No.104367

真・恋姫†無双~江東の花嫁達・娘達~(真名の意味と幸せ)

minazukiさん

娘編第八弾。
今回を含めて娘編も残り三回になりました。
今回は姜維こと葵と華雄の娘達です。

ただ、今回はこれは娘編なのか?と思われると思いますが、ご了承ください。(><)

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2009-10-31 23:36:09 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:12547   閲覧ユーザー数:9714

・オリジナルキャラクター紹介

 

 葉雄(はゆう)・・・・・・一刀と華雄の娘で真名を千影(ちかげ)。

           姓が葉になっている不思議な子。

           真名がないことを責めるわけでもなく、逆にそれで苦しむ母親の気持ちを理解できる。

           藍とは仲良しさん。

 

 姜美姫(きょうびき)・・・・・・一刀と葵の娘で真名が藍(らん)。

              葵と同じく藍色の髪を持つ娘で、元気でハキハキしている。

              幼い同士の千影と仲良しさんで、彼女のことになると一生懸命になる。

              実は物凄いファザコンだが今の所まだそれが表に出てきてない。 

(真名の意味と幸せ)

 

「かゆうさま~」

 

 一日の疲れを湯に溶かそうとしていた華雄に藍色の髪をした少女が走ってきて直前で躓いて見事にころんだ。

 

「大丈夫か?」

 

 地べたに倒れた少女を抱き起こすと、少女は気丈にも涙すら浮かべていなかった。

 

「だいじょうぶ~」

 

「そうか」

 

 柔らかな微笑みを少女に向ける華雄。

 

 藍色の髪の少女は姜維こと葵の一人娘であり姜姫こと真名が藍も笑顔を見せる。

 

「走っては危ないぞ」

 

「ごめんなさい」

 

 服を払う華雄に藍はこんなことを言ってきた。

 

「かゆうさま、どうしてかゆうさまにはまながないのですか?」

 

 未だに真名を知らない藍にとって子供ながらの素朴な疑問をぶつけただけだが、華雄はそれ以上に複雑な表情になっていく。

 

「はゆうちゃんにもないのはどうしてですか?」

 

「それは……」

 

 相手が幼い娘であり、また自分が愛する男の血が流れているために無視する事はできなかった。

 

「かゆうさま?」

 

「そ、それはだな……」

 

 じっと見上げてくる藍から視線を外せないでいる華雄。

 

「どうしたんだ、こんなところで?」

 

 着替えの服を持ってやって来た一刀は珍しい組み合わせに少し驚きつつも近寄っていった。

 

「一刀様……」

 

「おとさん~」

 

 抱きついてくる藍を一刀は抱きかかえると微笑んだ。

 

「おとさん」

 

「どうした?」

 

「どうしてかゆうさまとはゆうちゃんにはまながないのですか?」

 

 華雄にした質問を今度は一刀にする藍。

 

(なるほど)

 

 華雄があまりよくない表情をしている理由を知り、一刀は失礼だと思いつつも苦笑いを浮かべた。

 

「華雄達の真名は特別なものがあるんだよ」

 

「とくべつなもの?」

 

 不思議そうに聞き返す藍に一刀は頷く。

「そうだよ。華雄と葉雄はね、真名をそれはとても大切にしているんだ。だから、もっと仲良くなればきっと教えてくれるよ」

 

「ほんとうですか?」

 

 一刀の口からでまかせに華雄は一瞬、睨みつけたが何を言っても無駄だろうと思い「そうだ」と答えるにとどめた。

 

「藍も自分の真名がどれぐらい大切なものかってわかる時がくる。そのときになって俺が言った事を思い出してごらん」

 

「は~い」

 

 子供らしく元気に答える藍。

 

 一刀は華雄の方を見ると一応の感謝の礼を取っていた。

 

「そうだ。今日はせっかくだから華雄と藍と一緒に入ろうか」

 

「は?」

 

「それじゃあ、おかさんとはゆうちゃんもいっしょがいいです」

 

「お、それはいいね。それじゃあ二人を連れてきてくれるかい?」

 

「は~い」

 

 藍を降ろすと元気よく二人を呼びに行った。

 

「一刀様……」

 

 何を考えているのだと言わんばかりに華雄は少し不機嫌な口調で一刀に回答を求めた。

 

