No.136378

真・逆行†無双 一章その終

テスタさん

一章もこれで終わりです。
次は短いですが間幕を挟んで二章にいきます。

2010-04-14 18:21:40 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:11306   閲覧ユーザー数:7774

 

 

 

 

 

結果的に言ってしまえば、荀文若にとて不幸だったのは

北郷一刀に出会ってしまったことだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

天気のいい朝、荀イクは自分の眠る部屋で目を覚ます。

 

「ふぁ……まだちょっと早い時間かしら」

 

のそりと寝台から身を起こし窓を見ると、昨晩の宴のせいか外にはまだ人はいなかった。

少し考えた後、荀イクは顔を洗うために水場へと歩を進めた。

 

戦闘が終わった後、邑は人々の明るい声が響き渡っていた。

しょうがないだろう、勝てないと諦めていた盗賊に勝つことが出来たのだから。

しかも大勝利という形でだ。

 

すぐに宴の準備が始めり、皆でドンちゃん騒ぎになった。

一刀や趙雲、軍師三人もそこに混ざり宴会に参加した。

 

飲めないわけではないのだが、普段はあまりお酒の飲まない荀イクは少々飲みすぎてしまい、

すぐに酔っ払ってしまった。

そこで大将なのに出撃したことや、ましてや敵大将と一騎打ちなんてふざけるなっ、と

一刀に当り散らしていた。

昨晩のことはあまり思い出したくない失態を見せてしまったと頬を赤くするが、

そのことだけはスッキリしたと今でも思う。

 

ただ、一刀がどこか宴を心から楽しめていないのが気になった。

 

「って何で私があんな頭の中精液で出来てる男のことなんて心配しないといけないのよ!?」

 

若干頬を染めながら自分にツッコミ水場へと急ぐ。

本当にイライラする。と、荀イクは思う。

男のことなんてどうでも良かったのに、一刀と出会ってから

一刀のことを頭のどこかで気にするようになってしまった。

 

それは日に日に増していっているような気がしてならない。

特に昨日、戦の終わりを告げた一刀の姿を見てからは……。

 

「はぁ~……」

 

「どうしたんだ溜息なんてついて」

 

「え?」

 

かけられた声に驚き顔を上げる。

 

「おはよう荀イク。気持ちのいい朝だな」

 

先に顔を洗いに来ていたのだろう北郷一刀がそこにいた。

 

 

 

 

 

バシャバシャと桶に入った水で顔を洗う。

朝だから少し冷たい水が今は気持ちいい。

そうして顔を洗い終えると横の気に入らない男から布を渡される。

 

「ちょっと!アンタが使った欲望に塗れた汚い布なんて使えるわけないでしょ!?」

 

「でも自分の持ってくるの忘れたんだろ?

そのままじゃ気持ち悪いと思うよ」

 

「うっ……」

 

自分のうかつさを荀イクは呪う。

寝ぼけていたというのもあるが、顔を洗うのに布を忘れてしまったのはうかつだった。

そのせいで一刀のものを使わなければいけなくなってしまった。

 

「そこまで嫌なら俺が取ってきてやってもいいけど」

 

「……そんなの待ってる間に乾いちゃうわよ。

気持ち悪いのは嫌だから仕方なく使ってあげるわ」

 

そう言って一刀から布を引ったくり顔を拭く。

嫌悪感の対象でしかない男が使った物だというのに、

不快感はなく、少しいい匂いだと思ってしまう。

 

(アイツの……匂い)

 

「それにしても布を忘れるなんて荀イクも意外と抜けてとこが「うるさいっ!!」――ぶっ!?」

 

馬鹿なことを言った一刀の顔に布が直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を済ませた後、俺は皆から離れ一人邑の中を歩いていた。

ある目的のために……。

 

周りを見渡せば明るい笑顔が溢れている。

そして皆、笑いながら俺に話しかけてくれる。

そのことが凄く嬉しい。

同時に……これから行く所を考えると気が重くなった。

 

だけどコレは俺がしなきゃいけないことなんだ。

俺の責任なんだから……。

 

そうするうちに目的地につく。

そこは今は明るい邑の中で唯一空気が沈んだ場所だった。

 

その場所に一歩踏み入れる。

そこには数十人の女性がいた。

 

俺の存在に初めに気づいたのは、綺麗な黒髪の妙齢の女性だった。

 

「あら……」

 

視線が合う。とりあえずペコリと頭を下げる。

改めてその人を見るととても穏やかな顔で俺を見ていた。

 

「皆、御遣い様が来てくれたよ」

 

その声に周りにいた人たちも俺に気づく。

そして次々と俺に頭を下げ挨拶をしてくれる。

 

……皆が皆、笑顔を浮かべて。

 

そのことが凄く心苦しかった。

 

「あの……」

 

「さ、御遣い様。こちらにいらして下さい。

主人も喜びます」

 

「いえ、俺は……」

 

「え?………もしかしてお参りに来てくれたのではないのかしら?」

 

「いや、もちろんそのつもりです。

でも、俺は先に貴方達に言わなきゃいけない言葉がある……」

 

俺の言葉に此処にいる人たちは皆不思議そうな顔で俺を見る。

何で……どうして?

