No.1003102

真・恋姫†無双異聞 皇龍剣風譚 第四十六話 SUPER GIRL

YTAさん

初めましての方はどうぞ宜しく。
久し振りの方はご無沙汰しております。
YTAです。
革命シリーズ発売の情報が入ってから、本作との統合性がどうなるかと思って様子見しておりましたが、最終作の劉旗の大望が発売されたので、執筆を再開しました。

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2019-08-29 02:46:04 投稿 / 全28ページ    総閲覧数:1786   閲覧ユーザー数:1622

                     真・恋姫†無双異聞 皇龍剣風譚

 

 

 

 

                       第四十六話 SUPER GIRL

 

 

 

 

 

 

 

 都の地下にある龍の洞窟(ドラゴン・ケイブ)の武器管理部門の一角にある射撃に、乾いた轟音が続け様に轟いていた。

 十一発目の発射音が響いた直後、北郷一刀は、ヘッケラー&コッホHK45T(タクティカル)をテーブルに置き、アイガードを外して耳栓を抜くと、テーブルの端に据え付けられていた赤いボタンを押す。

 

 すると、10ヤード先に備え付けてあったマンターゲットが、天井のレールの稼働によって一刀の目の前に運ばれて来た。

 一刀は、鋼鉄製の固定台から紙製のターゲットを取り外して、顔を(しか)める。

 その中央には、密集した十一発の穴が穿たれていて然るべきであるのに、右に数十cmほどズレた場所に、二発の小さな穴が厭味ったらしく自己主張していたからだ。

 

「やっぱり、どうしても右にブレやがるなぁ……」

 一刀は、投げ捨てる様にターゲットをテーブルに置くと、もう一度手に取った銃のマガジンリリースボタンを押して三本目のマガジンを抜き取り、スライドストップ状態のまま、ついでに確かめたスライドのガタ付き具合に盛大な溜め息を吐いて、射撃場の防音扉を開けた。

 

「いよぅ、どんなもんだ?」

 一刀が、コンソールを睨んでいる及川祐にそう問いかけると、及川は眼鏡を上に軽く押し上げて、目頭を揉みながら答える。

「そうだな――ワルサーを使ってる時の射撃姿勢との比較やら弾道計算もしてみたけど殆どブレはないし、ズレた弾の悉くがほぼ同じポイントに当たってる――とくれば、いくら口径がデカくなってるとは言え、お前の腕が鈍ってるって訳じゃあなさそうだな」

「そりゃそうだろうさ。“あっち”に居た頃とは比べ物にならない頻度で実戦で撃ってるんだから、鈍る暇なんぞある訳ない」

 

 

「じゃあ、やっぱり銃の方だわな」

 及川が、回転椅子をくるりと回して一刀の方を向きながらそう言うと、一刀は煙草に火を付けながら頷いた。

「だろうな。いくらトンデモ3Dプリンタで本物と(たが)わないレベルの代物が出力できるとは言っても、俺の癖まで鑑みてくれる訳でもなし、パーツ一つ一つの精度に関しては言わずもがなだしなぁ」

 

「と、なると、本職の職人(ガンスミス)が居ないと厳しいって話に戻る訳か」

「そう言う事だ。ワルサーの方もそろそろ部品を替えてやらなきゃいけないし……ま、どんなハイテクもオカルトも、使いこなそうと思えば、結局は人間の力が必要になるって事だろうさ」

 一刀は、薄いアルミをただ折り曲げただけといった風情の簡素な灰皿に煙草の灰を落とし、また溜め息を吐いた。

 

 及川は、そんな友人の顔を数秒眺めてから、釣られる様に自分の煙草にも火を点けて、これまた釣られる様に溜め息を吐く。

「なら、いい加減に腹を括って、真桜ちゃんに頼むしかないんじゃないか?こればっかりは、俺みたいに睡眠学習で知識ばっかり詰め込んだって、センスと技術と経験がなければ、どうにもならないぞ?」