「いいだろう、たまには」

 

「一刀様がそういうのであれば仕方ありません」

 

 納得はできないが主であり夫である一刀がそれを望んでいるのであれば、自分には拒否する権限などないと華雄は思っていた。

 

「華雄」

 

「なにか?」

 

 気が付くと一刀の顔が間近にあり唇に柔らかな感触が広がっていく。

 

「あんまりそんな顔は似合わないぞ。華雄だって立派な女だし母親なんだから」

 

 口付けをした張本人はさほど気にしていなかったが、未だに免疫不足の華雄は頭が真っ白になっていた。

 

「か、一刀様、戯れはそ、その、閨だけにしていただきたい」

 

「それもいいな」

 

 意地の悪い一刀の笑顔に華雄はため息をついて、彼の肩に顔を預けていく。

 

「まったく、私もやっかいな男を好きになったものだ」

 

「おまけにその男の娘を産んだからね。幸せだろう?」

 

 武人としてではなく一人の女として受け入れてくれた一刀に素直に甘えられない華雄だが、こうして誰もいないところではただの女であった。

 

「そんなことを私の口から言わせないで頂きたい」

 

「俺としては聞きたいな♪」

 

「…………馬鹿者」

 

 口でそう言いながら華雄は藍達が戻ってくるまでそのままでいた。

「大きい風呂でよかったよ」

 

 一刀の屋敷の風呂場は大人数が入っても問題ないように少し大きめに作っていた。

 

 そのため、湯船にも五人が入っても十分なゆとりがあった。

 

「ほら、藍。肩まで浸かって」

 

 葵は湯船につかまり葉雄と楽しく歌を歌っている藍に声をかけつつも久しぶりに一刀と一緒の湯に浸かれることが嬉しくて仕方なかった。

 

「華雄さんも一緒で嬉しいです」

 

 あまり接点のない葵と華雄だが、話もすれば暇な時にはお互いの武を鍛えるため鍛錬を一緒にすることもある。

 

「私もだ」

 

 華雄も湯に浸かることで疲れがとれていくように思えて笑みを浮かべていた。

 

「それにしても毎回見て思うのだけど、二人ともの肌って綺麗だよな」

 

 その言葉は他の愛妻達にも言っているが、自分達を褒めてくれているのだから悪い気分にならないが、華雄だけは顔を横に振った。

 

「私は戦傷で綺麗だとは思いません」

 

 乱世を生き抜いた証が刻まれている華雄は肩や腕を隠すつもりはなった。

 

「そんなことない。それに華雄の肌は温かくて好きだぞ」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ。葵ちゃんも今度一緒に寝たときに確かめてごらん」

 

 一刀の嬉しそうな声に華雄は顔を紅くして黙ってしまった。

 

「でも華雄さんの肌、本当に綺麗です」

 

「姜維までそんなこと言わないでくれないか」

 

「本当の事ですから」

 

 葵は自分にはない美しさを華雄に感じていた。

 

 それは武将であり女である華雄が乱世を生き抜き、ようやく得られた安らぎによって戦傷を含めた肌が美しかった。

 

「舞香さんが言っていました。どんなに肌が傷つこうとも頑張っている人は美しく輝いて見えるって」

 

「そんなものか?」

 

「はい。舞香さんも実はあっちこっちに傷がついていたのですけど、背中とか流している時、凄く綺麗だって思ったんです」

 

 今は亡き葵にとって大切な女性。

 

 懐かしい日々を思い出す葵の表情は穏やかなものだった。

 

「その舞香という者は姜維にとってどういう人だったのだ?」

 

「大切な…………私が道を外さないようにいつも支えてくれた大切な人でした」

 

「でした?」

 

「もう亡くなってしまいましたけど、今の私があるのは舞香さんと一刀さんのおかげです」

 

 無理して辛い思い出を言わなくてもいいのにと一刀は思いながら、娘達の方に移動して二人を膝上にのせた。

「大切な家族を失って一人ぼっちだった私と一緒にいてくれて、真名まで授けられたんです」

 

 葵という真名は終生、彼女が彼女である証であり舞香が遺してくれた大切な宝だった。

 

「真名か……」

 

 その話題になると華雄は表情を曇らせる。

 

