No.105750

真・恋姫無双 ~不動伝~ 開幕

初めまして。もちら真央です。
今作品は、真・恋姫無双の二次創作SSです。

2009-11-07 15:24:31 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:5455   閲覧ユーザー数:4535

 

本作品はオリキャラが主人公のために、以下の条件の下で大丈夫な方のみお読みください。

 

・オリキャラが中心となる物語

・北郷一刀は存在

・蜀√を軸に『三国志』『三国志演義』を交えていきます

・本作品にて三国志のことも触れていくつもりです

 そのため、『三国志』モデルのオリジナル武将、軍師が出てきます

・作者の力不足による描写不足

 

後、登場人物の名前の表記に関しましては原作準拠です。

例えば、鳳統ですと「鳳」の部分は「龐」が正しいです。

公孫賛ならば「賛」の部分は「瓉」が正しいです。

ですが、原作と違うことで違和感を感じる読者もいらっしゃるだろうと思い、原作に登場している人物に関しては原作準拠です。

それ以外の三国志の人物に関しては本来の表記で書かせていただきます。

 

以上の条件を受け入れられる読者の方だけ、引き続き本作品を楽しんでいただければ幸いです。

 

 

 

 

木々に覆われた上空から僅かばかりの木漏れ日が差す中、少年は歩き続けた。

宛てなどなく、進むべき方向すら定かではない。

漏らす息も上手く呼吸を行えていないのか荒々しい。

足取りはふらつくばかりで、木の幹に体を預けながら前に前に。

時折隆起した木の根に躓いては力なく倒れる。

少年の外見は、今まで幾度となく躓いたのか砂埃に塗れていた。黒髪もぼさぼさで、数枚の枯葉をつけている。

いや、それ以上に目についたのは彼の左肩部分。

砂埃の下に左肩から肘にかけてどす黒く染まっていた。

良く良く目を凝らせば、やや赤黒いのが分かる。

血を見たことがあるならば、これが出血して既に久しいと判るだろう。

右手を木の幹に添えてふらつく体を必死に起こして、また歩み始める。

傷を負った左腕はだらりとぶら下がっており、力を入られないのが判る。

血を流し過ぎて、覚束ない足取りでも尚歩み続けるのは、偏に生き延びるためだ。

しかし、頭でそう理解していても体の方は既に限界。

休むこともなく強行してきた体がついに悲鳴を上げて、膝から崩れ落ちた。

血を失い過ぎた体は即刻休息を求め、少年の瞼を閉じさせようとする。

荒い息をつきながらもそれだけは固持するばかりに唯一動かせる右手を前へ伸ばす。

だが、腕が伸び切って這わせる前に意識が、プツリと糸が切れた様に途切れた。

 

 

森の中に二人の少女。

一人は、若竹色のリボンがついた臙脂色のベレー帽を被る、栗色の短い髪の少女。

もう一人は、同じく若竹色のリボンがある魔女の様な藤色のとんがり帽子を目深に被り、淡い群青色の長髪を二つに束ねた少女。

どちらも年齢は十を越えたばかりの幼さであるも、整った顔つきは可愛らしさが見られる。

細部にこそ違いはあるが、白のワンピースに腰には帽子のリボンの色と合わせた帯。

それぞれの帽子と同じ色の長袖の上着を羽織り、全体的に同様の服装をしている。

二人の手には大小様々な野草が摘まれた籠を手にしていた。

 

「しゅ、しゅしゅしゅ、しゅり、朱里ちゃん!」

 

「どう、どうしたんですか? 雛里ちゃん。そんな慌てて」

 

突如として声を荒げたのは、後者の少女――雛里。

内向的で普段から大声を上げるような少女ではないことを知っている、前者の少女――朱里は、些か吃驚しながらも先行する形だった雛里の隣に並ぶ。

その雛里が声を荒げるとは何事なのか。雛里の横顔を覗き込んでみたが、雛里の視線は前方に固定されたまま朱里の視線に気付いた様子はない。

声をかけても目を向けても無視されてしまったことに若干ながらも不満を持ちながらも雛里と同様に視線を前に向けてみれば――あっという間に不満は消し去った。

目の前の光景、というよりも目の前にあるもの。それが、二人の動きを停止させることになってしまった。

目の前のそれ――言うまでもなく、左肩を負傷した少年だった。

山菜や薬草を取りに来る人以外踏み込むこともなく、またそれといった大型の獣がいない森の中、それは異常。

今まで何度か足を運んだことのある二人だったからこそ、この光景にすっかり思考が止まってしまった。

先に我を取り戻したのは、朱里の方。「はわっ!?」と驚きの声を上げながらも隣の親友を肩を揺らす。

 

