いんだよ。仮に川越さんを殺したとして、そこにお前はいない。そこにいるのはオレの知っている柳双葉ではなく、ただの狂った殺人鬼だ。自分でも自覚しているんだろう?」

「・・・・・・っは、」

 双葉は天井を見上げ、部屋全体を白に染める明かりを眺めた。俊は双葉がこちらを見ていないタイミングで、笑みを漏らす。小さな、自分の思惑通りの出来事をズバリ命中させた、小さな達成感溢れる笑みを。

「本当、俊さんは何者なんですかね?」

「双葉と欄がいなけりゃ何もできないただの寂しがりやだよ。」

 皮肉のように聞こえるが、案外それは本音だった。

「自分の気持ちも知らないのに、人の気持ちなんて知るはずもない・・・・・・・それが俺の教訓だったのにな。・・・・・・ははっ、俺の今までの考え方が俊さんに壊れましたよ。」

 何かを悟ったか、仏頂面の双葉の表情が少し緩んだ。

「いや、それは案外正しいかもな。オレも神じゃない。人の気持ちも、その時に起こりうる未来もオレには分からない。・・・・・・ただ一つだけ分かるのは、何も考えないで己の欲望で私利私欲で人を殺す殺人鬼なんか、オレはこのチームには入れないという頑固さだけかな?」

「・・・・・・完敗です。」

 悔しさの欠片も見せずに双葉は沈黙した。

「・・・・・・そういえば双葉。お前さっき川越さんが死体を目撃したって言ってたけど、欄と一緒じゃなかったのか?」

 ふと思いたった疑問をぶつけてみた。

「ああ、自分はその後仕事があったんですけど、わざわざ俊さん自ら遊園地に行くって言って、何も無いのはおかしいじゃないですか。だから解散後に、あの女をちょっとつけたんです。・・・・・・そしたら予想通り、あの結末でしたね。」

「・・・・・・オレが遊園地に行こうって言ったときの双葉のリアクションをみれば、予想はできたな。」

「いつもの俊さんらしくない率直な発言でしたから。」

「・・・・・・オレはいつも蛇みたいに周りくどい、と?」

「恐れながら。」

 いたずらっ子が一杯食わせてやったような達成感を覚えた双葉であった。

「減給。」

 真顔でさらりと恐ろしい単語を言った。

「・・・・・・マジですか?」

「率直に言う。減給。」

「・・・・・・。」

 プライドが高いのは、お互い様だろうと心の中でつっこんでおくことにした。

 少し和やかな会話が終わった後、部屋全体に静寂が訪れる。そして、俊が遠慮がちにこの無音の空間を破った。

「・・・・・・川越、妃子。」

 その言葉にピクリと反応した双葉は、視線を俊に投げた。

「彼女、どうするんですか?」

 しばし間を置いた後、俊は口を開けた。

「賭けに、出てみようと思う。」

「賭け?」

 俊は双葉の質問に答えず、ゆっくりと立ち上がった。

「続きは、明日。そして・・・・・・賭けも、明日だ。」

 双葉に背を向けた俊。

「一つ、聞いてもいいですか?」

「・・・・・・。」

 視線だけ、双葉に向けた。

「欄はあの女が自分の肉親だと知っているとして、やはりあの女は欄が姉だという事実は知らないんですか?」

 その質問に答える前に、俊はため息を漏らした。

「・・・・・・・今の質問は、かなり近いが、全然遠いな。」

 間を入れずに言い放つ。

「おやすみ。」

 有無を言わさず会話は中断した。

 扉は閉まり、俊はもう部屋にはいない。

「・・・・・・?」

 光に照らされる中、俊の謎めいた言葉は双葉の頭の中でぐるぐると回っていた。

 

「明日・・・・・・か。」

 ハプネスは、本当に優秀だ。

 4畳の狭い部屋に戻る。ベットとライフルしかない18ではありえない殺風景な部屋。・・・・・・だが、よく見るとこの部屋には、小さな窓が存在するのだ。煙草一箱の分の大きさしかない、活用法が0と思われる窓が。

 だが、その窓の活用法は0ではない。

 窓をオルゴール箱を開けるように指先で軽く引っ張ると、そこには一枚の紙が張られていた。それを目の前に広げ、目を通してみる。その紙のタイトルは、次のように記されていた。

『早川稔(みのる)(54)』

 そう、この情報こそが明日の計画の要(かなめ)となる。

 その紙には早川氏の家族関係から過去の経歴と偽りの経歴、加えて現在の住居とそのセキリティレベルまで載っていた。

「・・・・・・風間自ら出向いてくれたか。」

 調べる時間は十分だか、ここに届けるのはあの男意外不可能だ。

 関係がなさそうな人間が近づいた時は屋敷の周囲100mから。

 リストに載る人間が近づいた時は周囲3㎞から。

 ロックオンはこの屋敷の周囲500㎞から。

 これらの情報が全てセミオートでデビルウイルスに運ばれるのである。僅かばかりの人数ながら堂々と本拠地を隠さないのは、ここに須藤欄が存在するからである。

 死なない双葉、世界最強の俊でも欄のセキリティにはあっさりと引っかかってしまう。

 欄のセキリティに引っかからない人間なんて、この地球上には存在しないだろう。

 暗殺部門、及び隠密行動世界NO1『暗無風間』を除いて。

「・・・・・・。」

 俊は紙の端を強く抑えると、中央にゆっくりと火が点き、序所(じょじょ)に炎は燃え広がっていく。

「律儀なことで。」

 煙は出ないので、安全装置に引っかかることもない。

 俊は灰になった紙を手のひらほどもない窓に流すと、風に乗って消えていくのを手のひらの上で感じた。

 明日は、本来なら予定通りの日程だが、一つだけ番狂わせが怒るかも知れない。

 妃子が殺人の現場にいようと、それはそこまで大きな問題ではない。何事も最悪の場面を想定して判断する佐津間俊にとって、あくまで想定できた範囲であるし、そんなものいくらでも修正は効く。

 だが、そんな俊も明日は修正の効かないの出来事になるかもしれない。

  

 もし、川越さんに涙が無いなら―――オレの負けだな。

 

 自分に覚悟を決めて、俊はベットに潜った。

 

 

 何でだろ?

「・・・・・・。」

 妃子は与えられた豪華なベットの中で、考えていた。

 何で欄さんはこんなに私に優しくしてくれるんだろう?

 暗闇の中、意識だけは覚醒していた。

 私を道具として見る双葉さんに、早く私にここのルールを叩き込みたい俊さん。この二人は分かる。使用人としての私の代わりは幾らでもいるし、それを道具として見るのは当然のことだし、ここの支配人として私にここでのルールに従わすのも分かる。・・・・・・だけど、欄さんだけは無茶苦茶だ。

「・・・・・・。」

 妃子は機械を演じているのではなく、本当に感情の抜けたマシーンになってしまった。だが、こういう一人の時に限り、自我が持てるらしい。仮に今妃子の目の前にチームの誰かが現れたら妃子は先程欄と接触した時と同じ、完全な人形になるだろう。だが、一人だけの時は自分を殺す必要がないので、感情を取り戻せるのだ。ちなみに本人はそのことをあまり自覚していない。

 始め、欄さんは医者の振りをして私を誘導し、そして契約を交わさせた。恐らくそれが仕事に対する欄さんの一つの顔なんだろう。だが、私と二人の時、遊園地に行った時はあんなに優しく接してきた。私が拒絶すると、それを一番に察し、距離を置いてくれる。始めの欄さんは私を拒み、今は私を求めてくる。・・・・・・おかしい。矛盾だらけだ。

