No.134031

真・恋姫無双『日天の御遣い』 第七章

リバーさん

真・恋姫無双の魏ルートです。 ちなみに我らが一刀君は登場しますが、主人公ではありません。オリキャラが主人公になっています。

今回は第七章。
ようやく我らが一刀君の御登場です!

2010-04-03 06:26:44 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:10262   閲覧ユーザー数:8458

 

 

【第七章 交響】

 

 

「………………うーん」

 

 反董卓連合の集合場所の中、自軍にあてがわれた陣内を、北郷一刀はそわそわ動き回っては何度目かわからない唸り声をあげた。

 

「ご主人様、さっきからどうしたの?」

「ん? あー……うん。ちょっと、気になることがあって」

 

 心配に曇らせた顔を向けてくる桃香に苦笑を返して、一刀はようやく足を止める。未だ胸中には落ち着かない感情が燻っているが、しかしこのまま皆の不安を煽っていては、自分は本当に役立たずだ。いい加減、このもやもやを解消しなければならない。

 ぱしんと軽く自分の頬を打ち、傍に控えていた朱里に声をかける。

 

「あのさ朱里。えーっと、その……」

「曹操さんだったら、まだ到着してないみたいですよ」

「……よくわかったな」

 

 まさしく一刀が訊こうとしていたことを、問われる前に答えを出した朱里。陰ではわわ軍師などと揶揄されてはいるも、流石はかの諸葛孔明といったところだろう。

 

「はぁ……そっか。じゃあ、まだ会えないのか」

「へっ? ご、ご主人様がそわそわしてたのって、曹操さんに会いたかったからなの!?」

「まあ、確かにあの曹操にも会ってみたい気持ちもあるにはあるけど。それよりも」

「曹操さんの下にいるもう一人の御遣い――《日天の御遣い》さんのことが気になってるんですね?」

「………………ああ。やっぱり、同じ身の上としては、どうしてもね」

 

 日天の御遣い。

 おそらくは自分と同じ――別の世界からの来訪者。

 自分以外の御遣いのことを知って、あの曹操が手に入れたことを知って、反董卓連合に曹操も参加することを知って。

 とうとう日天の御遣いに会える――それを知ったらどうにもじっとしていられなくなった。……自覚はなかったがその焦れようは尋常じゃなかったらしく、星に「まるで恋する乙女ですな」とからかわれたほどだ。

 しかし、そんな風にからかわれても尚、一刀は思ってしまうのだ。

 会ってみたい。

 会って話をしたい。

 同じ世界の住人かもしれない、もう一人の天の御遣いと。

 光に喩えられる自分の心情を理解できるのは、きっと――光り輝く日なのだから。

 

「……何か《日天の御遣い》について、わかってることはあるかな?」

「えっと、詳しい情報はあんまり。わかっているのは日天の名の通り日色の髪と瞳をしていること、曹操さんの客将であること、あとは……《日天の御遣い》さんを請負人と呼んでいる人達がいることぐらいです」

「うけおいにん?」

「頼まれたらなんだってする、なんでも屋みたいなものだよ」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げる桃香へ簡単な補足をしてやり、ふと目を伏せる一刀。

 

「日色の髪と瞳の請負人、か……」

「もしかして《日天の御遣い》さん、ご主人様の知ってる方なのですか?」

「知らない、けど……俺の世界の都市伝説っていうか、噂にあったんだ。どんな無理難題でも圧倒的に解決する、太陽のような請負人がいる――ってさ」

 

 噂を耳にした友人の及川が、「全てのイケメンを血祭りにしてもらうんやーっ!」などと物騒なことを口走っていたのを思い出す。ただその噂が賢者の石を見つけたとか、エジプトで吸血鬼を退治したとか、天空に浮かぶ城に少女を送り届けたとか、どれも信じがたいものばかりで、すぐに都市伝説の山に埋もれていったけれど。

 

「………………まさかなぁ」

 

 いくらなんでも荒唐無稽が過ぎると、頭に浮かんだもしもを振り払う。

 しかし一刀は気付いていなかった。

 無自覚にもフラグを立ててしまったことを。

 北郷一刀もまた王道を外れない――立てたフラグはきちんと発動させてしまう、主人公体質であることを。

 