「雛里ちゃん! しっかり!」

 

「……あ、あわわっ! ど、どうしよう朱里ちゃん」

 

流石に肩を揺すられたことで我を取り戻した雛里は、この現状をどうすべきか朱里とともに悩む。

初めて遭遇する異常事態に二人の思考は初めこそまともに動いてなかったが、すぐさまに冷静さを取り戻していくと瞬く内に思考を巡らす。

 

「どう見ても私たちじゃあ、連れて帰れないよね?」

 

「うん。七尺五寸はあると思うし、私たちだけじゃ無理だと思う」

 

少女二人の身長はおよそ六尺ほどだ。一尺が二十三センチほどの長さになるので、少年との身長の差が三十三センチほどもあるということになる。

その差は、まだ子供と差し支えない少女の細腕では例え二人掛かりでも平坦な地面ではない森の中では引き摺ってもいけない。

そして何よりも、だ。砂埃に塗れているが、一目見て左肩の裂傷が危険だと判断し、傷口を尚開かせるような行動は迂闊に取れない。

 

「雛里ちゃん。私、水鏡先生を呼んでくる」

 

「私は応急手当をしておくね」

 

自分たちだけではこの現状を打破出来ないと素直に認めた二人は、二人の師である水鏡と呼ばれた人物を呼ぶために朱里が一目散に飛び出す。

雛里は少年の傍まで駆け寄り、少年の容態を診ることに当たった。

水鏡たる人物から教わった処置はその場凌ぎのものだと教わっているが、それを行うかどうかで生存率が大きく変わることもまた教わっていた。

そして、その手当てが遅ければ遅いほど生存率も落ちていくということも。

懸命に小さな頭脳から教わった処置を思い出しつつ、一刻も早い二人――朱里と水鏡の到着を祈りながら雛里は処置を始めていった。

 

 

 

 

 

 

真・恋姫無双 ~不動伝~ 第一話 開幕

 

 

 

 

 

 

ぼんやりとだが、少年の意識が覚醒していく。

覚醒する意識に釣られるように目を開けてみれば、飛び込んでくる風景は全く心当たりがないものだった。

天井には照明器具は見当たらず、黄色がかった壁は土壁のように見える。

そして、部屋の調度品のどれもが中華風と呼べる装飾がなされていた。

余りにも自分の取り巻く環境に違いを見出した少年は、驚きの余りについ飛び起きてしまう。

その行動で左肩から鋭い痛みが混乱していた頭に駆け登り、少々ながらも冷静になれた。

 

「そういや、左肩を……」

 

この現状に対してまだ理解が及んでないしも怪我を治療してくれて、且つ拘束も監禁もないことから一先ず危険はないと至る。

とりあえずはと少年は、この状況を把握するまで自分の今までのことを掘り起こしていく。

 

 

