No.1088928

新・恋姫無双 ~呉戦乱記~ 第22話

4BA-ZN6 kaiさん

続きをあげます。
一応設定ですが、一刀が雪蓮と出会ってから5~6年ほど歳月が経っているという設定が今更ながらあったりします。
酒を飲んでいるから雪蓮は当初は19~20歳くらいの年齢なのかな。と勝手に考えています。

ですので今現在の話の流れ的には25~6歳あたりとなります。

続きを表示

2022-04-11 17:58:13 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:1050   閲覧ユーザー数:942

孫昭は意識を取り戻す。

 

辺りを見回すと自分が吹っ飛ばされた衝撃で、ひっくり返った食事はそのままになっており、頬の強烈な激痛が雪蓮から殴られた事が現実であると思い知らされた。

 

バラバラに割れてしまった食器を、彼は起き上がって集める。

 

(まるで俺たちみたいだな・・・・・)

 

割れた食器を見てふと思う。もとは一つに固まって出来たものが、今では原型を留めず、砕け散ったのを見ると雪蓮や冥琳と彼の関係を暗示しているかのようだった。

 

孫昭は一人、気づかれないように涙を流す。

 

(これでいい・・・・。これでいいんだ・・・・・。今まで俺は一人だった・・・。また元に戻っただけなんだから・・・・)

 

悲しさから胸が締め付けられる思いがしたが、彼は自分が決めたことでもあり、無理やりでも納得させる。

 

だが大きな目から止めどなく大粒の水滴がポタポタと地面を濡らす。

 

自分の心の中で冥琳と雪蓮の存在がこれほどまでに大きく、また温かみあるものであったのかを思い知らされる。

 

一人がこんなに寂しいものだと思わなかった。

 

一人で生きていくのがこんなにも悲しいものだと思わなかった。

 

そして・・・・自分を大切にしていた者たちを怒り、悲しませることが、こんなに辛く苦しいものであると思わなかった。

 

孫昭はこみ上げていく涙を拭うと、静かに部屋を一人、片付け続けるのであった。

 

だが雪蓮は一切部屋から出ることはなく、それからというもの孫昭とは顔を合わせることなく休暇を終えてしまった。

 

朝、目が覚めると見知った部屋の天井が見える。

 

彼は起き上がると、いつもの食事を作るがそこに何時も笑顔で急かす同居人の姿はいない。

 

雪蓮は朝早く起きているようで、物音を立てずに家から抜け出しているようである。

 

また、夜も遅く帰ってきて、基本的に孫昭の顔を見ないよう意図的に生活をしているようである。

 

『お前には・・・・・心底失望したわ』

 

雪蓮の怒りと落胆が入り混じった声が彼の脳裏をまたよぎる。

 

今まで本当の姉、親子のように彼を保護し、こうして面倒を見てきてくれた雪蓮。

 

優しく見守り、常に自分のことを考えてくれたし、時には厳しく接し、そして時には助けてれた。

 

怒るときはあったけど、殴ることは一切しなかった彼女が、初めて手をあげたという事実が事の大きさを物語っていた。

 

一人ではいたたまれず、立ち上がると外へと走り出した。

 

アテはない。とにかくここを抜け出したい一心であった。

 

 

蓮華はその頃姉とその友人のことなど知ることはなく、せっせと仕事に励んでいた。

 

だが今日は思った以上に仕事が進んだため、詠がもうそのくらいにしたら?と声をかけてくる。

 

「蓮華は最近休んでいないでしょ?ここは私たちに任せて、羽を伸ばしたほうがいいと思うわ」

 

詠の提案に蓮華は断りを入れようと、口を開きかけるが、冥琳とのこの前のやり取りを思い出す。

 

(冥琳もなんとか立ち直れそうだし、私の休んでいる姿を見せれば少しは気が軽くなるかしらね)

 

冥琳は上司が仕事をしている以上は、気を抜かずに仕事をこなそうとするだろう。

 

だからこそ自分が休めば、少しは気を楽にして仕事をできるであろうとふと思い立った。

 

