No.1093048

転生したのは悪役令嬢だけではないようです

せんぽーさん

 公爵令嬢ルーシー・ラザフォード。
 彼女は8歳の頃、自分が転生者であることに気づいた。
 自身がプレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢に転生したルーシーはゲームのシナリオを崩すため、動き始める。

 しかし、何も変わらなかった。

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2022-05-29 19:47:35 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:352   閲覧ユーザー数:352

 
 

【1 プロローグ:中指を立てる悪役令嬢】

 

 

 

 窓際で庭を眺める1人の少女。

 銀髪の彼女は物憂げな表情を浮かべ、じっと外を見ていた。

 しかし、ただ庭を見ていたわけではない。

 

 庭を歩く2人の男女をじっと見つめていたのだ。

 

 ――――――――彼らに向かって中指を立てて。

 

 「ルーシー、なぜ中指を立ててるの?」

 「…………なんとなくよ」

 

 背後にいる黒髪の少年が彼女に話しかける。

 しかし、少女ルーシーは後ろを振り向きもしない。

 ただただ窓の外を見つめていた。

 

 「えっと、ルーシー?」

 「…………」

 

 そんな彼女の様子に、少年は苦笑い。

 

 部屋にいるのはルーシーとその少年の2人――だけではない。

 

 椅子に座り、ルーシーを見つめる男女3人。

 彼らもまた彼女を見守っていた。

 彼ら4人はルーシーに聞こえないよう、小さな声で話し始める。

 

 「ルーシー、最近元気がないね」

 「そりゃあ、そうでしょう。婚約者が平民の女に取られているのよ。普通に考えれば、嫌になるわ」

 「そうだが、ゲームのシナリオ通りではある」

 

 紺色髪の少年がそういうと、3人は黙り込む。

 彼らは学校入学までにも、ルーシーの幸せのために全力を尽くしてきたつもりだった。

 

 ルーシーがあの王子と結ばれるか、それとも彼らがルーシーの新たなパートナーとなるか。

 だが、現実はあの2人がひっつき、ルーシーは1人に。

 誰もルーシーのパートナーとはなれていなかった。

 

 なぜか、こうなってしまったのである。

 シナリオとは全く違う動きをしているのにも関わらず、だ。

 

 彼らの間に沈黙が続いていたが、ルーシーと同じ髪色、銀髪の少年が小声で話し始めた。

 

 「………………姉さんが中指を立ててるのって、もしかして、2人対して?」

 「そうだろうね。なんで中指を立てる意味を知っているのかはなぞだけど」

 「ゲームの設定じゃないかしら?」

 「え、そんなことも設定されているの?」

 「じゃあ、なんでこんな中世ヨーロッパ風の世界に魔法があるのよ。普通はないでしょ、魔法なんて」

 

 赤毛の少女が目を細めていうと、紺色髪の少年がゆっくりと頷き、

 

 「……………………ゲームの設定だな」

 

 と呟いた。

 普通の人なら、『なぜファックサインが乙女ゲームに設定されているのか』という疑問が浮かび上がることだろう。

 しかし、彼らに疑問が生まれることはない。

 実際彼らはそんなことどうでもよかった。

 

 今彼らにとって問題なのは『ルーシーの元気がない』ことだからである。

 

 立っていた黒髪少年だが、彼は近くの椅子に座った。

 そして、ルーシーに聞こえないようまた小さな声で話し始める。

 

 「それにしても、ルーシーは何もしないね。ゲームのルーシーなら、とっくにヒロインへの攻撃を始めていると思うけれど」

 「確かに」

 

 座ってもなお、黒髪少年の瞳はルーシーの後ろ姿をはっきりとらえていた。

 ……………………ストーカー並みにじっと見つめていた。

 

 「今回は僕たちがいるから、動いていないのかもしれないな」

 

 いや、黒髪少年だけではない。

 他の3人も今にもルーシーを食いつきそうなぐらいに見つめていた。

 何も知らない人がこの光景を見れば、すぐにでもルーシーを保護するだろう。

 

 そんな変態染みた瞳をしている彼らは――――――乙女ゲームの主要キャラクターたち。

 

 そして、彼らから変態的な目で見られているとは知らず、窓際で黄昏ている銀髪の少女。

 彼女の名前はルーシー・ラザフォード。

 

 乙女ゲームの悪役令嬢であった。

 

 【2 運なんてなかった】

 

 

 

 私、ルーシー・ラザフォードが8歳の時。

 ようやく彼女の願いの1つが叶った。

 それは第2王子に会うこと。

 

 ずっとずっと憧れていた王子様。

 特に第2王子とは自分と同い年であり、婚約の可能性も公爵家の人間である私には十分にあった。

 

 どうしても彼に会いたかった私は公爵である父に何度もお願いし、ようやく会わしてもらうことができたのである。

 可愛い娘の願いだから聞いてもらえることができたのだろう。

 

 そして、私はお父様と一緒に王城へ。

 部屋に案内されるなり、彼がやってきた。

 

 第2王子ライアンはあまりにも美しく、誰もが一目惚れしてしまうぐらいに美形であった。

 

 数か月後、どうのこうのあって、私は第2王子と婚約することに。

 

 婚約で舞い上がった私は何度も何度も王子に会いに行った。

 そして、ずっーと付きまとい、私は王子を拘束していた。

 好きでもないやつにそんなことをされたら、嫌に決まっている。

 

 想像力に掛ける私はそんなことは考えることはなかった。

 ある日、私はいつものようにライアン王子に付きまとい、2人で散歩をしていた。

 

 「殿下、今日はいつも以上に静かですね。お元気がないのですか――――――」

 

 そう声を掛けると、王子はぴたりと足を止める。

 私も立ち止まり、彼の顔を覗いた。

 そこにあったのはいらだった王子の顔。

 そして、彼と目が合った。

 

 「あ――――――――――――」

 

 その瞬間、私の脳内に電撃が走る。

 

 「あ、ああ―――――」

 

 殿下のこちらに向ける瞳。それはそれは冷たいものだった。

 そして、全てを思い出した。

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 その時、思い出したのは前世での記憶。

 それはろくなものではなかった。

 

 前世での名前は|夜久《やく》|月魅《つきみ》。

 

 夜久月魅はとことん男運がなかった。

 付き合う相手はダメ男ばかり。

 別れる原因はいつだって彼氏の浮気だった。

 

 別れるのが10回目になると、友人には『あんたダメ男ばっかり捕まえているじゃない』とバカにされる始末。

 

 だけど、私は諦めなかった。

 次こそはと、出会いがあれば付き合い始める。

 が、結局ダメ男。

 

 このままじゃ、まともな人との結婚が無理だと思うようになっていた。

 いっそのこと一生1人身でもいいかなとも考え始めていた。

 

 そんな時、彼が現れた。 

 25歳になって間もないころだったと思う。

 仕事帰りに私は何を思ったのかゲーセンに1人で寄った。

 

 その時の私はとにかく踊りたかったのだと思う。

 素人ながらにダンスゲームをしていたのだけれど、そこに彼が現れた。

 彼も仕事帰りだったようで、スーツ姿で踊っていた。

 

 そして、何度も会うようになり、付き合い始めた。

 

 彼とは何より価値観が合うし、デートしても楽しい。顔もスタイルもよく、私にとっては良物件だった。

 そうして、彼と付き合い始めて半年が経つと、同棲をしようと話になった。

 

 今まで同棲なんて話は出たことがなかった。そんな話になる前に浮気が発覚し、別れるからだ。

 休みと聞いていたので、彼の家に行こうとした時。

 

 彼が他の女といちゃついているのを見つけてしまった。

 最初は後輩の子かもしれないと観察していたが、外見からどう見ても違うと判断。

 あんなけばけばしい子が後輩なんて思えない。

 

 私は背後から2人にゆっくりと近づき、声を掛ける。

 

 「ねぇ、その子誰?」

 「月魅に………………」

 

 突然現れた私に動揺する彼。

 

 「ねぇ、その子誰だって聞いているの」

 「このおばさんだれぇ~」

 

 私の彼氏にくっついていた女がそう言ってきた。

 は?

 私がおばさん?

 あんたの方がおばさんに見えるだけど。

 

 「ねぇ、その女誰だって言ってるの」

 

 しかし、彼は何も答えてくれず。

 そして、私に背を向け。

 

 「どこの人か知らないけれど、きっと人違いだから。だから、早くどっか行ってくれないか?」

 

 と言ってきた。

 どこの人か知らないですって?

 ふざけないでよ。

 昨日会ったじゃない。 

 

 「気色悪いんだよ、おばさん」

 

 と彼は付け加え、私を睨む。

 

 冷たい視線。

 人生の中で一番鋭く刺さる視線を向けられた。

 

 え?

 同棲の話もしたよね?

 どこに住みたいか話し合ったじゃない。

 

 なんで、なんで、なんで――――――――――――。

 

 「な゛んでよ!?」

 

 私は2人に飛びかかる。

 そこから始まったのは取っ組み合い。

 女の髪をひっぱり、彼を平手打ち。

 痛みのあまり女は奇声を放つ。

 

 そのせいかは知らない。

 周囲の人たちが騒ぎ始めたが、そんなの気にしていられなかった。

 

 私と一緒になってくれるって言ったじゃない!

 

 「放してくれっ!」

 

 彼はそう言って、私を突き飛ばす。

 私は橋の手すりに寄りかかろうとするも、その手すりはガタッと音を鳴らし、そして、壊れた。

 

 ――――――――――――手すりが壊れた? あれ?