少年の名前は、不動信也。聖フランチェスカ学園に通う学生で、いつもの日々と変わらず授業の準備をして、学園に通っていた。

授業が終わると、その日シフトが入っていたアルバイトに向かうためにクラスの友人の会話もそこそこに学園を後にする。

ただその日は、信也が入っていたシフトの後に入っているアルバイトの子が時間を間違えて遅れてきたのだった。

差し当たり急ぐ用事のない信也は、遅れてきた同僚が引き継ぐまで時間を延長して働いていた。

そのためにいつもより遅い時間での帰宅になってしまった信也は、慌てて下宿先である学園の男子寮を目指していた。

だが、その時だ。

学園に足を踏み入れた時、何処かから物音が信也の耳に届いたのは。

空耳だろうと間違われるほどの微妙な音量だったが、高校生という青春真っ只中の信也にとって好奇心に惹かれるものである。

耳を澄ましてみれば再度物音を捉えた信也は、物音の方角に当たりをつけると軽く走り出す。

当たりをつけた方角が合っていたのか徐々に物音がはっきりしてくると、鈍く物々しい音だというのが分かってくる。

大方喧嘩でもしているのだろうと野次馬根性をさらに燃え立て、信也は物音の発生源に足を急がせた。

そして、この角を曲がればという所までやって来た時に二人の男らしき声まで聞こえてきた。

片方は聞き覚えがあり、クラスの友人の顔が浮かんでくるが、喧嘩をするような性格に見えなかったために信也の表情には驚きが混じっていた。

そして、もう片方の声は全くと言っていいほど聞き覚えがなかった。

近年女子高から共学化を迎えたばかりの聖フランテェスカ学園は、男子生徒がまだ非常に少ない。

その大半が寝食をともにする男子寮に住んでいるのもあって、男子生徒にとって男子全員ほぼ顔見知りである。

その事から一瞬事件の臭いを嗅ぎ取った信也は、友人の助けに入るべく角を曲がった瞬間に強烈な閃光に包まれた。

前方から途切れ途切れに二人の会話が聞こえては来たが、光に包まれた体は身動きはおろか声を発する事も不可能。

そして、信也が体の自由を取り戻した時には――

 

「……どこだ、ここ?」

 

そう呟かざるを得ないほど見たこともない土地で寝転がっている自分である。

信也の周囲には鬱蒼と木々が生え茂っており、明らかに森と言える規模だ。

やや斜面になっていることから山道だと感じ、木々が開けた先の地平線は荘厳と聳える山々とアスファルトに舗装されていない地面が剥き出しの荒野がある。

信也にとって初めて目にするものが広がっており、明らかに日本ではないと悟らせるほどのものだった。

若き頃は海外ボランティアだった父親に連れられ、それなりに海外を見て回った信也でもどこの国かは判断し難い。

だが、黄色い大地と岩山を見ていると漫画やゲームで見そうな中国を思わせる。

 

「えーと、もしかして拉致とか」

 

体が閃光に包まれてからの記憶が一切ないためにそう判断を下したのだが、それにしても可笑しいと考え付く。

何かしらの利益を得られるからこその拉致行為ではないのか。

せっかく拉致出来た身柄であるのにこのような山中に置き去りにする真似をするのだろうか。

しかし、信也は縛られることもなく、いつの間にか見知らぬ土地で寝ていただけ。

既に用済みだとしても、いとも簡単に解放するのは無用心過ぎる。

信也が無事日本に戻られたなら、この拉致事件が白日の下に晒されることになるのは明白。

例え利用価値が無くなったとしてもここまで大胆に放置することは無理なはずである。

山の中に捨て置けば、意識を取り戻したとしても彷徨うだけだと考えているのだろうか。

 

だが、そうは簡単に問屋は卸さない。

ご自慢ではないが、ボランティアを引退し、現在登山家である父親に登山のための知識、技術を教えられた。

遭難をしたとしても救助が来るまで生き長らえるための方法も過去にあった遭難事故を踏まえながら叩き込まれている。

その中には山中の食べられる植物から果ては蛇の捌き方や虫までもある。水分を補うための方法もある。

小学四年の時には父親とともに富士山登頂を果たした信也も流石にこの状況は初めてだが、一週間は生き延びてみせる気がある。

 

余りにも非日常的な展開に頭の方が混乱しかけていたが、生き延びるためには行動だと考え、立ち上がる。

まずは人がいる場所を探そうと歩き始めようとしたところ、前方から近寄ってくる影が三つ。

人に出会えたことに安堵と嬉しさが込み上げてきたが、同時に拉致犯人ではないかと警戒を訴える理性も消えていない。

相手の出方次第ではすぐさま森の中に逃げ込む算段を働かせる。

丸腰の身で、また一切見知らぬ土地で初対面の人間と出会うのは危険が伴う。

日本とは全く違う文化、価値観を持った相手に対して、こちらの持つ常識が通用するとは限らないからだ。

差し出された手ならば躊躇なく差し伸ばせる。だが、こちらが差し出した手を相手が差し伸べるかは別問題。

己の身を守られるのは、己自身。世界はいつだって二律背反なのだ。

 

