No.113240

真・恋姫†無双:Re ~hollow ataraxia~ 第一章 3-1

rikutoさん

※注

オリキャラあり
オリ設定?あり
駄文

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2009-12-20 06:52:46 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:6755   閲覧ユーザー数:5448

 

――夢

 

――夢を見ました

 

夢の中で私は蝶になって空を自由に飛びまわっています。

 

夢から覚めると私はお部屋の中で一人ぼっち。

 

窓から見える外の世界に憧れます。

 

私は病気にかかっていて一人でお外に出ることもできません。

 

もっと強くなりたい。

 

病気にだって負けないくらい、強くなりたい。

 

でも大好きなお母さんがいるから私は平気です。

 

お母さんは色々なお話をしてくれます。

 

私をお外に連れて行ってくれます。

 

色々なご本を持ってきてくれます。

 

お母さんのお友達は、私を見て可哀想というけれど、全然そんなことはありません。

 

お外にいけないのは残念だけど、夢の中の私は蝶になって自由に飛び回っています。

 

夢の中じゃない私は、お母さんが優しくしてくれるので毎日楽しいことばかり。

 

私は幸せ者です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、一つだけ我侭な願い事があります。

 

私も、お友達がほしいなぁ……

 

 

                   胡蝶の日記

 

 

厳顔が成都を離れ、巴郡へと帰ることになった日。

 

「一刀、ヒナ、私と一緒に来て欲しい」

「……はい?」

「………どこ、に?」

「ついてくれば分かる」

「……まぁ、いいけど」

「………星の頼みなら、断れな、い」

 

朝食を食べ終わり、部屋へ帰ると、突然そういってきた星に連れられて、一刀とヒナは街に出掛けることになった。

 

「おいおい、どこに行くのかは知らんが、今日の日暮れまでには帰って来いよ?俺たちものんびりしてはいられねぇんだからな?」

「分かっております!」

「大丈夫です」

「………紫虚、かた~、い。のんべんだらりと、いきていこ、う?」

 

そういって子供たちは出かけていった。

 

「紫虚殿」

「ん?」

 

入れ替わりで桔梗が部屋にやってくる。

 

「三人はどこへいったのですか?」

「知らん。だが、今日で帰るんだ。あいつらも最後に街を見て回りたいんじゃねぇか?」

「なるほど。では、我らも別れの酒でも交わしませぬか?」

「……昨日の夜、あれだけ飲んでまだ飲むか」

「それはそれ、これはこれでございます」

「はっ、いいぜ。俺もこれで酒を飲む機会もしばらくなくなるだろうしな」

 

そして、大人たちは大人たちで成都での最後の日を送る。

 

「私も、天の御遣いの話を信じたくなりましたぞ。一刀たちが世に出てくる日を、楽しみにさせてもらいますぞ」

「おいおい」

「私も、泣き言などいっておれませぬな。私には大陸を救うなどと豪語することはできませぬが、せめて益州の民くらいは守って見せましょう」

「十分、豪語してるっての。ここを出るのはいつだ?」

「今日の昼には。ここはこのままにしておきますので、紫虚殿たちはゆっくりしていかれてもかまいませぬぞ?」

「おー。それは魅力的な提案だな。こんないいところで寝泊りできるなんてめったにないからな」

「しかし、そんな気などないのでしょう?」

「ま、ぬるま湯に浸ってちゃ伸びるものも伸びなくなる。苦労は買ってでもしろ、ってな」

「やれやれ、あの三人の無事を祈るばかりです」

「それはあいつらしだいだな。桔梗も達者でやれよ」

「紫虚殿たちも、達者で」

「当然だ」

「ふふふ。でしょうな」

 

 

――

 

 

――――

 

 

――――――

 

 

一刀達は、街の一角にある建物の前に来ていた。

 

「……で?」

「………(コクコク)」

「なんだ?」

「それはこっちの台詞だから。そろそろ説明して欲しいんだけど。なんで華蝶仮面なのかも含めて」

「………なんで、ハクオ○仮面がダメなのかも、含め、て」

「それはどうでもいいから」

「………ひど、い」

「そうだな。実は――」

 

星は、少し前にあった出来事を語り始めた。

 

 

 

 

それは、星が一人で街を巡回していた時の話。

 

「……なんだ、これは。髪留めの紐?」

 

星の目の前に、空から何かが降ってきた。

見上げた先、建物の窓から、一人の少女がこちらを見ていた。

 

「………………」

「………………」

 

数泊、互いに無言で見つめあう。

 

"これはお主のものか?"

 

"(コクッ)"

 

星が身振り手振りでそういうと、少女は無言で頷いたのであった。

 

 

「ありがとう、お姉ちゃん。このリボン、私のお気に入りだったの」

「そうか。遠くに飛ばされなくてよかったな」

 

星はリボンを渡すために少女の家を尋ね、今は少女の部屋の中にいた。

 

「趙雲さん、でしたよね。こちらへどうぞ。紅茶はお好きかしら?」

「いえ、お構いなく。私は落し物を持ち主に返しに来ただけですので」

 

少女の母親は尋ねた趙雲を丁重にもてなした。

茶菓子や紅茶の準備までしようとしている。

ただ偶然に拾った落し物を返しに来ただけでそこまでされては、と趙雲は遠慮した。

 

「お姉ちゃん……もう行っちゃうの?」

 

少女が、とても寂しげにそういった。

その姿があまりに儚くて、趙雲は返事に困った。

 

すると、少女の母親に部屋の隅に手招きされる。

近くに寄ると、彼女は声量を落として話しかけてきた。

 

「あの……図々しいお願いだと分かってはいますが、もしお時間がありましたら、この子の話し相手になってあげてくれませんか?」

「どういうことでしょうか?」

「この子は昔から体が弱く、ずっと寝たきりの生活なのです。その……理由があって成都へとやってきたのですが、それまではずっと家の中にいて、外へ出ることもままならず……」

「なんと……」

「ですので、外の世界がどんなものなのか。どんな出来事が起こっているのか。あの子の心は外の世界への興味でいっぱいなんです」

「……」

「それなのに残酷ですよね……。あの子の知っている世界は小さな窓から見ることの出来る世界だけなんですもの……」

「……っ」

 

星は思わず目頭が熱くなり、俯いてしまう。

 

「趙雲さん?どうなさったのですか」

「い、いや、なんでもない。話はわかりました」

 