「私は自分の真名は姓や名と同じぐらい大切なものだと思っています。姓や名をないがしろにするつもりもないですけど、真名があるのであれば親愛な人には真名で呼んで欲しいと思うのは変ですか?」

 

 葵はごく自然な形で華雄がどうして真名を誰にも授けないのかを聞いていく。

 

「華雄、俺は華雄が望まないのであればそれでいいと思う。でも、せめて葉雄には付けてあげて欲しいんだ」

 

 ただ一人の娘が他の娘達にはない真名を求めてもそれを否定していいものではないと一刀は考えていたが、それと同時に華雄には華雄の理由があるとわかっているからこそ今まで触れることはなかった。

 

「私の父は地方豪族でそれなり武勇もあった」

 

 華雄はゆっくりと時間を掛けて話しはじめた。

 

「だが呪いなどを信じることもなく、真名というもの自体忌み嫌っていた」

 

 幼い頃の華雄はただ己の武を磨くだけの日々で何一つ楽しいものはなかった。

 

 真名もない友人もいない華雄にとってただ武を極めよとすることだけが生きがいになっていった。

 

「私にとって真名は必要ないと思った。己が武だけを磨いて生きてきた。だから私には真名がないのだ」

 

 だがその決意も葉雄を思えばただの自己満足でしかなく、娘には何も関係がないことだった。

 

「舞香さんが昔言っていたんです。真名は真の名であると同時に自分を映し出す鏡のようなものだって」

 

「「鏡?」」

 

 一刀と華雄は声がハモった。

 

「真名を授けられるというのは自分がその名に恥じない生き方を望まれている。もしその行いを外れれば、真名など持つ意味はないと」

 

 真名をつける者がその者に対してこうあってほしい、こう生きて欲しいと望むからこそ真名というものがある。

 

「自分の真名を授けられた時から今も私は舞香さんが望んでくれたことができているだろうかって思っています。少なくとも一刀さんの傍にいれば大丈夫かなって思っています」

 

 華雄は黙って葵の言葉を聞き、頭の中で何度も繰り返していた。

 

 自分よりも過酷な運命に翻弄されならがも真名があるおかげで前を向いて歩いている葵に華雄は羨ましく思った。

 

「だが私にはそれがなかった。父からも母からも愛情などもらわなかった。欲しても得られないのならいらない。真名もいらない」

 

 華雄という名が立派にある。

 

 それだけに娘に授けることのできない自分のもどかしさも感じていた。

 

(私のせいで葉雄に辛い思いをさせてもいいのか?)

 

 娘のことを思えば自分の考えは間違っているのではないかと揺れていた。

「ははうえ~」

 

 考えに耽っていた華雄が現実に引き戻され、自分にしがみついている葉雄を見つけた。

 

「どうした?」

 

 笑顔の娘を見ていると華雄の表情も柔らかくなっていく。

 

「だいすき♪」

 

 六つになる娘の言葉に華雄は何度も髪を撫でる。

 

「ああ、私も葉雄のことが大好きだ」

 

 母親として上手く接していると華雄自身は思っていなかった。

 

 ほとんど月達に任せっきりで、母親失格だと何度も自分を責めたがその度に一刀は優しく受け止めてくれた。

 

「葉雄」

 

「はい」

 

「真名が欲しいか?」

 

 母親の言葉に耳を傾けて視線を逸らすことなく考える葉雄は、やがて小さく一度だけ頷いた。

 

 華雄にとって自分が親になって初めて感じる迷いというものがあった。

 

「わかった。考えるからしばらく待ってくれ」

 

 それでも与えてやれるのであれば与えた方がいいのかもしれないと思っていく。

 

 複雑な表情を浮かべる華雄に葉雄はしがみついて離れなかった。

 

「一刀様」

 

「おう」

 

「今日は葉雄と一緒に寝てもらえないか?」

 

 一晩考えると付け加えた華雄に一刀は受け入れた。

 

「それじゃあ藍も一緒にお願いできませんか?」

 

 葵は一刀の方を見て小さく頷くと、一刀も彼女が何かをしようとしていると理解して藍も一緒に寝ることを了承した。

 

「じゃあ、今日は葉雄と藍の三人で寝ようか」

 

 父親としては愛娘達と眠れるのは嬉しく、また藍達も喜んでいた。

 