 

 私の体は川の方へ投げ出される。

 

 男運だけじゃない。

 そもそも私には運なんてなかったのだ。

 

 そして、私は川に頭から落ちて死んだ。

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 ――――――――――――というのが前の人生の終わり。

 

 そう。

 途中退場みたいな終わり方、最悪な最期だった。

 前世の私、なんてみじめなの。

 

 口をポカーンと開けたまま、私はフリーズ。驚きのあまりにいつの間にか座り込んでいた。

 王子はまだこちらにあの鋭い瞳を向けていた。

 

 私、死ぬ前にこんな瞳を向けられたんだ。

 

 「あぁ……………………」

 

 弱々しい声が自分の口から漏れ、硬直してしまう。

 

 私は、私は、転生したのね。

 このルーシー・ラザフォードという少女に。

 

 ルーシー・ラザフォードって…………名前を聞いたことがあると思ったら、あの乙女ゲームの悪役令嬢じゃない。

 国外追放か、死ぬかの2択しかない悪役令嬢じゃない。

 

 いつかプレイした乙女ゲーム「Twin Flame」

 一番と言っていいほど、ドハマりしたゲームだった。

 

 私はゆっくりと立ち上がる。そして、両手を広げた。

 もはや、私の頭はパンク。キャパオーバーだった。

 

 「アハハ!」

 

 そして、狂ったように笑い始めていた。

 王子は目を見開き、私を鎮めようと何か話しかけていた。

 

 悪役令嬢の私は死ぬんだわ!

 また、私は死ぬんだわ!

 

 「アハハ!」

 

 そうして、興奮のあまりハイになった私は意識を失い、パタリと倒れた。

 

 【3 婚約指輪を捨てよう】

 

 

 前世の記憶を思い出し、王城で気絶した私。

 すぐに家に帰ったわけだが、一日が過ぎ考えたことがある。

 

 悪役令嬢に転生したとはいえ、まだ死ぬとは確定したわけではない、と。

 

 こうして、私には前世の記憶があるわけだし、乙女ゲームのシナリオもちゃんと覚えてる。

 それに悪役令嬢系の小説にあった、悪役令嬢の主人公がバッドエンドを回避するってやつ。

 それをすればいいじゃない?

 

 まぁ、私はあの王子と婚約をしてしまったわけだけど。

 でもゲーム通りにならないように動くことはできるでしょ?

 うまくいけば、ゲームが開始する学園入学までには婚約破棄ができるんじゃない?

 

 私は拳を作り、ぎゅっと握る。

 

 うん。

 きっと、追放も死も回避できる。

 だって、私はどうなるかシナリオを知っているもの。

 

 昨日の絶望感から一転、ルンルン気分の私はベッドから起き上がり、窓を開ける。

 ああ、なんていい天気。

 まるで私の転生を祝福してくれているかのように太陽は輝いていた。

 

 前世は最悪の終わり方だったけれど、今回の人生はそうじゃない!

 

 すると、部屋の扉が勢いよく開いた。

 入ってきたのは侍女のイザベラ。

 彼女はいつになく焦った顔を浮かべていた。

 

 「おはよう、イザベラ。そんなに急いでどうしたの?」 

 「お嬢様、おはようございます…………と言ってももうお昼に近いのですが。まぁ、それはどうでもよくて、大変です。お嬢様」

 「何が大変なの?」

 「第2王子のライアン殿下がいらっしゃいました」

 「へぇ………そうなの」

 

 と返事をして、外を眺める。

 今日は本当にいい天気なのだから、散歩でもしようかな。

 

 「お嬢様! 『へぇ…………そうなの』ではございません! 殿下がいらっしゃっているんですよ! さぁ、早くお支度を」

 「えぇ――――――」

 

 だるいぃ。

 

 とか思いながらも、イザベラに促され、結局支度する私。

 そして、王子がいる応接間へ向かった。

 部屋に入ると、ソファに座っていたのはあの美少年王子様。

 私は彼に挨拶をし、頭を下げた。

 

 「遅れて申し訳ありません、殿下」

 「うん、気にしないで。それよりも体調は大丈夫?」

 「はい。この通り一眠りして、元気に戻りました。先日は申し訳ございませんでした」

 「うん、そのことも気にしなくていいよ」

 

 そう言われ、私は向かいのソファに座る。

 それから、私と王子で他愛ないをし始めた。

 本当に内容に中身がなくて、正直つまらなかった。

 

 そんな会話の中でだが、ライアンは私を好いていないことは分かった。

 ………………ふむ。

 一か八かで、婚約破棄の話を出してみようか。

 もしかしたら、OKもらえるかもしれない。

 

 私は恐る恐るライアンに言ってみる。

 

 「あの殿下にお願いがあるのですが」

 「お願い?」

 「はい。その私との婚約を破棄していただけませんか」

 

 私がそう言うと、笑顔だった彼の表情は真顔に変わっていく。

 

 「へぇ…………」

 「失礼も承知なのですが…………」

 

 すると、ライアンは立ち上がり、窓の方へ向かう。

 

 「君から婚約がしたいと言ってきた。僕はただそれを受けただけ。なのに、今は破棄をしてほしい? 婚約して1年も経っていないというのに? 他に思いの人でもできた?」

 「…………いいえ。そのような方はいません」

 「そうかい。まぁ、別に君に思いの人ができたから、いけないってわけではないよ。正直、僕は君に対して一切好意を抱いていない」

 「なら…………」

 

 「だが、僕は君との婚約を破棄しない。絶対にしない」

 

 「しかし、殿下は私のことは好きではないと…………」

 「そうさ。僕は君のことなんて好きじゃない。全然好きじゃない。でも、僕に近寄ってくる令嬢がうんざりでね」

 

 ライアンは私の前に立つと、顔をぐっと近づけてくる。

 こちらに向ける瞳は人形かのように冷たかった。

 

 「君は僕の令嬢除けになってもらう。ラザフォード家は王族とのラインができるわけだし、僕らにとってはいいことばかりだろう?」 

 

 彼は私の両手を取ると、左手の薬指に付けられた指輪に触れた。

 

 「だから、この指輪を大切にしてね」

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 それから、私は婚約破棄ができないかいろいろ試した。

 例えば、私を婚約者にするのが耐えられなくなるように、お下品な令嬢を演じたり、前世の記憶を思い出す前のように王子にしつこく付きまとったり。

 

 とにかく、王子が嫌がることをいっぱいした。

 婚約破棄のために。

 

 だが、全て効果はなかった。

 いつもライアンは同じ笑みを浮かべていた。

 まるでいつも笑顔の仮面をつけているみたいに。

 

 だからといって、私も諦めなかった。

 だって、前世みたいに醜い死に方はしたくないもの。

 ちゃんと生きていたいもの。

 

 どの世界でもみんな、死ぬのは嫌でしょう?

 

 それから、婚約破棄の計画を見直し、ライアンが私のことを好きになってもらえるよう努力した。

 可憐で気品のある令嬢になるため、勉学、ダンス、剣術…………さまざなことに挑戦した。

 

 しかし、ライアンは一度もこっちに振り向いてくれることはなかった。

 ただ、私に冷たい仮面のような笑みを浮かべるだけ。

 それ以上は何もなかった。

 

 そんな日々が1年続きそうになったある日。

 夜になり、暗くなった自分の部屋に、私は1人窓際で自分の手を眺めていた。

 

 左手の薬指にはめられた指輪。

 それはそれはシンプルな婚約指輪。

 

 「これがなくなれば、婚約もなかったことになるのかな?」

 

 この婚約指輪は婚約の証。

 それがなくなれば、婚約はどうなる?

 

 『婚約指輪なくなっちゃったので、殿下と私の婚約はなかったことになりますね』

 

 そんな単純な話があるとは思えないけれど、やってみる価値はある。

 私は決意し、部屋を出る。

 そして、夜の庭へ向かうと、私は指にはめていた指輪を取り、それを池に向かって投げ捨てた。

 

 【4 運命が決まるその日まで】

 

 

 「殿下。私、婚約指輪をなくしました」

 「え?」

 

 指輪を投げ捨てた次の日のこと。

 その日は王城に向かい、ライアンに顔を出すことになっていた。

 そして、私はライアンとお茶を飲んでいたわけだが。

 

 ライアンは突然の話に動揺。

 ふーん。こんな人でも動揺するんだ。

 

 「本当に申し訳ございません…………婚約の証であった指輪が無くなったので、殿下と私の婚約はなかったことに」

 「いや、破棄はしないよ」

 「え?」

 

 下げていた頭を上げる。

 

 「確かに、あの指輪は婚約の証だけれど、それを失くしたからといって大した問題にはならないよ。指輪なんて作りなおせばいいしね」

 

 と言って、ライアンはこちらに微笑みかけてくる。その微笑みは心の底からのものではなかった。

 

 「こんなことで、婚約を破棄できると思ってるの? …………ああ、ここ1年様子がおかしかったのはそのせいか」 

 

 すると、私の侍女であるイザベラが部屋に入ってきた。

 何事かしら?

 私が首を傾げていると、イザベラは焦りながらも丁寧にお辞儀をした。

 

 「失礼いたします。あの……ルーシー様の指輪ですが、見つかったようでして」

 「え? どこにあったの?」

 「それがどうも食堂にあったようでして。私も伝達を受けただけですので、はっきりしたことは分かりませんが、猫がくわえていたようです」

 

 猫がくわえていた?

