No.117471

なんてことない日常 ジョートショップ編

鳴海 匡さん

今から約10数年前に発売された『悠久幻想曲』より。
ヒロインは、音楽一家の箱入りお嬢様のシーラ・シェフィールド。
当時から見ても、キャストが贅沢すぎですよね、この作品。
後に、2度にわたってイベントが行われるなど、いろいろと思い出深い作品でもあります。

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2010-01-09 13:00:34 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1075   閲覧ユーザー数:1039

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、微笑ましい恋人達の、平和で暖かな、ほんのひとときの安らぎの時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんてことない日常 ジョートショップ編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明け方から降っていた雨も、ようやく小雨になりはじめた休日の昼下がり。

エンフィールドで最も穏やかな空気の流れる場所、「何でも屋 ジョートショップ」

いつでも多くの喧騒に包まれているこの店も、本日は週に一度のお休みの日。普段とは掛け離れた静かな空気が流れていた。

 

ぱらり……

 

しとしとと雨音のみが聞こえる店内で、一人の青年が彼専用の椅子に深く腰掛け、傍らの紅茶を口に含みながらタイトルの無い簡素な装丁の本に視線を落としていた。

 

ぱらり……

 

時折めくるページの音が、店内の静けさを一層強調する。

彼はこのジョートショップの数少ない店員にして、とある「事件」――ゲーム「悠久幻想曲」参照――をきっかけに「犯罪者」から「英雄」と呼ばれるまでになった青年である。

「あふ……」

 

不意に眠気が訪れたのか、小さく欠伸を噛み殺しながら傍らのデスクに読んでいた本を置くと、小さく伸びをした。

時計を見ると、時間は2時を過ぎていた。

 

「ふぅ、まだこんな時間か……、一日がこんなに長く感じるのは久し振りだなぁ」

 

昨日より、主人のアリサとお付きのテディは外出である。

何やら隣町まで用があるらしく、出掛けてしまっていた。

さすがに目の不自由なアリサをテディだけに任せるのは不安だったが、元々自分が来るまでは彼一人でアリサのサポートをしていたという事から、渋々同行を断念した。

むしろ、毎日毎日飽きる事無く舞い込んでくる依頼の山を見ても、たかが一日されど一日。

実質ジョートショップを取り仕切っている彼が抜ける事は、他のメンバーのみならず、その依頼者達にとってもかなりの痛手になった。

現在の彼は、それほど多くの人々から信頼され、また支持を受けていた。

かつての「犯罪者」と呼ばれていた頃に比べると、それはとてつもなく大きな前進には違いないのだが、それにしてもこれは変わり過ぎだろ、と一人苦笑する。

だが、それでも、一度は疑われた自分を最後まで信じてくれた仲間達や、その後、この街の一員として受け入れてくれた街の住人達に頼られると言う事は、一つの街に留まる事無く旅を続けて来た彼にとってこそばゆいような、暖かい気持ちにさせてくれた。

誰も居ない店内で、クスクスと一人笑いをしていると、店の呼び鈴が鳴らされた。

「こんな雨の日に客?」と不思議に思っていると、その後から「ごめんください」という、聞き慣れた声が聞こえてきた。

その声から来訪者が誰であるか分かり、急いで入り口の扉を開ける。

そこには予想通り、腰まで伸ばした美しい黒髪を先の方で結び、肩にはお気に入りのショールを羽織った美しい少女――シーラ・シェフィールドが立っていた。

中に促されたシーラは、肩や髪にかかった雫を軽く払ってから、ドアをくぐった。

 

「ごめんなさい。連絡も無しに突然お邪魔しちゃって」

「いいよ、気にしないで。むしろ一人で退屈していたところなんだ」

 

手渡されたタオルで濡れた髪などを拭きながら、「そうなんだ。よかったぁ」と、嬉しそうに微笑む。

その後、シーラが持参してくれた手作りのホットアップルパイ――アリサさん直伝――に舌鼓を打ちながら、久方振りに訪れた二人きりの大切な時間を過した。

夜の帳が下りる頃、隣街まで出かけていたアリサとテディが帰って来た。

店の前まで来て、部屋の中に明かりが灯っていないことに、二人は顔を見合わせた。

アリサが入り口のノブに手をかけると、鍵がかかっていなかったらしく、抵抗無く開いた。

 

「出かけたんッスかねぇ。開けっ放しなんて、無用心ッス!!」

 

呆れたようなテディの言葉に、苦笑で返すアリサ。

二人はそのまま店内を抜け、奥のリビングに進み部屋に明かりを灯す。

 

「ご、ご主人様っ!!」

「どうしたのテディ?」

「こっち、こっちに来て欲しいッス!!」

 

アリサが、慌てた声を上げるテディの居る方へ行くと、

 

「あらあら」

 

そこには、ソファの上で仲睦まじそうに肩を寄せ合って眠る、若い恋人たちの姿があった。


 
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