「・・・・・・。」

 考える妃子の長所の一つは欄みたいに考え事の最中にう~う~言わない部分だろう。

 仮に優しい欄さんが本当の、素の欄さんだとしたら、仕事中、欄さんが演じている人格は一体誰のために作ったのだろう?話ではスパイもできるみたいだけど、その特訓というにはあまりにも必要性が薄い。あの人は何も考えてなさそうに見えて、かなり頭が切れる。もとより、ここにいる人間はみんなそうだ。

「・・・・・・なら、」

 私に接してる須藤欄は、演技ではない。

「・・・・・・っ!」

 期待はするな!どうせ、裏切られて踏み潰される。・・・・・・そう、母が生きれば、それで十分。私は一番大切な、唯一の肉親を守ったのだ。ならば他に守るモノもないし、得るモノもない。・・・・・・母が老衰で死んだら、舌を噛んで自殺すればいいだけの話だ。

 川越妃子は、自らを塞ぎこむ。

 分かっていたのだ。

 ここのメンバーは誰も自分を裏切っていない。まず、感覚が妃子みたいな一般人とは異なるのだ。人を殺すという事実をNETやメディア、新聞といった情報化された言葉でしか伝えられず、殺しという本質も見れない平和すぎる人種。命も危機もなく、戦争という単語も歴史上でしか聞かない温室育ちの間抜け。  

 それに対し、命を狙われる場所に身を置きながら自分の身を自分で守る、常に死と隣合わせのミレニアムアンデットデビル。  

 常識も、

 考え方も、

 価値観も何もかもが違う。

 そして、こればかりは変わるはずがない。

 一生、このギャップがなくなることはい。

「―――――そう、」

 それで、いいのだ。

 

 だが、その考えは翌日、魔瞬殺と呼ばれる男に崩されることになるとは、妃子は知るよしもなかった。

「おはようございます。朝食の準備が出来ました。」

 色々な想いが交差した翌日、普段と変わらない朝を迎えていた。妃子は朝食の準備をしてから双葉を起こしにきた。

「・・・・・・ぅぅぅ~~」

 双葉そこらの女性より色っぽい声を出して、布団を被り直す。毎回毎回妃子が起こしに来るもので、双葉はもう緊急の指令を警戒する仕草の一つも見せない。

「・・・・・・あと1分。」

「駄目です。」

 夢見心地の双葉を冷静に指摘する、感情が欠落した妃子。

「あれ・・・・・・俊さん?」

 双葉は寝ぼけながらも上半身を起こして身体を垂直にさせた。

「使用人の川越です。おはようございます。」

「・・・・・・ああ、」

 ようやく起きたのかと思い、部屋を出て行こうとすると腕を掴まれた。

「嗚呼・・・・・・この眼か。」

「・・・・・・?」

 寝ぼけているのかと思い、双葉に視線を返した瞬間、

 バン!

 頭蓋骨が割れそうな程強力なビンタをされ、そのまま体ごと壁に激突した。

「・・・・・・。」

 妃子は無表情で立ち上がると、その小さな鼻から流れてくる血を手で拭き取った。そして、まるで何事もなかったかの振る舞い。

「おはようございます。」

「・・・・・・。」

 そんな態度を取れば、本来暴行を加える側としては更に怒りを増すだろう。だが、双葉にとっては妃子の態度などどうでもよかった。

 ただ、6年前から知っている、この世の全てをゴミとして映し出す妃子の瞳。双葉の逆鱗に触れるのはそれだけで十分であり、それ以上の刺激は与えられない。

「朝食の支度ができましたので、リビングまでいらしてください。」

 感情が無い機械を演じているわけではない。この屋敷に住んでいる人間と接触した時、妃子の心は空虚(くうきょ)の中へと消え去るのだ。

「・・・・・・おい、」

「はい。」

 妃子もそうだが、双葉の顔も表情が無い。ちなみにこちらはただの仏頂面なだけだ。

「残念だがその眼、今日までしかできないから注意しろよ。」

「・・・・・・?」

 双葉は含み笑いを漏らすと、その後は素直に妃子に連れられるままリビングへと向かった。

 

 

 双葉と妃子がリビングに現れると、これでこの屋敷に住む人間は全員揃った。

「・・・・・・。」

 今日も欄は双葉が来た途端に席を立つが、その真意は双葉が原因だからではない。昨日妃子にあんなことを言われた後では、居心地が悪い。だから欄は双葉を嫌っているという理由で席を立つ。

「これで、みんな揃ったな。」

 俊の言葉で行き場を失った欄。その間に双葉は席につき、妃子は欄が食べ終わった食器の片付けを行う。

「何かあるんですか?」

 白々しい演出をする双葉。昨晩、明日賭けを行うと言っていたので、俊が何かをやらかすのは既に察している。・・・・・・だが、本当に肝心の内容の方は双葉にも分からない。

 欄は椅子にゆっくりと座り直し、俊に注目する。

「これより、ミレニアム・アンデットデビルの出動を要する。」

「・・・・・・!」

「―――!」

 やりやがったとでも言いたそうな双葉は表情を殺したまま、テーブルの下に隠れている拳を強く握り締めた。

 興奮気味の体温を更に加速させるかのように、欄が感情を剥き出しにして椅子から立ち上がった。

「・・・・・・俊君!」

「ランクはA+。」

「―――!?」 

 怒りをあらわにした欄を俊は一瞬で黙らせた。双葉はそんな光景を眺めながら自分のコップに牛乳をとぼとぼと注いでいる。

「質問がある人は手を挙げてから答えろ。」

 仕事モードにスイッチが入ったのか、俊はいつもみたいに優しくはない。言葉も態度も、二人のことを道具としか見れないミレニアムスナパーに変わっていた。

 すっ、とルールに従った欄はゆっくりと手を挙げた。だが、こちらは非常になりきれないので、表情を見ればその理不尽さがビンビン伝わってくる。

「まず、この依頼はどこからきた情報なの?・・・・・・いえ、今の言い方が不自然ね。どうせハプネスからなんだし。・・・・・・なら、この情報は、何で私の耳に入らないように細工されているの!?」

 俊は冷ややかに欄を一瞥すると、事務的な口調で静かに囁いた。

「それは任務が終わってからしか言うことは出来ない。」

 他には?と付け加えて、欄の感情を受け流した。欄は納得がいかないものの、俊に口で勝てないことは知っているので、苛立ちを抑えながらも俊の言葉を遮らなかった。

 双葉は、我関せずといった感じで二杯目のミルクをコップにどばどばと注いでいた。

「次に、任務の説明と各々の役割を説明する。任務は特定の人物のみの排除。本来ならフォーメーションは『3本矢』でいくが、今回は『正面突破』で行く。」

「・・・・・・。」

(3本矢ではない・・・・・・となると、賭けというのはやはり任務云々ではないのか。)

 3本矢とは、一つの人物、あるいは一つの建物をターゲットとした時の陣形である。前線に双葉を配置させ、敵の戦力を減らしながら目的の人物、あるいは物へと接触しに堂々と中央をぶっちぎるフォーメーションである。場合、双葉の反対側から逃走する者を俊がライフルで仕留め、頑丈な扉のロックを解除したり電波での応援を呼んだりするのを欄が防ぐという寸法だ。

「・・・・・・。」

(・・・・・・正面突破?それって、もしかして・・・・・・・!)