 

 

 

「――ふぇっくち!」

 

 反董卓連合の集合場所に向かう行軍の途中。

 ぐらぐら揺れる馬の背の上で、旭日は盛大にくしゃみを出した。

 

「あー……鼻がむず痒い」

「兄様、体調が優れないのなら私の後ろに乗りますか?」

 

 労りに溢れた言葉をかけてくれたのは先日に仲間となった典韋――流琉だ。彼女の幼なじみの季衣に兄ちゃんと慕われているせいか、流琉もいつの間にかそれに倣い、旭日のことを兄様と呼んでいる。

 

「(……兄ちゃんに兄様か。あいつらには結局、一度も呼ばれなかったな)」

 

 胸に湧いた追憶を振り払うよう、心配に表情を曇らせた流琉へ旭日は明るく笑って言う。

 

「そんなに心配しなくても平気だよ。くしゃみの感じからして、どっかのベタな王道フラグに引っ掛かっただけっぽいしな」

「ふらぐ?」

「あーっと……まあ、とにかく大丈夫だってことだ」

「ならいいんですけど……あの、辛くなった時はすぐ言ってくださいね?」

「………………」

「に、兄様?」

「……いや、流琉は本当にいい子だなと思ってさ」

「ふひゃうっ!?」

 

 手を伸ばし、彼女の頭をくしゃりと撫でる。

 

「ちゃんと気遣いができて、ちゃんと気配りができて、料理も上手ときたもんだ。立派な妹分を持てておにーさんは嬉しいよ」

「くす……くすぐったいです兄様…………!」

「あーっ、流琉ばっかずるい! 兄ちゃん、ボクもボクも!」

「ん? そうだな、季衣もいい子だし――」

「――私の親衛隊をはべらせて、何をしているのかしら? 旭日」

 

 隣りに馬を寄せてきた季衣に残った片方の手を伸ばそうとしたところで――ひやりと。首筋には冷たい鉄の感触が当てられ、背中には冷たい声がかけられ、旭日は全ての動きをぴたりと止めた。

 ゆっくり振り向いてみれば、そこには死神鎌『絶』を構えて絶対零度の微笑を浮かべる華琳の姿。

 

「随分と良い身分になったじゃない。そのよく伸びる手と鼻の下、ちょうど良い長さに梳いてあげましょうか?」

「また物騒な挨拶の仕方だな――って刃を食い込ませんな! 一張羅が血で汚れる!」

「自分の身より服の心配? 相変わらずわけのわからない男ね……」

 

 慌てるポイントがずれた旭日の様子に呆れたのか、刃を向けたところで無意味だと諦めたのか、すっと鎌を首筋から離す華琳。

 

「やれやれ……えらくご機嫌斜めじゃねえか、華琳」

「そう言う貴方は無駄に上機嫌ね。……旭日の性格からして、不機嫌にしているものと思っていたのだけど」

「……別に喜び勇んでるつもりはねえぞ。反董卓連合の裏を知っちまった手前、やっぱりまだ心のどっかじゃ納得できてねえよ」

 

 洛陽で欲しいままに権力を振りかざす暴君――董卓の存在を許せず、河北の雄である袁紹が大陸全土の諸侯に檄文を送り結成された反董卓連合。

 袁紹曰く董卓の暴政に都の民は嘆き、恨みの声は天高くまで届いているとのことだが――桂花が放った細作の情報によれば、どうやら董卓は暴政など布いていないらしい。董卓の命で官の大粛清はあったものの、都で悪い政事をしていた官を粛清しただけだ。

 董卓に非はなく、反董卓連合に義はない。

 あるのは嫉妬と野望の入り乱れる――権力争いの成れの果て。

 

「他人を蹴落として足引っ張って……じめじめと陰気も大概だな。もっと健やかに生きたほうが楽しいだろうに、どいつもこいつも根暗でいやがる」

「確かに貴方のような人間ばかりならば、こんなことになりはしないのでしょうね。けれど、こんなことになってしまった以上、私は覇道の為、すべきことをしなければならないわ。例え貴方が、この戦に異を唱えたとしても」

「わかってるさ、そんなこと」

 

