No.132694

ビューティフル 7

まめごさん

身長20cmの侍と現代女子のお話。

のはずなんだけど、また風呂敷が広がりそうな予感…。

2010-03-27 22:38:29 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:539   閲覧ユーザー数:525

冥土服!?

冥土服といったか、この男は。

「死装束をわしに着せたのか!」

怒りのまま怒鳴っても、初音と林田博(おおよそ貧弱な男だった。収まりの悪そうなもさもさ頭に、目が異様にでかい)は二人でこそこそと話しているだけだ。

「ちょんまげに冥土服も似合いますなあ」

「出来心なんですけど、気に入ってますの」

「どこで買ったんですか?」

「夜なべで作りました」

 

「わしの話を聞け!」

 

二人は同時に直隆を見ると、にっこりと不気味な顔で笑う。

「ええもん着せてもろとるなあ。その服はな、この時代の戦闘服やで。それも超一級の」

「そうそう。このあたしがチビの為を思って作ったんだから。感謝しなさい」

「そう…なのか?」

その割には股のあたりがスウスウするが。

 

にしても、この部屋は汚すぎる。

初音の部屋も大概散らかっているが(「女の部屋は宇宙なの」と意味不明な言い訳をされた)、それ以上にひどい。

この台の隅にある縮れた毛は、どうみても毛髪ではなさそうだ…。

 

貧弱男はいそいそしながら、初音の家にあるような白い箱(かなり小さかったが)、を開けた。

「すんません、ビールしかないけど飲みます?」

びーる!

直隆の好物だった。初音はほぼ毎晩これを飲む。

「もらおう。え○すであれば申し分ないが、はっぽうしゅでもよいぞ」

「…木村さん、あなた、どういう教育されてるんです?」

呆れたような博の声に、初音は顔を染めた。

「すみません、給料日に奮発したら、味、しめちゃったみたいで」

 

 

☆  ☆

 

 

昼間っからビールとしゃれこみながら、初音と直隆の説明に耳を傾けながら、博は驚愕せざるを得なかった。

目の前、ちょんまげのメイド服を着た身長20cmのチビの話は、パソコンで表示された歴史の史実とことごとく一致した。

梅木あたりが知ったら、諸手を上げて喜びそうだな。

同じ研究室に所属する友人が狂喜乱舞する姿が目に浮かぶ。

それでなくともどこぞに売れば、高い値がつくだろう。

だが初音はきっぱりと言い切った。

「この子はあたしの家に来たんです。だからあたしのものです」

四本目の発泡酒のブルドックを開けながら、ろれつの怪しい舌で。

「けど、おれが引き取った方が、はよわかるかも知れんじゃないですか」

「嫌」

「嫌て…。お前はどうやねんな」

「お主についても確信は無い」

お猪口のビールを飲みきった直隆は、それをずいと初音に押しやった。阿吽の呼吸で、初音がお代わりをついでやる。

「で、おれにお前のことを調べろというんかい。都合良すぎるやろ」

「あたしはね、林田さん」

とろんとした目が色っぽいな。襲ったら強姦になるんだろうか。ちらりとわいた思いを慌てて散らす。

「直隆が悲しい目に会うのが嫌なんです。自分の預かり知らない所で、色んな変な人にいじくり回されて、もてあそばれて、プライドを散々傷つけてしまうような思いをさせたくないんです。それにあたしの唯一の…」

一気にまくしたて、そのまま横にぶっ倒れた。

「うわあっ! ええっ!? ちょっとっ!?」

「寝ているだけだ」

仰天する博に、直隆が冷静な声を出した。

「三本飲むと、ひっくり返って寝入ってしまう。で、次の日「やだー!どうしよう、また化粧したまま寝ちゃったー!」と大騒ぎする女だ」

「あ…。さいですか」

初音は幸せそうな顔をして、クウクウと寝息を立てている。

 