「そうね。じゃあ半休を頂こうかしら。大丈夫?」

 

「もちろんよ!」

 

詠が笑顔で承諾すると、隣にいた月も微笑み頷く。

 

それに釣られ、蓮華も笑みを見せると礼を言い、執務室を出て行った。

 

総統の住む場所として今では邸宅が別個用意されており、そこに向かうと私服に着替える。

 

「せっかくだし買い物でもしようかしら」

 

僅かに声を弾ませて、門番に外出届けを提出すると私服の格好をした護衛兵が後ろにつくが、蓮華が襲われることがない以上は基本自由にできる。

 

まぁあくまで公序良俗の範囲ではあるが、総統であっても自由は保証されているという事だ。

 

建業の城下町に久しぶりに足を運ぶと、彼女は年相応に目を輝かせた。

 

流行りの服屋や美味そうな露店が立ち並び、活気ある賑わいがそこにはあった。

 

連合での共栄経済で交易が活発になり、長江を活かした水運業が活発であり貿易の拠点となっていた事からも、前王の孫策の頃よりも更に発展の速度を早めていた。

 

幸せそうな民を目で追い、蓮華も若干頬を上気させる。

 

(皆が幸せで、自由を享受している。明日を語り、そして明るい未来を皆が夢見ている。私はそんな社会を作らないといけないのね)

 

と嬉しさがあるなかで、気を引き締めなおす。

 

勝って兜の緒を締める、というわけではないが浮かれず、そして慢心せず粛々と為政者としての務めを果たさんと蓮華は改めて肝に命じる。

 

せっかくなので露店で食事でもとろうと思い、美味そうな匂いがする食事に食欲が湧くと同時に静かに食べ始める。

 

「ふぅ・・・美味しいわね・・・・。おかわり貰おうかしら・・・・・」

 

一人呟いていると、奇遇か見たことのある少年が目の前を通り過ぎる。

 

「あれは・・・・姉さんと一緒に住んでいる・・・・?」

 

蓮華は孫昭とは話したことはないが存在は先の冥琳の内偵で周知しているし、以前荊州攻略戦でも彼を見たことがあるので直ぐ様思い出す。

 

まぁ・・・蓮華の初恋の男性であった北郷の姿そっくりな事もすぐに思い至った一因でもあるのだが。

 

 

「そこの少年!!」

 

蓮華が声をかけると、少年は訝しげな表情でコチラを見つめてくるが、直ぐ様顔を青ざめた。

 

「・・・しぇ・・・雪蓮?」

 

「私は孫権。孫伯符の妹にあたるわ」

 

「へ?あ、ああ・・・・妹か・・・・・。どうりで・・・・」

 

ペコリと頭を下げると、蓮華も姉とよく間違われる事があることからも少し苦笑する。

 

「まぁ・・・・よく間違われるから・・・・。気にはしてないわ」

 

座りなさい。と座るように促すと彼は質問を投げかける。

 

「なんで孫権様がこちらにいらっしゃるのですか?」

 

「私もたまには羽を伸ばしたい時があるから・・・・。まぁちょっとした息抜きよ」

 

あと別に敬語はいいわよ。と蓮華は言う。

 

「ありがとう。でも国を束ねる長が・・・・・」

 

「可笑しいかしら?でも憲法では総統は露店で食事をしてはならない、なんて条文はないわよ?この街並みが好きだから、こうしてお忍びをしてるってことよ」

 

蓮華がお茶目に笑うと、孫昭も蓮華が気さくな人だと思ったのか警戒を解き、彼もつられるように笑みを浮かべる。

 

蓮華は警戒を解いてくれた孫昭を見て、内心嬉しさを感じながらもメニュー表を渡す。

 

「奢るわ。頼みなさい」

 

「え?でも・・・・」

 

「国民の税金をこうして還元しているのだから、貴方が気にする必要はないわ。それに可愛い弟分だもの、私だっていい顔をしたいものでしょ?」

 

「お、弟分って・・・・?」

 

「貴方は姉さんと暮らしているのでしょ?なら貴方は私の義理の弟みたいなものよ」

 