 そう、わかってる。

 世界は綺麗事じゃ成立しない。

 昏い舞台で請負人をやっていた旭日はそれを、嫌というほどわかっている。

 

「……華琳、何度も同じことを言わせんな。俺は請負人で、最後まで請け負うのが請負人の矜持だ。納得できないからって異を唱える気なんざねえし、お前と同じで波の頂にいたいと思ってる。それに、さ」

「それに?」

「お前たちと一緒の景色を見なきゃ、お前たちを守れないだろ?」

「………………えっ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げた華琳を余所に、旭日は続ける。

 

「これでも、お前たちのことは気に入ってるんだよ。春蘭も秋蘭も、桂花も、季衣も流琉も、凪も真桜も沙和も。勿論、華琳のこともな。どんなに納得できないことでも、守れないよりかは守りたいって――華琳? どうかした痛っ!?」

「あ、貴方って男はほん、本当にわけがわからないわねっ……全くもう!」

 

 鎌の柄で旭日の頭をかつりと殴りつけ、さっさと先へ馬を進めてしまう華琳。

 その顔はどこか朱に染まっていて。

 

「……わけがわからねえのはこっちの台詞だ」

 

 怒らせることを言った覚えはないんだがな、と首を傾げる旭日はやはり、間違いなく天の御遣いなのだろう。

 

 

 

 

 反董卓連合の集合場所に到着後、すぐさま行われた軍議へ華琳たちと共に参加した旭日は現在、激しい後悔の中にいた。

 

「あのさ……戻っちゃ駄目か?」

「……まあ、気持ちはわからんでもないが」

「……もうしばらく辛抱しろ、九曜」

 

 どこか呆れの滲んだ春蘭と秋蘭の声に、これで数十回目となる溜め息を吐く。

 連合のの発起人である袁紹。袁術と客将の孫策。公孫賛。西方の馬騰。そして劉備。

 三国志で名を馳せた将たちを見てみたいと、好奇心に従ったのがそもそもの間違いだった。叶うのなら、少し前の自分を思い切り殴りつけてやりたい気分だ。

 

「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」

「(………………うっぜえ)」

 

 きんきんと無駄によく響き渡る袁紹の高笑いに、旭日は隠そうともせず盛大に顔を顰める。

 軍議が始まってからずっとこの調子だ。

 駄々というのか我侭というのか、一番じゃなければ気が済まない類の子どもの理屈で言動が構成され、勝手なことを好き勝手に言うわ、思い出したように高笑うわ――ステレオタイプの高飛車具合にどんどん苛々が蓄積されていく。

 自分たちの陣へ戻りたいと思ったのも一度や二度ではない。春蘭と秋蘭に両腕をがっちり掴まれていなければ、おそらく既にここにはいないだろう。

 

「(これで目立つ連中がいなけりゃ、絶対に戻ってたな)」 

 

 幸いにして、袁紹が生産するストレスを耐えるだけの収穫はあった。その点のみに限るのなら、好奇心に従った少し前の自分を褒めてやりたい気分だ。

 袁紹、袁術は大きな力を有しているものの、世界を相手に戦えるだけの器量ではない。公孫賛はそれなりに手強そうだが所詮はそれなりで……妙に存在感が薄い。華琳たちと比べたら、圧倒的に霞んでしまう。

 

「(要注意すべきは残りの三つ)」

 

 一つは孫策。

 今は袁術の客将に甘んじているが――あれがそんな易しくあるものか。隙の窺えない佇まいに瞳の奥で燻る野心の炎、離れていても感じる圧力。華琳に劣らない王の気質の持ち主だ、いつか必ず袁術を破って世に名を轟かせるだろう。

 馬騰もまた似たようなものだ。

 彼女の傍に控えた娘の馬超とそう変わらない、親子というより姉妹のほうがしっくりくる容姿であるものの、地に足をつけた揺るぎのなさは貫録に満ち溢れている。

 そして――劉備。

 ふわふわ桃色の髪を風に靡かせ、にこにこ笑う姿はどこにでもいる可愛い女の子にしか見えないけれど――旭日には彼女が一番厄介に思えた。

 対極なのだ、華琳と。

 王の気質も在り方も掲げる旗印も――全てが対極。

 連合に参加している諸侯の中では小さな勢力ではあるが、これから先、史実のように成長していくならば、覇道を歩む華琳にとって最大の障害へと化けるかもしれない。

 

