No.1009839

恋姫†夢想 李傕伝 3

大変ご都合主義。

華雄さんがお強いけど全く出てこない。おかしい。

2019-11-10 18:27:20 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1146   閲覧ユーザー数:1004

『来訪』

 

 

 李傕は董卓に仕え、その人柄を見て間近で見たことにより予定を変更せざるを得なかった。

 何度見てもあの董卓は権力を欲しておらず、寧ろ配下である賈詡や張遼らが董卓を上へ上へと祀り上げようとしている構図だ。それだけを見ればなし崩しに董卓の洛陽入りはあり得そうではあるが、董卓が是と言えば彼女等の意見は是となり、非と言えば彼女達は非であると意見を変える有様。

 おそらく彼女は洛陽で暴君として君臨することは無い。

 そう考えた李傕はとにかく羌族の印象改善に努めていた。街の治安維持や雍州内の賊の討伐等、羌族が率先してそれに従事することで、漢民族となんら変わらない人間であることをとにかく示そうとしていた。

 現状は良い方向に動いている。不安の声が続出していた天水の街の人々も、李傕と羌族が警邏をしていると差し入れをくれたり感謝の言葉を投げかけてくれたりと、今までの羌族に対する態度とは打って変わっていた。そのため雍州は現状を維持することで数年の内には羌族に対する差別は自然消滅すると考えていた。

 李傕が提案した雍州内に小さな拠点を幾つも作り、輜重を保管しておくという草案も賈詡は改善を加えれば使えると許可を出してくれた。

 現在その拠点を作ったり、候補になった村に輜重蔵を造っている最中である。

 これは運送業で使用される配送拠点を参考に俄か知識で絞り出した考えで、所謂デポというものだ。李傕の麾下である騎馬兵は雍州、涼州の騎馬隊と比較してもその移動速度は速く、領内の賊が現れても速やかに現場へと急行できる。が、場所によっては輜重隊を向かわせるも到着が数日後という有様であったので、これの改善に利用できればと思っていた。

 侵略時にも運用できそうではあるが、敵の領地に拠点を作るのはいかがなものか。もっとも、そのあたりは賈詡がうまく良い考えを出してくれることだろう。

 雍州で自分が出来そうなことは全て行っている。次は黄巾の乱における行動である。

 生前の知識によれば、董卓は長角との決戦を前に解任される盧植の後任として中郎将に任ぜられ、黄巾賊の鎮圧を命じられる。しかし大敗しその任を解かれるのであるが、この世界の董卓はおそらく勝利を収めるのかもしれないと李傕は思っていた。何せ知識にある歴史とは異なり、配下には既に天下無双の呂布が居たり、策を考えているのはあの賈詡だ。負ける方が難しいだろう。

 ある程度の出来事は歴史に沿っているものの、全てが歴史通りにはいかないだろう。その為今は黄巾賊討伐に参加し、羌族の騎馬隊による戦果を挙げ、さらなる印象改善に努めるのが最善であると考えていた。

 

「李傕様。謁見の間へ集まるよう御命令が来ております」

 

「わかった。すぐに行く」

 

 普段であれば賈詡の部屋に呼び出されたり、李傕の下へ用がある人物がやってきたりといった感じであるが、謁見の間に呼び出されるという事は何かがあったという事だ。

 羌族が問題を起こしたという報告は無いし、李傕が何か仕事で大変な失敗をしたというわけでもない。一体何事か。

 李傕が到着すると、すでに面々は揃っていた。いつもと雰囲気が違うのは、浮かれた様子の賈詡と張遼の姿が有るからだろう。董卓は相変わらずうつむきがちで、笑顔は儚い。呂布はいつも何を考えているのかわからず、今もどこか遠くを眺めている。

 

「月が中郎将に任命され、長角の討伐を命じられたわ!」

 

 いつの間にか黄巾の乱は始まっていたようだった。そもそも年代なんて細かなところは覚えても居ないし、雍州は平和そのもので黄色い布の賊を見たことも無かったのだ。度々近況を送りあっている馬騰の書簡にも、黄巾賊についての話は上がっていなかった。西涼と呼ばれる涼州と雍州の田舎一帯は、黄巾賊という大陸の流行に乗り遅れていたようだった。

 

「すぐに出発して月の名を世に知らしめるわよ!」

 

「おー!」

 

 張遼が賈詡の言葉に拳突き上げる。呂布は今だ、よくわからないどこかを見ていた。

 

「李傕、貴方とその配下は雍州を護ってちょうだい」

 

