No.102430

「ウェンディの想い」

鳴海 匡さん

『聖剣伝説Ⅲ』の主人公の1人、デュランの妹であるウェンディ主点のアフターストーリー。

いろいろとオリジナル設定が散りばめられておりますので、是非とも広いお心でご覧になってください。

ちなみに作者の好みは、最初の設定を見た頃から「デュラン×リース」一筋です。

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2009-10-22 00:15:05 投稿 / 全18ページ    総閲覧数:4549   閲覧ユーザー数:4499

私の名前はウェンディ。

そして私のお兄ちゃんは、草原の王国フォルセナの英雄王様に仕える黄金の騎士デュラン。

皆はお兄ちゃんを見て私を羨ましがったりするけど、私自身はあまりそう思ったことは無かった。

まぁ、確かに強くて優しい、自慢のお兄ちゃんには違いないんだけど……。

でも、お兄ちゃんが旅から帰って来てからは少しウンザリするような出来事が随分と多いような気がする。

ほら、また……。

「あなた、デュラン様の妹さんよね? これ、デュラン様に渡しといてくれない?」

「え……あの……」

馴れ馴れしく私に話しかけてきたこの女の人。私には全く面識が無い。

私が差し出された手紙をじっと見ているのをじれったく感じたのか、突然私の手にその手紙を握らせて「絶対に渡してよね。それと、中身は決して覗かない事!!」と言って走り去って行った。そんなに見られたくないなら自分で直接渡せばいいのに……。

少し不満に感じながらも、それでもバカ正直に言う事を聞いてしまう自分に、少し自己嫌悪を感じてしまう。

でも、この程度ならまだいいくらいだと自分に言い聞かせる。

やはり、世界の英雄とも言える兄を持つと、何故か自分まで羨望と嫉妬の入り混じった目で見られる。

私は私なのに……。お兄ちゃんじゃないのに……。

そんな出来事が起こるようになってから、とある記憶と想いが、私の胸に去来するようになった。

「お兄ちゃんも、同じだったんじゃあ……」

私は、お兄ちゃんがお城に仕えるようになってから、剣の修行の量が格段に増えた事に逸早く気が付いていた。

その時は、きっとお城の皆さんがとても強くて、それで腕を磨いているんだと、そう思っていた。

でも、それは違っていた。確かにお城の皆さんは強かった。けど、お兄ちゃん程じゃなかった……。

お兄ちゃんの強さは圧倒的だった。傭兵団に入隊して、僅か一年足らずの内にお兄ちゃんは(英雄王様を除いて)フォルセナ一の剣士になっていた。

だからこそ、心無い人達の負け惜しみ染みたこんな言葉が、お兄ちゃんの心を傷付けていたんじゃないかと思う。

「流石は、黄金の騎士ロキの息子」と……。

お兄ちゃんは、周囲のそんな雑音に耳を傾けまいと、剣を振るっていたのではないかと思う。今だからこそ、尚更に……。

そして、そんな事を言わせまいと腕を磨けば磨くほどに、武勲を上げれば上げるほどに、その雑音は大きくなっていった。

まるで、お兄ちゃんの気持ちと反比例するかのように……。

今では、お兄ちゃんはお父さんと比べられる事は無くなっていた。

以前に比べて角が取れてきたのか、お城の皆さんとも上手くやっていけているらしい。

そして何より、それまで周囲の雑音のために常に張り詰めた空気を発していたお兄ちゃんが、今では全てを包み込むような優しげな空気を発するようになって、急に女の人たちからの手紙が増えた。

かく言う私の同級生からも、私は手紙を渡してくれるように頼まれることがしょっちゅうある。

それどころか、さっきのようにそれまで全く面識の無かった人たちや、あまつさえお兄ちゃんを乱暴者扱いしていた人たちまで、掌を返すようにお兄ちゃんに熱を上げる始末だった。