 欄は感情的だが、それを仕事にまで持ち込まない。今さっきの言葉は、何故自分の仕事を取り上げ、それどころかまるで自分だけこのミッションには参加できないように仕組まれているような、そんな感覚を覚えたからだ。

 基本的に、欄も仕事に対するプライドはかなり高い。それだけに優秀な成績も残しているし、仕事に対する量も意欲も17歳にしてはずば抜けて高い。

「今回のターゲットは、反逆者なの?」

「・・・・・・。」

 この欄の質問に、俊は少し考えてから、

「一応、そうなるな。反逆者と言えばそうだが、少し違うんだが・・・・・まあ、そんな感じだ。」 はっきりしない俊に最大の質問をぶつけてみる。

「ターゲットの名前は?」

「早川稔。下克上が大好きな科学者だ。人体実験などもやっており、犯罪行為どころか人の道を踏み外した畜生だ。その他にも化学薬品を川に流したり、核に近い兵器も開発しているという情報もある。」

 ピー――――。

 欄は体の中のコンピュータを使って早速検索してみる。

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

(なるほど・・・・・・・ね。)

 欄はテクノ・アイを使って調べたが、先程俊が言った言葉以上の情報は得られなかった。

「・・・・・・」

 早川・・・・・・稔。どこかで聞いたことがあるような・・・・・・

 双葉は頭の中に違和感を感じたが、その正体があと一歩分からなかった。

「そして、今回の一番の目的は、」

 仕事となると的確に物事を射る俊が、初めてもったいぶって言った。

「川越妃子。君をこの任務に連行する。」

「・・・・・・え?」

 今まで話を右から左に流していた妃子は、会話の流れも分からなかった。

「あの・・・・・・何か?」

「川越さん。君をこの任務に連れて行くと言ったんだ。」

「・・・・・・はい、了解しました。」

 俊はすぐに欄が激怒して講義してくると思ったが、欄はテクノ・アイを辞めて指先の赤外線の融合でディスプレイを作り、それで作業をしていた。

 まるで今の会話を始終聴いていなかったかのように。

(なるほど・・・・・・欄は、もう妃子に干渉できないのか。・・・・・・ちょうどいい。)

 俊は心の中で今現在の状況を整理すると、これから行う作戦の詳細を皆に指示した。

 早川稔氏の居場所は、地下室にある研究所であった。

 本人は最高のセキリティを用意し、脱出用ルートも多々存在して完全な隠れ家だと自負していた。無数に張り詰めた赤外線のレーダーに、催眠ガス。とどめは建物の自爆装置。稔氏がやっている人外れた研究は敵が多い。警察は勿論のこと、暗殺の部類の人間でもここを突破するのは難しいし、例え突破しても本人は既にこの場所にはいない。完全な防御壁である。

 ・・・・・・はずだった。

 

「ここか。」

 ジーパンとTシャツを着けたこれから遊びに行こうとでもする少年が呟いた。

 その少年の名は、柳双葉。

 人間兵器とまで言われた世界最強の15才だと、一般人は知らないし、裏の世界でも顔と名前が一致しているモノは少ない。

 辺りが雑木林でカモフラージュされている中、双葉は人工的な草、早川稔が作ったと思われるカラクリを見つけた。

「あった?」

 双葉の5メートル後方から聞こえてくる女性の声。デビルウイルスの須藤欄である。その隣には、俊と妃子が控えている。

「ああ。だけど、大丈夫か?俺はいいが、お前達は危なくないか?もう少し後ろにいた方がいいと思う。」

 珍しく気遣いをする双葉だが、欄は心配いらないといった感じで俊と妃子を連れて後を追う。「大丈夫。ここらに仕掛けてあるのは全部電子を必要としてるから。」

 原始的な仕掛けでなく、電子を要する仕掛けなら、デビルウイルスは全ての電源のON・OFFならずアクセス権まで奪い取り、それを自由に使いこなすことができる。

「・・・・・・なら、案外楽かもな。」

 双葉は隠密性0の動きでぐんぐん先に進み、やがて双葉の姿は見えなくなった。

「欄、脱出用ルートは全部封じたんだろ?」

「ええ。生体反応は一番奥の最下層に一つ、多分そこが研究室だと思うわ。そこからの脱出ルートは2ヶ所。どっちもエレベーターでの移動だから、もうその仕掛けの管理者は私になるように乗っ取ったから問題ないわ。他に一箇所階段からのルートがあるけど、そこまで行くのに1分はかかるから、大丈夫。私達がそこに着くのは1分30秒。それまで気付かれなければ袋のネズミよ。一応自爆装置らしいのも見つけたから、そっちも問題はないわ。」  

 こちらもピクニック姿の欄。キャミソールに、ふりふりのスカート。夏にピッタリの姿は、明らかに相手を過小評価している証拠である。

「そうか。」

 答える俊。こちらも軽装だが、俊は隠し武器を幾つか所持していて、ある程度の罠には対応できるようになっている。妃子にはハプネス時の戦闘用の服を着用させているが、それも俊と欄が側にいればかすり傷一つ負うことも無いだろう。

「なら、もう大丈夫そうだ・・・・・・、」

 ずうううううん!

 双葉が潜っていってから、大きな地響きが聞こえてきた。大方単純なトラップに引っかかって、そのまま潰れたのだろう。

「・・・・・・。」

 呆気に取られる欄。言葉も出ないらしい。

「・・・・・・急ぐぞ!」

 俊は妃子を抱え、欄の手を引きながら双葉に続いていった。

 

 足場を一歩踏み外し、どういう仕掛けか天井が崩れて下敷きになってしまったが、双葉は右半身を引きちぎり、簡単に脱出した。ちぎれた右半身もすぐに再生し、何事も無かったかのように先に進む。

(・・・・・・気付かれたかもな。)

 これで気付かない人間はいない。

 舌打ちをしてから、目的地に進む。場所は屋敷で欄が通路を示した地図をくれたので心配はいらない。

 15秒としないで、目的の人物に遭遇した。

「・・・・・・っひぃ!」

 双葉の顔を見ると、体をのけぞり尻餅をついた。

 研究室というだけはあって、様々な道具に、模型、中にはエイリアンに近い謎の生物がホルマリン漬けにされていた。

「・・・・・・何だお前はっ!」

 年をとってはいるが、その顔は間違いなく資料で見た早川稔であった。

 双葉は面白そうに稔を眺める。

「あ?てめえ誰に口聞いてんだ?・・・・・・ま、安心しろ。まだ殺さねえよ。」

 完全に稔の命は双葉が握っている。稔は白衣の中から何か色の強いフラスコを取り出すと、こちら側に向けてみた。

「来るな!来たらこの液体が・・・・・・」

 がしゃん。

「殺(や)れよ。一発だけ入ってるぜ。」

 稔の足元には双葉が投げたハンドガン、S&W-M500が捨てられていた。2000年前後最強の呼び名が高いM500は、象をも一撃で仕留められるほどの威力を持っている。稔はそのハンドガンをゆっくりと取ろうと、指を双葉が与えたM500に近づける。

「ここだ。」

 何が面白いのか、双葉は稔の顔に10㎝と迫っていた。稔はゆっくりと銃を握りしめると同時にコンマ1秒単位での額に合わし・・・・・・

 ッツッドバン!