「留守番、ですか」

 

「何よ。不満なの?」

 

「いえ。従います」

 

 賈詡から告げられたのは戦力外通告。黄巾の乱で一発当てようと思っていた李傕の考えはさっそく無駄になった。

 心の中で溜息をつくが仕方のない事だ。

 

「一応雍州における全権を預けるわ。本来なら私や月の判断が必要なものでも、あんた個人で判断していい。これは一応、ボクや月からの信頼の証だからね」

 

 権限を渡すが好きにしていいとは言ってないからな。でもこれは信用しているから権限を渡しているんだよ。要するに余計なことはするなと釘を刺されているのだ。

 権限を与えるだけ信用しているから留守を任せるという表向きの言葉で着飾った、董卓軍からの間引き。まだまだ信頼は得られていないようだった。

 

「身命を賭して、雍州を御守りします」

 

 頭を下げてそう口にしたところまでは覚えていた。その後どのように自分が動いたのか記憶が無い。

 気がつけばいつの間にか自分の部屋に戻っていて、目の前には華雄がいた。

 

「やっと意識が戻ったか」

 

「華雄。俺は気を失って倒れていたのか?」

 

「いや、通路をふらふらと定まらない視線をしながら歩いていたからな。酔っていて倒れるのではないかと思って声を掛けたが反応は無く、ここまで着いてきたというわけだ」

 

「そうか……」

 

「で、何があった」

 

「董卓達はこれから長角を討伐に向かう。俺達は留守番だと」

 

「ああなるほど。戦で羌族の名を上げられないので困っているのか」

 

 華雄にしては珍しく理解が早かった。戦う事以外興味が無く、考えようともしない性格だと思っていたのだが。

 

「今頭の中で私を侮辱したな?」

 

「……した。すまない」

 

 こういう時はごまかさず素直に謝罪した方が良いと過去の出来事から学んでいた。そうすれば華雄の振り下ろす拳の力は、多少弱くしてくれる。

 そして振り下ろされた拳がガスッと音を立てて頭に割れる様な激痛が走る。これでも弱くしている方だ。昔は下手にごまかそうとして、本気で殴られたことがあった。その時は意識を失い、目覚めた時には大きなたんこぶまで頭にはこさえていた。

 

「さて、これで目も覚めただろう。私は調練に行く」

 

 そう言って華雄は部屋を出ていく。

 これは彼女なりの気づかいだ。元気のない人間に元気を出せとは言わない。言わなくても彼女の思いは李傕には届いていた。

 頭を切り替えて仕事に戻らなければと、李傕は服装を正し立ち上がった。

 

 

 

 

 

 董卓一行が進軍し留守を守る李傕の下へ治無戴から氐へと間もなく侵攻するという報せが届いた。

 その報せと共に、羌族の騎兵がまた五千送られてきた。計画的な間引きでもあり、彼女の優しさだと李傕は思った。羌を統一し、治無戴の部族は十万を軽く超えた一大勢力であるが、余りに人数が増えすぎれば遊牧民としての限界が来てしまうため、食に余裕のある李傕の元へと送るという間引き。また、これから氐との戦いで一人でも兵が多い方が良いだろうに、それでもこうして兵を李傕の下へと送ってくれるという優しさでもあるのだ。

 次の交易の際には治無戴に良い品を持っていこうと思い、自分の持っている金を頭の中でざっと数えた。贈り物は服が良いだろうか。羌族の民族衣装も良いが、この世界の漢の服も良い。何故この世界の、と付け加えるのかというと、明らかに色であったり意匠であったりが、この時代のものではないからだ。

 祝いの品は後で考えるとして、治無戴が氐をも統一すれば次は匈奴の土地へ向かうだろう。しかし本格的に匈奴と戦い始める前に、雍州を手に入れ、匈奴と隣接した雍州から援軍を出したいと考えていた。

 もっとも、その方法は今だ思いついていない。

 

「李傕様! お客人がお見えになっております!」

 

 物思いにふけっていた李傕の下へ使いの者が大声でやってきた。

 

「相手の名前は?」

 

「程立。戯志才。趙雲と名乗る三名です」

 

 それは一体どういう組み合わせだと李傕は困惑した。

 戯志才とは郭嘉の偽名。若くして病に倒れてしまった魏の筆頭軍師。

 程立は後に程昱と名を変え、曹操に仕えて袁紹を完膚なきまでに打ち破った軍師。

 そして蜀の武官とも文官とも云われ、後世に謎を多く残した趙雲。その三人が今この雍州を訪れ、しかも自分に会いに来ているというのだ。

 

