No.1086186

唐柿に付いた虫 49

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。

2022-03-03 20:32:00 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:484   閲覧ユーザー数:474

「これがあれば主殿を……じゃと?」

 吸血姫がすっと視線を細くしながら、僅かに身を引き、さりげなく細剣の束に手を伸ばす。

「これが何かを知る者など、この世に片手で数える程しか居らん筈じゃが……」

 貴様、何者じゃ?

「時間が無いんだ、自己紹介なら片が付いた後に幾らでもしてやる」

 とっととそれをボクに渡せ。

 建御雷もあまり気の長い、温厚な神では無い。

 その苛立ちを示すように、彼女の周囲に紫電が走り、吸血姫の外套の表面を焦がす。

「妾にとっても、これは大事な預かりもの……お主が強大な存在なのは認めるが」

 はいそうですかと渡す訳にはいかん。

 一触即発の空気。

「馬鹿者共が!頭を冷やせ」

 その時、こうめの怒声が辺りに響いた。

 ただの人間の少女の可愛らしい声ではあったが、そこに込められた気勢は尋常な代物では無い。

 それは彼女の、陰陽師としての類まれな資質の故か、それとも思いの深さの故か、さしもの二人が闘気を削がれ、こうめの方を向いた。

「こうめ殿、しかしじゃな、妾の持つこれはおいそれと他人に渡せる物では……」

「この方は、庭の神様じゃよ」

 一つ拝んで置いても良い位じゃぞ。

 気勢が殺がれた二人の間に、するりと入りこんだ仙狸が、呑気な顔を吸血姫に向ける。

 冷静に見れば、お主ならば判るじゃろ。

「庭の神様じゃと……」

 仙狸の呑気そうな顔と声音に、毒気を抜かれた様子の吸血姫が、同様の表情を浮かべた建御雷の顔を見て、その後ろの社、そして、何やら凄まじい魔術の陣を張っている狛犬とおゆきに視線を動かした。

「……成程、そういう事か」

 吸血姫も魔術の達者、元よりこの庭の成り立ちや力の源の粗方は把握している。

 だが、まさか主無き状態で、式姫達だけでこの庭の力の源たる守護神を呼び出すとは。

「判ってくれたか、まぁ、この御仁の事はわっちとこうめ殿も保証するでな」

 その手にしたそれが何か、どれほど危険かは知らぬが。

「預けてくれぬか?」

 仙狸とこうめの顔を、しばしじっと見ていた吸血姫が、手の中のメダルをぎゅっと握った。

 これは真祖から、二人を呼び戻してくれと、妾の命と共に託された使命の鍵。

 だが。

「……承知した、預けよう」

 今の自分よりは、この庭を守護する神ならば。

 差し出されたメダルを、その力からは不似合いな華奢な手が受け取った。

「これが、どれだけ大事で、そして危険な物かは承知している……その上で確かにボクが預かる」

「頼む」

 その時、大地がぐらりと揺らいだ。

「……拙いな、流石にそろそろ限界か」

 建御雷が珍しく顔をしかめる。

 最初に比べると氷柱に宿る輝きが弱い、何より、その陣の中心で槍を地面に突き立てている狛犬の息が荒い。

 無尽蔵とすら思える体力を誇り、戦場を半日駆けまわって妖を蹴散らした後でもけろりとしている彼女が。

「もう少しじゃというに」

 こうめが歯噛みする、その隣で、仙狸が顎に手をあてた。

「ふむ、術を御するおゆき殿の負担の方が大きいかと思うておったが、要に掛かるそれが一番大きいか……」

 こういうのはやはり、やってみぬと判らんもんじゃな。

 低く呟いた仙狸が駆け出す。

「そちらの話しはわっちには付き合えなさそうじゃな、お二人、後は頼むぞ」

「仙狸!」

「こうめ殿、こうしてぐーたらしてる猫を飼っとくと、斯様な折に役立つ事もあるんじゃよ」

 全員が心を合せて動いては、状況の変化への対応が弱くなる。

 全体を観察し、効果的に事態を動かすために適宜補助となれる、自由に動ける存在の重要性。

 氷柱の間を器用に跳び抜けて、仙狸は狛犬と向き合うように立ち、その槍に手を添えた。

 それを押し戻そうとする凄まじい地下からの力を感じ、仙狸は肌が粟立つのを感じた。

(これだけの代物を、よくぞ……)

