No.112161

Lost Night ーflom brink of the  insanity and justiceー

一色アヤさん

そこは混沌と覚醒の時代。いまだ確かな神も定まらず、ほとんどの人間が迷信にとらわれていた中世ヨーロッパ。
 そこには、一度手にすると富と名誉が手に入るという「赤い石」の噂がまことしやかにささやかれていた。
 

2009-12-14 02:50:21 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:616   閲覧ユーザー数:605

それがどこから来たのか、またどこへ行くのか。誰も知らない。ただ、いつの間にかそれは現れ、いつの間にか多くの人間の心をとりこにしていった。

 

 

その昔、一人の青年は美しい娘に恋をした。

 だがしがない鍛冶屋である青年は城に住む娘と逢うこともかなわずただ遠くから見ているだけだった。

ある日のこと、森を散歩してるときにけがをした一人の老人と出会う。彼は目を潰され光を失っていた。心やさしい青年は家へと連れて帰ると、けがを治し温かい寝床を提供した。老人はえらく感謝して、せめてお礼にと赤い石のはめ込まれたナイフを差し出した。

その石は血のように赤く、まるで黄昏のような鈍い光彩を放っていた。青年はその石にすっかりと入れ込み、自分でそのナイフを丹念に丹念に磨いた。ある雨の日、老人は青年にこういった。

「心やさしき鍛冶師よ。あなたは私の命の恩人だ。だが私にはあなたになにも返してあげられない。・・だからそのナイフで私の胸を貫いてほしい。そうすればあなたはこれから一生生活に苦しむことなく生きていけることだろう。」

青年はためらった。だがナイフを見ているうちにどうでもよくなり・・老人の胸にナイフをつきさした。

すると石は輝き、老人もまた灰となってしまった。

次の日から青年は人が変ったように生き生きとしだし、街で偶然城にすむ姫と出逢う。瞬く間に二人は恋に落ち…青年は城へと招かれることとなったのだ。

その後青年は姫との間に一人の男の子を設け、国も安定していった。

・・だが、その幸せは長くは続かない。なぜならその国は時代の流れが津波のように押し寄せ、流行病であっという間に滅亡してしまったからだった。

それは混沌と覚醒の時代。戦争と死がごく身近にあった時代だった。

 

いつの時代の終わりにも必ず混沌がついて回る・・っていうけれど、まったくその通りだわ。

 

「よいしょ・・・・っと。はあ・・これは駄目ね・・これじゃ消毒にも使えやしない。」

 

私は今日は何度目かのため息をつくと、地面に散らばっている骨を放り投げた。

ここは半年前大きな戦争が起こっていた。ほとんどの肢体はバラバラになっているし、もう骨と衣類としか残っていない。でも時々薬に使えそうな布や・・運が良ければ金ものもあったりする。布は奇麗に洗って怪我人の消毒にも使えないこともないし、金物はそれだけでもお金になるのだ。

でも・・最近はそれすらも減ってきている。戦はたくさん起きているのに、金目のものやなんかは敗北兵の残党どもが盗賊まがいなことをしているからあっという間に盗まれてしまう。・・さすがに戦争直後の現場に行きたくはないもの。当たりを徘徊する残党兵に殺される。運がよくて生き残れたところでも兵士たちに弄ばれてもう二度とここへは戻ってこれない。

「とはいえな・・やっぱり適当に腕の立ちそうな人がいればいいんだけどな・・」

少なからず手に入れた「戦利品」を布袋に詰めると、木の陰で一休みする。今は初夏の時期だから空が高い。

「・・・ほんと・・憎たらしいくらいいい天気だわね・・洗濯物がよく乾きそう。」

どれくらいボーっとしていただろうか。突然背後からがさがさ!物音がした。「・・?!」

もしかして盗賊だろうか?私は身をひそめて耳を澄ます。だけど聞こえたのは金属の音でも話し声でもない。

ぐきゅうーーるる・・という間の抜けた音だった。

突然何かが草陰から姿を現した。「きゃあぁあ?!!」とっさに持っていた短剣を構えた。だが、そこにいたのは・・

「・・・はあ、はあ・・・・あ・・?なんだ、にんげんかぁ~・・・」

金色の髪がまぶしい緑がかった青色の瞳の青年だった。

「・・・え?!あなた・・なにしてるの・・???」

男の服装はいたってシンプルで、腰に帯びている剣もまた・・ぼろくさかった。これで本当に物を切れるのかしら?