 

なにやら話し合っているようだが、声の質から三人とも男だと判る。

姿も判るようになってきた。かなり特徴的な三人三様だ。

左の男は背が低い。中学生だと言われても通用しそうなほど背が低い。ただ、その三白眼はどう見ても中学生ではないが。

真ん中の男はとりわけ高くもなく低くもないが、口髭をちょこんと生やしている中年の男だ。

そして最後の右の男は、一番インパクトが強い。なんと言っても大人二人分以上の腹回りではないかと思わせるほどの肥満体である。

よく山道を歩けるものだと感心したいくらいであった。

三人とも身体的な特徴はバラバラだが、身に纏っているものは微塵の違いもなく同一だ。

頭には黄色の布切れを巻いており、胴体部分には革で出来た防具をつけていた。

何よりも手にしているのは、差し込む木漏れ日を受けて鈍く光る刃物。

信也の知る日常ではないと、これが現実だと教え込まれるかの光景。

本来ならばここで覚悟を決めねばならなかった。

だが、海外を体験しようとも山の怖さを知っていようとも現代日本を生きる信也にはまだ覚悟が足りなかった。

ボランティア精神をも兼ね備えていただけに、相手にも善心があると一縷の望みを持ってしまっていた。

会話を試みてみようと選択してしまった。

 

「おい、兄ちゃん。珍しいモン着てんじゃねーか」

「アニキ、あの服なら高く売れそうでっせ」

「そ、そうなんだな」

 

真ん中の男が声をかけてきた。それに合わせるように横の二人も思ったことを口にする。

どうやら、真ん中の男が首領格のようだ。横の男は判りやすく、チビとデブにしておこう。

 

「……服というのは、これのことで?」

「あぁあ! 判り切ったことを抜かしてんじゃねーよっ!!」

 

チビが凄みを利かせてがなり立ててくる。

信也よりも背は低いが、今まで何度もやってきたのだろう。そこらの不良生徒とは違って、様になっていた。

もっとも信也にとって驚いたことは、凄まれたことではない。

日本語が通じているということだ。東洋系の顔つきだったから中国語か韓国語かと思っていただけに面食らう。

 

「兄ちゃんよ。痛い目に遭いたくなきゃ、俺たちゃあの言うことを聞きな」

 

三人の首領格であるアニキが、躊躇もなく抜き身の剣を信也の頬に当てる。

下手に動けば頬が切れるほどの近くにある剣は、素人目で見てもレプリカでもないことが判る。

これを当てて引けば、人の肉を裂くなんて容易なことなのだろう。

自分がどれだけ愚かな選択をしてしまったのか。今更になってようやく気付く。

もっとも気付いただけでは終わらない。

今完全にこの土地で生き抜くには他人を見極めないといけないと知った信也は、この場を出し抜くための策を思い描く。

素直に服を渡すのもあるが、山の中で丸裸は流石に危険だ。夜の山は冷える。暖を取れなくなると体調を崩す原因になる。

登山用の格好でないが、身の着のままであるフランチェスカの制服でもなんとしてでも渡すわけにはいかない。

そして、危険を伴う策とも言えない策を一つ思い付く。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だと腹を括る。

 

「分かりました。服を脱ぎますので、剣をどけてもらっていいですか? じゃないと切ってしまいそうなので」

「物分りがよくて助かるぜ。ほらよ」

 

スムーズに事が進んでいることでにやついた笑みを浮かべる三人の盗賊。

頬に当てられていた剣が引かれ、安堵の息をつくがすぐに気を引き締める。

男たちは腰に手を当てて、信也が服を脱ぎ出すのを待っている。

気が緩んでいると確信した時、信也の体は躊躇うこともなく背後の森目がけて突っ込んでいった。

 

「はっ!?」

 

流石の男たちも命令に恭順していた信也の突然の行動に一瞬理解が及ばなかったが、こけにされたと分かれば顔を真っ赤に染めて追いかける。

 

「下手に出てりゃあ調子こいてんじゃねーぞ、このクソガキがぁ!」

 