 銃音と一緒にパン!、という頭部を完全に破壊する、まるで風船がパンクするような高い音が伝わり、額を付き抜かれて頭部の原型を留めていない双葉は吹っ飛んでいく。・・・・・が、

「・・・・・・っほ。」

 そのまま地面に手をつき、後転でもするように立ち上がってみせた。当然、その時にはもう頭は再生している。

「マジックじゃないぜ。」

 やれやれと両手を広げる余裕のポーズ。

「・・・・・・っ!」

 科学者なら、噂ぐらいは聞いたことがあるだろう。

 絶対に死なない体を持つ生物が生まれてきたという、掟外れの法則崩れ。柳双葉という名のアンデットファラオの存在を。

「ま・・・まさか・・・お前が・・・・・・!」

 気付いた時には、俊が妃子と欄を抱えて研究室に現れていた。

「俊さん、時間稼ぐの苦労したんですから。」

「双葉のせいでな。」   

 任務中とはいえ、普段のペースを崩さない。自分に自惚れているわけではない。元より、この3人が揃えば任務不可能という文字は存在しない。

「これがランクA+?私一人でも十分だわ。」

 遅れてきた欄は髪を指で梳(と)かしながら言う。このミッションの内容と自分の能力を比べた冷静な評価であろう。

「・・・・・・。」

 妃子はただ、ボーっと3人とターゲットの姿を眺めている。その眼は焦点が定まっていなかった。

「な・・・・・何でアンデットファラオが私なんかを消しにくる!?誰だ!誰の依頼だ!?」

 あまりの大物の登場に狂ったのか、稔は双葉に向けて訴える。本人とて、世界最強の人間兵器、柳双葉に命を狙われるとは思っていなかったらしい。

「何命令してんだお前?立場わきまえろよ。・・・・・・それに、俺だけじゃねえぞ。デビル・ウイルスとミレニアムスナイパーもいる。」

 そう言って俊と欄を指すと、稔は言葉を喋れなくなった。

「馬鹿な・・・・・・・・」

「さて・・・・・・・と。」

 ターゲットのリアクションなど俊には全く関係ない。命乞いをしようが、殺せと言はろうが与えられた仕事をこなすだけである。

「では、これより追加任務を指示する。」

「・・・・・・?」

「・・・・・・?」

「・・・・・・・。」

 欄と双葉は訳が分からず俊の顔をまじまじと見る。

 一呼吸置いてから、腰に控えている拳銃を取り出した。いつも俊が愛用しているソーコムピストルだ。

 銃口を持ち。前に差し出す。包丁の刃を向けないような、そういう行為に近い。

 そしてそれを、ある人物に差し出す。

「早川稔を、射殺せよ。」

 欄と、双葉の間。その奥にいる一人の人物に。

 そう、それは・・・・・・

「・・・・・・・え?」

 

 川越妃子であった。

 

 妃子は、今自分がどういう立場に置かれているか全く分かっていなかった。俊や双葉の会話を右から左に受け流し、そして気がついたら自分の手のひらの中に銃を握らされている。

「・・・・・・俊さん、流石にそれは・・・・・・、」

 俊を止めたのは、意外にも双葉であった。欄は自分の子供を見捨てた母親みたいな、深い表情をしていたが、慣れないポーカーフェイスで一生懸命自分を誤魔化そうと必死だった。

「双葉、お前オレに意見をするのか?」

 静かに、しかしそこには確かな怒りをあらわにした双葉が始めて見る俊の本当の表情がそこにあった。

「・・・・・・っ!」

 昨晩見せた、人間の心の奥まで入り込む、催眠術に近い眼力ではない。ただ、純粋な殺意と憎しみのみで構成された、完全な憎悪。

 人を本気で殺したいと思っていても、こういう表情は作れない。

 自分の愛している人間が目の前で殺されたとか、人生を台無しにされたとか、そういう生温い出来事では絶対にできない。

 その表情は、純粋な、悪。  

「・・・・・・いえ、何・・・でも・・・・・・あり・・・ません。」

 裏返った声だが、双葉自身、俊に答えられただけでも大健闘だ。自分の肩が震えていることに気付いても、何もできない。今、双葉が何か余計な動作を一つでもしたら、柳双葉という存在がこの地球から消えそうな錯覚を覚える。絶対に死なない、そして死なないアンデットファラオを完全に消し去る。・・・・・・そんなことは理論的には絶対に不可能だが、もし今双葉が俊に殺されても、違和感は絶対に残らないであろう。

「川越さん、・・・・・・さあ、やるんだ。」

 川越妃子なら絶対に拒絶する。だが、声をかけられたのは川越妃子という名の操り人形。

 操り人形は、持ち主の指示には必ず従う。妃子は人を殺す違和感も、双葉に唯一絶望を植え付けた佐津間俊への恐怖心も感じず、与えられた命令を素直に受け取る。

「・・・・・・。」

 思ったより銃が重いのか、おぼつかない手つきで標準を稔に合わせる。稔も俊の表情を見て、自分がこれから消されるという事実を真正面から受け止めるしかないだろう。・・・・・・どちらにせよ、この男には選択肢がない。

「ちなみに。」

 トリガーに指をかけた妃子の動きが止まり、俊に視線を投げる。

「君の父親が転落死したのも、その男が自分の責任を逃れるために君の父親になすりつけたからだよ。」

「・・・・・・・え?」

 人形の目に光が戻り、妃子の眼光は大きく開かれた。

「この男は医者の職業をやっていてね。患者は全て実験材料。ばれることはまず無く、もしばれても責任は全て犯罪者、あるいわ部下になすりつける。・・・・・・そう、その部下の名は川越箔。君の父親だ。」

「・・・・・・っ!」

 感情を取り戻した妃子は、激しい憎悪を込めた視線を稔に向けた。稔は先ほどの俊の顔を見てから、もう指の一本動かす気力もないらしい。

「そして病人ではなく一般人のサンプルが欲しい時は誘拐をもやっていた。・・・・・・分かるかな?」

 俊の言葉に、敵意を込めたまま再び視線を向ける。

「君の姉、川越姫子(きこ)が亡くなった事件だ。これも、この男が仕組んだもの。」

「・・・・・・こん、の・・・・・・!」

 涙を混ぜた殺意で統一された敵意を稔に向ける。涙を流し、軋ませた歯は口から血を流す程、それほど強い闇を男に向けた時だった。

 

「・・・・・・なんで?」

 

 この場に似つかわしくない間の抜けた声で、この空間にいる全ての人間の視線を奪い尽くした。

「なんで?私をあんな目に合わせたヤツは、もう死んだ筈でしょ?」

「・・・・・・え?」

 妃子には欄が何を言っているのか、理解できなかった。

「私を一度殺したヤツは、もう死んだ。この男じゃない。」

「甘い。」

 虚ろな表情で稔を眺める欄に、俊は言い切った。

「この男は、事件後にすぐ他の人間に罪をなすりつけた。罪を擦(なす)りつけられた人物はもともとハプネスが直々に処理をするぐらいの人物だったので問題は無い。結果的に言えば、この男のしたことは、闇に葬り去られた。」

「・・・・・・嘘よ。私はデビルウイルス。そんな簡単に私を見破れる筈がないわ。」

 欄は、未だ夢を見るような虚ろな顔。 

「らしくないな、須藤欄。」

 わざわざフルネームを強調し、俊の言葉は続いた。

「欄が生まれる前にこの男の情報は操作されたんだ。あの頃、お前は川越姫子だった。あの事件で欄は脳味噌以外殆どの器官を失っていた。だが、それをきっかけに体の6割をサイボーグ化し、1割は遺伝子組み替えで創られ、史上最凶のハッカー、デビルウイルスという異名と一緒に須藤欄という名前を手に入れたんだ。当然、その前は一般人だったお前が情報の誤操作を見破る術は無い。」

「そう、私はデビルウイルス。・・・・・・なら、情報を操作してデータを抹消しても、私ならばそれを知ることは可能なはずよ。」

「お前は最大の見落としをしている。」

「・・・・・・なに?」

 いつもの狐目、正真正銘の佐津間俊は言い放つ。

「お前を造ったのも、情報を闇に流したのも、同じ人物だということだ。」

「・・・・・・風間・・・・・・・・神海っ!」

 欄は自我を取り戻してきたのか、瞳にだんだん色が宿ってきた。

 そして、欄が自分を取り戻すと、太ももにあるDerinderに即座に手をまわした。

「姉・・・・・・さん?」

「・・・・・・違う。」

 だがその表情を見れば明らかな嘘だということが分かる。

「・・・・・・だって、今、・・・・・・佐津間さんが・・・・・・・」

「違う!」 

 心の奥の扉に辿り着いた妃子の存在を拒絶するべく、欄は妃子を吹き飛ばそうとしたが、振りかぶった腕は双葉に掴まれた。

「何よ、またあんたなの!触らないでよ!」

「・・・・・・。」

 皆が皆興奮気味の中、双葉だけは冷たい視線を欄に向けていた。このチームの中で、本当の意味で一番冷静な人間だ。

「・・・・・・てめえ、本当に最悪だな。」

 つまらないモノを見る視線を欄に向けるが、欄に冷静な思考はなく、ただ掴まれた腕を振り払おうと必死に抵抗している。

「武器庫での話、覚えているか?」

 俊が周りの状況を見計らったかのタイミングで欄に話かけた。

「あの時、お前は妃子が自分の妹だという事実を受け止めていた。オレが話の内容を的確に指摘したわけではないが、お前はちゃんとオレが何を言いたいのか把握していた。そして、お前もちゃんとその事実と向かい合っていた。」

