No.104951

真・恋姫†無双『乱世に舞う乙女』No.5

雪音紗輝さん

久しぶりの更新となります!
今回は黄巾党戦になりますよ☆

次回拠点フェイズの攻略キャラアンケートもありますので、よしなに

2009-11-03 14:58:30 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3790   閲覧ユーザー数:3091

 

 

「…偵察に出していた斥候から報告がありましたが、ここから60里程離れた森の付近を黄巾党と思わしき集団が進軍中だそうです。このまま奴等に何事もなければ、明日の明け方にはこの付近に到着するかと」

 

 苦々しげな表情でそう報告する凪。

「んー…じゃあ、アイツらの言ってた事は本当だった訳か。あの言葉がハッタリなら良かったんだけどな…」

 

「そうですね。更に、正確な数は分かりませんが、奴等の陣営にはかなりの数が集まっているようです。私の推測では、軽く見積もっても3000はくだらないかと…」

 

「…3000か。まったく、なんでそんなに人が集まるんだ?」

 

 きっと、凪も俺と同じで嫌な気持ちを味わっているんだろう。

 

「人の欲望にはキリがありませんからね。だからこそ、余計に質が悪いですね…」

 

「…そうだな」

 

 軍議室に重苦しい空気が流れた。

 

「お兄様ぁッ!」

 

「待ってよ朱里ちゃんっ! …きゃっ!?」

 

「ちょっと、どうしたんだ朱里!? ……ぬぉあッ!?」

 

 ……訂正しよう。重苦しい空気が流れていたのは俺と凪の間にだけだった。

 

 勢いよく腰に飛び付いてくる朱里を上手くキャッチするが、更にそこに突進を仕掛けてきた朧によって押し倒されてしまう。

 

「ええいっ! 朱里に朧に一刀様っ! この深刻な時に何をしてるんですかっ!」

 

「俺まで怒られた!?」

 

 それは…ちょいと理不尽なんじゃあないかい、凪くん。

 

「だって朧ちゃんがぁぁああ!」

 

 何があったのかは知らないが、相当に取り乱している様子の朱里をソフトに引き剥がす。

 

「でも、お兄さん。桃の天麩羅餡掛け丼って…スッゴく美味しいんだよ?」

 

「…は?」

 

「そんなの邪道です! 寧ろ、桃に対する冒涜と言わせて貰っても過言ではありませんっ! 今すぐ、桃に謝ってくださいっ!」

 

 あくまでナチュラルスタイルな朧とは対称的に朱里は若干キレ気味だった。

 成る程、意見の食い違いから発生する仲違い(?)か……てか、しょーもなさすぎる!!

 

「ほら、朱里も朧もどうでもいい事で喧嘩しない。そして今は軍議中です。付け加えるなら緊急事態、現在進行形で黄巾党が攻めてきてるからっ!」

 

「今は、そんな烏合の衆よりも桃が大事ですっ!」

 

 こらまて、炉利軍師。

 サラッと問題発言をするんじゃない。お前にとって国民は<桃だったのか?

 

「そうそう、3000くらいならあたし1人で大丈夫♪ でも、やっぱり…桃の天麩羅餡掛け丼は譲れないよね!」

 

 駄目だ、コイツら…話が通じねぇ。

 妙にキラキラした瞳を俺に向け、イェイッと親指を立てる朧に、思わず溜め息が洩れた。

 

「まず、3000人に単騎で当たろうとか考えるな。あと、百歩譲って桃を揚げるのは許すが…餡を掛けるな! そしてwithご飯とかどうしようもなく下手物な上にニーズのない料理を考案するんじゃないっ! 桃に感情があったら絶対泣くぞっ!?」

 

 何でも、桃を揚げると食感がジューシーになるらしいって及川が言ってた(これ、本当)。

 というか、下手物料理もここまで来ると犯罪の領域だな…

 

「一刀様っ! 突っ込むと見せ掛けて話題に入るのはやめてくださいっ!」

 

「なぁ、凪。及川って誰だったっけ…?」

 

騒ぎの鎮静化に奔走する凪の肩に手を置く。

 ふと、思い出した名前だったんだが…誰だったかが分からない。

 あ、たぶん眼鏡掛けてた。

 

「えっ? 及川殿ですか? いいえ、私は存じておりませんが、後で調べましょうか……じゃなくてっ! 軍議です軍議っ! そうした私情は軍議が終わった後にしてください! 今は、黄巾党への対処が最優先です!」

 

「だから、あたし1人で大丈夫だって♪」

 

 わたわたと必死に説明する凪に楽観的過ぎる態度で接する朧。

 …それは火に油を注ぐだけだからやめなさい。

 

「あーもうっ! 3000に単騎で突貫する馬鹿が何処にいるかっ!」

 

「残念ながら、ここに」

 

 きっと本気で言っているのだろうと思われる朧を指で示してやる。

 

「一刀様は静かにしていてくださいっ!」

 

「…へーい」

 

 …あと、今更なんだが、俺たちってよくこんな状況で漫才みたいなことしてられるな。

 

「いいか、朧。単騎で突っ込む等と言うのは冗談だけに…(くどくど)」

 

 凪は、諭すような呆れたような口調でお説教を始める。

 あーあ。たぶん一時間くらいは余裕でいくんじゃないか、これ?

 俺の体内時計が正確なら、説教が始まってから20分くらい経ってるぞ?

 朧も朧で、ずっと黙ってるし……あれ?