まじまじと眺めていると。男と目が合う。目があった瞬間男は人懐っこい笑顔で「にっ」と笑った。

 

「いやぁ人と話すの久しぶりだな!!だいぶ前に戦い志願したはいいんだけど・・そこのボスがよわっちくて・・あっという間に負けそうだったからとっとと逃げてきたんだ。それで奴らの目をかいくぐるため森に潜んでいたんだけど・・もー人っ子ひとりいなくてさー。そのまま迷っちまった。」

聞いてもいないことを一気にべらべらとしゃべりだすと男はそのままふわ~っと後ろに倒れてしまった。

「ちょ、ちょっと大丈夫?!どこかけがしてるの?!」

私は男の肩に手を回すとそのまま彼を支えた。

「いやぁ・・腹へって・・・・一週間前ウサギを食べったっきりでさ・・・・お姉さんなんか持ってない?」

・・私は一瞬言葉を失った。要するに空腹で動けなかっただけ、ということらしい。本日で一番大きいであろう溜息をついた。

「もぉ!!心配するだけ無駄ってことじゃない!ほらさっさと立って歩きなさいよね!ここまで歩いてきたんだったらまだいけるでしょ?!あいにくこっちは手いっぱいなものでね!何か食べたかったら自分の力で歩いて私についてきなさいよ!!!」

「あ!おいおいおねーさん!まってくれよ!おいてくな~」

私はさっさと歩きだすと後ろから少し離れて歩いてくる男をちらりと確認する。こいつがどんな奴かわからないけど・・行き倒れているのをほっておくわけにはいかないもの。

 

さっきまで高かった空には重い雲が垂れこみ始めていた。でも雲の隙間から赤い光がうっすら見える。見事な夕焼けだった。

「ただいま!お父さんいま帰ったよ~」

木の扉を思いっきり開けると持ってきた戦利品を裏の洗たく場に運んだ。

「おやおかえりエンジェラ。・・おやお客さんかい?」

父さんは私の後ろにいる男に軽く挨拶をする。・・どうやらしかりついてきたみたいね。彼はというと、壁にびっしりと並ぶ本をぼけーっと眺めていた。

「すごい量でしょ?それ全部医学関係の書物よ?たまーに変な本も交じってるけど・・うちは病院みたいなものなの。この辺は特に戦が多いから・・怪我人を解放してるうちにどんどん増えてきちゃって・・いつの間にやら、ね。ちょっと待ってて。昨日の残りのシチューをあげるから。」

「どこかけがしてるわけじゃないのかい?私はローエン。あの子は娘のエンジェラだ。君は?」

「・・あ、おれ・・・レナードっていいます。」

ぺこりと彼があいさつするので私も簡単に自己紹介をした。さっきは何こいつって思ったけれど礼儀は正しいみたい。

鍋からスープを軽くよそってレナードに差し出した。少し硬くなったけどパンも残っていたので一緒に並べてあげた。

「いやぁ・・食べ物ってこんなにおいしかったっけ?!ありがとうエンジェラさん!!めちゃくちゃおいしいよこれ!!」

そう言いながら瞬く間にパンもスープも平らげてしまった。

「・・あきれた。よっぽどおいしかったのねー・・。落ち着いたら裏の池で体でも洗ってらっしゃいな。すごいにおいよあなた。」

私がそう言うとレナードは一瞬顔を赤らめて苦笑いを浮かべた。・・うん。悪い奴じゃないみたい。

「さて、娘の顔見たことだし、私は戻るとするよ。」そう言うと父さんは重い腰をあげて眼鏡をかけなおした。

「・・・まだよくならないのね、あの子・・・」

「ああ。もう一週間になるんだがなぁ。まだ微熱が続いているんだ。」

最近はこのあたりでおおきな戦はないから比較的今は部屋もあいている。けど、この間やってきた黒い髪の少年の傷はいまだ癒えず、まだ意識も戻らないような状態が続いてるのだ。