 池に捨てた指輪が?

 

 「そんなはずない。私、ちゃんと池に捨てて…………」

 

 その時、私は失言したことにすぐ気が付いた。

 ゆっくりと彼の方を見る。

 

 「池に捨てた?」

 

 鋭い彼の瞳がこちらに向く。

 私は『アハハ…………』と苦笑い。

 もう何も言えなくなっていた。

 

 「まぁ、でもよかったね、ルーシー。指輪が見つかって」

 「はい……………………」

 

 ライアンは私の両手を握る。そして、左手の薬指に触れた。

 

 「いくら捨てたってだめだよ。この指輪は絶対に君のところに帰ってくるからね」

 

 その時、私の手元に婚約指輪はなかったけれど、すでに自分のところに戻ってきているような気がした。

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 私は婚約指輪を池に捨ててからも、指輪を捨てた。

 家の近くじゃなくて、ずっと遠くに。

 街にこっそり出かけて、そこで指輪を落とすとか。

 

 かなり深いと言われる池に投げ捨てるとか。

 闇市場で売って国外へ出すとか。

 

 どんな方法でも、チャレンジした。

 結構危ないこともした。

 

 だけど、その努力を一掃するかのように、全て1日以内に私の元に返ってきた。

 

 「なんで? なんで?」

 

 憎い指輪を受け取った私は夜の廊下に立ちつくし、指輪を見つめる。

 くるくると指輪を手のひらで転がす。

 すると、指輪の内側には『∞』という記号が彫られているのを見つけた。

 

 なにが|∞《永遠》よ。

 結局ヒロインちゃんと結ばれるくせに。

 

 どうせ戻ってくると分かっていたが、私はまた窓から指輪を投げた。

 ポイって感じではなく、いら立ちをこめて思いっきり投げる。

 

 こんなもの、遠くに消えてしまえばいいのよ。

 私の目の前から消えてしまえばいいのよ。

 

 月の光に照らされて、投げた指輪が星のようにキラリと光る。

 そして、その指輪は手のひらに落ちた。

 

 そこに立っていた子どもの手のひらに。

 

 「え?」

 

 指輪をキャッチした1人の子ども。

 その子はラザフォード家の庭で1人立っていた。

 あの子、誰…………?

 

 子どもは灰色のようなフード付きコートを着ていた。

 夜で暗く、その子の姿はよく見えず、男の子なのか女の子か分からない。

 好奇心が大きくなった私はじっと見つめていると、その子と目があった。

 すると、その子はニコリと笑った。

 

 何か、言ってる?

 

 その子は何か言っているようで口をパクパクさせていたが、私の元まで声が届くことはなく。

 そして、一時して去っていた。

 

 近くに住む子がラザフォードの庭に迷い込んだのかしら?

 ――――――あ、てか、指輪持っていかれた。

 

 後で侍女たちに聞いてみたところ、そんな子は近所に住んでいないとのこと。

 その子のことを話すと、侍女たちは幽霊を見たんじゃないかと言って、怯えていた。

 

 馬鹿馬鹿しい。

 幽霊なわけないでしょ?

 あれはきっと人間だわ。

 

 私はふと考え、あの子どもを見た窓に寄る。

 でも、あれきっりあの子どもは現れていない。

 もしかしたら、幽霊だった?

 

 ―――――まさかね。

 

 そして、あの子どもが指輪を奪っていってから、1週間経っても私の前にあの指輪が現れることはなかった。

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 「殿下、1週間前に指輪を失くしまして…………」

 

 王城に向かい、ライアンとともにお茶をしていた私は告白した。

 これで婚約破棄になるんじゃ?

 だって、婚約指輪を失くしたんだよ? 

 

 シンプルだけど、あの高価そうな指輪を。

 

 そんなものを失くす人は王子の婚約者になるべきじゃないでしょ?

 

 「君の元に指輪は戻っていないの?」

 

 ライアンは冷たい声で、でも、どこか不思議そうに尋ねてきた。

 

 「はい…………残念ながら」

 

 そして、私は本当に残念そうに答えた。

 すると、ライアンは大きなため息をついた。

 

 よし、よし。

 この感じだと、婚約破棄になるんじゃない?

 

 微動だにしなかったライアンだが、小さくうなずくと、執事を呼び。

 

 「オリバー。新しい婚約指輪を用意して」

 

 と言った。

 当然執事は困惑。

 想定していたが、新しいものを用意することはないと思っていた私も困惑。

 信じられないとでも言いたげな顔を浮かべるおじいちゃん執事。

 彼は確認するかのように、ライアンに尋ねなおした。

 

 「…………婚約指輪をですか?」

 「うん。そう」

 「承知いたしました」

 

 そう返事をすると、すぐに執事は部屋を去っていた。

 新しい婚約指輪?

 うそでしょ?

 

 「ルーシー。今すぐに新しい指輪を用意できなくて悪いね」

 「…………いえ」

 「前の指輪が返ってくるまで、新しい指輪をつけていてね」

 

 数日後。

 ラザフォード家に新しい婚約指輪が届いた。

 失くしたことを黙っていた私はお母様にこっぴどく叱られ。

 結局私の左手の薬指には婚約指輪がはめられた。

 

 はぁ、物が変わったとはいえ、元通りってわけね。

 

 『いくら捨てたってだめだよ。この指輪は絶対に君のところに帰ってくるからね』

 

 そんなライアンの言葉を思い出す。そして、考え始める。

 この先何しても抵抗しようとしても、私はゲーム通りになるんじゃないか、と。

 

 転生したばかりの頃のように、将来に希望が持てない。

 絶望しか見えない。

 

 「はぁ……………………」

 

 自室で1人の私は大きなため息をつく。

 

 もう諦めよう。

 ライアンとの婚約をどうにかすることも。

 ライアンをこちらに振り向かせることも。

 

 そして、こうしよう。

 限りある時間の中で、流れるままに生きると。

 

 分かってる。

 この感じだと、ゲーム通りになる。

 よければ国外追放。最悪であれば死亡。

 

 ――――――――――――私はそれを受け入れよう。

 そう決意した日から私は、自由気まま生きることにした。

 何も考えず、したいことする。

 

 私の運命が決まるその日まで。

 

 しかし、前の指輪は私の元に帰ってくることはなかった。

 

 【5 公爵家の子息様】

 

 

 

 入学前のまでの婚約破棄を諦めて、数日が経ったある日のこと。

 私のところに1通の手紙がきた。

 差出人はカイル・アッシュバーナム。

 

 公爵家アッシュバーナムの子息からだった。

 

 カイル?

 もしかして、攻略対象者のあのカイル?

 

 差出人を確認すると、確かに私の名前が書かれてあった。

 間違いではない……………………なぜ私のようなところにカイルの手紙が?

 

 私の記憶が正しければ、ルーシーとカイルが初めて会うのはライアンや彼の兄弟が主催するお茶会。

 決して仲はよくはなく、ただ挨拶だけする程度の関係だった。

 

 まぁ、せっかくカイルから手紙を送ってくれたのだし、1回読んでみよう。

 私はナイフを使い、封筒を開封する。

 封筒の中には数枚の紙が入っていた。

 

 うん。

 なんか長そうな手紙だわ……………………。

 その手紙だが、こう書かれてあった。

 

 『初めてまして。ラザフォード家のご令嬢、ルーシー様。急なお手紙ですが、失礼いたします―――』

 

 て感じで、他愛のない文章が続いていた。

 が、ある一文が私の目に留まる。

 

 『突然ではありますが、ルーシー様のところへお訪ねしてもよろしいでしょうか?』

 

 え?

 私のところに?

 

 様々な疑問を浮かべながらも、私は先を読み進める。

 しかし、会いたい理由は特に書かれておらず、ただただひたすらに会いたいのだと書かれてあった。

 

 こちらも断る理由がないため、私は会うことを了承する手紙を出した。

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 カイルに手紙を出して数日後。

 彼はさっそくラザフォード家にやってきた。

 

 「こんにちは、ルーシー様」

 「こんにちは、アシュバーナム様」

 

 挨拶を交わした瞬間、爽やかな風が吹き、カイルの髪をなびかせる。

 艶やかな黒髪。

 そして、快晴の空のように透き通った水色の瞳。

 カイルはいかにも乙女ゲームの攻略対象者という感じであった。

 

 本当に綺麗だわ……………………。

 

 でも、随分と幼さがある。

 回想シーンでしか見たことがなかったけれど、幼少期のカイルはとっても可愛らしいかった。

 ヒロインちゃんの前に現れる時は、もっとこう大人っぽかったから、これから成長期を迎えるのかしら。

 

 そうして、私たちは散歩するため、庭へと出る。

 ラザフォード家の庭は恐ろしく広く、1時間散歩しても回り切れない。

 前世のもので表現するなら、学校の敷地ぐらいはあるのではないだろうか。

 ってぐらい広かった。

 

 私とカイルは話しながら、庭の中を歩いていく。

 

 「アッシュバーナム様」

 「なんでしょう、ルーシー様」

 「あなたの魔法を見せてくれませんか?」

 

 と頼んでみた。

 ゲームの中で見たカイルの魔法。

 それはそれは美しい物だった。

 

 ゲームであんなに美しかったのだから、リアルでは多分もっときれい。

 そして、私は少ししか魔法を使えない。全部の属性使えるけど、ほんのちょっと。

 魔法を使っても『え? 君、魔法使ったの? 今?』と言われても仕方ないレベルだった。

 

