No.109650

festa musicale [ opening act ]

そうしさん

以前登校した「Caffe Sinceramente」を、ちょこっとずつ改変したりしました。
一応前回途中で投げ出しちゃってますが、今回は完結させるつもりでやります。
他サイトの「小説を読もう!」にも同じものがアップされていますので、探してみてくださいね。。。

2009-11-29 22:33:25 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:437   閲覧ユーザー数:429

 朝起きてまずすることは、豆を挽くこと。

 いや、間違ってないだろ?

 朝のさわやかな空気に包まれながら味わい深いコーヒーを飲むことは、よい一日を過ごすための活力剤になる。

 ・・・なんて親父くさいんだ。

 そんなわけで今日も今日とてギーコギーコと手を働かせる。これがオレの毎朝の習慣。

 豆を取り出して挽く。いい香りが漂う。挽き終わった豆はプレスへ。ドリップよりもプレスで入れるほうが好みだ。

 お湯の温度にもちゃんと気を使う。まずいコーヒーにしたくないから。

 

 ちょっと時間を置く間に、顔を洗う。冷たい水が眠気を一気に吹き飛ばす。

 そんなこんなで部屋に戻ってみるともうお湯もいい感じにコーヒー色に染まっているというサイクル。

 プレスして粉を落とす。カップにコーヒーを移す。ここでやっとありつけるというわけだ。

 この飲み方をはじめてからは、コーヒーの本来の味を知るためにも、ブラックで飲み干すようにしている。

 今日もいい味を出している。でもちょっと豆が古くなってきたかな?

 

 さて。

 

 

 今日から冬休みか。

 

 

 * * *

 

 

 オレは冬期講習なんて言う大学を目指す受験生なら結構当たり前のように通っているものに、実は行っていない。

 なんでかと言うと、もう大学が決まっているから。

 都内にある、K大ってところ。比較的有名な(って言うか超有名な?)ところで、大学の人気ランキングみたいなのがあると大体上位に乗るくらいのところだ。

 なんでそんなところに既に決まっているかというと、オレの高校時代の戦績による。

 高2のとき、全日本吹奏楽コンクール高校の部、全国大会金賞。その際部長かつ指揮者。

 同じく高2のとき、全日本アンサンブルコンテスト高校の部、全国大会金賞。その際にも部長かつトランペット。

 高3のとき、全日本吹奏楽コンクール高校の部、全国大会金賞。同じく部長かつ指揮者。

 全てにおいて個人宛に審査員特別賞受賞。

 正直、自分でも衝撃的な結果だったが、まぁそれはそれとして喜んで受け取ることにした。

 でもって、それが高校2年の時からだったから、またさらに学校からも世間からも褒め称えられ。

 当然のように芸術学部のある大学からこぞって推薦の話が来て。

 まぁことごとく蹴って、自己推薦を使ってK大に進学したわけだ。まぁ周りの人たちは「もったいない!」の一点張りだったけど。

 吹奏楽なんて所詮趣味だったし、プロになって活躍する自分なんて想像できない。

 まぁいいんだ、そんな昔のことは。ていうか文字稼ぎだし。

 

 そんなこんなで冬期講習でみんなが頑張ってる中、オレは一人バイトに明け暮れていたりする。

 選んだ大学のすぐそばにあるカフェ"空"。そこが今の働き口。

 部活に明け暮れていた時からちょくちょく顔を出して、店員とも名前で気軽に呼び合う仲になったころ、店長からバイトの誘いがあった。それが10月。

 そのころにはもう大学は決まっていたので、2つ返事でOK。

 見せの内装はモダンな今風の良くある喫茶店。絵が飾ってあったりもする。

 でも、一番の特徴はCDが置いてあるところ。

 どういうことかというと、インディーズのバンドや、付近のライブハウスで活動しているバンドのデモCDを委託販売しているんだとか。

 オレ個人としてはすばらしいシステムだと思う。やっぱりこういう風にしなきゃ、インディーズだったりデビューすらしていないバンドは世の中に出てくるのは難しいからな。

 