反応が一番に早かった首領格のアニキがすぐさま走り出し、信也の背後を取ると手にしている剣を一気に振り下ろす。

走りながらであったから狙いが逸れたのか、それでも剣の切っ先は外れることもなく信也の左肩に届いていた。

肉が切れる感触を確かに感じながら、アニキは笑みを浮かべる。これで怯んだはずだと。

信也は突然左肩に襲い掛かった激痛と衝撃にたたらを踏んだが、生存本能が痛覚を超えて体を突き動かす。

腕を振れなくなって、血を垂れ流すだけの左腕をそのままに、小枝に顔を切り裂いてでも前に前に入っていく。

剣を振るう隙を衝かれて引き離された野盗の男たちは、苦々しく唾を吐き付けるとその場に立ち留まった。

 

「あ、アニキ。追わなくてもいいんだな?」

「あー、あそこまで離されちゃあきついだろ。服もあれだけ血がついちまったら大した価値にもならねーよ」

 

せっかく光を反射させる、好事家が気に入りそうな珍妙な服を手に入れても、それが血で汚れていれば価値も失くなる。

剣で破れた箇所を直せるほどの小手先の技術も持ち得ていない三人からすれば、わざわざ森の中に入ってまで追いかけるだけの価値がもうないのだ。

他に金目の物でもあれば考え物だが、男たちが目にしたのはあくまで信也が着ていたフランチェスカの制服だけ。

深追いしすぎて森の中を彷徨うことになるのも馬鹿らしくもある。

 

「ま、あの傷じゃあ早いとこ手当てでも受けねーと勝手にご臨終だろ」

 

斬った感触を味わった男はゲラゲラと笑い、弟分の二人を連れて山を下りていった。

 

 

「あは、あははは……そうだ、そうだった」

 

ようやく自分がやってきたことの無茶を思い出した信也は、唯一動かせる右手を顔に乗せて乾いた笑い声を出す。

生きていることに対する感動はまるで浮かばない。自分の甘さに対して笑いがこみ上げてくるだけだ。

今頃になって恐怖が浮かんでてき、体が強張ってくる。

いくら事前に可能性の一つとして思い浮かべても実際にあんな目に遭えば、嫌でも恐怖心は駆り立てられる。

一通り笑うと現状について思考を働かす。過程は思い出せたが、最初の状況と殆ど変わっていない。

場所を移しただけで、ここが何処かすら分からないのだ。

ただ建物の中にいて、手当てがされていることから話が通じる人がいるのは、前進と言えばある意味前進。

人を探しに動き回りたい衝動に買われるが、入れ違いになってしまうかもしれない上に建物の構造を知らない以上迷うだろう。

結局のところ、人が来るのを待つしか選択せざるを得なかった。

幸いにも信也の周囲にあるのは、彼が見たこともないものだらけ。そこから何処の国か推測して時間を潰せた。

そして、そう待つこともなく一人の人物が扉を開けて入ってきた。

 

「あら、目を覚ましていたのね」

 

入ってきたのは、見た目麗しいご婦人だった。纏められた茶色混じりの黒髪に、柔和な笑み。

身にしているのは着物かと思えたが、ゆとりのある様から歴史の参考書で見た、古代中国の着物に思える。

しかし、清楚とはこういうのだろうと信也はしばし癒されたが、ようやく待ち望んでいた話の通じる人が来たことで気を引き締める。

信也の気の引き締めを感じたのか、婦人は一瞬苦笑いをしたが悟らせない。

柔和な笑みをそのままに、手にしている水の入った器を側の机に置いた。

 

「気分は大丈夫かしら?」

 

寝台の横にあった丸椅子に腰がけて、信也の容態を尋ねる。

そこにはただ相手のことだけを気遣う、心配の音色しかなかった。

ただ、日本語であることが未だに謎である。ここが日本でないのは、剣を持った野盗に襲われたことからよく分かる。

というよりも今の日本にあの広大な荒野を見逃す手はないはずだ。

 

「ちょっと肩が痛いですけど、後は大丈夫です」

 

本当は寝過ぎによるものか体も気だるかったが、そこまで情報を開示する必要はないと判断する。

怪我人病人をどこまでも気遣うだろうこの婦人にあまり心配をかけたくなくなったのもあるが。

 

「それならよしよし」

 