「(それに……《光天の御遣い》の存在)」

 

 視線を僅かにずらして、劉備の隣りに立つ男へ目を合わせる。

 どこかで見た覚えのある真っ白な制服。まだ幼さの残った顔つき。なんとなく抜けた印象を受けるが、それでも居並ぶ将をきちんと観察している。弱いようで強いようで……どちらでもないようで。どちらとものようで。

 光天の御遣い。

 おそらくは旭日と同じ――別の世界からの来訪者。

 ただ昏い舞台裏で生きてきた旭日とは違い、光天の御遣いの男は平和な表舞台で生きてきたはずだ。制服を着ていることや、人を殺めた経験のある者特有の鈍い雰囲気を纏っていないことが、それを如実に語っている。

 

「(……どんな心境なんだろうな)」

 

 人を殺したことがないのに、戦が当然の世界に落ちるのは。

 何を見て、何を思い、何を感じているのだろう。

 平和とは程遠いこの乱れた世の中で。

 当たり前のように人が死ぬ世の中で。

 平和な世界で、当たり前のように人が死なない世界で生きてきた光天の御遣いは――あの男は一体、何を胸に宿してここに立つのだろう。

 

「あーっと……華琳」

「貴方の気持ちはちゃんとわかってるから、安心しなさい。後でちゃんと話す機会をあげるわ」

「……そっか。ありがとうな」

 

 目を伏せて彼女に礼を告げ――

 

「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」

「………………うっぜえ」

 

 ――空気を読まない高笑いに、とうとう旭日は思っていたことを言葉にした。

 

 

 

 

 旭日が光天の御遣いと話す機会は、軍議が終わってすぐに訪れた。

 

『桂花が放った斥候からの情報、汜水関の先陣を押し付けられた劉備に届けてきなさい』

 

 言葉だけではパシリ以外の何でもないが、光天の御遣いと話したがっていた旭日に、華琳が気を利かせてくれたがゆえのことだ。ありがたく旭日は了承し、劉備の陣営の前まで足を運んでいた。

 

「……さて、と。場所はここで合ってるよな?」

「待て!」

 

 旭日が劉備の陣営に入ろうとしたところで、綺麗な黒髪をポニーテールにした女の子にぴしりと呼び止められる。青竜をあしらった偃月刀を携えていることから察するに、おそらくは劉備の義妹の関羽だろうか。

 

「おまえは何者だ? どうして我らの陣に入ってくる?」

「ん? ああ、俺は華り――曹操の遣いの者だよ。うちが仕入れた最新情報を届けろって言付けられてきた」

「曹操の? ……日色の髪に瞳。まさか、あなたが《日天の御遣い》か?」

「そちらさんにも同じ存在がいるんだ。そう驚くことじゃねえだろ」

 

 驚きに表情を染めた関羽に、苦笑を返す旭日。

 

「それで、嬢ちゃんの主に面会はできるか? この書簡、なるべく俺の手で渡したいんだが」

「……武器を」

「用心深いもんだ……ほら、ちゃんと返してくれよ」

 

 腰に差した刀を預け、案内されるがまま関羽の後に続く。

 彼女に気付かれないよう陣の中を軽く見回すと、兵たちは統率のとれた動きで働いており、質の高さが窺えた。どうやら、劉備を要注意に挙げた自分の観察眼に狂いはなかったらしい。

 

「(……念の為、華琳に報告しておくか)」

「桃香様、ご主人様。曹操殿の使者をお連れしました」

「………………ゴシュジンサマ?」

「曹操さんの使者が? なんでまた……って、あーっ!」

 

 陣内のひらけた場所に集まって何やら話し込んでいた中の一人、光天の御遣いが振り向いたかと思えば、旭日を見た途端に素っ頓狂な声をあげる。こちらを指差した手は――というかもう全身が小刻みに震えていて、実にわかりやすい驚き方だ。

 自分と同じ存在が現れただけなのに、よくこんなに驚けるもんだな。と、口内のみで旭日はなんとも鬱陶しげに呟いた。

 