 ふと、そこであることに気がつく。

 

「…朧、もしかして笑ってる?」

 

 よく見なければ気が付かない程度。本当にうっすらと朧が笑っているのだ。

 

「何が可笑しいんだ、朧っ!」

 

 俺と同じく、それに気がついた凪が声を荒げる、が。

 

「ふふふ…。あまり、妾を舐めるでないぞ、凪?」

 

 口を開いた朧が発した言葉。それは、普段からは想像も出来ないほどに大人びて、妖しい艶やかさを含んだ声音で。

 

「10年と少しの時間しか生きておらん小娘が、妾に説法とは…ふん、ちゃんちゃら可笑しいわ!」

 

「…朧?」

 

 明らかに先程までとは違う、不自然な朧の言動に俺は違和感を覚えた。

 

「見た目だけで人を判断しているような事では、まだまだ一人前の武人とは呼べぬのじゃぞ?」

 

 《バシュッ》っという大きな音を立てて、朧の身体が白い煙りに包まれる。

 

「ふむ。と言っても、それは難しい事じゃがの?」

 

 未だに晴れず、寧ろもくもくと更に拡がっていく煙の中から――1人の女性が姿を現す。

 年齢は、俺よりも少し上だろうか?

 この世の者とは思えないほど端整な顔立ちに、スラリとしたという言葉がピッタリと当てはまるシャープな肢体。

 風もないのに、その美しい栗色の髪がヒラヒラ靡いていた。

 彼女は、一流モデルも真っ青になって逃げ出しそうな妖艶な笑みをその顔に浮かべ、凪の頭にそっと右手を置く。

 

「あ…ッ」

 

「ほれ、死亡確定じゃな?」

 

 クスクスと楽しげに笑う彼女の前で、身動き1つ出来ない凪。

 

「し、死神…」

 

 彼女が手を退けると、ストンと崩れ落ちぶるぶると震えだす。

 かく言う俺も、ずっと震えが止まらない。

 本能が、彼女はどうしようもなくヤバイ存在であると告げていた。

 

「お、おにい…おにいさまぁ…」

 

 朱里に至っては既に泣き出している始末。

 

「おっと、怖がらせてしまったかの? 安心せい、と言っても無理な話じゃろうが…妾は、自分の大事な主人を捕って喰らったりする真似はせぬよ」

 

 やれやれと肩をすくめ、凪の手を引っ張って助け起こす。

 

「お前、朧か…?」

 

 正直に言うと、恐ろしすぎて声もマトモに出せないんだが、なんとか声を絞りだし問いかける。

 だって、身体からなんか出てるもん。見るからに禍々しい黒煙がしゅうしゅう音立ててるもんっ!!

 

「ん? 主様は、これが気になるのかの?」

 

 ふむと彼女が頷くと、黒煙はサァッと姿を消した。

 それと同時に重圧に似た空気も霧散し、震えも鎮まってくる。

 

「それと、先の質問の返答じゃが…妾は凌統、字は公績。主様の言う朧は、妾の真名に当てはまるの。主様は、この姿は初めてじゃったな?」

 

「あ、あぁ…」

 

 と言われても、はっきりいって信じ難いんだが。

 だって、あの朧が……ねぇ?

 

「ちなみに、凪が言うたように妾は死神じゃ……いや、世間から死神と呼ばれておると言った方が正確かの?」

 

 ゾクッとする程に妖艶で尚且つ悪戯っぽい笑みを俺に向ける。

 

「妖艶なる死神と言えば、武芸を志す者で彼女の存在を知らぬものはいないと言っても過言でないほどの武人。まるで風のように戦場に降り立ち、背丈ほどもある巨大な剣で竜巻の如く命を刈り取る。死神の姿を見たものは――そこから生きて帰る事が出来ないと謳われる程の存在のはずです……そんな死神が何故ここに?」

 

 震えながらも朧に問い掛ける凪に優しく慈愛に満ちた笑みを向ける。

 

「なに、理由など単純で明解な物じゃ。妾は、ただ、主様という存在に興味を持っただけよ。無論、武人として。そして、1人の娘としても、な?」

 

「はぁ…」

 

「ふむ、その顔は信じておらぬ顔じゃな? ふふふ、まぁ、無理もないが――しかし、その隣であからさまに信じておらぬ顔をしておる主様には、お仕置きをくれようかの?」

 

 死神とか大人化とか、とてもじゃないが信じられない新設定に戸惑っていた俺の顔面を唐突に襲う柔らかな感触。

 

「ほれほれ」

 

 胸が、大きなお胸様がぁぁあああっ!?

 変身前のヒンヌーからは全く想像の出来ないキョヌーが私を押し潰しているぅぅううっ!?

 

「どうじゃ、信じるか?」

 

 何がどうじゃなのか全く分からんところが朧そっくりですっ! …じゃなくて本人かっ!

 

「し、信じるっ! 信じるからその胸を退けてくれぇぇえええっ!」

 

 じゃないと、俺のマイサンが公の場でヤバイことにぃぃいいいッ!!

 

「むっ! 妾の好意を――折角のボディサービスを無下にする主様の口はこの口かっ! こ・の・く・ち・かーーッ!」

 

「ぎゃぁぁああッ! 唇が取れる! 駄目、やめてッ! 裂けちゃう! 真ん中から裂けるぅぅうう!?」

 

 貴方は、下唇を真ん中の部分から思いっきり引っ張られる痛さが分かりますかっ!?

 それと、やっぱりコイツ、完璧に朧だっ! デカくなったぶん質の悪くなった朧だっ!

 内面というか、根本的な部分がちっとも変わっちゃいねぇ。

 

「あぁっ! お兄様の唇が、引っ張られる度にだんだんと真っ青に染まって……」

 

 嗚呼、朱里よ。

 そんな恐々としながらも興味深々で瀕死になっている俺の唇を見つめるくらいの余裕があるのなら、どうか助けてください。

 

「た、助けてくださいッ! マジで唇が死にそうっ! ……そ、そうだ。凪ぃっ!」

 

 すがるように凪に視線を送る。

 お前なら、この状況から俺を助け出してくれると信じているっ!

 ……え? ちょっと凪さん、何故そこで俺から目を逸らすの?

 

「なぎぃぃいいいッ!」

 

 北郷一刀18歳。

 現在、絶賛真剣泣き中です。

 

「だって、逆らったら殺され……ッ!!」

 

 トラウマですか、そうですか。

 つまり、貴方は私を見捨てたのですね?