「あ、そうだ。エンジェラ。さっきのレナード君には私の古着を貸してあげなさい。もうそろそろ戻ってくる頃だろうからね」

「了解。さて、わたしもそろそろ今晩の食事を考えないとね。」

私は食器を片づけるとそのまま食事の準備に取り掛かった。

 

「やあ。目が覚めたみたいだね?傷の具合はどうだい?」

 

彼は一週間ほど前に道端で行き倒れているのを保護したばかりだった。

髪は黒く、肌はやたらと白い。未だ微熱状態から抜け出せないでいるのだ。彼の荷物は布に包まれた小さな短剣とわずかな銀貨のみだった。

年齢はエンジェラよりも幼いように見える。12・3歳といったところだろうか。紫色がかった瞳が印象的だった。

「・・・ここ、は・・。」

「ああ、まだ無理をしないほうがいい。君は一週間も眠り続けていたんだ。急に動かないほうがいい。」

無理やり体を起きあがらせる少年をなだめながら寝かしつけた。少年はあたりをきょろきょろと見回し、何かを探している様子だった。ローエンは彼の荷物を手渡すと。ようやく安心したように、また眠りに落ちた。

 

「いやー。ひっさびさにさっぱりしたなーあ!!」

レナードはそういうと幸せそうに伸びをした。その様子があまりにも平和そうで私は軽く顔をしかめてしまう。

「はあ・・なんか調子狂うわね・・。あなたこれからどうするの?・・またどこかの戦場に兵士として志願でもするつもり?」

別に意識したつもりはなかったのだが、どこかしらつっけんどんな言い方になってしまった。けれども、どれだけ腕が立つかは知らないけれど、平気で戦争したがる人の気持ちは理解できない。

「・・姉さん戦争は嫌い?」

レナードは髪をうっとうしそうにかきあげながら私にそう尋ねた。

「ええ、大嫌いね。あんなものは力のある人間がそれを見せびらかすためにやるたちの悪いお遊びみたいなものだもの。戦争が起これば儲かる人間もいるけど、戦ができない者たちにとってはただの災害だわ。」

「・・・でも、そんな奴らばかりじゃないよ。何かを必死に守るために戦う人だって、目的があって戦う人だって少なくない。」

「・・でも!どんなに大切なものがあったって命がなくなってしまったら何もならないじゃないっ!!!戦が起これば結局人は死ぬ・・死んでしまったらもうそれで終わりなんだから!!!」

ここにいると、たくさん人が死ぬのを見てしまう。ここはそういう場所だから。レナードの言うように何かを守る人だってなんだって等しく死は訪れる。でも、それを早めるのが戦争なのだと思う。

死・・それは永遠にその人に会えなくなること。・・すべて失うことなのだ。

「んー・・そっか・・。じゃあ辞めるかな」

は?私は一瞬耳を疑った。

「いやー・・実際戦なんてやるもんじゃないよね。疲れるし、命の危険は常に付きまとうし。俺も人殺すのは嫌だしなあ」

・・このレナードというやつは一体何なのだろう?今まで見てきた人たちの中でも群を抜いて変わってる。変わってるというかもうこの場合変人以外何物でもないのかもしれない。・・かれには傭兵精神とか、騎士道精神とかそういうものはもちあわせてないのだろうか。

「どうだい姉さん。俺を雇わないかい?!雇うっていっても金は要らない。温かい食事と寝床があればもう何もいらん!!一人ならふたり、二人なら三人というじゃないかっ!俺はこれでも字の読み書きは得意だし、力仕事もできるし!」

「・・・ちゃっかりっていうかしっかりっていうか・・・。」

 