星はそういって、寝台の少女に近寄り、その手をそっと握り締めて真剣な顔をして語りかけた。

 

「少女よ、私の知っていることならば何でも教えてやろう。私の時間などいくらでもくれてやる!」

 

そのやけに熱の篭った態度に、少女も母親も少し驚くが、少女はすぐに満面の笑みを浮かべた。

 

「うれしい!ありがとう、お姉ちゃん」

 

そして、少女の母親も星に礼をいい、彼女は用事があるから、と席を外した。

それから星は、少女と二人で様々な話をした。

 

「そういえば、自己紹介もまだだったな。私は趙雲、字を子龍という」

「えっと、私は胡蝶といいます」

「……まて、それは真名ではないのか?」

「はい、私の真名です!」

 

胡蝶と名乗った少女は元気いっぱいにそういった。

 

「……よいのか?」

「何がですか?」

 

純粋無垢とはこのことか。

そんな少女の姿に星は心が洗われるような気持ちになった。

 

(まて、それではまるで私の心が汚れているようではないか!)

(何をいう。私の心はいつだって輝いている。ただ、この少女の方がそれよりも美しかった、というだけだ)

 

そんな自問自答を一人でしていた。

 

「ならば私も真名を預けぬわけにはいかぬな。胡蝶、私の真名は星という。星と呼んでくれてかまわないぞ」

「はい!」

 

星がそういうと胡蝶は元気に返事をした。

しかし、なにやら迷っているようにモジモジし始めた。

 

「あの……えっと……」

「どうした?いいたいことがあるならいってみるがいい」

「は、はい!その、星お姉様、って呼んでもいいですか?」

「……は?」

 

胡蝶の言葉を一瞬理解できず、星はおかしな声をあげた。

それを否定と受け取ったのか、笑顔だった胡蝶の顔が曇る。

 

「ぁ……だ、ダメですよねやっぱり。ごめんなさい」

「いや、まて。少し驚いただけだ。そう呼びたいのであれば私はそれでかまわぬ」

 

落ち込む胡蝶に、星が慌ててそういうと胡蝶はおずおずと、窺うように聞いてきた。

 

「えっと、その。本当ですか?迷惑ではありませんか?」

「迷惑などではない。むしろ大歓迎だ」

 

胡蝶が不安そうにそんなことをいうので星は全力でそういってやった。

少し方向性がずれている気がしないでもなかったが、別に嘘ではないので気にしなかった。

 

「うれしい!ありがとう、星お姉様!」

 

胡蝶の華のような笑顔に星は悩殺された。

 

(いかん……私にはそんな趣味はないというのに、思わず目覚めてしまいそうだ…………)

 

胡蝶のあまりの可愛さに、星は何かに目覚めそうになる自分を必死で堪えていた。

 

 

「もう帰ってしまわれるのですか、星お姉様……」

 

胡蝶はやはり寂しそうにそういうが、空は赤く染まり、既に日が暮れかけていた。

これ以上遅くなっては、紫虚たちにいらぬ心配をかける事になるだろう。

 

「すまないな……。だが、また明日もここに来よう。それで許してはくれないか?」

「本当に?また明日も来てくれる?」

「ああ、約束しよう。私はまた明日も胡蝶に会いに来る」

「はい!わかりました。約束です!」

 

そういって、星は少女に惜しまれながら帰路に着いた。

 

 

 

それからというもの、星は時間を見つけては足繁く胡蝶に会いに行った。

胡蝶はよく星に懐き、星もそんな胡蝶を本当の妹のように可愛がった。

 

「あら、星さんいらっしゃい」

「いつも邪魔をして申し訳ない蝶希殿」

「何をおっしゃるんですか!ここのところずっと、あの子は星さんの話ばかりしているのですよ?あんなに楽しそうなあの子を見るのはいつ以来かしら……。本当に、本当に感謝しています」

 

ほとんど毎日のように通っていると、星は胡蝶の母親とも自然と親しくなった。

互いに自己紹介をした上で、今では真名で呼び合う仲だった。

 

「おはよう胡蝶。いい子にしていたか?」

「星お姉様、いらっしゃい!」

 

 

――

 

 

――――

 

 

――――――

 

 

「星お姉様は、どうして私のところに来てくれたのですか?」

「ふむ、どういうことだ?」

「お母様は、お外は怖いところだといっていました。だから、本当は髪留めが飛んでいってしまったとき、もうかえってこないのだと思って、すごく悲しかったのです」

「そういうことか。そうだな……それは私が正義の味方だからだ」

「正義の味方?」

「うむ、弱きを助け、強気を挫く。そして、困っているものがいればそれを助けるのは当然のことだ」

「わぁ。すごいです!かっこいいです!私も正義の味方になりたいです!!!」

「そうだろうそうだろう!うむ、胡蝶ならば、きっと正義の味方になれる」

「はい!私は正義の味方になります!……ぁ、でも私は星お姉さまのように強くありません……」

「大丈夫だ!胡蝶、正義の味方にとって一番大切なのは何か分かるか?」

「な、なんでしょう?」

「それはな、正義の心だ!」

「正義の心?」

「そうだ!正義の心をもつことが、一番大切なことなのだ」

「わかりました!私も、正義の心をもちます!」

 

 

「なんと!胡蝶はメンマを知らぬというのか!」

「はい。知らないです」

「それはいかん。人生の半分、いやほとんど全部を損している!」

「そ、そこまでのものなのですか……?」

「今度来る時に、私お勧めのメンマを持ってきてやろう」

「はい!楽しみにしていますね」

 

 

「これが、メンマという食べ物なのですか?」

「うむ。世の中で一番うまい食べ物だ」

コリッ

「……おいしいです!」

「そうだろう!やはり胡蝶はわかっている。一刀などはどれだけメンマのすばらしさを私が語ってやっても、苦笑いをするだけでメンマのよさをわかっているのかわかっていないのか……」

 

 