 ぎゅっと槍を握り、力を振るってその槍を地中深くに押し込む。

 負担が軽くなった事を感じ、訝しそうに狛犬の顔が上がった。

「……仙狸……ッス?」

 苦しげな彼女に、仙狸は安心させるように笑み掛けた。

「助太刀いたすぞ、建御雷殿が主殿を呼びに行ったでな、後もうちょっと頑張るんじゃぞ」

「わ、わかったッス!」

 

 大地の揺れが緩やかになったのを感じ、建御雷と吸血姫が緊迫した顔を見合わす。

「一つ確認だ、これは、この庭からあいつを連れ去った奴が持っていた円盤と対を為す物」

 間違いないな?

「間違いない」

 端的にそれだけ返答し、頷いた吸血姫の顔を見て、建御雷はニヤリと笑みを浮かべた。

「判った、なら呼べる」

 場所は……変えた方が良いか。

 そう口にして、彼女が軽く大地を蹴ったと見るや、その体が雷霆の如く空に閃く。

 その後を目で追った吸血姫が、戦慄の呟きを覚えず漏らした

「何たる速さじゃ」

 この庭の神というても、それでも式姫には違いない筈だというのに。

「建御雷殿は、本朝最強の軍神にして雷光の化身、そして地震を起こす龍を封じる地鎮の神」

 彼女が向かった先を見ていたこうめが吸血姫に顔を向ける。

「向かった先は、恐らく彼が連れ去られた場所……吸血姫も行くじゃろ? わしも連れて行ってくれ」

 何ができるかは知らぬ、だが、この顛末をわが目で見届ける。

 こうめの真っ直ぐな目を見つめ返し、吸血姫は頷いた。

 確かに、お主ーこの庭の主が守り育んでいる掌中の珠たるお主ーには、事の始末を見届ける責務があろうな。

「承知した」

 妾の飛び方の方が、人には優しいしな。

 夜空を引き裂いた光を追うように、巨大な蝙蝠の翼を拡げた吸血姫が庭の空に飛び立った。

「夜闇と魔術を統べる、吸血姫の王を、俺の式姫に……か」

「ええ」

 こちらを見上げる、深く澄んだ緑の瞳が美しい。

 ありがとう。

 君が掛けてくれた問いのお蔭で、俺は心が定まった。

 身勝手ではあるが、俺の望みが、はっきり見えた。

「俺はそれを望まない」

「そう」

 それを聞いた彼女の表情は変わらない、だが、ほんの少しだけ、その瞳が安堵に和んだように見える。

「だが……」

「……え?」

 言葉を続けた俺に、彼女の瞳が困惑に揺れる。

 それを見返しながら、俺は口を開いた。

「俺は、何があっても、何を負わせる事となっても……大事な友人には生きていて欲しい」

 たとえ今宵一刻の邂逅であったとしても、君は俺の大事な友達だ。

「故に、我は汝を式姫にと望む」

 そうだよ……俺がその生を望んだのは、真祖だとか闇の王とかじゃ無い。

 俺の大事な呑み友達の名前を……君がそう呼ばれる事を望んだ名前を口にする。

 

「白まんじゅう」

 

 彼女がきょとんとした顔で俺を見返し……ややあってその顔が笑み崩れた。

「何よ……それはー」

「魂を以て答えろと言っただろ、だから正直に答えたまでだ」

 俺ぁ気持ちの良い呑み友達に生き残って欲しかっただけ。

 さぁ、君も答えろ、白まんじゅう。

「あはは……何それ、この私にそんな」

 貴方は、私の力を知って尚、闇の王では無く呑み友達としての存在を、その命を賭してすら望むの。

 