 だから、カイルの凄い魔法を一度生で見たかったよね。

 すると、カイルは私のお願いを二つ返事で了承。

 少し広いところに出ると、カイルは構え始めた。

 私はというと、少し離れた場所で見守る。

 

 「行きますよ」

 

 私はコクリと頷く。カイルはニコリと笑い、魔法を展開し始めた。

 そして、彼の前に現れたもの――――それは氷の彫刻。

 妖精が舞っている彫刻だった。

 

 カイルはどうぞと言わんばかりに、彫刻の方へ手を指し示す。

 好奇心でいっぱいの私はその彫刻に近づいた。

 

 「うわぁ…………」

 

 なんて綺麗なの。

 微笑む妖精は太陽の光に照らされ、キラキラと輝いている。

 思わず私はそれに向かって手を伸ばした。

 

 その瞬間、その彫刻はパリンと割れ。

 

 「綺麗…………」

 

 氷の結晶が舞う。

 晴れた日に見る氷の結晶。

 それは異様な世界だった。でも、美しかった。

 こんな綺麗な世界見たことがない。

 

 私は笑っていた。

 そして、勝手に踊り出していた。まるで子どもの頃に戻ったように。

 

 ――――――――――――この世界って綺麗なところもあるのね。

 

 「ウフフ、楽しんでもらえてよかったです」

 「あ」

 

 踊る私を見て、彼はニコリと微笑んでいた。

 …………うーん。

 10歳の男の子に笑われて、ちょっとなんか恥ずかしい。

 

 「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」

 「いいえ、大丈夫ですよ」 

 「か、かなり歩きましたし、お茶にしましょうか」

 「そうですね」

 

 そして、私たちは庭でお茶をすることになった。

 なったのだが。

 

 …………はて、どうしたものか。

 カイルは私と会うなりニコニコ笑顔になり、キラキラした目でこちらをずっと見ていた。

 

 まるで、私が物珍しいかのように。

 私、宝石じゃないんだけど。珍しい動物でもないんだけど。

 そんなカイルの背後にいた執事。彼もまたどこかソワソワしていた。

 

 「僕はルーシー様にあるお話をしたくて、参りました」

 

 だよね。何も目的がないのなら、私みたいなやつに会いには来ないでしょうね。

 

 「えーと、それはなんでしょう?」

 

 でも、一体何の用だろう?

 |悪役令嬢《この私》と友人になりたいとか?

 そんなわけないか。

 

 「突然の話ではありますが、僕と婚約してください!」

 「え?」

 

 こ、こんやく?

 カイルと婚約?

 

 私は驚きのあまり、『あ、あ…………』と呟くだけ。頭がぐちゃぐちゃで自分の言葉が出てこなかった。

 

 それは、それは嬉しいのだけれど。

 

 「申し訳ございません。私、あの、殿下と婚約しているんです…………」

 「え?」

 

 私の返事にカイルはフリーズ。

 そして、彼の顔は徐々に絶望へと変わっていく。

 

 「そんなバカな。まだ、9歳なのに」

 「アシュバーナム様も9歳ですよ?」

 「いや、そうなんだけど……………………」

 

 なにやら、ショックを受けたカイルは顔を俯かせ、ずっと横に首を振っていた。

 私もライアンとの婚約を破棄できれば、カイルと婚約をしたいわ。

 だって、カイルが私の推しだったもの。

 

 乙女ゲームのプレイしていた以前の私はどの攻略対象者は好きだった。

 もちろん、ライアンも。

 しかし、一番推していたのは他でもないカイル。 

 

 まぁ、今のカイルは子どもで、こっちは二十を超えた大人。

 子どもだし、もうカイル相手に恋することはないだろう。

 すると、さっきからソワソワしていたカイルの執事が言ってきた。

 

 「カイル様。私は何度もお伝えしましたよ。ルーシー様は殿下と婚約なさっていると」

 「そ、そんなはずない!」

 「ルーシー様の左手を見てください。アレがどういう意味を示すのかお分かりでしょう?」

 「そんな、そんなはずは…………」

 

 カイルは私の左の薬指にある指輪を見つめる。

 そして、小さな声で尋ねてきた。

 

 「ルーシー様、殿下との婚約は本当に本当なのですか…………」

 「はい…………申し訳ございません」

 

 そう答えると、またしょぼんとするカイル。

 私、別に悪くないのについ謝ってしまった。

 でも、こうして悲し気にされると、なんだか申し訳ない気持ちになるなぁ。

 

 カイルとはいつか敵対関係に近いものになる。

 それでも推しと仲良くしておくのはいいんじゃないのか?

 

 「カイル様、婚約はお受けできませんが…………その、私の友人になっていただけませんか?」

 「え?」

 「私にはそんなに友人がいません。こうして、カイル様にお会いできたので、よければでいいんです、友人になっていただけませんか? あ、もしカイル様が嫌と――」

 「はい! 友人になりましょう!」

 

 そう言うと、カイルは席を立ち、私の手を取る。

 

 「僕はルーシー様の友人になりましょう!」

 

 宣言するカイル。

 こちらに向ける彼の瞳はその日の中で一番輝いていた。

 

 ――――――――――――ああ。

 私が悪役令嬢じゃなくて、あの王子と婚約していなかったら、彼の婚約を受けるのに。

 でも、きっとこの世界はゲーム通りになる。

 私の終わりは追放か、死になる。

 

 きっとそう。

 

 私はカイルに対して、ニコリと微笑む。

 その瞬間、ぶわっと風が吹く。

 彼の瞳は上の空と同じように美しい空色。

 その瞳は私に希望を与えてくれそうに見えた。

 

 いくら希望を与えてくれたって、きっとゲーム通りになる。

 ………………きっとそうだから。

 

 だから、運命の日まで、カイルと日々を楽しもう。

 

 【6 カイル視点:僕の推しに出会うまで】

 

 

 

 僕の名前はカイル・アッシュバーナム。

 転生者である。

 

 そのことに気づいたのは9歳の時。

 突如、前世の記憶を思い出したのだ。

 

 その前世の記憶はこんな感じだった。

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 前世での僕は死ぬ前は高校生だった。

 そして、双子の妹|瀬奈《せな》と|瀬楽《せら》がいた。

 その妹たちはまぁいわゆる隠れヲタク。

 彼女たちは家に帰ってくるなりすぐにゲームをしていた。

 

 彼女たちがしていたゲームは乙女ゲーム。

 僕がいようが、両親がいようが、気にすることなくリビングで乙ゲーをしまくっていた。

 本人たちが楽しいのなら、僕は構わないんだけどね。

 

 ただ父さんが嫌そうにしていたからさ。

 止めてあげて、と何度か思ったことはある。

 でも、僕はそのプレイを見ている分は面白かったし、決して嫌ではなかった。

 

 自分がプレイすることはなかったけど。

 そして、そのうち妹たちは兄である僕に乙ゲーを進めてくるようになった。

 

 「僕が乙女ゲームを? 僕、男だけど?」

 「最近じゃ、男子も乙女ゲームするよ?」

 「そうそう。私たちのクラスにそういう男子いるし」

 「お兄もやってみてよ。案外ハマると思うよ?」

 「えー…………じゃあ、やってみようかな」

 

 僕は妹たちの圧に押され、その乙ゲーをすることに。

 そして、妹たちの言う通りハマってしまった。

 

 もちろん、推しもできたのだけれど、その推しのグッズはでることはなく。

 妹たちに気づかれないよう、こっそり自分でグッズを作り始めるまで、ハマり。

 自分も妹たちと同じように、立派な隠れヲタクとなっていた。

 

 だが、友達に乙ゲー好きという勇気はなかった。

 

 そして、休みの日。

 その乙ゲーをプレイしていると、妹たちが寄ってきて。

 

 「お兄、まんまとこのゲームにハマってるね」

 「ほんとにそれ。やっぱり、私たちのお兄だわ」

 「ところで、お兄。いろんな何周もしているみたいだけど、誰か推しでもいるの? 」

 「それとも箱推し?」

 

 と交互に聞いてきた。

 

 「えーと、箱推しではないよ」

 「「じゃあ、誰?」」

 

 詰め寄ってくる妹たち。

 僕の推しを言っても、笑われないだろうか。

 いや、僕の妹たちだ。笑うことはないだろう。

 

 ――――――――――――まぁ、ただ文句を言ってくるだろうが。

 

 「僕が推しているのはルーシー様だね」 

 「「えー?」」

 

 自分の推しを答えると、妹たちは互いに顔を合わせ、横に首を振った。

 

 「お兄、それはないよー。ルーシーってあの悪役令嬢でしょ?」

 「あの悪役令嬢、本当に最悪じゃん」

 「うちらの邪魔をしてくるし、性格マジでダメだし」

 「そんな悪役令嬢ルーシーのどこがいいの?」

 

 妹たちは息ぴったりに話してくる。

 どこがいいって……………………。

 

 「ルーシー様は強いお姉さんだから。気が強くてかっこいいから、かな?」

 

 すると、妹たちは大きなため息をつき、肩をすくめた。

 

 「お兄って絶対にMだよね、瀬奈」

 「そうね、瀬楽。きっとお兄の将来はお嫁さんに尻に敷かれると思う」

 「じゃあ、お前たちは誰を推しているんだよ」

 「決まっているじゃんね、瀬楽」

 「うん。あの人しかいないでしょ、瀬奈」

 

 妹たちは顔を見合わせると、笑顔になり。

 

 「「私たちの推しはね――――――――――――」」

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 「カイル・アシュバーナム…………」

 

 妹たちの推しはカイル。

 そして、僕はその乙女ゲームの攻略対象者カイル。

 自分の両手を顔に触れ、そして、近くの鏡を見る。

 どこをどう見ても、あのカイルの姿だった。

 

 ウソだろう?