優しい笑みを浮かべ、孫昭にそう語ると彼も恥ずかしいのか頬を少し染め、いたたまれないように頭をポリポリとかく。

 

「じゃあ・・・・・頼むよ」

 

「ええ、そうしてもらえると嬉しいわ」

 

彼は店員を呼ぶと2品ほど頼む。そうして直ぐに頼んだものが運ばれると、孫昭は口にする。

 

「うまい・・・・・」

 

「でしょ?」

 

二人は笑い合うと、蓮華は飲み物を頼み、彼が食べ終わるのを静かに待った。

 

相当美味いと感じるのか彼は凄まじい速度でたいらげると、ご馳走様でしたと頭を下げた。

 

「どういたしまして。さて、私はこのまま買い物でも楽しもうかと思うのだけど貴方も一緒にどうかしら?」

 

蓮華も気を良くしたのか、孫昭を誘う。彼も嬉しいがそこまで厚意に甘えるのもどうかと一瞬躊躇われた。

 

だが孫昭の表情が一瞬曇る。もし今帰ったとしても一人であり、雪蓮との大きな隔たりが出来てしまった今の状況で、また家に帰るというのも彼からしたら、針の筵であり大変苦痛を伴うものであったからだ。

 

そんな機微の変化を蓮華は見逃すはずもなく、彼女は孫昭と姉とのあいだに何かがあったのだな、と悟る。

 

だが蓮華は彼に対し、そのことについて追求することはなく、あくまで自然に接することにする。

 

彼が話したい時に話すだろう、と。

 

無理に出ることは彼の性格上嫌がるであろうと蓮華は考えた。

 

 

「じゃあ・・・・少しだけ」

 

「ありがとう。さぁじゃあ善は急げよ!行きましょう!」

 

「お、おう・・・・・・」

 

彼の手を取り、走り出す蓮華に孫昭は幾分ドギマギしながらもそれを隠そうとぶっきらぼうに応えた。

 

それから蓮華と孫昭で買い物を楽しんだ。

 

値段も見ず、自分が買いたいものを指名買いする彼女を見て、雪蓮とやっぱり似ているなとふと思う。

 

ただ蓮華は流行りものが好きなようで、今女性で人気な服や装飾品などを好んでいる辺り容姿は似てはいるが、姉とは違うのだなと感じる。

 

雪蓮はとにかく豪快であり、自分が好きだと思うものにしか興味を示さないが蓮華はそういった事はなくそう言った違いが孫昭には新鮮でもあった。

 

買い物も終わり、一息つきましょうと蓮華に言われお茶を飲んで休む。

 

「ごめんなさいね。無理に付き合わせてしまって・・・・・」

 

「いや、大丈夫だ。俺も気分転換になって良かったよ」

 

なら良かったわと笑みを返すと、静かにお茶をすする蓮華に孫昭は彼女の姉について聞いてみることにした。

 

「あのさ・・・・。孫策の事なんだけど・・・・」

 

「姉さんのことかしら?どうかしたの?」

 

「いや・・・・・その・・・・どうかしたってわけじゃないんだけど・・・・・。冥琳とあの二人ってどういう関係なのかな・・・って気になって」

 

「あの二人の関係は断金だと言われているわね」

 

「断金・・・・決して壊れることのない金属・・・・か」

 

「ええ、そのとおりよ。実際私と冥琳には信頼関係はあるし、私自身彼女には強い敬意はもってはいる。だけど冥琳と姉さんの二人は私が冥琳に持つ敬意のような言葉では語り尽くせない深い関係だということよ」

 

「・・・・・恋人とか?」

 

「かもしれないわね・・・・。でも今はそういった関係ではないようね。冥琳もあまり語らないけど・・・・一刀にその役を託したって聞いているわ」

 

「そうか・・・・・」

 

「冥琳が気になるの?」

 

「・・・・・・・俺、冥琳にひどいことをしてしまったんだ」

 

否定はしないのね?と片目をつぶり耳を傾ける。

 