「おとさんといっしょ♪」

 

「ちちうえ~」

 

 華雄から離れて一刀に抱きつく葉雄と藍を見て一刀達の空気も和らいでいく。

 

「それにしても二人とも、本当にお母さん達に少しずつだけど似てきたな」

 

 日々成長していく愛娘達が嬉しくて仕方ない一刀。

 

「華雄、葵」

 

「「はい(はっ)」」

 

「一緒にいてくれてありがとうな」

 

 一刀のなんでもない感謝の言葉に頬を紅くする二人だった。

 

 娘達は父親と一緒に眠れるというわけで一刀達以上に喜んでいた。

「おとさん、あったかい」

 

「ちちうえ~」

 

 父親を挟んで仲良く寝台に潜り込んでいる藍と葉雄は一刀に甘えていた。

 

「二人も温かいぞ」

 

 両手で愛娘達を引き寄せてお互いの温もりを感じあう一刀はふと葉雄の方を見た。

 

「葉雄はやっぱり真名が欲しいかい?」

 

「ほしいです」

 

 今は良くても将来、姉妹同士でいるときに自分だけ真名がなければ嫌な気持ちになるだろうと一刀は想像していたが、葉雄は別の意味でそれを欲していた。

 

 だがそれをどう言葉にしていいのかわからない葉雄はただ一刀に甘えるだけでだった。

 

「俺も葉雄を真名で呼んであげたいな」

 

「ちちうえ~」

 

 頬擦りしてくる葉雄の髪を撫でながら一刀は華雄が真名を付けてくれることを切に願ったが、こればかりは華雄が決めるため無理に押し通せるものでもなかった。

 

「藍は自分の真名は好きかい?」

 

「はい。らんはおかさんがつけてくれたまながだいすきです」

 

 藍色の髪を受け継いでいる藍は真名があることが素直に嬉しく、自分のために付けてくれたと思うと自然と笑みがこぼれていく。

 

「だからはゆうちゃんにもまながあってほしいです」

 

 これからもずっと姉妹である葉雄に真名を望んでいるのは一刀だけではなかった。

 

 おそらく雪蓮達もそれを望んでいる。

 

「藍、葉雄」

 

「「はい」」

 

「真名は葵お母さんが言ったように自分に対しての鏡みたいなものだ。だからもし真名を授けられたならそれに恥じない行いをするんだぞ」

 

「「はい」」

 

 次世代を担う彼女達ならば恥じる行いなどすることはないだろうと一刀は安心していた。

 

 それと同時に、いかに真名というものが大切なのかを感じさせられた。

 

「おとさん」

 

「うん?」

 

「おとさんはらんとはゆうちゃんのことすきですか?」

 

「もちろん。俺にとっては大切な宝だよ」

 

 藍は見ている方も嬉しくなるほどの笑顔を浮かべる。

 

「らんもおとさんやはゆうちゃん、それにおかさん、みんなだいすきです」

 

 幸せな家族の一員でいる喜び。

 

「はゆうもちちうえとははうえとらんちゃんがだいすき~」

 

「そうかそうか」

 

 仲が良いのはいいことだと二人の愛娘を抱きしめながら一刀は幸せを感じていた。

「でも……」

 

 急に葉雄がどこか寂しそうにした。

 

「ははうえはまなのおはなしをするとすこしさびしそう」

 

 優しく温かさをもつ華雄にその話をするとき、子供だから感じるものがあった。

 

「葉雄、華雄だって本当は真名を付けたいと思っているはずだよ。ただ、自分のことを思い出して今はとまどっているだけだから」

 

 葵が今、華雄とはなしをしているためその結果次第だった。

 

「はゆうは、ははうえがこまるのであれば、まなはほしくないです」

 

 真名を授けることによって華雄が笑顔を向けてくれなくなったら、温かな腕に抱かれなくなったらと思うと、葉雄は母親の意思を尊重したかった。

 

「本当に葉雄は華雄に似て優しいな」

 

「ちちうえ」

 

「うん?」

 

「はゆうはわるいこ?」

 

「こんなに優しい子が悪い子なんかじゃないよ。葉雄は俺と華雄の大切な娘だよ」

 

 自分のせいにさせたくない一刀は何度も葉雄に自分がどれだけ愛しているかを言う。

 