 

もっと俺に向けるべき顔があるはずじゃないか?

 

何で……。

 

「すみませんでした」

 

とにかく俺は謝らなくちゃいけない。

それだけのことを俺はしたんだ。

 

「俺……あんな偉そうなことを言ったのに、

こんなことになって……本当にすみませんでした!」

 

俺達が今いる場所、そこは墓地だった。

そう、昨日の戦で死んでいった人たちが眠る……。

 

元の兵数三百人。

戦が終わってみると怪我人七十三名、死者二十五名。

結果を言えばこれ以上ないいい結果だったんだろう。

でもそんなの関係ない。

二十五人、二十五人死んだんだ。

 

赤の他人からしたら被害が少なくてよかったとか思うのかもしれない。

でも、目の前のこの人たちは違う。

この人たちの大事な人が死んだんだ。

もう二度と話をすることも、抱きしめあうことも出来ないんだ。

 

だから、その原因を作った俺はこの人たちから責められるべきなんだ。

 

なのに……なのに何で!?

 

「何で……俺をそんな温かい目で見れるんですか?」

 

この人たちの瞳には俺に対する憎しみなんて全く映っていなかった。

 

 

「どうしてそんな事を言われるのか私たちには分かりません」

 

「だって!……だって俺が出しゃばったからこの人たちは」

 

「それは違うわ。御遣い様も言っていたでしょ?

どうせ諦めるくらいならって。

御遣い様がいなくても結果は変わらなかった……いえ、

今より酷いことになっていたはず」

 

「それが御遣い様のお陰で邑は無事、

死者も驚くほど少なかった。

感謝こそすれど、恨むなんてこと出来る筈がないじゃないですか」

 

「でも……悲しいんじゃないんですか!?

だからこうやってお墓に来てるんでしょ?」

 

そう、悲しくない筈がないんだ。

俺は知っている。

昨日、この人達が宴をしてる中、此処に来て泣いていたことを……なのにっ!

 

「悲しむことと誰かを恨むことは違いますわ」

 

何で……。

 

「私の夫は戦が終わった後、少しの間生きていました。

お陰で少しお話を出来たのですが、その時言ってました。

御遣い様の言う通り戦ってよかったと。

私を守れたと。

そう言って静かに眠っていきました。

とても、穏やかな顔で……」

 

何で……。

 

「私たちは貴方に感謝しているの。

今は悲しいけれど、きっと私たちはいつか笑える。

そんな明日を貴方がくれたのよ?」

 

何で……!

 

「私は少し違うかな?

旦那と婚儀をあげてまた一年もたってなかったから。

だからちょっとだけ御遣い様を恨んだ。

でもね、御遣い様がいないとお腹の中の子は生まれることもなかったんだ。

それが分かってるからさ、恨むより感謝が勝っちゃうんだよ」

 

何で何で何でっ!!

 

「みつかいさま」

 

足元に小さな女の子が来る。

この子は確か亡くなったうちの一人の子供だ。

 

「あたし、お父さんいなくなってかなしいよ」

 

自然と膝をつく。

何で……何だってこの人たちは……

 

「でもね、お母さんがだきしめてくれて、

お友達とまたあそべるのは、みつかいさまのおかげなんでしょ?

だから――」

 

「「「「「「「「ありがとう。御遣い様」」」」」」」」

 

「っ!」

 

何だってこの人たちはこんなに強いんだ!

何だって俺はこんなに弱いんだ!!

 

 

「わっ、わっ、みつかいさま?」

 

俺は気がつけば目の前の女の子を抱きしめていた。

いや、しがみついたんだ。

 

「ごめん……ごめん」

 

懺悔の言葉が俺からあふれ出てくる。

 

「俺……逃げようとした。

貴方達に責めてもらうことで死んでいった人たちから逃げようとしてた!

