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フレームアームズ・ガール外伝~その大きな手で私を抱いて~ ep26

コマネチさん

ep26『その大きな手で私を抱いて』(起)

大変遅くなってしまい申し訳ありません。ようやく完結まで書き上げたので、分けて毎日投稿します。

2020-07-06 22:48:18 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:685   閲覧ユーザー数:684

「……以上で報告を終わります」

 

 何かの研究施設を連想させる薄暗い無機質な室内にて、頭にフレームアーキテクトの被り物をした女性、アーキテクトウーマンが報告をしていた。彼女の藍色に光るセンサーから、その視線の先に上司らしき白衣を纏った女性が背中を向けながらそれを聞いていた。

 その上司もまたフレームアーキテクトの被り物をしていたが白衣の下の服装と体型から女性と判断するのは容易い。

 

「それで……結構な数が候補者に選ばれたわけだが、彼らの中から本当に決まると言うのかね?」

 

「はい。今回開催したイベントで、あえてこちらからの干渉をせずに見守ったわけですが……やはりFAGを大切にしてくれています。まさに人間と同じ様に……」

 

「そういったマスターが必要だ。こちらの方も完成までそうはかからない……。それを任せられるだけの人間が必要だからな。このプロジェクトには」

 

 上司のアーキテクトウーマンが目の前の筒状のカプセルに手を触れる。窓も室内灯も無い室内の中、横に幾つも並んだカプセルのストレージはスモークがかかってる為に中を確認する事は出来ない。ただ……何かの溶液で満たされたその中には、人影の様な物が見えていた……。

 

――

 

 イベントから暫く……。更に所変わってお馴染みのヒカル達の高校にて……。

 

「……あー……全然浮かばねぇ……」

 

 休み時間中。教室の机に座ったヒカルは眼の前の紙と睨めっこしながら呟いた。頬杖をついており難問と直面したような渋い顔だ。

 

「なんだよヒカル。まだ進路希望書いてねぇのか」

 

 それを黄一が呆れながら言う。大輔も一緒だ。ヒカルが悩んでいたのは進路希望調査表。卒業後の進路に関して書いて提出する。

 

「仕方ねぇだろ黄一。日頃そんな先の事まで考えてないよ俺」

 

「ま、お前の場合半日先まで考えた事もなさそうだけどなー」

 

「やかましいわ。……俺だってさ、このまま何も決まらないのは嫌だよ。もうすぐ三年生だって言うのにさ」

 

 そう。今は三月、来月に進級して高校三年生。卒業まで一年となった。

 

「更に四月に誕生日だったなお前。来月で18歳か」

 

 何気なく言う黄一の発言。だが大輔はヒカルの誕生日を初めて知った為に、意外そうな表情を見せた。

 

「あれ?そうなんだ。だったら何か僕とアーキテクトでプレゼント用意しないとな」

 

 そこまでいなくていいよ。とヒカルも黄一も愛想笑いをしながら流す様に手を振った。

 

「いいよいいよ。気持ちだけで嬉しいわ大輔」

 

「そうそう。なにしろコイツ今彼女持ちなんだから、これ以上欲しい物とか贅沢だな」

 

「っ!それは関係ないだろ!」

 

 皮肉たっぷりに言う黄一にヒカルは顔をしかめる。最近はこんな感じだ。

 

「……ま、進路、自分で何とかしなきゃって気持ちがあるんだったら大丈夫だよ。まぁ提出期限までまだ日はあるから、粘ればいいさ」

 

「有難う大輔。黄一と違って知性あるなぁ」

 

「ケッ!だったら愛しの彼女に聞いてみたらどうだよ。……来たみたいだし」

 

 そう言って黄一はある方向を示した。その方向から歩いてくるのは……、

 

「ヒカル君?どうかしたの?」

 

 ツインテールの少女。玄白朱音である。若干態度はよそよそしい。

 

「玄白さん、進路希望書まだ提出してないんだってさ」

 

「そうなんだ。まだ時間あるしゆっくり考えればいいよ」

 

「有難う。そういえば玄白さんは何書いたの?」

 

