No.112727

テラス・コード 第五話

早村友裕さん

 それは、少女に残された唯一の言葉だった。
 太陽を忘れた街で一人生きる少女が、自らに刻まれたコードを知る。

 古事記をモチーフにした、ファンタジックSFです。

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2009-12-17 16:21:50 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:637   閲覧ユーザー数:625

第五話 カノ

 

 

 

 

 

 

 次の日、目覚めるとツヌミがあたしを迎えにきた。

 完全に回復した体は軽く、これまでにないくらいに体調も万全だった。これもすべて、あたしに刻まれた、細胞を増殖させるというコードのおかげなんだろうか?

 

「さあ、行きましょうか」

 

 ツヌミが道を指し示す。

 

「第5層、研究室ヤマトでナミが待っています」

 

 ついにここまできた。

 生きなさい、という育て親ナギの言葉だけを頼りに、あたしは自分の中に刻まれたコードを知った。

 街の外に蔓延する『放射能』の存在と太陽を知った。

 目の前の扉が開く。

 

「遅かったな、テラス。待ち侘びた」

 

 そこには育て親のナギと同じ容姿をした男性が佇んでいた。

 

 

 

 

 『研究室』と呼ばれるそこは、人々が住む層とも、研究者が住む層ともまた違う、どこか蒼っぽい不思議な色合いの光に包まれていた。

 棚が整然と並び、そのすべてに所狭しと紙の資料が積まれている。両側の壁が迫ってくるような圧迫感に襲われ、思わず左手首に手をやるが、クロスボウを収納したリストバンドは取り上げられてしまっていた。

 ナミは、待ちわびていたかのようにあたしとツヌミを出迎えた。

 その背後には、見た事のない青年が一人、音もなく控えていた。

 まるで炎を思わせる朱金の髪と、同色の瞳。鋭い眼は敵意を持ってあたしたちを貫いていた。羽織って腰帯で止めるタイプの、あまり見たことのない不思議な服に身を包んでいる。

 その視線の鋭さにぞわりと総毛立った。

 この敵意は、いったい何?

 ナミは背後の青年の視線など意に介していないようで、そのままあたしたちを奥まで案内した。

 

「ここは私の研究室だ。元はナギと共同で使っていたのだがね、彼が街へ逃げだしてからは私一人で使っている」

 

「ナギはここにいたの?!」

 

「そうだよ、彼は君たちに埋められたコードの生みの親だ。どう狂ったのか、君を連れて街へと逃げだしたがね」

 

 忌々しげに言い放つナミの横顔は、どう見てもナギと同じ顔。

 あたしの最後の記憶にあるナギよりも少し若いけれど、顔のパーツは完全に同じだ。声も、体型も、髪の色も瞳の色も。

 

「ナミ、あなたは何者? どうしてナギとそんなにもよく似ているの?」

 

「私とナギはある種、兄弟なのだよ。君とミコトがある意味で兄弟と呼ばれるように、ナギは私と同じ遺伝子配列を与えられたのだ」

 

「!」

 

 だから、これほど容姿が似通っている……?

 ナミは資料がうず高く積まれた棚の間を抜け、狭い部屋に入った。

 

「私の最終的な目的は、君とミコト、もしくはヨミのコードを取り出し、それを他の人間にも植えつけることだ。だが、その前に君のコードがどれほどのものか、発現性や限定条件をすべて洗い出さなくてはいけない。効能のしれないコードを安易に使用するわけにはいかないからね」

 

 部屋の中央に、ちょうど人間が一人、横たわれる大きさのカプセルが一つ。様々な色の線がつながれたそれは、これから起こる実験がいかに複雑で危険なものかを暗示しているようだった。

 

「これは様々な強さの放射能、光量、化学物質や気圧、気温などに至るまでの条件を変えられる装置だ。君にはここに入ってもらい、何百通りの条件下で実験に参加してもらう」

 

「何百……?!」

 

「異形(オズ)化を止めたいんだろう?」

 