満足いく返答を得られたようで、婦人は笑みを朗らかに深めていく。

信也も婦人の人懐っこい笑みに釣られて、はにかみながらも微笑んだ。

 

「じゃあ、ちょっと訊きたいのだけど」

 

「はい」

 

「貴方は、森の中で倒れているところを見つけて、ここまで運んで来たの。

自分のことは分かる? もう三日も寝込んでいたから」

 

予め質問を予想していた。やはり、あの森の中で倒れていたのか。体の気だるさも分かった。

しかし、予想していたとしてもどう返すべきか悩んだが、信也は自分の身に起きたことを話す決断をする。

僅かばかりしか言葉を交してないが、信用たる人物とも聡明な人物とも思わせる物腰と雰囲気があった。

ならば、大きく出るのもいい。

言葉が通じることはまだ不可解だが、信也にとって気楽なものだから難しく考えることは止めた。

今は現状を知ることを優先すべきだ。

 

信也は、まずこの土地の者ではないことから話す。日本の東京、聖フランチェスカ学園に在籍していること。

そして、光に包まれて意識を失った。目を覚ませば、何処かの山中であったこと。

そこで野盗に襲われて命からがら逃げ延びてきたが、血を流し過ぎたのか再び意識を失ったこと。

二度目の覚醒は、今ここに至るという大筋を漏らすことなく話し、綴っていく。

婦人は相槌を打つことはあっても、合間に疑問や質問を挟むことなく信也の話にただただ耳を傾けた。

 

話の結末を迎えたのだろう。口を閉じて、息をつく信也の双眸を婦人は覗き見る。

婦人の瞳を逸らすことなく悠然と、忽然と泰然と受け止めている。

何も疚しいことなどない。嘘偽りを語ったつもりは毛頭ないと最後はその両眼で婦人に訴えていた。

 

「不動さん、でしたね?」

 

「はい」

 

「貴方の身に起こったことを分かりました。

 まず、ここは荊州襄陽。私が経営する私塾、水鏡塾という女人塾。

 貴方の言っていた日本という国ではないわ。というよりも日本という国自体、聞いたことはないのだけど」

 

最後に「御免なさいね」と答える婦人は、力になることが適わないことに顔を俯かせた。

ようやくここが何処なのか知ることが出来た信也だが、全く聞き覚えのない地名だった。

名前からして中国なのだろうが、荊州は聞いたことがない。一方で、襄陽という名前には引っ掛かりがあった。

それ以上に日本語を使っていながら日本を知らないというのはどういうことだろうか。

余りにも常識の範疇を超えている。知れば知るほど深みに嵌っていく気がしてならない。

もやもやとする疑問だが、信也はひとまず日本語の疑問は脇に置いておくことにする。

 

「えーと、じゃあここはなんて国ですか?」

 

手っ取り早く国の名前を教えてもらう。一々推測するのも億劫というか、わざわざそんな手間をかける暇はない。

答えを持っている人が目の前にいて、質問に答えてもらえるのだ。これを使う手はない。

 

「この国は、光武帝が建て直した後漢。今の皇帝は、劉宏陛下という方ね」

 

「はい?」

 

一瞬思考が停止し掛ける。この婦人は、今なにを申したのかと。

後漢と言えば、中国の王朝の一つでなかったか。それも約二千年も前の王朝だ。

それ以上に信也の頭の中で、今まで謎だったものがパチリパチリとパズルのピースを一つ一つ嵌め出していく。

荊州、襄陽、水鏡、後漢、劉宏。どれも聞いたことがある、読んだことがある単語だ。

漫画としてゲームとして、日々の娯楽の中で目にしたものではないか。

それについ先日、学園側から出された課題の中に新設された博物館の感想を書くというものがあった。

その博物館には後漢時代の歴史的資料が並べられていたのが思い出される。

あの時、三国志に詳しい友人とともに女好きの悪友に散々説明をかましていたのが懐かしい。

 

「……そう言えば、貴方の名前を聞いていませんでした」

 

「あら? まだ名乗ってなかったかしら。御免なさいね、貴方だけ名乗らせておいて」

 

信也は頭を下げる婦人を両手を振って許すが、水鏡の単語の時点である程度予想していた。

頭を上げた婦人は着物の衿を正し、咳を一つすると穏やかに名乗り上げた。

 