うちだって正直そこまで裕福じゃない。ご飯と寝床だけで男手一人増えるのはとてもありがたいことだ。

私にも、父にも・・断る理由事態皆無なのだった。

*少年は何度も夢の中で殺されていた。ある時は目に見えない何かに、ある時は悪魔のような怪物に。またある時にはナイフを振りかざした人間に。そのたびに少しずつ覚醒していき、少しずつ現実へと引き戻されていくのだった。

次に覚醒すると、粗末な家具と低い天井が目に入った。自分の手に抱かれた袋の感触を確かめると、あたりを見渡す。するとベットの脇にすやすやと寝息をたてる女性の姿があった。

(・・僕はどうしたんだろう・・)混濁する意識をたどり、自分の時間を過去へとさかのぼる。

(!・・そうだ僕はここにいてはいけないんだ。早く行かないと・・)そう思い、体を動かし這うようにしてベッドから転がり落ちる。だが・・自分が思う以上に体は衰弱しているようで、立ち上がった瞬間バランスを崩して椅子に頭をぶつけてしまった。

「は?!な、なに?!地震???」

思った以上に派手な音をたててしまったらしい。先ほどの女性を起こしてしまったようだった。

「あ!君・・目が覚めたんだ?!具合どお?」

女性は晴れやかな笑顔をこちらに向けてきた。その笑顔につられてまた少年も微笑んだ。

「んー・・体の傷はもう大丈夫そう。体、だるくない?」

 

額と額を合わせて熱がないか確認する。ふんわりといいにおいがした。「だ、大丈夫・・」

恥ずかしそうに眼を伏せながら答えると、不意に腹の虫が暴れだした。

「あ、食欲ありそうだね!どうする?歩く?それとも向こうまで行く?」

カーテンの隙間からはまぶしい光が洩れている。そっと歩いてみると、なんとか体はいうことを聞いてくれる。カーテンを開けると、目の前に白い光が広がった。

「あっちまでいけそうね。私はエンジェラ。名前を教えてくれる?」

「・・・ルーベル」

 

 

居間へ行くと、父さんとレナードはもうすでに食事を平らげた後だった。一応これでも5人分くらいの量は作ったはずだったんだけど・・すでになべの底が見え始めている。・・よく食べるものだと感心してしまった。

「お、よかったな。目が覚めたんだな。覚えてるかい?君はもうかれこれ一週間以上眠っていたんだよ?」父は隣の席を進めながら笑顔でそう言った。ルーベルは、少し緊張したような面持で隣にそっと座る。

「まだ目が覚めたばっかだから急にはたくさん食べれないからちょっとずつね!」そう言ってスープを差し出すと、ルーベルは瞬く間にそれを平らげてしまった。いつもは父と二人で並んで食べる食卓も、今日は4人もいるのでなんだか嬉しくなってしまう。

「いやーエンジェラねーさん料理うまいな~。今まで食べた中でも1,2を争うぜ!」

レナードはそう言うと一人でうんうんうなずいていた。・・調子のいいやつ。

「さて父さん。このレナードがね、寝床と食事を取らせてくれたら何でもしてくれるって!だからどんどんこき使ってやって?お金は一切いらないそうだからね」

私がそう言うと「いやぁー。俺って何でもできるけどさー一応限度ってもんがあるからさ」などとぶつぶつ言っていたが、この際それらは全部黙殺することにして、彼にはまず初仕事して皿洗いを命じることにした。