 

「うん。まぁ、そうなんだろうが……」

「可愛い部下に、重荷は背負わせたくないか」

「そりゃあ、な」

 李典こと真桜の才であれば、十中八九、現代のどんな名人にも引けを取らぬレベルで、銃の調整をする事が出来るだろう。

 

 だがそれは、戦争史を一変させるだけの知識を持ちながら、一刀の信条の為に全てを秘匿しなければならないと言う事でもある。

 彼女の自分に対する思慕と忠誠を疑う心算(つもり)など一片たりとないが、それは、技術者として、そして場合によっては軍人として、真桜に責め苦を強いるに等しいのではないか、と一刀は思っていた。

 

 或いは、同じ様な理由で、この龍の洞窟に招き入れる事を躊躇している王たちや軍師陣よりも、真桜の方が余程、苦しい思いをしなければならないのではないか、とも。

「しかしなぁ、罵苦どもが色んなところから軍備の強化を図ってるのに合わせて、お前も各種装備を増強しなきゃいけないんだろ?お前の近衛部隊も編制を変えたりするって言うんだし、それなら、お前の恋人さん達の協力は不可欠じゃないのか?」

 及川が、言い辛いと書いた様な顔で言葉尻を濁すと、一刀は億劫そうに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あン――隊長、待ってぇな」

 真桜は朦朧とした意識の中で、背中にぴたりと張り付く様にして共に寝台に横になっていた想い人の両腕が腋の下から伸びてきて、自分の乳房を優しく掴むのを感じ、トロンとした声を出しながら身じろぎをした。

 

「ウチ、隊長が求めてくれるんはメッチャ嬉しいし、ナンボでもお相手したいけど、お願いやから、ちょっとだけ休憩させて?さっきからイキっぱなしで息でけへんし、このままされたら腹筋()ってまう」

 何時になく、それこそ強引といっても良い程の強い誘いを受けて、戸惑い半分、嬉しさ半分で北郷一刀の閨に誘われてから一刻(約二時間)。

 

 真桜は、睦言もそこそこ、貪る様に求められるまま一刀に貫かれ続け、今や、彼に何度、精を放たれたのか、自分が何度、絶頂を迎えたのかも分からなくなっていた。

 靄の掛かった思考の中で、ひゅうひゅうと言う自分の喉の奥から漏れ出る様な吐息に耳を澄ませていると、穏やかな囁きがそれに混じる。

 

「そら、“ここ”を支点にして、背をそらしてみろ」

「ふぇ?」

 真桜が如何にか意識を向けると、彼女の身体の下に回されていた逞しい腕が何時の間にか抜き出されていて、その肘が腹筋の真裏にある背骨の辺りに添えられていた。

 

 未だ脳への酸素供給が追い付かず、半ば幼児退行ぎみの真桜が素直に言われるままにすると、先程までやわやわと彼女の乳房を撫でていた大きな掌がするすると下に降りてきて、絶妙な加減で鳩尾から下腹までを揉み解してくれる。

「は、あ……隊長、それごっつ気持ちええ……」

 

 

「ごめんな。激しくし過ぎた」

 その、本当に申し訳なさそうな声を聞いた真桜の頬が、僅かに緩む。

「そんなコト言わんとって。ウチ、嬉しいって言うたやろ?それに、もっとして欲しいんもホンマやし」

 

「そうか。ありがとうな」

「ん――なぁ、隊長」

「うん?」

「ウチになんぞ、頼みゴトでもあるんと違う?」

 

 真桜は、自分の腹部を撫でさすってくれていた一刀の腕をやんわりと退けてくるりと寝返りを打ち、戸惑いと迷いが綯交(ないま)ぜになった様な光を讃えている黒い瞳を覗き込んでそう言った。

「どうして、そう思うんだ?」

 