「それに真名があろうとなかろうと、葉雄は俺の大切な娘に変わりない」

 

 名で人の価値が決まるなんてまずありえないことであり、一刀も神聖さを言われるほど実はピンときていなかった。

 

 それは一刀が何者にもとらわれない自由な考えができるからだった。

 

「しかし、未だに真名なんて俺のいた世界では考えられないな」

 

 姓名や字までなら過去をさかのぼればいくらでもあるが、現代人として過ごした世界では姓名だけだっただけに考えも少し違っていた。

 

「まぁどちらにしても今日は寝ようか」

 

 一刀からすればまだ眠たくない時間だが、藍と葉雄は何度か欠伸をしていたため灯りを消していく。

 

「こうして三人で寝ると温かいな」

 

「すごくきもちいいです~」

 

「ちちうえ~」

 

 難しい話から解放された二人は瞬く間に瞼を閉じて静かに寝音を立てていく。

 

「真名か……。舞香さんならどう解決するだろうかな」

 

 もしここに舞香がいれば考え付かない解決法を導き出してくれているだろうと思うと、まだまだ自分は彼女の足元にも及ばないなと感じていた。

 

 葵を支え自らの命を懸けて守った舞香という存在の大きさ、そしてそんな彼女から真名を授けられた葵。

 

「頑張ってみるか」

 

 自分の出来ることをして華雄が心から納得してくれることをしようと一刀は思い、そして明日から実行してみようと瞼を閉じた。

 

「おやすみ、二人とも」

 

 先に眠った愛娘達にそう言って一刀も眠りについた。

 その頃、別の部屋で華雄に葵は酒を勧めてきた。

 

「酒はあまり強くないのだろう?」

 

「あ、あれは雪蓮様がたくさん呑ませたからです」

 

 月見の宴の時に、酔った雪蓮と祭が片っ端からその毒牙にかけていき、葵もしこたま呑まされた挙句、酔っ払いよろしく大笑いしたり、泣いたりしていた。

 

 その光景を見た後に華雄も襲われ、酔い潰されたのは言うまでもなかった。

 

「ゆっくりと楽しむぐらいなら大丈夫です」

 

「そうか。では一献」

 

 華雄は葵の杯に酒を注ぎ、葵も華雄の杯に酒を注いでいく。

 

 そして一口呑み、お互いに微笑んだ。

 

「それで真名をどうするか聞きたいのだろう?」

 

「私はきっと華雄さんと正反対の意見だと思います。それでもこうして話をしてくれるのですか?」

 

 杯を机に置いて華雄は瞼を閉じた。

 

「私は真名があろうとなかろうと関係ない。以前ならそう思って考えも変えるつもりもなかった。だが」

 

 姓名をあっさりと捨てた雪蓮を見て、姓名と真名では何が違うのか、どうして自分の姓名を捨てることができるのかわからなかった。

 

 そして風も程昱という姓名を捨ててきたと言い、山越戦では真名で呼ぶことを避けてあえて姓名で呼んだこともあった。

 

『風は風ですよ。本当はお兄さんの北郷の姓を頂きたいのですけどね』

 

 その時は冗談交じりにそんなことを言っていた。

 

 二人のことを考えていくうちに自分の考えはおかしいのか、それとも彼女達がおかしいのか悩んだこともあった。

 

 そうしているうちに子を宿し、産まれ、数年の歳月が流れた。

 

 将軍としての任務や子供達の鍛錬の師範などの時間を優先させたのもそのことを考えないようにしていたためだった。

 

「私は結局、自分に真名がないことで逃げていただけなのかもしれないな」

 

 娘には何も関係ないことなのにそれすら自分を重ねてしまい苦悩する華雄に葵は黙って話を聞いていた。

 

「今思えばなぜ父上や母上が真名を授けてくださらなかったのかと恨んでしまう」

 

 世迷言に振り回されるのではなく、自分達の信念を貫き通した華雄の両親は葵からすれば立派な両親であると思った。

 

 だがそれに何時までも縛られていては何も変わらないことを知っている葵は酒を一気に呑み干した。

 

「華雄さん」

 

 意を決した葵はまっすぐに華雄を見る。

 