「客間へ。すぐに向かう」

 

「はっ!」

 

「……一体何がどうなっているのやら」

 

 仕事を切り上げ、急ぎ客間へと向かうと、そこには先に通されたであろう三人が揃っており、李傕の姿を見るや拱手をして頭を下げた。

 やはりというか少女であった。

 

「程立と申しますー」

 

「戯志才と申します」

 

「趙雲でございます」

 

 彼女らの礼を受けて李傕もそれに倣う。

 

「李傕。字は稚然。お初にお目にかかります」

 

 立ったままの三人を手で着席するよう促し、李傕も椅子に座った。

 

「して、私に何の用が?」

 

「私達は三人で旅をしているのですよー。その道中雍州に面白い方が居ると聞きましてー」

 

 無駄な会話を省き、核心に迫る李傕に程立は間延びした声で言う。

 

「はぁ……」

 

「何でも若くして羌族の地へ赴き、共に戦い、突然漢に戻ってきて仕官し、羌族の印象を変えようとしている御仁がいるとかー」

 

「そんな人が居るのなら、自分も是非会ってみたいですね」

 

「本当ですねー」

 

「それで、李傕殿は何故羌へ行かれたのです?」

 

 冗談を交える程立と李傕の会話を遮り疑問を投げかけたのは戯志才だった。こういった冗談や、持って回った言葉はどうやらあまり好きではないようだ。視線も心なしか鋭い。

 

「興味本位ですよ。どんな世界があそこには広がっていて、どんな人が住んでいるのか、知りたかった」

 

 それは全くの嘘だった。だが本当の事も言えない。李傕という人物が辿る歴史を知っていて、その通りになるのが嫌で羌の世界へと向かったのだなどと、狂人の戯言でももう少しましなものだろう。

 口から出たのはとっさに考えた嘘にしてはなかなか上出来だった。我ながらそれっぽい理由だと感心した。

 

「まぁ確かに少し興味はありますな。今までは余り友好的でないと聞いていた故避けていましたが」

 

「襲撃の話ばかりが目立ちますからね。それに凶暴な異民族という先入観が先行し、良い噂というものは届きにくいものですから」

 

「せっかく雍州まで来たのだ。ついでに立ち寄っていくか?」

 

「流石にそこまではー。それで、お兄さんは何故雍州に?」

 

 室内の温度が下がったような気がした。

 李傕は単なる雑談をしに来たと思い受け答えをするつもりだったが、程立からはその幼い風貌らしからぬ、半開きの目から自分を見通すような鋭い視線を受けた。

 それは戯志才も同様で、趙雲だけが事の成り行きを楽しみにしているのか、微笑みを浮かべていた。

 

「お兄さんは涼州の馬騰さんと仲が良いですよね? 何度も交易をして真名を交換し合った仲と聞いていますー。それに馬騰さんは羌族にも協力的。なのに羌族から出てきたお兄さんは馬騰さんに推薦を貰って雍州へと来ています」

 

 彼女達は一体どこまで調べているのだろうか。先ほどのように適当な事を言ってごまかすべきか。それともある程度核心を得ていて、それを確かめに来ているのか。

 それとも李傕という人間を観察して、嘘を見抜くことが出来ているのかもしれない。嘘をついた方が良いか、全てを正直に話した方が良いか。表情を極力変えず、内心では一人思案に暮れる。

 

「それは、一体、何故ですかー?」

 

「……」

 

 李傕は目の前の小さな少女の瞳を見据えた。このまま黙っていては、何かがあると勘繰られてしまう。真実を言うにしても嘘をつくにしてもタイミングを逃せばそれの信用性は無くなる。

 これ以上は間を空けられないと口を開いた。

 

「異民族と呼ばれる五胡と漢全てを統一し、差別の無い一つの国を築くという夢への第一歩の為」

 

 治無戴が描き、自分も協力すると言った夢を口に出した。言葉にするとなんと軽く、現実味のないことか。

 目の前の幼い程立は表情を動かさず、戯志才は眉をピクリと動かし、趙雲はほぅと小さく声を漏らした。

 

「つい最近私と共に天下統一を目指している羌族の長―――治無戴が、羌を統一し近日氐へと侵攻を開始するという報告ががありました。私は出来る限り彼女に物資の融通を図ったり、万が一の時に援軍を出せるよう速やかに近い地域を手に入れる必要が有るのです」

 

「なるほど。雍州が羌の援助をするのに地理が適っているというのは理解できましたー。しかしお兄さんはどうやってこの雍州を手に入れると?」

 