 

「ほぅ、主様は泣き顔も中々の美形……思わず虐めたくなるのう《ギュウウゥゥゥッ!》」

 

 なんという事を言うのでしょうか、この鬼は……ッ!!

 歪んだ愛情ほど怖いものはないということを今学んだよ、俺!

 

 そして、唇から顎にかけてつーっと伝う生暖かい何か。

 

「ち、血が出てるっ! ストップ朧っ! やり過ぎストーーップ!!」

 

「すとっぷ?」

 

 何で英語話せるクセに、こんな時に限って「英語? なにそれ、美味しいの」的な態度とるの?

 なぁ、絶対におかしいよな!

 ほら、よく思い出せっ!

 前回の黄巾党3人との戦闘の時には、あんなにスラスラと難しい英文を話してたじゃないか、朧さんっ!!

 

「クソッ! このまま唇が千切れてみろっ! 俺は朧という存在を生み出した神を、そしてこの理不尽な世界を絶対に許さないぃぃーー……」

 

 というか、軍議の方は、どう……なったのさ……ガクッ

 

next

「マジで死ぬかと思ったぞっ!?」

 

 まだヒリヒリと痛む唇を押さえつつ、いつの間にか元の炉利っ娘体型に戻っていた朧の頭をポカリとやる。

 激痛で気を失うという生まれて初めての体験を強制された今、俺の気分は最高に最悪だった。

 

「痛っ!」

 

 うーと頭を抱え踞る朧にもう一発ポカリと喰らわす。

 

「痛いか? でもな、俺の痛みはこんなものじゃなかったさ。そうだな……この拳骨の百倍は痛かった」

 

「おーぼーだよ、お兄さん…」

 

「お前が言うなっ!」

 

 恨まし気な視線をぶつけてくる朧にツッコミを入れながら椅子に腰を下ろす。

 

「・・・じゃあ、気を取り直して軍議の方を始めようか?」

 

 仕事の出来る文官(つまり、朱里のこと)が纏めたと思われる書類を手に取り軍議の開始を告げる。

 

「はぁー・・・漸くですか、お兄様」

 

 こら、朱里。そんなに深々と溜息を吐くんじゃない。

 そもそも、お前と朧が変な論争を繰り広げていたから始まりが遅れたんだぞ?

 

「痛くて軍議どころじゃないーっ!」

 

 朧は朧で、まだブーたれてるし。

 

「あーあー、兎に角始めるから。じゃあ、まずは凪から報告をしてくれるか?」

 

「了解です。では、大まかな現状の報告からさせて頂きます。」

 

 凪の朗々とした声が室内に響く。

 

「野に放っていた斤候からの情報によりますと、現在黄巾党と思わしき軍勢が高涼の首都――つまり、この場所を目指して進軍中の模様。進軍の速度は極めて速く、このまま何事もなければ明朝。遅くても明日の昼頃にはここに到達するようです」

 

 一旦、そこで言葉を切り俺の顔を窺う。

 

「把握した。報告を続けてくれ」

 

「はい。続けて、戦力面についての報告になりますが、今回我らが動かすことのできる兵が4000に対し、黄巾党は少なく見積もっても3000。決して勝てぬ戦ではありませんが…しっかりとした策を立てねば被害は甚大なものになるかと…」

 

 考え事をするように目を閉じている朱里の方をちらりと一瞥して、凪は報告を終えた。

 

「ふむ。それで、朱里」

 

「はわわっ!? なんでしょうかお兄様っ!?」

 

 いやいや、そんなに驚かなくても…

 元気いっぱいはわわっている朱里を眺めそんな事を思う今日この頃。

 まて、俺。はわわっているってなんだ。はわわっているって。

 

「新語…じゃなくて、朱里なら何か良い策があるんじゃないかなと思ったんだけど――どうかな?」

 

「はわわっ!? わ、私の策でしゅか!?」

 

 声を掛けると、朱里はガタンと派手な音を立てて椅子を倒しつつ立ち上がる。

 うん。取り敢えず、少し落ち着こうか。

 ほら、慌てすぎて呂律が上手く回ってないから。

 まぁ、それもそれで朱里らしくて可愛いのだけれども。

 

「うん。朱里の考えた策を教えて欲しいな」

 

 出来る限り優しく、子供をあやすような声音でそう問い掛ける。

 

「は、はいですっ! 今回、我が軍と黄巾党の兵力は殆んど変わらないという点に着目して欲しいのですが、先程も凪さんが述べたように、彼らをまともに相手をしていたらこちらが甚大な被害を被ってしまいます」

 

 朱里は凪と朧を交互に見渡し、最後に俺に視線を送った。

 

「たとえ、凪さんや朧ちゃんが一騎当千の優秀な将であったとしても、敵味方の入り乱れる場所での戦いはちょっと大変なのです」

 

 勿論、お兄様もお強いですがと付け加える朱里。

 ごめん。どう頑張ってもフォローにしか聴こえない俺がここに居る。まあ、事実だけれども。

 

「こうした場合、まずは相手を油断させたりする事が得策となります」

 

「相手を油断させるにしても、どうやってやればいいんだ?」

 

 そう訊ねる俺は、若干落ち込み気味。

まぁ、確かにそうなんだけどさ……いじいじ。

 そんな俺に朱里は一言「すみません」と謝罪の言葉を入れた後、全員に集まるように指示し図を交えた解説を始めた。

 べ、別に悲しくなんてないもん…っ!

 

「はじめに、凪さんには1500の兵を率いて貰い、黄巾党の本隊を真っ正面から受け止めていただきます。この時、挙げる旗は最小限の数に抑えてください」

 

 朱里は《凪さんの軍》という、なんとも可愛らしい文字を《黄巾党のおっさんたち》と同じく可愛らしく書かれた文字の前に書き記した。

 というか、黄巾党のおっさんってなんだ。

 

「迎え撃つ兵のが数が少なければ少ないほど、黄巾党の人達の間に油断が生じ、彼らを討ち取り易くなります」

 

 成る程な。

 でも、この策が上手くいった場合、確かに相手を油断させる事は出来るのだろうが、少人数の兵で大軍に当たる以上……味方に出る被害は変わらないのではないのか?

