No.138386

堕落_六章:無限or予知夢

無知or予知夢_だからパラドックス
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2010-04-24 12:36:36 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1142   閲覧ユーザー数:1127

 身体が熱い。力が漲る。憎悪が膨らむ。

 屋上。子供がはしゃぎまわる。目の前には単純なワンコインの前後に動く乗り物で埋め尽くされているが、それでも子供たちにとっては立派なアトラクションらしい。

 そう。私にとってのアトラクションは、目の前にいるオミャリジャ。それ以外には何の意味も持たない。

「いい風ですね。亜麻さん。」

 そう言って、彼女は夥しい出血を何も感じないように自然に言葉を交わす。血で汚れたオミャリジャが自然に振舞うのも異常だが、そんな光景を誰一人として目を留めないのも異常であった。

「・・・・・・。」

 二人は屋上のフェンスに移動する。フェンスの高さは1メートルとちょっとで、何かの弾みで人が落下する可能性があるには十分すぎる高さである。

 オミャリジャはそんなフェンスまで歩み寄り、それにもたれるとポツリと呟いた。

「亜麻さん。アナタは、この世界が好きですか?」

「・・・・・・は?」

 それは、この場に相応しくなく、それでいて言ってはいけない言葉であった。

 言われた時、この言葉の意味が判らなくて亜麻は呆然とした。だが、その言葉の真意を理解すると共に亜麻は怒りに支配された。

「・・・・・・こ、この世界が、好きかですって・・・・・・っ!」

 ずっと怖がってきて、ずっと憎んでいて、それでいて本当はずっと前から諦めていたこの堕落した世界。それを好きかと聞いてきたのだ。それも、こんな世界を構成した張本人から。

 それは、つまるところ。

殺してほしいのだろうか?

 亜麻はゆっくりとオミャリジャに歩みより、その細くて白い喉に手を伸ばす。

 オミャリジャはそれに抗わない。ただ、慈悲深い視線を亜麻に流し、己の罪を認めるように目を瞑る。

 ・・・・・・だが、その手がオミャリジャの喉に届くことはなかった。

「・・・・・・ショウ君?」

 いつのまに背後にいたのか、伸ばしていた右手をショウに掴まれていた

「ア、アエリヒョウ・・・・・・!」

 どんな出来事が起きても心を揺さぶられなかったオミャリジャの仮面が剥がれ落ちる。そう。継承の神アエリヒョウはそれだけ高位クラスの神なのだ。

「久しぶりだね。・・・・・・もう顔も忘れてたけど、アナタのその仏頂面みたら思い出しましたよ。」

「・・・・・・っ!」

 オミャリジャはショウから後退しようとするが、それは叶わない。オミャリジャの頭部をショウががっちりと掴んでいたからだ。

「放さないよ。さあ、思いだすんだ。そして、認めるがいい。」

「くっぅ・・・・・・!」

 男女の力の差はあろうと、身長はオミャリジャの方が高いし、何よりショウはまだ骨格ができていない。そんな非力に見えるショウがオミャリジャを制圧しているのは、不思議な光景であった。

 ショウは、嬉しそうにオミャリジャの頭に力を込める。

「キミは、ピエロだ。」

 瞬間、世界が歪んだ。

 刻が凍り、世界が凍てつき、時間が覆る。

 しかしそう感じたのもたった一瞬で、すぐにもとの世界に戻る。そこには、ただオミャリジャが頭を抱えて苦しむ姿だけであったが。

 そんな光景を呆然と眺めていた亜麻に、ショウは演説でも始めるように両手を大きく翳した。歓喜な表情で、亜麻のためだけにこの言葉を口走る。

「亜麻さん。今こそ、時代を変える時です。」

 それは、言われるまでもないことであった。もはやオミャリジャを生かす意味はない。

 亜麻はゆっくりとオミャリジャの目前まで歩み、

 そして、

「がっ・・・・・・!」

 前蹴りを放った。

 たかが一般女性の蹴りは、オミャリジャという神を数メートル吹き飛ばし、

 ガガアアァァァン!