「こら、胡蝶!ちゃんと寝ていないとダメではないか」

「あ……星お姉様」

「蝶希殿から聞いたぞ。体調を崩したときは休まないとダメだ」

「うぅー……。星お姉様には秘密にしておいてっていったのに、お母様ひどい……」

「ひどくなどない。全く……ほら、ちゃんと横になれ。悪化したらどうするのだ」

「でも……せっかく星お姉様が来てくれてるのに。私、お話したいです……」

「胡蝶。話なら明日でも明後日でも、いつでもできる。だから、ちゃんと休むんだ」

「…………はい」

「いい子だ」

「……星お姉様」

「ん?どうした」

「えっと……その……」

「……仕方ないな。胡蝶がそこまでいうなら――」

「え?」

「私の肌で胡蝶を温めてやろう」

「ち、違います、そんな事いってません!何で服を脱ぎ始めるんですか星お姉さま!?……その、私が寝るまで、手を握っててほしいな……って、あの……」

「なんだそんなことか」

「うぅ……そんなことじゃないです。……あっ」

「ほら、胡蝶。傍にいてやるから、安心して眠るといい」

「……はい。星お姉さまの手、暖かいです――」

 

 

「星お姉さますごいです!」

「はっはっは。だが私でもまだまだなのだぞ?」

「そ、そうなのですか?」

「師匠など空を飛んでしまうからな」

「ほえぇ……。星お姉様のお師匠様はすごい方なのですね」

「あれはすごいというより、非常識なのだ。同じ人間だと考えてはいかん」

「でも、星お姉様もお強いのでしょう?」

「うむ。まだ修行中の身ではあるが、そこらの大人には負けないぞ。弟弟子の一刀との手合せなど百戦九十八勝一引き分け一無効試合で私の圧勝中だ」

 

 

「私は幼い頃に両親を亡くしてしまってな。師匠に拾われてずっとあちこちを旅していたのだ」

「星お姉様……」

「だが、あのバカ師匠には振り回されっぱなしで、寂しいなどといっている暇はなかったな」

「ふふ……星お姉様はお師匠様のことが大好きなのですね」

「……胡蝶よ、私の話をちゃんと聞いていたか?何をどう聞いたらそういう考えになるのだ?」

「はい!聞いていました。私もずっとお母様と一緒だったので寂しくありませんでした。私はお母様のことが大好きです。だから星お姉様もお師匠様のことが大好きなのだと思いました!」

「……うむぅ。まぁ、胡蝶が母君のことを大好きなのはわかるが、私の場合は少し違うと思うのだが……」

「では、嫌いなのですか?」

「いや、嫌いではないが……」

「ではやっぱり大好きなのですね!」

「……うぐぅ」

 

 

「ところで、蝶希殿はあまり家にいないのだな。胡蝶は寂しいのではないか?」

「……寂しくないです!お母様は忙しいので仕方ないのです。それに、最近は星お姉様がいつも一緒にいてくれるので、もっと寂しくないです!」

「そうか、胡蝶はいい子だな。だが胡蝶」

「はい!なんですか星お姉さま」

「嘘はいけないぞ。胡蝶の顔には母君がいなくて寂しいと書いてある」

「そ、そんなの書いてないです!嘘じゃないです!」

「本当か?正義に誓ってそういえるか?」

「…………ふみゅぅ。……本当は、ちょっとだけ寂しかったです。で、でも!星お姉様が来てくれるようになってからは本当に寂しくなんかないです!これは本当です!」

「そうか……。うむ!ならば蝶希殿の分も私が存分に可愛がってやろう。好きなだけ甘えるがいい」

「――星お姉さま、大好きです!」

 

 

「私、男の子とお話したことありません……」

「胡蝶はそれでいい!」

「どうしてですか?」

「よくきけ、胡蝶。男は皆、狼なのだ。胡蝶はとてもかわいいからな。そこらの男と迂闊に話をしようものなら、たちまち理性を失ってケダモノになった男に食べられてしまうこと間違いなしだ!」

「た、食べられてしまうのですか……怖いです」

「――大丈夫だ!胡蝶は私が護ってやる!そんな不埒な輩は我が槍の錆にしてくれる!!」

「はい!星お姉様がいてくれれば、私は怖くありません!……でも、あまりひどいことしちゃかわいそうです」

「ああもう、胡蝶はかわいいなぁ」

「きゃ、星お姉様くすぐったいです」

「いずれ男などに食べられてしまうくらいならいっそ私が……」

「お、お姉様?目が怖いです……」

 

 

「星お姉様は一刀さんのことも大好きなのですね!」

「……胡蝶は好きと嫌い以外の感情表現を覚えるべきだな」

「私も一刀さんにあってみたいです!……あ、でも男の人なのですよね。私は食べられてしまうでしょうか」

「安心しろ。胡蝶が食べられそうになったら、私は躊躇わない」

「た、躊躇わないのですか……」

「ああ、全く躊躇しないぞ。胡蝶のためなら一刀がメンマを人質にしても胡蝶を護る。だから心配しなくていい」

「は、はい。胡蝶は安心ですが、一刀さんが心配です……」

 

 

「星お姉様はお酒というものを飲んだことがありますか?」

「あるかと聞かれればあるが……どうしたのだ急に?」

「お母様が私に意地悪するんです。お母様は美味しそうに飲んでいるのに、私が飲みたいといったらダメだって……」

「ふむ……なるほどな。しかし……」

「星お姉さま?」

「よし!では胡蝶。私と一緒に酒を飲んでみるか?」

「いいのですか!」

「ああ。ただし」

「?」

「胡蝶が元気になってから、そのお祝いとして、な」

「…………星お姉さまも意地悪です……」

「意地悪ではないさ。酒というのは飲む場所や肴によって味が変わるものなのだ。楽しみにしていればそれだけ美味い酒が飲めるし、美味い酒を飲むためにがんばろうという意欲もわいてくる。だから胡蝶も酒を飲んでみたいのならば、それを楽しみにしてはやく元気になれるようにがんばれ」

「……はい!わかりました!」

 

 

「ヒナのもっている本は、すごいぞ?」

「そうなのですか?私も読んでみたいです!」

「うむ、胡蝶にならばきっとヒナも本を見せてくれる」

「ヒナさんは私と同じくらいの年なのでしょう?それなのに星お姉様たちと一緒に旅をしたりしているなんてすごいです!」

「う、うむ。見た目は確かに胡蝶と同じくらいなのだがな。ヒナを胡蝶と同じに扱っていいものかどうか……」

「ヒナさんも私のお友達になってくれるでしょうか……」

「もちろんだ」

「わあ。楽しみです!」

 

 