「これは馬騰殿にも言われました。なので同じ言葉を返します。天命であると」

 

 自分で言っていて馬鹿馬鹿しい答えだと自嘲した。何故ならその天命という未来の知識は、おそらくあてにならないからだ。歴史に似通ってはいるが、それは全て同じ道を辿ってはいない。

 董卓は黄巾賊の討伐に向かったが、本来ならこの戦で大敗する。しかしそうなる可能性は限りなく低い。あの呂布が、張遼が居て、非正規の民の集まりがどれだけ力を合わせても相手になるとは思えない。

 

「凛ちゃんはどう思いますか?」

 

「……不確定要素が多く、運頼みであるとしか思えません。が、その大望。悪くはないのでは?」

 

「私は貴方方の意見を求めてませんよ。何故と問われたので真実を伝えた。それだけです」

 

 凛。それは戯志才―――郭嘉の真名なのだろう。

 彼女に言われた言葉は李傕が一番よくわかっていた。こうなるだろうと思っていたことは外れているし、次はこうなってくれと願うばかりなのだ。痛いところを突かれ、思わずむっとしてしまったのは、仕方のない事ではないだろうか。

 

「星はどう思いますか?」

 

 戯志才が趙雲に促す。

 

「天下統一は誰もが目指すところ。しかし異民族の領地と漢の統一と言うのはこの御仁だけでは? 私としてはかなり面白い御仁であると」

 

 星と呼ばれ答えたのは趙雲。

 どうやら彼女達は、三人で会話をしているようだった。李傕の話を聞いて、どう思ったかを李傕に答えているのではないようだった。

 

「それで風。貴方の意見は?」

 

 程立は李傕を見つめた後、一度目を閉じ、ゆっくりと口を―――開かなかった。

 

「ぐぅ……」

 

「寝るな!」

 

「おぉっ?」

 

 戯志才のそのツッコミの入れようは手慣れており、何か茶番のようなものを見せられたような気がした。

 そして程立は口を開いた。

 

「おそらく風達が見てきた中で最も険しい道。漢の統一を目指す者は多くとも、さらに異民族をも統一し、一つとする。ではその道を選んだお兄さんの理由は何ですか?」

 

「治無戴と、羌の長と約束したのだ。治無戴が異民族を。私が漢を平定し、差別も無く平和な世界が来たら、結婚しようと。彼女との約束を果たすため。ただそれだけだ」

 

 全ては治無戴との約束から始まった。そして、愛した女の為に力を貸すと、自分は決めた。

 

「お兄さんは余り優秀な方では無いようですね」

 

 彼女は先ほどからじっと李傕の目を見据えている。

 

「人を引き寄せる魅力は薄く、知も武も平凡。しかしその意志は、強く掲げる夢は大きい。だからこそ風は、支え甲斐があると思うのですよー」

 

「……風。本当に良いのですか?」

 

「風は決めました。星ちゃんと凜ちゃんは旅を続けますか?」

 

「麾下になるかは別として、この地に留まるとしよう。羌族との交流も気になるので。それに、愛を交わした相手の為に大陸の統一に乗り出したという男も気になります」

 

「風がそう決めたのならば私は構いません。ただ、場合によっては離れることもあるとだけ」

 

「では決まりですねー」

 

 三人の会話は終わりを迎え、程立が立ち上がった。それに続くように戯志才、趙雲も続いて立ち上がった。

 

「私の名前は今この時より程立ではなく程昱。字は仲徳。真名は風と申します。李傕殿の配下に迎えていただきたいのですー」

 

「偽名を使っていたことをお許しください。私の名は郭嘉。字は奉孝。真名は凛と申します。同じく配下に迎えていただきたく」

 

「趙雲。字は子龍。真名は星。出来れば客将として迎えていただきたい。その間我が槍を貴殿の下で存分に振るいましょうぞ」

 

 三人は拱手して言う。

 その様子にあっけにとられたのは李傕だった。曹操の腹心となるべき程昱と郭嘉。劉備の槍となる趙雲が、今李傕の配下に加わろうとしているのだ。この状況に動じない方が難しい。

 

「風がこの手で戴く太陽は、叡智の曹操でもなく、武の孫策でもなく、富の袁紹でも無く、夢を描く李傕。お兄さんにはあらゆるものが足りていません。ですがこの風がそれらを埋め、羌と漢を照らす太陽にしてみませましょう」

 

「……本気なのか?」

 