「うん保育士だよ。昔からやりたい事だったから」

 

「やりたい事、か……。大輔はやっぱりロボット工学系?」

 

 座りながらのヒカルは立ったままの大輔を見上げながら問う。大輔は当然と言わんばかりに即答。

 

「うん。好きな事で、やりたい事だったからね。ヒカルのやりたい事とかはないのかい?バスケとか……」

 

「アハハ……バスケは好きだけど……どうもプロでやる分には色々足りてないんだよな……」

 

 

 そして放課後、今日は部活も無い為に普通に下校となる。

 

「んじゃ黄一、久しぶりに一緒に帰ろうぜ」

 

 次々と生徒が会話交じりに帰る中、鞄を持った黄一を、ヒカルがいつもの様に気さくに誘う。それを軽蔑する様に見る黄一。

 

「……いやお前、玄白さんと帰れよ。こないだ告白されたんだろうが」

 

「え?!いやそうだけど……」

 

 眼を逸らすヒカル。そんな親友に黄一は質問の追撃をかける。

 

「で、どうしたんだよ。お前あの時の告白の返事」

 

 イベントの時に朱音が告白するタイミングは黄一も見ていた。轟雷とスティレットと黄一、その場のギャラリーは全員が衝撃を受けていたわけだ。

 特に黄一は朱音の事が好きだったりするのは誰にも言ってない。

 

「いや、それだったら……まだ返事出してない……」

 

「はぁ?!お前なにやってんだよ!」

 

 バツの悪そうに言うヒカルに対して黄一は呆れと怒りが混ざった顔で言った。

 

「いやだって……、いつまでも待つって言ってたから……」

 

 そう、イベントの時に朱音から告白されたヒカルの返事は、『しばらく考えさせて欲しい』だった。

 

「信じらんねぇ!十日だぞ!馬鹿か!……まさかお前、既に彼女がいるから二股か乗り換えを……」

 

「してねぇよ!大体俺が彼女いない歴=俺の年齢だって一番知ってるのお前だろう!」

 

 心外といわんばかりにヒカルの方も声を荒げた。ついでに自分で言っててなんかミジメだった。

 

「……まぁそういやそうだな。……っていうならなおさらだ!さっさと返事だせばいいだろうが!!」

 

「う……それは……」

 

「なんで言わないんだよ。断るなら断るでいいだろ」

 

 目が泳ぐヒカルに、ジト目の黄一。

 

「それは……どっちを選ぼうとしても、なんか踏みとどまっちまうんだよ」

 

「なんだそりゃ。ともかくお前、最っ低だな。女の子の告白一週間以上も待たせるとか」

 

 黄一の軽蔑の視線と言葉がいちいち突き刺さる。最近部活で一緒に帰れなかったから、言いたい事はたくさんあったのだろう。

 

「ぐ……自覚はあるよ……」

 

「自覚ある奴は十日も待たせねぇよ。ったく、さっさとハッキリさせりゃいいものを……」

 

「ねぇ、ヒカル君?一緒に帰らない?」

 

 と、そうこうしてると朱音の方が話しかけてきた。

 

「玄白さん、あ、今日は黄一の(ゴスッ!)グホォ!!」

 

 ヒカルの横腹に黄一がひじ打ちを入れた。突然の事に防御できなかったヒカルは思わず痛みと共にむせる。

 

「そういや俺用事あったんだったわ。というわけでヒカル。玄白さんと帰りな」

 

 そう言うなり黄一はそそくさとその場を後にした。黄一の表情は張り付いたような笑顔だった。

 

「え?だ、大丈夫?」

 

――

 

「途中まで通学路が同じだったんだね。私達……」

 

 そして二人は帰路につく。朱音と帰るのはヒカルにとって初めてだった。2人が並ぶと当然ヒカルの方が身長は頭一つ大きい。夕陽に照らされながら歩幅を合わせて歩いていく。

 

「そうだね。玄白さんは家まで歩き?」

 

「うぅん。途中からバスだよ。この先にバス停があるんだ」

 

「そっか」

 

『……』

 