「………………」

「星お姉さま?どうしたのですか?」

「あ、いや。うむ、その、な。うん、胡蝶。少しだけ聞いていいか?正直に答えて欲しい」

「ふみゅ?はい、わかりました」

「ここにある本は全て、胡蝶のものなのだな?」

「はい!全てお母様が私に下さったものです」

「全部か?」

「はい!全部です」

「で、では。胡蝶、この本は、何だ?」

「はい!それは艶本というそうです!」

「……こ、こここ胡蝶は、これがどういう本かわかっているの、か?」

「はい!これは子作りのための本です!」

「何故胡蝶がこのようなものをもっているのだ!?」

「えっと、お母様に胡蝶がどうやって生まれてきたのかを教えて欲しいといったら、この本をくださいました!」

「――すまぬが胡蝶、私は蝶希殿に急用が出来た。少し待っていてくれ」

「え?あっ、星お姉様!?……いっちゃった。お母様はお出かけしていていないのに……」

 

 

「星お姉様たちはお師匠様に弟子入りしているということは、お師匠様のようになりたいのですか?」

「いや、あくまで師匠の下では武を学んでいるだけであって、あのようになりたいわけでは……」

「私は星お姉様に弟子入りしたいです!」

「私に?」

「はい!私は星お姉様みたいになりたいです」

「そうか。胡蝶は私のようになりたいのか」

「私も星お姉様みたいになれるでしょうか?」

「ふふっ、どうだろうな。私は完璧すぎるからな。しかし胡蝶ならがんばればなれるかもしれん」

「ふみゅぅ……。がんばります!」

「ははは、その気概があれば大丈夫だ」

「はい!」

 

 

「胡蝶……その、とてもいいにくいのだが…………」

「どうしたのですか?」

「私はもう少ししたら、この街から離れねばならぬのだ」

「え――」

「師匠の用事が済み、もうすぐ帰る事になってしまったのだ……」

「…………そうですか」

「胡蝶……」

「大丈夫ですよ星お姉様。そんな顔をしないで下さい!もちろん、星お姉さまと会えなくなるのは寂しいですけど……でも、仕方ないです!それに、離れ離れになっても、私は星お姉さまと過ごした毎日を忘れません!それに、お母様がいてくれますから」

「……胡蝶は、強いな」

「星お姉様にそんなこといってもらえるなんてびっくりです。私も何だか本当に強くなった気がします!」

「気のせいなんかじゃないさ。胡蝶は強い」

「うれしいです。後どのくらい、来てくれますか?今すぐじゃ……ないですよね?」

「ああ。まだ少しはこの街にいる。その間は毎日胡蝶に会いに来る」

「――はい!だったら、胡蝶は最後まで笑顔です!星お姉さまも笑ってください。お別れするときは、笑顔がいいです!」

「――ああ、そうだな!」

 

 

――

 

 

――――

 

 

――――――

 

 

「そうか。胡蝶は蝶々が好きなのか」

「はい!私と同じ名前で、とってもキレイで可愛いから大好きです。それに、お空も飛べますから」

「そうか。真名はその者の生き様を表すというが、確かに胡蝶も蝶々の様に可憐で可愛いからな」

「私は蝶々のようなのですか?」

「それくらい可愛いということだ」

「わぁ。星お姉さまに褒められてしまいました。うれしいです」

「そういえば、胡蝶の名前を結局聞いていないな。姓名と字はなんというのだ?」

「……えっと、胡蝶は胡蝶ですよ星お姉様?」

 

胡蝶はよく分からないという感じで首を捻っていた。

星は胡蝶のその様子に違和感を感じ、その場は話を濁してごまかした。

そして、帰り際に、胡蝶の母である蝶希にそのことを聞いてみた。

 

「蝶希殿、胡蝶は自分の名を知らぬ様子だったのですが、どういうことですか?」

「それは……」

 

蝶希は言葉に詰まった。

 

「蝶希殿?」

「……あの子には、名がないのです」

「名が、ない……?それは一体――」

「趙雲さん、それ以上は……」

「………………」

 

そういって、蝶希は無理やり会話を打ち切ってしまった。

星はあくまで他人なのだ。

胡蝶と仲がいいといっても、蝶希にこういわれてしまっては、それ以上は踏み込めない。

蝶希は辛そうに顔を伏せていた。

 

「星さんには、本当に感謝しています。あなたが来てくれるようになってから、あの子は本当に毎日楽しそうで……。あなたさえよければ、これからも仲良くしてあげてください」

「……無論そのつもりです。胡蝶は、私にとっても大切な友なのですから」

「ありがとうございます。あの子も、最期にあなたのような人に出会えて――」

「……最、期?」

「あっ……」

 

星は、蝶希の言葉の中のおかしな単語に反応した。

蝶希は、しまったという顔をして口を噤むが、遅かった。

 

星は、蝶希を問い詰め、帰ってきた答えに、愕然とした。

 

 

 

「私のお家はね、綿竹っていうところにあるの」

「そうなのか。では何故成都に?」

 

――あの子は、もう長くは生きられないのです――

 

そう聞くと、少女は目を輝かせていった。

 

「あのね、あのね!星お姉様は華蝶仮面って知ってる?お母様がね、前にこの街に来た時に、助けて貰った事があるんだって」

 

――漢中の高名なお医者様に、そういわれたのです――

 

そういわれて、星は思い出した。

胡蝶の母君に会った時どこかで見たことのある顔だと思っていたのだが、以前一刀たちと街を歩いている時に暴漢に絡まれているのを見つけて助けた女性だった。

 

――だからせめて、あの子が行きたいといった成都に――

 

「とってもかっこよくって、蝶々みたいに華麗で、とっても強くって。話を聞いてるだけで私、華蝶仮面さんのことが大好きになっちゃって。だから一度でいいから華蝶仮面さんを見てみたくて、お母様にお願いしたの!」

 

――私は、あの子の母親なのに何もしてあげられなくて……――

 

「華蝶仮面ちるどれん、っていって何人もいるんだって」

 

――あの子もその事は知っています――

 

「私も元気になったら、華蝶仮面ちるどれんに入れてもらえないかなぁ」

 

――なのに、泣いたりすることもなくずっと笑顔で。笑顔なのに――

 

「あ、でも私は星お姉様に弟子入りするんだから、どっちか選ばなきゃいけないのかな」

 

――それを、私はとても見ていられなくて――

 

「だ、大丈夫ですよね!両方ともでもいいですよね!」

 

――星さんが来てくれてから、あの子は本当に幸せそうに笑っていて――

 

