No.113672

恋姫✝夢想~乱世に降り立つ漆黒の牙~ 第三話

へたれ雷電です。

ふと思いました。あれ、ヨシュア編はさらに展開早い?

2009-12-22 18:06:32 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:6314   閲覧ユーザー数:5393

休憩が終わった後、ヨシュアたちは再び行軍を開始していたのだが、そう時間の経たないうちに斥候が戻り、黄巾党の分隊を見つけたとの報告を受けた。ヨシュアはそのとき冥琳とこれからのことを色々と話していた最中で、雪蓮はいなかったのだが、その雪蓮が前線部隊を率いて先行してしまったという報告も受けていた。それを聞いた冥琳は眉を吊り上げて全軍に指示を出し、急いで雪蓮の後を追った。そしてしばらくしてようやく追いついたのだが、雪蓮はその勢いのまま、黄巾党へと突っ込んでいってしまった。

 

「ああ、もう、ヨシュア、雪蓮を頼む!穏、戦闘準備だ!」

 

「分かった」

 

「はーい」

 

冥琳の言葉にヨシュアは即座に姿を消し、穏は兵に指示を出し始めた。

 

 

 

 

「雪蓮!!」

 

ヨシュアは敵を斬り伏せながら進んだ先で雪蓮の姿を見つけ、一気に距離を詰め、雪蓮の近くにいた敵を一瞬で斬り伏せてその隣に並んだ。

 

「…私の分までとらないでよ」

 

雪蓮は口を尖らせて抗議してくるが、ヨシュアは厳しい視線を雪蓮に向けた。

 

「雪蓮、一人で突っ込みすぎだ。雪蓮の考えていることも分かるけど、相手が強敵ならともかく、賊相手じゃそんなことしても誰も感心したりはしないよ。…言っておくけど冥琳はもっと怒っていると思うよ」

 

冷たい視線で敵をけん制しながら、ヨシュアは雪蓮を窘める。敵は一瞬で味方が、何が何だかわからないうちに斃されたのを見て、警戒して襲いかかって来る様子はなかった。

 

「でも兵士たちには勇敢な姿を見せないといけないじゃない?」

 

「…そのあたりは冥琳に絞られてきたらいいと思うよ。その前に、敵を殲滅するのが先だけどね」

 

「うう、冥琳ってそんなに怒ってるの?」

 

雪蓮の言い訳を一言で切り捨て、ヨシュアは雪蓮の前に一歩歩みを進めた。敵の前に立ちはだかる、彼女を守る壁として。敵はその一歩でさらに後ずさって、そして、雄叫び、というよりも悲鳴のような声を上げて斬りかかってきた。だが、その一部隊も大した時間をかける事もなくヨシュアと雪蓮によって殲滅され、崩れた敵も冥琳たちの部隊にそれぞれ追撃され、殲滅されていった。

「雪蓮!!」

 

陣地に戻るなり、かなりご立腹の様子の冥琳に出迎えられた。雪蓮はヨシュアの背中に隠れようとするが、そこはヨシュアがその速さでもって冥琳の横に並び、それを阻止する。ヨシュアのその速さは既に皆の知るところとなっているので誰も驚かないが、雪蓮は恨めしそうな顔をヨシュアに向けるが、ヨシュアはそれを涼しい顔で流した。それから雪蓮は冥琳に絞られたのだが、またやるだろうな、とヨシュアは思いつつそれを見ていた。

 

 

 

 

その後、初戦に勝利したヨシュアたちは戦利品を確保し、孫権と合流するためにさらに先へと軍を進めていった。そして約束の時間である正午近くになったとき、後方に砂塵が待っていることを穏が報告してくる。そしてすぐにその一団はこちらへと距離を詰めて停止した後、一人の少女がこちらに走り寄ってきた。

 

「お姉様!単騎で敵陣に突入したと報告を受けましたが、どういうことですか!」

 

近づいてくるなり、孫権と思われる人物は雪蓮に怒声を上げる。その勢いに雪蓮はたじたじだが、誰も助け船は出さなかった。

 

「あれが孫権?」

 

「ああ。雪蓮の妹で孫呉の後継者だ。真面目すぎるきらいもあるが、器は雪蓮よりも大きいだろう」

 