「おお!それはありがたいなぁ。じゃあ皿が終わったらついでに書庫の整理も頼めるかい?」

「うわー・・はは・・お手柔らかにね・・」

こうしてレナードの今日一日の仕事は決まったのだった。

「ルーベルはまず体を治すこと考えてね?大丈夫。ここは悪い人、いないから。体が治ったら・・あなたの話を聞かせてね。」

 少年は美しい青色の眼をこちらに向けると、小さくうなづいた。

 その様子を満足げにみていると、ふと、彼の腰にくくりつけてある革袋に目が入った。すでに底が抜けていて、今にも中身が落ちてしまいそうだった。

 「…その革袋。」私がそういうと、ルーベルはびくっと一瞬肩をすくめると、すぐさまさっと後ろにそれを隠してしまった。

 「ああ、大事なものなんだ。…ならいいけど、それ穴あいてるから…気が向いたら私に言って?治してあげるよ。」

 「あ…そ、その。だいじょう、ぶ・・・・です。」

 「…うん、わかった。さ、て。じゃ、ちょっとだけ外散歩してみようか?今日はとっても天気がいいからとっても気持ちがいいよ!」

 私はそういうと、ルーベルはまた小さくうなづいた。食器をてきぱきと下げると、有無を言わさずルーベルの手を引いて外へと飛び出した。

外へ出ると、思った通りの快晴だった。

 さわやかな風が吹くと、一緒にみずみずしい草の匂いが鼻をくすぐる。

 「んーーー!やっぱり天気がいい時は外にいるのが一番だね?」

 「…うん!」ルーベルは眩しそうに空を見上げると、抜けるような青い空をうっとり見上げていた。どれくらいの高さだろう。はるか天空で白い鳥が群れをなして飛んでいく。

 「何の鳥だろう?きらきら光って…きれいだね…」

  私はちらりと彼の革袋に目を向ける。相変わらず大事そうに持って…一体何があるんだろう?でも、それは聞いてはいけないことのような気がした。

 「ね、ルーベル、あそこ!このあたりで一番大きな大木があるの。一緒に登ってみようよ!」

 「え、ええ?でも」

 「だいじょーぶ!!私、こう見えても木登り大得意なんだよ!ね?行こう行こう!」

  ルーベルの気分転換のつもりが、ついつい私もはしゃいでしまった…。こういう気持のいい日は、難しいことを考えると台無しになってしまうもの。少し離れた所からついてくるルーベルは、どことなく嬉しそうだった。

 

 「あーあ。いいなー。俺も一緒にはしゃぎたいなー」

  レナードは窓の外を見た。遠くの丘の方で何とも楽しそうな二人を見守りながら、大きくため息をついた。

 「ははは。エンジュにはいつも頑張ってもらっているからね。たまには羽を伸ばさせてあげないとね。」ローエンはそういうと、辺りに散らばっている本を片付けていく。

 「それにしてもローエンさん、すごい本の量ですねえ~。今のご時世でここまでそろえるなんて大したもんだ。」

 「うーん・・そのほとんどは曾祖父のものだがね。だが、傷ついた兵士たちの中にも本を治療費代わりに置いていくものも多いんだ。…本はいい。昔ながらの知識人の記憶がぎっしり詰め込めれているからね。・・・・早くこの戦争だらけの時代が終わって、前途有望な若者が本を安心して読める時代になるといいんだが・・・・」

 「…うーん、確かに。何もないのが一番の平和ってやつですね。あ、この本どうします?」

 「ああ、それはこっちの棚にでもしまってくれるかい?」

 

  大多数が片付いたころにはもう日も傾いていた。その時、本棚の隅の方にひっそりと置かれている使い込んだ一冊の本が目に入った。何となく、ローエンが席を外した時を見計らってこっそり抜き出してみることにした。

 本の装丁には何も書かれていない。ただ、相当使い込んでいるらしく、本を持つところがかすれている。慎重にページをめくっていくと、どれもこれも奇妙な円に複雑な字がいろいろ書かれている。

  

 「…これはまた…」ページをめくっていくごとにその円が複雑さを増していく。そして、ひとつ…二頭の蛇が絡まった一丈の杖の絵が目にとまった。

 「レナード?終わった?」

  突然背後から声が聞こえて、レナードは思わず手に持っていた本を落としそうになった。

 「あ、あーお帰り!エンジュ。どお?楽しかった?」

 「うん、天気も良かったし、ルーベルも嬉しそうだったわ。久しぶりに木に登ってみたり、あちこち散歩してみたり…ふふ。なんか子供じみてるけどね。」

 「いいなぁ。今度はぜひ俺も連れてってよ!…よし。これで整理は終わったよ。あ、今日のご飯は何?」レナードは持っていた本をさりげなく元の場所に戻した。

 「へーえ。これが父さんの書斎かぁ…。実は初めて入るんだよね。絶対入れてくれないんだもの。」扉の前をふさがるように立っていたレナードの脇をすり抜け、エンジェラも中へと入り込む。