「いらっしゃいませー」

 というわけで、今日もオレはコーヒーを美味く淹れることに命を懸ける。

 この店はわかりにくい立地にあるがゆえ、コーヒーがホントに好きな人や、バンドマンくらいしか客がいない。

 その分みんな味にうるさいので、淹れる側としては責任重大だ。

「あ、どうもお久しぶりです、元気してましたか?」

 入ってきた客がよく来るバンドの人たちだったので、気さくに話しかける。ちなみに知り合ったのはバイトを始める前だ。

「ん~、ちょっと新曲が煮詰まってるかな。なぁ?」

「だな~、でもアレが完成したら結構なもんになると思うぜ?」

 と、世間話をしながらカウンター席に座り、「ブレンド3つ」と頼んでくるのもいつものこと。

 ここの店はブレンド・・・つまり普通のドリップコーヒーと、エスプレッソ・・・短時間でコーヒーの良い部分だけを抽出した濃いものの2つしか出さない。

 それで十分通の人には通じるのだとか。やはり店長はとんでもない才能の持ち主なのかもしれない。

「じゃぁ、出来たらCDにして持ってきてくださいよ、店でかけたいから」

「あぁ、出来たら一番にまずここにもってくるよ」

 こんなことを話しながら30分ほど談笑して、彼らは帰っていった。

 良い曲をたくさん作ってるバンドだから、有名になって欲しいって言うのがホントの気持ちだけど、有名になるとミーハーな輩どもがうるさいから、今のままでいて欲しいって言う気持ちもある。

 そんな二律背反も彼らにとっては贅沢な悩みらしく、日々の生活で手一杯だとか。

 まぁ、今の日本の音楽界はどうかしてるからな。なんでビジュアルだけであんなに売れるんだろうといつも考えてしまう。

 あぁ、いらいらしてきた。精神的なのはすぐ味に出るから気をつけなきゃいけないのに。

 自分で自分のコーヒーを淹れて少しクールダウン。やっぱりここで使ってる豆は美味い。

「うん、美味い」

「じゃないよ」

「うわっ」

 後ろに店長。

「今の分は天引きねー」

「それは泣ける。勘弁してくださいよ」

 いや、落ち着いて本来の味を取り戻すための試行錯誤なんだから業務の一部だ!

 と、説得したのだが効果はゼロだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そんなこんなで時間は過ぎていく。

 まぁ暇人なのでいつもフルタイムで入ってる。

 そんなことをしているとまぁ時間の感覚と言うものも薄れていくわけで。

 今何時だからそろそろ帰る準備をしなきゃいけないとか、そういう意識も希薄になっていくのは目に見えて明らかです、はい。

 今日も閉店の10時直前までマッタリとお客さんと駄弁ってるオレ。

 それを適当に流す店長。

 いやいいのか、こんな軽い労働条件で時給900円も貰って。

 まぁいいんだろうな。時給決めてるの店長だし。

 

 カラン・・・

 

「いらっしゃいませ~」

 と、いつもどおりの応対をついつい取ってしまう。そこでやっと時間に気付く。あれ、もう10時か。

「あのお客さん、スミマセン、もう閉店の時間なんですが」

「ドリップ」

 ・・・え?

「ドリップが飲みたい」

 ・・・あの?