 

「姓は司馬、名は徽(き)、字は徳操。町の人や生徒からは、水鏡先生と言われているわ」

 

目頭を押さえたくなる衝動に衝かれるが、なんとか心の中に押し込める。

とはいえ、予想していても外れてほしいものというのはある。

信也にとって、婦人――司馬徽の返答がまさにそうであった。

司馬徽は、男性であったはずだ。女性だったなんてことは聞いたこともない。

ここで信也の頭は一つの仮説に辿り着いた。というよりもこれしか思いつくものがなかった。

ここは、異世界――パワレルワールドと呼ばれる世界だ。

恐らくは後漢末期をベースにした世界だろう。歴史に『もしも』も『たら・れば』もないが、その可能性の一つに進んだ時の世界。

日本語が通じているのもこの辺りのご都合なのだろうか。

まず、一体どのような改変を受けた世界なのか。調べてみることにした。

パラレルワールドである以上、信也がいた世界とは何かしらの改変があるはずだ。

司馬徽――水鏡と言えば、真っ先に思い浮かべるのは後の時代の軍師たち。その軍師たちが在籍しているのか、訊いてみることにした。

 

「もしかして、鳳統とか徐庶とかいたりします?」

 

「……どうしてこの土地を知らない貴方が、私の生徒を知っているのかしら?」

 

司馬徽の表情が、見る見るうちに警戒の帯びた色に変わっていく。どうやら生徒想いの良き先生のようだ。

この時期に三国志で有名な軍師たちがいることは、紛れもなくここはパワレルワールドだろう。

さらに放っておけない単語があった。確かここは、女人塾と司馬徽は答えたはずである。

考えたくもないことだが、この世界が受けた改変と言うのはこのようなことではないか。

『三国志に出てくる有名な人物は、女性に変わっている』と。

我ながら突拍子な仮説だと思えたが、今までにもたらされた情報を築き上げていくとそうとしか思えない。

未だに警戒心を解かずにいる司馬徽に信也は先程考え付いた自説を述べていった。

 

「まさか……でもそんな。いえ、そう考えると貴方があの二人を知ってても可笑しくないわ」

 

流石の司馬徽も呆然としていたが、『臥龍鳳雛』の片割れである『鳳雛』と呼ばれた天才軍師、鳳統が師事していた程の者だ。

信也よりも遥か理路整然とした理論で信也の仮説を肯定していく。

 

「信じ難いけど本当みたい。貴方が言った、三国志と言うものに出てくる人は、私が知る限り――殆どが女性よ」

 

「うわぁ、やっぱりそうなんですか。自分で言ってなんですが、信じ難いですわ」

 

それから信也がいた日本のことについて色々と聞かされたので、信也の答えられる限りのことを答えた。

学者として未知なるものに対する知的好奇心と言うものだろうか。信也の日常生活を答えるだけだったが、ただただ感心の声を上げた。

 

「うーん、話を聞くと貴方が『天の御遣い』かしら?」

 

「『天の御遣い』? なんですか、それ」

 

三国志の内容を思い出してみようともそのような人物はいなかったはず。

それに『天の御遣い』という大仰な呼び名がまた胡散臭くて、信也は顔をしかめた。

 

「最近、都のほうで噂になっているみたいよ。なんでも『東方より飛来する流星は、乱世を治める使者の乗り物』だとか」

 

「で、司馬徽さんはその流星を見たので?」

 

「水鏡で構わないわ。流星のことだけど、ここよりも遥か北の方に落ちる流星なら」

 

「じゃ、俺はその『天の御遣い』じゃないっぽいですね。それに『天の身遣い』ならこんな怪我を負わないですよ」

 

右手人差し指で包帯が巻かれている左肩を指しながら、信也は自虐的に笑う。

その言葉に水鏡も言葉を濁して苦笑するが、表情を再び硬くしていく。

 

「それにしても裏手の山からも野盗が出てくるなんて……これも世の末かしらね」

 