この部屋に女がいるなんて何年ぶりのことだろうか。

数えようとして、止めた。虚しいだけだ、と博は苦笑する。

「おれも暇じゃないんやけどなー…」

論文の提出日は迫っている。本当はのんびりビールなぞ飲んでいる場合じゃないのに。

「無理を申しておることは重々承知しておる」

「それが人にものを頼む態度かいな」

それでも、頼られるのは嬉しいことだった。

 

酒というものは、心を吐露するには打ってつけのものであるらしい。

博は自分でも気付かないまま、直隆に今における違和感について切々と語っている。

 

物心ついたときから、博は勉強一色の日々だった。それが当たり前だと思っていたし、自分のやるべきことだと考えていた。同い年の友達は全てライバルで、外に出て遊んだ記憶もあまりない。

成長してゆく過程で、ほのかな恋心を抱いた相手たちには、好意をよせられることは無かったし、逆に気持ち悪がられた。ちっぽけなプライドを傷つけない為にも、勉強しかなかったのだ。

 

ところが、京都の国立大に受かって入学してから、世界は一転した。

 

灰色の日常から、楽園へと。

 

親は狂喜乱舞し、息子を褒め称えた。

大学名を出せば、女の子たちは尊敬のまなざしで博を見た。

軟派なテニスサークルに入り、友人もできて、彼女もできた。

まさしく大学デビューだった。

夜の木屋町、新歓コンパ、徹夜の麻雀、青空の下のテニス、明け方まで飲んだ合コン、くだらない馬鹿話、居酒屋のアルバイト、初めてのセックス。

めくるめく日々はキラキラと輝き、あっという間に過ぎ去っていった。

周りのみんなは、社会という荒波へと飛びたっていったが、博は留年することを選んだ。

楽園を出たくは無かったのだ。

 

最初の違和感は、五年間付き合っていた彼女と別れたことだった。

先に社会人となった一つ下のその子は、仕事が大変でしんどい、とよく愚痴をこぼした。

「大丈夫。なんとかなるて」

だけども、彼女が求めていたのは、そんな軽い励ましではなかった。

結局、真摯に叱ってくれた同じ会社の先輩と恋に落ち、二股されたあげく振られてしまった。

新しい恋人はすぐにできた。が、同じことが三度起こった。

「イライラすんねん」

つきあった当初の憧れるような眼は、明らかに冷めきった軽蔑の色があった。

「なんで卒業して就職せえへんの。ずっと大学におるの。普通のことやろ。博みてるとイライラする」

 

ああ、そうか。

初めてそこで分かった。

彼女たちは、博自身を見ていたわけではない。名門大学の男が欲しかったのだ。大手に就職して、高い給料を持って帰る夫が。

その証拠に、三人とも「結婚」をよく口に出した。愛情の証だと思っていた。

親だってそうだ。

自慢できる息子が欲しかった。うちの子は京都の国大にいっておりますの。

その自慢の息子は今だに親の脛をかじっている。母親は嘆き、弟を引き合いに出す。

「篤はちゃんと仕事をしているっちゅうのに、あんたはいつまでもフラフラフラフラと…」

 

かつての友人たちは、社会の前線に出て、バリバリと働いている。結婚している奴もいれば、子供ができた奴もいる。

「うちの課って人使い粗すぎやわ」

「通勤に二時間もかかっとんねん。片道やぞ」

そして博の生活を羨ましがり、昔の大学生活を懐かしがる。彼らの愚痴は、とても楽しそうに聞こえた。

 

おれは、今、ここで何をやっているんだろう。

 

人の役に立つことのない研究、かつての楽園にしがみついているだけの日々、足がすくんで進むことのできない未来。

 

「なあ、お前は…。なんや寝とるんかい」

 

直隆は空き缶に寄りかかって、俯いている。

辺りはすっかり暗くなって、時計の針は八時を指していた。

博は電気をつけると新しいビールを取りに、台所へと向かう。

 


 
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