 「…エンジュは、字が読める?」

 「うーん…すこしだけ。この通り結構人里離れているもの。この辺て。たまに修道士さんとかに教えてもらったりはするけど…基本的に怪我が治った人はみんないなくなってしまうから…結構中途半端かも。」

 「…なあ、俺、教えようか?!」レナードはぱっとはじけるような笑顔を見せる。

 「あ、そういえば…読めるって言ってたよね?じゃ、じゃああの・・こっそり…教えてもらってもいい?」

 「こっそり??ああ、驚かせようって魂胆?よし、じゃあ決まりだね。」レナードがそういうと、エンジュラの顔がほころんだ。その顔を見て、レナードは心底ほっとしたのだった。

 

   レナードとの「密約」を終え、下に降りて行くと…そこには体の大きそうな男性を二人がいた。

 私は驚いて何となくレナードの背後に隠れてしまう。「あ…あの、どなた…ですか?」

 私がそう声をかけると、男たち二人はゆっくりこちらを振り向いた。顔は黒いフードで覆われていて、よく見えない。だが、来ている服から想像すると…どうも修道士の様相をしているようだった。

 「…やあ、お嬢さん。このあたりに、黒髪の子供がいなかったかい?」二人のうちの一人が陽気そうに尋ねる。…だが口調は穏やかでも、どこかしら底知れぬ殺意のようなものが見え隠れしていた。そして、何より黒髪の子供とは…もしかして。

 「黒髪の子供ねえ…その子、何かしたのかい?そんな全身布で隠したような怪しい奴らに追われるなんて、よっぽどの悪ガキなんだな?」

 レナードは目をそらさず、そういってのけた。内心ひやひやしたが、レナードの方はというと、動揺する様子すら見せない。

 「…世の中には知らない方がいいこともあるんだよ。われらの後ろには聖なる神の加護がある。…そちらのお嬢さんも、嘘はいけないよ。嘘は悪魔がもたらすもの。嘘をつくということはすなわち魔女である証なのだからね。」

  黒いフードからのぞきこむ目は「聖なる」ものとは思えない、鋭く光っていた。

 「そんな子供いないわよ!!さあわかったら出て行って!」私は精一杯の勇気を絞ってそう叫んだ。男はなおも何か言いかけたが、もう一人の男に遮られた。

 「…まあ、いい。」そう言って男はバラバラと金貨を数枚机の上に投げ出した。

 「もし、黒い髪の子供が現れたら気をつけるといい。彼は悪魔の子供だ。悪魔を払えるのはわれらが持つ青いナイフだけ。…また来るよ。勇気あるお嬢さん。」

そう言って不敵な笑みを浮かべると、男たちは出て行った。

  一瞬、目の前がくらっとしたかと思うと、不覚にも床に座り込んでしまった。よかった…。レナードがいてくれて、本当によかった…。

 「大丈夫?エンジュ。」レナードはそういうと、そっと手を差し伸べてくれる。私は力無い笑顔を浮かべて立ち上がった。「…なんか、今初めてあなたがいてくれてよかったって思ってる。父さんもいないし、私ひとりじゃどうにもできなかったわ・・・・」

 「なんだよ、ひどいな~。一応俺だっていっぱしの傭兵だったんだ。この剣は飾りじゃないさ。…それより、ルーベルのやつは?」

  言われて、はっとなった。もしこの場を彼がどこかで見ているとしたら・・・きっと迷惑をかけましといなくなってしまうのではないだろうか。

 

 「そうよ!あの子…一体どこに…」

 「落ち着いて、エンジュ。彼はここだよ。」

 突然、落ち着き払った父の声が聞こえた。あたりを見渡すも、その姿は見当たらない。だが…私には一つだけ思い当るところがある。それは、暖炉の中!

