No.1023207

四章十一節:マミ☆マギカ WoO ~Witch of Outsider~

トキさん

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【あらすじ】
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2020-03-16 04:37:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:641   閲覧ユーザー数:641

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 握っていたものをほむらは力無く地面に落とした。魔法が解けたアンチ・マテリアル・ライフルのグリップ部分だ。

 弩砲の元となった銃自体にも極めて静かな力の放出のようでいて反動は大きかった。あったはずの砲身は既に全て砂が崩れさる如く散ってしまっている。

 未だ高温のガラクタが、足元で触れた小石にぱちぱちと微音を鳴らしながら煙を揺らす。熱にやられた(てのひら)は焼け(ただ)れていた。

 相応の痛みは少女の身体を苛む。総身の筋肉も悲鳴を上げている。なのに(くずお)れた鹿目まどかをなんとか支える腕の重みが、それさえも(かす)かとさせる非現実的なものでさえありそうな胸の苦しみが、ほむらに戦いの終わりと生き残ったことを最も強く実感させていた。

 傍にあった煌びやかな魔法の気配が消えていく。

 ようやく取り戻した青空の下にしては何もかもが暗い。

「っ!? どうして……!?」

 ソウルジェムを限界以上に酷使させた、まさしく入魂の一矢。当然その破壊力を得る代償として、鹿目まどかの魂を移し入れた器は砕け散っていた。

 これで魔女になることはない。変質すべき魂は解放されてしまっているからだ。それさえもほむらに話したまどかの思惑の内だった。

 魔法少女としていつか生を終えるか魔女となりいずれ消え去るか。ソウルジェムが深く関係した魔法少女の辿る運命は詰まる所早いか遅いかでしかない。

 ――はずだった。

「……」

 ほむらの腕の中で、かろうじて薄目を開け、次の瞬間には止まってしまいそうなか細い呼吸を繰り返している。十四歳の少女のはずなのに、その表情は不相応に老いてしか目に映らない。

 だが、生きている。

「ほむ、ら……ちゃん……」

「まどか!?」

 ほむらの経験を超えた事態だった。驚きに言葉を失う。ただ咄嗟に手だけは握った。負傷の痛みなど物ともしない。こうしないと離れてしまいそうだったから。ただただ引き止めたくて。

 まどかは頬を静かに動かす。微笑みを浮かべたかったのかもしれない。息と殆ど大差の無い消えてしまいそうな声――唇の震えが、確かにそう口にしていた。

 ありがとう、と。

「何を……言ってるの……?」

 音のほぼ無い声は続く。応急処置ならばとほむらは治癒魔法を行ってみる。が何かに打ち消されるかのように弾かれ効力をもたらさない。

 人間関係を構築することを重視し密かに使用を続けた時間停止能力。限りある残りの力で病院まで連れて行き、治療を受けさせてはどうか。街がこの有り様でも遠方ならば関係無い。体力からして足代わりが必要であり触れているという認識でも少女の時間を進めてしまうことを除けば。

 頭を回す度に関与することが拒まれていく。助けとなる算段を立てようと一先ず手を放そうとし――ふとその耳にまどかの口から意味らしきものが伝わってきた。

 聞くことに慣れてきたのではない。まどか自身の魔法ですら無かった。なのに何故か、ほんの僅かとはいえ声の状態が良くなってきている。

「……な……まえで……よん……でくれて……とも、だ……になっ……くれて……」

「――!!」

 名前で呼ぶことにいったい鹿目まどかの中でどういった意味があるのか。特別なことであるとしたそうな少女の姿を暁美ほむらは"これまで"よく見てきた。

 だがこの言葉の羅列は、嬉しさよりも、まるで遺言のようではないか。幻覚などでは無く一命は取り留めているはず。ほむらにとっては奇跡だ。だとしても失われてしまえば寝て見る夢と変わりなどない。己だけの内に広がる世界を超えた現実にしてこそ価値がある。

 理由は不明だが回復していると思えることに賭けるしかない。ほむらは過る最悪を払い除けたくて小首を振った。

「そうよまどか! 何度だって言ってあげる。だってもう私たち友達でしょ? だから生きて! ずっとずっと私にそう呼ばせて!!」

 ほむらを戦いに飽きさせずにいた思いの一端だった。

 あらゆるほむらの中の時間が望みに混ぜこぜになっていく。"不意に"今へと引き戻されたのは――身を押さえつける一瞬の強風でも、豪という大気の鳴りでも無く、まどかの髪が激しく乱されたからだった。