 この人はあたしの弱みを全部分かっている。

 あたしが何を求めるのか、何と言えば断らないかを完全に把握している。

 

「分かったわ。あたしは実験体になる」

 

 それを聞いたナミは、再び唇の端をあげる――この酷薄な笑みには、いつまで経っても慣れる事が出来ない。

 が、それを聞いたツヌミが慌てる。

 

「待ってください、ナミ。今のテラスは岩戸プログラムが働いています。それをどう解除するおつもりですか?」

 

「大丈夫、所詮感情など電気信号によるパルスにすぎない。どうにでもなるよ」

 

「……本当ですか」

 

「無論だ。私とヒノヤギの見解が気にくわないのか」

 

 ナミは、背後に佇む朱金の髪の青年を示して言った。

 どうやら鋭い目つきの彼はナミと同じ研究者の『ヒノヤギ』というらしい。

 

「いえ、そういうわけではありません」

 

 ツヌミは慌てて取り繕うが、まだ納得したわけではないようだ。

 切れ長の眼をさらにいくらか細め、何かを思案している風だった。

 

「ナミ、岩戸プログラムって何?」

 

「ナギが亡くなる時、君にかけておいた抑制プログラムだ。記憶と共に、かなり多くの細胞においてコードの活性を抑える働きを持つものだ」

 

「記憶と……コードの抑制?」

 

「君は5歳までタカマハラにいた。ミコトとヨミも共にこの場所で暮らしていたのだよ、岩戸プログラムのせいで覚えていないだろうがね。記憶を、ナギの死によって封印し、コード自体の活性も押さえてしまうというプログラムだよ」

 

「それは……解けるの?」

 

「いくつかの手順を踏めば解けるようになっている。大丈夫だ、私を信じて欲しい」

 

「……」

 

 あたしの記憶。

 久しぶり、と言ったヨミ。俺がどれだけ、と呟いたミコト。

 それをすべてナギが封印した……?

 

「いいね、私にすべて一任するという事で納得してもらえるかな」

 

 抵抗しても、あたしには何も出来ないのだ。そのプログラムを解除する事も、コードを誰かに渡す事だって。

 

「……はい」

 

 そう答えるしかない。今は、信じるも何も、ナミに任せるしかないのだ。

 

「では、その前に君がタカマハラに帰ってきた事を祝おう。すでに準備はできているだろうね、ツヌミ」

 

「はい、研究員全員と街の有力者を第4層のホールに集めてあります」

 

「すぐ行く。テラス、君もだ」

 

 促されてしぶしぶ足を前へ進める。

 なんだろう、すごく気持ち悪い。全部うまく進んでいるはずなのに、なぜか不安が消えない。危険だと、何かが叫んでいる。

 ナギがタカマハラを警戒したわけ。あたしの記憶を封印した理由。

 岩戸プログラムの解除。

 このままナミについて行って、本当に大丈夫なの?

 不安を抱えたまま、あたしはナミの後に続いた。

 

 

 

 

 一人でタカマハラに放り出されたら、とてもじゃないけれど行きたい場所にたどり着くことなどできはしないだろう。ナミの背を見失わないように必死で足を進めた。

 ツヌミが後ろからついて来るが、唇を横真一文字に結んだままだった。

 ナミの背後に控える青年は、とうとう一言もしゃべらず、いつの間にか姿が消えていた。

 彼はいったい何者だろう。

 あたしやツヌミに向かって凄まじい敵意を放っていたが――鋭い視線を思い出してぶるりと震えた。

 大丈夫。あたしはまだ、がんばれるから。

 そう心の中で呟いて、通路の先を見据えた。

 

「これが終われば、君にも武器を与えねば」

 

「武器?」

 

「ミコトには剣のトツカ、ヨミには槍のハクマユミを与えてある。いずれも独立した思考プログラムを持つ電子武器だ。分子分解で君自身に収納する事が出来、他にも多くの機能が付いている」