「たいちょーの声や、声。戦んとき、ウチらに突撃の号令掛ける時と同じ声やもん」

「おいおい、そんな大声、出してないだろ?むしろ、甘~い囁き声じゃないか」

 一刀が誤魔化す様に茶々を入れてそう言うと、真桜はにんまりと人懐こい笑みを浮かべた。

「大きさやないよ。声音で分かんねん。隊長がウチらに、『して欲しいけどさせるの嫌や』って思てる時の声音や」

 

「それはどうにも……情けない話だな」

「なんで?ウチは大好きやで。その声音きくとな?隊長は、ウチらのコト大事に思ててくれて、信頼もしてくれてはるんやって、命預けてくれてはるんやって、腹の底から信じられんねん」

「真桜……。俺は」

 

「ウチな」

 真桜は、何かを言いかけた一刀の唇に人差し指を押し付けて黙らせると、そのまま両の掌で一刀の頬を包み込んだ。

 油や火に塗れて機械や絡繰りを弄り回したり、巨大な螺旋槍を振り回したりしている筈であるのに、真桜の手はふんわりと柔らかく、堪らなく心地良い。

 

「ウチ、隊長の為やったら、死ねんねん」

 真桜は、一刀が感情の渦に呑まれて押し黙ってしまったのを、懐疑ゆえの沈黙とても取ったのか、慌てた様に言葉を継いだ。

「ウソやないよ?睦言で言うとるんとも違うし」

 

「あぁ、疑ってなんかないさ。本当だ。ただ――嬉しくてな」

「そんなら良かったわ。ほら、ウチこんな性格やし、柄にもないコト言うて信じて貰えてへんかったら、どないしよかと思たで」

 真桜は、指先で一刀の髪を()きながら、照れ臭そうに笑った。

 

「まぁ、そう思てるんはウチだけちゃうやろけど、ちゃんと言うとかんとアカンかなって。きっと、そういう話なんやろ?前に隊長が言うてた、『華琳さまに逆らえるか?』って、あれに関わっとるんやんな?」

「お見通しか」

 

「あたりきや。他にいくらでも頼るアテに事欠かん筈の隊長が、他の誰でもなくこのウチを頼ろて言うんやから、ちょっと考えたら分かるて」

「最低な男だな、まったく」

 一刀が、堪らなくなって真桜の首筋に顔を埋めると、真桜は幼子をあやす様に、その後頭部を撫でおろした。

 

「気にするコトなんかあらへん。ウチかて、天の国の絡繰り好きに弄り回せるんは楽しいしな。まぁ、大っぴらに自慢でけへんのは、ちぃっと残念やけど、隊長の気持ちはちゃんと分かっとるもん――それにな」

 真桜は、もう一度、一刀の顔を両手で挟んで優しく引きはがすと、一刀の額に、自分の額を押し当てた。

 

「ウチ、嬉しいねん。三国に猛将知将は星の数ほど居てるけど、隊長の今回のお願いに応えたれるんは、この李曼成ただ一人や。せやろ?」

「それは、うん。勿論そうだ」

「せやろせやろ!ウチにしか出来へん御役目やんか。頼ってもろて、ホンマに嬉しいんやって。せやから、な?そんな顔せんとって?」

 

「真桜――」

「ちゅ……ん……たいちょ……ん、ご褒美の前払い、してくれるん?」

 口づけの息を継ぐ瞬間に、真桜が嬉しそうな微笑みを見せてそう尋ねる頃になると、漸く一刀も、微笑を浮かべられるだけの感情の整理が出来ていた。

 

 

「こんなもの、欲しいと言ってくれればいくらでも。報奨なら、後でちゃんと出すさ」

「んふふ、言質、取ったで?後で睦言やったなんて、言わせへんよ?」

「この上、そんな恰好の悪い事が言えるかって」

「お、調子出て来たやん?ほら、隊長の悪戯っ子も元気になったみたいやし」

 