「なッ――!?」

 背後でする轟音。舞い飛ぶ砂埃。身体を揺らがせた風と同時に天からの光が薄まった気もしたのが、何かが頭上を横切ったのかもしれないと振り向く最中(さなか)で結び付いていく。

 視線は少し上。まず目に入ったのはそれ等が人間に近い大きさでまだ身悶えしていたからか。

 影絵型の使い魔達。主人は失われたが元からの強さもあって独立行動していたのか。三体がいた。殆ど全身を並ぶ"牙"によって押し潰されながら。

 一体の見えている部位、腕らしきモノが長々と延び近くの地面を刺し貫いていた。それも瞬時に活動力を失い他同様本体共々泡となって消えていく。

 広がる壁が手下達を食ったかのような光景の正体を、ほむらは"目が合った"ことで理解だけは追い付いた。先程まで無かったはずの"巨体"が答えよりも早く違和感で心を埋めてしまったのだ。

 空を覆うかの如くな威容は、まさしくあの『機械の蜘蛛』に他ならない。

 重機の動作音に似た唸りを何処からか響かせる総体は激戦の延長であった。後部からはかろうじて原型のある大量のリボンの束が、燃やされた長髪や、あるいは臓腑(ぞうふ)然として纏まりも無く伸ばされている。

 前方に備わっていた元の形からあまり変わりのない――他は(ひしゃ)げてしまっているが―――唯一まだ丸くはある穴が、まるで目だとほむらに印象を与えながら、少女達を見ているようだった。

 瞳に映り"視線"を向けているのが、身より漂う"何か"であるだけで、ほむらの直感に間違いは無い。

「――ッ!?」

 何故動けるのか。答えはすぐに分かった。鋼の身体の各所に数十匹張り付いているのは影絵の使い魔達と同程度まで肥大化していた『子蜘蛛』達だ。

 一様に子蜘蛛は身を溶かしていた。おそらく燃え尽きかけていた親に活力を全て分け与えたのだ。

 それだけならばこうも素早い移動など出来はしなかっただろう。

 巨大な口から元もほんの小さな粉々となった残骸が落ちる。如何に強かろうと手下が孕むのは極めて稀だ。邪念を砕かれ最早ただのエネルギーの塊でしかなくなった『ワルプルギスの夜』――そのグリーフシードであった。それを取り込むだけの猶予を子蜘蛛達は与えたのだ。

"助けて……くれた……?"

 状況だけならそうも考えられた。今この場にいて最も餌となる"負の感情"を抱けるのはほむら達である。少なくとも『ワルプルギスの夜』から何らかの供給を受けていたのならば存在の維持は急務であろう。反撃が難しい位置から攻撃をしようとしたのかもしれない。

 そこを狙われたか。意思無きモノの殺戮だというならば全ては偶然でしかなかったのかもしれない。そしてそのようなものが手下と同じく養分を欲していることに変わりはないかもしれないのだ。

"違う!?"

 周囲を精査する余裕は"見られた"瞬間思わず魔法で感覚を強化していた為である。それは戦う者の備えからなどでは決して無く――矮小な子女の、あるいは生物としての、理解が及ばないモノに対しての声にならない咄嗟の短い悲鳴が無意識に引き起こしたことでしかなかった。

 恐怖も、人間の尺度で都合良くだけ測ろうとした想像も、戦場では時に致命的であろう。

 『機械蜘蛛』周囲に無数のマスケット銃が高速召喚される。育みたくも無かった戦士としての感覚がようやくただの少女の怯えに取って代わろうとし――だが時間停止が間に合うかどうかというその時に、その必要は無いと心中で霧散していった。

 どの銃口もほむら達になど向いてはいなかったからだ。

「えっ?」

 発砲音。容赦のない射撃のどれもが、召喚者である『機械蜘蛛』自身を貫き壊していった。

 悲鳴も断末魔も無い。鋼鉄の体表は焼き切られ、内部を構成する(はなは)だしい数の銃型のパーツ類が分解されながら落ちていく。そしてついに動きすらなくなった。(いびつ)で『ワルプルギスの夜』と同じく巨体だったにしては小さなグリーフシードのような物が近くで転がる。

