No.137631

真・恋姫無双 EP.1 猫耳編(1)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。どんどん、原作から離れていくような気がします。書いてる本人は楽しいですが、皆さんにも楽しんでもらえれば、幸いです。

2010-04-20 21:41:02 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:14422   閲覧ユーザー数:11698

 暗い、禍々しい気配に満ちた部屋だった。窓が1つもなく、四方の壁には人々の阿鼻叫喚の顔が隙間なく浮かび上がっている。明かりも灯さず、部屋の中央にぽつんと置かれた、天蓋付きのベッドの上に少年が座っていた。

 少年は、自分と同じ大きさほどの卵のようなものを、大事そうに抱えている。卵のようなものの中には、淡い銀色の光を放つ全裸の少女が、膝を抱えて丸くなり眠っていたのだ。

 愛おしそうに、半透明の殻を撫でながら、少年はふと視線を背後に向けた。何もなかったその場所が、ゆらりと歪んで黒装束の男が現れる。

 

「また、やられたの?」

「申し訳ありません」

 

 少年が呆れるような口調で言うと、感情の籠もらない声が男から返ってきた。

 

「曹操にしてやられるのは、これで何度目かな? 知ってる? 世間ではあの女のこと、『死天使』なんて呼んでるらしいよ」

「……」

「魔獣を手懐けて、少し調子に乗ってるみたいだね」

 

 少年は視線を、抱えた卵の少女に戻す。柔らかい笑みを浮かべ、頬をすり寄せた。

 

「袁紹に任せている北征を急がせて。あと、賈駆にも目障りな『赤竜使い』を早く何とかするようにってね」

「はい……」

 

 男は現れた時と同じように、ゆらりと揺れて消えた。

 

「ああ、僕の可愛い月……。そんなところに閉じこもっていないで、早く出ておいでよ」

 

 うっとりとした様子で、少年が囁く。その目からはもう、正気が失われていた。

 

 

 4度目の外史に、北郷一刀は降り立った。過去3回の記憶はなかったが、三国志の英雄たちが活躍する世界を、彼なりに想像していたのだ。しかし。

 

「なんじゃこりゃーーー!」

 

 開口一番、一刀は思わず叫んだ。

 

「聞いていたのと、話が違う! あそこに飛んでいるの、あれって鳥じゃないよね? どう見ても、あれってドラゴンだよね? 映画やゲームで見たのに似てるよ?」

 

 翼を広げ、「あぎゃー」と鳴きながら火を吐いていた。

 

(これは私たちも予想外なのよね。恐らく『奴ら』が無理矢理、この世界を再構成した影響だと思うわ)

 

「まじか」

 

(恐らくこの世界の人々にも、少なからず影響があるだろうな)

(とりあえず、ご主人様は私たちがみっちりと鍛えたから、ドラゴンに正面から挑まない限りは大丈夫よ)

 

「はあ……仕方がない」

 

 一刀は諦めたように、肩を落とした。

 

(それとね、ご主人様。私たちは、力を蓄えるべくしばらくの間、眠りにつくから)

 

「え? それじゃ、剣は使えないのか?」

 

(それは問題ないわ。ご主人様が『伸びろ』と念じてくれれば、剣はいつでも使えるから。ただ、こうして話をすることが出来なくなるから、この先はアドバイスとか出来ないけど)

 

「ああ、わかった」

 

(寝てる間に、悪戯しちゃいやよ)

 

「するか!」

 

 剣を地面に叩きつけたい衝動に駆られたが、出来ればあまり触りたくはなかったのでやめた。

 

 

 適当に歩いていたら、それなりに賑わっている街に着いた。

 一刀はいつもの制服姿だったのだが、妙な世界になっていた影響なのか、注目を集めることはなかった。とりあえず腹ごしらえをしようと、おいしそうな匂いを漂わせていた店に入る。

 貂蝉から多少のお金は貰っていたので、しばらくは食べるものに困ることはないだろう。

 

(でも、節約しないとな)

 

 ごま団子を注文し、考えたら1年振りとなる食事を堪能する。

 

「うまい。それに、何だか懐かしい味だ」

 

 お腹も膨れ、お茶を飲み一息つく。さて、どうするかと大通りに出た一刀の前を、何やら商隊のような一団がやってきた。

 

「何だ、あれ?」

 

 思わず漏れた呟きを聞き、そばにいた老人が教えてくれた。

 

「あれは奴隷商隊じゃよ」

「奴隷……」

「金さえ払えば、人の命も買える。新しい帝が即位してから、この世界はおかしくなってしまったんじゃ」

 

 豪華な馬車の後ろから、檻の乗せられた荷車が続く。年端も行かぬ子供の姿もあった。

 

「あんな子供が……」

「口減らしに売られたんじゃろう。貧しい家は、そうして生き残るしかないからの」

 

 一刀は拳を握る。持っている全財産を使えば、あの子供を一人か二人くらいは助けられるかも知れない。でも、それだけだ。砂漠に落とした一滴の水のようなものである。

 

(でも、何とかしないと……)

 

 商隊を追うように一歩を踏み出した一刀は、だが一つの檻が目に入ったとたん、動けなくなった。

 

「あれは――!」

「ああ、猫耳族じゃな」

 

 その檻には、一人の少女が怒りを滲ませじっと座っていた。栗色のショートヘアの頭部には、二つの猫耳がある。

 

「森の奥に住む種族じゃよ。ふらりと出てきたところでも、捕まったんじゃろうな」

 