後漢末期は、それも崩御後霊帝と呼ばれる劉宏皇帝の時代は悪行三昧とも言える。

宦官は私腹を肥えるために民に無茶な徴税し、その税を横領しては上に賄賂を贈り、更なる役職に上がり詰める。

賄賂を贈らぬ者にはその地位を剥奪し、更には一族郎党にまで罪は及ぶ。

民は度重なる徴税で日々の食事さえ当てにはならず、税を払わなければまた大罪となる。

そのような日々から逃げ出すかのように民草が、盗賊に身を落とすのも多くない。

ないのならば、あるところから奪えばいい――ただそれだけで同じ民草から略奪し尽くすのだ。

飢饉、旱魃、疫病も相まって、民たちにとってこの時代はまさに生き地獄と呼べたはずだ。

 

「官の腐敗に飢饉、そして飢えを凌ぐために賊に成り下がる。確かに世も末ですね」

 

「貴方の国は、そういったことはないのかしら?」

 

「日本――俺が住んでいる国は、豊かですよ。そこら中に食べ物がありますし、もう食えないからと捨てるぐらいです。

 そう考えると俺がいた国を、天の国と呼べることは呼べますね。もっとも金がなけりゃあ、食っていけないですけど」

 

「そうなの。うふふ。やっぱり貴方は、天の住人ね」

 

「うーん、『御遣い』よりかはマシな呼び方かな」

 

ふと、信也は視線を下げて自分の格好を見る。今更ながら自分の格好が、ここに飛ばされた時に着ていた学園の制服ではないことを知る。

浴衣のような寝間着で、部屋を見渡しても学園の制服はどこもなかった。

 

「水鏡さん。あの、俺が着ていた服は一体?」

 

「ああ、貴方の服ね。怪我の治療にするために脱がせてもらったのよ。汚れていたし、傷口に障るから。

 今は、貴方を見つけた二人が洗濯をして、破けたところを縫ってもらってるわ」

 

「俺を見つけた二人? 水鏡さんが見つけたんじゃあ?」

 

ここでまた新しい情報が入ってくる。信也の中では水鏡が見つけて、ここまで運んできたという流れである。

疑問に思っていたところ、扉から可愛らしい声が届いてきた。

 

「水鏡先生! あのっ、この服なんですけど、とっても凄いんですっ!」

 

「しゅ、朱里ちゃん。お、落ち着いて」

 

なにやら興奮し切った少女に、おろおろと落ち着かせようとする少女。

年の頃はまだ十を過ぎたぐらいかなとぼんやりと思っていた信也の目に、興奮する少女の手にある物が入ってくる。

それはまさしく信也が着ていた聖フランチェスカ学園の制服であり、洗濯されたのか見事なまでの白さを取り戻している。

 

「あ、それ、俺の制服」

 

「え? はわわっ! 目を覚ましていたんでしゅ、か。はぅ、噛んじゃった」

 

「二人とも、患者の前よ。静かにしなさい」

 

水鏡の静かなお叱りを受けて、二人の少女はしゅんとなる。

なんだか頭を撫でてやりたくなるような保護欲が掻き立てられるが、それは流石に拙いだろうと我慢する信也。

もっとも撫でてやりたくても寝台の上から抜け出せない身なのだが。

 

「そうだわ。せっかくだから紹介しておきましょう。

 不動さん。この二人が倒れていた貴方を見つけたの」

 

水鏡に促されてその横に並ぶ二人は、まだ緊張一杯といった表情で各々の自己紹介を始める。

 

「わ、私はしょ、諸葛亮。字を孔明れしゅ」

 

「私は、えと、あの、その、ほ、鳳統、でしゅ」

 

見事な噛みっぷりを披露してくれた二人に水鏡は苦笑いを浮かべるが、信也にとってそれ以上に衝撃的なものがあった。

左のベレー帽を被った少女が諸葛孔明で、右のとんがり帽子を被った少女が鳳統。

それを理解するのに数秒。息をするのも忘れていたのではないか、というぐらいに信也の体は硬直していた。

反応がないことに戸惑う三人。どうしたものかと水鏡が信也に声を掛けようとした時――

 

「俺の諸葛亮と鳳統を返せぇぇぇ!!」

 

信也の十七年間の人生で一番の雄叫びが、水鏡塾に木霊した。

 

 

 

 

 

          第一話、完

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

タイトル追加、本文を若干訂正しました。

 

2009/11/21

 

 

 
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