 真桜は、硬さを取り戻した剛直をするりと撫で上げてから、一刀の肩を押して仰向けにさせると、自分はその上に跨った。

「今度は、ウチが攻め手やからね。さっきまでみたいにはいかへんで?」

「おっと、俺が分の悪い方が燃える性質だって知ってるだろ?」

 

「ん、知ってる。せやから、たんと可愛がってな?」

 真桜は悪戯っぽく笑うと、もう一度、一刀に口づけながら、彼を受け入れた―――。

 

 

 

 

 

 

 

「では、本日の三国会議の開始を宣言します」

 今回の三国会議の議長役である諸葛亮こと朱里は、凛とした声でそう言って、居並ぶ各国の君主、武官、文官のトップ達を見渡してから自分の椅子に着席をすると、最初の議題に取り掛かるべく口を開いた。

 

「それでは、始めに――ご主人様、あ!失礼しました。三国同盟の盟主、北郷一刀様の近衛部隊の再編案について、議論したいと思います」

「罵苦の組織的な大攻勢……それに対応する為に、一刀の近衛を改めて再編成する、と言う話だったわね?」

 

 曹操こと華琳が、秀麗な(おととがい)に人差し指を乗せてそう言うと、劉備こと桃香が頷いていて口を開いた。

「それは、絶対に急務だと思う!話に聞くだけじゃなくて、実際に都が襲われた時も故郷で戦った時も感じたけど、あんなのに組織立って軍勢として動かれたら、中級種とか“吸収”がどうのって話じゃなくなっちゃうもん。罵苦が相手の時に主戦力として動ける部隊は、絶対に必要だよね」

 

 

 周瑜こと冥琳も資料から目を上げ、眼鏡のブリッジを押し上げて同意する。

「確かに、桃香さまの仰る通りでありましょう。先日の罵苦襲撃の報告書も拝読しましたが、現場に居合わせた凪の俊足と馬謖の献策、王平の武働き――、そのいずれが欠けていても対応が遅れてしまったばかりか、被害が拡大していた可能性は多いにあります。更には、三国の王や縁戚の方々が一堂に会している都の現状を鑑みれば、北郷が不在の時、罵苦に関する案件が発生した場合に於ける指揮系統の優先順位を明確にしておくのは、最重要事項と言えましょうし」

 

「ふむ。となると、恋の麾下(きか)である呂布隊五千を中枢戦力に、と言う基本方針はそのままとして、規模の拡大と軍勢を指揮できる将と軍師の補充を構想の主軸にするべきね。現状、最大規模だった巴郡での罵苦の軍勢の数を参考値として、尚且(なおか)つ各国の軍勢と連携を組んで戦線を構築する上での主力とするのを想定するのであれば、最低でも最精鋭を一万から一万五千は集めたい所だけれど」

 華琳のその言葉に、龐統こと雛里も考えながら頷き返す。

 

「そうですね……であれば、軍師陣の選出は後程するとして、兵員に関しては、三国共通の資格規定を設け、各国で募集と試験を行って振るい掛けを行う事。武官は各国の参軍(さんぐん)(幕僚)級に準ずる方々から二~三名を選出し、副官はその方々に推挙して頂く事としては如何でしょう」

「妥当な所だろう。一刀、貴方からは何かないかしら?」

 

 孫権こと蓮華がそう水を向けると、それまで蟀谷(こめかみ)を人差し指で支えて椅子に肘をつき、目を閉じて考えに耽っていた一刀は、ゆっくりと目を開けた。

「そうだな――罵苦の軍勢は大きく分けて四つ。饕餮(トウテツ)率いる、獣を模した怪物たちの魔獣兵団、檮杌(トウコツ)率いる、昆虫を模した怪物たちの魔蟲兵団、窮奇(キュウキ)率いる、鳥類を模した魔鳥兵団、渾沌(コントン)率いる、水棲生物を模した怪物たちの水魔兵団だな。で、奴らが作戦行動を行う時には、その内容や環境に適した下級罵苦どもが尖兵として援護に付く。この事から、再編後の近衛隊員には、対空・対地・対潜、それこそあらゆる環境に於いて、一流の戦闘技能が求められるって事だ。つまり――」

 

「選出する将も、各分野に特化した専門家である事が望ましいと言う事ですね?」

 朱里が一刀の言葉を継いでそう言うと、一刀は頷いて、椅子に深く座り直し、姿勢を整えた。

「更に言うなら、各国の秘中の秘である、歩兵・騎馬・弓・水上戦技術の情報共有までが必要になってくる。一応、個別に了承は貰ってるけど、みんな、本当に良いんだな?