あの時見せた彼の狼狽と落ち込み具合は冥琳と姉のいざこざが原因だなと推察した。

 

「・・・・・・続けて?」

 

「冥琳はずっと一人で悩みを抱えているようだった。でも俺・・・・何もできなくて・・・・・それどころか気づいてやれなくて・・・・自分のことばかり気にかけて・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「冥琳・・・・・泣いてたんだ・・・・。もう耐えられないって・・・・・・。俺・・・・・冥琳に勉強を教えてもらっていたんだ。だけど・・・・俺という存在が負担だったのかもしれないって思うと・・・・・・」

 

「なるほどね・・・・」

 

蓮華は納得の表情で頷くと顎に手を当てる。

 

 

蓮華からしてみれば彼の悩みが若さからくる特有のものでもあり、彼女はそれが眩しく感じる。

 

と同時に自分も姉や妹に対しそのような思いを抱くこともあった事を思い出す。

 

物事は至って単純ではあるがそれを難しく考えてしまうのは、彼のような年代特有の感受性の高さ故なのだろうと蓮華は思う。

 

(ならかけてやる言葉はひとつね・・・・)

 

「ひとつ聞いてもいいかしら?」

 

「うん」

 

「冥琳は貴方と過ごしていた、教えていたことを迷惑だと、辛いことであると話した事はあるかしら?」

 

「いや・・・・ないけど・・・・」

 

「なら簡単よ。それが答えね」

 

「え?!そんな・・・・・」

 

「冥琳はね・・・・自分の信念を強く持つ女性よ。そんな彼女が貴方を疎ましく思うのなら、それこそ貴方なんか相手にしないでしょう」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

孫昭は蓮華の言葉に反論ができず、口を噤む。

 

そうだ、冥琳は孫昭の相手を本気でしてくれていた。

 

時には厳しく、そして時には優しく、彼の為を思って色々と便宜や融通を利かしてくれていた事を思い出した。

 

そんな仕草に蓮華はフフッと笑う。

 

「心当たりがあるかしら?私もそうだったけど・・・・相手を思いやる気持ちは、愛する気持ちを持つことは素晴らしいことだとは思う。でもそれを相手に伝えなければ、当の本人は気づかないこともある。思うだけでは・・・・人に気持ちを伝えることができないこともあるのよ?」

 

孫昭は蓮華を驚きの表情で見やる。

 

 

「孫権もそんなことがあったのか・・・・?」

 

「ええ、私の場合は・・・・・それが後悔となって今も胸に残っている。・・・・・本気で話すことを恥ずべきことだと拒否して、結果として・・・・」

 

蓮華はかつての想い人であった北郷を思い出す。

 

(そうだ、あの時に初めて会った時に、素直になれていたら・・・・)

 

姉と彼が結ばれた事は歓迎するべきことであるし、他意はない。

 

だが自分の気持ちをきちんと本人に伝えることができなかった事が、今でも思い起こさせることがある。

 

「・・・・・だから孫策は怒って・・・・・」

 

「そうね。まぁ姉さんを怒らせるのはアレだけど、貴方のそういった至らなさや、不甲斐なさは姉には許せないものだったのでしょうね・・・・。でも少し羨ましいわ・・・・」

 

「え?」

 

「姉さんは私に一度も怒ったことがないのよ。・・・きっと色々と気を遣ってくれていたんでしょうね。だからこそ、そうやって本気で気持ちをぶつけてくる貴方に少し・・・嫉妬しちゃうわね・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

孫昭は蓮華の寂しそうな笑顔が本気で言っている事を悟ると同時に、江東の小覇王と謳われた英傑の妹と見られる今の状況に、複雑な感情の機微を彼は読み取る。

 

蓮華は母の顔をあまり覚えてはいない。

 

母はいつも戦に出張って、蓮華の面倒は乳母か姉の雪蓮が行っていたからだ。

 

だからこそ母として、姉として慕う蓮華に雪蓮も精一杯の愛情を注いできたつもりであった。

 

だが優秀で非凡な雪蓮と違い、蓮華は凡才であり良く家庭教師にムチで打たれた。

 