「でもでも、もしどちらかしか選べなかったら、私は星お姉様の弟子を選びます!」

 

――だから、お願いします――

 

「私は星お姉さまの妹で、お友達で、弟子一号なのです!」

 

――また、あの子に会いに来てあげてください――

 

「私は星お姉様が一番です!あ、でもお母様とは一緒くらいです……これは選べないです……」

 

――どうかあの子に、少しでも多く、幸せな思い出を――

 

「星お姉様?」

「……ん?ああ、すまぬ。何の話をしていたんだったかな」

 

胡蝶が不思議そうな顔をして星に声をかける。

その声で、星は自分が考え事に没頭して、胡蝶の話を聞いていなかったことに気づいた。

 

「………………」

「胡蝶、どうした?」

 

星が、話を戻そうとすると、今度は胡蝶が黙り込んでしまった。

星のほうを見ず、俯いてしまっている。

不思議に思い、星が話しかけると、胡蝶は、俯いたまま、静かに言った。

 

「知って、しまったのですね……」

「――!?」

 

胡蝶のその言葉に、星は驚愕した。

それは、星の考えていたことを指摘する言葉だったから。

星が、一番触れたくない話だったから。

 

「なんのことだ?」

「隠してもダメです。星お姉様、お母様のお友達と同じ顔してました」

「………………」

 

咄嗟にとぼけて見せたが、胡蝶には通じなかった。

 

「……胡蝶のこと、嫌いになってしまいましたか?」

「何を――」

「嫌いにならないで下さい。せっかく出来た初めてのお友達なのに、星お姉様に嫌われたら、私……私……」

「胡蝶!」

「っ!?」

 

星は胡蝶の肩を掴み、一喝した。

胡蝶は一人で勝手に、悪いほうへ悪いほうへと考えをむけていた。

その姿は、半ば乱心しかけているように感じるほど取り乱したものだった。

 

「私が胡蝶のことを嫌いになどなるはずがないだろう」

「星お姉様……でも」

「胡蝶は、何故そんなことを思うのだ?」

「……お母様は、お医者様に私のことをいわれてから、私から距離を置くようになってしまいました。お母様のお友達も、なんだかよそよそしくなってしまいました。だから、きっと皆私のことを嫌いになってしまったんだと……」

「ならば、胡蝶は私がもうすぐ…………いなくなってしまうといったら、私の事を嫌いになるか?」

「そんな!私が星お姉様を嫌いになるなどありえません……」

「ならば、それと同じだ。私も胡蝶を嫌いになるなどありえない」

「ぁ――」

「胡蝶の母君も同じだ。胡蝶のことを嫌いだといったのか?」

「……言って、ません」

「そうだろう?」

 

優しく胡蝶を撫でながら諭す様に語り掛ける。

しばらくそのまま、胡蝶を落ち着かせるため時間をおいた。

 

そして、星が再び口を開いた。

 

「……落ち着いたか」

「……はい」

 

返事をした胡蝶は、笑顔だった。

 

 

――

 

 

――――

 

 

――――――

 

 

「私は病気なのだそうです」

 

しばらくして胡蝶は、何をいえばいいのかと困っている星に、自分のことを話し始めた。

 

「元々、体が弱かったというのは本当なのですが、お外に出ることも出来ないほどではなかったそうです」

 

その姿はまるで憑き物が落ちたかのように。

 

「けれど、ある日突然私が高熱を出して寝込んでしまって……。何とか熱は下がったのですが、それからはよく体調を崩すようになってしまいました」

 

とても穏やかで。

 

「お母様は、それでも変わらずにとっても優しくしてくれました」

 

まるで他人のことのように、淡々としていた。

 

「一生懸命、私の病気を治そうと、あちこちからお医者様を呼んだり、本を読んで調べたりしてくれました」

 

母の事を語る姿は、本当にうれしそうで。

 

「ある日、偶然。お母様が、泣いているのをみてしまったのです」

 

寂しそうな微笑を浮かべるのは、母を思ってのことで。

 

「それが私のせいだというのは簡単にわかりました」

 

自らの不遇を嘆くような素振りなど、欠片もなくて。

 

「私は、もう、よかったのです。だから、自分が死んでしまうということより、お母様を私が苦しめているということが辛かった」

 

その姿は、今にも消えてしまいそうなほどに儚くて。

 

「お母様は、ずっと私のためにたくさん、たくさん優しくしてくれました」

 

その顔は、本当に幸せそうな笑みが浮かんでいて。

 

「だから私は……」

「ふざけるな!!!」

 

"幸せ者なのです"

 

思わず。

 

星は怒鳴り声を上げてしまった。

本当に、笑顔で。何一つこの世に未練などないという風に語る少女の姿に、星は耐えられなかった。

 

「お、お姉様?怒っているのですか?ごめんなさい、私なにか星お姉様の気に触るようなことを……ごめんなさい。ごめんなさ……ぁ」

 

少女は星の怒鳴り声に怯え、自分が星を怒らせてしまったと、必死に謝った。

泣きそうになりながら、何度も"ごめんなさい"という少女を、星は力いっぱい抱き締めた。

 

「星お姉様、苦しい、です」

「違うんだ……違うっ……胡蝶が謝ることなんて、なにもないんだ。すまない。すまない……っ」

 

そういって、星は胡蝶を抱きしめながら、謝罪した。

"すまない"という言葉は、果たして何にむけられた言葉なのか。

 

(私は……なんと無力なのだ……。正義の味方などと嘯いても、こんな健気な少女一人救えぬではないかっ……)

"話なら明日でも、明後日でも、いつでもできる"

(胡蝶には、そんな当たり前のように皆にあるはずの時間がないのだ……)

"大きくなれば、胡蝶もきっと――"

"はい!楽しみです!"

(胡蝶は、大きくなど、なれないのだ。それなのに私は何も知らずに……私は………………)

"星お姉さま、大好きです!"