 

 するとツヌミが静かに奏上した。

 

「すでに梓弓のヒルメが完成しています」

 

「ではヒルメをテラスに。後でヒノヤギをもう一度、私の部屋へ。テラスの実験計画は後ほどサーバーにあげておく。各自確認するようにと全員に通達を」

 

「御意」

 

 簡単な指示にツヌミは頷き、いったん姿を消した。

 やはり、この建物のそこかしこに転送装置が付随しているとしか思えない。

 

「テラスはこちらへ。タカマハラの研究者と街の有力者が集まっている。君がこの場に到着した事を皆に通達する」

 

 ナミはぞっとするほど美しい笑みを湛えた。

 

「さあ、カノとウズメにはいくらか罰を与えないといけないね。ヨミも来ているかな? 彼にもそろそろタカマハラに戻ってきてもらおう」

 

「えっ?!」

 

 どうしてその名が、しかも罰を与えるとは……?!

 聞こうとしたがその前に、目の前の扉が開き、眩い光が眼前を覆った。

 

 

 

 

 これまでの光とは比べ物にならない。カグヤで見た太陽と同じくらいに明るいその場所には、人間が敷き詰められていた。それほど広くない空間に100人を超す人々が溢れ返っている。

 あたしとナミは、空間の中で一段高まっているステージに上がった。

 すると、それまでざわめいていた人々がしん、と静まり返った。

 いったいどこから光が漏れているのか分からないが、とにかく明るい。壁も天井も床も、すべてが発光しているようだ。

 

「誰も求めていない長々しい挨拶は抜きにしよう。本日集まってもらった理由はすでにツヌミから聞いているはずだ」

 

 静まり返った空間に、ナミの声が響き渡る。

 

「この度、前総長イザナギと共に行方不明になっていたアマテラス・コードが発見された」

 

 前総長イザナギ? アマテラス?

 あたしは――

 

「彼女がアマテラス。私たちに太陽をもたらすコードを持つ少女だ」

 

 人々がざわめく。

 その中に、見知った顔がいくらか認識できた。

 

「……ヨミ」

 

 蒼白な顔をした灰白色の瞳の美少年は、真っ直ぐにこちらを見ていた。

 もちろん隣にいたナミが、ヨミの存在に気づかぬはずもない。

 

「ツクヨミ、君もこちらへ」

 

 ヨミの表情が強張る。全員の視線が一斉に彼に向けられたからだ。

 隣にいたカノが息を呑む。止めようとしただが、ヨミは心を決めたように一歩、一歩と足を前に踏み出した。

 あたしの方へ向かって、人ごみがざっと別れて道を作る。

 明るい光のもとで見ると、ヨミの瞳は明るい銀色だった。オレンジに近い茶の髪は、黄金色に輝いている。颯爽とした身のこなし、凛とした眼差しが人目を惹きつけてやまない。

 ゆっくりとステージに上がってきたヨミは、ミコトと対峙した時と同じ、ぴりぴりと緊張した空気を纏っていた。刺すような視線がナミに注がれている。

 

「ナミ、これは何のつもり?」

 

「これは保険だよ。テラスを逃がさないための、ね」

 

「下衆」

 

 吐き捨てるように口汚くナミを罵ったヨミは、あたしを庇うように立ちはだかった。

 

「本当によく出来た弟たちだ」

 

「ミコトはどうしたの? ミコトがいれば僕を手に入れる理由がないはずだけど」

 

「ああ、彼ならカグヤにいるよ。昨日の昼からずっとだから、そろそろ瀕死かもしれないな」

 

 刹那、ヨミの空気が豹変した。

 目の前に電撃が走り、ヨミの手に『ハクマユミ』と呼ばれる黒槍が召喚される。

 その切っ先をナミに突きつけ、極寒の敵意を叩きつけた。

 人の波から悲鳴と驚きの声が上がる。

 

「もう、許さないよ。テラスだけでなくミコトまで……」

 

「ツクヨミ、君はよく出来た弟だ。そして、よく出来た兄でもあるようだ……詰めが甘いがね」

 

 キィン、と甲高い音がしてハクマユミが跳ね上がる。

 

「ナミに刃を向けないでください。例え相手が貴方でも容赦はしません」

 

 両手にクナイを構えたツヌミがナミの前に立ちはだかっていた。

 先ほどまで何処にもいなかったのに、いつの間に?