「おうおう兄ちゃん。女子が頭下げて配下に入れてくれって言ってんだ。すんなり頷くのが甲斐性ってもんだろ?」

 

 程昱の頭の上に乗っていた人形が動き、喋っていた。よくよく見ると程昱が口元を抑えていて、まぁそういう事なのだろうと理解した。

 曹操の覇道と劉備の覇道に欠かせなかった神算鬼謀の鬼才。希代の槍使い。その三人が、自分の下に来てくれるという。

 李傕は素直に頭を下げた。

 

「李傕。字は稚然。真名は底だ。ありがとう三人とも……よろしく頼む」

 

 彼女達ならば八方塞がりの自分を、本当に大陸統一へと導いてくれるのかもしれない。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 程昱、郭嘉、趙雲の三人が合流しても、李傕の仕事は普段と変わり無かった。

 少しばかり変わったといえば、現在雍州を治める董卓の代理であるため、賈詡から暗に余計なことはするなと釘を刺されてはいるものの、裁量権が手に入っている。

 李傕は暗に釘は刺されているものの、明言されていない以上とぼけてこの権力を行使するつもりでいた。

 そのため李傕は治安維持に関わる新しい方法を提案し、彼女らの意見を仰いだ。

 

「街の住民からの通報により、より早く現場に警邏隊を急行させる方法ですか」

 

 李傕が提案したのは警察のパトカーを馬に当て変えたものである。住民から警邏隊に連絡が入ると、馬に乗った警備兵がその現場へ急行する。しかし街中を馬で爆走するというのは大変危険な事である。何せ人の通りが多いので、馬をそのように走らせようものなら誰かしらを跳ね飛ばして死亡させる、という事に繋がりかねない。

 そのため大きな音で騎兵の存在位置を知らせる物として笛を携帯させ、笛を吹きながら移動させてはどうかという事で彼女等に提出した。

 

「面白い考えですね。確かに喧嘩や強盗が起こった場合でも、そこまで馬を一気に走らせられればかなりの時間短縮になります」

 

「笛というのも面白いですねー。合図に用いる警笛ならば誰でも音が出せますし、民衆がこの方式に慣れてしまえば自ら道を開けてくれるでしょう」

 

「ふむ。さらに音だけではなく見ても分かるようにした方がより安全でしょう。音の下方向には思わず目を向けるもの。例えば槍に目立つ赤い布を巻きつけ、それを掲げながら笛を吹き移動する、とか」

 

 郭嘉、程昱両名からの印象はかなり良いものであった。そして趙雲が言う様に、目で見て分かればなおさら良いだろう。

 

「星ちゃんも中々良い発想ですねー。後は警備兵が騎兵としてのある程度の技術を持っていなければいけませんけど」

 

「そのあたりは問題ない。今は羌族が主に警邏を行っているので、馬の扱いは彼らに任せれば大丈夫だ」

 

「ではこの騎兵の標準装備として、警笛、剣、そして大きな赤い布を巻いた槍を用意し、民衆には触書を出してその存在をあらかじめ周知してもらいましょう」

 

「新しく天水へと来た方々の為に門の所にも触書が必要ですねー。門番の方からも必ず説明をしてもらうという形にした方がさらに良いのですよー」

 

「後はこの騎兵に名前を付けなければなりませんな。底殿から何か案はありますか?」

 

「緊急騎兵ではどうだろうか」

 

 要するにパトカー―――緊急車両を車両ではないので騎兵という事に当てはめたという単純なものだった。

 三人は微妙な顔をしていたが、特に問題は無いと感じたのか首を縦に振った。

 

「では住民の通報により現場に急行する際、緊急騎兵が派遣され、必ず警笛を吹き赤い布を巻いた槍を掲げること。住民はその存在を認知したら道を開けること。そういう形で触書を発行します」

 

「ああ。それと、出来ればもう一つ、こういう新しい物を作りたいんだ」

 

「それは?」

 

 程昱は食い気味に質問をした。何せ李傕が提案したこの緊急騎兵という形態そのものが新しい存在だったからだ。今までは街中で殺人が起こったとしたら、それを見た住民が警邏の詰め所へ行き、走って現場まで向かう。そうなればすぐに犯人は逃げ出し、以降姿を消して捕まえることが出来ないという事が普通であった。

 現在の罪人の捕縛率は三割程度。それがどれほど改善されるかに興味があり、そんな意見を出した李傕に対し、一層興味を抱いていた。今まで思いつかなかった何かを彼は思いつく。それがどういうものか知りたいのだ。

 

