風邪で休んだ翌日。
おとなしく摂生してたおかげか、朝起きた時の体調は万全だった。
「よっしゃぁ! 今日も一日頑張るぜぃ!」
部屋で一人叫ぶと、そのままのテンションで支度をした。
「おはよー」
いつものように駅に到着すると、いつものように楓が待っていてくれた。
「昨日はごめんね~」
「いいって。でも、風邪なんて珍しいね」
楓は私が滅多に病気しないのを知っている。だからこその「珍しいね」だ。
やはり、ここは説明せねばなるまい。私は、理由なく病気にはならないのだ。
て、それはどこの誰も同じか。
「いや~、昨日雨だったでしょ? んで、傘持ってなかったから歩いて帰っちゃって」
「えぇ? ちょっと! えりか…バカ?」
ぐさっ!
「な、なんでバカなのさ。私はバカではありませんが?」
「でも、あの雨の中、傘もささずに帰ったんでしょ? 私はちゃーんと傘を買ったぞ?」
はぁ、やっぱりそれが普通なんだろうなぁ…
「うん、そうだよね、やっぱそうだよね。実は、一昨日もそれでバトルしちゃって」
「は? バトル? 取っ組み合いでもしたの?」
取っ組み合いか。気持ちの上ではそんなもんだったなぁ。
「いや、言い合いなんだけど…深い理由もなく、なんとなく濡れて帰りたかったから、 それが通じなくて」
「うん、そんなの通じないね。私だって傘さしなよ、て言うもん」
孤軍奮闘。そんな言葉が私の脳裏を掠めた。
「いいよもぅ。私だって悟ったし」
「何を悟ったか知らないけど、傘をさすのは当たり前です。さ、電車来たぞ」
私は、納得しつつも釈然としない気持ちを抱えつつ、電車に乗った。
~つづく~
電車の中では、いつものように他愛もない話をしていた。
テレビの話、部活見学の話、雪君の話、そんな感じだ。
クラスは違うから、学校の話はそんなにしない。
結局、話題が噛み合ないんだよね。
唯一してくれたのは、私を心配する木谷さんの様子くらい。
とにかく、いつも通りの通学風景だった。
「っ! 倉橋さん!」
私が教室に入るなり、木谷さんは駆け寄って来た。
どうやら、今日は私より先に来ていたらしい。
「今日はもう大丈夫なの?」
「木谷さん、大げさだよー。ただの風邪だし、もう大丈夫っ!」
心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっと心配し過ぎ?
「だから、心配しないでOKだよっ!」
「本当?」
う、疑われてる?
「本当に決まってるじゃん。じゃなきゃ、今日も休んでるよー」
とりあえず、心配されすぎてる状況をなんとかしなきゃ。
「あ、そうだ、昨日休んだ分の諸々、教えてもらっていい?」
「私のノートでよければ」
よし。
「ありがとー」
さて、そろそろ着席したいし、ちょうど良く話題を移せたかな。
「あ、これ、昨日のノート」
「どれどれ?」
何、これ。
私は木谷さんのノートを見て、凍り付いた。
なんでしょう、このチンプンカンプンのノート。
書いてある事が、高度すぎる…
「あ、あれ? 私達、こんな高度な授業受けてたっけ」
「え、高度? 普通だけど…」
がびーん。
そうだった、木谷さんは部活目当てでこの学校に進んだんだった。
学力レベルは、もっと上なのかもしれないんだ…
私は、とりあえずこのノートと格闘する事に決めた。
~つづく~
「それじゃあホームルームを終ります。みんな、一時間目の用意をして待ってるように」
先生の号令があって、ホームルームが終った。
私はと言えば、先生の話そっちのけで、ノートと格闘してた。
はぁ、私って、バカだったのかな。
「木谷さん、コレありがとう…」
とりあえず、昨日のノート四科目分は写し終えた。
もはや、写すというよりは翻訳ってレベルだけど。
そのまま写しても、今度はテスト勉強の時に困るからね。
自分なりに読みやすい形式でないと。
「そいえば、先生、今何か言ってた?」
「え、連絡事項聞いてなかったの? 明日、身体測定があるって」
ふぅん。
「て! なんですとーーーーーーーーっ!」
よりによって明日だって? なんでこんな急に言うんだ!
「あれ、その驚き方、まさか把握してなかったの?」
「え? 把握って、何?」
木谷さんは一体何が言いたいんだろうう。
「最初に、年間スケジュールもらったじゃない」
「そんなの、お母さんに渡したっきり、見てないし…」
うぅぅ…弱ったなぁ。今晩、走るか…?
「それにしても、なんでそんなに驚く必要があるの?」
「だって、身体測定と言えば、禁忌の数値すら計測してしまう、それはもう、 悪魔の儀式…」
考えただけで、恐ろしい…
「あぁ、体重ね」
「後、ウェストも測るかも。ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
恐ろしい恐ろしい…
「何しろ、昨日は食っちゃ寝食っちゃ寝のダラックマライフ、
体重が増えてないわけない! お腹回りが太くなってないわけない!」
「だって、風邪引いてて寝てたんだから、仕方ないじゃない」
仕方ないで済むなら、ダイエットという言葉は要らないんだ!