 それより、いったんヨミを抑えないと、素手でナミに殴りかからん勢いだ。

 

「ヨミ、落ち着いて。お願い」

 

 ミコトはすでにあたしとツヌミが助け出している。今もおそらくツヌミの居室で眠っているはずだ。

 それを伝えないと。

 あたしはヨミの腕を強くひき、自分の方へ引き寄せた。

 

「落ち着いて。ミコトはもう助けたから」

 

 耳元で一瞬。

 ひそりと呟いた言葉はヨミに届いただろうか。

 あたしの手の中からヨミはするりと抜け出して、素手でツヌミに向かって行く。

 

「ヨミっ!」

 

 あたしの叫びも届かない。

 緩く纏めた漆黒の髪を靡かせ、ツヌミのクナイが翻る。

 間合いを近くとったヨミはその攻撃を掻い潜って鋭い拳を繰り出す。

 

「やめて、ヨミ……ツヌミも止めて!」

 

 が、ヨミは凄まじい攻防の合間、一瞬だけあたしの方を見てにこりと笑った。

 他の誰も気づかなかっただろう。

 でも、その次の瞬間にはツヌミの蹴りがヨミの腹を貫いていた。

 

 後ろ向きに吹っ飛んだヨミの体を支え切れず、あたしも一緒に床に沈んだ。

 

「テラス!」

 

 ツヌミの悲鳴が響く。

 

「少しパフォーマンスが過ぎた。そこまでだ……テラスももう戻りなさい。ヨミの処理も頼んだよ、ツヌミ」

 

「御意」

 

 ヨミの下に押しつぶされたあたしを助け起こしながら、ツヌミはナミの命令を得る。

 やっぱりツヌミはナミに逆らわないの? タカマハラの人間なの?

 信じないと誓った心が、忘れたはずの心が震える。

 

「テラス、私と一緒に来てください」

 

 ぐったりとしたヨミを担ぎあげ、ツヌミがあたしを促す。

 集まった人の間にカノの心配そうな顔が見えたが、どうする事も出来なかった。

 

 

 

 

 ところが。

 ツヌミの居室まで戻ってくると、ずっとぐったりとして動かなかった筈のヨミがひょい、と起き上った。

 あたしが驚いて動けないでいると、ヨミは満面の笑みで抱きついてきた。

 

「テラスだ! 本物のテラス!」

 

 何で、とか、しまった、とか思う余裕もなくヨミの腕の中に捕らえられてしまう。

 

「よかった、無事でいて……」

 

 心の底から安心したその声は、あたしの胸をキュッと締め付けた。

 あたしはこの人の元を逃げ出したんだ。

 

「怪我しなかった? ナミに苛められなかった?」

 

「うん、大丈夫。大丈夫だから、放して!」

 

 必死でもがいて腕の中から逃れようとするのだが、力の差はどうしようもない。

 

「やだよ~。もう二度と放さないもんね!」

 

 どうやって逃れようか本気で考えていると、ふっとその圧力が消えた。

 

「やめろ、ヨミ。テラスに近づくな」

 

「何すんの、ミコト。邪魔しないでくれる?」

 

 あたしとヨミを力尽くで引き剥がしたのは奥で寝ていたはずのミコトだった。

 昨日までくっきりと浮かび上がっていた顔の痣がだいぶ薄れている。顔色もよく、体調もよさそうだ。

 

「お前のせいでテラスがタカマハラに捕まったんだぞ、ヨミ!」

 