姉の方がもっと出来た。なぜそんなことができないのだ。

 

と罵られ、姉と比較され、蓮華は姉の存在の大きさに大いに悩まされもした。

 

雪蓮もそのような蓮華の悩みを知っていたのだろう。

 

彼女は蓮華に対し、優しく頭を撫でるだけだった。

 

それが蓮華からしたら嬉しくもあり、また屈辱でもあった。

 

いっそ姉に罵られたら、罵倒されたらどれだけ気が楽であったろう。逃げ出せただろう、と。

 

姉の優しさが蓮華の逃げ場を無くし、結果として今のような立ち位置にいるというのは彼女からしたら皮肉でしかなかった。

 

「・・・・・・孫昭、私のようになってはダメよ?今の貴方はまだ戻ることができる」

 

「うん・・・・・・・」

 

いい子ねと蓮華は微笑み、冷めてしまったお茶をグビッと飲み干すと立ち上がる。

 

「さて私も時間ね・・・・。楽しかったわ。縁があったらまた会いましょう」

 

「ありがとう、孫権。俺、もう一度冥琳と話し合ってみることにするよ」

 

「それがいいと思うわ。あと・・・私のことは蓮華でいいから」

 

「いいのかよ?」

 

「言ったでしょ?弟だと。私の可愛い弟なのに真名を預けない意味がないわ」

 

「か、かわいいってなぁ・・・」

 

「そうやって照れるところが可愛いっていうのよ。またね」

 

彼女が大量の買い物袋を器用に持つと、どこからか私服の大男たちが出てきて荷物を持ち始めた。

 

急な出来事に目が点になる孫昭に蓮華はいたずらっ子のようなあどけない笑顔を振りまくと、手を挙げて宮廷へと戻っていった。

 

孫昭は自分の体験を交えて、助言をしてくれた姉に深く頭を下げると、振り返り冥琳の家へと走り出すのであった。

 

 

 

冥琳は失意のまま、仕事をしていた。

 

彼の非凡な才能に冥琳は希望を見出し、また彼も自分の思いに応えてくれていると思っていた。

 

『アンタは俺の教師でしかない!』

 

未だに彼女の頭の中で壊れたレコードのように繰り返される彼の声。

 

溜息を深くはくと、立ち上がり執務室を去る。

 

(全く・・・・なんだというのよ・・・・・・。はぁ・・・・こうなったら今日はヤケ酒ね)

 

気分が沈み仕事が捗らない以上は、これ以上やっても無意味だと思い、仕事を早めに切り上げ、酔いがキツイ酒を買う。

 

トボトボと肩を落とし帰る中、自宅の前で座り込んでいる一人の男の姿が目に映る。

 

冥琳は警戒し、隠し持っている小刀と白虎九尾を取り出す。

 

だがその男の姿に敵意や殺意はなく、不審がりながらも近づいてみると今一番会いたくない人物がそこにいた。

 

「何をしている?」

 

そう声をかけると男はこちらの方を向く。

 

「冥琳・・・・・」

 

「どけ。家に入れん」

 

自分の武器をしまうと、立ち上がった彼を無視するように押しのけるが彼はどこうとしない。

 

「どけと言っているのが分からないのか?どかないのなら・・・・」

 

しまった武器を取り出し、孫昭を脅す冥琳に彼も睨みつけ決してどこうとはしない。

 

「いやだ!!俺の話を聞いてれるまではどくものか!」

 

「・・・自分の言っている事が理解できないのか?お前の方から私を拒絶したのだ。そうである以上、私はこれ以上お前に付き合う義理がどこにある」

 

冥琳がそう言うと孫昭の顔は酷く青ざめた。

 

しまった。言いすぎたかもしれないと冥琳の良心もチクリと痛む。

 

「わかったならどけ」

 

だがそんな葛藤をおくびとも出さず、低い声で呻くように言うと、彼をグイっと押し出し、冥琳は強い力で引き戸を締める。

 

バシン!と大きな音が鳴り響くと、その後は静寂が冥琳を支配する。

 

(私にもメンツというものがあるのよ。全く・・・!!)