「これは救急馬車と名付けたい。人が一人乗せられる程の小さな馬車で、同じように街中を走らせる。ただしこれを呼ぶ場合は流血沙汰や病気により、今すぐ医師によって治療が必要な場合に呼ぶ物としたい」

 

「要するに自分の足で医者の元まで迎えない人を送る為の物であると?」

 

「そう。しかしこれを実現させるには医師の数が少ないし、病院―――怪我や病気の診察と治療が出来る施設の建造が必要になる」

 

「医者ですか……。まぁ仮に医者の元へと運ぶ手段としてこれが適正であったとしても、医者の数を増やすのは難しいですね」

 

 医者による治療はとても高額である。それは街の住民がおいそれと医者の元へと行かない、行けないと判断する程には。

 だからこそだ、と李傕は続ける。

 

「噂によると五斗米道という宗教団体が民衆に対し格安で医療を提供しているという。例えば彼等の宗教を自由に広めても良いと許可を出して医者を招き、新しい治療施設を建造して運営してもらうという考えもある」

 

「うーん。それが良いものであるとは正直言えないのですよー。黄巾賊というのも一つの宗教による乱。五斗米道が必ずしも良いものであるとは言い難いのです」

 

「風の言う通り、まず宗教団体に頼るというのは良くないと思います。これは今すぐに浸透させるものではなく、例えば現在の医師にそれなりの金を支払い、弟子を取ってもらうというのが良いのでは? 弟子が二人いれば一人は実際に仕事に、もう一人は教鞭を振るい医師の数を増やし、と増やしていくことが出来ます。ある程度時間をかけて人材の育成を雍州が主導し導入するのが良いと思われます」

 

「黄巾党という前例や、儒教とは異なる思想だから、という理由で宗教を差別するのは良くない傾向だと思っている。五斗米道の張魯殿。そして仏教を隠れて信仰している劉虞殿。この二人は民の為に医療を提供しているので、実際にお会いして協力にかぎつけられればと考えているのだが」

 

 儒教とは漢の国教と言っても相違ない。偶像崇拝の類では無く、人として何を大事にするべきか。何をしてはいけないか。というような事が基礎となっており、基本的に儒教以外の宗教に対しては邪教として廃する扱いが主である。それもまた、黄巾党という過激な宗教の大規模反乱によるとばっちりを受けているという面もある。

 五斗米道は現在三代目の張魯が教祖となっている、典型的な人物崇拝の宗教である。五斗の米を捧げることで入信することが出来る宗教で、信者たちへ無償の治療や、信者でなくとも格安で治療を行うという団体である。

 劉虞は異民族と呼ばれる五胡の一つ、烏桓と親しい人物で、馬騰のように優遇政策を行っている人物である。彼女は所謂チベット仏教。あるいはチベット密教とも後世には伝えられる仏教の一つを信仰しているのだが、公にはせず隠れて信者達と共に行動し、布教と共に民の為に身を粉にしている。

 李傕は生前多神教の国の出であり、その国には様々な宗教が存在していた。かといって何か一つを熱心に信仰していたというわけでは無く、元旦が来れば神社へ初詣に行き、結婚式は教会で、人が亡くなれば寺で葬儀をするくせに無神論者というような考えを持っていた。その為宗教というものにさほど忌避感は無く、入信を強制したり、黄巾党のように過激な行動を起こさないのであれば、勧誘活動を領内で行っても良いとさえ考えていた。

 

「もしもそれを実現しようというのであれば、実際にその方々とお会いしてからですねー。正直良いとは思えないのが現実ですよー」

 

「わかった。ならこれは後回しにしよう」

 

 李傕の頭の中にあった草案は、程昱と郭嘉という二人に告げることで実現可能か不可能かが明確に提示されていった。

 かなり長い時間彼女達と議論を交わし合った後、警邏の時間になったので李傕は一旦切り上げて天水の城下街へと向かうことにした。

 天水は至って平和な場所である。いや、雍州全体がそういう場所である。平和でのどか。それは悪く言えば田舎という事であり、特筆した産業や特産品も無い。しいて言えば羌族との交易によって良い馬を手に入れられる、という事だけだろう。

 何か新しい産業が欲しいと李傕は思っていた。

 雍州はまだまだ土地が余っており、村の人々にはもっと人口を増やしてもらい、開墾を進めて欲しいと思っている。そのためにはそれぞれの村における減税が最も有効であると考えていた。しかし単に税を下げただけでは、雍州の懐事情に問題が生じてしまう。