「そうなのか。足りないのは経験、といったところかな?」

 

ヨシュアの言葉に冥琳たちは驚いた顔をするが、ヨシュアならそういうことに気づいても不思議ではないか、とすぐに表情を元に戻した。

 

「あのようなことを仰るのは~、ご自分の身分をちゃんと弁えて、それを誇りに思っているからだと思いますよ~。でも、本当はとても優しい方なんですよ~」

 

「そう…なんだ」

 

穏の言葉に相槌を打ちながらも、ヨシュアは内心頭を抱えていた。雪蓮は彼女を口説け、と言っていたが、ヨシュアはそれを為す自信など全くなかった。そして、話が終わったのか、孫権がヨシュアへと近づいてきた。

 

「貴様が天の遣いと言われている男か」

 

「…一応は、とだけ言っておくよ」

 

彼女の最初から不審人物と決めつけているのが丸わかりの表情に、ヨシュアは少し彼女の評価を下げながら応えた。疑うのは当然だが、あまりにも表情に出しすぎている。これでは要らぬ反感も買うのではなかろうか、と感じていた。

 

「どこの人間かしらないけど、お姉様を誑かすつもりなら、すぐに立ち去りなさい」

 

ヨシュアはその言葉に軽く眼を細めた。流石にここまで言われる覚えなどない。自分は自分で考えて雪蓮を守るために動いているのだから。そこに冥琳が口を挟んだ。

 

「孫権様。こやつは確かに得体が知れませんが、怪しいところはなく、またその知識も広く、その武も我が軍の中でも抜き出ております。孫策様が片腕とするに十分すぎるほどの実力があるかと」

 

「公謹がそういうのならそうなのでしょうね。だけど私はまだ認めないわ」

 

そう言って孫権はヨシュアに背を向けて立ち去って行った。

 

 

「僕が胡散臭い人物だと思うのは当然だけど…顔に出しすぎだね。はっきり言って不愉快だね。もう少し表情に出さない努力をすべきだ」

 

孫権に声が聞こえないと判断するとヨシュアはぽつりと呟いた。ヨシュアはそう機嫌が悪くなるときはなかったが、今のヨシュアは孫権にはあまり良い印象は抱いていなかった。後継者、ということで気を張り詰めているのかもしれないが、あそこまで表情に出すのはいただけなかった。

 

「権様は高貴な者の心得を、ただ実践なさっておるだけなのだ。そんなに嫌わんでやってくれ」

 

「嫌ってはないよ。だけど、流石にあの態度はどうかと思うけどね。雪蓮はいきすぎにしてももう少し柔軟な態度をとれるようにならないと」

 

祭の言葉にヨシュアはそう答える。別に嫌いになった訳ではないのだが、流石にあれはないだろう。

 

「心配せんでも、貴様の心根が分かればきつい言葉や表情はなくなるじゃろうよ。それまで辛抱せい」

 

祭はそう言って声を出して笑った。ヨシュアは他人事だからって気楽に言わないでほしい、という顔で溜め息をついていた。そのとき、立ち去ったはずの孫権と、あと二人の少女を連れた雪蓮がこちらへとやってきた。

「雪蓮、どうかした?」

 

「貴様、なぜ姉様の真名を口にする!」

 

何気なく、というよりいつも通りかけた声に孫権が噛みついてきた。

 

「良いの。ヨシュアには真名を呼ぶことを許してるもの。私だけじゃなくて冥琳と祭、それに穏もね」

 

雪蓮の言葉に孫権は絶句した。その反応にもヨシュアは内心溜め息をついていた。神聖なものだという真名を呼んだのだから本人から許可されているというのに思い至るだろうに、と。

 

「…確かに身のこなしは只者ではないとわかるのですが、それほどのものなのですか?」

 

「悪い人…ではないと思うのですが公謹様たちが真名をお許しになったというのは少し違和感があります。どういうことでしょう?」

 

孫策が連れてきた二人の少女はそれぞれが思ったことを口にした。刀、だったか、それに良く似た武器を背負った少女はそれほどヨシュアに対して胡散臭いというような印象は抱いていないようだ。もう一人は少し、疑っているようだ。