 

 

「やめてよね~。折角、腹を括ったって言うのに、未練になっちゃうじゃない」

 孫策こと雪蓮が肩を竦めながら苦笑いを浮かべると、蓮華も同意して頷いた。

「姉さまの言う通りだ、一刀。それに、こう言う事柄こそ我らの代で済ませておくべきだと私も思ったからこそ、了承したのだからな」

 

「そうですよぉ。第一、今更になって、渋りに渋っていらした雷火さまを説得した苦労が水の泡だなんて、切なすぎますし~」

 陸遜こと穏の溜息交じりの冗談に、華琳も悠然と微笑を返す。

「正直な話、思うところがない訳ではないけれどね。水上戦闘の技術と言う一番大きな対価を気前よく支払っている呉にこうまで言われてしまっては、大度を疑われる様な態度は取れないわよ」

 

 

「うんうん、みんな仲良く!仲間同士で戦争なんかしなければ良いんだから、気にする事なんてないよ!」

 桃香が嬉しそうにそう言うと、華琳は優雅に冷やされた麦湯の椀を取って、緩々と首を振った。

「今回ばかりは、桃香の言う通りね。全く以って業腹な話ではあるけれど、人間という種の存続が懸かっている状況で既得権益を気にしてる様では、器が知れるというものよ」

 

「みんな、本当にありがとう。みんなの信頼を裏切る様な事にならないよう、精一杯やってみるよ」

 一刀が頭を下げると、冥琳が微苦笑を浮かべる。

「悪い癖だぞ、北郷。お前は三国同盟の長なのだ。そう易々と頭なぞ下げるな」

 

「そうは言われても、やっぱり感謝は態度で示したいしさ」

「ふふふ~、一刀さんは頑固者ですからね~♪冥琳さまも、諦めた方が良いと思います~」

 穏がニコニコと笑ってそう言うと、今迄すやすやと寝息を立てていた程昱こと風がおもむろに目を開いた。

 

「それで結局のところ、将の人事に付いては如何するのですか~?」

「おや、珍しい。自分から起きたのですか、風?」

 郭嘉こと稟が特に意外そうでもない様子で尋ねると、風は頬を膨らませた。

「最近、風は気が付いたのです。うちの国の軍議ならば兎も角、三国会議の時には個性が強い人も場回しが上手い知恵者も多すぎて、寝ていると勝手に話が進んでしまって出番がなくなってしまうと~」

「今頃ですか……と言うか、今の今まで寝ていたのでは」

 

「稟ちゃん。人は、一度、手に入れた鉄板ネタをそう簡単には捨てられない哀しい生き物なのですよ~。稟ちゃんだって、延々と飽きもせずに鼻血を噴射し続けているではないですか~」

「いやいや、私は無くせるものなら無くしたいですよ!?と、そうではなく!人事の件については、確かに今のうちに、一刀さんに候補を選定して頂きたいですね。立候補制になどした日には収拾がつかなくなるのは目に見えていますし、引継ぎやら練兵の予定管理やら、やる事は山積みですから」

 

「よし!最前線で戦う最精鋭部隊となれば、この夏侯元譲の出番だな!任せておけ!」

 稟が、眼鏡の位置を直しながら力技で話を元に戻すと、今まで『どうせ小難しい話だろう』という心の内を隠しもせずに顔に出して無視を決め込んでいた夏侯惇こと春蘭が、隻眼を輝かせて拳を握るや、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。