貴方達はこんなに前を見ているのに、俺は怖くて、俺のせいで人が死んだって

認めたくなくて……逃げようとした!」

 

最低だ。

俺はこの人たちから恨まれることによって、

死んでいった人たちの命の重さを誤魔化そうとしていたんだ。

 

「俺……本当は貴方達に感謝される人間なんかじゃないんだ。

卑怯で汚くて、自分のことしか考えてない最低な奴なんだ!」

 

荀イクのおかげで自分の手で誰かを殺すことに覚悟を持つことが出来た。

でも、俺の言葉で誰かを殺すことに覚悟なんて持つことが出来ていなかったんだ。

 

「ごめん……ごめんなさい……!」

 

その時、俺の頭に手が乗せられる。

温かい、温かい手だった。

 

顔を上げると、その場にいた全員が俺の近くに来て、

やっぱり暖かな笑みで俺を見ていた。

 

「なんだか安心したわ」

 

「……え?」

 

「こんな凄いことをやってのけた人だもの、私たち庶人とは違う考えを持つ人だと思っていたわ。

……だけど、あなたもただの男の子なのね。

それがなんだか凄く嬉しいの」

 

「ははっ、アンタは十分カッコいいよ。

父ちゃんの方が情けなかったくらいさ」

 

「うんっ。みつかいさまカッコいいよ」

 

「それに本当に卑怯な奴はその事を認め謝ってきたりなんかしないさ。

アンタは優しい人だよ」

 

本当に……本当に敵わない。

この人たちの強さに、俺の弱さは敵いやしない。

 

「この通り、私たちは御遣い様を恨んでなんかいないわ。

でも、それでも御遣い様が自分を許せないのなら、一つだけお願いしたいことがあるの」

 

何だってしよう。

この人たちのお願いなら、俺は何だってしてやる。

 

どんな無茶なお願いでも叶えて見せる。

 

それなのに、その願いは余りにも簡単で、重い願いだった。

 

「私たちの大事な人を、亡くなった人たちのことを

どうか忘れないでしてほしい」

 

それは逃げようとしていた俺にはキツイ事。

でも、この人たちはそんな俺を責めることもせず許してくれた。

裏切りたくない、逃げたくない。

 

俺もこの人たちのように強くありたいから!

 

「…………はいっ、約束します!

俺、忘れません……死んでいった人たちのこと、あなた達のこと、

この邑で俺がしたこと、全部忘れません!!」

 

「ありがとう……。

貴方みたいな優しい人に出会えて私たちは幸せよ」

 

その言葉だけで、救われた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北郷殿が何処に居るか知らないか?」

 

「はぁ?あんな変態私が知るわけないじゃない。

……というかどうして私に聞くのよ?」

 

「いや、北郷殿といつも一緒にいるお主なら知ってると思ってな」

 

荀イクが寝泊りした部屋に趙雲が尋ね、一刀の居場所を聞いてくる。

趙雲の言葉に荀イクは顔を赤くしながら答える。

 

「いつも一緒になんていないわよっ!

……何よ、アイツに用でもあるの?」

 

「うむ、明日私たちは旅立つ。

その前に少し話しをしてみたくてな」

 

「物好きな奴ね。

でも生憎私はあの馬鹿が何処にいるかなんて知らないわ」

 

そうか。と趙雲は探すしかないかと礼を言って荀イクに背を向ける。

そんな趙雲を見ながら思いついたように荀イクは趙雲を呼び止めた。

 

「やっぱり私も行くわ」

 

それは意図せずこぼれた言葉。

直ぐに顔を赤くして口を塞ぐがもう襲い。

 

趙雲はニタァ~と笑みを浮かべ呟いた。

 

「お主、素直ではないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「って何処にもいないじゃないっ!」

 

「ほとんどの場所はいったつもりだが、

すれ違ってしまったのかもしれんな」

 

「まったく変態のくせに手を焼かせるんじゃないわよ」

 

あれから二人邑の中を探し回ったのだが、一刀を見つけることは出来なかった。

時間もたちそろそろ日が暮れようとしている。

 

「ふむ、今は諦めたほうが良かったか。

まだ夜があるのだし……」

 

「嫌よっ!ここまで探したんだもの、見つけるまでは諦めないわ」

 

「おやおや」

 

にやつく趙雲を睨み荀イクは考える。

一刀の居そうな場所を。

 

数日しか一緒ではないが、この中では一番一刀と一緒にいたのだ。

考える、今までの一刀の行動を。

 

そして閃く。

同時になぜ思い浮かばなかったのかと溜息を吐く。

 

あの男が行きそうな場所などこの状況では一つしかないでないか。

 

「行くわよ」

 

「なんだ、分かったのか?」

 

「ええ」

 

短く呟いて歩みを再開する。

行く場所は墓地。

 

 

 

 

 

 

「御遣い様?此処にはもういないですよ」

 

ガーン!と、変な顔をする荀イク。

それを横目に見ながら趙雲が言う。

 

どうやら居たことは居たらしいがすれ違いになってしまったらしい。

 

「居ないではないか」

 

「うるさいわねっ!