そして、そんな人たちに限って、お兄ちゃんからの返事が無いと、ちゃんと渡したのかと私の元に文句を言いに来る。

見くびらないで欲しい。私だってそのくらいの分別は付く。いくら気に入らないからと言って、そんな子供染みた真似なんてするはずが無い。

ただ、元々お兄ちゃんは手紙を書いたり読んだりするタイプじゃないんだから、そう言った手紙の類を受け取ったからと言って、よほどの相手ではない限り返事を書く事は無い。それどころか、最近は忙しいのか、封の切られていないものも幾つかある事すらあった。

その事は黙っていた。いくら私でも、そこまでお兄ちゃんのプライバシーに踏み込む資格は無いから。

一頻り私に対して文句を言って、それに対して私が黙って聞いているのを見るとそれが面白くなかったのか突然私の胸倉を掴んで来た。そして……。

「アナタ、デュラン様の妹だからと言って、いい気になってるんじゃないわよ!!」

私は呆れ果てて、悲しくなって、思わず呟いた。

「……………ない」

「? 何ですって……?」

「いい気になってなんか……ない……」

そう言って私は、キッ、と相手を睨み付ける。

思わずたじろいだ相手だったが、思わぬ私の反撃が逆に癇に障ったのか、私の胸元を強く突く。

突然のその衝撃に耐え切れなかった私は、数歩後ずさってから石畳にしゃがみこんでしまう。

それでも決して、相手の女性へと向けた眼差しを逸らすことはなかったが。

「ウェンディ!!」

と、睨み合いを続ける私たちの元へ、聞きなれた男性の――兄であるデュランの声が聞こえて来た。

お兄ちゃんの姿を認識するよりも早く、逞しい腕に支えられるようにして立ち上がる私に、心から案ずる表情を見せてくれた。

「大丈夫か、ウェンディ」

「お兄ぃ…ちゃん…? うん、私なら、平気だよ」

間近に見る、日に焼けた端正なお兄ちゃんの顔立ちに、頬に熱が集まるのを感じつつ、私は掠れた声でかろうじてそう答えた。

そうして安堵の表情を浮かべたお兄ちゃんであったが、しかし次の瞬間、最近は滅多に見る事の無くなった怒りの表情が、そこにはあった。

「お前、ウェンディに何をした……?」

昔の、感情の赴くままに当たり散らすような怒りではなく、むしろ静かな、地の底から響いてくるような深い声だった。

それだけで普通の人だったら腰を抜かしてしまうだろう。

事実、その女の人はペタリとへたり込み、ほうほうの挺で這うように逃げ出して行った。

それを最後まで見やる事なく、再び私に向けられたお兄ちゃんの目は、いつものように優しい光りを称えていた。

私は安心したのか、急に身体中の力が抜けていってしまった。

私は大空の中を飛んでいた。

私の足元には、全身を真っ白な毛並みで覆われた、不思議な生き物がいた。