「・・・・・・。」

「何で真実から逃げるかって?そんなの、誰でも分かる。」

「・・・・・・うる、さい。」

 歯切れの悪い言葉は、俊の言葉を遮ることはできない。

「お前は、実の妹に拒絶されるのを怖がっていた臆病者なんだ。」

「ああああああああああああ!うるさい、うるさい!うるさいぃぃ!」

 牙を剥き出しにした欄は、壊れかけている。

「私は、私は・・・・・・」

「須藤欄なんて人物はいない。君は川越姫子。妃子の姉だ。」

 自分を殺し続け、須藤欄を演じ続けた欄が殺され、今、再び川越姫子が覚醒を始める。

「・・・・・・違う!私は!・・・・・・私は!」

 欄は震える体を妃子に向け、揺らぐ瞳は妃子映し出している。もう、自分の妹しか見えない。

 かろうじて言葉だけで抵抗するが、それも時間の問題である。

 妃子はもう一度、言った。

「・・・・・・キー姉?」

「あ・・・・・・・・・。」

 欄の身体が自然に妃子を抱きしめていた。

「妃子・・・・・・妃子!今まで、今までごめんね!」

 欄は涙を流し、その大切な存在を胸の中に収める。妃子は、姫子を拒まなかった。

「・・・・・・。」

 妃子は何も答えなかったが、しっかりと自分の姉を抱きしめ返していた。

「・・・・・・っけ。」

 双葉はそんな二人をつまらなそうに見ているが、それも柳双葉の演技であろう。

「・・・・・・時にお前、いつ欄の腕を放した?」

「抱きつく瞬間です。」

 その答えに、俊はため息を一つ漏らした。もうお馴染みだ。

「職人技だな。」

「・・・・・・ほっといてください。」

 照れたのか、双葉はそっぽ向いた。俊の顔を見ないようにし、川越姉妹が抱き合いもしない方角へ。そして、そこには・・・・・・、

「・・・・・・じゃ、川越さん。」

 ここで言う川越さんは、妃子のことを指している。

 

「この男、殺してよ。」

 

 容赦も躊躇もなく、この男は自分の道を突き進む。どんな仕事もプロは私情を挟まない。それが世界NO1の殺し屋なら、俊の態度はさほど不思議ではない。

「・・・・・・い、・・・・・いやぁ・・・・・」

 人形でなくなり、さらには今まで失っていた光を取り戻した妃子は、恐らく出会う前よりも人間らしさを持ち合わせているのだろう。妃子は俊から離れるように、欄の後ろに回りこんだ。

「・・・・・・俊君。」

 欄が、静かに呟いた。双葉の予想では今の俊の発言に激怒すると思ったが、その声は静かに心に伝わる、欄の新しい声色(こわいろ)だった。 

「私にやらせて。」

「・・・・・・キー姉?」

「・・・・・・っ!」

 その言葉に一番驚いたのは、妃子ではなく双葉であった。欄は、このチームに所属しておきながら双葉を除いて一度も人を殺したことがない。自称、欄は3つの仕事をこなせる。ハッキング、暗殺、スパイ。だが、実際やったことがあるのはハッキングだけで、あとは知識も技量もありながら実戦に移した事がない。

「わかった。許可をだそう。」

 しかし、覚悟を決めた欄はゆっくりと双葉に掴まれたときに落とした自分のDerinderを拾った。

「・・・・・・キー姉?」

 妃子が心配そうに見つめるが、それに欄、姫子は優しい笑みで答えた。

「大丈夫、すぐ終わるから。・・・・・・それに、この男は私達の手で殺さないといけないの。・・・・・・ごめんね。」

 妃子を胸の中に押し込むと、ゆっくりと標準を稔に向ける。だが、その銃を持つ腕はこの世界を生きる欄には似つかしくないぐらい震えていた。

「・・・・・・。」

 欄の鼓動が早くなっていくのを、妃子は感じていた。心臓の音が早く、まるでいつ爆発してもおかしくないぐらい。

「・・・・・・っ!」

 激しい怒りで稔を睨みつける。涙を含んだ瞳は欄がどういう人間かを物語っている。

 指が、トリガーにかかる。

 そこから、トリガーをぐっ、ぐっ、と、5ミリづつゆっくりと引いていく。

「・・・・・・ぃゃぁ。」

 胸の中にいる可愛い妹が小さな悲鳴をあげるが、

 

 バン

 

 その悲鳴は、欄の銃口から出る大きな音と、

 漂う煙で答えた。

「・・・・・・。」

 双葉は目をそむけ、死体と川越姉妹を見ないよう目を閉じた。

 稔はぐったりしていて、どういう状況なのかは言うまでもない。

 欄は自分が殺した人間を見ることはできずに、虚ろな瞳で手の中にあるDerinderを眺めていた。

 妃子は欄を強く抱くが、もう、欄には抱き返す力は残っていない。

 そして、

「・・・・・・。」

 魔瞬殺こと佐津間俊は、明後日の方向を見ながら完全な、それでいて本当の笑みを漏らした。

 

(賭けは、オレの勝ちだな―――)

 翌日の朝、妃子は双葉を起こしに部屋まで足を運ぶ。その足取りは、今までよりも活発的で、一言で言えばとても人間らしかった。

「おはようございます!朝食の準備ができました!」

 元気一杯に挨拶をする妃子は、今までの妃子とはまるで別人だ。もちろん、明るい性格を演じているわけではない。純粋に、良いことがあった後では気分も良くなるのは人間として当たり前だ。

「・・・・・・うるせえ。」

 布団の中にいる双葉は、相変わらず。こちらは特に心境の変化はないようだ。

「ほら、いい天気なんですから朝食食べていい一日を送りましょうよ!」

 妃子が布団を剥がすが、それを掴み直して再び潜り込む。

「・・・・・・いらねえ。」

「姉さんも双葉さんの起床を待ってますよ!」

「消えろ。」

(・・・・・・すっげえうぜえ。)

 心の中で何を思おうと、妃子にそれが通じるはずがない。それがかなり呪わしい。

「ちゃんと睡眠とってます?駄目ですよ、夜更かしたら・・・・・・」

「すっげえうぜえ。殺すぞ。」

 プラスアルファで言ってやった。普通、どんなに機嫌が良くても、その一言で気分を損ねるだろう。だが、今日の妃子は違った。

「姉さんから聞きましたよ。双葉さんは、私にここのルールを叩き込むためにわざわざ時間を割いて、ゆいみさんを虐待するテープを私に渡して、それでもってゆいみさんの慰謝料まで自腹で出した、え~っと、つまり双葉さんは優しい人だって。」

「・・・・・・やっぱお前、殺す。」

 照れ隠しも少しはあるだろうが、それよりもこの女の存在が双葉にとって邪魔だった。

「先にリビングで待ってますから~」

 逃げるように姿を消した妃子。もう一度眠る体勢を作るが、もう身体も頭も冴えているようだ。

「・・・・・・誰だよアイツ。」

 ゆっくりと上半身を起こすと、少し、今の状況を整理した。

 ミッション終了後、妃子は欄にべったりくっつくようになった。・・・・・・一応、いいことだと思う。死んだと思っていた家族見つかったのは、とてもいいことだ。

 だが、あの心境の変わりようにははっきり言ってついていけない。俺の知っている女はあの冷血女だけだから、あれが世界で一番最悪な性格だと思っていたが・・・・・その下が存在した。

 ・・・・・・世の中は、広い。

 それともあの姉妹が特別俺の感情を逆撫でする才能があるのだろうか?

