No.109660

festa musicale [ act 1 - 5 ]

そうしさん

自分たちで企画をすることっていうのは、どんなものであってもすごく大変ですね。
予算だとか、人員だとか、そういうものに絶対に縛られてしまう。
だけど、それを達成したときのあの感動は何者にも代えがたいというのもたしか。

2009-11-29 22:44:13 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:465   閲覧ユーザー数:464

『そういうことなら協力するぜ! ギターとベースとドラムとボーカル、ようするに普通のごく一般的なバンドを用意するんだろ?』

「そういうこと。 というか新見のバンドにうちの学生居たはずだから、そいつの名前を使えばぜんぜん余裕でいけるはず」

『それなら心配はないな! いやー、前にほかの大学でゲリラ的にライヴやったら、受けたことは受けたんだけどあとで実行委員会とやらに大目玉食らっちゃってさー』

 と、なにやら不穏な話をする二人。ちなみに電話である。

 具体的にはウインドにて『スカパンクやりたい』と言ったその日の夜、早速メンバーを集めにかかった馨。とりあえずウインドのほうからトランペット、トロンボーン、テナーサックスの三人を集めることが出来たため、残るは要となるギター、ベース、ドラム、そしてボーカルの四人である。

 軽音サークルに声をかけても良いんだけど、それだとどんなやつらが来るか分からない。そう考えていたところ、一つ思い出した。

『SLEEKのメンバーの一人が、同じ大学に通っている』

 ということを。

 

 早速コンタクトを取る。返事は二言目には既にOKだった。

 彼らとしても普段つまらない文化祭を、どうにかして盛り上げられないかと思っていたようで、サークル同士のコラボレーション(実際には片方はサークルではなく外部のバンドだけど)には積極的に協力したい、との事だ。

「よし、これで後は出演の申し込みだけか…あれ、いつまでだっけ」

 楽しいことをしている間は色々とやらなきゃいけないことも不安なことも忘れることが出来る。

「よし、何をやるか決めなきゃな! せっかくだから俺が書き下ろすか、一週間くらいで」

 例えば、こうやって頑張っている馨には今現在、中間レポートなる強敵が六個ほど待ち構えているはずだ。

「……」

 現実にふと立ち返ってみると、そこには山のように積まれた資料と、パソコンのダッシュボードに書かれた提出日一覧のメモがあった。

 そのメモにはこう書かれている。

『経営学概論レポート提出…六月二十二日』

「……」

 そんな六月二十二日の午前二時である。

 

 

 

 気付いたら鳥もさえずりだす午前五時。

 やっと、やっと課題が片付き、とりあえずほっと一息つく。ちなみにこの課題を片付けるために消費したコーヒー豆は、ゆうにコーヒー五杯分だ。

「やっと終わった…あれ、太陽が…」

 ある意味健全な大学生の姿であるが、社会全般から見たら不健全極まりない。

 今から寝たら確実に大学には間に合わないため、もう一杯コーヒーを飲んで、そのまま講義に出る決意を固める。なぜこんなにも頑張っているのだろうと不思議に思うが、よくよく考えたら自分からやりだしたことなので仕方がないのだ。

 というわけで早速お湯を沸かしに行く。まだ一日が始まってから五時間ほどしか経っていないのに、お湯を沸かすためだけにキッチンに六回も入る大学生というのは、中々シュールな絵である。

 こうして一通りの準備も揃い、あとは曲を決めてひたすら練習するだけ…なのだが、何かもう一ひねり欲しいと思ってしまうのは欲張りだろうか?