ふと、傍らに誰かの気配を感じた。

無意識にそちらを振り向くと、なんとそこには真っ白な聖騎士の鎧を纏ったお兄ちゃんの姿があった。

私と目が合ったその時、お兄ちゃんが私にむかって口を開いた。

何かを言ったのかは聞こえなかったが、口の形から何と言っていたのかは分かった。

と、次の瞬間、場面が変わって今度は白い生物の背に乗る私と、大地に降りて私を見上げるお兄ちゃんがいた。

飛び去ろうとする私を、お兄ちゃんが呼び止める。

振り向いた私に、お兄ちゃんは古ぼけた一振りの剣を差し出してきた。

私は、その剣を受け取る代わりに、私がしていた若草色のリボンをお兄ちゃんに差し出した。

不意に風が吹き、私の「金色」の髪を揺らして行った。

気が付いた私の目に映ったものは、夕焼けに染まる空と、私を背負うお兄ちゃんの広い背中があった。

そのお兄ちゃんの逞しい腕の感触に、思わず兄妹である事を忘れドキドキしてしまう。

今の私の顔、きっと真っ赤だったろうなぁ……。

その時、お兄ちゃんの首元で髪を束ねている、どこかで見覚えのあるものを目にした。

いつからか、お兄ちゃんの髪には若草色のリボンが結えられていた。

「お兄ちゃん。そんな趣味あったっけ?」

私は、お兄ちゃんの後姿を見る度に首を傾げる。

お兄ちゃんは、フォルセナ一の剣士『黄金の騎士』。

私の友達だけでなく、街の人たちは皆、声を揃えて私を羨ましがる。

お兄ちゃんは、私にとって自慢のお兄ちゃんだ。

それは、お兄ちゃんが世界を救う前から、旅に出る前からずっとずぅ~っと変わっていない。

お父さんを知らない私にとって、お兄ちゃんは私の事をとても大切にしてくれる。

小さい頃はお父さんやお母さんのいなかった事が、とても淋しく感じられたけど、私にはお兄ちゃんと、そして私たちにはお母さん代わりのステラ叔母さんがいた。

旅から帰って来たお兄ちゃんは、とてもとっても格好良くなっていた。

落ち着いた佇まいと、優しげな雰囲気を持った、小さい頃読んでもらった物語の、理想の勇者様のようだった。

でも……、もしかしたら、私はとっても我侭な、嫌な女の子なのかもしれない。

今までは、どこか近寄りがたい雰囲気を出していたお兄ちゃんだったから、遠目には見ていても直接お兄ちゃんに話し掛ける女の子はいなかった。

それが、最近はよく街中でお兄ちゃんに話し掛ける女の人を良く見かける。

そんな光景を見る度に、私は……私の心の中は苦しい程に痛み出す。

その気持ちは、私にもなんとなく察しが付いていた。

 

 

 

 

 

 

                                『嫉妬』

 

 

 

 

 

 