「・・・・・・。」

 あの女の加入で、こんな生活が続くと思うと心底嫌気が差す。

「・・・・・・ああ、」

 そういえば、俊さんの言っていた賭けってやつは、やはり勝ったのだろうか?・・・・・・というか、

「賭けに勝ってこれかよ・・・・・」

 思わずため息を漏らしたが、俊さんみたいになるので、変な癖はつけないようにしようと自分に注意する柳双葉であった。

  

 

 とりあえず牛乳を求めてリビングへと向かう。嫌な人間が一人増えようと、他人の影響で自分のリズムが狂うのを双葉は嫌う。そこに妃子がいると思うと本当に身体の芯からだるくなるが、それを悟られるのは気に食わない。・・・・・・思えば双葉は、感情を全く見せない俊の影響を受けているのかもしれない。

 だが、そこには妃子の代わりに欄が朝食を採っていた。

「・・・・・・黒猫の10倍は性質(せいしつ)が悪りな。」

 双葉にとって不吉な組み合わせのコンボが目の前で成立した。

「何訳分からないこと言ってるの。ついに暑さで小さな脳味噌が溶けたかしら?」

「・・・・・・。」

(まだ五月だボケ。)

 朝が弱い双葉は欄と戦う気力がまだ足りない。目を合わせないよう下を向きながら冷蔵庫に行き、牛乳パックを手にとった。

「・・・・・・昨日は、ありがと。」

 突然、ぽつりと欄は呟いた。

「・・・・・・?」

 欄は自分の食器に視線を落とす。顔を上げられないらしい。

「ほら・・・・・・私が妃子を払い落とすのを止めてくれたじゃない。」

「・・・・・・。」

 マジ気持ち悪い。

 と言ってしまえばこの後の展開は読めるので、仕方がないので自分の気持ちを心の底に封印しておく。

「あれだ。気にするな。」

 リズムが狂うとか、照れているとかではない。純粋に今の欄の態度は気持悪いのだ。

「・・・・・・ありがと。」

 もう一度、しかし今度はしっかりと感謝の気持ちのこもった礼を自分に向けられる。

「ところで・・・・・・なんなのよ、その格好。」

 顔を上げたのか、双葉の仕草に気付いたらしい。双葉はリビングに来てから、ずっと欄の顔を見ないよう地面と見つめ合っていたのだ。

「お前を見たら眼が腐る。」

 結果的に自分から喧嘩を売っている気がするが、それはまあ・・・・・気のせいだろう。

 しゅ。

「・・・・・・。」

 丸型の皿が飛んできたが、それを見ないまま首を動かす動作だけでかわす。そしてその皿は勿論割れ、粉々となった破片が地面にまき散る。

「この片付け誰がやると思ってるんだ?酷い姉だな。鬼かお前?」

 ブス。

「・・・・・・。」

 今度は命中したらしい。頭にフォークが刺さっている感触がある。・・・・・・まさかこいつは俺以外の人間にもこういう真似をするのだろうか?

 だが、刺さった場所に痛点にはなく、フォークを頭に残したまま双葉は牛乳パックを縦に向て喉に流し込んだ。

 トン。

 牛乳パックの角度が何者かによって変えられ、双葉の口から下が牛乳まみれになった。

「・・・・・・ほう。」

 頭の奥にあるスイッチが入った。双葉を牛乳まみれにした人物の頭をめがけて思いっきり腕を振りかぶると、

「コップを使わないと駄目ですよ。」

 目の前には川越妃子がいた。

「・・・・・・。」

 今殴れば俊さんに何かを言われるか分からないので、仕方がなく振りかぶった腕をポケットに入れた。

「・・・・・・あなた、以外に可愛いわね。」

「死ね。」

 茶化す欄を封じ込める。だが、明らかに今までのように事が運ばない。女二人でこちらは一人。この状況はかなり不利だ。

「・・・・・・なんか、エッチですね。」

「お前は俺が直々に殺してやる。」

 頬を赤らめて言う妃子は、人形でもなく、初対面の暗い妃子でもない、新しい川越妃子であった。が、それが余計に双葉の神経を逆撫ですることを本人は理解していないらしい。

「女の子に殺すなんて最悪~。野蛮~。怖い~。変た・・・・・・きゃ!」

 牛乳は勿体無いので、卵を投げつけてやった。欄は双葉を見て、ねばねばしている自分の身体を見て、再び双葉に視線を向けた。

「・・・・・・っふ。」

 足りない頭から血管の切れる音が聞こえてきた。上等。望むところだ。

 いつもの流れならここからバトルが始まるが、この一言で二人の殺意に似た熱気は一気に冷まされた。

「やだ・・・・・・キー姉もエッチ♪」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 頬に手を当てて体をくねらせている妃子は、誰にも止められなかった。

「・・・・・・だりい。」

 俊さん、助けてください―――

 俊が一度決めたことは何があっても覆らない。つまり、双葉の想いは決して届かないだろう。

 

 

 

 

「・・・・・・まさか、空砲だったとは、ねえ。」

 昨晩、ミッションが終了した日の夜、欄は俊の部屋を訪れた。

「当たり前だ。せっかく上手くまとまったのに、あそこで欄が殺したら、またギクシャクした関係になるだろ?」

 勝ち誇った顔で、俊は言い放った。部屋の壁の面を背もたれとして座る場所は、俊のお気に入りの場所であった。

「いつ弾を抜いたの?朝はちゃんと弾が入っているのを確認したわよ。」

 俊の反対側の隅に座るが、4畳の部屋では足がぶつかるぐらいの近さだ。

「双葉が欄の手を掴んで、拳銃がこぼれた時。」

「・・・・・・流石ね。ある意味尊敬するわ。」

 苦笑だが、欄の心の奥では確かに俊を尊敬していた。

「ちなみに台詞で言うと、『何よ!またあんたなの!触らないでよ!』の部分かな?」

「・・・・・・謝るから、もう二度と今の言葉言わないで。」

 心底悔しそうに言葉を吐き捨てる。

「あ~~~~~~うるさい、うるさい、うるさい~~~の時にはもう弾はオレのポケットの中にあるな。」

「・・・・・・何が望みなんですか?」

 俊の下で働く自分は、この位置で正解だと思った。間違ってもこんな部下は必要ない。

「オレの望みはただ欄と妃子と双葉の3人が仲良くしてくれればいいだけだよ。」

「後で双葉の評価が上がるよう、妃子に言っておくわ。」

 嫌々ながらも、俊にはどんな面でも逆らうことはできなかった。

「・・・・・・ねえ、早川稔の情報もハプネス・・・・・・・いえ、風間なの?」

 突然思い出したのか、何かを考えながら質問してきた。

「まあ、一応。」

 少し返答に困ったが、これはあくまでも事実なので、否定はできない。

「早川稔の情報を操作したのも、風間なのよね。」

 これは質問ではなく確認だった。

「・・・・・・まあ、一応。」

 その答えに、欄はうっすらと笑みを漏らした。

「そう・・・・・・。」

 とてつもなく、ややこしいことが起きそうな予感。・・・・・・いや、確信だ。

「・・・・・・風間さんをどうすんだ?」

 嫌な汗が流れてきたが、それを拭いはしなかった。

「ふふふ、何もしないわよ。・・・・・ただ、」

「ただ?」

「ハプネスの情報を全世界に流すだけかな?」

 さらりと、恐ろしいことを言い切るデビルウイルスであった。

 