 なのでそれを補填できる一大産業を作ることが出来れば、農民の税を下げ、医療を充実させ、出生率を上げ、さらに生産を増やすという富国強兵への第一歩が踏み出せるのだ。

 何をするにもまず金。

 しかしその案を出せずにいるのが現状だった。金の鉱脈があるわけでもなく、翡翠や琥珀も大量に採れず、鉄の産地でもない。目立った売り物が羌族の馬しかないこの現状では雍州は今まで通りのんびりとした田舎であり続けるのだ。

 どうしたものかと街を歩いていると、ふと露店を開いている少女が目に入った。もはやそれは服では無く裸なのではと思うような服装の彼女が筵の上に広げているのは、何やらひとりでに動き籠を編む木製の機械のようであった。

 これは一体何かとしばらく李傕は見つめていると、その少女から声が掛かった。

 

「兄さんずいぶん熱心にみとるけど、なんやこの絡繰が不思議でたまらんのか?」

 

「ああ。これは籠を編んでいるんだよな?」

 

「そそ。まぁ売っているのは籠の方なんやけど。こっちが欲しいならちっと高いで?」

 

 彼女が籠を売ろうとしている所まで李傕はしっかりと話を聞いていた。しかし途中から彼の意識は思考の中にあった。

―――自動で籠を編む機械……。これが他の物を自動で作れるなら……。編む…。

 李傕ははっと閃いて思考の海から離脱した。

 

「その、例えばなんだが……。自動で糸から反物を編む絡繰とかは作れるのか?」

 

「反物を? んー、まぁ出来ると思うんやけど、作るのに結構金も時間もかかるからなぁ。作れるけど今は作れないってのが現状やな」

 

「買いたい! いや、君を雇いたい! 幾らだ! 幾ら払えば雇える!」

 

「ちょ、ちょっと兄さん。顔が近いで!」

 

 興奮した李傕は少女へ詰め寄っていた。顔はぶつかる程近く、少女は顔を赤らめていた。もっとも、李傕はそれを意識することも無く、彼女を登用することだけを考えていた。

 

「うちを雇いたいって言われても、今三人で旅している所なんや。うち一人だけ雇われても困るで」

 

「なら三人雇おう。そして君には反物を自動で織る絡繰を作って欲しい!」

 

「他の二人が頷いてくれたら別にええけど……ちょっと待っててや。合流するまでまだ時間があるねん」

 

「構わない! 待つ!」

 

 興奮した李傕はその場にどかりと座り込み、彼女の言う二人がやって来るのを待つことにした。

 しばらくもしない内にその二人は現れた。

 

「お待たせなのー! 雍州って羌の服とかが置いてあって意外といい感じなの!」

 

「待たせた……その、そちらの方は?」

 

「待っとったで沙和、凪。こっちの兄さんは、うちの絡繰がえらい気に入ったみたいでなぁ。うちを雇いたいって言っててん」

 

 李傕は待ってましたとばかりに立ち上がり、自己紹介をした。

 

「名前は李傕。字は稚然。現在雍州の統治を任されている者だ。どうか俺と一緒に来て欲しい」

 

「李傕さんって……雍州のお偉いさんなの!」

 

「そんな方に声を掛けられるとは。しかし真桜の絡繰のどこが気に入ったのか……」

 

「なんやねんその反応! すごい絡繰やろ!」

 

「君の絡繰は雍州はこれまでに無い発展をもたらす。是非、是非共に来て欲しい!」

 

 頭を下げるに飽き足らず、李傕は膝をついて土下座をした。

 それに慌てたのは三人だった。

 

「雍州のお偉いさんに頭下げさせてるの! 色々と不味いの!」

 

「どうか頭を上げてください李傕殿!」

 

「いや、雇われてくれるまで俺は頭を上げない!」

 

 李傕はそれはもう必死であった。

 彼にとってこの出会いはまさに天啓であった。この機会を逃すわけにはいかないと地に額をこすりつける。

 

「うち……ここで仕官してもええと思っとる。うちの絡繰に頭を下げるだけの価値を見出してくれたってことやし……」

 

「沙和は別にいいの! 皆が一緒ならそれで構わないの!」

 

「私も構わない。真桜がそれだけ重用されるのであれば、雍州に来たかいがあったというものだ」

 

「嬉しい事言ってくれるやないの二人共! ささ、兄さん頭上げてや!」

 

 彼女に促され、李傕は頭を上げた。

 

「うちの名前は李典。字は曼成。よろしく頼むで!」

 

「私は于禁。字は文則なの!」

 