 

「任せておけないわよ、馬鹿……」

 荀彧こと佳花が、苦虫を噛み潰したような顔で溜息を吐いた。

「なんだとぉ!?佳花、貴様、この私では役不足だとでも言うつもりか!!」

「そういう問題じゃないでしょ!アンタ、本当に人の話を聞いてないのね!」

 

「はぁ?どういう事だ」

「たった今、稟が言ってたでしょ。出向する将の候補を指名するのは部隊の大将の北郷だし、それが適切か、或いは実現可能かを決めるのは、私たち軍師の意見をお聞きになった華琳さま達、王のお三方なの。第一、魏の軍部の長であるアンタが出向となったら、他国の負担も増やす事になるんだから、借りを作る事になるでしょうが!」

 

「だから、私が自ら参加してやると言っているのだから、北郷に選ばせる迄もなかろう!大体、なぜ私が北郷の部隊に参加すると、他の国の負担になるのだ!増々もって意味が分からんぞ!!」

「あぁ、もう……秋蘭?」

 頭を抱えた佳花が匙を投げると、夏侯淵こと秋蘭が小さく頷いて、その匙を拾った。

 

「良いか、姉者。姉者は魏の軍部を司る大将軍で、華琳さまの縁戚だな?」

「お、おう?何を今更、分かり切った事を言っているのだ、秋蘭」

「うむ。つまりな、我が魏からそれだけの立場の人間が出向するとなると、呉と蜀もそれに見合う人材を出さねば、外交上の吊り合いが取れぬのだ。そうだな、呉ならば雪蓮さま、蜀ならば愛紗辺りが出てこねばならん訳だ。ここまでは良いか?」

 

 

「そうか!(くつわ)を並べるのが楽しみだな!」

「うむ。で、姉者は元より机仕事などまともにしないから、こちらは別に困りはしないが――」

「相変わらず、たまに春蘭に酷いな、秋蘭……」

 そんな一刀の呟きを無視して、秋蘭は幼子に言い聞かせる様な口調で話を続ける。

 

「姉者の出向と吊り合いを取る為に、立場ある人材を割かねばならん呉と蜀は、皆で愛紗や雪蓮さまの穴埋めをせねばならん訳だ。それはつまり、華琳さまが桃香さまや蓮華さまに借りを作ると言う事と同義になるのだよ」

「そ、そうか……私のせいで華琳さまにご迷惑は掛けられんな……」

 

 漸く納得してしょんぼりと椅子に座ってしまった春蘭を見て、佳花は深く溜息を吐いた。

「理解が遅すぎなのよ、あんたは……。それに、うちはもう三羽烏を北郷の寄騎に貸し出してるんだから、枠は埋まってるでしょ。態々(わざわざ)、華琳さまの負担を増やす様な事を口走るんじゃないわよ、まったもう」

 

「その点に関しては、一考の余地があると思うわよ、佳花」

 春蘭と秋蘭の遣り取りを微笑ましく見守っていた華琳は、佳花の呟きに異を差し挟んだ。

「そもそも本来、一刀の近衛構想は、あの三人の仕事量が増えすぎた事への対処として考えられたものよ。それこそ、三国の長である一刀の身辺を傍近くで守る将を、我が魏から三名も排出するという花を持たせてくれた呉と蜀に、借りを作った形とも言えなくもないもの」

 

「しかしそれは、あの三人と北郷からの意見具申があったからで――」

「それを受けて判断したのは、この私よ」

「うっ、それは……」

 華琳は、不利を悟って言い淀んだ佳花を満足そうに見遣って、愉快そうに春蘭に視線を戻した。

 

「そんな訳だから、あの三人に付いてはそのままで、こちらからは更に将を出すわよ、春蘭」

「はぁ」

「あら、嬉しくないの?」

「だって、華琳様のご迷惑になるのなら私が参加する訳には……」

「まぁ確かに、私から春蘭を出したいとは言えないわね」

 