 

「って、欄が言ってましたよ。」

「・・・・・・おい。」

「セキリティを強化しても時間の問題だから、全データのバックアップを取ってから削除した方がいいと思います。」

「おい。」

「データはもちろん、過去の履歴に載っているだけで欄は接触しますので、データを消して、嘘の情報を作ってからまた消せば、ある程度は誤魔化せると思いますよ。」

「おい!何でだ!?この流れはハッピーエンドじゃないのか!?」

 社長室で、俊は協力してくれたお礼に、小切手を届けに来た。だが、ひょんなことから話の流れが脱線してしまったのだ。

「・・・・・・まあ、少ないですけど、どうぞ。」

 タイミングを見計らったように0が天文学的に書かれた小切手を差し出すが、それを払われた。

「・・・・・・お互い、少し落ち着いて話をしよう。」

「オレは落ち着いてます。」

 俊は他の二人と違い、上司にはちゃんと敬語を使う。・・・・・・だが、しっかりしているのはそこだけで、本質的には他の二人より性質が悪いだろう。

「私は、ミレニアムアンデットデビルのために、そして佐津間俊君のために協力してあげたんだよね?」

「ええ。この説は、本当にお世話になりました。感謝の意でいっぱいです。」

「じゃあさ、何でこう・・・・・・恩が仇になって返ってくるの?」

「恐縮です。」

「・・・・・・おい。」

 そろそろリアクションが薄くなってきた。社長椅子に座りながらも、動いているのは眉毛だけ。本当に切羽詰っているようだ。

「なんとか、なるよな?」

 冷静な態度を取ろうと自分に言い聞かせ、自分を騙す風間社長。

「いえ、恐らくもう無理だと。」

「おいいいいいいいい!」

 冷静な態度は3秒と続かなかった。

 俊は席を立つと、風間に背を向けた。

「では、自分は今から用事があるので。」

「・・・・・・本気で、言っているのか?」

「ええ。とりあえず情報料はここに置いておきます。少し多いと思いますが、オレのせめてもの気持ちです。」

 小切手を机の上に置いた。だが、風間はその金額を見もしなかった。

「ならば、一つだけわがままを聞いてくれ。」

 神妙な顔つきで頼み込む。それだけ、真剣なのだろう。

「いいですよ。」 

 風間は深呼吸を一回行ってから、強く言い切った。

「私も今日から・・・・・・!」

「却下。」

「・・・・・・。」

 冷ややかな視線を向けられているが、それを気にせず俊はドアを開けた。

「おいおいおい、鬼かお前は!」

「まあ、そういう見方もあります。」

「それしかねえよ!」

 

 そんなこんなで、しばらくは下らない話で盛り上がっていた。

 

「・・・・・・なあ、賭けには勝ったから、今は上手くまとまったんだろ?」

「ええ。」

「なら、あのいきさつで賭けに負けるってのは、どういう状況なんだ?君の話を聞けば、賭けとやらに負ける要素なんてないだろう。」

「・・・・・・・あの勝負は、川越さんに涙が無かったらオレの負けでした。」

 自嘲するようにかのように言い放った。

「オレの話を全部聞いて、それで『そうですか。』とか言われて発砲してたら、もうこのチームは終わっていた。」

「・・・・・・いや、だからそれはないだろ。」

 呆れたようにいうが、俊はかなり本気だった。

「だけど、この世界に絶対はない。オレの考えは、世界は確率で出来ているという考え。だけど、その確率にオレは生涯100%と思ったことは一度もない。」

「・・・・・・・何かミスがあっても、それをお前は修正できていると私は思うが?」

「ただの結果論です。まず、今まではオレの思惑通りに行かなくても、修正が効いた。だけど、今回ばかりは失敗すれば修正は不可能なんです。」

「・・・・・・ちなみに、勝算は?」

「99.7%で行ける、と。」

「・・・・・・。」

 言葉を失うしか、なかった。

「くだらない、結局負ける要素が無いじゃないか。」

「ほぼ確信だったけど・・・・・・リスクが大きすぎた。万に一失敗すれば、このチームは解散だ。」

「・・・・・・なあ、俊。」

 真剣な顔を俊に向ける。

「戻って、こないか?」

「・・・・・・。」

「双葉に欄、それに新しく入ったという欄の妹も大歓迎だ。それなら今までどおり、いや、社長が亡くなった今なら今まで以上に好き勝手できるし、お前なら社長の座を・・・・・・・」

「大変魅力的な誘いですが、お断りします。」 

 目を閉じ、当然のように言い切る。

「・・・・・・。」

 予想に反した答えが返ってきたからなのか、風間の目が鋭くなる。

「・・・・・・お前が、あの組織に執着する理由はなんだ?」

 俊からすれば、それは想定通りの質問だった。

 もう、俊の中に答えはでている。

「組織ではなく、チームです。」

「同じことだろ。」

 ため息をついてから、風間の鋭い眼光を真正面から受け止めた。

「組織は、経営云々。利益を得るためなら非常になれます。オレは、そういうのは本当は好きじゃないんです。」

「・・・・・・。」

「血縁でなくとも家族にはなれますが、私情を挟んでは仕事はできません。」

 俊は、重い腰を立ち上げた。

「チームはプロセスではありません。普段は家族みたいに接し、仕事は切り捨てるという非常さも必要ありません。・・・・・・人との繋がりを求める臆病者のオレがこの仕事を続ける上で最も憧れる理想郷なんです。」

「・・・・・・・残念だな。」

 俊の言いたいことが心に染み付いたか、風間は空を仰いだ。

「すいません。オレは、今の幸せを譲る気はないんです。」

「いや、そこじゃない。」

「・・・・・・?」

 風間はそのままの体勢で言った。

「私をその理想郷に入れてくれないのが、残念だ。」

「・・・・・・。」

 二人は、ふっ、と小さな笑みを漏らした。

 演技ではない笑みを見せたのは、これが始めてかもしれない。昨晩、賭けに勝った時の笑みは他者には晒(さら)してはいない。

 俊はドアノブに手を掛けると、一言言い切った。

「もし、ハプネスを任せられる後継者ができて、その時にまだこのチームに加入したいというのなら、その時は喜んで迎えます。」

「・・・・・・そんなに、今の状況は幸せか?」

 お互い答えは分かっているが、聞いてみる。

 俊は振り返り、誇らしげに言った。

 

「オレは、ミレニアムアンデットデビルのリーダーですから。」

 

 

 

「キー姉は、佐津間さんのことが好きなの?」

「ええ。」

 自信満々で言い切る。そこには恥じ、照れ、共に一転の曇りすら存在しない。

 昼前、双葉の後にシャワーを浴びた後、妃子は仕事がなくなったらしく欄の部屋に遊びに来ていた。

「でも・・・・・・難しいと思うよ。」

「いえ、大丈夫よ。私達は愛しあっているんだから。」

 軽い優越感を覚えた欄は自慢気に恋人?の自慢をする。妃子はそんな姉の態度を見てから、言いにくそうに口を開いた。

「愛し合ってても・・・・・・進展なさそう。」

「・・・・・・。」

 ぼそっ、と小さな声で聞かされる声は、不覚にも説得力がかなりあった。考えてみれば、自分は12からハプネスで生活し、勉強に知識、給料に地位など、あらゆる面で一般人を上回ると思い込んでいたが、恋愛に関しては雲泥(うんでい)の差がある現実を目の当たりにした。

 確かに、妃子は自分とは違い公立の学校で様々な恋愛を見てきて、もしかしたら妃子本人も学生らしい恋愛を経験してもおかしくはない。

「ねえ、ならどうしたらいいと思う?」

 恥を偲(しの)んで自分の妹に知識を要求する。プライドが高いいつもの欄からすれば考えられない行為だ。

「・・・・・基礎的なアドバイスはできても・・・・・・・・・佐津間さんは当てはまらないと思う。いや、絶対に。」

「・・・・・・。」

 妹に虐められている気がするのは気のせいだろうか?