「いや、閉店の時間なんでオーダーは出せないんですけども」

「閉店後に自分たちに入れるあれでもいいから飲みたいの」

 中々に強情なお客様だ。チラッと店長の方を向く。

「・・・」

 なんかメチャクチャ面白いジェスチャーをしてる。なにあれ。

「・・・わかりました、それでもいいんでしたら」

「ん、ありがと」

 そこでやっとお客さんから笑顔がこぼれた。

 中々にして端正な顔を持った女性客だ。ナンパな店員だったら口説きにかかるくらい、と言えば文章でも伝わるかな。

 この店はバンドで頑張ってる女の子もたくさん来る。そういう子たちもとても輝いてるんだけど、そう言った輝きとはまた違ったモノを持ってる、そんな感じだ。

「はい、ドリップ。熱いから気をつけて」

「ん、ありがと」

 さっきと同じセリフ。でもさっきよりも心がこもってる感じがする。

 いつも不思議に思うのが、この黒い液体がいつも来る人の心を溶かし、暖め、すっかりほぐしてしまうこと。

 なんでこの程度のものでここまでになるのか、と、いつも考えてしまう。

 そう思ったから、僕もこの店を出したんだよ、と店長は言ってた。オレにはまだわからないけど、いつかわかる日が来るのかな。。。

「おいしい・・・」

「まぁ、オレが淹れてますから」

「・・・自信過剰」

 口では毒を吐く彼女も、顔は微笑んでいる。ほら、溶かし暖めた。大成功だ。

「ご馳走様。美味しかったわ」

「いえいえ、こちらこそゆっくり味わっていただけて光栄ですよ」

 レジを開けながらの会話。これもこの店ならではのシーン。何をするにしてもゆっくりとした時が流れるのだ。

 流れる音楽は、時にジャズ、時にロック、時にどこぞの民謡、いつもとめどなく全く関係のないものがチョイスされるのに、流れる雰囲気は全然変わらない。

 店作りが巧いと言えばそれまでかもしれない。でもそれ以上に、なにか根本的なところでこの店は違うんじゃないかとも思う。

「名前聞いても良い?」

 そう聞かれる。この店で働いている以上、こういったことは珍しくない。

「神矢馨」

「・・・そう。良い名前。いつもこの店で?」

「まぁ大抵は」

「じゃぁ、私が来たときはあなたに淹れてもらう」

 ・・・と、こんなことも珍しくはない。オレが淹れるコーヒーは、やけに人気が高い。コーヒーの持つ"香り"を引き出すことに全神経を注いでることも功を奏してるのかもしれないけど、それでも味の方はまだまだなのに。

 まぁそれでも、うれしい申し出に変わりはない。

「それはありがたいです。次も是非オレが」

「うん、よろしく」

 そう言ってうれしそうに微笑んで、彼女は去っていった。

 ・・・結局名前聞きそびれたし。話し損か。

 でも、今日はなんだかいい日だったな。

「そうだね。さて片付けようか。もう閉店時間はとっくに過ぎてるよ」

「・・・店長、良い所で思いっきり場を壊しましたね」

「何の話かな?僕にはわからないよ」

「・・・」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 それから、彼女は毎日のように夜の9時ごろになってふらりと店にやってくるようになった。

 といっても、俺が入っていない日は来ても、

「そう、今日はいないんだ」

 と言って帰ってしまうらしいが。

 店長が、「この店って僕の店だよね・・・」と嘆いていたのが妙に面白かった。

 それから彼女はいつもブレンドを一杯頼んで、それをゆっくり時間をかけて最後まで飲み干し、レジでちょっと世間話をして帰っていくという日々を過ごした。

 もちろんそれが悪いなんて考えてないし、むしろ店側としては注文して行って、かつお金を落として行ってくれるのだからありがたいことこの上ない。

 オレが考えているのは、彼女の持つ空気。雰囲気というか、なんだろうな、口に出しにくい感情。

 そういうものが、普通の人のものとはちょっと違って感じられて。

 その点で、ちょっと惹かれてる。

 友達になれたら、きっと楽しいだろうな、とも思うし、友達になりたいとも思う。

 カラン・・・

 どうやら今日もおいでなすった様子。時間は午後9時。いつもどおり。

「いらっしゃい」

「うん」

 そしてカウンターの端っこの席――完全に指定席化してる――に座る。

「今日も?」

「もちろん」

 そんな他愛のない会話にも、最近はちょっと最初の頃にはない暖かいものを感じるようになってきた。

 これもこの店の生み出す力。見知らぬ人ともすぐに仲良く慣れるこの空気。それが、"仲間"を求めている音楽をやる人間たちをひきつける理由とも言える。

 

 

 

「え、じゃぁまだ高校生なんだ」

「正確には春から大学生。だから今高3」

「じゃぁオレと一緒じゃん」

 今初めて知った驚愕の新事実。なんと、彼女とオレは同じ年だった!

