No.1182910

御神体は「たもりがみ」様である

新人さん

1871年(明治4)、欧米に派遣された岩倉具視らは、江戸幕府から続くキリスト教の禁制と迫害をやめないかぎり 欧米諸国との条約改正の交渉が出来ない事を知り 政府にキリスト教解禁をすすめたので、明治政府は1873年2月24日にキリスト教を解禁した歴史がある。僕は八百万の神のように神秘的で得体の知れないものは好きだが、宗教というものには若い頃から反対している。特に一神教が大嫌いでモスリム、ユダヤ、キリスト教の順に嫌っている。その理由は、世の中に争いが絶えないのは一神教=ヤハウェのせいだと考えているからだ。そして宗教は詐偽であると信じて疑わない。キリスト教の亜流であるエホバの証人はたしか1970年頃から「宗教は罠であり、詐欺である」というスローガンを使っていた気がするが「エホバの証人こそが詐偽グループのくせに」と憎々しく思っていた。そして宗教の結婚観にも異議がある。キリスト教の結婚観は「結婚は神が定めた制度であり神の意志に基づくもの」だから 男女が結婚するのは神が結び付けているというものらしい。だから統一教会のような亜流も生まれてしまい、合同結婚式のようなおかしなセレモニーを催すのだろう。 一方 悟りを開いたブッダの考えは、性的交渉を認めず「 結婚は悟りに邪魔なものである」という考えのようだ。だが仏教では二人の結婚は生まれる前から因縁づけられていたと都合よく解釈し、日本で主流の大乗仏教では、結婚しなければいけないという固定観念を捨て去ることも大切であると教えている。無理に結婚する必要はないということだ。どちらかと言えば 僕は仏教の方がまだましだと感じるが、一番良いと思った生き方は 宗教ではなく、なんと「笑っていいとも」のタモリさんだった。タモリさんが語った結婚観は『愛で始まり、憎悪に変わり、そして感謝で終わるもの』らしい。うんうん、全く その通りだと思う。夫婦は一番近い他人で、一番遠く血の繋がらない家族なのだ。だからこそ不可思議な存在だと思う。僕はタモリ教の信者になら成っても良いかなと思った。タモリガミを奉るのだー。

2026-02-24 15:46:40 投稿 / 734×734ピクセル

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