とても嫌な言葉……。大嫌いな言葉……。

こんな時、私はある事に気が付かされる。

「ああ、やっぱりお父さんとお兄ちゃんは違うんだなぁ……」って。

お父さんはいつまでも自分のお父さんだけど、お兄ちゃんはずっといつまでも自分「だけ」のお兄ちゃんであるわけではない。

いずれはお兄ちゃんも、誰か素敵な人を見つけて来るんだろう。そして結婚して、私の元から離れて行ってしまうのだろう。

そう考えると、私はお兄ちゃんが遠くに行ってしまう寂しさが、日増しに強くなってくのを隠し切れなかった。

不意に胸が痛み、思わず「うぅ……」と声を漏らす。

それを聞いて、お兄ちゃんが「気が付いたのか?」と聞いてくる。

「う、うん……」

「そうか……」

それだけを言って、また黙ってしまう私たち。

その時、私は背負われている事に気が付いて慌てて降ろしてもらう様にお兄ちゃんに頼んだ。

少し名残惜しかった気もするけど、やっぱり恥ずかしかったから……。

そして、今度はお兄ちゃんの隣に並んで私は歩き出す。

さっきの事を聞いてこないお兄ちゃんに、私は少し安心し、そして感謝していた。

「なぁ、ウェンディ」

「? なぁに、お兄ちゃん」

家に着いた時、玄関の前で突然お兄ちゃんに呼び止められた。

「お前がオレに心配をかけないようにとしてくれたのは嬉しいよ。でもな、これからもう少し、オレやステラ伯母さんに相談したり、頼ったりして欲しいんだ」

「え、で、でも……」

「そんなに大した事は出来ないかもしれないけど、やっぱりホラ……オレたちは『家族』なんだから、さ」

「……………」

「なっ?」

「お兄ちゃん……うんっ!!」

「よっし! それじゃ、帰るとするか。ステラ叔母さん。きっと待ちくたびれてるぜ」

「アハハッ、そうだね!!」

やっぱり、お兄ちゃんはお兄ちゃんだ。

誰よりも強くて優しい、私の、頼れる自慢のお兄ちゃん。

いきなりは無理だろうけど、これからはちょっとずつ、お兄ちゃんに我侭をいってみよう。

そして、あのリボンと夢の話は、またいずれお兄ちゃんに聞いてみようっと。

そんな事があってから数日が経ったある日。

「ごめんください」と、涼やかな女の人の声が聞こえてきた。

「は~い」

また、いつものお兄ちゃん目当ての女の人かと思って出ると、そこには動き易そうな、それでいて優雅な若草色の服を身に纏った、まるで女神のように美しい女性が立っていた。

その姿を見て、思わず私は呆然と立ち尽くしてしまった。

「あの……どうかしましたか? 私の顔に何か?」

「えっ……あっ、い、いえ……その、ごめんなさい。あの、つい見惚れてしまって……」

「まぁ、うふふ」

あああああああ!! 何言ってるのよ私はっ!?

思わず口走ってしまった本音に、私は自分の顔にすべての血液が集まってくるような錯覚にとらわれていた。

「ふふ、ごめんなさいね。大丈夫?」

「あ、は、はい。すみませんでした、初対面の方にいきなり変な事を言ってしまって……」

「あら、いいんですよ。それよりも、褒めて頂いて嬉しく思います」

その後に「デュランは、一度もそんな事言ってくれた事はありませんでしたから」と呟いていた。

そう朗らかに微笑むその女性に、私は改めて見惚れていた。

「そ、それで……私の家に何か御用ですか? あいにくと、叔母さんも兄も出掛けているのですが……」

「あら、そうですか……。デュランは留守でしたか」

そう言うと、目の前の女の人はがっかりしながらも、私に気を遣ってか、優しく微笑み返してくれた。

この人もお兄ちゃんに用があったんだ。でも……なんだろう? この人からは他の女の人たちから受けるあの嫌な感じが全くしない。何でだろう……。

そんな事を考え始めた私の思考を、目の前の女性は優雅に遮った。

「それでは、あなたがデュランの自慢の妹さんですか」

自慢? 誰が? 誰の?

「あ、あの……誰がそんな事……」

「え? あ、いえ、前にデュランが、とても誇らしげに話していたから。何でも、優しくて面倒見のいい自慢の妹だと……。失礼ですが、あなたのお名前はウェンディさん、で宜しいのですよね?」

「あ、はい。私の名前はウェンディと言いますけど……」

知らなかった。お兄ちゃんが私の事をそんな風に思っていただなんて……。そんな風に、話していてくれていただなんて……。

その時、私は目の前の女性が持つ、一振りの古ぼけた剣を目にした。

それはとても年季の入っていたものに思えたが、逆にその剣を持って構える目の前の女性の姿は、とてもではないが想像できなかった。

そんな私の視線に気が付いたのか、その人は手にした剣を愛しそうに両手で抱きかかえると、満ち足りたような微笑みを浮かべていた。

「似合いませんよね、これ。私には」

にっこりと微笑みながら口を開くその人に、私は慌てて首を横に振る。

「ふふ、いいんですよ。この剣は、私のものではないのですから」

その時私は、まだ相手の名前も聞いていない事に気が付いた。

「あ、あの……まだお名前、聞いていませんでしたよね?」

「ああ、そうでしたね。私としたことが、大変失礼しました。私の名前はリースと申します。以後、お見知り置きを」

「あ、い、いえ。こちらこそ……。えっと、もう暫くすればお兄ちゃ、んんっ、兄も帰って来ると思いますので、それまで中でお待ちいただく事になりますが、よろしいでしょうか?」