 一刀はどうしてか、その少女から目が離せなかった。じっと目で追っていると、ふと、視線がぶつかる。強い光を宿したその目は、「さっさと助けなさいよね!」とでも言っているかのように、一刀を凝視していた。

 

 

 どうしてこうなったのか、猫耳の少女――桂花は考える。長老の言葉に逆らい、村を出たのが間違っていたのだろうか。いや、違う。彼女なりに世間を見て、強い憤りを感じた。あのまま村に居ては気付かなかった、残酷な現実を知ることが出来た。それは、とても大切で意味のある事だ。

 弱者が虐げられる、今の世の中を変えようと考えた。そのために、これまで学んだことを生かすべきなのだ。しかし一人で出来ることなど、たかが知れている。仲間が必要だった。

 街で色々な人を見た。信頼出来る者、同じ志を抱く者、そんな人を探した。けれど多くの人が、不満を漏らしつつも現状を変えようとはしない。他人を当てにして、自分は何もしない。そんな者を何人も見て、怒りが失望に変わるのに、時間は掛からなかった。

 自分は、何も変えることが出来ないのか。諦め掛けた時、声を掛けてきた一人の男がいた。大望を抱き、世を憂いて義勇軍を結成しているという。

 

「軍師として、一緒に来てくれないか?」

 

 そう誘われて、本当にうれしかった。だから、油断したのだろう。宿屋に戻って一息ついた時、全財産の入った財布が盗まれていることに気が付いた。

 そうして宿代を払えず、奴隷商人に売り飛ばされ今に至る。

 

(男なんて、信じた私がバカだったわ!)

 

 後悔しても遅い。彼女は檻の中から、値踏みするような目で見てくる男たちを睨み付けてやった。

 街に着くと、その中に哀れむような眼差しが混ざる。すべてが憎らしく思えた。そんな時だ。

 一人の男と目が合った。白い光る服を着た、どこか貴族のお坊ちゃんみたいな男。それなのに、目が離せない。強い悲しみと意志を宿した、今まで会ったことのない目をしている。何よりもその黒い瞳が……。

 

(きれい……はっ!)

 

 何を考えているんだろう。

 

(バカ! 死ね!)

 

 そんな気持ちを込めて、桂花はその男を睨み付けた。

 

 

 一刀は迷っていた。

 何一つ解決の糸口すらないのに、あの猫耳の少女を見てから落ち着かないのだ。結局、奴隷商隊の入って行った屋敷の前まで来てしまった。

 

「何とかして、助けたい」

 

 そうは思うものの、いったいどうすれば良いのか。全員を解放できるほどのお金はない。

 

「ああ、もう! 当たって砕けろだ!」

 

 意を決して、門番に近付く。

 

「あの……」

「ん? 何だ?」

「ここの主人に会いたいんですが」

 

 一刀がそういうと、明らかに庶人とは違う格好を見て勘違いでもしたのだろうか、門番は口調を改めた。

 

「これは、失礼いたしました。お約束をされて、おりましたでしょうか?」

「いや、そういうわけでは……」

「取り次ぎを致しますので、こちらへどうぞ」

 

 そう言って門番は、一刀を中に通してくれた。何やら屋敷の中から騒がしい声が聞こえる。何事かと思いながら待っていると、先程の門番が一人の女性と共に戻って来た。

 

「こいつか?」

「はい」

 

 鎧をまとった、ショートヘアの女の子だ。

 

「あなたが、ここの主人ですか?」

「あたいは文醜っていうんだ。主人は姫……袁紹さまだ」

 

 一刀は内心の驚きを、顔に出さないように気をつけた。

 貂蝉から性別の違いや、真名についての情報は聞いていた。それでも実際にその事実を目の当たりにすると、驚いてしまう。

 

(この子が文醜。そして袁紹も、姫と呼ばれるくらいだから女性なんだろうな)

 

 だが、もともとそれほど三国志の世界に造詣が深いわけではない。そういうものかと思えば、それほど違和感を感じることはなかった。

 

「袁紹さまに何の用だ?」

「実は、お願いがあって来ました」

「ああ、そういうのはダメだ。前もどっかの村長が、税がどうとか言ってしつこくてさ。姫……袁紹さまがすっごい怒っちゃって、大変だったんだ」

「いや、そういうのじゃなくてですね」

「あー、もう。面倒だから帰ってくれ」

 

 軽く手を振って、屋敷の中に戻ろうとする文醜に、一刀はガバッとすがりついた。

 

「ま、待って! 話だけでも聞いてくれ!」

「ちょっ! お前、離せって! 斗詩にならともかく、男に抱きつかれるのは嫌いなんだよ!」

 

 身をよじって引き離そうとするが、一刀も必死だった。ここで引き下がるわけにはいかない。

 

「うわっ! この変態! カタい変なものを押しつけるな!」

「いや、待て! 違う、これは違うぞ!」

 

 さすがの一刀も、変態扱いだけは避けたかった。

 

「見ろ、これはただの剣だ」

「ん~? 柄の部分だけじゃないか」

「あっと、ちょっと待ってて」

 

 そう言って嫌々ながら剣を掴むと、心の中で『伸びろ』と念じた。するとあっという間に、黒光りする刀身が現れたのである。

 

「ほら、ほらね!」

 

 文醜に見えるように、一刀は剣を大きく振った。すると……。

 

 うっふぅぅぅぅぅん!

 むっふぅぅぅぅぅん!

 

「……」

「……」

 

 剣からは、呻き声のような嫌な音がした。


 
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