 

胡蝶は、自分を抱き締めながら謝り続ける星の背中をさすりながら星を慰めた。

星が、泣いていたから。

涙は流していない。

けれど、星の体は震え、その口はすまない、と繰り返す。

そんな姿が泣いているように感じて、胡蝶は自然とそうしたくなったのだ。

 

「星お姉様。お母様も、同じように私に謝っていました。皆を謝らせてばかりでは、私も悲しいです。私は、星お姉様にも笑っていて欲しいです。最後まで、ずっと、笑っていて欲しいです」

「………………わかった」

 

震える星の背中をさすりながら、優しく諭す様に語る胡蝶。

星は胸が押しつぶされそうだった。

けれど、それも一瞬。

胡蝶を抱きしめていた手を離し、星は笑顔を浮かべた。

これまでと変わらない、笑顔を。

 

そして、強く自らの心を戒めた。

 

「そうだ、胡蝶!今度いいものを持ってきてやろう。きっと胡蝶も喜ぶぞ!」

「わぁ、なんでしょう?」

「それは持ってきてからのお楽しみということで秘密だ」

「そんなぁ。気になります。星お姉様の意地悪……」

「ああぁ……胡蝶、そんな顔をしないでくれ……」

「ふふっ、冗談です。楽しみにしていますね!」

「ああ、絶対に胡蝶は喜ぶはずだ!楽しみにしていてくれ!」

 

胡蝶が、笑っていて欲しいと、いったのだ。

彼女を救うことができないのなら、せめて、彼女の望みをかなえてやりたい。

最後まで、胡蝶のために笑顔でいようと誓った。

 

胡蝶は笑っているのだ。

それが強がりでないはずがない。

短い間とはいえ、胡蝶とずっと接してきたのだ。

胡蝶は並外れた精神力を持つ超人でも、聖人でもない。

普通の、やさしくて寂しがり屋の小さな女の子なのだ。

 

それでも――それでも、胡蝶は、笑っているのだ。

 

なのに、姉と慕われる自分が辛そうにしてどうする。

あるいは、蝶希もそうだったのかもしれない。

だから、耐え切れずに距離を置くようになってしまったのか。

 

そのせいで、胡蝶は寂しい思いをしていたようだが、それを、どうして星が責められるだろうか。

自分など、真実を知らされただけでこれほどまでに動揺してしまっているというのに。

それをずっと一人で胸のうちに秘め、胡蝶の傍に居続けた彼女を、星は責めることなどできなかった。

 

 

星はそんな出来事を一刀たちに語った。

そして、華蝶仮面にあわせてやりたいのだ、と。

 

話を聞き終えて、一刀は得心が行った。

ここしばらく、星の元気がないと思っていたのだ。

 

(もうすぐ成都を去ることになるから、それを惜しんでいるのかと思ってたけど、そんなことがあったなんて……)

 

一刀は星の心中を思い、心が締め付けられた。

そして、はっきりといった。

 

「そういうことなら、俺達も協力するよ」

「………(コクコク)」

「ああ、一刀とヒナならそういってくれると思っていた。ただ――」

「ただ?」

「胡蝶がいくら可愛いからといって、本能のままに襲い掛かったりしたら一刀には死んでもらうことに――」

 

「そんなことするか!」

 

「「………………」」

 

「しないって!?」

「ならばいいのだ」

 

 

三人で家を訪ねると蝶希は、突然の華蝶仮面の来訪に驚いた。

星華蝶が、星に頼まれたのだと告げると、嬉々として胡蝶の部屋に案内した。

 

「あ!いらっしゃい星お姉様!今日は随分と早いのですね」

 

しかし胡蝶には一目で見抜かれた。

星は誤魔化そうとしてしどろもどろにしらをきる。

 

「な、何を言っているのかな健気な少女よ。私は星などという超絶美少女ではないぞ?」

「え……星お姉様、何で嘘をつくんですか……私、何か悪いことしましたか……?」

 

撃沈。

 

星はうるうると涙ぐんだ瞳で見つめてくる胡蝶の前に一秒で屈した。

あっさりと正体をばらして、胡蝶に抱きつく。

 

「私が悪かった胡蝶!許してくれ!!」

「きゃっ、星お姉様、くすぐったいです」

 

驚くほどのべた惚れっぷりだった。

そんな星の姿に、一刀は呆然。

こんな星の姿は始めてみたからである。

 

 

それから。

蝶希は出かけ、一刀達は胡蝶と他愛のない会話をしていた。

 

「あなたが一刀さんですね!星お姉様からよくお話を聞いてます!」

「へぇ、そうなんだ。なんて?」

「はい!初対面で星お姉様を押し倒したケダモノだとか、星お姉様に手合せで九十八連敗中だとか、ろくでもないこととかろくでもないこととか……」

「こらこら、胡蝶。そんなにはっきりと本人にいってはかわいそうだろう?」

「………(くすくす)」

 

(……俺、泣いていいかな?)

 

「ろくでもなくないこととか」

「え?」

「こ、こら、胡蝶!」

「ふふふ、大丈夫ですよ。星お姉様。これ以上はいいません」

 

慌てる星と、悪戯をした子供のように笑う少女。

その二人の姿を見るだけで、二人がどれだけ心を許しあっているのか、一刀たちには伝わってきた。

 

「あの……」

「どうしたの?」

「一刀お兄様って、呼んでもいいですか?」

「うん。かまわないよ」

 

一刀がそういうと胡蝶は、ぱっ、と花の咲いたような笑顔になる。

 

「ありがとう、一刀お兄様!」

「お礼をいわれる程のことじゃないよ」

 

胡蝶に負けず劣らず優しい笑みで返す一刀。

 

「……随分と平然としているのだな一刀」

「へ?何が?」

「胡蝶にお兄様と呼ばれて何故平気なのだと聞いている。私が思わず胡蝶に襲い掛かってしまいそうになったほどの愛らしさなのに」

(襲いそうだったのか……)

 

何故か不満げな顔をしている星に、一刀は口には出さず突っ込んだ。

 

「………一刀は、小さい子に、兄ちゃんとか、兄様とか、おとうさんとか、呼ばれてたか、ら」

「……一刀?」

「うん、とりあえずヒナ。誤解を招くような発言はしないでくれって何度言ったら――」

「………嘘は、いってな、い」

「ぐっ……」

 

ヒナに対して怒ろうとした一刀に、ヒナが牽制を入れる。

言い返せない一刀は口ごもるしかできなかった。

 

「あの!」

「………?」

「ヒナお姉様って、呼んでもいいですか?」

「………きゅんとき、た」

「そうだろう?」

「………(コクコク)」

 

四人はすぐに打ち解けた。

 