 だが冷静に考えれば、妃子が言う言葉は的を射てるといえるだろう。あのポーかフェイス、佐津間俊にセオリーが通じるとはどうも思えない。喜びも、悲しみも、怒りも。その表情の片鱗さえも見せることはない。

「な・・・・・・ならさ!あなたは今恋してるの?」

 可哀想なぐらいばればれな演技力しかないのが自分でもわかる。仕事では幾らでも嘘を貫けるが、こういう話題にはかなり弱い、というかまず免疫が無いみたいだ。

 妃子は照れ隠しなのかあごを指先で引っかきながらゆっくりと答えた。

「私は・・・・・・双葉さんとか?」

「今この瞬間で私は須藤欄になったわ。あなたとの血縁はこの瞬間にばっさりと切れました。これからはキー姉という単語を前面禁止にします。」

 自分の興奮気味の体温が一気に下がったのが嫌というほど伝わってくる。血が引いたといっても適切な表現だろう。 

「・・・・・・そんなに嫌いなの?」

「あの顔を見たら食事が不味くなるわ。」

 0,1秒と間を空けずに答える。この質問は仕事での暗記よりも速く答えることができる。この手の話題になると、脳がフル回転できるようだ。

「かっこいいんじゃない?」

「ゲロ吐きそうなくらいね。」

 またもや返答は0,1秒。ちなみに意識をしているわけではない。

「・・・・・・そういえば、キー姉、すっごい美人。」

「・・・・・・。」

 話の脱線についていけない。

「その整形、いくらしたの?」

 兄弟とはいえ踏み出してはいけない壁を楽々と乗り越える。自分の妹ながら恐ろしい。

「・・・・・・年収の1%以下よ。」

 嘘は言っていない。こういうのは、値段が高ければ高いほど弱点を曝け出すものである。よって、一番響きのいい言葉がこれしかなかったのだ。

 だが、その慎重に選んだつもりの言葉も、妃子は顔面蒼白に近い顔を見せてから欄との距離をとった。

「嘘・・・・・・!」

「そ、そんなに高くないわよ・・・・・・。」

 それは明らかな嘘であった。

「に・・・・・・2億が安い・・・・・・!」

「あ、俊君帰ってきたわ。」

 誤魔化しながらその場を離れるが、未だ妃子は放心状態であった。

 

 

 俊が屋敷に戻ると、出迎えは妃子ではなく双葉であった。

「俊さん・・・・・・」

 気のせいか、双葉今にも泣き出しそうな子供みたいな顔で俊に近づいてくる。

「・・・・・・どうした?ハプネスから全面戦争でも宣言されたか?」

 靴を脱ぎながらいつもみたいに茶化すが、今日の双葉は真剣そのものだった。

「内戦です。」

「・・・・・・?」

 双葉らしくなく、頭のネジでも2,3本外れているのだろうか?

「あの女、殴っていいですか?」

 ・・・・・・その件に関しては想定範囲内だ。もう手は打ってある。

 俊は双葉を軽くあしらうと、リビングへと向かった。行き場が無いのか、双葉もその後をついてくる。

「・・・・・・任せろ。もう手は打ってある。」

 長い廊下の途中、前を向いたまま答えた。

「本当ですか!」

 後ろを向いたままでも双葉の表情が手に取るように分かるのは人間のおもしろいところだ。「川越さんと欄をリビングに呼んでくれ。」

 答えもせずに、双葉はダッシュで欄の部屋へと走っていく。

 一般人は一般人でも、川越さんは相当変わっているからな・・・・・・まあ、欄の妹だと言ってしまえば一言で片付くがな。

 

 リビングで待つこと30秒。妃子と欄が駆け足でやってきた。

「緊急集合ってどういうこと!?何があったの!?」

「それって一大事なんですよね?」

「・・・・・・。」

 いや、出してないって。

 双葉は双葉で仏頂面をしてやり過ごすらしい。まあ、この際どうでもいい。こちらとしても、用件は早めに伝えておきたい。

「座ってくれ。」

 本当に緊急集合をかけたかのように事務的な口調で二人を座らせる。一応双葉の顔を立ててやることになる。ちなみにその張本人は既に真顔で着席している。・・・・・・関心するぐらい清清(すがすが)しい。

「これより、ミレニアム・アンデットデビルへの任務を命ずる。」

 緊張する空気が流れる前に俊は言葉を続けた。

「今日は川越妃子の本採用が決定したということで、みんなで遊園地に行こうと思う。」

「・・・・・・。」

 じと目で双葉を見下す欄。一瞬でバレたらしい。

「いいですね!一昨日はギクシャクしてましたから今日は思いっきり遊びましょうよ!」

 元気いっぱいの、キャラが180度変化した妃子。

「・・・・・・ごめんなさい。」

 そこ、なぜ謝る?

 心の底から懺悔する双葉に妃子は抱きついた。

「双葉さんって、照れ屋さんなんですね!」

「私の妹に手を出したら殺すわよ。」

「以外な組み合わせだな。」

「・・・・・・、」

 完全に押されぎみの双葉を始めてみた。そして、この組み合わせは本当に俊の数少ない想定範囲外の出来事だった。

「一般人の殺人は一日の外出禁止でしたっけ?」

 震わせた声は怒りを我慢しているのがビンビン伝わってくる。・・・・・・このままでは双葉が殺人鬼になるのも時間の問題だろう。

「ぷに。」

 可愛らしく双葉のほっぺを人差し指でつつくと、

 どごん!

 瞬間的に双葉は脳天に特大のげんこつをお見舞いした。

「~~~~」

 頭を抑えながら、妃子はテーブルの下へ倒れ、俊の視界から完全に姿を消した。

「あなた女の子に手をだし・・・・・・!」

「だーーーー!うるせえ整形ブス!大体てめえみたいに173センチの女の子なんて存在するわけねえだろ!鏡見てから喋ろ!」

「何よ!妃子は160も無い女の子なんだから!」

 その返答を待っていたかのように、双葉は笑顔で欄に詰め寄った。

「今、自分(てめえ)で自分(てめえ)のことを女の子ではないと認めたな?」

「・・・・・・。」

 基本的に、双葉はかなり口が強い。それに加え、実力(暴力?)もかなり強いので、柳双葉は事実上かなりやっかいだ。

「私は173センチもある巨大女で~す。(裏声)特技は無くて、好きなことも無いけど体重は80キロもありま~す♪(裏声)」

 身体の6割が機械で構成されている欄の体重が重くなるのはしょうがないことだ。だが、それを本人が気にしてないかというと、そんなことはない。年頃の欄が自分の体重にコンプレックスを持っているのは不思議ではない。

「・・・・・・っ!」

 あ、そろそろ切れる。

 簡単に読み取れる表情だが、双葉は手の内を緩めない。

「リピート。」

「・・・・・・っふ、」

 そしていつもの喧騒が始まった。

「・・・・・・はあ。」

 暴れている二人に干渉しないよう、遠回りをして妃子を担いだ。頭部からは本気で血が流れていたが、それは見なかったことにした。

 結局、このチームはいつもと同じらしい。

 だけど、まあ、俺はこういうのは嫌いじゃない。

「・・・・・・はあ。」

 二度目の、ため息。

 だが、俊の気分は悪くは無かった

 

 ハプネスより、こっちだな。

 

 心の中で再確認すると、風間の悔しげな顔が頭をよぎった。

 気が向いたら、な。

 暴れ回る大切な家族を見届けながら、俊は表情を悟られないよう心の中だけで笑おうとしたが、その表情は少し、ほんの少しだけ綻んでいた―――。


 
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