「何言ってるの? 元はと言えば君がタカマハラに残ったからでしょ」

 

「違う。今回は、俺じゃなくツヌミのせいだ」

 

「ツヌミが?」

 

 ヨミの視線が今度はツヌミに突き刺さる。

 ツヌミは漆黒の瞳に全く感情を映さず、その刺さるような視線を受け止めた。

 

「テラスがずっと連れてたあの鴉、いただろ」

 

「いたけど……まさか」

 

「そうだ、アレがツヌミだ」

 

 それを聞いたヨミがこの上なく深いため息をつき、ツヌミに向かってぼそりと吐いた。

 

「ストーカー」

 

「貴方に言われたくはありませんよ、ヨミ」

 

 しれっと流すツヌミは、どうやらヨミとも面識があるらしい。

 と、いうよりかは、この3人がとても仲良しに見える。ミコトとヨミだってあの時、トツカとハクマユミを閃かせて戦ったようには見えないほど和やかに喧嘩しているし、ツヌミに至ってはそのやり取りを楽しそうに観察しているようにも見える。

 と、いうことは先ほどのツヌミとヨミの攻防も。

 

「第一、あの場でナミに切りかかること自体があり得ませんよ、ヨミ。もう少し考えなさい」

 

「ツヌミが止めなかったらあのまま仕留められたのに」

 

「そんな事をしてみなさい、私が貴方を殺します」

 

 言葉はひどく物騒だ。ツヌミとヨミの間に散っている火花も本物。険呑とした空気も二人の本気――だと思うのだが。

 

「ナミを殺すのは俺だ。手を出すな、ヨミ」

 

 そこへミコトが参戦する。

 て、いうかナミはひどく嫌われてるんだなあ。いや、あたしもどっちかというと好きじゃないけど。

 

「昔から貴方たちはそうです。ナミを殺してしまったら誰が太陽を取り戻すのですか?」

 

 ツヌミが愛想の欠片もない声で言い放つ。

 

「確かにあいつの研究家としての手腕は認めるが、ナミが俺やカグヤの人間にしてきた事を忘れるつもりはない」

 

「僕も残念ながらミコトに賛成。ツヌミも早くナミのところ、やめなよ。そうすれば街とタカマハラの均衡を崩す事だって夢じゃないのに」

 

「それはあり得ません。それよりもミコト、早くナミに謝ってしまいなさい」

 

「嫌だね。誰が謝るか」

 

「テラスがいなかったら、貴方は今頃どうなっていたか……分かっていますか?」

 

「本当だよ、そのまま死ねばよかったのに」

 

 悪態をつくヨミだが、あの時ナミに刃を突き付けた理由は、ミコトを傷つけられたからに他ならないはずだ。

 なんだかんだ言って、ナミの事さえ絡まなければこの3人は仲がいいのかもしれない。

 何だかあたし一人だけ置いて行かれた気分だ。

 あたしの心配はいったい何だったの?!

 

「しかもヨミ、貴方は先ほどわざとテラスにぶつかるように吹き飛んだでしょう? テラスが怪我をしたらどうするつもりです」

 

「テラスは怪我なんてしなかったよ」

 

「私は可能性の話をしているのです」

 

「あーやだやだ。これだから研究者は細かい上にねちねちとしつっこいんだから!」

 

「誤魔化さないでください」

 

 下らない事で喧嘩しないでよ!

 ああ、苛々する。

 

「そんな事どうでもいい。ヨミ、お前は何でタカマハラに戻ってきたんだ?」

 

「……テラスがここにいるからだよ」

 

「何やってんだよ、俺達がここに揃ったらナギが街に出た意味がないだろ!」

 

「だからそれはツヌミに言いなよ」

 

「私はテラスの身の安全を最優先しただけです」

 

「お前は自分がテラスに会いたかっただけだろう!」

 

 ああもう……

 

 

 

「いい加減にしてよ!」

 