「え? でも、よろしいのでしょうか? 少なくとも私と貴女とは、今回が初めての対面となるのにお邪魔するなんて」

「フフッ、本当に悪い人なら、そんなバカ正直に遠慮なんてしませんよ。むしろ、ここぞとばかりに上がり込んでくるんじゃないですか?」

「いえいえ。もしかしたら、そうなる事を見越して、遠慮しているフリをしているだけかもしれませんよ」

なんだろう? お兄ちゃんが有名になってから、有象無象の人たちがこぞって押し寄せて来るようになり、私もステラ伯母さんも見知らぬ人への警戒を解いた事はなかったのに。

なのに目の前の女の人に対しては、一切の警戒や疑いを抱くことが出来ない。むしろ、こんな他愛のないやり取りすら、心地良く感じてしまっている。

そんな、自分でも説明不可能の想いに内心で首を振りつつ、「これでも、人を見る目はあるつもりなんですよ」と、少し強引に家内に案内してしまう。

そして入口の扉を閉めようとした所で、遠くから見慣れた姿が視界に入ってきた。

「あ、お兄ちゃん。おかえりなさ~い!!」

「おう、ただいま、ウェンディ」

そう言っていつものように、お兄ちゃんは私の頭をくしゃりと撫でてくれる。

誰が何と言おうと、これだけは他の誰にも譲れない、妹である私だけの特権である。

「で、こんなところで何やってるんだ?」

あ、そうだそうだ。忘れるところだった。

「あ、お兄ちゃんにお客さんだよ。もう、すっごく綺麗な方」

「客? オレにか? 誰だろ……」

「私ですよ、デュラン。おかえりなさい」

そんなやり取りをしている私の背後から、「ひょっこり」と顔を見せるお客様。

「! お前、リースじゃないかっ!」

「お久しぶりです、デュラン。お元気そうで何よりです」

「ああ、そっちこそ。でも、どうしたんだ? 突然訪ねて来るなんて。来る事が分かっていたら迎えに行ったのに……」

「ごめんなさい。今回はアルテナに行った帰りにたまたま立ち寄っただけなの。それにデュラン。空の上にどうやって迎えに来るつもりなんですか?」

「空……って、なぁんだ。フラミーに乗ってきたのか」

「ええ。ですから、ね?」

「成る程ね……。って事は、お前一人で来たのか?」

「ええ、そうだけど……何か?」

「何かって、危ないじゃないか! もし何かあったらどうする気なんだよ」

「大丈夫よ。落っこちるような事はないから」

(そういう意味じゃないんだけどな……)

朗らかに笑うリースを前に、デュランは疲れ切った表情で一人ごちた。

その時、二人の会話をそばで聞いていたウェンディが口を挟む。

「お兄ちゃんとリースさんて、知り合いだったんだ」

「ええ、そうですよ」

「えっと、前に話さなかったっけ? リースは、オレたちと一緒に旅をした仲間だよ」

「え、そうだったんですか!?」

「はい」

にっこりと微笑むリースさんを前に、私はあることが脳裏を掠めた。

「あの、もしかして……リースさんって、あのローラントの……?」

「はい、ローラントのリースです」

その時、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けていた。

「ど、どうしたウェンディ!!」

「どうしましたっ!?」

「す、すみません!! 知らなかった事とは言え、王女様に対して数々のご無礼。何とお詫びすれば……」

そう言った私の顔を見た後、顔を見合わせたお兄ちゃんとリース様は、何故か同時に噴出した。

その後、リースさん(改めて、今まで通りに呼んでくれと言われた)とお兄ちゃんに宥められて、私はようやく落ち着く事が出来た。

いくら仲間とは言え、王女様を呼び捨てにするお兄ちゃんもお兄ちゃんだけど、こんなに過敏に反応する自分もどうかなぁ、と思う。

「で、リース。今日はこれからどうするんだ? さすがにもう遅い時間だし、それにこれから嵐が来るんじゃないか?」

お兄ちゃんは、そんな事を言いながら窓の外を見やる。

「うん……。実はここに立ち寄ったのも、半分はそれが理由なんです」

「ふぅん……。それで、もう半分の理由は……って、聞かなくても分かるか」

「え……?」

「ローラントの再建について、なにか相談があって来たんだろ?」

「え、ええ、まぁ……」

「なら安心しろよ。それに約束しただろ? オレにできる事なら、何でも協力するって」

「あ……はい。ありがとうございます、デュラン」

微笑むリースさん。でも、その表情は暗く、どこか落胆したような色が伺えた。

もしかして、リースさんが立ち寄った理由って、お兄ちゃんに逢いに来た……?