居たっていってるんだから、別に完全に外れたわけじゃないわ!」

 

「すいません。私も此処から何処に行かれたは知らなくて……」

 

「いいわ、此処に来てたってことは次行くとこなんて決まってるもの」

 

「今度は何処なんだ?」

 

その言葉に荀イクが顔を歪ませる。

これは趙雲に対してではない、ある事を思い出してその事に対しての顔である。

 

「あの変態はね……甘すぎるのよ」

 

それだけを言うと荀イクは墓地から歩き出す。

慌てて荀イクを追う趙雲。

 

そしてその後ろからかかる言葉。

 

「どうかあの優しい人を支えてあげて下さいね」

 

振り返る。

それはさっき荀イクが声をかけた女性。

 

その女性と荀イクは視線を絡ませる。

それから、

 

「知らないわ、あんな奴のことなんか」

 

そう言い捨て走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その光景を何て言えばいいのだろう。

目の前の光景を趙雲は言葉で表すことが出来なかった。

 

ただただ、目の前の光景に驚いていた。

 

「やっぱり……」

 

荀イクの言葉も右から左へと抜けていく。

 

その男は大地に座り込んでいた。

暁に染まり始めた大地の上。

静かに悠々と座っている。

 

大量の死体を前にしながら。

 

その死体たちは良く見たことのある者たちだった。

それもその筈、昨日戦った盗賊たちなのだ。

 

そう、ここは昨日戦場になった場所なのである。

 

盗賊たちの死体は綺麗に何列かに並べられている。

おそらく目の前の男がやったのだろう。

服の汚れを見れば分かる。

趙雲は一歩一歩、男に……北郷一刀に近づいていく。

 

「何を……しているのですか?」

 

「見て分からないかな?」

 

自分たちの存在に気づいていたのだろう。

驚いた様子を見せずに背中を向けたまま一刀が返す。

 

「やったことは分かります。

だが、それを何故したのか貴殿の心を聞いているのです」

 

「何故っておかしいこと聞くんだね、趙雲さんは。

あのまま放っておくなんて可哀想じゃないか」

 

「分かっているのですか?

そこに横たわっている者たちは昨日この邑を襲った賊たちなんですぞ?」

 

「そんなの知ってるに決まってる。

俺も戦ったんだよ?」

 

「では何故このようなことをしているのですか?

賊に成り下がったものなど獣同然ではないですか」

 

趙雲の言葉に一刀は背を向けたままであるが腰を上げ立ち上がる。

 

「荀イクにも同じこと言われたよ。

でもね趙雲さん。人だよ、俺達が殺したのは」

 

「だがこやつ等は罪もない人々を襲ったのですぞ?」

 

「罪を犯せば人じゃなくなるのかな?

そんなのおかしいよ」

 

一刀は背中を向けたまま続ける。

 

「……自分でも分かる、俺は昨日より強くなれたって」

 

「北郷殿?」

 

「それは間違いなくこの人たちと戦ったからだ」

 

そして振り返る。

一刀は笑っていた。

 

「この人たちの命で俺は少しだけでも強くなれたんだ。

感謝するのは当たり前のことだろ?」

 

「…………」

 

「その人たちに俺が出来ることなんて言えばこんなことぐらいしかない。

そして、この人たちがいたことを忘れないこと」

 

「……そんな考えではいつかその重みに潰されますぞ」

 

「ならないよ」

 

「何故言い切れるのです?」

 

「逃げないって決めたから、自分のしたことから俺は逃げないって」

 

どこまでも北郷一刀は笑う。

その目に強い光を宿したまま。

笑って見せる。

 

「それがこの人たちの命を奪った俺に出来ることだから」

 

 

「………貴方は」

 

その姿は、昨日趙雲が見惚れた姿に重なる。

彼女は自然と胸が高鳴るのを感じた。

 

そんな趙雲を他所に、一刀は荀イクの方へと顔を向ける。

 

「だから荀イク、ここでお別れだ」

 

「…………え?」

 

その言葉は荀イク、趙雲の二人を驚かせる。

 

「このまま曹操の所へ行こうって俺も思ってた。

でも止めにするよ、今のままの俺じゃ曹操に会うなんて出来ない。

俺がしたくない」

 

「じゃ、じゃあどうするっていうのよ」

 

「旅をしようかなって思ってる。

荀イクが言ってくれたから」

 

「私が?」

 

「うん、俺の手は人を救う手だって。

だから俺はこの手を誰かを救うために使いたい。

俺に出来ることがきっと何かある筈だから」

 

そんなことを言われては荀イクは何も言えなくなる。

だが、胸の痛みが荀イクを襲う。

 

「大丈夫、なんたって俺は天の御遣いだからな」

 

「不安はないのですか?」

 