 鬱憤がそのまま爆発した。

 ここ数日で急にたくさんの事を知らされたのもそのストレスに一役買っていたに違いない。

 あたしの叫びで、一瞬その場がしん、と静まり返る。

 

「ヨミもミコトも……あたしがどれだけ心配したと思ってるの?! しかもツヌミまで2人と知り合いだったわけ?!」

 

「え、テラス、僕の事心配してくれたの~?」

 

「してない!」

 

「え、でも今、心配したって……」

 

「うるさいっ!」

 

 いったい自分が何を言っているのか分からなくなってきた。

 

「何よ何よ! 3人とも……分かってます、みたいな顔してあたしだけのけ者にして……!」

 

「お、落ち着けよ、テラス」

 

「そうです、とりあえず落ち着いてください」

 

「何をそんなに怒ってるのさ~」

 

 おろおろとうろたえる男共が3人。

 またか、という表情をしながら何とか宥めようとするミコト、狼狽の表情も露わに自分の方が慌てているツヌミ、にこにこと楽しそうなヨミ。

 ああ、平和過ぎてなんだか泣けてきた。

 はらりと雫が頬を伝う。

 

「なっ……」

 

「……!」

 

「えっ? どうしたの?」

 

 言葉を失ったミコト。蒼白なツヌミ。半笑い顔になってしまったヨミ。

 三者三様の反応は、どこか滑稽な感じがした。

 何しろミコトもツヌミもヨミも、全く違った系統ではあるが綺麗な顔立ちをしているのだ。その3人がそれぞれ慌てふためく様は、それなりに見物(みもの)だ。

 

「待てって、テラス、ちょ、落ち着け! どうした! ヨミか?! またヨミが原因なのか?」

 

「何で僕なのさ。絶対ミコトのせいだよ。だって一番顔怖いもん」

 

「そんな事はどうでもいいでしょう?」

 

 冷やかな言葉を2人に投げつけたツヌミは、あたしの目を覗き込んだ。

 

「どうしたんです、テラス」

 

「……バカ」

 

「え?」

 

「バカっ! ミコトもヨミもツヌミも大っきらいっ! 何にも分かってないっ!」

 

 あたしはそう叫ぶと、同じ顔で驚いている3人にくるりと背を向けると部屋の奥に駆け込んだ。

 先ほどツヌミがやっていたように扉を閉め、勘でパネルを操作し、ロックをかける。

 

「テラス、待ってください、いったい何が……?」

 

 混乱したツヌミの声が扉の向こうから響いている。

 

「知らないっ!」

 

 自分でもいったい何に苛立っているのか分からないのだから。

 あたしは一人で生きていくって決めたのに。

 ツヌミを利用するって決めた。

 ヨミを完全に拒絶した。

 ミコトの事を信じないと宣言した。

 それなのに。

 

「どうして……」

 

 口汚く物騒な言葉の応酬をしながらも、どこか心の底がつながっているように見えた3人を見て、何かが壊れた。

 自分の身は自分で守る。表面上は信じているふりをしても心の底では信じない。彼らの関係とは正反対の態度で臨むつもりだったのに、ミコトもヨミもツヌミもあたしが捨てたもの全部拾って押し付けるんだ。

 だから、『あの3人と肩を並べていたい』って、失くしたはずの心が求めるんだ。

 

「これ以上近づかないでよ……!」

 

 掻き乱さないで。揺らがせないで。

 あたしは生きなくちゃいけないのに。

 

「お願いだから……」

 

 涙が止まらない。

 思い出すのは優しかった育て親の顔と、穏やかな声。

 

――生きなさい

 

 助けて、ナギ。どうしたらいいの?