 

「ちなみに、味方の損害も考慮して、凪さんに率いて貰う兵隊さんたちは、ある程度訓練を積み戦も経験している元義勇軍の方を選抜させていただきます」

 

「成る程、それなら安心だ」

 

 流石は孔明。その神策に抜かりなし、か。

 身体は子供、頭脳は大人の人間って本当に存在するんだなぁ。

 ちょっと感動。

 

「あたしはどうしたらいいの? 単騎突撃?」

 

 そしてここに、身体も頭脳も子供な奴が1人。

 待ちきれないのか、その澄んだ瞳をキラキラと輝かせて朱里に飛びつく朧。

 

「はわっ!? 朧さんにはお兄様と一緒に本隊を率いて貰うつもりでいますので単騎突撃はないですよっ!?」

 

 というか、朧よ。

 単騎突撃は策以前の問題なんじゃないかな?

 

「朧の事は無かった事にして……つまり、朱里の策を大まかに説明するなら、凪の部隊が黄巾党を引き付けて油断させておいて、その隙をついて俺と朧の部隊が一気に奴らを叩き潰すって事でいいんだな?」

 

 朧を引き剥がしながら朱里に確認をとる。

「はいっ! 欠点を1つ挙げるのなら、幾ら経験豊富な兵を率いて貰うとはいえ、凪さんの部隊に少なからず負担が掛かってしまう結果になりますが、これが被害を最小限に抑える最善の策だと思われます。如何でしょうか?」

 

 少し不安げな表情を浮かべながらも、朱里ははっきりとそう宣言した。

 

「私はそれで構わない。民を守るために兵や将が身体を張るのは当然の事。……と言っても、一刀様が前線に立たれるのには賛成をしかねますが」

 

 少し呆れたような視線を俺に向ける凪に苦笑いで――それでも、俺自身の固い決意を込めた声で返す。

 

「あ、あはは…。でもね、凪。俺にだって譲れない所の1つや2つくらいはあるんだ。別に、みんなの事を信頼してないわけじゃなくてさ。なんというか、俺は、凪や朧に戦いを任せてのうのうとその後ろに隠れてるっていうやり方は嫌なんだ。確かに、俺が死んだら軍の指揮は乱れるかもしれない」

 

 勿論、そこは彼女達を信頼しているからそんなに深く心配もしていないが。

 

「だけど、俺は、一国の王であると同時に1人の男でもあるんだ」

 

 そう言って、凪を優しく俺の胸に抱き寄せる。

「…かずと、さま?」

 

 服越しに感じられる彼女の身体は本当に女の子らしくて、そして暖かかった。

 

「男として、大切な女の子を守りたいって思うのは当然の事だろう?」

 

 揺れる凪の瞳を真っ直ぐに見つめて、優しく微笑みかける。

 

「一刀様はずるい御方です。そんな事を言われてしまったら、強く断る事もできないじゃないですか……」

 

 恥ずかしがるように小さく囁き、それでも、しっかりと俺に抱きつき返す凪の背中にそっと両腕を回わした。

「「うー……」」

 

 そんな光景をどこか羨望の眼差しで見つめる朱里と朧の姿に気付き、俺は本日何度目かになる苦笑を浮かべる。

 今思ったんだが、この世界に来てからというもの、半端じゃないくらいにモテてるのな俺。

 

「勿論、朱里や朧のも大切な女の子だよ」

 

 凪の背に回していた腕をほどき、おいでと両手を伸ばす。

 

「お兄様っ!!」

 

「お兄さんっ!!」

 

 どこか、尻尾を振って喜ぶ子犬を連想させる動きで俺に抱きついてくる少女2人。

 

「ぬぉっ!?」

 

 凪、朱里、朧。

 合計三人分の重みをこの身に受け、俺は呆気なく押し倒されてしまった。

 

「まったく……お前たちは限度というものを知らないのか。3人も一気に受け止められるかっての」

 

「わ、私は悪くないですよね!?」

 

「あぅ、すみません! 全然考えていませんでした」

 

「いや、お兄さんなら大丈夫かと思って…」

 

 三者三様の受け答えに思わず和んでしまう。

 

「まぁ、これも俺達らしくて良いんだけどな」

 

 どんなに苦しい状況下にあったとしても、みんなが幸せで、決して笑顔の絶えることがない国。

 俺は、そんな国を築いていくって決めたから。

 

「一応、これで軍議は終わりっ! この戦、絶対勝つぞ!」

 

『はいっ!!』

 

 まずは、目先の黄巾党を倒さないとなっ!

 

next

「はぁっ……はぁっ……。前方より砂塵っ! 敵の前曲部隊を確認しました! ゴファッ!!」

 

 朝方。城壁の物見櫓に配置しておいた伝令が転がり込むようにというか、文字通り転がり込みながら報告にやって来た。

 凄い回転数だな、おい。ガメラも吃驚だ。

 

「いや回転数も凄いけどっ! 何でアンタいきなり血い吐いてんの!? ここに来るまでに何があったの!?」

 

「持病の疣痔が悪化して……ゴフッ!!」

 

「ふむふむ、疣痔が悪化した……って疣痔い!? いやいや、騙されない!! 騙されないぞ俺は!!」

 

 疣痔で吐血とか、聞いたことないって。

 というか、これ結構ヤバくないっ!? 明らかに致死量吐いてるんですけどもっ!