 ヒカルとしては女の子と帰った経験がない。故にどう話題を出していいか解らない。何か話題を出したとしてもご覧の通りすぐ途切れてしまう。

 

――不味い……どうにかして話題を出さないと……――

 

 勝手なヒカルの思い込みではあるが空気が重い。何か話題は無いか。と思案するが、緊張してる所為かそれも頭がうまく回らない。

 

「あのねヒカル君?」

 

「は、はい!」

 

 突然朱音の方が話しかけてくる事にヒカルは素っ頓狂な声を上げた。

 

「ヒカル君、スティレットちゃんを相棒にしてるんだよね」

 

 と、朱音がFAGの話題を上げる。彼女もFAGを連れている事をヒカルはすっかり忘れていた。

 

「あ、そうだったね確か」

 

「ん?」

 

「あ、いやそうじゃなくて!玄白さんも白虎が相棒だったんだっけ!」

 

 そもそもこの間のイベントでも一緒に出ていたのに、朱音が白虎と一緒にいる所を見た事が無い所為だろうか、

 

「うん。それでね。今度の日曜日に、ヒカル君とタッグでFAGのお店で対戦とかしたいなぁって思って」

 

「あ、うん。いいよそれなら」

 

「本当?!嬉しいなぁ!やっと対戦が実現するんだぁ!」

 

「そういえばクリスマスの時に対戦したいっていってたっけ」

 

「うん、私本当に楽しみだったんだよ?本当だったら共通点も無い様な私達が唯一の共通点だもの。共通の話題で盛り上がれるってすごく嬉しいんだよ?」

 

 そうこうしてる内に朱音の使用してるバス停についた。丁度バスが向かってくる。

 

「あ、ここで今日はお別れだね……」

 

「あ、うん……。また明日」

 

「またね。楽しみにしてるから!」そう言って嬉しそうに朱音は停車したバスに乗って行った。そしてバスはそのまま発進。見送ったヒカルは……。

 

――おかしいな。彼女が出来るって言うのに……何でこんなに何も湧かないんだろう――

 

 変に冷めてる自分の心に疑問を感じていた。

 

 

 帰路につきながら、ヒカルはスティレットに日曜日に朱音とFAGの大会に出す事を考える。その為にはまずスティレットに話さなければならない。しかし……

 

――スティレットに、どう話せばいいんだよ……――

 

 ヒカルの考えとしては、おいそれとスティレットに話していい内容とは思えなかった。スティレットが自分に懐いてくれてるのは解っていた。しかしヒカルはスティレットが自分に恋愛感情を抱いてるとまでは思っていなかった。そして……彼自身スティレットに恋をしているという事も気づいてない。

 自分の恋心に自覚がないだけで、少なくとも、朱音の事を話したらスティレットが不機嫌になる事はハッキリと解っていた。

 

「ただいま……」

 

 どうすればいいと思考を堂々巡りさせておきながら、若干上の空で家の中にヒカルは入った。 

 

「あれ?!マスターったら、もう帰ってきたの?!」

 家に帰ると飛行ユニットだけを装備した素体姿のスティレットが出迎えに出てくる。しかしその日は驚いた様な素振りを見せた。そんなスティレットの態度にヒカルは違和感を覚えた。

 

「?どうしたんだよそんな驚いて」

 

「い!いえなんでもないわよ!それより今日は速いのね!普通だったらもう二時間位は遅れてくるのに!」

 

「今日部活ないって今朝言ったろ?」

 

「そ、そうだっけ?……あはは。マスターが彼女出来たからそっちの方が心配で忘れちゃった。ほらマスターってデリカシーない上にスケベだし、変に迫って嫌われるんじゃないかと思ってね!」

 

「ひでぇなそれ。……玄白さんとは何もないよ。告白の返事もまだ返してない」

 

 直後スティレットの表情は一気に不機嫌に曇る。

 

「はぁっ!?ちょっとマスター!それはそれで失礼でしょ!早く返しなさい!」

 

 いつも通りのやり取り、と言いたいところだが、海のイベント以降よそよそしさがお互いに出来てしまった。

 

「わ、解ってるよ!黄一にも同じ事言われたわ」

 