そして色んなことを話していたのだが、話題が胡蝶の病のことに触れた。

星は話題を変えようとしたが、胡蝶が、一刀とヒナも知っているのなら、ちゃんと話しておきたい、といったので仕方なく引き下がった。

 

話を聞いているうちに、一刀は何かが頭の中に引っ掛かった。

一刀は、胡蝶にいくつかの質問をした。

星たちは少し訝しげにしていたが、質問を繰り返すうちに一刀は引っ掛かっているのがなんなのかに気づき、少し興奮したように口を開いた

 

「胡蝶ちゃん」

「はい、なんですか?一刀お兄様」

「ちょっと上着を脱いでくれないかな?」

「……え?」

 

ミシッ……

 

「一刀。私はお前のことを、信じていたのに……」

「うん。星。まず落ち着こうか。このままじゃ俺の頭が割れる。というか潰れる」

 

ミシミシミシ……

 

一刀の言葉に、部屋の空気が凍り、次の瞬間、星の掌が一刀の顔面を鷲掴みにした。

その手には気が込められており、淡く光っている。

その、細くしなやかな指からは考えられないような握力に、冗談抜きで一刀の頭蓋骨が悲鳴を上げていたが、そのせいで逆に一刀は冷静な口調になった。

 

余裕すら感じるその言葉は、余裕がないことの裏返しだった。

 

「………星、落ちつい、て。さすがに一刀も、子供には手を出さない、から。……………………たぶ、ん」

 

ヒナのフォローもあり、星の手に込められた力が緩められる。

手を離さないのは信用しきれないことの現われだろうか。泣きたい。

 

「弁明を聞こう。言葉は慎重に選ぶことだ。下らぬことをいえば……わかっているな?」

 

"握り潰す"

 

口にしなかった言葉がはっきりと伝わってきて、一刀は背中に冷たい汗が伝うのを感じた。

星は、本気だ。

こんな少女の目の前で、そんな衝撃映像を見せるわけにはいかない。

何より、一刀だって自分の命は惜しい。

一刀は慎重に言葉を選び、口を開いた。

 

「まず、勘違いしないで欲しいのは、今のは決してやましい気持ちからの言葉じゃない」

「ほぅ?」

 

メキッ

 

趙雲の手に力が込められる。

一刀は慎重に言葉を選んだつもりだったが、残念なことに、今の星は、謝罪の言葉以外に聞く耳を持っていなかった。

 

「痛たたたたっ!?ちょっとまて、言い訳じゃない。聞け!最後まで人の話を聞け!!」

「…………」

「以前俺は、凄腕の医者と旅をしていたことがあるんだ。だから、もしかしたら何か力になれるかもしれないと思ったんだよ!」

「……本当か?」

 

星の言葉は、一刀にではなくヒナに投げかけられる。

 

「………………」

 

ヒナは無言だった。

 

「……残念だ、一刀」

 

星は別離の言葉を告げた。

 

「俺は、嘘なんかいってない!!!!」

 

それが、北郷一刀最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued……

 

 

「……ここは?」

 

「んっ……くすぐったいです、一刀お兄様……」

 

「じゃあ、ここは?」

 

「ひゃん!平気で、す……」

 

「それじゃ、こっちは?」

 

「あっ……。ちょっと、いた、い……です…………」

 

「ご、ごめん」

 

「いえ、大丈夫です。一刀お兄様はやさしくしてくれてますから……」

 

「……えーっと」

 

「以前、お医者様に診てもらったときは、もっと痛かったです。それに比べたら、全然平気です」

 

一刀は、胡蝶の身体を診ていた。

首筋には星の龍牙が突きつけられている。もしも胡蝶におかしなことをしたら、ということだ。

 

(なにこの魔女裁判。異端審問ってレベルじゃないぞ?)

 

胡蝶が声を上げるたびに、少しずつ刃が食い込んでいる気がするのは気のせいだと思いたい。動脈が切れたら、助からない。

 

もしも華佗のような診察方法だったら、診察開始直後に首と胴が離れているだろう。

星の胡蝶に対する心配は、それくらいの過保護っぷりだった。

 

「うん、もういいよ」

「あ、はい」

 

そういって、胡蝶は一刀に背を向けたまま、肌蹴ていた服を着始める。

 

「……どうだ?一刀。何かわかったのか」

「……ん、まあ。わかったといえばわかったんだけど……」

「どうした?」

「それが――」

「………一、刀」

 

一刀が何かを言おうとした瞬間、それまでずっと黙っていたヒナが声を上げた。

 

「ヒナ?」

「………ちょっと、話があ、る」

 

星に少し待っているようにいって、ヒナは一刀を連れて、部屋の外に出て行ってしまう。

 

 

途中からずっと様子のおかしかったヒナの突然の行動に、一刀はどうしたのかと問いかけるが、ヒナはなかなか口を開かない。

一刀は胡蝶の病気に心当たりがあった。

治す方法にも。

だから、そのことを星たちに伝えようとしたのだが、そこでヒナが行動をおこしたのだ。

 

つまり、ヒナの話もその辺りのことについてだろうと思ったのだが、ヒナの深刻そうな表情に、一刀は少し嫌な予感がした。

 

「………一刀、胡蝶の病気の治し方が、分かる、の?」

「え?……ああ。分かる」

「………なん、で?」

「何でって……ヒナも知ってるように、俺にはいくつもの記憶がある。その中の一つに、華佗と一緒に医者として大陸中を旅したものがあったんだ。胡蝶の症状にも覚えがある」

「………」

「ヒナ?」

「………それは、最初か、ら?」

「最初って?」

「………リクの部屋で、私と契約したときから、その記憶はあった、の?」

「契約?」

「………キ、ス」

「……あー。えっと……どうだろう?あの時は頭の中がごちゃごちゃしてて、一気に色々な事を思い出したみたいな感じだったから……。あ、でも華佗や貂蝉のことは思い出してたから、たぶんあったんじゃないかな?」

「………そっ、か」

「それがどうかしたのか?」

 

ヒナはなかなか口を開かない。

何かに迷っているような、考えているようなそんな素振りだった。

 

「………一刀、きい、て」

 

ヒナは息を吸い、一刀の目を見据えて口を開いた。

 

「………一刀は、この世界にとって特別な存、在。一刀が、関われば、結末が変わ、る。その結末が望むものになるか、望まざるものになるかは、わからな、い。けど、それが大きな変化であればあるほど、世界の修正力が働、く。歪みは世界が許さな、い。それは、左慈や于吉のような仙人でも、どうにも出来ないほど強大な、力。一刀も、覚えがあるは、ず」

「………………」

「流れに身を任せ、大局に逆らう、な」

「……それ、は」

 

いつか、許子将にいわれた言葉。

それを、何故ヒナが知っているのだろうか?