 ……ばか。

 

 貴方は本当に……本当にばかなひと。

 こんな時に、そんな答えを出されたら。

「しかたないのー、このしろまんじゅう、のみともだちのためにー……」

 

 貴方の式姫になるしかないじゃない。

 

 契約は為された。

「ありがとう」

「よろしくねー」

 でもね。

 ちっちゃな体でぐっと胸を張って、手を上げる。

「まちがえないでー、わたしもー、あなたをー、しなせるきはー、ないからねー!」

 いかなる手を使ってでも生かしてみせるよ、私も……貴方も。

「ありがとよ、俺も出来たら死にたくはねぇからな」

 男が片膝をついて、彼女と向き合う。

「……時間が無い、始めるぞ」

「そーだーねー」

 もう、あの子を留める為に私が彼女から奪った時は殆ど残っていない。

 あの子の殺気が、こちらを貫いているのを感じる。

 あの子の今の力は把握した……正直、勝算は薄い。

 これから私に与えられる力で、あの子を止められるか。

 私があの姿を取り戻せる機は、恐らく一瞬。

 やるしかない……ね。

 力を抜き、目を閉ざす。

 その彼女に向き合い、男もまた目を閉ざし、大地に意識を繋ぐ。

「今ここに、天地と人を繋ぐ縁を結ぶ」

 白まんじゅうの周囲に、淡く光が走る。

 弱々しい光が彼女の周囲に、太極の模様を描き出す。

 彼女に、式姫として力を与える儀式が始まった。

 その様子を、息を詰め、物陰から伺う目があった。

 真祖も意識の中に入れていなかった為に、時封じの呪縛を受けずにいられた。

 無力な、ただの人間。

 二人の真祖の超絶の戦いなど、何をしているかすら見えなかった。

 あの大怪我を負った青年にすら、恐らく正面切っては立ち向かえない。

 壮年の終わりが見えてきている、ただの人間。

 真祖様は何故か……何をされたか知らないが、身動きを封じられてしまった。

 だが、あの方は必ずや、その動きを取り戻す。

 私は待った。

 必ず機会はある。

 あの方の御為に、私のような者でも、何か出来る事があると。

 そして、今、その時が来た。

 あの青年が何をしようとしているのかは、正直判らない。

 だが、何かをしようとしている。

 それは、恐らく真祖様の御為になる事では無い。

 青年が目を閉じ、集中を始めた。

 あの方の邪魔は……させない。

 走るのに向かない雪駄もしとうず(靴下のような物)も既に脱いでいる。

 慣れない手つきで、裾を絡げる。

 一つ深呼吸してから、彼は隠れていた物陰から、裸足で駆け出した。

 自らを鼓舞するためにも気勢を上げたかったが、一時でもあの青年に気が付かれる時間を遅らせる為に、息を詰め、密やかに。

 大地を蹴る足に、土や石の感触が生々しく感じられる。

 湿り、昼の熱を少しだけ宿した、夜の土と石。

 あの日、儀助に救われて牢を逃げ出し、夜の街の路地裏を駆け、そして破壊され尽くした商館に逃げ込んだ時の事がまざまざと甦る。

 そして、それはあの青年の傷や真祖達の戦いの光景が、拷問で受けた肉体の痛みや、私の全てを否定する心への暴力の記憶も呼び覚ます。

 その戦場に飛び込もうとする自分を思えば、脚が竦みそうになる。

 怖いのも痛いのも血も嫌だ……だけど。

 今は、あの時ー自分の命が懸かっていた時ー以上に、必死になる理由が、私にはある。

 もう二度と、私の生きる意味だけは失わせない、手放さない。

 何かを察知したのか、訝しそうにこちらに向いた青年の顔が驚愕に歪んだ。

「旦那!」

 あの青年がようやく私に気が付き、無事な方の手で拳を作るのが見えた。

 彼に立ち上がる時間の余裕は無い、膝立ちのまま、鋭く繰り出されたその拳が私の方に伸びる。