 

「取り敢えず、彼を医務室へ! それから、護衛さんは凪の部隊の方に出陣の合図を……」

 

「御意っ!」

 

 うむうむ。我ながら的確な指示だと思う。

 護衛さんは礼儀正しく頭を下げて、傷だらけなうえに血塗れの足を引き摺りながら部屋の入り口に向かった。

 俺はそれを笑顔で見送りながら――

 

「――って、ちょっと待てーーっ!? 何で笑顔で見送っちゃってるんだよ俺っ! え? なに? 『心配すんな、持病の疣痔が悪化しただけだ』? ……なんなんだよ、この時代の疣痔って!! いや、だから待って! 凪の所には俺が行く! いや、寧ろ行かせてください!」

 

 正直、その……見ちゃおれん。つーか、何で戦う前からアンタは満身創痍なんだ。最初からクライマックスモードなんだよ。

 彼には悪いがやっぱり指示変更させて貰おう。こんな場所で旅立たれら困る。

 本当、何なのこの時代の疣痔。マジ怖えよ。

 

「え? なになに? 『実は凌統将軍に浣腸され……』おおーーーーいっ!! 二人になんてことしてんだよ朧おおーーーーっ!」

 

「え? 普通にカンチョーしただけだよ?」

 

 居ました。なんともまぁ身近に居ましたよ騒ぎの元凶がっ!

 ケロッとした顔で俺の朝食を貪り喰らいながら血塗れの親指を誇らしげに立ててるよ! 止めて、生々しい。

 

「ごちそうさまでした♪」

 

 犯行に使われた凶器が人差し指じゃなくて親指なのが質悪い!

 

「ちょっと朧! 自分が何をしたか分かってる!?」

 

「だから、カンチョー。あとは、お兄さんの残飯処理かな?」

 

 まだ言いますか。アンタは。

 何故お前は目の前の惨劇を見てなんとも思わないんだ!?

 付け加えるのなら、そういうのは残飯処理じゃなくて盗み食いっていうの。朝っぱらから一生懸命頑張ってたカーネルサンダース似の料理長が泣くぞ?

 

「……こういう光景ってスッゴくケミカルだね♪」

 

「何処がだっ!」

 

 キラキラと目を輝かせる朧に思いっきり拳骨を落とした。ケミカルってなんだよケミカルって。この光景の何処がケミカルなんだ。兵士から流れている血は、実はペンキでしたとでも言うのか?

 

「お前の目には一体何が映ってるんだ!」

 

 あえて言おう。俺の目が腐ってないなら、この光景はバイオレンスの間違いだと。

 

「ふええぇぇーーっ! お兄さんが殴ったーー!!」

 

 あ、泣いたし。どうせ嘘泣きだろうから気にしないけど。

 

「いいんです北郷様。ケミカルなのは私たちなんですから……それよりも、早く出陣の御準備を……ゴファッ」

 

「ちょっ!? まだ居たの!? ああもうっ! 誰かあるっ!? 早急に彼を医務室へーーっ!」

 

 もう駄目なくらい吐血している彼を医務室へ強制連行。それをしっかりと見届けた後深い溜め息を吐いた。

 

「って溜め息を吐いてる場合じゃない! 黄巾党、もうすぐそこまで来てるじゃん。ちょっと朧、そんなとこで嘘泣きしてないで出陣の準備を急いで!」

 

「うわーーん! うわーーん! ……え? あ、うんっ♪ 出陣出陣~~っ! いっくっさのじゅんびだー! 凌統隊せんとうじゅんびー! しょくりょううばえ~ぶっころせー♪ くび~をはねろー♪ やきつくせ~♪ きたないないぞーぶちまけろー♪」

 

「ちょっ!? なに可愛らしい声で物騒なうえにグロテスクな鼻歌を歌ってんのっ!? こっちが悪者みたいに見えてくるから!」

 

 こ れ は ひ ど い――じゃなくてなんなんだその歌は……。

 

「ひーびきわたーるーだんまつまー! だんまつま♪ ……え? これ、凌統隊の行進曲なんだけど、どっか駄目だった?」

 

「手遅れになる前にはっきりと言わせて貰おう。駄目だ。なにが駄目かって全部が駄目だ。俺はそんな下品な行進曲は許可しない。却下です却下あっ!」

 

「えーー……」

 

「えーーじゃないの! その行進曲はどちらかというと黄巾党にこそ相応しい歌です! 子供が聴いたら泣くぞ、まったく」

 

 想像してみよう。野太い声で、高らかにこの行進曲を歌う約1000人の凌統隊兵士たちを。うん、泣く。絶対泣く。子供だけでなく、俺でも確実に泣く。歌わされてる側の兵士も泣くと思う。

 

「……」

 

 クラッときた。ちくしょう。変な想像したせいでなんか精神的にやられた。

 

「はぁ……。頭痛い」

 

 本当に大丈夫か、この国。

 やっぱり、朧を仲間にしたのは間違いだったのかもしれん。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるから。準備頼むよ?」

 

 そんなことを真剣に考えながら、凪の所へと急ぎ向かう。

 

「くっびをはねてーなべにして~♪」

 

 背後から響いてくる物騒な歌声は勿論聞き流した。無視だ無視。あーあー聞こえなーい。

 

「ないぞーはおさしみーっ♪」

 

 そんなグロい物を喰うなっ!!

 

next

「何処だ何処だ~っと……。お、居た居た。おーい凪ーーっ!」

 

「あ、一刀様。如何なさいましたか?」

 

 城壁の外側。整列した兵の先頭で既に騎乗状態にあった凪に呼び掛けると、心なしか嬉しそうな返事が返ってきた。

 

「準備の方なんだけど、そろそろ大丈夫?」

 

「はい! 勿論、準備は万全です! 必ずや、この私が黄巾党の奴等を殲滅してみせましょう!」

 

 軽業師のようにヒラリと馬から飛び降りて、俺の右手を握る。

 うむうむ。その心意気や大いに良し。御褒美に暇な左手を使って頭を撫でてやろう。

 

「それは心強いな。ただね、凪。あくまでも俺達の狙いは釣り野伏せなんだから、そこんとこはだけはよろしくね?」

 

「あ……はい。御意です」

 

「期待してるよ。何せ、今回の戦の鍵は凪が握ってるようなものだからさ」

 

「はい! 安心してお任せください! 一刀様の期待に添えるよう、この楽進、精一杯頑張らせて頂きます!」

 

 そう言って凪は、真剣な眼差しを俺に向けた。

 こういう時の凪の表情は凛々しいと思う。

 なんというか、ちょっとドキドキする感じ?