「……」

 ほむらはただ残骸の山が出来上がる様を最後まで見るしかなかった。

「そっか……」

「まど、か……?」

 鹿目まどかの声が響く。先程に比べれば確かとなった、なのに決定的な張りを失ってしまった声。

「そういう願いもあったんだね……。ごめんなさい。でも、ありがとうマミさん……」

 声の残響が終わった時、ほむらの腕の中でまどかの力は呆気なく抜けていく。

 眠るように、それでいてあまりに突然、まどかは息を引き取っていた。

「何よ……これ……どうして……」

 掴んでいたはずの希望がまだあると信じほむらはまどかを揺さぶった。幾度となく声も掛ける。だが、全ては束の間でしかなかったと、否応なしに理解が浸透していく。

『君の疑問に答えてあげようかい? なぜ、鹿目まどかが生きていたか』

 呼び掛けが無意味だと悟り始めた時、白い尾をやんわりと動かしながらキュゥべえが亡骸を抱くほむらの前に座り込んだ。

『それが、鹿目まどかの望みが与えた、魔法少女としての特性だったからさ』

「……?」

『まどかは、こう願ったんだ』

 囁くようにキュゥべえは無感情に続けた。

『いつか、暁美ほむらと巴マミが、魔法少女とは関係なく仲良くなれる日が来るのなら、それ

を見てみたい――てね』

 白い獣の尾の振り方はどこまでも他人事であった。

『まどかの願いはあくまでただの夢や希望だったんだ。希求と言うのがまだ正しいだろう。だから契約内容がまどか以外の外因に影響を及ぼすことは無かった。だが見たいという意志は存在という形で自らを固定するに至った。不安定ながらも鹿目まどかという存在自体が形を持つ祈りと化したようなものだ。だから、その希求対象が未来永劫本当の意味で無くならない限りは、まどかは永遠の存在を約束されていたんだ』

「じゃあ……」

『そうさ。あの機械のようなのが元は巴マミであったこと、そして今自ら望み滅んだ事象と、これからの未来。この先は言わずとも分かるだろ?』

「……」

 巴マミを魔女から戻す術はこの先計り知れないほどの未来には可能性としては存在していたのかもしれない。

 だが一度でも魔女として滅んだ者は、たとえグリーフシードを経由し復活しようと――ひょっとすれば人が人として蘇ることすら――連続性の立たれた存在は、この世の、大宇宙の法則自体が同一であるとは決してしてはくれないのだ。

「おめでとうと言うべきかな。今後地球は生き残った子蜘蛛達が成長し分裂し、まぁ僕達の活動に支障は無いけれど、マミの描いた魔法少女にとっての理想にほんの少しは近くなるかもね。上手く扱えば戦力になるだろうし。そして重ねておめでとうと言うべきかな。ほむら。君の恐れがマミの変化した存在に伝わり、己が魔女と同一だと自覚させ、自滅を(うなが)し、まどかはそれによって犠牲とはなったが、魔法少女に助力のみする存在の誕生というマミの理想にしそうなことが完成したことを関係者達の寿命を待たずしてこうも早々と証明させたんだよ」

 言葉の中に混ぜられた糾弾のようなものに気付かないほむらではない。だからといって真実であろうと自らを追い込むにはほむらの旅路はこの場に至るのですら長過ぎた。

 鹿目まどかは知らずに逝けたのだろう。望みを突き詰めさせず断ち切った者が傍にいたことを。自らの祈りが世界そのものにさえ受け入れられず決して永久に訪れはしなくなったことも。

 ほむらはなるべく優しく腕の中の魂が消えた肉体を横にしてやると、虚ろな瞳が隙間から見える(まぶた)をそっと閉ざした。ようやく年相応となった寝顔が、そこにある。

 激戦があったなどというのが嘘のような青空。遠くでは逃げていく『ワルプルギスの夜』の残党と(おびただ)しい数の『子蜘蛛』が方々に散っていった。

 近くに落ちていたグリーフシード状の物体にソウルジェムの穢れが吸われていく。

『だがこの光景が気に入らないなら、どうにかする術を君は持っているんじゃないかい?』

 ほむらは盾に手をかけた。そしてこれまで溜め込んでいた時間干渉の能力を逆転させ解き放つ。

『僕のこれまで得た情報から推測するに、君は時間に――』

 キュゥべえの声が遠ざかる。あらゆる景色が人間の感覚を超越した幾何学模様に似た光に変わり呑み込まれていった。


 
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