「えっ、なんで? どうして《日天の御遣い》さんが……」

「……曹操の使者つったろ」

 

 未だ驚きに浸っている光天の御遣いへと書簡を投げ渡して旭日は言う。別にフェミニストを気取っているわけではないが、基本的に旭日の男に対しての扱いはぞんざいである。

 

「詳しいことはそれに書いてるが、お前たちが先陣に立つ汜水関の将は華雄一人だ。虎牢関を守っている将は天下の飛将軍呂布と神速の用兵を使う張遼。……あと、袁術が先行して勝手に軍を動かしたそうだ。先鋒は孫策で、結果は多分――いや、言わなくても《天の御遣い》ならわかってるか」

「じゃあ、やっぱり……」

「ご想像の通りさ、《光天の御遣い》」

「……その呼び名はやめてください。えっと、俺は北郷一刀です。一応こっちじゃみんなの主をやってますけど、あっちの世界では聖フランチェスカの学生をやってました」

「敬語は遣わなくていい、歳も大して違わないみたいだしな。俺は素敵に無敵な請負人――九曜旭日だ。まあ、なんだ、お前と同じで《日天の御遣い》とか呼ばれてる」

 

 握手を交わし、改めて目の前の男を見る。

 光天の御遣い――北郷一刀。

 握った手に強い力は感じられず、佇まいも隙だらけ。知の面で優れているかもしれないが、学生をやっていたのならその線も薄い。少なくとも、桂花ほどの知は有していないだろう。武においても知においても、あちらの世界ではありふれた、ごく普通の青年だ。

 しかし、そんなごく普通の青年がこうしてここにいる。

 血で血を洗う舞台に。

 死で死を拭う戦場に。

 己の足で――立っている。

 

 

 

 

 少し迷ったものの、一刀は急に黙り込んでしまった旭日へ声をかける。

 

「あ、あの、旭日さ――」

「――なあ北郷、お前がここにいる理由はなんだ?」

「え?」

「あっちの世界で学生やってたお前がここに――乱世の中にいるんだ。何か理由があるんだろ?」

「それは……いや、俺は御輿だから、主義主張って言うほどのものはないよ。ただ桃香……劉備たちの考えに賛同し、協力してるだけさ。みんなが言う、天って世界からこの世界に落ちてきて……打算や計算も勿論ある。だけど桃香たちの理想に共感し、力になりたいと思っているのは、本当のことだ。それが、俺がここにいる理由かな」

 

 真っ直ぐに彼と目を合わせ、真っ直ぐに一刀は言う。

 自分の思いを。

 自分と同じ――天の御遣いに。

 そんな一刀の真剣な思いを理解してくれたのか、旭日は「……いい答えだな」と僅かに微笑んだ後、ずっと状況を見守っていた桃香に顔を向けた。

 

「じゃあ、劉備ちゃんの掲げる理想ってのは?」

「はっはい! 私の理想はこの大陸を、誰もが笑顔で過ごせる平和な国にしたい。その為には誰にも負けたくない――負けたくないって、そう思ってます」

「みんなの力になりたい《天の御遣い》と、みんなを笑顔にしたい王ね…………対極でも鏡合わせだったか」

 

 最後のほうはよく聞き取れなかったが、どうやら独白のようなので聞くだけに留めておく。

 

「えっと……俺も訊きたいんだけど、旭日さんが曹操さんの下にいる理由って?」

「請け負ったから。最初はな」

「最初は?」

「……あいつらには言うなよ。今は請け負ったからじゃなくて、なんつうかこう……放っておけないんだ。どいつもこいつも自分以外の誰かを優先してばっかりで、危なっかしくて放っておきたくねえんだ」

 

 そう言って笑うを見て――どうしてだろう、一刀は《らしい》と感じた。

 さっき会ったばかりにも関わらず、とても彼らしいと。

 

「さてさて、俺はこの辺で引き上げるよ。長居して悪かったな」

「ええっ!? もう戻るの?」

「あまり時間かけすぎると華琳に怒られるんでな。今回は長い戦いになるだろうし、話をする機会は沢山あるさ」

「それは、そうだけど……」

 