「お、女の子は…事情のいかんを問わず気にするんですっ!」
「私だって女の子だから分かるけど、諦めるしかないと思うわ」
ううぅ…
「ほら、気を取り直して!」
「むむむ…」
私は少しだけ、短期集中ダイエットプランを練った。
「さて、一時間目は、うえぇ、化学かぁ…」
私は、化学という科目が苦手だ。元素記号は覚えられないし、
教科書眺めてたら何やら計算式が出て来た。こりゃ、だめだ。
木谷さんほど国語が得意じゃないといっても、文系は文系だし。
「化学? 一時間目は古典よ? 先生が今日都合悪いんだって」
「え、なんですって?」
古典? じゃあ何? 化学はないの? 私、そんなの持って来てない。
「ていうか、聞いてないし!」
「あ、ごめんなさい、連絡してなかった…」
確かに、木谷さんからは何も聞いてない。けど、
「いやいや、いいよいいよ。先生が連絡くれなかったんだから、多分大丈夫」
ドキドキとはいえ、「休んでて聞いてませんでした」で貫き通すぞ!
「っと、そろそろチャイム鳴るね」
「うん、ノート、ホントありがとね」
木谷さんは前を向く、私は小さくお礼を重ねた。
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン♪
「お、チャイムだ」
このクラスは、全員が馴染んでないのか育ちがいいのか、チャイムが鳴ると
ざわつきが消える。中学時代は、先生が来るまではざわついてたのに…
といっても、先生もすぐに来る。この辺はまちまちだけど、
チャイムに合わせて来る先生、少し遅れる先生、少し早めの先生、それぞれだ。
「きりーつ! 例! 着席!」
クラス委員が号令をかける。この辺、きっと何十年先もなんだろうなぁ…
何はともあれ、私は教科書もノートも出さずに、ドキドキタイムを待つ。
「それでは、授業を始めます!」
~つづく~
鬼のように気まずい古典の時間。
私は先手必勝とばかりに、授業開始直後に挙手してやった。
「先生ー!」
「えぇと、あなたは倉橋さんですね? どうしました?」
さて、吉と出るか凶と出るか。
「私、昨日休んでたんで、授業入れ替えの連絡聞いてなくて、 一式全部忘れました!」
この告白に、クラスが一瞬ざわめいた。
「えぇ? 連絡聞いてないとかあり得ないでしょ」
「先生、怠けてたんじゃない?」
というような、非難めいた声と、
「全部ないって!」
「ウケる!」
といった、笑いを取ったような声が、入り交じっていた。
「えぇと、全部という事は、教科書もノートも、全部ないのか」
「はい」
呆れたような、困ったような顔で、先生はため息をついた。
「じゃあ、隣に見せてもらえ。ノートは、何かで代用するように」
「は、はい」
なーんか、丸く収まって面白くないけど、それが普通だよなぁ。
あるとすれば、先生の口調が変わったくらいか…
「ごめんね、そういうわけだから、見せてくださいっ!」
事情が事情だ、人見知りとかなんとか言ってられない。私は、
特に勇気を振り絞る事もなく、隣の男子にお願いした。
(申し訳ないが、私は彼の名前をいまだに覚えていない)
「し、仕方ないよ…」
「ありがとうっ!」
優しい人だなぁ。髪はちょっと茶色くて、おとなしい系の見た目じゃないけど、
雰囲気の柔らかい感じか…その分、私の視界からは埋没しやすい気がする。
だからか。
っとと、あんまり話すと先生に怒られるな。この辺でやめておこう。後はノートか。
「えぇと…」
他の科目のノートは、出来れば他の科目だけに使いたいんだけど、仕方ない。
「国語はあるから、そのノートならいいか」
国語こと、現代国語のノートを、古典のノートとして間借り!
どっちも同じ国語だから、精神的にはまだ落ち着く。
さ、授業だ!
~つづく~
気まずい雰囲気で始まった古典の時間。
それはまぁ、教科書を借りて、ノートを代用して、なんとか乗り切る事が出来た。
今は、その後の休み時間。
「えっと…」
「佐々木」
え、あぁ、察してくれたのか。
「ありがとう、佐々木君。助かったよ。このお礼は必ずするから!」
「お礼? まぁ、期待しないで待ってるよ」
期待しないで、って…
「ちょっと、それはひどくない?」
「え、何が」
佐々木君は気にしてないようだけど、私は気にする。
「期待しないで待ってるって、その言い方は気になるんだけど」
「え、あぁ、ごめん。深い意味はなかったんだけど…というか…」
というか、なんなんだ?
「期待して待ってたら、浅ましいでしょ?」
「いや、別にそうは思わないけど。大した物は用意できないから、
あんまり期待されると期待外れになるかも、ていうくらいで」
でも、でも…
「期待しないで待つって言われると、ちょっと引っかかる」
「そっか。それは気付かなくてごめん。じゃ、ほどほどに期待するよ」
それも微妙な言い回しだけど…
「まぁいいか。どのみち、お礼の気持ちに変わりはないし」
「先生に言われただけだし、気にしなくてもいいのに…」
さっきの物言いはカチンと来たけど、案外いい奴?
「とにかく、お礼はさせて」
「あ、ああ」
「おーい、佐々木ー!」
ん? 佐々木君を呼ぶ男子の声が。
「あ、渥美に呼ばれたから」
「うん」
渥美君か…データないなぁ。女の子だって、まだ全部名前覚えてないしなぁ。
「お礼、私も期待していいのかしら?」
「え?」
そっか、木谷さん!
「も、もちろんだよ。出来る範囲なら、なんでも」
「やった! じゃ、私のリクエスト、待っててね」
お、恐ろしい契約かもしれないな、こりゃ。
「あくまで、出来る範囲だからね!」
「もちろん。理解してるわよ」
ホントかなぁ。
何はともあれ、一時間目を無事乗り切ったのだった。
~つづく~
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