「それだけ目に見えて最低って事でしょ?」

 

「解ってるよ。……あのさスティレット」

 

「何よ」

 

 今週末の朱音と出るイベントの事をスティレットに話そうとするヒカル。しかし……。

 

「いや、なんでもない……」

 

「?変なの」

 

 言ってはいけない。そんな気がする。

 

「なんか疲れたから今日は休むよ。少し寝る」

 

「あ、そうマスター、晩御飯出来たら起こすからねー」

 

 二階に上がっていくヒカルをスティレットは見送る。階段を上がり切って自室に入っていくのを見届けるとスティレットは……、

 

「ふぅ……よし!」

 

 すぐさまキッチンに移動すると、2mある食器棚の上に隠れていたFAGに話しかけた。

 

「行ったわよ。残念だけど今日はお開きだわフセット」

 

「申し訳ありません。お姉様……。ヒカル様の事……どうしても怖くて」

 

 スティレットによく似たフォルムのFAG、フセットが申し訳なさそうに答えた。彼女はヒカルの前のマスター『甫周月夜』(ほしゅうつくよ)に仕えていたFAGだ。

 

「怖いって、私のマスターなんだけどなぁ」

 

 

時間を巻き戻して二人が出会った時を見てみよう。

 

「好きです!私と付き合って下さい!!」

 

 朱音がヒカルに告白を受けたタイミングに時間は遡る。その時にスティレットとフセットは出会った。

 

「そ……そんないきなり……」

 

「だ、駄目?」

 

「そうじゃないけど……そりゃ嬉しいけど……少し、考えさせて下さい……」

 

 しおらしい態度で答えるヒカル。そこから暫く離れた場所で、フセットもまたスティレットに告白をしていた。スティレットより露出の少ないパレオ付きのハイレグ水着が、彼女の性格を表していた。

 

「決勝戦のお姉様の担架!素敵でした!」

 

「ちょ!ちょっと待って!ひとまずここから離れよう!?」

 

 ヒカルは前のマスターには良い感情を持っていない。関連のあるフセットに会わせてはいけないとスティレットは判断。フセットを連れてその場を離れる。

 

「それでどうしたのよ。……悪いけどあんた達とは縁を切ったつもりだけど?」

 

 離れた林の中に移動。フセットを遠ざける様なスティレットの態度、そして轟雷と黄一も訝しげに突然現れた少女を見ていた。

 

「それは……解ってます。でもワタクシ、ご主人様の家にいるのがもう辛くて辛くて……」

 

 溜め込んでいた物を吐き出す様にフセットは言う。スティレットは自分の知らない状況になっている事が気になった。

 

「……何かあったの?別にアンタの家はお金持ちだから早々辛いって事にはならないと思うけど?」

 

「……なったんです。ご主人様のお父様が経営する会社が倒産しました」

 

「な……」

 

「それに加えて、ご両親の離婚も決まりました。もうあの家には住んでません。財産も使用人も失ってご主人様すっごい暗くなっちゃって……」

 

「それで、どうしようって言うのよ。お金は貸せないからね。金銭面では友情と天秤にかけてもお金を取れとママからきつく言われてるのよ」

 

「そうではありません……。お姉様の言った事が格好良く見えて、相談に乗って欲しいと思いまして」

 

 スティレット以外もフセットに対しては怪しむ様に見る。黄一と轟雷も前のマスターとフセットの事は知っており、良い印象を抱いてない。

 

「……このイベントにはアーキテクトウーマンからの誘いで?」

 

「はい」と轟雷の問いにフセットは頷く。正式にこのイベントに参加したのは間違いないらしい。

 

「悪いけど、あんたの期待に添える事は何もないわよ。悪いけど他当たって……」

 

 縋り付くようなフセットの態度、しかしスティレットとしても余り関わりを持ちたいとは思えない。踵を返してその場を離れようとする。その時だった。

 

「好きなんです!ご主人様の事が!!」

 

「!」

 

 フセットが必死の表情で叫ぶ。その叫びにスティレットは歩みを止めた。

 