 だが、私はそれより先に、悲鳴のような叫びを上げながら大地を蹴って文字通り彼に飛び掛かった。

 脇腹の辺りに痛みが走り、息が詰まる。

 だが、既に飛んでいた私の体は、痛撃に止まることなく、彼の体をその場に押し倒した。

「てめぇ!」

「邪魔はさせません!あの方が動けるようになるまでは!」

 馬乗りになった私を跳ね除けようとする力が、想像した以上に物凄い。

 細身の、しかも大怪我を負ったその体のどこに、そう思う程の、若く鍛えられた彼の力に負けそうになる、それを全体重と力を込めて押し戻す。

 少しの時間で良いのだ、少しで。

 あの方が動けるようになる、それまでの間。

「大人しくして下さい!」

 

 悲鳴のような旦那の声を聞き、俺は少し冷静さを取り戻した。

 旦那は短刀の類は持っていない……そして、俺をこの有利極まる状況からすら、効果的に制圧するだけの武術の心得も、こうした状況で冷静に振舞う訓練も出来ていない。

 胸下辺りの気脈を全体重を掛けて制圧され、後は襟首でも締め上げられていたら、俺はお終いだったろう。

 ……ならば。

 俺は、抵抗を止め、旦那に制圧されたような位置で体の力を抜きつつ、両腕の自由だけは確保した。

 左手を大地に当て、意識を集中すると、俺に応える力の気配を感じる。

 良かった、召喚の陣は、まだ無事。

 俺の抵抗が弱まったのを、観念したとでも思ったのか、明らかに上に乗っている旦那の力が僅かに緩む。

 まんじゅうは動かない……彼女は判っている、今のひ弱な自分が何かした所で、旦那を止める事も出来ない上に、今自分が集中を切れば、式姫召喚の儀式自体が失敗する事を。

 そして、もう、時が無い。

 殺気が、この小さな閉じた世界を満たすのを感じる。

 あいつが動き出す、その前に。

「神、人の力たれ」

 ならば俺は……俺のするべき事を。

 その口元が殴りつけられた。

 どこか切れたのか、血の不快な味が口中に拡がる。

「黙って、お願いだから黙って下さいよ!私はこんな事したくないんです」

 敵たる俺を殴る拳にすら僅かな躊躇いがあった。

 もう一度振るわれた拳が、口元では無く、頬を捉える。

 そうか……旦那、あんたはそういう人なんだな。

 だが、悪いが、俺も退く訳にはいかん。

 何か、空気とも言えない何かが揺らいだのを感じる。

 それが、奴の時が動き出した、その揺らぎである事を、俺は何となくだが感じていた。

「人、神の力たれ」

 俺と彼女、彼女と俺の間に、縁が繋がる。

「彼を黙らせて! 言葉を出させては駄目!」

「真祖様!承知しました!」

 旦那が喜悦の叫びを上げながら俺の襟首を力いっぱい掴む。

 このまま締めあげられたら拙い、俺は傷ついた右手を襟元に差し入れ、首の気脈を制されるのを何とか防いだ。

 だが、そのままお構いなしに、旦那は俺の襟を締めあげた。

 止血した右腕の傷が開き、激痛と共に再び血が噴き出す。

 耐えきれず、俺の口から掠れた苦鳴が漏れる。

「よくやったわ、そのままそ奴を押さえておいて」

 彼女の声が響く。

「動けるようになられましたか!」

 勝った、あのお方の勝ちだ。

 どこか狂気すら感じさせる声と共に、俺の襟首を締める力が強くなる。

 だが、右手は潰されたが首の気脈は……言葉はまだ俺の物だ、榎の旦那よ。

 俺は肺に残った気と、願いのありったけを言霊に託し、掠れる声を上げる。

「し……」

「まさか、まだ喋れる?!」

 襟を締め上げる力が強まる、だが、もう遅い。

 この力は既にあいつに流れ込みだしている。

 俺の力の全てを受け取って……そしてこの世界に来たれ。

「式姫よ、あれ!」


 
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