「また不思議なことを聞くんだね、趙雲さんは」

 

そう言う一刀を趙雲は黙って見つめる。

 

今、趙雲の心に一つの波紋が広がっていた。

それは昨日から出来たものだったが今のやり取りで次第に大きな波へと変わっていく。

 

趙雲にとって一刀は興味の対象であった。

自らを天の御遣いと名乗り、始めて会ったはずなのに、なぜか自分を含め三人のことを知っていた。

知も武も一般よりは上であるが長けてはいない。

なのに何か人を魅せる力がこの男にはあった。

死に掛けていた人々の魂を奮い立たせ、これでもないという結果で戦を勝利に導いた。

そしてその背中に趙雲は確かに『王』の背中を見たのだ。

 

だから今日、目の前の男を見極めに来たのだ。

だというのにこの男は敵であった者たちの死体を丁寧に安置していた。

常識では考えられないことだ。

王を感じたのは勘違いだったかと思ったがそれも違った。

この男は何処までも強い光を放っていた。

 

この男ならと、思ってしまったのだ。

 

「やってみなくちゃ分からないことだから、やるんだ。

趙雲さんだってそうだろ?」

 

「そう……ですね」

 

もし、一刀がもうすでにどこかで成り上がっており、ある程度の地位にいたのなら

趙雲は他の王たちを見てから誰につくか決めただろう。

 

だが、一刀は一人。

だから思ってしまったのだ。

思わされてしまったのだ。

 

この男の一番最初の家臣になりたいと。

 

趙雲は一刀の前で膝をつき頭を下げる。

 

「我が名は趙子龍、真名は星。

北郷一刀殿、私を貴方の下においてはくれませんか?

我が武を貴方の元で使って欲しい」

 

「はぁっ!?」

 

今吐かれた言葉に荀イクが驚きすっとんきょんな声を上げる。

一刀も目を丸くして趙雲を見ていた。

 

「え……と、とりあえず冗談じゃないんだよね?」

 

「はい。私は私が武を預けるに相応しい王を見つけるために旅をしていました。

現状、まだ私は全ての王を見た訳ではありませぬ。

ですが、ここで貴方に仕えないと私はきっと後悔する。

だから、私を貴方の元で使ってはくれませぬか?」

 

「王って……俺にそんな器はないと思うんだけど……。

それに今現在、俺一人だけなんだよ?」

 

「承知してます」

 

「君より強くないし、知略の方も長けてる訳じゃない」

 

「あればさらに良いとは思いますが、王に必要なのはそんなことではありませぬ」

 

「はっきり言って行き当たりばったりな旅になるよ」

 

「それは楽しみですな。

貴方も言ったではないですか。

やってみなくては分からないことだから、やるのだと」

 

そこまで言葉を交わし二人は少しの間見つめあう。

そして、何かを諦めたように、嬉しそうに一刀が口を開いた。

 

「分かったよ、君の申し出受けるよ」

 

「では!」

 

「うん。これからよろしくな、星」

 

「……はいっ、主!」

 

こうして一刀にとって初めての家臣が誕生したのだった。

複雑そうな顔をした荀イクを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

皆が寝静まった時間、荀イクは一人邑の中を歩いていた。

 

目的地などは別に決めてはいなかったのだが、

気がつくと六花がいる馬小屋へと来ていた。

ちなみに六花とは荀イクが一人で乗ろうとすると相変わらず振り落とそうとするが、

それなりには仲良くはなっていた。

 

「ブルッ」

 

「やっぱりアンタも起きてたのね」

 

お互いに軽く挨拶をして荀イクはゆっくりと背中から六花にもたれかかる。

六花はそれを黙って受け入れ、一度だけ小さく尻尾を振った。

 

 

 

※:ここから六花の言葉を訳して表現しております。

 

 

 

「……アイツ、旅に出るんだって」

 

「ヒヒン(旦那様のこと)?」

 

「まったくせいせいするわっ。いっつも汚らしい汚物を膨らまして

私を孕まそうとしてたんだもの」

 

「ブルルッ(違いますっ!あれは旦那様が六花に欲情していただけですよっ!)」

 

「アンタもそう思う?そうよね、アイツは全身精液で出来てる変体男なんだから」

 

「ブルッ(ぷーっ!旦那様を馬鹿にしないでっ!というか全然話通じてないではないですか!)」

 

「これで私も安心して曹操様の所に行けるわ。

…………安心して……………。

ねぇ、アンタはどうするの?」

 

「ヒヒーン!(もちろん旦那様と一緒に行くに決まってます!)」

 

「……聞く必要は無かったわね。

だってアンタ元々私がかった馬だし」

 

「ブルッ!ヒヒン!(確かにそうですけど、旦那様と出会った時から六花の身も心も旦那様の所有物になったんですからねっ!絶対六花はだんなさ「でも……」

 

「あの変態がどうしてもっていうなら、アンタをやるのも悪くない……かな」

 

「ブルルッ!!(マジですか!?)」

 

「知ってる?あんな変態に付いて行きたいって此処の邑の人が五十人も名乗り出たのよ?