 壁にもたれかかって座り込み、膝に顔を埋めた。

 背中から、誰かが叫びながら扉を叩いているのが感じられたが無視した。

 今はただ、誰にも会いたくなかった。誰とも話したくなかった。

 ただ、涙を流したかった。

 

 

 

 

 

 それからどれだけの時間が過ぎたろう。

 泣き疲れたあたしはいつしか横になっていた。

 ひんやりとした床があたしの頭を冷静にしてくれて、ゆっくりとこれからの事を考える時間が出来た。

 

 

 この街が出来たのは100年以上も前だという。原因は分からないが、街の外は『放射能』が蔓延する世界と化した。だから、誰かがそこから逃れるために『防御壁』と『タカマハラタワー』を作った。

 タカマハラは大きく分けて3つの部分がある。一つ目は一般人が住む場所。二つ目は今も様々な研究がおこなわれるこの場所。そして三つ目は唯一太陽の光を受け入れる『カグヤ』と呼ばれる場所。

 カグヤは太陽の光と引き換えに放射能も引き入れてしまう。そのため、放射能によって遺伝子を破壊される『異形(オズ)』の発生が絶えない。それでも、人は太陽を忘れて生きていくことなどできず、異形化の危険を背負ってでも生産をカグヤに頼っているのだ。

 それに対してタカマハラを取り巻く暗闇の街は、カグヤで発生した異形の始末を引き受ける代わりに生きる術を得る。

 そんな中で、あたしの育て親ナギは、放射能で破壊された細胞を補うプログラムを開発した。そしてそれをあたしとミコト、ヨミにそれぞれ埋め込んだ。

 

 

 一度冷静になってみると、分からない事はいくつも残っている。

 いったい誰が防御壁とタカマハラを作ったのか?

 ナギはどうしてプログラムをすぐに使わずに、分割してあたしたちに埋め込んだのか?

 あたしを連れて街へ逃げたのは何故か?

 どうして『岩戸プログラム』を作り、あたしの能力(コード)を抑制したのか?

 

「もしかして、全部ナミが原因なの?」

 

 ミコトとヨミが毛嫌いしているナミ。彼はまだ肝心な事をあたしに教えてくれてはいない。一番大事な部分だけは、まだ開示していない気がするのだ。

 何だろう、何かが引っ掛かる。

 ナミの言葉のどこかに、不自然な点はなかった? 何か手掛かりは?

 考えるんだ。考えるのをやめたら、歩みを止めたらあたしは終わりだ。

 

「一人でも、負けないから」

 

 あたし一人でも戦ってやる。

 生きなさい、というナギの言葉を破ることはしたくない。

 もう一度、その誓いを心の中に刻み込んだ。

 

 

 

 その時、扉の向こうが俄かに騒がしくなった。

 

「テラス!」

 

 3人とは違う声が響く。

 この声は、ここにいる筈のない街医者の声。

 

「開けてください、お願いです。貴方の力が必要なのです」

 

「……カノ?」

 

「ええ、そうです。お元気そうで何よりですね、テラス」

 

「どうしてここに?」

 

 そう問うと、一瞬の沈黙の後、扉の向こうで小さな声が答えた。

 

「……すみません、私はいくつか嘘をつきました。貴方に謝らなくてはいけない事があります」

 

「……!」

 

 唐突に、扉越しの懺悔が始まった。

 

「私は……タカマハラの人間です。街を監視するため、また、ヨミを逃さないよう派遣された、第4層に属する者です。元々は医学分野を専門にした研究者でした」

 

 もう、聞きたくないよ。

 ヨミはこれをいったいどんな顔で聞いているんだろう。ミコトは、どう思いながら聞いているんだろう。ずっとあたしを監視していたというツヌミはすべてを知っていたんだろうか。

 

「ですがテラス、貴方をタカマハラに渡したくないと言ったのは真実です。私はタカマハラにいた頃からナギとは懇意でした。それはウズメも同じです。タカマハラから街へ派遣されたウズメは、貴方とナギを匿っていました」

 

 ウズメ――その名にどきりとした。

 ヨミのもとを去った時、あたしに残された最後の居場所は雇い主のウズメの元だった。育て親のナギが死んでしまってからずっと、養ってくれた異形狩りのボス。

 彼女もまたタカマハラの人間だったのだ。

 