「いや、そんなことはない」

 自問自答する。ちなみにとても今更だけど、馨は一人暮らしである。一人暮らしをする大学生が独り言を良く言う傾向にあるのは身をもって体験済みだ。しかもその癖が中々抜けないから困ったものである。

 お湯が沸いたのを示すヤカンの蒸気音が聞こえてくると同時に豆が挽き終わる。豆の良い香りが徹夜で疲れた体を癒してくれる。と同時に、眠気を誘う。むしろこのまま眠気に負けてしまおうか、とも考えたが、今日はレポートの提出日なのでサボるわけにはいかない。現実はシビアなのだ。

(うーん、どうしても何かやりたい)

 そんなことばっかり考えながら、淹れたてのコーヒーを飲む。企画を立てるのは得意だけど、そこから何かを派生させるとなるとまた難しいものがある。例えば『空を飛ぼう』というところから『空に飛ばしたものに乗ろう』という発想は中々生まれないのと同じである。実際にライト兄弟がそういう風に考えたのかどうかは知る由もないが。

 そんなくだらないことを考えていると、背中に違和感を感じた。どうもずっと椅子に座っていたせいか、背骨がおかしなことになっているみたいだ。コーヒーカップをテーブルに置いて上半身を回す。ボキボキという音と共に重かったからだが少し軽くなったような気がする。

「ふぅ~…」

 ちょっとした痛みを伴う荒療治だったため、目も覚めた。

 そして、窓の外を見る。良い天気だ。それはもう何を血迷ったのかまだ五時過ぎであるにも関わらず学校に行って爽やかに楽器でもやっちゃおうかな! YES!! とか叫びだしかねないくらいに良い天気だった。 ちなみに俺は比較的思ったことは即行動に移す男(自称)なので、既に学校に向かう準備を進めている。 テンポの良い男である。

「今日は何があるかな~っと♪」

 徹夜明けだというのにこんなにもご機嫌なのは、きっと文化祭に向けてメチャクチャに忙しく、けれどもメチャクチャに楽しい日々が始まるという確信があるからなのであった。

 

 

 

 部室に着いた。どうにも暇だった(朝五時半に着けば当然だが)ため、やはりここに足が向いてしまうのだ。暇じゃなくても足は向くが。

 と、中から音が聞こえる。誰かがCDを掛けっぱなしにして帰ってしまったのだろうか。

 それとも噂の大学七不思議のひとつ『鳴り止まぬスピーカー』とかそういう系の神秘の小宇宙的オカルトネタなのか。 いやそれだけはないな。 そもそも七不思議とか聞いたこともないし。

 入ってみれば分かる。 そう判断したので入ってみようとして、中に人がいることに気付く。

 聞こえてくるのはオーボエの音。 ロングトーン。 つまり基礎練習だ。例えば同じ『ド』という音の中でも、少しでもヘルツ数にずれが生じるとそれだけでハーモニーとは程遠い耳障りなだけのサウンドとなってしまう。それを避けるにはずっと同じ音を伸ばし続けて肺活量を増やし、より豊かな音形を作り出すためのトレーニングが必要になる。 それがロングトーンであり、吹奏楽の…いや、すべての楽器の基礎練習における最も重要かつ最も初歩的なトレーニングなのだ。

 そして、現在オーボエでそのトレーニングを誰よりも頑張らなければいけない人間は、灯しかいない。

「……」

 邪魔をするのは良くないな。そう思った。

 初心者で入って。 必死に練習して。 さらには来年からコンミスまで務めて。

 今の灯には周りを見る余裕などない。ひたすら技術を磨き、体力を伸ばし、精神を鍛えなければならない。その結果やらなければならなかったことがこの早朝練習なのだろう。

 はっきり言って、俺は教える気は毛頭ない。

 先輩の誰かなら教えてやれよ、と言ってくるかもしれない。 だが、基礎練習を教えることが出来るのは自分自身しかいない。 なぜなら、基礎練習は自分との戦いだから。 そこに他人が介入する余地は、あってはいけないのだから。

 そっと扉から離れて、足音を立てないように来た道を戻る。 頑張れ、灯。

 そして俺はといえば、行く場所がなくなったため早々に講義棟に行くことにする。 この時間に教室が空いているかどうかは分からない。何せ初めての経験だし。 だけど、本気で練習する人の邪魔をすることだけはしちゃいけない。

教室が空いてなかったらまた戻ってきて、灯にいろいろと教えてやろう。

 そんなことしなくても、灯のことだから一人で勉強して、一人で練習して、気付いたら誰よりも上手くなっているだろうけど。


 
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