まったく見る目がないんだから。

趙雲も、ここの人たちも……」

 

「………」

 

「………」

 

「……ヒヒン?(ん?急に黙ってどうかしたのですか荀ちゃん?)」

 

「そうよ……見る目がないのはアッチの方なんだから」

 

「………」

 

「……何よ、尻尾を頭に乗せないでよ」

 

「……ブルッ(荀ちゃん……やっぱり貴方が一番の好敵手だったです)」

 

こうして二人の夜は更けて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまぬな二人共、途中で抜ける形になってしまって」

 

「いえ、星が決めたのでしたら私たちがとやかく言えることなど出来ません。

それに北郷殿なら納得できますから」

 

「そですね、ちょっと寂しい気はしますが友人としておめでとうと言いたいです」

 

「元気でやりなよ、姉ちゃん」

 

「ふっ、稟、風、そして宝譿、達者でな」

 

日があけた次の日。

一刀や邑の人々全員が邑の外へと集まっていた。

戯志才こと郭嘉(偽名であったことを告げ、名を一刀に教えた)たちも旅の続きをするために、陳留へ向かう荀イクと同行することになっていた。

 

「本当にいいのか?

六花を譲ってもらって」

 

「別に……私が乗ろうとしても乗せてくれない馬なんていらないだけよ」

 

一刀も荀イクと別れの言葉を交わしていた。

 

「荀イク」

 

「何よ」

 

「本当にありがとうな。

俺、一番最初に出会ったのがお前で良かったよ」

 

「私は最悪だったわよ、アンタみたいな変態と出会って」

 

荀イクの言葉に苦笑しながら頬をかく。

どうやら自分は本当に嫌われているみたいだと密かに落ち込みながら。

 

だが、そんな嫌いな自分に手を握って励ましてくれた荀イクに

一刀は本当に感謝してた。

そして別れることに寂しさも感じていた。

だが、強くなると決めた一刀はその寂しさを押し込めて笑顔で分かれると決めていた。

 

「荀イク……曹操の所で元気でやれよ」

 

「アンタに言われなくても曹操様の頭脳に私はなるんだから」

 

「うん、それでこそ荀イクだ」

 

そう言って笑う一刀に、荀イクがまた胸の痛みを感じる。

そして理解していた。

この痛みが別れに近づくにつれ大きくなっていることに。

だが、荀イクはそんな自分を認めたくはなかった。

 

「さっさと行きなさいよ……変態」

 

「………うん」

 

そんな言葉に再度苦笑した後、

一刀は邑の人々へと向き直る。

 

「皆、短い間だけどお世話になりました!

此処でのこと、俺、絶対に忘れません!!

そして俺について来てくれる皆、至らない所がいっぱいあると思うけど

これからよろしくなっ!!」

 

「ありがとう!御遣い様~!」

 

「私たちも貴方様のことは忘れません!」

 

「いつでも来てくれよー!」

 

「俺達は何処までも貴方について行きます!」

 

「俺達の方こそ、よろしくお願いします」

 

自分の言葉に笑顔で帰ってくるのを見て一刀は微笑む。

この笑顔だけで自分は大丈夫だと思えたのだ。

 

「では主、そろそろ行きましょうか」

 

「もういいのか?」

 

「ええ、目指すモノは皆同じ、ならばこのまま進んでゆけばいつかまた会える筈です」

 

「そっか」

 

横に着いた趙雲と言葉を交わし、一刀は六花に跨る。

 

「お前もこれから宜しくな」

 

「ヒヒーーン!!」

 

六花の上げた鳴き声を気に一刀は再度邑の人々へ視線を向ける。

そして全員を見回し、最後に荀イクを見つめ声を上げた。

 

「皆っ!さようなら!!」

 

「「「「「さようならっ!御遣い様――――――――!!!!!」」」」」

 

元気な声に後押しされ、一刀たちは旅の一歩を踏み出したのだ。

 

「ぁ……」

 

去っていく一刀の背中を見ながら。

小さく言葉を漏らした荀イクを残して。

 

 

 

 

「………」

 

段々と小さくなっていく一団に目をやりながら荀イクは内から溢れそうになり何かを耐えていた。

 

自分は曹操の所に行くんだ。

これでいいんだ。

 