 

あれだけ必死な形相で食いついてくるのだから、自分の行いを謝りに来たのだろう。

 

しかし冥琳としても直ぐ様、笑顔で分かった。水に流しましょうとはいかない。

 

もちろん嬉しくないのかと言われれば嘘にはなる。だがこのまま靡いても、自分の沽券に関わると思ったからだ。

 

我ながらいい歳をして、情けないなと内心毒づくが、いつも振り回されているコチラの身にもなってくれと言い訳がましく心の内で呻く。

 

それから翌朝、冥琳が家を出るときに彼の姿はなくなっていた。

 

「なによ・・・・。謝りたいって言ってたのに、引き下がるなんて・・・・」

 

まぁ朝までずっと彼女が出てくるまで待っていろ、なんて誰も言ってはいないのだが、冥琳は少しムッとした表情で呟く。

 

(そんな甘い考えじゃ、私は耳を貸さないわよ)

 

イラつきを抑えきれず、荒々しく歩調を早めていく。

 

 

だが帰りの夕方には彼はいつも家の前で待っていた。

 

冥琳はそんな彼と目を合わせることなく無視をして家に入る。

 

そんな幼稚なやり取りをしていて早5日ほどが経つ。

 

冥琳はいつもどおり帰宅していると家の前にいつものように人影が見えた。

 

(きっと彼だわ・・・・。今日は・・・・話ぐらいは聞いてあげてもいいかもしれない)

 

流石にいい加減に話ぐらいは聞かねば、どちらが子どもで大人か分からない。

 

そうした考えからゆっくりと家の前に向かうと、予想していた彼ではなかった。

 

「雪蓮?」

 

「こんばんわ、冥琳」

 

「こんな夜にどうした?」

 

「別に~。用がなければきちゃいけないの?それとも、ほかの誰かと期待でもした?」

 

「・・・・・・要件はなんだ?それに孫昭はどうした?」

 

図星をつかれた冥琳は雪蓮を睨みつけるも、そんな視線など彼女からしたらどこ吹く風といったところだ。

 

「彼はもう寝ているわ。それと・・・孫昭のことだけどね。冥琳、彼がなんであんなことをしたか分かる?」

 

「・・・・・・・さぁな。皆目見当がつかんよ」

 

「そう・・・・。私のあくまでの個人的な推察なんだけど、孫昭はきっと貴女のために辞退をしたのかもしれないわ」

 

星空を眺めながら雪蓮は静かに自分の思いを吐露する。

 

冥琳は胸に温かい『何か』が生まれ、彼女を満たしていくのを知覚する。

 

その『何か』が乾ききった冥琳の胸の内を、潤ませ、浸透していく。

 

それが心地よく、それでどこか切なくもある。

 

そう、冥琳は嬉しかったのだ。だがそんな嬉々とした表情を浮かべることもなく、目をつぶり静かに相槌をうった。

 

「・・・・・・・・・・・・そうか」

 

「うれしくない?」

 

「どこがだ。今でも私は・・・私があの時どんな思いでいたかも知らずに・・・・・。要らぬお節介としか受け取れないわね」

 

冥琳は口調を荒くして、吐き捨てるかのようにそう言う。

 

「でもね・・・・私は・・・彼が貴女のためにと自分で考えて行ったということに意味があると、そう思ってる。今まで愛というものを知らずに孤独に生きて来たであろう、あの子が・・・・良くも悪くも不器用に他人を思いやることができた。・・・・貴女が帰ったあとはそりゃもう・・・・腹が立ってたけどね」

 

雪蓮が笑みを浮かべながら語ると、冥琳も内心では納得をする。

 

今まで人に優しくする、思いやるという事をしてこなかった彼が、初めて行った行為だ。

 

何も分からないかった彼に100点満点の大人の振る舞いを期待することが間違っている。

 

そうやって人は歩み寄ろうと失敗を繰り返しながら、学び、最適な人との関わり方を学んでいくものだ。

 