そんな事を思っていると、黒い雲から大粒の雨が降り注いできた。

その直後に、買い物袋を抱えたステラ叔母さんが、帰って来た。

最初は雨に降られた事をブツクサ言っていたけど、お客さんが、それもローラントの王女様が来ていると知って目を丸くして驚いていた。

その慌てた姿が余りに可笑しくて、思わず私も一緒になって笑ってしまった。

結局その日は、急な来訪と言う事もあって、リースさんは家に泊まる事になった。

偶然とは言え、昼間の内に掃除をしておいて良かったと改めて思う。

そして、部屋が無かったために、リースさんは私の部屋で一緒に寝る事にした。

「突然尋ねてきてしまって、本当に申し訳ありません。その上、ウェンディさんのお部屋をお借りする事になってしまって」

「全然、気にしないで下さい。それよりも私こそ、一緒でよかったんですか? 何なら私はリビングのソファでも構わないんですが」

「そんなこと言うのでしたら、私がリビングで寝ちゃいますよ?」

そう言って悪戯っぽく微笑むリースさんに押し切られ、(お兄ちゃんの「リースは中途半端な冗談は言わない」というアドバイスもあり)、二人で一緒に寝ることになった。

その際、私は旅に出る前のお兄ちゃんの事を話し、リースさんからはお兄ちゃんとどんな旅をしたのかを、少しではあるが聞く事が出来た。

そして、その話をするリースさんの言葉の端々に、お兄ちゃんに対する仲間以上の何かの感情が見え隠れするのもまた、事実だった。

そうしているうちに互いに睡魔が降りてきた。

その日は何故か、すでに記憶に無いお母さんの夢を見た。とても、とても暖かな、そして気持ちの良い夢だった。

翌日、公務の関係でお昼前に出発しなくてはならないリースさんを、みんなで見送る。

一晩一緒に過ごせたおかげで、私は昨日ほど緊張せずに済んだ。

いや、むしろ別れを名残惜しく感じていた。

私の視界の先では、爽やかな笑顔で何か言葉を交わしているお兄ちゃんとリースさんがいる。

おそらくリースさんは、お兄ちゃんが好きなんだろう。そしてきっと、お兄ちゃんも……。

そう思うと、何やら胸がチクリと痛んだ。が、それでも決して、リースさんに対して悪い感情を抱く事はなかった。

「ウェンディさん」

「あ、リースさん。あれ、お兄ちゃんとは……」

そう言ってお兄ちゃんのほうをチラリと見ると、リースさんが乗ってきたフラミーの首を撫でつつ、何やら話しかけていた。

「デュランとは昨日いろいろ話しましたから。それと、ウェンディさんにはきちんとお礼を言っておきたかったので」

「私にお礼、ですか?」

「はい。昨日は突然尋ねてきた私にとても良くしてくださって、しかも美味しいお料理までごちそうになってしまい、ありがとうございました。もしローラントに来る機会がありましたら、その時は目いっぱい、おもてなしさせていただきますね」