「華雄さんは本当は葉雄ちゃんだけではなく華雄さん自身も真名を欲しているのではないのですか?」

 

 だから悩み苦しみ、今になっても目をそむけている。

 

 葵の視線から顔を逸らすことのできない華雄は自分が逃げているだけだと言われているように感じた。

「私も舞香さんがいてくれなかったら、きっと真名はなかったと思います。でも、授けてくれたから私は笑えるようになりました。今生きていることが幸せだと感じています」

 

「それは自己満足ではないのか?」

 

「確かにそうかもしれません。でも、私は真名を授かったことがきっかけに前を見ることができました」

 

 きっと舞香もそれを望んでいるから、葵は説得したかった。

 

 それが一刀のためにも華雄のためにもなるからだということを知っているからできることだった。

 

「たしかに華雄さんの言われとおり、私達には姓も名も字もあります。それなのに真名なんて必要あるのかって思われるのもわかります」

 

 真名を神聖なものという者もいる。

 

 命に等しいという者もいる。

 

 だが、葵はそれ以上に大切な物だと思っている。

 

「雪蓮様が一度だけ話されたことがあるのです。自分達の姓や名、字が身体なら真名は心だと」

 

「こころ?」

 

「神聖なものや命に等しいなんて考えるからややっこしくなるのだとご自分が姓を捨てた時にわかったのだとおっしゃったことがあります」

 

 実に雪蓮らしい言葉だった。

 

 だからこそ雪蓮はたとえ身体である姓や名、字を捨てても真名という心があれば何も心配することはないと彼女らしい笑みを浮かべながら葵だけではなく一刀にも言っていた。

 

 

「私もその話を聞いて確かにそう思いました。身体だけがあっても心がなければ何も見えてこない。何も感じることができない。何をしても満たされないと」

 

 そんなことを葉雄に背負わせたくはなかった。

 

「だが結局、真名を拠り所にしなければならないわけだろう?」

 

 言葉を変えても行き着く場所は同じ。

 

 華雄からすればそれでは何も求める答えにならなかった。

 

「確かにそうですが、私は真名があることは姓や名、それに字と同等の意味を持っていると思います」

 

 真名を本当に大切に思う者として葵は自分の真名にいつも感謝をしていた。

 

「大袈裟かもしれませんが、私は誇りに思っています。それでも華雄さんはやっぱりダメですか?」

 

 華雄は席を立ち机の上に大切に置かれている金剛爆斧を持って構えた。

 

「武器はいずれ壊れる。だが、名は身体が朽ちようとも残る」

 

「華雄さん……」

 

「姜維」

 

「はい?」

 

「明日までその問いに答えるのを待ってもらえないか」

 

 どんなに説得しても最終的に決めるのは華雄自身。

 

 葵はこれ以上の説得は無益と悟り、華雄の提案を受け入れていれた。

 翌朝。

 

 華雄が目を覚ますと葵はまだ眠っていた。

 

「まいかさん……」

 

 夢の中で葵にとって大切な人と会っているのだろうと思いながら、華雄は藍色の髪に指を絡ませていく。

 

「お前は私よりも多くのことを感じているのだな」

 

 そう思えば自分のこれまで悩んできたものなど比べようもないほど些細なことのように思えてならなかった。

 

 起こさないように寝台から抜け出し、部屋の外に出ると澄んだ空気が華雄を包み込んでいく。

 

「私も変わらなければならないか」

 

 自分の為でもあり何よりも娘の葉雄のためにも、過去の柵から抜け出さなければならない時が来たと感じた。

 

「おはよう、華雄」

 

 そこへメイド服の月と詠がやってきた。

 

「おはようございます、月様、詠」

 

「おはよ…………うん?」

 

 詠が妙な違和感を感じ、月は穏やかな微笑みを浮かべていた。

 

「華雄、あんた今、月のこと……」

 

「月様と呼んで何か不都合でもあるのか、詠?」

 

 今までどんなことがあっても雪蓮以外を真名で呼んだことのない華雄に、二人は驚きつつも不思議と笑みがこぼれていく。

 

「ところで一刀様は?」

 

「まだ寝ていると思うわよ。どうしてこう休日だとだらしなくなるのかしらね」

 

「仕方ないよ。お義兄さまは毎日一生懸命頑張っているんだから」

 