「解ってますよ!ワタクシだって自分が無力なFAGだって事位!でもご主人様はもうワタクシしか頼れるのがいないんです!でも一人ではどうする事も出来なくて……」

 

「スティレット。あまり深入りは……」

 

「……話位なら、聞いてやらない事もないけど?」

 

「スティレット?!」

 

 轟雷はスティレットが歩み寄ろうとした事に愕然とした。

 

「っ!!あ!有難うございます!」

 

 フセットは頼る物が出来た所為か。心底嬉しそうな表情を見せた。それを見守っていた黄一と轟雷は相変わらずの警戒でフセットを見ていた。

 

――あいつがヒカルの言っていたフセットか……――

 

 フセットと前のマスターの事は黄一と轟雷も知っていた。間接的ながらスティレットの家出捜索に協力していたからだ。

 

――そんな簡単に信用していい相手じゃないでしょうに……いらない事を……――

 

――参ったな。ヒカルの告白とダブルパンチになっちまった。……轟雷。アイツの監視、頼めるか?――

 

 さっきの朱音の告白による精神的ショックが無ければ、恐らくスティレットも手を差し伸べる事は無かったろうに、と黄一は渋い顔をする。心の弱っていたスティレットにとって、フセットは自分と重ねて見えてしまったのかもしれない。

 

――元よりそのつもりですよ。嫌なタイミングで面倒事が重なりましたね――

 

 このイベントに参加してるとはいえ、轟雷としても懐疑的な相手だ。悪い意味で実績がある。またスティレットを傷つけるんじゃないかと言う考えを巡らせ、黄一と轟雷は監視しようという考えに至った……。

 

 

 そしてそれからスティレットとフセットの付き合いが始まった……。

 

「今日は轟雷お姉様がいないから静かでしたね」

 

「模型店での集りだったらもっと賑やかよ。今度アンタも来なさいな。と、せっかくだからこれ持っていきなさいな。後ちょっとで完成なんだからさ」

 

 スティレットがキッチンの電気コンロの上の鍋の中を見ながら言った。カレーが作られており、後はルーを入れて煮詰めるだけだった。

 

「でも、悪いです」

 

「謙遜するんじゃないわよ。アンタが作ったんでしょ?……マスターに食べさせてあげたいんでしょ?」

 

 スティレットの指摘にフセットは頬を赤らめる。

 

「でもFAGでは味見は出来ません……不安です」

 

「私が教えたんだから大丈夫よ。アンタ筋がいいんだし」

 

「そんな……まだ慣れてなくて……ワタクシ、ずっと愛玩用だったわけですし」

 

 スティレットとフセットの付き合いでやったのは相談と、料理や掃除等家事のレクチャーだ。フセットはお金持ちの時から家事はしていなかった為、今ではフセットが家事を覚える必要があった。スティレットが家事全般をマスターしていた為に、これ幸いとスティレットからレクチャーを受けていたわけだ。

 

「私だってそうだったわよ。メイドさん達に任せっきりだったわ。前のあんたの生活と同じでね」

 

「前の豊かな生活に戻りたいとは思わないんですか?」

 

「全然。好きだもの。今のマスターと家族、仲間がね」

 

「羨ましいです。そんな風に自信を持って生きていられたら……」

 

 尊敬の眼差しでフセットはスティレットを見つめた。

 

「何見てるのよ。はいさっさとルーを入れる」

 

 照れを隠しながらスティレットはフセットに促した。

 

――

 

 そしてカレーが出来たらフセットの分と自分の分と、分けて彼女を返した。その後はフセットの作ったカレーをヒカルに食べさせて品評させた以外は、いつもと変わらない。ただ、いつもより会話が少なめになってしまったが……。朱音の告白に、イベントの件でお互いが精神的に参ってしまってる状態となってしまったわけだ。

 自室のベッドに入ったヒカルは机の上、スティレットの充電くんを見る。まだスティレットは下で家事をしていた。

 

――いずれは言わなきゃいけないんだろうけど、間違いなくスティレットは怒るだろうな――

 

 自分が話した時の反応を想像すると、スティレットが怒ったり泣いたり、無理して平気な風を装って痛々しい態度を取る事は目に見えていた。

 