 

「いや、こいつはなかなかの人物だぞ?それにお前たちの夫になるかもしれん人物でもある」

 

その言葉に三人が一斉に驚いている。三人とも顔を赤く染めて、ヨシュアは不覚にも少しだけ可愛いと感じてしまっていた。…同時にエステルの怒り顔が浮かんだ気もするが。

 

「ヨシュアは管輅の占いに出てきた天の遣いなの。そんな血を孫呉に入れられたら大きな力になるでしょ?それでヨシュアを保護するときに契約したの。孕ませろってね」

 

なぜか雪蓮は楽しそうな顔で言い放った。ヨシュアはまだ了承した覚えはないのだが、彼女の中では既に確定事項らしい。だが、それに孫権はやはり、というべきか憤慨した。

 

「な…お姉様は私たちの意志を無視するおつもりですか!?」

 

「当たり前じゃない。特に孫家の人間である貴女の意志はね。私たちが強国になり、天下を目指すためには兵や資金、様々なものがいる。それを得るのに必要なものは庶人の口から流れる風評。母様の夢であり、孫呉の宿願である天下統一に乗り出すためにはヨシュアが必要なの」

 

「ずるすぎます…お母様のことを出されたら、私には何も言えないじゃないですか」

 

雪蓮の母様という言葉が出た瞬間、孫権は辛そうに俯いた。先ほどまでは厳しい顔をしていた雪蓮だが、その孫権を見て表情を緩めると口を開いた。

 

「知ってる。でも安心しなさい。強制ではあるけれど、本気で嫌がるのなら無理強いはしないわ。それはヨシュアにも言ってあるわ。だけど、まずはお互いを知りなさい」

 

その言葉に孫権だけでなく、二人の少女も表情をどうともいえないものにする。

 

「大丈夫ですよ~。ヨシュアさんは頭もいいですし、腕もたちます。それに優しい良い人ですよ~」

 

穏がそう言ってフォローをしてくれるが孫権はやはり気に入らないらしくはっきりと表情に出している。

 

「とにかく、三人はヨシュアに真名を預けなさい」

 

その雪蓮の言葉に最初に口を開いたのは、三人の中で最もヨシュアに悪い感情を抱いていなかったように見えた、刀を背負った少女だった。

 

「あの、その、姓は周、名は泰、字は幼平、真名は明命!ヨシュア様、よろしくお願いします!」

 

「こちらこそよろしく。ぼくはヨシュア・ブライト」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

明命は笑顔で応えてくれた。三人の中で一番好印象なのは明命だった。素直に良い子だと思えた。…ティータを思い出すのはなぜだろう?

 

「我が名は甘寧。字は興覇。…王の命令だ。我が真名を教えよう。思春と言う」

 

「よろしく」

 

「よろしくするかどうかは孫権様次第だ」

 

思春との自己紹介はそっけなく終わった。まぁ、別に悪い印象はない。

 

「最後に孫権さんだけど…別に僕のことを胡散臭く思うのはいい。真名を預けるべきかはこれから僕のことを判断してくれればいい。僕は仲良くしたいとは思っているけど、それは君が決めることだ。だけど…」

 

そこでヨシュアは言葉を切った。そして真剣な顔つきで再度口を開いた。

 

「雪蓮たちを守りたいという気持ちだけは嘘偽りはない。それだけは覚えていてほしい」

 

「…分かった」

 

一言だけど、先ほどと比べたら棘はとれているように思えた。だが、今はそれでいいかもしれない。ゆっくり分かりあえばいいだろう、レンのときのように。

 

孫権たちと合流したヨシュアたちは軍を再編して再び行軍を始めた。

「そういえば、僕たちの他にはどんな諸侯が集まってるのか教えてほしいな。それによって僕たち取るべき策も変わるだろう?」

 

しばらくして黄巾党の本拠地が近くなったところでヨシュアが冥琳へと問いかける。冥琳はヨシュアの問いに笑みを浮かべると口を開いた。

 

「流石だな。主だったもののみを挙げるが、ここより北方に曹操の部隊。その少し西に袁紹。そして東に公孫賛と劉備という将が率いる義勇兵の一団がいる。そうだな…数にして十五万といったところか」