 

「あ、ありがとな、凪。えーっと。あ、そだ、うん。出陣する前に、ひとつだけ俺に約束して欲しい事があるんだけどいいかな?」

 

 本当、俺なんかには勿体ないくらいだ。

 健気で可愛らしくて、ちょっとだけおっちょこちょいな女の子。

 それに、なによりその心が、誰よりも純粋で、誰よりも綺麗だ。

 

「はい? 約束、ですか?」

 

「そ、約束。絶対に生きて帰ってくること。それだけ約束な?」

 

 そんな凪の前髪をそっと掻き分けて、綺麗な額に素早く口付けした。

 

「え? あ……うぅ~~~っ!? かかかかかずとさまっ!? い、いきなり何を!」

 

 うんうん。予想通り、真っ赤になってる。……本当に可愛いな、凪は。

 

「これは、俺が凪の事を心の底から信頼してるっていう証。後は、凪が無事に帰って来れるようにっていうおまじないの意味も込めて、かな?」

 

「一刀様……」

 

 本当は、たった今適当に作ったおまじないだけど……それは言わないで置こう。

 こんなに嬉しそうな顔をしているのに、なにも好き好んでぶち壊しにすることはあるまい?

 

「じゃあ、俺は行くから。くどいようだけど、頑張ってな」

 

「あぅ……は、はいっ!」

 

 俺の顔が真っ赤になってるのがバレないうちに退散するとしますか。

 「頼りにしてるよ」と一言だけ残して、さっき歩いてきた道に歩を進める。

「さ~てと。俺も、みんなの足を引っ張らないように精々頑張らないとな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一刀様の唇、柔らかかった」

 

 右手でペタペタとおでこを触りながら、先程一刀様にして頂いた行為を思い出していた。

 いつもと同じくお優しい言葉と、額にそっと触れた一刀様の唇の感触。

 

「一刀、様」

 

 理解は、しているつもりなんだ。

 一刀様は私の主人で、私は一刀様の臣下。

 その主人に対して恋心を抱くなどとは、不謹慎な事だ。

 

「分かってはいるんだ。こんな感情を抱いてはいけないとは……」

 

 不謹慎なのは、十分に理解している……つもりだ。

 けれども。

 分かってはいるのだけれども。

 

「それでも。私は、一刀様の事が……」

 

 「楽進将軍! 凌統隊、北郷隊共に準備完了。いつでも出陣可能との事です!」

 

「好きなんだ。って……うわああっ!?」

 

 不意に声を掛けられて驚く。

 い、今の話。その、き、聞かれてはいないだろうか……?

 

「楽進将軍!? ど、どうかなされたのですか!?」

 

「い、いや。その、今のはなんでもないんだ! 別に、一刀様の事を考えていて気配に気が付かなかった訳ではないぞ! って自爆してどうするんだ、私! えーっと、お願いだ! 今の話は聞かなかったことにして欲しい! じゃないと、私はきっと貴方を殺してしまうだろう」

 

「ええっ!? りょ、了解でありますうっ!」

 

 うぅ……顔から火が出るかと思った。

 本当に、しっかりしないといけないな。

 

「取り敢えず、今は目の前の戦いに集中しなくては……」

 

 それに。これは、今すぐに解決出来るほど簡単な問題ではないのだから。

 

「はぁ……」

 

 必死の形相で持ち場に戻っていく伝令兵を見送りながら深く溜め息を吐いた。

 余談だが、彼はこの日から三日間魘され続けたらしい。

彼曰く、「あの時の楽進将軍は家の母ちゃんが本気で怒った時よりも怖かった」らしい。

 その話を聞いて少し落ち込んだのは言うまでもない。

 

「その、楽進将軍?」

 

「え?」

 

 一人でちょっとモノカナシイ気分に浸っていると、私の背後――というか、すぐ近くから、恐る恐るといった様子で声を掛けられた。

 

「あの、俺たち、さっきの事は何も見なかった、聞かなかったということにしますんで、どうか安心してください」

 

 そう。それは、“最初から私の後ろに整列していた”兵士たち。

 そのうちの一人がなんとも気まずそうに笑いながら、そんな言葉を口にする。

 

「……」

 

 状況整理開始。

 その一。私は今から黄巾党部隊に強襲を掛けるべく、現在目の前にいる兵達を纏めていた。

 その二。そんな時に一刀様がいらっしゃった。

 その三。私は、一刀様がいらっしゃってから今になるまで、この場所から動いていない。

 その四。私が纏めていた彼らは、他ならぬ私の指示を待つため、私の後ろでずっと整列していた。

 つまり、この状況から導き出される結論は……?

 

「もしかして……初めから終わりまで、全部、見られていた?」

 

「えーっと、その、要約すればそういう事になります。御馳走様です」

 

「……終わった。何もかも失ってしまった」

 

 何故だろう。

 目から溢れだすしょっぱい水が止まらない。

 

「が、楽進将軍!? そんな泣かないでください! 俺たちは何も見なかった、聞かなかった! それで無問題ですっ!」

 

 あぁ、心が痛い。

 ブチッと、私の中で何か大切なものが嫌な音をたてて千切れた気がした。

 たぶん、人はそれを堪忍袋というのだろう。

 

「何がもーまんたいだ、馬鹿者ども! いいかお前達っ! 死ぬ気で聞け! いや、寧ろ死ね! 今より我が軍は戦闘体形に入る! 黄巾党前線と接触した後、隙を見て後退し本隊に合流せよ!」

 

『お、おおぉぉーーーーっ!!』

 