 「お父さん!ルーベル!!!」

 「ふう…やれやれ。危なかったよ。」案の定、暖炉の中から黒いすすをかぶった父とルーベルが姿を現した。…思った通り。ルーベルの顔は真っ青だ。

 「おい、少年。お前さん一体何者だい?あいつらはどー考えても聖なる神の加護を受けていらっしゃるような崇高な人間には見えないぞ?」

レナードは真面目な顔でルーベルにそう尋ねた。ルーベルはというと、うつむいたまま、腰の革袋にそっと手を添える。

 「…ごめんなさい…。エンジュラさんにも、ローエンさんにも絶対にご迷惑はおかけしません。」消え入りそうな声でそれだけ言うと、ルーベルはそれ以上なにも告げなかった。彼があまりにも真剣だから、その気迫に負けて誰もそれ以上何も言えなかった。

 

 その夜は、正直眠れなかった。言いようもない不安にさいなまれ、私はもう何度目かの寝返りを打つと、再びため息をつく。「…はーあ…もう、眠れるわけないじゃないの。」

 私はそのまま体を起して、そっと部屋を出た。

  

 外に出ると、空には幾千もの星が輝いている。その美しさはそのまま泉に映し出されて、まるで宇宙にいるかのような光景だった。

 「うわ・・綺麗。」

 あたりは真っ暗な闇に包まれているから、足元に気をつけてその空間をしばし眺めていると、背後に広がる森から何かの気配を感じた。

 「…?気のせい、じゃないよね」私は細心の注意を払いながらそっとその気配がある方へ眼を向ける。そこには真っ黒い布を全身にまとった人影がランプを持って歩いて行くのが見えた。それがどれくらいの大きさか、はたまた人間以外の生き物なのかはわからないが、そのまま森の奥へ奥へと歩いていく。その先は…

 (…嘘。こんな時間に誰?だって向こうは…)確かめようと、背後の森の中にそっと身を隠す。だが、この闇では何も見えない。闇の向こうの視線の先・・そこは、エンジュの介抱の甲斐なく、志半ばで亡くなっていった人たちが眠っている。木で括りつけただけの十字架が立ち並ぶ墓場だ。

 ふと、夕刻に来た黒衣の男たちの姿が頭をよぎる。そして、彼らが探している「悪魔の子」。

 しかし私はその考えを振り払う。これでは私はあの男たちと変わらない。(私ったら、馬鹿なことを。)

 一瞬、ひゅうっと風が吹き抜ける。私はこの闇が急に怖くなって、その場から逃げるように戻った。

 

  次の日…目が覚めたときにはもう太陽が頂点に登った後だった。

 「お、今日はずいぶんゆっくりだね。エンジュ!」レナードが茶化すような笑顔をこちらに向けていく。その笑顔に一瞥くれてやると、たまりにたまった洗濯物をレナードに押しのけてやった。

 「うるさいわね!さっさと手伝ってもらえるかしら?!」すると、向こうからルーベルがこちらに向かって歩いてきた。私はその姿を見て仰天する。

  「…エンジュラさん・・僕なんかを助けてくれて本当にありがとうございました。」ルーベルは目をそらしながら私にそういった。その顔はまだ健康的な顔色ではない。

 「ルーベル!!!ちょっと…何旅じたくなんて整えてるのよ?!まだやっと動けるようになったばかりでしょう?動かないで寝ていなさい!」私がルーベルの腕をつかむが、彼はそれを跳ねのけた。

 「本当に…もう、これ以上は…」ルーベルがそう言い終える前に、突然隣にいたレナードはルーベルをひょい、っと担ぎあげた。

 「うわぁ、お前ホントに軽いのなぁ…こんな体じゃその辺でのたれ死んでおしまいだよ。旅に出る前にもう少し飯食って体鍛えないと二日と持たないぞ?!」体格の大きさもあるだろうけど、やはり本調子じゃないらしく、ルーベルは一生懸命暴れようとするがまったく歯が立たない。