 僕がカイル?

 なんでカイルに転生しているんだ?

 

 そうして、前世の記憶を思い出した僕は、自分が乙女ゲームのキャラクターであることを思い出した。

 決して、自分の推しと仲良くないキャラだった。

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 「あ、ルーシーに会いに行こう」 

 

 とふと呟いた。

 

 ゲーム通りだと、|カイル《僕》とルーシーが9歳の頃に会うなんてことはない。

 しかし、今のカイルは違う。

 ゲームのシナリオを知っている、ルーシーを推しとするカイルだ。

 

 しかも、まだ僕らは9歳。

 ルーシーはあの王子と婚約なんてしていないはずだ。

 

 婚約のことを僕の執事であるハーマンに話すと、彼は。

 

 「ルーシー様ですか? 婚約されましたが」

 「え?」

 

 と平然として答えた。

 ルーシーはすでに婚約している?

 一体、誰と?

 

 そう聞くと、執事は「ルーシー様はライアン殿下と婚約されました」と話した。

 思わず僕は横に首を振る。

 

 ウソだ。

 まだ、僕らは9歳。

 ルーシーとライアン王子が婚約するのは10歳だったはず。

 なのに、なぜもう婚約しているんだ。

 

 すると、ハーマンが僕に尋ねてきた。

 

 「ルーシー様がご婚約されたのは1年前の話ですが…………どうなさったのでしょうか?」

 「1年前だって?」

 

 1年前。

 つまりルーシーが8歳の時。

 なぜそんなにずれているんだ?

 

 「そんなのウソだ…………」

 「はい?」

 「そんなのウソだと言っているんだ」

 「ウソもなにも………国王とラザフォード家はちゃんと公表されていましたよ」

 「…………」

 

 せっかくルーシーと一緒に過ごせるチャンスと思ったのに。

 ルーシーを僕のものにできると思ったのに。

 

 「僕は信じない! 僕はルーシーに婚約を申し込む!」

 「な、なんですと!」

 「婚約すると言っているのさ! さぁ、ルーシーに手紙を書くよ。用意して」

 

 「いや、でも…………」

 

 とハーマンは呟きながらも、彼は便箋を用意。

 僕がルーシーと婚約すれば、彼女は不幸になることも、死ぬこともないんだから。

 だから、僕がルーシーに婚約を申し込まないと。

 

 そして、僕は勢いのままに手紙を書き始めた。 

 

 【7 カイル視点:君の世界を変える】

 

 

 手紙を出すと、数日後にルーシーから返事の手紙が返ってきた。

 その手紙にはぜひともお会いしたいと書いてあった。

 

 ああ、やっとラザフォード家に行ってもいいんだ。

 やっとルーシーに会えるんだ。

 僕はそう思うと、つい叫んでしまい、家族に心配をかけてしまった。

 

 そして、ルーシーの手紙を受け取って、数日後。

 僕はラザフォード家に向かった。

 到着するなり、彼女は出迎えてくれた。

 

 「こんにちは、ルーシー様」

 「こんにちは、アシュバーナム様」

 

 挨拶を交わした瞬間、爽やかな風が吹く。

 そして、自分の髪が大きくなびく。ルーシーの銀髪もなびいていた。

 ルーシーの奥に何かを秘めたような紫の瞳。

 彼女はそれをこちらに向け、じっと見つめていた。

 

 本当にルーシーなんだ……………………。

 

 目の前のルーシーは悪役感などなく、すでにデビュタントした令嬢に見えた。

 とはいえ、ゲームで見る頃とは違いまだ幼さがあるルーシー。

 だとしても、彼女の態度は凛としていて、美しかった。

 

 黙って見つめていると、ルーシーは嫌だったのか、僕から顔を逸らした。

 しまった。

 じっと見すぎてしまった。気を許すと、ルーシーを見つめてしまう。

 

 「カ………アッシュバーナム様、どうぞこちらへ」

 

 ルーシーに案内され、僕はラザフォード家の屋敷に入っていく。

 隣に|ルーシー《推し》がいながらも、僕は窓の外を見た。

 そこには庭が広がっており、それはそれは豪華で。

 前世では見たことがない庭だった。

 

 もちろん、アシュバーナム家の庭もすごいけれど、|ラザフォード家《こっち》も凄いな。

 

 「庭を歩いてみましょうか」

 

 外が気になっていたことを察されたのか、ルーシーがそんな提案をしてくれた。

 僕は当然了承。

 庭を歩くなんて、夢のようなことだった。

 

 僕らは庭を歩いていく。

 すると、ルーシーからこんなお願いをされた。

 

 「あなたの魔法を見せていただけませんか」

 

 もちろん、僕はそれを了承。

 ルーシーに会うまでにすでに魔法は練習していたので、何の問題もなかった。

 少し広くなったところで、僕は魔法を見せることにした。

 

 「行きますよ」

 

 手に意識を集中させ、氷の彫刻を作り出す。

 

 「うわぁ…………」

 

 背後からそんな感嘆の声が聞こえてきた。

 確かルーシーはそこまで魔法が使えなかった。

 だから、こんな魔法はそこまで見たことがなかったのだろう。

 

 完成すると、僕はルーシーを彫刻の方へ促した。

 

 「綺麗…………」

 

 ルーシーはそう呟き、彫刻の方へ歩いていく。

 

 もう少し面白いことをしてみようか。

 ルーシーにぜひとも楽しんでもらおう。

 

 ルーシーが彫刻に触れた瞬間、僕は彫刻を粉々にする。

 すると、いいタイミングで風が吹いてきた。

 

 太陽の光に照らされ、キラキラと氷の結晶が舞う。

 ルーシーは笑みを浮かべ、楽しげにクルクルと回り始めた。

 ずっと大人びた人だなと思ったいたけど、こうすると普通の少女。

 

 滅多に見えれない、いや、僕しか見たことがない、ルーシーのかわいい一面だな。これは。

 きっとルーシーの推しの誰もが見たことがないだろう。

 あぁ、スマホがここにあれば、今すぐ動画に収めたい。

 そして、何度も再生したい。

 

 そんな感情を隠し、僕は静かに見守る。 

 

 「ウフフ、楽しんでもらえてよかったです」

 「あ」

 

 僕はルーシーに微笑みかける。

 すると、ルーシーは顔を赤くさせていた。

 

 「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」

 「いいえ、大丈夫ですよ」

 

 あぁ! かわいすぎやしないか!?

 写真、いや動画に今すぐ収めたい!

 なんでこの世界にはカメラがないんだ!

 

 「むしろずっとやっていてほしい」

 

 そんな心の声が漏れてしまう。

 僕はとっさに口を抑えるも、ルーシーには聞こえていないのか、先に歩き始めていた。

 

 よかった。

 こんなこと聞かれれば、ルーシーに引かれてしまう。

 気を付けよう。

 

 ずっと薔薇の生垣に囲まれた道を歩いていたが、そのうち広くなった場所に出た。

 そこには1つのガーデンテーブルと2つの椅子。

 

 「あそこで、お茶をしましょうか」

 

 まるで庭でお茶をすることが決まっていたかのようだった。

 本当に用意がいいなぁ。

 なんて思いながら、椅子に座る。

 ルーシーはもう1つの椅子に座り、僕らは向かい合う。

 

 どうしよう。

 こうして、向き合うとめちゃくちゃ緊張する。 

 だって、大好きなルーシーが目の前にいるんだから。

 

 前世ではこんなことが起きるだなんて思わなかった。考えられなかった。

 

 僕は緊張のせいか、それとも推しの姿を頭に叩き込んでおきたいと思ったのかはっきりしないが、ルーシーのことをまた見つめてしまった。 

 

 婚約の話をするタイミングがなく、僕らはずっと他愛ない話をした。

 いつ婚約の話を切り出そうかとムズムズ。

 プロポーズみたいなことなんて前世ですらやったことないのに。

 なんて、言えばいいんだ。

 

 そして、時間が過ぎ、話題も尽きてきたころ。

 

 「実は僕、ルーシー様にあるお話をしたくて、参りました」

 

 と切り出すことができた。

 

 「えーと…………それはなんでしょう?」

 

 首を傾げるルーシー。

 その仕草さえ、愛おしく思えた。

 もう前振りとか分からないから、言っちゃおう。  

 

 「突然の話ではありますが、僕と婚約してください!」

 「え?」

 

 ルーシーは驚いたのか『あ、あ…………』と呟きしどろもどろ。

 動揺しているのはすぐに見て取れた。

 ど、どうだろうか?

 

 僕は返事をじっと待つ。

 そして、一時して冷静になったルーシーは答えてくれた。

 

 「申し訳ございません。私、あの、殿下と婚約しているんです…………」

 「え?」

 

 僕の思考は停止。

 うそ?

 ハーマンが言っていたことは本当?

 でも、まだ僕らは9歳だよ? 

 婚約するまでにあと1年もあるんだよ?