「情けをかけるな! 命を賭けろ! 本音を言うなら一回くらい死んできて構わん! 我らの力、黄巾党の賊どもに大いに見せつけるのだ!」

 

『お……おおぉぉーーーーっ!!』

 

 戦場に轟く兵たちの雄叫び(?)に大気が震撼した。

 ゾクッと、得体の知れない『何か』が背筋を駆け抜け、私は思わずブルッと身体を震わせる。

 私は、それを彼らに対する殺意でないと心の底から信じたい。

 

「全軍、突撃ーーーーっ!!」

 

『うおおぉぉーーーーっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶対に負ける訳にはいかない。

 

「猛虎蹴撃ーーっ!」

 

 烈迫の気合いを込めて必殺の一撃を放つ。

 響き渡る爆音と舞い上がる砂塵。

 黄巾党と一緒に何人かうちの部隊の人間も吹き飛ばしたような気がするが、気にしてはいけない。

 気にしたら戦争なんてやっていられない。

 

「やはり。私は、彼らに対して明確な殺意を抱いていたらしいな。悪い気が全くしない。というのは冗談だが……もうそろそろ頃合いだろうか?」

 

 今の“猛虎蹴撃”に怯んだのか、黄巾党の攻撃の勢いが少し弱くなっている。

 今を逃したら、きっと次はないだろう。

 

「よく聞け兵ども! もう一度だけ牽制の一撃を加え黄巾党を押し返した後、反転して後退せよ! 何があっても振り返るな! その一瞬が命取りになる事をよく胸に刻んでおけ!」

 

『おおーーーーっ!』

 

 兵たちが各々の武器を勢いよく振るい、指示通り無駄のない動きで反転。

 あらかじめ決めておいた手順通り、可能な限り最速の速度で撤退すると『見せかける』。

 

「逃がすな! ぶっ殺せーっ!」

 

「死ねやーーっ!」

 

 少しだけ混乱したようだが、すぐに威勢よく叫びながら追撃を加えてくる。

 

「計画通り」

 

 よかった、上手くいった。

 黄巾党の部隊はここまでの強行軍でかなり疲弊している上に、これといった指揮者もいないと思われる。

 故に、今回の追撃は黄巾党を更に疲弊させるだけ。勿論、そんな状態で私達に追い付く事など出来る不可能だろう。

 

「可愛らしい顔をして、うちの軍師殿は中々に酷い策を思い付くものだ」

 

 可愛らしい顔して、か。

 

「はぁ……」

 

 私には全く縁の無い言葉だな。

 やはり、一刀様も私のような不器用でつまらない女より、朱里のように可愛らしくて聡明な女性がお好きなのだろうか?

 

「なーーぎーー!」

 

「一刀様!? お一人でこんな所まで……危険です!」

 

 呼び声のした方向に視線を向けた時、そこに居た人物に目を見開いた。

 

「あぁ、もう! 駄目です! 戻ってください一刀様!」

 

 そこには、単身で此方に向かって馬を走らせてくる一刀様の姿。

 本隊からそんなに離れてはいないが、敵はすぐそこまで来ているのだ。危なくない訳がない。

 

「大丈夫だったか凪!? どこか怪我とかはしてないか!?」

 

 心配そうに私の顔を覗き込む一刀様。

 

「い、いえ。この通り、私は大丈夫ですから、一刀様は速く安全な所に……」

 

「ふぅ、それならよかった。取り敢えず一安心だよ。凪に何かあったりしたらと思ってめちゃめちゃ心配してたんだよね、俺」

 

 結局、私の訴えは無視されてしまった。

 

「私は現在進行形で心配しているのですが!」

 

「いや~、あはは。そこは、ほら。あんまり気にしない方向でお願い。ま、それだけ俺が凪の事を心配してたんだと思って諦めてくれ」

 

 隣に並んだ一刀様が、笑いながら私の髪を撫でてくださる。

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 駄目だ。たった一秒で買収されてしまった。

 一刀様に笑いかけて貰える。髪を撫でていただける。ただそれだけの事なのに、嬉しすぎて死んでしまいそうだ。

 

「それと、そんなに心配だったら、ちょっと後ろ見てみ?」

 

「後ろ、ですか……え゛?」

 

 ちょっと呆れたように私の後ろを眺めている一刀様の視線を追う。

 私は、そこで、現実では到底あり得ない光景を目の当たりにした。

 

next

「そーいーやー……とりゃああーー♪」

 

「ぎゃああーーっ!?」

 

「ひっ!? ひいっ!? こ、殺され……っ!」

 

「助けてくれーーっ!」

 

「バケモノだーーっ! バケモノが出たーーっ!」

 

 大剣をぶんぶんと振り回す朧と、逃げ惑い次々と駆逐されていく黄巾党。

 

「Zero that comes again and is deep!(出直してこい、虫けらどもーっ!)」

 

「ぎゃひぃぃい!?」

 

「うわーーん! ママーッ!!」

 

「お、お助け……」

 

 ブォン! ザシュザシュザシュザシュザシュ!!

 

 ありえない。一回の斬撃で軽く百人は吹き飛んでいるのではないだろうか。

 

「朧の単騎突撃。まさかとは薄々思ってたんだが……マジでやりやがったんだよ、アイツ」

 

「あの……あれは、果たして人間に可能な動きなのでしょうか?」

 

「さぁ。現にやってるんだから、たぶん可能なんじゃないか?」

 

 何処か諦めを感じる遠い目をしながら、今、目の前にある惨劇を眺めている一刀様。

 

「まぁ、俺に内緒であんな前衛的な軍歌を作詞してるようなヤツだからなぁ……」

 

「はぁ」

 

 軍歌なら前衛的な方が好ましいのではと思うのだが、何かしらの事情があるようだ。 

 というか、朧そのものに謎が多すぎるんだ。

 昨日味方に引き入れたばかりなのだから、それは仕方がない事なのだが。

 

「うぅ……どうせ、私の策なんて。私の策なんてぇ!!」

 