「いいいいいえええぇ、そ、そんな、お気遣い無くっ!!」

王女様の目いっぱいのおもてなしって。うぅ、想像しただけでも眩暈がする。

そんな私の慌てた様子が可笑しかったのか、槍を持って戦うとは思えないほど細い、まるで白魚のような指で口許を覆いクスクスと笑いを零すリースさん。

笑われているのは自分なのに、ちっとも嫌な感じを受けないのは、きっとそれがリースさんだからなのだろうと、私は無意識にそう思って納得した。

「私こそ、お兄ちゃんの事をいろいろ教えていただき、ありがとうございました」

「それを言うなら私もです。だから、お互いに、ということで」

そう言って、同時にお兄ちゃんのほうを見ると、フラミーがお兄ちゃんの髪を纏めている若草色のリボンにちょっかいを出していた。

「うわっ!! お、おいっ、やめろっ、やめろって、このっ!!」

とっても大人っぽくなって帰ってきたお兄ちゃんだけど、そうやって子どものように慌てる姿は変わってなくて、なんとなくほっとする。

ふとリースさんを見た私は、思わず息を呑んだ。

きらきらと輝く亜麻色の髪が陽光の中に輝き、美しく清らかな、まるでマナの女神様のように微笑むリースさんがいた。

ふいに思った。

この人が、お兄ちゃんを支えたのだ、と。

この人がいたから、お兄ちゃんは戦えたのだ、と。

この人のお蔭で、お兄ちゃんは無事に帰ってきたのだ、と。

そしてこの人と過ごした時間が、お兄ちゃんを変えたのだ、と。

正直、寂しさはある。

ずっと「私だけのお兄ちゃん」だった人が、いつしか別の人の所へいってしまう。そう強く感じたから。

それでも不思議と嫌な気持ちは感じなかった。

多分それは……いや、きっとそれがリースさんだったからだ。

お兄ちゃんが想い、そしてお兄ちゃんを想ってくれる人がリースさんだったから。

そんな想いで見つめていた私に気付いたのか、不思議そうな表情でリースさんがこちらを見る。

「あの、リースさん」

「はい」

「あの、私、お兄ちゃんの最初の仲間がリースさんで、本当によかったって思います。あんな不束で鈍感な兄ですが、これからもよろしくお願いします」

「ウェンディさん……ええ、私も、デュランに出会えて、本当に嬉しく思っています。もちろん、ウェンディさん。あなたとも、ね。ですから私のほうこそ、これからもよろしくお願いします」

そう言って下げた頭を同時に上げ、目を合わせた瞬間に、同時にプッと噴出してしまった。

そんな私たちを、お兄ちゃんとフラミーが不思議そうな顔をして見ていた。

ふわり、とフラミーが浮き上がり、あっという間に空の彼方に飛んでいってしまった。

それからしばらく、お兄ちゃんと二人で空を見上げていた。

隣を見ると、いつも通りを装ってはいても、どこか寂しげなお兄ちゃんがいた。

きっと、甘い言葉の一つも言えなかったんだろうなと、内心で頭を抱える。

リースさんと話していても、あちらもあちらで、そういった分野に疎いように感じた。

「ねぇ、お兄ちゃん。リースさんって、綺麗で優しくて、とっても素敵な人だね」

「まぁ、な。あんなほっそい身体で国を支えようってんだからな。ホント、頭が下がるよ」

「お兄ちゃん、そのリースさんの助けになるって約束したんでしょ? 頑張ってよ!!」

「なんだよ、ウェンディ。随分とリースの肩を持つじゃないか」

「ま、いずれは私の義理のお姉さんになるかもしれない人だからね。応援もするわよ」

「ぎっ、義理の姉って、おまっ!!」

「さぁて、急いで食器を片付けて、学校に行く準備をしないと。お兄ちゃんも、急がないと遅刻しちゃうわよ」

「なっ、ちょっ、ウ、ウェンディ!?」

さっさと家の中に入ろうとする私の後を、顔を真っ赤にしたお兄ちゃんが追いかけてくる。

そして、アレコレ追求されないうちに、作っておいたお弁当を渡して「いってらしゃ~い!!」と見送ると、諦めたようにお城に向かって駆け出していった。

お兄ちゃんの背中と、揺れる髪の先にある若草色のリボンが見えなくなってから扉を閉め、私は洗い物を開始する。

「リースお義姉さん、か……うん、いいかも。ふふっ」

不思議ともう、胸は痛まなかった。


 
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