 

 今の|カイル《僕》は前世の記憶を手に入れたばかり。

 この世界はゲームと同じようになっているはずだ。

 だって、それまでの僕はゲームのシナリオなど知らず、何もしていないのだから。

 

 だから、今のルーシーには婚約するまでにあと1年もある。

 あるんだぞ……………………。

 

 「そんなバカな。まだ、9歳なのに」

 「アシュバーナム様も9歳ですよ?」

 「いや、そうなんだけど…………」

 

 すると、背後で待機していたハーマンが、小さな声で言ってきた。

 

 「カイル様。私は何度もお伝えしましたよ。ルーシー様は殿下と婚約なさっていると」

 「そ、そんなはずない!」

 

 何かの手違いだ。

 きっとそう。

 ルーシーが9歳で婚約だなんて、冗談だろう?

 

 「ルーシー様の左手を見てください。アレがどういう意味を示すのかお分かりでしょう?」

 「そんな、そんなはずは…………」

 

 僕はルーシーの左の薬指を見る。

 小さなその指には指輪がはめられていた。

 あそこの指にあるってことは……ことは………………。

 

 「………ルーシー様、殿下との婚約は本当に本当なのですか」

 「はい…………申し訳ございません」

 

 そんな、そんな。

 僕は推しと婚約…………いや、結婚できると思ったのに。

 僕なら、ルーシーを最悪のエンドにさせないことができたのに。

 

 絶望的だった。

 このままだと、ルーシーが国外に追放されるか、殺されるかの2択。

 ――――――――――――僕はどうすればいい?

 

 すると、ルーシーがこう言ってきた。

  

 「カイル様、婚約はお受けできませんが…………その、私の友人になっていただけませんか?」

 「え?」

 「私にはそんなに友人がいません。こうして、カイル様にお会いできたので、よければでいいんです、友人になっていただけませんか? あ、もしカイル様が嫌と――」

 

 僕はルーシーが言い終える前に、席を立ち。

 

 「はい! 友人になりましょう!」

 

 そして、ルーシーの両手を握った。

 ゲームでは|カイル《僕》とルーシーは友人などではなかった。

 でも、友人になれば?

 

 世界を変えれるのではないか?

 

 「僕はルーシー様の友人になりましょう!」

 

 僕は嬉しさを抑えきれず、大声で話す。

 友人関係であれば、一緒にいても違和感はない。

 ずっとルーシーと過ごすことができるんだ。

 

 それにルーシーの悩みも聞いて支えることができる。

 王子以外の相手もいるんだよ、僕もいるんだよ、って伝えて。

 

 ――――――――――――ルーシーの友人である僕が彼女の世界を変えるんだ。

 

 ルーシーの両手をぎゅっと握る。

 そんな僕はすでに彼女の親友になった気分だった。

 

 【8 弟がやってきた】

 

 

 

 カイルと友人となったあの日から、彼はラザフォード家に毎日来るようになった。

 

 「ルーシー、これ食べる?」

 「うん。食べる」

 

 手作りお菓子を持って。

 カイルは料理上手なのか、私が『甘いお菓子が食べたい』と言った次の日には作って持ってきたのだ。

 

 それがまた美味しくて……………………。

 

 カイルのお菓子は本当に美味しかった。

 そのせいで、つい彼に「また作ってきて」と言ってしまったのだが。

 それから、カイルは毎日持ってくるようになったのよね。

 

 そうして、今私たちは休憩がてらそのお菓子とともにお茶をしつつ、勉強していた。

 

 今日もカイルが来ており、2人で勉強。

 向かいに座って本を読むカイルは楽しそうにしていた。

 その本、確か残酷な殺人事件をまとめたものだったような気がするのだけど。

 

 それを読みながら、笑みを浮かべるものだから、カイルがサイコパスに見えて仕方がない。

 まさか私を殺そうと計画を立てているのかしら。

 ま、まさかね…………アハハ。

 

 「カイル、最近ずっとここに来ているけど暇なの?」

 「暇じゃないよー」

 「だったら、なんで来てるの」

 「それはルーシーに会いたいから」

 「へぇ――」

 

 私は気の抜けた返事をする。

 たまにしか来ないかなと思っていたのだけれど、こんなにも来られるとねぇ。

 いつのまにかルーシー呼びになっているし。

 

 「ルーシー。明日も来てもいい?」

 「明日は…………ダメね」

 「え、なんで?」

 「明日は弟がくるの」

 「弟? 」

 

 何のことか分からないカイルは首を傾げる。

 まぁ、突然弟と言われても分からないか。

 

 昨日のことではあるが、お父様から弟のことについて話があった。

 姉になる君が弟をラザフォード家の案内をしてほしいと。

 

 私は自分に弟ができることを知っていたし、その弟は乙ゲーの攻略対象者なのだし、別に驚きはしなかった。

 事故で両親を失くして、身寄りがなくなったキーランをルーシーの父親が引き取った。

 

 確かそれがゲームで描かれていたキーランの過去。

 事故が私の婚約と同時期だったから、ゲーム通り、婚約した後すぐに来ると思っていた。

 しかし、すでに1年以上経っている。

 

 逆に待たされた気持ちの方が大きい。

 

 何も反応しない私に逆に驚いたのか、両親は少し動揺していた。

 私が怒るとでも思ったのだろう。

 

 「ほら、私はライアン殿下と婚約したでしょう? それでラザフォード家に跡継ぎがいなくなったから、お父様は分家の子を養子にすることにしたの」

 「分家の子ってルーシーの親戚?」

 「そうね、そうなるわね。でも、かなり遠い親戚よ」

 「へぇ…………その子が弟になるんだ」

 

 興味なさげにカイルは返事をした。

 興味がないのなら、聞かなければよかったのに。

 

 「まぁ。だから、明日はダメ。来ないでね」

 「はーい」

 

 そして、私たちはまた本を読み始める。

 黙って読んでいたのだが、カイルがじっとこっちを見ていることに気づいた。

 

 「何? お腹すいたの?」

 

 そう尋ねてもニコリと笑うだけ。

 一体何なの?

 

 「ルーシー。その弟さんに何か嫌なことを言われたら、僕に言ってね。僕はルーシーの友達だからね」

 

 と言って、彼はまた本を読み始めた。

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 そして、次の日。

 彼はお父様とともにやってきた。

 

 私と同じ銀髪に瞳。

 キーラン、いや、今日からキーラン・ラザフォードとなる彼。

 キーランはゲームで見た時よりもずっと小さく、かわいらしかった。

 

 だが、彼に対してかなり違和感があった。

 かわいいのはかわいい。

 たとえ、後で嫌われるようなことになっても、私は一生嫌いになんかなれないと思った。

 だけどね。

 

 「ルーシー様…………いえ、お姉様! どうぞよろしくお願いします! あ、姉さんとお呼びしてもいいですか?」

 「え、ええ」

 

 元気いっぱいのキーラン。

 ゲームで見た時の印象とはかなり違った。

 ちょっぴりしか知らないけど、幼少期のキーランはもっと大人しかったような?

 そうして、私はキーランに家の案内をした。

 

 ラザフォード家のような大きな屋敷に入るのは初めてのか、部屋を紹介するたびに感嘆を上げていた。

 それに私との距離はずっと近かった。なぜかずっと近かったのだ。

 

 いきなり凄いところに来たから、誰かと一緒にいたいのかも。

 

 そして、最後に来たのはキーランの部屋となる場所。

 そこは私の部屋の隣だった。

 

 「隣は姉さんの部屋なのですか?」

 「ええ」

 「やった!」

 

 とキーランは両手を上げ、無邪気に喜んだ。

 やっぱり1人で心細かったのね。

 年の近い私がいることで安心してもらえそうね。

 

 すると、キーランがソワソワし始めた。

 

 「どうしたの?」

 「姉さん、ラザフォード家にはないんですか?」

 「え? 何が?」

 「あれですよ、あれ」

 

 私は首を傾げる。

 キーランは私の耳の近くで言った。

 

 「秘密の通路、ですよ。秘密の通路」

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 秘密の通路。

 それはラザフォード家にもある。地下にあるのだ。

 私はそれをかなり前に見つけていた。

 そして、品のない令嬢を演じて、家を抜け出すために使っていた。

 

 そんなことをしてもあの王子との婚約は消えなかったけど。

 

 何もかも諦めてからも、地下の秘密の通路は使っていた。

 1人になりたい時によく使っていたっけ。

 そんな秘密の通路だが、知っているのはごくわずか。

 

 隠れるのには絶好の場所だったわけよ。

 それでなんでそのことをキーランが知っているのかしら?