孫昭のそういった不器用さと、若さが冥琳からしたらとても輝かしいものであり、雪蓮同様に歓迎するべきものであるのであろう。

 

冥琳は嬉しそうに微笑むと、雪蓮が怒った姿を想像し、少し可笑しかったのかクスリと笑う。

 

「・・・・そうか。お前が怒るか」

 

「うん。もう殴り飛ばしちゃってねぇ・・・」

 

「そ、それはやりすぎじゃないか・・・?」

 

いくらなんでもそれはやり過ぎだろうに、と少し狼狽するも雪蓮も両手を挙げる。

 

「まぁね。反省してるわ。でもね・・・・私も初めてよ。あれだけ本気で・・・・感情をぶつける事ができるのはね」

 

冥琳はフフと笑うと、戸を引いて中へ入れという。

 

「いいの?」

 

「気が変わったわ。今夜は彼のことをジックリと飲みながら、語ろうと思ってね」

 

「へぇ・・・・・そうね。あ、あともう一つお願いがあるんだけど?」

 

「なんだ?」

 

「孫昭の思いをそろそろ汲み取ってやって欲しいのよ。そうじゃなきゃ私も彼もギスギスしっぱなしでねぇ」

 

「・・・・・分かったわ。私も大人気ない事をしたと反省している」

 

「ありがとう、冥琳」

 

頭を雪蓮は下げると、ニコリと笑いさぁ今夜は飲むわよ!と声をあげて中へ入っていった。

 

そうして朝飲み明かした冥琳は珍しく、見事に遅刻をする。

 

参謀からは遅刻を一切しない冥琳が遅刻して来た事に、驚きの声があがり冥琳の周辺は一日ゾワゾワと騒ぎが止むことはなかった。

 

冥琳は苦笑しながらも、申し訳がないと低姿勢で珍しく今日一日を過ごした。

 

 

そして仕事に帰ると、冥琳の家の前にいつものように人影がポツリと立っていた。

 

「またお前か・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

冥琳は孫昭の顔をじっと見つめると、孫昭は目に涙を浮かべ、心なしか震えているようであった。

 

ここまではきたら流石にやりすぎたな。と少し苦笑すると戸を開け、彼に入りなさいと声をかける。

 

「ほらお茶だ・・・・」

 

居間に座らせると湯呑に入ったお茶を渡すと、孫昭は俯きながらもズズズっとお茶をすすっている。

 

「すまなかった。私もやりすぎたわ」

 

冥琳が頭を下げると、孫昭は慌てて頭を下げる。

 

「俺も・・・・あの時は・・・・俺がバカだった・・・・・。ごめんなさい」

 

泣いているのだろうか?肩を震わせ、何かをこらえるかのように声を上げると、彼は下を向いたまま冥琳の顔を見ることが出来ずにいた。

 

「・・・・・・・どうして辞退しようと思ったの?理由を話してくれるわよね?」

 

優しく諭すように冥琳が語りかけると、震える声で冥琳に孫昭は全てを話した。

 

「嫌だったんだ・・・・?」

 

「嫌?」

 

「冥琳が・・・・・弱っている姿を見るのが・・・・・。何もできない自分を・・・・・思い知らされているようで・・・・。俺・・・・冥琳が辛い思いをしている事を知らずに・・・・あんな能天気なことを・・・・・・」

 

「孫昭・・・・・・・・」

 

「だから・・・・俺が居なくなれば・・・・冥琳が・・・これ以上辛い思いをしなくてもって・・・・・」

 

「・・・・・・・・馬鹿ね」

 

どこか嬉しそうな声でそう言うと、冥琳は立ち上がり、彼の隣に座る。

 

「だって・・・・・一人でも・・・・今までは大丈夫だった。だから一人に戻るだけだって・・・・それで冥琳が・・・救われるのなら・・・・って思った。でも・・・・ダメだった。一人がこんなにも辛いとは思わなかった・・・・。大切な人を裏切ることがこれ程苦しいことだと・・・思わなかった」

 