まるで言い訳のように頭を廻る言葉。

離れていくごとにチラつく気に食わない変態の顔。

姿が小さくなっていくほど締め付けられていく胸。

 

気づけば手を去っていく一刀に向けて伸ばそうとしている自分に気づき、

慌てて手を引っ込める。

 

そして、そんな荀イクを見ていたものがいた。

 

「今ならまだ間に合いますよ」

 

「……何がよ」

 

「お兄さんとこのまま別れていいのですか?」

 

程立である。

 

「私は曹操様の所へ行かなくちゃ行けないの、

あんな変態なんて知らないわ」

 

「……風は荀イクちゃんは凄い軍師になると思っています。

それこそ曹操さんの所でも大活躍するでしょう」

 

「だったら」

 

「でも、風は荀イクちゃんにはお兄さんの横が似合うと思うのですよ」

 

「っ!」

 

その言葉に荀イクの頭は混乱していく。

自分は曹操様に士官するためにここまで来たんだ。

それを今更変えるなんて出来るわけがない。

でも、あの馬鹿は……ううん、関係ないじゃない。

 

「私は……私は……」

 

「荀イク殿」

 

また別の声がかかる。

程立と同じように荀イクに微笑む郭嘉だ。

 

「このまま後で気づいて後悔してからでは遅いですよ。

だから、自分に素直になってみてはどうですか?」

 

「素直に……」

 

私は素直だ!とは言えなかった。

同時に考える。

このままだと自分は本当に後悔するのだろうか?

曹操様のところへ行くために来たのに、このまま諦めてしまっていいのだろうか?

私は本当はどうしたいのか?

 

考えれば考える程、胸の痛みは増していく。

そして、その痛みが最高潮に達した時、

荀イクの頭に思い浮かんだ光景があった。

蘇った温もりがあった。

 

それは、北郷一刀の王の姿であり、馬鹿みたいに明るい笑顔と、その男に触れた時の温もりだった。

 

それを自覚した時、荀イクは自然と走り出していた。

一刀たちが去っていった方へと向かって。

 

「いっちゃいましたね」

 

「ええ、でもこれで良かった」

 

「そだね~」

 

二人と邑の人々は温かい眼差しで走っていく荀イクを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!はぁっ!」

 

走る、走る、走る。

 

荀イクは元々、体力のあるほうではない。

だからまだ視界に見える範囲に一刀たちがいても、中々追いつけない。

それどころか気持ち離されていっているようでもある。

 

「はぁっ!ま……って!」

 

それでも荀イクは走る。

一刀に追いつくために。

 

未だに自分のこの行動に驚きを隠せないでいるが、

そんなことは無視してただただ走る。

 

「待ちなさいよ……!」

 

荀イクは認めるつもりはないが、一刀に対する感情がただの異性に対する興味なら

こんなことはしなかった。

ただ、趙雲が感じたように荀イクも一刀に自らが使えるべき王の姿を見てしまったのだ。

 

「待って……!」

 

あんな出会い方をしなければこんな事になってはいなかっただろう。

曹操と最初に出会っていればこんな感情浮かぶことは無かっただろう。

 

「待って……待って!変態っ!馬鹿っ!……北郷っ!」

 

そう、荀イクにとって不幸(以降、本人がそう強く語っている)だったこと。

それは曹操に会う前に一刀と出会ってしまったことに他ならない。

 

「待ちなさいよっ…………一刀ーーーーー!!!」

 

叫び声空しく、一刀が率いる一団はどんどん小さくなっていく。

豆粒ほどのにしか見えなかったのが次第に米粒ほどへと変わっていく。

 

荀イクはいつしか足を止めてその場に座り込む。

 

「はぁ……はぁ…………何よ、私が呼んでいるのに……どうして行っちゃうのよ?」

 

地面に両手をつき顔を俯かせる。

 

「………結局追いつけないなんて、馬鹿みたいじゃない」

 

自嘲するその瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

そうして思う。確かに郭嘉の言う通りだと。

 

後悔してからじゃ、遅い。

 

「………本当にそうなっちゃたわね」

 

そう力なく呟きもう殆ど見えない集団に視線を向ける。

もう少し速く動いていたなら、あそこに自分はいたのだろうか?

そんなくだらないことを考えながら。

 

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………?」

 

と、そこであることに気づく。

何か小さな影がこっちに向かってくるのだ。

 

そしてそれが近づくにつれ正体が分かってくる。

砂塵を巻き起こしているのは馬に乗っているから、

しかもその馬は見たことがある馬。

 

とういうことは乗っているのは……

 

「荀イクーーーーー!!!!」

 

そう、もう聞こえる筈がなかった声が荀イクの耳に届いた。

北郷一刀が六花に乗り、やってきたのだ。

 

 

 

 

 

「荀イクっ!やっぱり居た!」

 

「な、何で?」

 

「何だか荀イクが俺を呼んだ気がして……気のせいかと思ったんだけど。

でも、気のせいじゃなかったんだな」

 

その言葉に思い出す。

荀イクが初めて一刀のことを名前で呼んだことを。

そのことを思い出し顔を赤らめる。

 

「でも、一体どうしたんだ?」

 

「それは……」

 

どう話せばいいのかに困ってしまう。

素直に一緒に行きたいなんて言える筈がない。

それにこの男の言葉は一体どういうことなのか?