 私は、なぜ秘密の通路なんて知っているのと尋ねると、キーランは。

 

 『小説でそう言うのがあったんですよ。僕、憧れていたんです。ラザフォード家は大きなお屋敷ですから、きっとあるだろうと思いまして』

 

 なんて答えたのだ。

 秘密の通路が書かれるとかってミステリー物の小説だったのかしら。

 この世界にもそう言うのがあるのね。

 今度読んでみたいわ。

 

 なんて思いながら、私はキーランとともに階段を下りていた。

 キーランは私の後ろをついて来ており、ワクワクしているようだった。

 楽しそうで何より。

 

 ちなみに使用人たちには言っていない。

 だから、2人だけ。

 地下通路へつながる階段は湿っぽく、静かだった。

 こつんこつんと、私たちの足音が響く。

 明かりも自分が持っているランプしかないため、全く前が見えなかった。

 

 「あの姉さん」

 「なに?」

 「姉さんはよくここに来るのですか?」

 「…………ええ」

 「この先に何かあるのですか?」

 「ええ、あるわ。私の宝物のようなものよ」

 

 一時階段を下りると、通路のようなところに出た。

 左を見ると、真っすぐに通路が続いている。

 私たちはその通路を歩き、そして、また階段に出会った。

 

 「また階段?」

 「ええ。上りでかなり長いからキツイけど、行く? 今から帰ってもいいわよ」

 「いやだ! 行きます! 姉さんの宝物見たい!」

 「そう」

 

 始めにあった階段よりもずっと長く、角度もある。

 慣れていないキーランははぁはぁと息を乱していた。

 やっぱり始めはキツいわよね。私は慣れたけど。

 

 「キーラン、大丈夫?」

 

 私は遅れて上ってくるキーランに手を差し伸べる。

 

 「姉さんは体力があるんだね」

 「よくここに来てるから」

 「1人になるために?」

 「…………そうね」

 「なんかつらいことでもあるの?」

 「別にそんなものないわ」

 

 後からついて来ていたキーランは先に

 ぎゅっとキーランは手を握ったまま。

 

 「ねぇ、放してもいいのよ?」

 

 キーランの方が先に上っているのだし。

 

 「嫌です。放しません」

 

 と彼は言ってきた。

 男のプライドでもあるのだろうか。彼は私を引っ張り始めた。

 まだ子どもなのに、かわいらしいわね。

 階段を上っていくと、光が見えてきた。

 

 「外だ!」

 

 キーランはスピードを上げ、どんどん上っていく。

 

 「うわぁ!」

 

 階段を上り切ると、そこには自然が広がっていた。

 そして、出口から少し歩くと、街が見える場所へ。

 

 「姉さん、ここからの景色綺麗だね」

 「そうね。先代には感謝しないとね」

 

 少し下にはラザフォード家が見える。そして、遠くには街が広がっていた。

 霞がかかっているが、ずっと遠くに山々が見えた。

 

 「姉さんにも感謝しなくちゃ」

 「え?」

 「だって、ここを教えてくれたのは姉さんでしょ?」

 「あなたが秘密の通路がないかって言ってきたじゃない」

 「だけど、素直に姉さんは教えてくれたじゃん」

 

 キーランは私の顔を覗く。

 彼は楽しそうに嬉しそうに微笑んでいた。

 

 「普通は秘密の通路なんて入ってきたばかりの僕に教えてくれないよ」

 「…………」

 

 キーランはにひーと笑う。

 

 「あなたはもうラザフォード家の人間よ。入ってきたばかりとか関係ないわ…………ちなみにここもラザフォード家の領地よ。次期当主になるのだから、領地ぐらい覚えてもらわないとね」

 「次期当主かぁ………実感が湧かないなぁ」

 

 ニコニコだったキーランはふと真剣な表情になる。

 いきなり次期当主とか言われて不安にでもなったのだろうか。

 

 「大丈夫よ。私がいるわ。あなたは1人じゃない。私たちでラザフォード家を支えるの」

 

 すると、キーランは私をぎゅっと抱きしめた。

 え? 何?

 

 「姉さん! ありがとう! 一生姉さんについていくね」

 

 と言って、さらにぎゅっと抱きしめる。

 やがて、すすり泣く声が聞こえた。キーランは泣いているようだった。

 やっぱり、不安だったのね。

 

 でも。

 

 「…………一生ついてこられるのは困るわ」

 

 ついて来たら、あなたも死ぬことになるのだもの。

 ゲームとは少し?違うキーラン。

 私はカイルと同じように、彼とも仲良くいって行けるように感じた。

 

 ねぇ、神様。

 あなたはここからどうやってでも、私たちの仲を崩すのよね?

 そうなのでしょう?

 

 私はキーランの頭を優しく撫でる。

 

 だから、運命の日までよろしくね、キーラン。

 

 【9 キーラン視点:推しは姉さん】

 

 

 

 僕、キーランは9歳の時、自分に前世があることに気づいた。

 フッと前世の記憶を思い出したのだ。

 葬式中という最悪のタイミングに。

 

 そんな僕の前世だが、高校生になる前に終わった。

 

 あーあ。

 夢の高校生活を送りたかったんだけどな。

 中学生で終わった僕の前世はこういうものだった。

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 前世の僕には年の離れた2人の姉がいた。

 上の姉の名前が|黒華《くろは》、下の姉は|未黒《みくろ》。

 2人とも大学生であったが、実家が大学の近くなので、ずっと実家暮らし。

 家に帰ると、姉たちがいつもいた。

 

 大学生って夜中まで遊んだり、飲んだりするイメージだったけど、姉たちは違った。

 

 授業が終わり、課題を終わらすとゲームしたり、マンガを読み始めたりする――――――――――――生粋のオタクだった。

 

 しかも、ジャンルはなんでもいい、BLも百合もなんだっていけるクチだった。

 上の姉があるゲームにハマると、下の姉も影響を受け、ハマる。それの繰り返し。

 そして、姉たちはそのうち僕にもゲームを紹介し始めた。

 

 「ねぇ、これやってみない?」

 

 と言って黒華姉さんが渡してきたのは「Twin Flame」という乙女ゲーム。

 え? 

 これを僕にやれっているの?

 

 「これ、乙女ゲームだよ。僕にやれって黒華姉さん、本気で言ってるの」

 「いやぁ、それがね。このゲーム、男子人口も多くてさ。我が弟もやってほしいなと思いましてね」

 「…………なるほど」

 

 姉さんたちのお願いを断っても、他の乙女ゲームを厄介なこと。

 ちょっとやってハマったふりをしておけば、何も言ってこないだろう。

 そう考えていたのだが。

 

 僕はまんまとハマった。

 そして、平日のある日。

 部活を終え、家に帰るなり、僕はさっそく乙ゲーをプレイ。

 

 ルーシー登場が多い、ライアンルートを何度もプレイしていた。

 すると、姉さんたちが僕の部屋に入ってきて、隣でプレイを見始めた。

 

 「我が弟よ。ライアンルートを何度もやっているようだが、お前は誰推しだい?」

 「未黒姉さん、その口調何?」

 「いいから、あんたの推しは誰よ」

 

 「ルーシーだよ」

 「へぇ、あの悪役令嬢が好きなの…………」

 

 すると、姉さんたちは互いに顔を見合わせ、横に首を振った。

 

 「我が弟は狂ってしまったようね、黒華姉」

 「そうね、未黒。あの悪役令嬢が好きっていう人なんてほんの少ししかいないわ。きっと」

 「聞いておいてそれはないでしょ…………」

 

 姉さんたちはそこから勝手に話し始める。

 あーあ。

 こんなことなら、言うんじゃなかった。

 

 「でも、あれね。あんた、あのキャラになれれば最高じゃない」

 「いつだってあの悪役令嬢と一緒。幼少期なんて実質独り占めじゃない」

 「え? あのキャラって?」

 

 はて?

 僕の推しを独り占めできるキャラなんていただろうか?

 僕が首を傾げると、姉さんたちははぁとため息。

 

 「ほら、アイツよ」

 「あんたの推し、悪役令嬢の弟の――――――――――――」

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 「キーラン…………」

 

 僕はキーラン。

 そのキーランの姉は悪役令嬢ルーシー・ラザフォード。

 

 「ルーシーが姉さん…………自分の推しが姉さん…………」

 

 これって、めちゃくちゃいいんじゃないか?

 推しが姉さんって最高じゃないか。

 姉弟だから、いつでも一緒にいられるし。同じ家に住めるし。

 

 ほら、最高じゃん。

 

 |キーラン《僕》とルーシーは厳密には血は繋がっていないから、結婚はできる……はず!

 キーラン最高!

 キーランのことを特にどうとか思ったことがないけれど、彼に転生した今はとっても好きになっていた。

 

 しかし、今はラザフォード家にいるわけではない。

 そう。まだ僕はラザフォード家の養子にはなっていなかった。

 

 ゲーム上のキーランは事故で両親をなくし、身寄りのなくなったキーランは遠縁であるラザフォード家に養子と引き取られる。

 

 そして、今。

 僕は両親の遺体が入った棺を目の前にしている。

 そう。

 両親の葬式中なのだ。

 

 あーあ。

 なんでこんな時に前世の記憶を思い出したのだろう。

 

 複雑な感情が浮かび上がる。

 ゲーム通りだし、どのみちこうなることは分かっていた。

 こうならないと、僕はルーシーの所に行けない。

 

 でも、自分の両親を失うのは辛かった。

 涙は止まらない。

 とにかく悲しかった。

 これは僕の感情? それとも記憶を思い出すまでの|キーラン《僕》?