嗚咽を交えながら本音で話す彼に、冥琳も胸を打たれ、優しく肩を抱き寄せ、彼の心に問いかけるようにゆっくりと冥琳は話す。

 

「そんなことをしても解決にならないだろそういうときはな・・・甘えてもいいんだよ。雪蓮や私はお前の願いを叶えるために共に暮らしているのよ?お前が苦しいとき、辛いと思う時には私たちに頼ってもいいんだ」

 

「でも・・・・・俺が・・・・」

 

「迷惑だと?それこそ心外だよ孫昭。私もそして雪蓮もな・・・・お前に頼られることがどれだけ嬉しいかをお前は知らないんだからな」

 

「え・・・・・?」

 

「お前の笑顔が私を、北郷が死んでから色のない灰色な世界から、色とりどりな鮮やかな世界へと救ってくれた。お前が語る未来が・・・・私の心を解してくれていた」

 

そう言うと冥琳は肩を強く抱き寄せ、彼の頭に自分の頬をグリグリと押し付ける。

 

「雪蓮も同じ気持ちだろうさ・・・・。お前が来る前は・・・生気がなく、常に泣いてばかりだった。死に場所を探しているかのような素振りすらさせていた。だがお前が来てくれたから・・・雪蓮は今を生きようと懸命に前を向いていけているのよ」

 

「・・・・・・冥琳」

 

「自分が消えればいい、なんてそんな寂しいことを言わないで・・・・。自分を卑下するような事を言わないでちょうだい・・・・・。残された私たちは・・・お前がいなくなった後、いったいどうやって生きていけばいいのよ・・・?」

 

冥琳はそう言うと涙を流す。そんな姿を見て孫昭も涙を流し、抱きついた。

 

ごめんなさい。ごめんなさい。と何度も叫びながら・・・・・。

 

冥琳はただ黙って彼の抱擁を受け止め、頭を撫でるしかなかった。

 

落ち着いた孫昭を前に涙を拭ってやると、見つめ合う。

 

「落ち着いたか?」

 

「・・・・・・・うん」

 

「そうか。なら今日は遅い。送っていこう、雪蓮も心配しているはずだ」

 

「なぁ・・・・冥琳」

 

「なんだ?」

 

「・・・・・前言った辞退の話なんだけど・・・・・俺本当は・・・・・」

 

「分かっているさ。これだろう?」

 

と冥琳はさっと孫昭が書いた辞退届を目の前に出すと、ビリビリと引き裂く。

 

「これでお前は正式に士官学校の入学生だ。おめでとう孫昭」

 

「冥琳・・・・・いいのか?」

 

「・・・・・行政府が定めた政令では辞退届は軍長官の正式な捺印がなければ受理したことにはならない、とある。私が受理をしなかったんだ。ほかに何か問題はあるか?」

 

「いや・・・・ないけど・・・・・」

 

「フフフ・・・・昔を思い出すわ。北郷もお前と同じように軍を辞めたいって言ってきた事があったな」

 

「え?ほんとか?!」

 

「ああ。アイツは一人でずっと抱え込んでいて・・・・それで居てもたっても居られなくなったんだろうな。自分が消えれば、いっそ憎まれてしまえばとそう思ったに違いない」

 

「・・・・・・・・俺と同じだ・・・・・」

 

「軍神だ、英傑だと謳われる北郷も所詮は人の子。お前のように悩みを抱え、それを他人に託すことができなかった不器用な男だった・・・・・」

 

遠い目でかつての思い出を語る冥琳に、孫昭は驚きの声を上げる。

 

彼は北郷一刀というのは雪蓮や冥琳に慕われている、完全無欠な人間であると思っていたからである。

 

そんな彼と同じような共通点が見つかった事に彼は何処か嬉しく思えた。

 

「さぁ帰ろうか。雪蓮が待っている」

 

「ああ!!」

 

二人は手を取り、外へと駆け出す。

 

今度こそ離れないように、強く手を握り締めると冥琳もそれに応えるかのように強く握り返してきた。

 

孫昭はそれが嬉しくて、無性に誇らしい気分にさせてくれたのだった。

 


 
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