 

「………それは、世界の理から外れた者たちなら誰でも知っている、当たり前のこ、と。それをどうにかできるのは、それさえも超越した存在の、み。私にも、一刀にも無、理」

「……でも、俺が消えた覚えがあるのは、華琳たちとの記憶だけだぞ?」

「………世界、外史が違えば、それぞれの許容量も異な、る。それだけのこ、と。それに――」

「それに?」

「………なんでもな、い」

「なんだよ、それ」

「………今は、関係のないこ、と」

「………………」

 

ヒナの一方的なその言葉に一刀は少し腹が立った。

 

「………人にはそれぞれ、決められた運命があ、る。天命といってもい、い。胡蝶が病、気。このままでは死んでしま、う。でもそれは、決まっていることな、の」

「なら、ヒナはあの子が死ぬのを黙ってみていろっていうのか」

 

一刀の声には、静かな怒気が込められていた。

けれど、ヒナはそんな一刀に気づいているのかいないのか。

表情も変えずに話を続ける。

 

「………もしもあの子が死んだら、きっと星も悲し、む。私もそんなのい、や。だけど、一刀があの子の運命を変えたら、どんなことになるかわからな、い。もしかしたら、もっと大変なことになるかもしれな、い。もっと辛いことになるかもしれな、い。もしかすると、一刀が消えてしまうことだって、あるかもしれな、い」

「………………」

 

それでも。

ヒナは問いかけるように、一刀の目を見つめていった。

 

「それでも、一刀はやる、の?」

「……ああ」

「……後悔、しな、い?」

「それは、やってみないとわからない。さっき、ヒナもいったろ?」

 

ヒナは知っているのだ。一刀の記憶も。過去も。だったら、余計な説明はいらない。

 

「あの世界から消えて、華琳たちとあえなくなったのは辛いよ。悲しいよ。……でもさ。少なくとも俺は華琳たちと歩んだ日々を、後悔なんてしていない」

 

一刀は遠い記憶を思い出すように目を閉じる。

 

「城壁の上から目に焼き付けた街の人たちの笑顔だって覚えてる」

 

それは、敬愛する覇王とともに見た情景。

 

「胡蝶は他人かもしれないけどさ、俺たちはこうして出会って、言葉を交わしちゃったんだ。だから、助ける術を持っているのに、ここで見捨てたりなんかしたらそれこそ俺はずっと後悔する。どうせ後悔するなら、俺は精一杯やってからにしたい」

「………………」

 

一刀はゆっくりと目を開く。

そして。

 

「もしも胡蝶が死ぬのが運命だというのなら、そんなもの俺が変えてみせる。たとえ、また消えることになったとしても、だ」

「――――ぁ」

 

はっきりと。

一刀は何の迷いもない強い意思を持った目で、ヒナを真っ直ぐに見つめ返してそういった。

 

「ごめんな、ヒナ。せっかく忠告してくれたのに。俺はこういう奴なんだ」

「……一刀が、いいなら、かまわな、い。私も、そんな一刀が、好きだか、ら」

「そっか。ありがとう」

 

そういって一刀は微笑を浮かべた。

それで、二人の間にあった険悪な雰囲気はあっさり霧散した。

 

「………もう、一つ」

「なに?」

「………ごめんなさ、い」

「……へ?」

「………今いったことは、嘘じゃない、けど、正しくな、い。一刀の気持ちが知りたくて、試し、た」

「どういうこと?」

「………一刀は、消えな、い。だから、それだけは安心し、て」

「……そっか」

「………う、ん。一刀は、一刀がしたいようにしてくれればい、い」

 

それでヒナの話は終わったのだろう。

ヒナは星と胡蝶が待っている、といって部屋に向かって歩き出した。

一刀も遅れてその後を追った。

 

 

「それは本当か!?」

「保証は出来ないけど、たぶん」

 

一刀が、胡蝶の病気を治す方法を知っているというと、星は目を見開いた。

胡蝶にはまだ聞かせないほうがいいと思い、今度はヒナを部屋に残して、二人は部屋の外に出ていた。

 

「たぶん、だと……」

「ごめんなさい。絶対大丈夫です。だから戦場でも感じたことのない様な殺気をぶつけるのはやめてください」

 

ここは正確には一刀の知る外史ではない。

一刀は、それが気がかりだったが、ヒナが基本的に同じだから大丈夫だと思う、といったので、恐らくは大丈夫だろう。

 

星は、今すぐ教えろ!と、一刀の肩を掴んで前後に揺さぶる。

ジェットコースターもびっくりな揺れ具合だった。

 

そんな星を宥めて、一刀は口を開く。

 

「ただ、それに必要なものが、すごく危険な場所にあるんだ。以前、そこに行った時は師匠みたいな人間が二人も三人もいたから大丈夫だったんだけど……」

「……師匠みたいなのが二人も三人もって、正気か一刀?」

「実際、正気とかそういうのとはかけ離れてる話だけど、まぁ、大陸は広いからね……」

 

二人の漢女、医者王、そして武の極致に辿りつかんとしていた女性を思い浮かべ、一刀は苦笑する。

 

「だが、そんなことはどうでもいい!一刀が行かぬというのなら私は一人でもいく!!」

「だから、落ち着いてってば星。行くなら師匠にも一緒に来てもらったほうがいいし、最初から星だけで行かせるつもりなんてない。というか、危険だから星に行かせて自分は行きたくないとか、星は俺がそういう奴に見えてたのか?だったらちょっと傷つくんだけど……」

「あ……いや。すまぬ。少し気が逸っていたようだ」

「大丈夫だよ、星。一人でできないことは、仲間に助けてもらえばいい。華蝶仮面ちるどれんに不可能なんてないさ。そしてそれは、三人そろってこそ、だろ?」

「――ああ、そうだな!我ら三人がそろえば、不可能なんてない!」

 

そして、一刀達は紫虚に頼み、成都から離れて錦屏山へ戻る前に、少しながめの寄り道をすることになった。

 

場所は南蛮。

龍が棲むという山脈。

 

 

 

 
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