「その事が今回、貴方が捕まったことで露呈したのです」

 

 ウズメはあたしを匿っていた。タカマハラの人間でありながら、あたしの味方でいてくれた。

 それがナミにばれてしまった――『罰を与えないといけないね』と言った時のナミの狡猾な笑みがフラッシュバックする。

 

「ウズメがカグヤに送られました……どういう意味か分かりますね、テラス」

 

 カノの声が遠くに響いている。

 ウズメが、カグヤに。

 頭を殴られたようなショックがあたしを襲う。

 あたしやミコトと違って、ウズメは何のコードも持たない人間なのだ。このままにしておけばどうなってしまうかなど、火を見るより明らかだ。

 

「お願いです、テラス。今、ウズメを助けられるのは貴方とミコトとヨミが持つコードだけなのです」

 

 こういう時、あたしの体は理屈と関係なしに動く。

 信じるとか信じないとか、誰がどこに属するとか、敵だとか味方だとか――そんな事は後回しでいいんだ。

 ミコトを助けるためにカグヤへ乗り込んだ時のように。

 叩きつけるようにパネルを操作し、すぐに扉を開けた。

 

「テラス!」

 

「テラス」

 

 カノ、ミコト、ヨミ、ツヌミ。

 4人分の視線が一気にあたしに集約したのが分かった。

 

「ナミはどこ?」

 

 自分でも驚くほど心が凪いでいた。それと裏腹に、少しでも触れば弾け飛びそうな怒りが自分の中で膨れ上がっている。

 もう、好きなようにやらせてもらうわ。知らないところで何もかもが進められているなんて、認めない。

 あたしの中にあるコードが必要だというのなら、それを盾にとってやる。

 

「テラス、待ってください。ナミは今……」

 

 ツヌミが慌てて止めようとしたが、視線一つで黙らせた。

 代わりにミコトがにやりと笑う。

 

「そういう事なら俺も行く」

 

「殴り込みだ、殴り込み~」

 

 ヨミも嬉しそうに手を叩いた。

 

「ありがとう」

 

 素直にそんな言葉が出た。

 その瞬間、あたしの中で何かが弾けた。

 

「……ありがとう」

 

 それは、解除呪文(アンチ・コード)。

 あたしの中で凝り固まっていたものが、少しずつ解けていくのが分かる。

 

 

――生きなさい

 

 ナギはそう言った。

 答えはもう出ていたんだ。

 ごちゃごちゃと下らない事を考える前に、あたしは動かなくちゃいけなかったんだ。

 

「ミコト、ヨミ、カノ、ツヌミも。ウズメを助けるわ。ウズメだけじゃない、この街の人みんなを助けてみせる」

 

 信じる――信じない、敵――味方、好き――嫌い。

 

 言葉で表すことに何の意味があるというのだろう。

 いま大切なのは、あたしが、カノがウズメを助けようとしている事。ミコトとヨミがそれを支持してくれること。

 

「だから、手伝って」

 

 こうやって自分の気持ちを正直にぶつければ、この人たちが手を貸してくれる事は分かっていた。

 あたしはまた利用したのかもしれない。

 それでもいい。あたしが、『そうしたいから』。

 久しぶりに心から笑えた気がした。

 仲間とか損得とか、敵とか味方とか、裏切ったとか――そんなの、今はどっちでもいい。

 そう、最初から行動すればよかったんだ。

 自分が思ったように動こう。そうしないと、あたしはあたしでなくなってしまう。抑えつけられ、縛り付けられ……そんなの、とても生きているとは言えない。

 行動する事を諦めた時点であたしは死んでいるのと同じ。『生きる』っていうのは、自分の意志を『生かす』ことと同義なのだ。

 信じない、と言いながらもずっと心は信頼できる人を探していた。

 『分かってない』と叫んだあたしは、理解者を求めていた。この人たちが自分を理解してくれるはずだとすでに『信じていた』のだから。

 

 


 
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