「あー……よしよし。大丈夫、朱里はなんにも悪くないから。全面的に朧が悪いから。泣き止んでな?」

 

 朧について考えを巡らせていると、一刀様の後ろからひょこっと泣き顔を覗かせる人影。

 朱里、居たのか。

 

「ったく! 朧は、戻ってきたらお仕置きだな」

 

 一刀様、怒った顔もまた素敵です。勿論、死んでも口には出しませんが。

 と、それは置いておいて。

 

「お仕置き……」

 

 それは、なんとも羨ましい……ってちょっと待て私。

 いつから私はお仕置きされて悦ぶような人間になったと言うのだ。

 でも……

 

『いけない娘だ、凪。ここをこんなにして……』

 

『だ、駄目です。お辞めください一刀様』

 

『どうして? 凪のここ、こんなにトロトロになっちゃってるのに』

 

『も、もう、お許しください一刀様! こんな姿、見ないで……』

 

『本当に止めてほしい? 違うよね。じゃあ、俺にどうして貰いたいのか言ってごらん? なにか、欲しいものがあるんじゃないのか?』

 

 涙を浮かべながら謝罪する私に、一刀様は普段とは違って少し黒を含んだ笑みを浮かべながら覆い被さる。

 

『ひゃああっ!? だ、駄目です一刀様! そんな汚いところをさわっ……ひぁぁああ!』

 

 そして、乱暴に私の大事な所に指を這わせ……

 

『可愛いよ、凪。壊したいくらいに』

 

『だめ、だめ! こわれたら……こわれたらかずとさま……きわれてしまっ!? ん、ちゅ……んあっ! はぁ、はぁ……かずとさま……』

 

 泣き叫ぶ私に一刀様は深く口付けをしてくださって。

 

『大丈夫。どんな凪でも俺は大好きだよ』

 

『わ、私もです、かずとさま……だめっ! くる! なにか来てしまいます! かずとさまあっ! ひゃあうーーーーーーーーっ!!?』

 

 絶頂を迎え、ビクビクと力なく震える私を優しく抱き締めてくれる一刀様。

 

『はぅ……かずと、さま……?』

 

 でも、そのお顔にはまだ黒い笑みが浮かんだままで。

 

『自分だけ気持ちよくなっちゃうなんて。そんないやらしい凪には、もっとお仕置きが必要かな……』

 

 なんて。

 

「ほぅ……///」

 

 ……ちょっとだけ、良いかもしれない。

 

「…ぎ? おーい、凪さーん?」

 

「はっ……!」

 

 突然鼓膜に響く一刀様の声。

 そして、一気に我に返る私。

 

「大丈夫? なんか鼻血出てるけど」

 

「ももも、申し訳ありません、一刀様! 頭の中だといえ、私はなんというはしたない想像を……っ!」

 

 鼻血を拭い、勢いよく謝罪してから、私はそれが自爆だと気が付いた。

 

「はしたないって!?」

 

「はわわ!? やっぱり頭打っちゃったりしたんですか!?」

 

「もしかして。お兄さんにえっちなお仕置きされるのを想像して鼻血出しちゃったの?」

 

「なっ!? ち、ちがっ!?」

 

 にやにやと悪戯っぽい笑いを浮かべながら私に擦り寄ってくる朧。

 お、お前。いつからそこに居たんだ。

 

「そ、そうなの……?」

 

 あぁ、一刀様。それは誤解なんです。

 私は一刀様にお仕置きされる妄想で鼻血を流すようないやらしい女ではないんです。

 だから、そんな驚いた目で私を見ないで……

 

「そっかー。図星かー♪ まぁ、凪お姉さんには後でゆっくり話を訊かせて貰うとして。黄巾党、潰してきたよ?」

 

「はあっ!?」

 

「つ、潰してきたって……」

 

 確かに。さっきまで朧の狩り場になっていた場所は既に鎮まり返り、楽進隊の兵士だけがぽつーんと立っているだけだった。

 

「投降兵はだいたい全体の八割。みんな、一部の権力者に脅されて無理やり参加させられてたみたい」

 

「投降兵って……それ、殆んど全員じゃん」

 

 一刀様の驚いたような声が聞こえる。

 よし、いい感じに話が逸れた……じゃなくて。

 本当、私が見ていないうちに何があったんだ。

 

「で、取り敢えず全員縛って兵舎の方に吹っ飛ばしといたんだけど……あ、大丈夫。怪我とかはしてないと思うよ? 上手いこと打ち上げたから」

 

『(†゚Д゚)……』

 

 大剣の腹をバンバン叩きながら自慢気に胸を張る朧。

 全員縛って打ち上げたって……。

 どう考えても人間技じゃない上に、仮に出来たとしても絶対着地の時点で現世ともサヨナラしてると思う。

 

「はわわ……。一斉に宙を舞い、兵舎を目指して飛んで行く2400人の投降兵さんたち……」

 

「それはそれで見てみたい……じゃなくて、不気味だな。全く、兵舎が自殺サークルみたいな事になってないことを俺は心の底から祈ってるよ……」

 

 自殺サークルって、なんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、二回目の黄巾党討伐はなんだか訳の分からないうちに終了した。

 私たちが今回の戦で手に入れたものは、約3000人の新しい戦力と『どんな策も絶対的な力の前では無力である』という謎の教訓だった。

 また。肝心の朧はというと、「安全を第一に」という一刀様の命令で今後、一切の単騎突撃を禁止されたらしいが、私はまたいつか、必ず同じような光景を目にするのではないかと確信している。

 

 

「それで、凪お姉さんはお兄さんにどんなお仕置きをされたかったの?」

 

「頼む。頼むからそれを蒸し返さないでくれ……」

 

 

 

次回拠点フェイズ。

 

拠点選択可能キャラクター

 

朱里

撫子

及川 ←!?

 

 ※拠点フェイズのキャラクターは読者投票制になります。

 需要あるのかな? っていうテストの意も込めて。

 

 
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