 

「それだけいるなら圧倒するのは確実か…ならばうまく他の諸侯を利用して戦果をあげるのが重要だね。ならばできるだけ最後の方に参戦する方がいいけど…。冥琳、この方法は雪蓮たちは嫌うとは思うけど、僕なら誰にも気づかれずに相手の総大将を暗殺できる」

 

「…その気持ちはありがたいが、暗殺という手段はとれないな。暗殺などと言う卑怯な手段をとれば我らの風評に関わる。しかし、お前は何でもできるのだな?」

 

「本来の僕は隠密と対集団戦に特化してたからね。今でこそ、それ以外もこなせるけどね」

 

そんなことを話している二人を孫権は複雑な顔で見つめていた。認めたくない、という思いと、彼に対する興味に孫権の心は揺れていた。

 

 

「良い感じに集まっているわね。それで、冥琳?これからどうするの?」

 

黄巾党の本拠地すぐ傍まで到着し、他の諸侯の旗が翻る様を見て雪蓮は言葉を漏らす。そして、ひとしきりそれを眺めると、冥琳へと視線を移した。

 

「そうですね、穏。確か城内の地図があったな、それを出してくれ」

 

「はいはい~、これですね~」

 

穏はそう言って前もって用意してあったのか、地図を皆の前に広げた。

 

「むう、これは教科書のような城じゃのう。攻めづらく、守りにくいか」

 

「全軍を展開できるのは前面のみで左右は狭い。厄介か」

 

「後ろには絶壁がそびえていて回り込むのは不可能でしょう」

 

「正面から突入しちゃいましょうよ」

 

それぞれが唸り声を上げる、雪蓮はかなり本気なのだろう言葉を口に出した。冥琳たちは呆れた顔をしているが、祭は賛成のようだった。だが、冥琳はそれを無視することにしたらしく、ヨシュアに視線で促してきた。

 

「見たところ、この倉…かな。そこのあたりが死角になっているみたいだ。倉には当然物資が蓄積されているだろうからそこに夜の闇に乗じて侵入し、火を放てば敵も混乱するとは思うんだけど。僕なら簡単に侵入できるけど?」

 

「…なるほど。だが、侵入は別のものに任せよう。お前には戦場で暴れてもらった方が都合が良い。祭殿、諸侯の軍が引き上げたら部隊を正面に集結させてください。夜襲をかけるふりだけしてもらえば結構です」

 

「敵の目を引き付けるか。あい、わかった」

 

祭が頷くのを確認して冥琳は思春と明命に視線を向けた。

 

「そのあと、興覇と幼平に部隊は城に侵入し、放火活動を行い、祭殿は雪蓮と合流し、混乱する城内に突入する。どうかしら?」

 

「いいんじゃない?今からワクワクしてきたわ」

 

「し、しかし、絶対に成功するという保証がない以上、お姉様が前に出るのは反対です!…それに、母様が死んだときと状況がよく似ていて…」

 

孫権は、その母が死んだ状況と言うのを思い出しているのか、とても不安そうな顔で雪蓮を見ている。そんな彼女にヨシュアは声をかけた。

 

「大丈夫。雪蓮は僕が守るよ。何があろうと、誰が相手であろうと」

 

「私は守られようとは思ってはいないんだけど、そういうこと。安心していいわ。ヨシュアは強い、それこそあの呂布と渡り合えそうなくらいに。だから孫呉の王の戦いぶり、きちんと見ておきなさい。それに私が指揮するのは突入部隊だけで城攻めの指揮は祭に任せるわ」

 

「承った」

 

ヨシュアの言葉に孫権ははっ、として彼の方を見ていたが、雪蓮の言葉に孫権はまだ不安そうながらも頷いた。

 

「良い子ね。蓮華は後方に下がっておきなさい。思春、明命の二人はすぐに精鋭部隊を編成して、作戦を検討しておいて。それで、祭と私はしばらく待機として…冥琳たちは?」

 

「穏は蓮華様の補佐を。私は雪蓮たちが突入した後の総仕上げを行う。ヨシュアは遊撃を頼む。兵は…」

 