 彼女はフェンスを越えて落ちて、否、堕ちていった。

 オミャリジャの表情は苦痛で満ちていたが、それとは対照的に亜麻の表情は緩んでいた。

 快感だった。至高だった。極楽だった。愉快だった。

 そしてオミャリジャの命が絶たれたと思われる瞬間。

 世界が、覆る。

 この堕落した地獄についにピリオドを打ち、世界はついに救われたのだ。

 永い永い年月。

 苦しい、永遠と思われた地獄。

 それは、こんなにもあっけなく絶たれたのだ。

「は、はは、あははははははははは! 流石、流石はゴギヌ様! もう、もう僕達は自由になったんだ!」

 そう笑ったのはショウであった。相変わらず周りにいる人間はそこに二人が存在していないようにピエロを演じる。元々、こいつらはオミャリジャが作り出した人形に過ぎない。指揮者を失った演奏者に音の調和がとれる筈がない。ならばこの欠陥品の説明には十分すぎる。

「ショウ君。」

 ゆっくりと、ここまで協力してくれたこの世界で最愛の人の名を呼ぶ。

 彼は、ゆっくりとその言葉に答える。

「ええ。この世界は堕落しています。ただ、もう一つだけ用意されています。」

 その言葉の真意は、理解している。つまり、最後に死ぬということだ。

 亜麻はフェンスに向かって歩み寄る。

「じゃ、次は私の時代で会いましょう。アエリヒョウ。」

 ショウは笑顔を作りながら、ゆっくりと亜麻の後を着いてくる。

 そうして亜麻が最期の死地に足を運んだと同時に、

「ちゃんと継承させます。・・・・・・そう。継承させますから・・・・・・、」

 手を、握られた。

 足を止め、振り返る。そこには、真っ直ぐな輝かしい未来を、希望を、夢を待ちわびた瞳と視線が交差する。

「最後の世界、いえ。・・・・・・これからの新時代は、僕と一緒に暮らしませんか?」

 その少年は、綺麗だった。

 とても綺麗だった。

 今まで散々縛られてきた世界を憎まず、むしろそんな世界を糧にして次の世界では光に変えようとしている。それはまるで、神という形容詞が似合いすぎる。

 言いにくそうに恥じらいながらも、その胸の奥には濁りのない澄んだ心。

 それに亜麻は人生で最高の笑みで答えた。

「ええ。もちろん。」

 長かったのだろう。

 悔しかったのだろう。

 ショウの気持ちが本当に真っ直ぐ亜麻に届いた。しかし、そんな茶番ももう終わりだ。

 

 本当に事が終わればあっけないものだ。

 オミャリジャは継承の神の力で自身の敗北を認めた。それにより、自身をも偽り続けてまで世界を構築する必要がなくなる。最悪、私たちを巻き込んで自殺を図ろうとも計算にあったが、それもショウのおかげでなくなった。

 個人的には別にそれも悪くなかった。

 ただ、どんな結末になるにせよ、この堕落した世界から解放されるのであればそれでよかった。

 そこに、ショウが言ってくれた。

 ”僕と一緒に暮らしませんか?”

 こんな私を、一人の神が、世界が認めてくれたのだ。

 胸に暖かいものを感じた。これが、希望。

 そう、希望だ。

 

 私は、ショウの手を取った。

 ショウもまた照れくさそうに私の手を取り、すでに形を保っていないフェンスに足をかけ二人で恥ずかしがりながら足をかけた。

 

 そうして、二人は手を繋いだまま、フェンスを越え――――――、

 

 

「――――――待て、」

「・・・・・・え?亜麻さん、」

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おかしい。

 どこがどうおかしいなんて、そんなの判らない。

 ただ、これは明らかにおかしい。        

 瞬間。

 

 飛べ、飛べ、飛べ、飛べ、飛べ、飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!