 しかも、どうやら進学先も同じK大学らしい。いや、偶然ってスゴイね☆

 ・・・いやいや。そんな話をしていたわけではなく。

「そっか。入学前に友達が出来て良かった。ほら、色々不安じゃない?新入生って何かと」

「あぁ、そうかも知れないな~。結構色んな人がいたりするらしいからな。友達と一緒にいれば絡まれたりとかなさそうだし」

 まぁ、こんな感じの話。どれだけ体面を取り繕っても、所詮まだ18歳の少年少女ということ。不安なものは不安なのだ。

 学部も一緒と言うことで、大学に入る前からそんな友人が出来るのは非常に心強いと言うのが総意だ。

「いやぁ、良かったね~。こんな身近に同じところに行く人がいてさ~」

 と彼女は言う。

 話してみてわかったのは、かなり自由奔放で明るい性格をしていること。まぁ高校生の分際で夜10時まで店に居座る時点で相当に自由に生きてるのは明らかだけど。

 あとは、あまり後先のことは考えない。今を生きるスタンスがその性格をより強めてる。

 まぁ、オレと似てるかな、っていう感じだ。

「さて、もう閉店だから、そろそろ店を出ようぜ~」

「ん~、わかった」

 と言って、素直に席を立つ。最初の頃はそれすら大変だったさ。なにしろ全く立ってくれないんだから。

「じゃ、また今度」

「おう」

 

 

 

 そして、気がつけば卒業式。もう高校も卒業するのかと思うと、別に感慨深くなるわけもないけど。

 それでも親しかった友人との必然的な別れは寂しいものを感じるところもある。

 ぶっちゃけていってしまえば高校はつまらなかった。唯一楽しかったのは、部活。それは断言できる。

 才能があったとかじゃないし、友人に恵まれたと言うわけでもない。それはちょっと寂しいけど。

 一番のめり込めた、というのが大きい。

 朝から晩まで良く飽きずに練習に集中できたものだと、いまさらながら自分の集中力にはビックリする。

 と、そんなことを考えていたら自然と卒業式も終わっていた。

 

 

 卒業式の後は軽く担任だったセンセーから話があって、卒業証書を貰って解散。友達が多いやつはそこで周りの人と話をしたりしているのだけど、察しの通り友人の少ないオレは即座に帰る。

 ちなみに部活の方の引継ぎやらキックアウトやらは全て終了している。

 で、どこに行くかと言えば、もちろん空しかない。

 飲みに?

 いやいや、働きに。

 間違っても苦学生じゃない。なにしろスカラシップ生だし。入学金しか払ってないし、オレ。

 ただ、なんとなく居づらいだけ。いまさらそんなところに行って何になる、と言う考えが先に来てしまう。

 そんなわけで働くと言う選択肢が卒業式当日にも頭の中にダントツ1位で浮かんでいるオレ。すでに納税者並に給料頂いてます。

「まぁ、そんな高校生がいてもいいじゃないか」

 という独り言。周りから見られた。恥ずかしいなコンチクショー。

 そんなことを考えている間に気付いたら既に店の前に着いている。やっぱり比較的好条件だよな、ここでバイトするのは。

 ドアを開けて、まっすぐに進むとカウンターと、その奥にキッチン、最奥にオフィスと言う配置になっている。

 まっすぐまっすぐ進んでオフィスに入る。そこで従業員は着替えたり休んだり色々するのだ。

「ちゃーす」

 と、(実は開店前なので全員揃っている)所に入っていって挨拶する。

「ホントに来ちゃったよ・・・。良いの?今日卒業式だったのに」

「まぁ、つるむやつも居ないんで。ひょっとしてオレは必要ない的な雰囲気ですか?」

「いやまぁ、ホントに来るとは思ってなかったからね?」

 いやまぁ、だいぶテキトーなオフィスですね、ここ。

 と、声を大にして言いたい。

 なら先に言えよ。

「ん~、じゃぁ店内でマッタリしてようかな。店長のおごりで」

「ちょっとまったなんか不穏当な声がきこえたね今これって店長いじめにならないのかな」

 なるわけないだろうが。

「いや、普通に自分の金で飲みますよ。そのくらいは持ち合わせてます」

 というか、実はここで稼ぎ出したお金は実は1円も引き出してない。なので、銀行口座には46万円ほどの残高があったりする。給料分だけで。

「ならいいんだけどね」

 結局、自分の金で飲む事になった。まぁ、その価値は十分にあるわけだけど。

 

 

 

 まぁついでに言うなら、ここからが本当のオレの人生のスタートライン。

 高校の卒業って言うのはとっても大きいイベントだったみたいだ。

 さて、そろそろその運命の時を運んできてくれる女の子が来る・・・はず。


 
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