 話し足りない。

 訊きたいことや言いたいことはまだまだある。

 ある、のに――ありすぎて上手く言葉が出てこない。確かにこの反董卓連合に参加している間なら、また話す機会は訪れるかもしれないけれど、これでひとまず終わりにするのはどこか勿体ない気がする。せめてあと一つだけでも、何かを訊きたい。

 しかし一刀が悩んでいるうちにも彼は戻ろうとして、愛紗に預けていたらしい刀を受け取り――刀、を。

 武器を。

 人を傷つける――人を殺す道具を。

 

「………………旭日さんは人を、斬ったこと、あるの?」

「あ? ……ああ、そっか、そうだよな。お前はそういう世界で生きてきたんだったな」

 

 受け取った刀を遊ぶようにくるくると回しながら、旭日は言う。

 温かくも寂しい笑顔で。

 冷たくも優しい声音で。

 

「残念だがな……北郷。俺にお前の気持ちは共有できねえよ。お前と違って俺は人を斬ることになんの問題も抱かねえし、人を殺すことになんの抵抗も感じない。躊躇なく人を斬り、躊躇わず人を殺し、この手を血と死で汚す」

「どう、して」

「汚さなきゃ大切な者を護れなかった。大切な者を護る為には汚さなきゃいけなかった。言葉にすればたったそれだけだが……それだけでも、人が手を汚すには十分すぎる理由だ。お前だって、頭じゃわかってるんだろ? この世界に落ちて、この世界の有様を目にして、この世界で力になりたい誰かを見つけた、お前なら」

「わかってる、けどっ……!」

「……割り切れないか。まあ、お前はそれでいいさ」

 

 ぱしん!

 回していた刀を握り締め、旭日は一刀に背を向ける。

 

「割り切れないのはお前の弱さだ、北郷。あっちの世界の当然をこっちの世界で通そうとする、甘ったれたお前の甘ったるい弱さだ。……そんな弱さが、俺はひどく羨ましい」

「……え?」

「割り切った俺はもう、割り切れないお前の気持ちは共有できねえ。けどな、割り切る必要なんかねえって思う。弱さも貫き通せば強さだ。割り切らず、ただ――背負え。お前が割り切れないこと、納得できないこと、不条理だと思ってること、どうにもならないこと、全部を背負って前に進め。少なくとも俺は、そうやって歩いてきたよ」

「旭日……さん…………」

「また会おうぜ、北郷一刀」

 

 小さくなっていく眩しい背中。

 なれる、だろうか。

 自分も彼のように強く、強さを持つ人に。 

 

「背負うよ……全部を背負って前に、前に進むよ…………」

 

 なりたいと思う。

 なってみせると思う。

 こんな弱い自分を慕ってくれる――大切なみんなの為に。

 

 

 

 

「あら、早かったわね。どうだった?」

「とびっきりに面白い奴だったよ」

 

 自分の陣に戻った旭日は、待ち構えていたらしい華琳に笑って答えた。

 しかし、ありのままの感想を言ったにも関わらず、どうやら答えが気に入らなかったのか不服げに華琳は眉に皺を寄せる。

 

「面白いかどうかなんて知ったことではないわ。《光天の御遣い》がどんな人物なのか、それを訊いているの」

「どんなって訊かれてもな……だから、面白い奴だったよ。とびっきりに面白くて――そして、とびっきりに厄介極まりない奴だ」

「……ふぅん? 貴方に厄介とまで言わせるほど、優秀には見えなかったけれど」

「だろうな」

 

 北郷の顔を思い出し、旭日は笑う。

 どこにでもいる、ごく普通の平凡な青年。

 きっと誰もが彼をそう評すことだろう。旭日も面と向かって話をするまで、北郷のことを普通の青年だと信じて疑わなかった。

 

「華琳の見立ては合ってるよ。あいつに強さと呼べる強さはない。一般兵には勝てるかもしれねえけど、武将相手じゃてんで駄目だ。俺だったら瞬きの間に九回は殺せる自信があるぜ」

「なら、知略に長けているのかしら?」

「微妙なところだな。天の知識を扱える程度には長けていそうだが……ただの学生やってたっぽいし、俺と同じかそれ以下か、そのぐらいが限界だろ」

「……平凡な男じゃない」

「平凡な男、さ。けどな華琳、そんな武も知も平凡な男が、ここにいるんだよ」

 