普通気づいてもいいだろう、追いかけてきたんだから。

 

そんな勝手な想いが頭を周り、苛立ちと共に出たのはこんな言葉だった。

 

「……殺してやるから」

 

「へっ!?な、何物騒なこと言って……」

 

「私に曹操様につかなかったこと後悔させたら、アンタを殺してやるからっ!!」

 

涙目で吐かれた言葉に一刀は呆然とし、意味を理解していくうちに笑顔に変わる。

つまり……そういうことなのだ。

荀イクの精一杯の素直な言葉はキチンと一刀に届いた。

 

「うん。絶対、後悔させない。

もしさせてしまったら、荀イクが俺を殺してくれ」

 

「……桂花よ」

 

「え?」

 

「仮にも仕えることになる奴に真名を許さないでおくのは可笑しいでしょ。

ただそれだけなんだからねっ!別に呼んで欲しくて言ってるんじゃないんだからっ!」

 

真っ赤になって叫ぶ荀イクの言葉が強がりだと一刀は直感で理解する。

それと同時に嬉しさが込みあがってくる。

 

「ほらっ、さっさと乗せなさいよ。

走ったせいで足痛いんだから。歩かせるつもり」

 

「え?でもいいのか?」

 

「~~~っ!それぐらい察しなさいよっ!!」

 

「あ~ゴメン……じゃあ」

 

コホンとセキを一つ。

一刀は荀イクに手を伸ばした。

 

「行こう、桂花っ」

 

「~~~~~~っ」

 

その手を見つめながら顔を赤くしあたふたした後――

 

「……ええ、一刀」

 

桂花は一刀の手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき。

 

ここまでで一章は終わりです。

桂花は一刀についていき、華琳さんの所へは行きません。

何となくそう言う話が書きたくて考えたのがこの作品なんですよ。

星も仲間になり旅立ちを果たした一刀たちはどうなるのか?

これからを楽しみにしていて下さい。

 

ちなみに風は本当に仲間にするか悩みました。僕が大好きなのでw

でも最終的なメンバーを考えると魏に稟一人は厳しいんじゃないかと思い断念しました。

風が仲間になるかもと期待してくれていた方はすいません。

 

ではコメント返していきます。

 

村主さん>そうですね。一刀はこれからも経験をつんで成長していきます。折れるかどうかはまだ分からないですね。

 

FULIRU さん>もっと頭は外道にするつもりだったんですが、書いてたらああなりました。カッコいいと思ってもらえたなら嬉しい限りです。今話では桂花が結構デレた感じになりますが、しばらくはまたツンツンになると思われます。あ、たまにはデレますよ?

 

ジョージさん>そうですね。まず一刀本人もそうですが、現代と恋姫世界じゃ価値観が違いますからね。原作はその違いを持つ一刀が光って見えた部分があるんでしょうね。

 

睦月 ひとしさん>そう言ってもらえると嬉しいです。この作品は一刀の成長も主な軸になっているので頑張って書いていきたいです。

 

tokiさん>一刀の強化をした作品ですが、安易に最強にせず成長を書いていけたらなぁと思っています。桂花はこの一刀の相棒として書いていくつもりなのでこういう場面は多々あると思いますよ。後、頭結構みなさんに気に入ってもらえたみたいで嬉しいです。

 

ふじさん>もともと前話までは既に出来上がっていたので更新が速かったんですよ。

次の次ぐらいからストックがなくなるので、更新は遅くなると思いますよ。遅くなりすぎないようには頑張りますよ。

 

gmail さん>情けない一刀も出てくるとは思いますよwでも見せ場とかでは活躍させるつもりですからね。どんな展開かはお楽しみに。はい、自分のペースで更新していきますね。ありがとうございます。

 

司 葵 さん>そうですね。一応原作をなぞる部分はありますが、オリジナルな展開になっていく予定です。続きを楽しみにしてくれると嬉しいです。

 

 

 

 

ではまた次回に。

いつも見ていただきありがとうございます。

 

たくさんの開覧と支持、さらにはコメントをもらえてとても嬉しく力になってます。

 

 

また次も見てくれると嬉しいです。

 

 

 

 

 


 
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