 休日の時ぐらい、一刀の好きにさせてあげることは月に言われるまでもなく、詠もわかっていたためそれ以上は言わなかった。

 

「まったくだ。俺がそこまでだらしないのはきっと詠が寝かせてくれないからだよ」

 

 とんでもない事を口にしながらやってきたのはまだ意識がはっきりしていない藍と葉雄を連れた一刀だった。

 

「あんたね~……。朝っぱらから頭が腐った発言しないでくれる?」

 

「事実なんだから仕方ないだろう?」

 

「あ、あんたね……」

 

 顔を紅くして怒る詠に一刀達は笑う。

 

「それよりも華雄」

 

「はっ」

 

「渡したいものがあるんだがいいかな」

 

 そう言って両手を握り締めて華雄の前に突き出した。

 

「どっちでもいいから好きな方を選んでくれ」

 

 いったい何をするつもりなのか、華雄は不審に思ったが言われたとおり右手を選んだ。

 ゆっくりと手のひらが開いていくとそこには文字が書かれていた。

 

「美影(みかげ)?」

 

「そう。昨日途中で目が覚めてね、もし華雄が真名のことを了承してくれるのであれば二人に俺から授けたいなあと思ってね」

 

「一刀様……」

 

 華雄の為に考えてくれた真名。

 

 それだけで昨日まで悩んでいたものが華雄の中から消えていくような感じを受けていく。

 

「そっちはもしかして葉雄の?」

 

 詠が残った左手の事を聞くと一刀は微笑むだけだった。

 

「華雄」

 

 自分の為に真名を用意してくれた一刀を見つめる華雄。

 

「私は」

 

「うん?」

 

「私はどうしたらいいのですか?」

 

 いきなり真名を授けられてもどうしたらよいのかわからない。

 

 それ以上に自分の心境の変化を見抜いていた一刀に驚くばかりだった。

 

「俺は自分の大切な人達のことならなんでもするさ。たとえそれで失敗しても諦めたりはしないさ」

 

「…………」

 

 戸惑う華雄に葉雄は抱きついてきた。

 

「ははうえ~」

 

「葉雄……」

 

 母である自分に甘えるようにすがる葉雄の姿を見て華雄は心の中に温かなものが流れ込んでいく。

 

「一刀様」

 

「うん?」

 

「私に真名を授けていただけませんか」

 

 その言葉に驚いたのは詠だけだった。

 

 一刀も月もそれを望んでいたから断る理由などどこにもなかった。

 

「華雄……いや美影。葉雄には美影から授けて欲しいんだ」

 

「私が?」

 

「その方が葉雄も喜ぶ」

 

 父親ではなく母親から真名を授けられる喜びを華雄に知って欲しいという一刀からの贈り物のようなものだった。

 

「わかりました」

 

 美影は葉雄を抱き上げると、優しく慈愛に満ちた声でこう言った。

 

「お前の真名は千影だ」

 

「ちかげ?」

「ああ。それがお前の真名だ」

 

 包み込むように千影を抱きしめる美影に一刀達は温かく見守っていた。

 

「ちちうえ~」

 

 母親に抱かれたまま千影は父親の方を見る。

 

「よかったな、千影」

 

 真名で呼べる喜びを一刀はかみしめながら二人にようやく真名を授けられたことが嬉しかった。

 

 そして自分に真名が授けられた喜びを笑顔で表す千影。

 

「藍、これからも千影と仲良くするんだぞ」

 

「はい」

 

 藍も葉雄に真名がついたことが嬉しいらしく、満面の笑みを浮かべていた。

 

「しかし、よくこの頑固者を説き伏せられたわね」

 

 長年一緒にいる詠は自分達ですらなし得なかったことをした一刀がしたことに、多少の嫉妬のようなものを感じていた。

 

「でもこれで華雄……ううん、美影と千影ちゃんって呼べるのはとても嬉しい事だよ」

 

 月は純粋に二人のことを祝福していたため、それ以上のことを詠は言わなかった。

 

「千影、おいで」

 

 両手を差し出した一刀に千影は嬉しそうに手を伸ばして抱きついていく。

 

 真名で呼ばれることで今までに見たことのない笑顔の千影に美影も自分が思っている以上に真名もよいものだと感じていた。

 