 血で血を洗う舞台に。

 死で死を拭う戦場に。

 人を殺すことを割り切れない青年が、平和な世界での甘えを捨て切れない青年が、己の弱さを知りながら――己の弱さから逃げずに立っている。どこにでもいるごく普通の青年が、どこにでもいるごく普通の青年のまま、瞳に暗さを宿さずここで、この世界で前に進もうとしている。

 

『みんなの力になりたい』

 

 そう、北郷は言っていた。

 真っ直ぐに。

 どこまでも真っ直ぐに。

 

「あいつは弱いくせに、俺たちよりずっと弱いくせに、ここに立ってるんだ。あいつにとってこの世界は悲しくて、辛くて、苦しくて、なのにあいつはここから逃げようとしないんだ。真っ直ぐ、どこまでも真っ直ぐに、この世界と向き合ってるんだ」

「………………」

「あいつは弱いけど、弱さに負けたりしねえ。へこたれても迷っても悩んでも、あいつは絶対に負けたりしねえ。そういう奴は、厄介だよ。最後まで諦めず抗い続ける奴は、とびっきりに厄介で――とびっきりに面白い」

 

 どうしてだろう、旭日はそんな北郷を《らしい》と感じた。

 さっき会ったばかりにも関わらず、とても彼らしいと。

 

「……まあ、いいわ。欲しい答えとは少し外れていたけれど、良しとしましょう。もうすぐ進軍を開始するから、準備なさい」

「雄々しく勇ましく華麗にってか?」

「………………」

「悪い冗談だ二度と言わなっ……華琳さん足! 足踏んで痛いちょっ本気で痛い!」

「ふんっ」

 

 最後に思いっきり旭日の足(あろうことか小指)を踏みつけ、さっさと華琳は先へ行ってしまう。

 

「はぁ……やれやれだ」

 

 気軽に冗談も言えないのかと天を仰ぐ。

 綺麗な空だ。

 あちらの世界と比べものにならないくらい、綺麗な空だ。

 だけどやはり、敵わないと思う。

 初めて見た眩く美しい、涙の止まらなかった――あの朝陽には。

 

「………………ああ、そうか」

 

 どうして北郷を《らしい》と感じたのか、どうして北郷のことをこうも理解できたのか、ようやく思い至る。

 似ているのだ。

 自分と。

 弱いくせに、絶対に諦めず抗い続けた昔の自分と。

 まるで鏡合わせのように。

 

「まだ九曜旭日じゃなかった、小さく弱い子どもの頃の俺に――似てるんだ」

 

 

【第七章 光鏡】………………了

 

 

あとがき、っぽいもの

 

 

どうも、リバーと名乗る者です。

ようやくっ……ようやく我らが一刀君を登場させることができました!

な、長かったです…………ど、どうでいたでしょうか? 我らが一刀君はちゃんと我らが一刀君でしたでしょうか? あの御方、コロコロと口調が微妙に変化するのでちゃんとできているのか不安です……「いや、一刀はこうだろ?」というご意見があれば是非にお願いします。

 

それから、麗羽好きの人には本当に申し訳なく思っています。高笑いだけの登場でしたし……ただあの高笑い、書いててものすごく恥ずかしかったのは自分だけなんでしょうか?

 

馬騰は完全に捏造です。今回は名前だけの登場でしたが、これからの出番は……後々ということでご容赦ください。

ちなみに、旭日は一刀君のことを男の中ではかなり気に入ってます。一刀君も旭日に少し憧れてます。……文で伝えることができてなかったかもしれませんので、念の為に補足しておきます。

では、誤字脱字その他諸々がありましたら、どうか指摘をお願いします。

感想も心よりお待ちしています。

 

 

追記 第七章・NG

 

 

 対極なのだ、華琳と。

 王の気質も在り方も掲げる旗印も――全てが対極。

 そして何よりも対極なのは……やはり。

 

「勝負にすらなってねえよな、あのむ……ちょっ華琳さん足! 足超踏んでっ痛い痛い痛い!」

「………………死ねっ!」

 

 


 
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