「いらないよ。僕は指揮した経験もないし、兵が僕の動きについてこれなくて孤立してしまう。だから僕は一人でいい。それにその方が僕としてもやりやすい」

 

ヨシュアはそう言って兵をつけさせようとするのを辞退した。冥琳は困ったような顔をしていたが、それでも頷いてそれを了承した。事実、ヨシュアはその物腰や戦場での活躍、誰とでも分け隔てなく接することから兵士からの人気も高く、一部ではヨシュアの下に就きたいと思っている兵士もいるようだった。

それからヨシュアたちは陣地を構築して夜を待った。そして、ヨシュアは作戦開始までの僅かな時間で装備の再点検を行っていた。盟主からもらった双剣は手入れをする必要はないのだが、それでも自分の得物なので丁寧に手入れを行っていく。そのとき、ヨシュアの背後から近づく影があった。

 

「一人で何をしている?」

 

「孫権か。戦闘前の点検と軽い手入れかな」

 

「怖くは…ないの?」

 

「殺すことと殺されることを恐れるのは人として当然の感情だけど…特に怖くはないかな。孫権は…緊張しているようだね」

 

「こ、これが私の初陣なんだ。緊張して何が悪い」

 

拗ねたような口ぶりにヨシュアは笑みをこぼした。彼女は今まで王者たらんとして無理をしていたのだろう。そんな彼女が微笑ましかった。

 

「な、何を笑っている!」

 

「いや、深い意味はないよ。ただ、最初にあった時があれだったからね。緊張してるって聞いて少し微笑ましかっただけだよ。でも、お互い無事でいられたらいいね」

 

「盗賊ごときに後れをとるつもりはない!だが、お前が姉様を守ってくれるというのなら、お前は私が守ってやる」

 

孫権の突然の言葉に、ヨシュアは茫然とする。そして、思考を取り戻すと、困ったような笑みを浮かべた。

 

「私に守られるのが不満か!?」

 

「いや、僕を守るなんて言葉は随分久しぶりに聞いた気がしたから」

 

ハーメルにいたころはレーヴェが僕たちを守ってくれていた。遊撃士のときは僕がエステルを守っていたつもりで逆に守られていたのだろう。しかし、S級遊撃士となってからは、ひたすら守ることに力を注いだ。人々の生活を、人の命を。

 

「そうか。それに私は呉の王族として兵の上に立つ。そして兵は私が守ってみせる。それが結果として国を守ることにつながると信じている」

 

拳に力を入れてそう呟く孫権に、ヨシュアは彼女が無理をしていると感じた。彼女の決意は立派だとは思うが、その姿は痛々しかった。

 

「…孫権も僕が守るよ。孫権も、雪蓮も兵を守るというのなら、二人は僕が守るよ。何があっても、例え相手が誰であろうと。『漆黒の牙』の二つ名に誓って。ヨシュア・ブライトの名に誓って」

 

「き、期待はしていない。だが、好きにすればいい。私はもう行く。貴様も作戦決行に遅れnようにしろ」

 

暗くて普通ならよくわからないだろうが、夜目もよく聞くヨシュアには孫権の顔に朱がさしていたことに気づいていた。そして去りゆく孫権の背中にもう一度呟いた。

 

「守る。絶対に守ってみせるよ」

 

そしてヨシュアは装備を再び身につけ、その場を立ち去った。

「作戦を開始する。興覇、幼平。行け!」

 

夜も深まり、ちょうどいい頃合いになったころ、冥琳の声で作戦の開始が宣言される。その声に思春と明命はその場を即座に辞し、目的遂行のために行動を開始する。そして祭と雪蓮も兵を率いて敵陣正面へと移動した。ヨシュアはそれについていき、雪蓮の隣で待機する。蓮華と穏は後方に下がる。だが、その前に蓮華がヨシュアに声をかけた。

 

「ヨシュア…その、武運を祈っておいてやる」

 

ヨシュアはそれに頷くと、先行した雪蓮に追いつくために姿を消した。そしてほどなくして、祭の部隊による攻撃が始まった。雪蓮の部隊はそれには参加せずに、ときを待っていた。そして、ほどなくして城から火の手が上がった。そして城門が解放され、それを機に雪蓮の部隊は行動を開始した。