「藍、千影のこと呼んであげてごらん」

 

「うん。ちかげちゃん♪」

 

 千影を降ろすと藍と喜び合う姿に笑みが絶えない。

 

「それじゃあ、藍ちゃん、千影ちゃん、一緒にみなさんを起こしに行きましょうか」

 

「「は~い」」

 

 朝から元気な声で応える二人の手を握って月は廊下を歩いていく。

 

「そういえばその左手は何を書いてあるのよ?」

 

 詠に言われて一刀は左手のひらを開けると、そこには『美影』と右手と同じものが書かれていた。

 

「あんたね」

 

「仕方ないだろう。これしか思いつかなかったんだから」

 

「あっそう。でも華雄……美影はよく千影って出てきたわね?」

 

「そうだな」

 

 自分でも驚くほど娘の真名が出てきたことに美影は苦笑する。

 

「一刀様、詠。私は変わることができるだろうか?」

 

 その問いの答えは一刀と詠にもわからなかった。

 

 ただわかっている事は一つ。

 

「美影らしくいて(くれ)」

 華雄は穏やかな気持ちになり自分達に真名がついたことを心から喜んだ。

 それからというもの。

 

「美影、こっちで酒でも呑まぬか」

 

「美影さん、また藍達がさぼったみたいです」

 

「美影、もう少し進歩してくれないと俺がもたない……」

 

 事あるごとに華雄ではなく美影を呼ばれ、それを自然と受け止めている彼女がいた。

 

 そして、もう一人。

 

「千影、お姉ちゃん達と遊びましょう♪」

 

「ダメです。千影は私達と本を読むのですから」

 

「ちかげちゃん、あそぼ~♪」

 

 以前にもまして笑顔が増えた千影を姉妹達が放っておくことなどしなかった。

 

 美影も真名で呼び合うことに初めはぎこちなかったが今ではいつもの彼女に戻っていた。

 

「ちかげちゃん♪」

 

「らんちゃん♪」

 

 二人の幼子は嬉しそうに手と手を取り合って笑いあう姿に一刀と葵、それに美影は優しく見守っていた。

 

「一刀様、葵。私はどこまでいっても華雄だ。だが、同時に美影でもあるのだな」

 

 彼女の人生は様々なことがあったが、今は誰にも負けないほど幸せだった。

 

「一刀様」

 

「うん?」

 

「この真名、終生大切にいたします」

 

 美影は心からの感謝とこれからの感謝をこめて一刀に口付けをした。

 

「ちちうえ~♪」

 

「おとさん~♪」

 

 二人の愛娘達も一刀に駆け寄ってきて、それを迎える一刀の頬の可愛らしく口付けをしていく。

 

「ちちうえ、ありがとう♪」

 

「おとさん、ありがとう♪」

 

 真名を授けれもらえた千影とそれが気になっていた藍からのささやかなお礼だった。

 

「千影、藍。今日はいっぱい遊ぼうな」

 

「「はい♪」」

 

 父親と遊べる嬉しさがさらに喜びへと繋がっていった。

 

「千影、藍。大好きだぞ♪」

 

 二人を抱きしめると愛娘達も少し苦しそうだが、笑顔を絶やさなかった。

 

 そして今日も呉の国は平和だった。

(座談)

 

水無月:え~今回は自分でも思いました。これは華雄と葵の話だろう?って。

 

雪蓮 :どう見てもそうでしょう?

 

水無月:華雄の真名が関係してくるとどうしてもこうなってしまいました。まだまだ未熟な証拠ですね。

 

冥琳 :とりあえず読んでいただいている方々にお詫びはしておいた方がいいかと思う。

 

水無月:どうもすいません!

 

雪蓮 :残り二回で挽回しなさいね。

 

水無月:もちろんです!さて、ここで今日、アニメイトさんで買ってきました『真・恋姫無双 呉書・外史~海戦!邪馬台国』絶賛発売中です。今回は呉メインなだけあって内容も大変満足できてよかったです。まさか、あの人物とあの人物の名前は出てくると思わなかったので嬉しい限りです♪

 

雪蓮 :詳しい内容は書店で買ってね♪

 

水無月:というわけで、次回はつい最近まで忘れてしまっていたあの二人の娘達です!お楽しみ!

 


 
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