 

「・・・・・・っ!」

 体中の細胞が私にこの世界からの開放を命じている。

 先ほどの暖かい感情は一切含まれず、ただ純粋の”負”のエネルギー。

 どうせ、どうせ死ぬのだ。少し冷静になってみよう。

 それは誤りではないし、むしろたった今こうやって生きている意志があるのさえも不思議であった。

 死ねば、世界は変わる。

 絶望が希望になり、闇が光になり、この世界を蝕む存在も完全に抹消される。

 ・・・・・・そう。ここで飛び降りて死ぬ。

 その行為におかしい箇所なんて何処にもない。むしろ、全て正しい。

 

 ――――――故におかしい。

 

 私は、ここで飛び降りて死ぬのか?

 死ぬ?

 それは、構わない。今までの話が全て作り話であろうと、ここでちゃんと死ねるなら今更文句などない。

 堕落したこの世界。それを終わらせるために、死ぬのだから。

 ……どこで?

 それは、……そう。今、ここで。

 ……デパートの屋上で?

 ………………………………………………………………………………………………………………………おかしい!

 まるでそれは、

 

 初日、ショウと出会う以前に観た夢に類似しすぎて、

 

「――――――――――っし!」

 私は、踏み外そうとした足を引っ込めた。

「・・・・・・亜麻さん?」

 不審そう、というより不安そうなショウの表情さえ、もう眼に入らなかった。

 これは、この出来事はおかしい。

 まるで誰かが用意した脚本を何も知らないで演じているような、そんな不快感が過ぎる。必然の出来事が全部偽り物で、今、この瞬間までずっとソイツの掌で踊らされていたような感覚。

 そして、ここにきて初めて疑うという心が芽生えた。

 何を疑っているのか?

 誰を疑っているのか?

 そんなことは知りもしない。だが、そんな状況でもひとつだけ分かる。

 ここで死ねば、もう戻れない。

 それは不思議な比喩だった。

 元々一歩たりとも進んでいないのに、そんな状況にさえ戻れないと断言できる。

 

 その疑問が、完全に確信に変わったのは次の言葉だった。

 

「なるほど。茶番劇は終わりというわけだな。」

「・・・・・・っ!」

 どこからともなく聞こえる、明らかにショウとは異なる第三者の声。

 その声は、聞き覚えのある親しみを持った声質。

 ッヂュ。

 声の次に起きた異変は、これもまた何か懐かしい音。

 それは何かが小さく破裂する音。それに警戒し、亜麻は視線を巡らせる。

「ぁ・・・・・・。」

 その、小さな破裂音。その音は、

 ショウの頭を破壊していた。

 何かのシステムで破壊したのか、音自体が破壊の効果をもたらすのか、知るはずないし、知る意味もない。

 ショウは、もう助からないのだから。

 こぽこぽと泡だった赤いシャボン玉は、眼球や耳から膨大に発生し、それと同時にショウの身体を支えていたバランスを崩す。

 先ほどまで光の象徴であり、普通の会話をしていたショウはいとも簡単に命を失いこの屋上から落下していった。

「久しい再開。・・・・・・否、これは初お目にかかるといったところか。」

 ふざけた挨拶をする人物の場所を直視する。

 死骸となったショウ(アエリヒョウ)に感傷を抱きたいが、今はそんな場合ではない。

 視線を巡らす。

 オミャリジャが死に、アエリヒョウが死んだこの世界。

 そこには、

 もう一人、

最後の神の姿があった。

「失礼、紹介が遅れた。我の名はゴギヌ。欲望の女神ゴギヌだ。」

「・・・・・・。」

 亜麻と外見が瓜二つの女神が待ち構えていた。

 そんな、恐怖。

 ただ純粋な絶望と恐怖しかない、そんなパラドックス。

 同時に、それは幸福。

 亜麻がもし自殺していれば、それは無限に続く永遠の物語が再び起動していただろう。

 だからパラドックス。

 今までの経験を予知夢などと傲慢にならず、その危険を察知できた自分が誇らしかった。

 永い永い堕落した物語。

 今、

 亜麻はその物語(ストーリー)に亀裂を走らせたのだ。


 
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