 

 そうして、両親の棺は墓場に埋められ、土の中へ。

 

 「ありがとう。僕を産んでくれて、育ててくれてありがとう」

 

 僕は両親の墓場を見つめた。

 前世では先に僕が死んじゃったけど、お母さん、父さん、姉さんたちもこんな気持ちなのだろうか。

 冷たい風が吹き、僕の前髪を揺らす。

 

 「キーラン、行こうか」

 

 背後で待ってくれていていた、ラザフォード家の当主、ルーシーの父。

 彼は僕の肩に優しく手を乗せる。

 その手は温かみがあった。

 

 「はい」

 

 これから僕はラザフォード家に行く。

 ゲームでのキーランは精神不安定で遠縁の家出身ってこともあって、ルーシーに避けられていた。

 だから、キーランは彼女との仲はよくなかったけど、今の僕は精神不安定なんかじゃない。

 

 ルーシーにいくら蹴られたって嫌われたって、僕は話しかける度胸がある。

 ――――――――――いや、ルーシーに蹴られるのは最高だな。

 嫌われるのはいやだけど。

 

 だから、まぁルーシーと仲良くできるし、きっと彼女を幸せにできる。

 母さん、父さん、僕はルーシーを幸せにしてくるね。

 絶対に。

 

 そして、僕は両親に向かって一礼すると、その場を去った。

 

 【10 キーラン視点:これから始まる推しとの生活】

 

 

 

 次の日。

 

 「ルーシー様……いえ、お姉様! どうぞよろしくお願いします! あ、姉さんとお呼びしてもいいですか?」

 「え、ええ」

 

 さっそくラザフォード家に着いた僕は|ルーシー《推し》と会った。

 ………………これが本物のルーシー。

 

 僕の推しルーシーはゲームで見た時よりも随分と幼く、また大人びて見えた。

 ゲームのルーシーはもっと感情をあらわにしているタイプだったはず。

 けれど、目の前のルーシーの様子はなんだか少し違う。

 

 静か――――――今のルーシーはその言葉が似合っていた。

 

 かなり落ち着いているような。

 もしかして、初めての弟に緊張してる?

 そうして、ルーシーは僕に家の案内をしてくれた。

 

 ラザフォード家の部屋はそれはそれは大きくて、新たな部屋に入る度に、驚きの声を上げていた。

 そして、最後に案内されたのは僕の部屋。

 隣の部屋がルーシーの部屋らしい。

 

 「隣は姉さんの部屋なのですか?」

 「ええ」

 

 マジ?

 

 「やった!」

 

 推しが隣の部屋にいるとか! 最高じゃん! 

 推しと暮らすって実際誰もやっていないんじゃない!?

 

 やっほー!

 キーラン、万歳!

 僕は思わず両手を上げる。

 

 そんな僕を見て、ルーシーは嬉しそうに笑ってくれた。

 目の前に女神様がいます。

 ああ、こんな幸せな僕はどうしたらいいのでしょう?

 

 僕は自分の部屋を見渡し、ふと考えた。

 ラザフォード家のお屋敷には隠し部屋とか、秘密の通路とかあるのだろうか、と。

 公式が出していた設定資料に、ルーシーは秘密の通路を使って1人で王城に向かっていたとかいう謎情報があった。

 

 ゲームの世界であるこの世界に秘密の通路とか謎設定があってもおかしくない。

 ラザフォード家はかなり大きいし、何かあった時の避難用に、秘密の通路ぐらいあってもよさそう。

 なんて考えていると、姉さんが声を掛けてきた。

 

 「どうしたの?」

 「あの………姉さん、ラザフォード家にはないんですか?」

 「え? 何が?」

 「あれですよ、あれ」

 

 姉さんは何のことか分からないのか、首を傾げていた。

 僕は姉さんに近寄り、彼女の耳の近くで言った。

 

 「秘密の通路、ですよ。秘密の通路」

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 秘密の通路。

 ルーシー曰く、それはラザフォード家の地下にあるらしい。

 

 やっぱり、秘密の通路を知っている姉さんは王子にどっぷり惚れているのだろうか。

 王子に会うために、1人抜け出そうとするのだろうか。 

 

 そんなことを考えながら、僕はルーシーの後ろを歩いていた。

 彼女はランプを持ち、先を歩いていく。

 

 ちなみに使用人たちには言っておらず、ここにいるのは僕と姉さんだけ。

 そう。

 2人きり。

 

 螺旋の階段は湿っぽく、静か。

 こつんこつんと、僕らの足音が響く。

 

 「あの姉さん」

 「なに?」

 「姉さんはよくここに来るのですか?」

 「…………ええ」

 「この先に何かあるのですか?」

 「ええ、あるわ。私の宝物のようなものよ」

 

 一時階段を下りると、通路のようなところに出た。

 左をちらり見ると、一直線に通路が続いていた。

 

 姉さんはその通路を進んでいく。僕も後ろからついて、歩く。

 すると、また階段が見えてきた。次は上りの階段だった。

 上を見ると、かなり先に続いているようだった。

 

 「また階段?」

 「ええ。上りでかなり長いからキツイけど、行く? 今から帰ってもいいわよ」

 「いやだ! 行きます! 姉さんの宝物見たい!」

 「そう」

 

 始めにあった階段よりもずっと長く、角度もある。

 結構キツくないか?

 顔を上げると、どんどん進んでいく姉さんの後ろ姿が見えた。

 姉さん、すごいな……………………。

 

 すると、遅れている僕に気づいたのか、姉さんが手を差し伸べてくれていた。

 

 「キーラン、大丈夫?」

 

 汗一つかいていない姉さん。

 そんな彼女はとてもかっこよく、そして美しく見えた。

 

 「姉さんは体力があるんだね!」

 「よくここに来てるから」

 「1人になるために?」

 「…………そうね」

 「その、なんかつらいことでもあるの?」

 「別にそんなものないわ…………ええ、ないわ」

 

 僕は姉さんを追い越し、先を上る。

 しかし、僕は姉さんの手を握ったままでいた。

 

 「ねぇ、放してもいいのよ?」

 「嫌です。放しません…………絶対嫌だ」

 

 推しと手を握っているんだ。

 こんな最高のシチュエーション、逃すものか。

 ぜっ~~~~たい離さない。

 どんどん階段を上っていくと、光が見えてきた。

 

 「外だ!」

 

 出口が見えると、僕の足は自然に早く動き始めた。

 

 「うわぁ!」

 

 階段を上り切ると、そこには森が。

 ここは一体どこだろう?

 山の上かな?

 

 出口で足を止めていると、姉さんはある方向へ歩き出し、僕の手を引っ張る。

 僕は駆け寄って姉さんの隣につき、歩き始める。

 そして、一時歩くと、街が見える場所に着いた。

 

 目の前には丘が広がり、ふもとの方には街が。

 街の手前には僕らの家となるラザフォード家の屋敷が見える。

 その景色は最高だった。

 

 これがきっと姉さんの宝物なのだろう。

 

 「姉さん、ここからの景色綺麗だね」

 「そうね。この近くに屋敷を置いてくれた先代には感謝しないとね」

 

 隣立つ姉さんはずっと遠くを見ていた。

 姉さんの視線の先には霞がかった山々。

 その山の頂上にはほんのりと白くなっていた。

 

 それにしても本当に綺麗だ…………この景色、ずっと見ていられる。

 僕はいつの間にか、その一言を発していた。

 

 「…………姉さんにも感謝しなくちゃ」

 「え?」

 

 キョトンとするルーシー。

 まるで予想もしていなかったことを言われたような顔をしていた。

 

 「だって、ここを教えてくれたのは姉さんでしょ?」

 「それは…………あなたが秘密の通路がないかって言ってきたじゃない」

 「だけど、素直に姉さんは教えてくれたじゃん。姉さんが教えてくれていなかったら、僕この景色を知らなかったよ」

 

 感謝されて、プイっと顔を逸らす姉さん。

 どうやら、彼女は照れているようだった。

 僕は照れた姉さんの顔を見たくて、覗かせる。

 

 「普通は秘密の通路なんて入ってきたばかりの僕に教えてくれないよ」

 「…………」

 

 僕は笑って見せる。

 すると、姉さんは苦笑い。

 んー、僕はニコニコの姉さんが見たいんだけどな。

 

 「あなたはもうラザフォード家の人間よ。入ってきたばかりとか関係ないわ…………ちなみにここもラザフォード家の領地よ。次期当主になるのだから、領地ぐらい覚えてもらわないとね」

 「次期当主かぁ………実感が湧かないなぁ」

 

 僕、公爵家の当主になるんだ。

 つい最近、両親が事故死して、今日ラザフォード家にやってきた。

 それで忙しいのもあったし、ルーシーに会えるという興奮で何も考えていなかったけど。

 

 ……………………僕は婚約者を作らされる可能性があるのか。

 

 貴族の子どもは幼い段階で婚約をする。現に姉さんは婚約している。

 公爵家の次期当主となった僕も例外じゃないだろう。

 きっと婚約の話がきっと舞い込んでくるころだろう。

 

 つまり、姉さんの婚約だけでなく、自分の方もなんとかしないといけないわけか。

 姉さんは最悪婚約破棄してしまえばいいけれど、僕が婚約してしまうと姉さんとは結婚できなくなってしまう。

 

 ――――――――――――まぁ、ダメって時は駆け落ちすればいいんだけれど。

 

 でも、それは面倒くさいので最終手段にしておきたい。

 今は姉さんが同意してくれるかも分からないしね。

 なんて考え込んでいると。

 何を思ったのか知らないが、姉さんはポンと僕の頭を撫でてきた。

 

 「大丈夫よ。私がいるわ。あなたは1人じゃない。私たちでラザフォード家を支えるの」

 

 僕はルーシーをぎゅっと抱きしめる。

 「え?」と困惑するルーシー。

 

 「姉さん! ありがとう! 一生姉さんについていくね」

 

 ああ、推しの姉さんを実際にハグできるなんて。

 僕は思わず泣き出す。

 嬉しすぎて涙が止まらなかった。

 

 「…………い、一生ついてこられるのは困るわ」

 

 姉さんはそんなことを言ってきたけど、僕は本気で一生ついていくつもりだった。

 姉さんと結婚すれば、僕は姉さんと一生一緒にいられるもんね。

 

 絶対に|ルーシー《姉さん》を|ライアン王子《あの王子》から離すんだ。

 そして、僕は姉さんと結婚するんだ。

 

 
 

 
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