――……なんかカレーの味、いつもと違っていたな……――

 

 どうすればいい、と余計な考えを差し込みながらも、目を閉じつつ思考を巡らせながらヒカルの意識は眠りに落ちていった。

 

 

――マスター……ねぇマスター……――

 

「ん……?」

 

 ヒカルは柔らかな声に目を覚ます。目の前には声の主であるスティレットがいた。そんなヒカルは違和感を強く感じる。

 

「スティレット?あれ……ここ学校?それにお前のサイズ……」

 

 さっきまでベッドで寝ていたのに、今自分がいる景色は日差しの差し込む2人だけの教室。今ヒカルは机に突っ伏して眠っていたのを起きた所だ。

 そして……目の前のスティレットは人間サイズで自分の学校の制服を着ていた。

 

「もう、こんな所で寝て、やっぱり私がいなきゃ駄目ね。玄白さんよりも……」

 

「?!」

 

 そう言ってスティレットは妖艶な笑みを見せる。そして顔を間近に近づける。妖艶な等身大スティレットに迫られる。これは……ヒカルが前に夢で体験した事だった。そして目の前のスティレットはその時と同じ表情をしていた。

 

「これ、……夢か」

 

 以前マイクロビキニを着たスティレットに迫られた夢を見たヒカルだった。

 

「あれ?ヒカル君たらこんな所で寝てたんだ」

 

 更に別方向からも声が聞こえた。声のする方を見ると朱音がいた。彼女もまた学校の制服を着ていた。

 

「ヒカル君しっかりしてよ。私はヒカル君の彼女なんだよ?」

 

「あ……いや」

 

 夢と自覚できてもそう言われてはどう反応していいか解らない。その時だった。

 

「……誰よその女」

 

 冷淡な声を見ていたスティレットが上げる。

 

「私?私は……、この人の恋人でーす」

 

 スティレットに対し、勝ち誇った様な表情で朱音はヒカルの右腕に抱き付いた。

 

「はぁ?!横からしゃしゃり出て何言ってんのよ!!離れなさい!」

 

 スティレットの声に朱音は離れようとしない。

 

「嫌ですー。だって私はヒカル君に告白したから、正式な恋人だからだよー」

 

 怒りをむき出しにしたスティレットに対して朱音は余裕のままだった。

 

「告白ですって?!ぽっと出が何を言ってるのよ!私の方がマスターの好きな物とかプライベートとか全部知ってるんだから!」

 

「でも、貴方は彼女になる事は出来ないじゃない」

 

「何ですって!」とスティレットは睨む。

 

「……だってあなた、FAGでしょ?」

 

「!?」

 

 その発言に衝撃を感じたのはスティレットではない。ヒカルの方だった。

 

「人間は人間でないと結ばれる事は出来ないのよ?貴方がFAGである時点で、勝敗は解りきってるじゃない」

 

「……それがどうしたって言うの?……重要なのはマスターがどう考えてるかでしょう?!」

 

 スティレットの方も怒りを更に押し出して突っかかる。

 

「ふ!2人とも!落ち着いてくれ!」

 

 初めて目の前で繰り広げられる女の喧嘩、どうにかヒカルは止めようとするが……、

 

『誰の所為でこうなったと思ってんの!!』

 

 お互いこちらを見ながらの息を合わせた叫びに、ヒカルはただ圧倒されるだけだった。

 

「は!はいぃぃ!!」

 

 間抜けともいえる叫びを上げながら視界はブラックアウト。ヒカルはベッドから飛び起きた!

 

「っ?!!……ハァ……ハァ……よ、よかった。やっぱり夢だ……」

 

 ベッドから上半身を起こして息を整える。時計を見るとまだ夜中の三時だ。

 

「……スー……スー……」

 

 充電くんの方を見ると、繋がれたスティレットが寝息を立てていた。今の寝顔を見ているとさっきの女の怖さを前面に押し出した形相は想像できない。

 

「何やってんだ俺は……」

 

 寝汗でびっしょりになりながら、自己嫌悪感にヒカルは囚われた。


 
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