 「はっはなしてくださいぃっ…!!!あっ…」

  カラン・・

 ルーベルが暴れた拍子に、底が抜けかかっていた革袋からするりと何かが滑り落ちた。「…?」上等そうな絹に金色のひもでくくりつけられたそれを拾い上げる。

 「エンジュラさん!ダメ…」ルーベルが遮る前に、私はぱらり、とその布をほどいてしまった。するとその中から赤いナイフがその姿を現した。血のように赤い刀身で、金色の柄にこれまた怪しいくらいに煌びやかな光を放つ深紅の石がはめてある。

 「…なに、これ?!」言いようもない恐怖を感じて私はついそのナイフを足元に落としてしまう。

 「…そういや、あの黒い服のやつら…青いナイフがどうとかいっていたな?」レナードがそういうと、ルーベルはハッと顔をこわばらせた。

 「僕は…っ」ルーベルが何かを言いかけると、向こうから父さんがこちらに向かって歩いてきた。

 「どうかしたのかい?」「・・あ、と、父さん」

 そのまままっすぐ歩いて、草むらに落ちているナイフを拾い上げる。「…これは?ルーベル、君のものかい?」

 「あ…か、返して!!!!」

 「おっと・・・・。駄目だよ、ルーベル。こんな刃物、危険じゃないか。私が持っていてあげるよ。」

 「…ローエンさん、でもそれ、ルーベルにとってはとても大事なものみたいだし…」

 「…まあ、何も隠そうとするわけじゃないよ。ただ、これを彼が持っていたらまた一人で無茶をしでかすかもしれないだろう?せめて体が元気になるまで私が預かろう、と言っているのだよ。」

  父さんはそう言ってナイフを布で厳重にくくりつけると、さっさと懐にしまってしまった。…この場合、確かに父さんの言う通りかもしれないけれど…

 「もう、あまり無茶はしないって約束してくれる?大丈夫、ナイフは預かるだけ。あなたの傷が治ったらちゃんと返すわ。」

 「…で、でも…!あれは、あのナイフは僕が持っていないと…」ルーベルは不安そうに父さんを見ている。…よっぽど大事なものなのかしら。

 「大丈夫。ちゃんと私が責任を持って補完するから。君は安心して傷を治すことを考えなさい。」ぽん、と両手でルーベルの肩をたたいた。なおも何かを言いかけたルーベルだったが、どこかほっとしたような複雑な表情を浮かべて、そのままうつむいてしまった。

 「赤い、ナイフ…か。」

 隣に立つレナードは何かを考え込むようにそうつぶやいた。

 「エンジュ、赤い石の伝説ってしってる?」

 「赤い石の伝説…?なんか、たぶん聞いたことある。願いがかなう・・だっけ?でもあんなもの、ただのうわさでしょう?」昔聞いたことがある。…その石をひとたび手にすると、富と名誉が手に入るという。

 「…噂。だといいんだけど…」意味深げに彼はそういった。

 「まさか、さっきの赤い石のはめ込まれたナイフのこと?…確かに、綺麗な石だったけど…」

 ふと、私は胸に何か引っかかるものがあった。確かにあの石はとても美しい。ナイフの刀身こそ真っ赤で気持ち悪いけど、そのはめ込まれた石は綺麗だったけど・・どことなく、恐怖を感じる美しさだったのだ。

 「でも、ああいうのを妖美・・っていうのかしら。ずっと見てると吸い込まれそうで、なんか良くないことが起こりそう…」

 「うん。…石ってのは人間一人の人生を軽く狂わす。だからこそ…大丈夫かな」

  レナードは去っていく父の後ろ姿をじっと見ていた。姿が見えなくなると、私の頭をポン、と叩いた。

 「さて、さぼりはおしまい。俺も働くかなー」うーーん、と伸びをすると、レナードはそのまま歩いていく。

 その姿を見送りながら、私はどことなく、不安を感じた。なにか、よくないことが起こりそうな…。そんな言いようのない漠然としたものが、私の胸に突き刺さっていた。

 

 


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