 

「今こそ黄巾党を刈り取る好機!孫策隊、突入を開始する!」

 

「応!!」

 

雪蓮の声に兵士は応え、突進を開始した。そしてその中からヨシュアが突出し、城壁の上に飛び上がり、弓を射かけてくる賊を片っ端から始末し、流れ矢によって雪蓮に被害が及ぶ確率を減らす。

 

「殺し尽くせ!賊を人と思うな!」

 

下では祭の声が聞こえ、それに呼応するように兵が雄叫びをあげ、そして賊の断末魔の声が聞こえてくる。

 

「甘寧隊、追撃する!」

 

「周泰隊は敵側方に回り込み横撃をかけます!」

 

各所で戦う兵士たちがそれぞれの指揮官の旗に集う。ヨシュアはそれを見ながら、常に雪蓮の姿が見え、かつ即座に接近できる距離で賊をその双剣で葬っていく。やがて黄巾党は全て殺し尽くされ、戦いは終結した。

 

 

「皆の者!勝ち鬨をあげよ!」

 

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーー!!」

 

兵士の雄叫びが天に木霊し、戦いが終わったのだと実感していた。そして孫権も後方から雪蓮のところへ駆け寄っているのをヨシュアは見ていた。そしてふと物影を見たとき、ヨシュアは孫権に向かって駆け出していた。

 

「孫権!!」

 

ヨシュアの視線の先には、まだ死んでいなかったのだろうか、弓を物陰から構える、血まみれの黄巾党がいた。その矢は孫権に向けられており、勝利の余韻で誰も気が付いていなかった。ヨシュアの声に孫権が訝しげに彼の方を見た。それと同時に矢は放たれ、不幸にも狙い違わず孫権へと向かっていた。

 

「蓮華様!」

 

そこでようやく気付いたのか、思春が悲鳴に近い声をあげた。雪蓮も珍しく焦った顔で孫権の方へと走り出すが、間に合わない。そして孫権が賊のほうへと振り返った時にはすでにその矢は孫権の胸に届こうとして……途中で真っ二つになり、地面に力無く転がった。

目を見開く孫権の前にヨシュアが首に巻いていた布が地面へと落ちる。

 

「ヨシュア…」

 

「極・朧」

 

孫権は茫然と目の前で剣を振り下ろした体勢で止まっているヨシュアの名を呼ぶ。そしてヨシュアの姿が再び消え、賊を始末しようとしていた思春を追い抜き、その息の根を完全に止めていた。容赦なく、一片の情けもなしに。

 

「蓮華!」

 

ようやく孫権の下にたどり着いた雪蓮は孫権の体を調べて傷一つないことを確認すると、安堵の息をついた。

 

「雪蓮、早く撤退準備をしよう。もうここには用はない」

 

「そ、そうね。ヨシュア、ありがとう、礼を言うわ」

 

「言ったよね、守るって」

 

雪蓮の礼にヨシュアは笑顔で応えた。そして雪蓮たちは、意気揚々と、だが警戒しつつ本拠地へと足を向けた。

帰路の途中、休憩のために行軍を止めた際、ヨシュアは一人空を見上げ、戦によって高まった興奮を冷ましていた。

 

「今度は何をしているの?」

 

「いや、特に何も。強いて言うなら頭を冷やしているというところかな。それで孫権はどうしてここに?」

 

ヨシュアが振り返るとそこにはその言葉通りに孫権がいた。

 

「礼と謝罪をしに来たの。ありがとう、貴方のおかげで私は死なずに済んだわ。そして、その、色々と失礼なことを言ってしまったわね。私が悪かったわ」

 

「言ったよね。孫権も守るって。それに今はもう気にしてないよ。それでも君の気が済まないのなら、好きにしたらいい」

 

「ありがとう。私の真名は蓮華という。この名、貴方に預けたいと思う」

 

「謹んで真名を頂くよ。ヨシュア・ブライト。よろしく頼むよ、蓮華」

 

ヨシュアはそう言いつつも月を背にして、その光を浴びるその姿に魅せられていた。そして雪蓮たちは黄巾党の首領を討ち取ったとして民に歓迎されつつ凱旋した。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
20
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択