No.113415

罪と罰

前3作と同じく、とある青年将校がメイン。
思ったよりも、ブラックな一面がよく分かる話になりました。怖い。

(ちょくちょく推敲するかもです)

2009-12-21 00:33:21 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:777   閲覧ユーザー数:774

=罪と罰=

 

 

 酷い面(つら)だ、と叔父に言われた。ろくに寝ても、いや、休んですら

いないのだろう、と。

 

 そうなのかもしれない、と、半ば他人事のように思う。そもそも、気にも

かけていなかった。今とて、指摘された内容よりも、そうした言葉を叔父が

口にした、ということの方が驚きだったくらいだ。傍若無人を絵に描いた

ような叔父が、他人を気遣う言葉を発するとは。

 

「そんなに酷いですか」

 

「酷い」

 

 返事に、少しだけ苦笑する。ここまで潔く言い切られるとは、よほど悪いの

だろう。

 

 適当に手配してやるから、今日くらい一旦戻れ、と言う。大して必要性は感じ

なかったが、自分に代わって色々と『動いて』くれている叔父の顔を、一応立てる

ことにした。

 

「明日は雹が降るかもしれませんね」

 

 叩いた軽口には背中越しに手を振って応えただけで、叔父は執務室から出て行った。

 

 その一瞬、双方の目に浮かんだ色は、互いに見なかった振りをして。

 

 

 玄関先から『自宅』を見上げ、『此処』に来るのは何度目だろうかと、ふと思う。

おそらく、数えたところで片手に余るくらいだろう。

 

 自分にとって『此処』は、『自宅』とは名ばかりの、見知らぬ一軒家と同然だった。

 

 日常の生活など軍本部に詰めていれば事足りる。衣服も食事もいくらでも調達できるし、

睡眠にしても、執務室にあるソファで数時間も仮眠すれば十分だ。私物にしても、わざわざ

自宅に置いておくようなものなど持っていない。

 

 あの日――生まれ育った場所を血と炎の赫にまみれて失った後、自分から新しい住処を

持とうと思ったことは、一度もない。それでも此処を所有することになったのは、例に

よって煩い長老たちから、半ば強引な押し付けられた、というのが真実だった。

 

 管理人から受け取った鍵を使って開錠し、中に入る。人気(ひとけ)のない家特有の

荒れた感じはなく、殺風景なことを除けば、むしろ整えられていた。ほとんど寄り付か

ない主に代わって、管理人がよく手入れをしてくれているらしい。

 

 一番奥にある部屋が『自室』だった。上着と軍帽を脱ぎ、ベッドへ仰向けに倒れこむ。

身じろぎもせず天井をぼんやりと眺めていると、なるほど、確かに疲れているのかも

しれないと思った。

 

 ――此処を、いやに広いと感じるから。

 

 床面積だけ見れば、以前の屋敷よりは若干手狭なはずだ。自室として使っている部屋も

また。

 

 必要最小限の物しか置いていない、ということもあろう。あるいは、所帯を持って

いるわけでもない、男一人が暮らすには、広すぎる屋敷であるためでもあろう。

 

 ――そう、『一人』。

 

 ここには誰もいないのだ。自分の他には。

 

 身分や立場は違えど、同じ空気を共有する人々が。

 

 何よりも『彼女』が。一番、共にありたかった人が。その面影すら、存在することを

許されずに――。

 

 …此処を持つことになった時に、長老たちからかけられた言葉が、耳朶の奥に甦る。

「一族の宗主たる者が宿無しなど、面子が立たぬ」と。

 

 そもそも――。皮肉っぽく口を曲げる。

 

 あの惨劇を生んだのは、「面子が立たぬ」と口にした、貴様たち自身であろうが――。

 

 

 報いは貴様たちの罪に対する罰。

 

 それを成し遂げることは、守れなかった自分への罰。

 

 

 …相応の代償は支払ってもらおう。あの血と炎の犠牲者たちの弔いのために。


 
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