No.1025894

魔女と策略家

ぽっぽさん

※門突破後推奨

魔女さんと室内乗馬おじさんの短い話をつめました、全体的に殺伐してる

2020-04-11 23:53:23 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:374   閲覧ユーザー数:374

[それは、抗する色]

 

「随分洒落た名前ね? ─シュヴァルツェコール(黒の軍団)だなんて」

「……」

「恐怖を与えて制圧する。貴方の得意分野だものね、そういう意味合いかしら?」

「─黒とは、何物にも染められぬ色だ。いかなる力の前であっても、自らの意思に従う」

「…ふぅん」

「たとえ俺の策が他人に利益を与えても、それは単なる副産物にすぎない。俺は俺のために一手をうつ。それだけだ」

「…あらそう。いいわよ、それでも」

「あの国を滅ぼしてくれさえすれば、ね」

 

[痛みが響くことはなく]

 

ばちん、と乾いた音が響いた。その大きな音と共に、女の頬に痛々しい赤みが指す。

 

それは衝動的なものだった。投げ掛けられた言葉に何故か酷い苛立ちを感じてしまって、その続きを聞きたくはなくて、気づけば─。男は今しがた女の頬を打った手を下ろした。

「…酷いじゃない、痛いわ」

頬をおさえながら痛みを訴える女の表情には、平時の余裕が浮かんでいる。目の前の相手に暴力を振るわれたというのに。目の前の相手が、今も冷たい目で睨み付けているというのに。その表情はどこか勝ち誇ったようにすら見えた。

薄く笑みを浮かべている彼女に向かって、男は何かを抑えたような低い声で告げた。

「…拳を握らなかっただけ優しいと思え」

彼にとって、告げられた言葉は相当屈辱だったのだ。だがそれ以上に、自らの行動をもってして認めてしまったことの方が屈辱だった。

─その言葉を否定出来ない、と。

感じてしまった悔しさを潰すように、男は下ろしていた手を密かに強く握った。

 

[迎えは秘めやかに]

 

  岩肌の目立つ人気のない山道に、1つの影が佇んでいた。その影は、ローブで頭を覆って俯いているため、顔を見ることができない。ローブの下が長いドレスであるところを見るに、どうやら女であるようだ。まばらに雲が散る夜空の下で、女はただ静かに佇んでいた。

 

  するとそのうち、向こう側から微かに音がして、その場の静けさをかき消していく。近づいてくるそれは、蹄の音だった。岩肌を蹴り、駆けてくる音。その響きが大きくなると、女は俯いていた顔を持ち上げる。するとローブから銀の髪が覗き、光を反射して輝いた。続いてその人影の整った顔だちが月明かりに照らし出される。

  赤い瞳で視線を送る先には、一頭の馬に乗った人影が近づいてきていた。その人影もまた同じようにローブを纏っているため顔を見ることが出来ない。しかし体格からすると、おそらく男性だと思われる。

  駆けてくる馬が、女に近づくにつれて歩を緩めていく。やがて女の元に辿り着き脚を止めると、その大きな影が女をつつんだ。馬上から女を見下ろす男の表情は、月を背にしているため影となって見えない。

 

「来てやったぞ、早く乗れ」

  馬上から投げ掛けられる声は低く、どこか威圧感を感じさせる。男は自らを見上げる女に向かって片手を差し出した。

  筋ばったその手に、女の華奢で透き通るような白い手を重ねる。掴んだ手に引き上げられながら、女は鐙に足をかけて上がる。上がりきると、両足は側面に投げ出すようにして─ドレスの裾の長さが跨がるのに向いていないからだろう─馬の背に乗った。

「馬で迎えられるなんて一国の姫みたいね?─白馬だったらよかったのに」

  からかうように告げられた女の言葉に、男は呆れたようにため息をついた。

「無駄口ばかりたたいていると振り落とすぞ」

「まあ、怖い」

  鋭く返された声に動じることもなく、女は体勢を安定させるため、男の腰に腕を回す。そして彼女の柔らかな肢体を、男の硬い背に預けるよう凭れた。すると地面に伸びる影が繋がって、1つの大きな影になる。女が声をかけようと顔を上向けさせると、彼女の頬と髪がその背を擦った。

「お願いね」

「…ふん」 

囁くように掛けられた声に、言葉を返すことはない。代わりに、男は愛馬を走らせた。

 

  夜空に散る雲の1つが月を覆うと、全てが暗闇に包まれて隠される。その中を、蹄を地に打ち鳴らす音が掛けていって、次第に離れていく。しばらくして、覆う雲から月が再び姿を現すと、山道には音も姿もなくなっていた。誰にも知られることもないまま。

 


 
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