「私は楽進。字は文謙。お役に立てるかはわかりませんが精一杯務めさせていただきます」

 

 李傕は彼女達の名前を聞いて驚いた。

 歴史に名を残したその人の名前であったからだ。

 

 

 

 

 

 三人を連れて居城へと戻った李傕は、急ぎ程昱と郭嘉の元へと向かった。

 

「風! 凛! 居るか!」

 

 ノックどころか声掛けもせず扉をあけ放つ李傕。

 中に居た程昱と郭嘉二人が彼に厳しい視線を投げかけるのは、致し方ない事だろう。

 

「あの、底殿……。一応乙女の部屋なのですから最低でも声掛けくらいはしていただかないと……」

 

「おうおうおう。あわよくば着替え中の凜ちゃんを見ようだなんて、そうは問屋が卸さないぜ」

 

「ちょ、風!」

 

「そんなことよりもだ! 聞いてくれ!」

 

 そんなことより。その言葉がより一層郭嘉の視線を厳しくしたのだが、李傕は我関せずという感じで口を開いた。

 

「彼女―――李典が反物を織る絡繰を作ってくれる! それが有れば養蚕場を作り、製糸工場を作れば雍州は絹織物の産地になれるぞ!」

 

 絹とは、いつの時代も高価なものだ。

 それは李傕の生前の世界でも同様で、その時代よりも前ともなればさらに値段は高価であった。それはそもそも養蚕という技術そのものが門外不出という、厳重な監視下の下に行われていたという背景もあるが、その先の加工の面でも全て人の手によって行われていたという点が大いに関係していた。

 養蚕から始まり繭を糸に変える。そして糸から反物にし加工する。所謂機織りという部分を自動化することで、安く絹織物を商品化することが出来るのだ。

 さらに雇用が増えることで人口増加のきっかけにもなる。人が増えて家の経済が圧迫しても、製糸工場や織物工場へ出稼ぎに来れば十分な賃金を稼げるという形にまで持っていければ良いのだ。

 

「なるほど。確かに悪くない話なのですよー」

 

「しかし養蚕場から製糸工場の設立となると、ずいぶん時間と資金がかかりますが」

 

「雍州の宝物庫から拝借する。これが形になれば元は……いや、それ以上の売り上げが出る」

 

「お兄さんはいつも突拍子もない事を思いつきますねー。まぁそういう所が気に入っているのではありますけど」

 

「確かに絹織物の産地ともなれば、かなりの売り上げが見込めますね」

 

「その売り上げを雍州に還元すれば、人口も増やせる。そしてさらに人手が増えて田畑も増える。織物を買いに商人も大勢来る。税が増える。雍州は潤う!」

 

「興奮している所申し訳ありませんがー……その反物を織る絡繰というのは本当に作れるのですかー?」

 

 程昱の冷めた言葉と視線は自然と李典へと向かった。

 

「そないな目を向けないでや! ええっと……柄を付けるのはたぶん時間がかかるし色々試行錯誤しないといかんから今は無理や。でも無地の反物なら確実に作れる。約束するで」

 

「では養蚕場の建設。基礎となる技術者の招致。そして人員の確保に伴う費用の計算に移りましょう」

 

 蚕は大陸中の農家達にとって貴重な収入源であった。数こそ揃えることは出来ないが、村で飼育し、繭を糸にする。それを商人に売るという形で金に替えている。

 絹織物の産地は大陸の東側であるが、それはあくまで大規模なという意味で、雍州の村にも飼育方法や繭を糸に変える技術を持っている人々は多く居る。彼等を雇うことで外部から人を呼ばず、雍州の民に金が落ち、彼等は雍州で買い物をする。全て雍州内で循環させられるこの状態は、まさしく李傕が望む物だった。

 

「無地の絹織物しか作れないとのことですが、絹は絹。人件費の削減や柄の関係により安価で提供することで庶民が手に入るなら売れ行きは格段に高いと思いますよー」

 ゆくゆくは商人達が安価な絹織物を買い付けに雍州を訪れ、外部から金が落ちるようになれば完璧である。

 郭嘉、程昱からもお墨付きを頂いたこの案件はもう止まらなかった。

 李典は興奮状態の李傕からどれだけ資金がかかっても良いと告げられ、さっそく機織り機の制作に取り掛かかり始めた。普段余り褒められたものではない絡繰が認められ、雍州を挙げての産業に関わると知った彼女は失敗できぬと怖れもしたが、喜びが勝っていた。

 かくして雍州は一つの産業を興すべく動き出した。


 
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