 

「うぅ、やっぱり……」

「でも、一刀から『欲しい』と言われてしまえば、私としては断る訳にもいかないわ。ねぇ、一刀?」 

「えぇぇぇぇ……」

 

 一刀は、猫が鼠を弄ぶ様な目でこちらを見遣ってそう言い放った華琳にげんなりした視線を返すと、魂を絞り取られる様な声を上げた。

 しかし、こんな時ばかり察しの良い当の春蘭は、ハッと顔を上げて再び輝きを取り戻した隻眼でこちらを見返している。

 

「そうか!北郷、貴様は誰を候補に選ぶのだ!!」

「うん、そうだな……考えてたのは、まずは霞かな」

「な!?う、うむ。確かに霞は、我が軍きっての騎馬巧者だからな。さもあろう。で、あとの一人は?」

 

「そうだな。ここは、白兵戦の専門家だよな」

「うむ!当然だな!」

「勇猛果敢で恐れを知らず」

「うむ!!」

 

「機を見るに敏で」

「うむうむ!!」

「兵の進退が巧みで」

「うむうむうむ!!」

 

「そういう人材と言えば―――」

「おう、言えば!?」

「やっぱり香風かな」

「待てぇい!!」

 

「何だよもう、デカい声出すなよな。窓の硝子が割れたらどうすんだよ」

「おかしいだろう、常識的に考えて!!」

「いや、極めて常識的に考えた結果の人選なんですが」

「阿呆か貴様!今の話の流れであれば、平身低頭して私に出向を請うところであろうが!!」

 

「なんでだよ!!大体、春蘭の場合、大前提の条件で引っかかるんだから、候補に挙げられる訳ないだろ!」

「なんだとぅ!?魏武の大剣とまで言われるこの私の武に、なんの不足があると言うのだ!!」

「いやいや。お前の武に関しては足りないなんて事は言ってないし思ってもいないぞ!」

 

「では、何が足りないと抜かすか!」

「春蘭は、俺の命令をちゃんと聞けるか?」

「はぁ?」

 ポカンと口を開ける春蘭を尻目に、微苦笑を浮かべる華琳と秋蘭以外の全員が、『尤もだ』という顔で小さく頷いてみせる。

 

「俺のとこに来るって事は、“俺に命令される”って事なんだぞ?」

「ぐぬぬ……」

「俺に何か言われる度にストレス―—えぇと、鬱憤(うっぷん)を溜め込んで嫌な気持ちになるんなら、俺にとっても春蘭にとっても良い事はない訳でだな。俺だって、春蘭は俺に命令されるのなんて嫌だろうと思ったから――」

 

「うっうぅ……」

「え?」

「一刀は……私など要らんと言うのかぁ……」

「い、いや、おい、春蘭!?」

 

「私が脳みそまで筋肉で……うぐっ。まともに命令も聞けない阿呆だから……ひっく、私など傍に置きたくないと……えぐっ、そう言う事だろうがぁ……!」

「いや、そんな事は言ってない―—」

「あ~あ、泣かせちゃった。一刀、ヒドいんだぁ」

 雪蓮がニヤニヤと笑いながら楽しそうにそう言うと、関羽こと愛紗が桃香と共にジットリとした眼差しを一刀に向ける。

 

「ご主人様……」

「サイテーだよ、ご主人様。乙女心を全然分かってないんだから!!」

「愛紗、桃香まで……。いや、それに乙女って、そういう話じゃないだろ!?」

「いや。そう言う話だぞ、一刀」

 

 

「蓮華……いや、でもなぁ……。あぁもう、しゅうらあん!?」

「あぁ、悔しそうに涙ぐむ姉者も可愛いなぁ……」

「秋蘭てばよ!!」

「ん?おぉ、すまん。なんだ、北郷」

 

「なんとか収拾つけて下さい頼むから……」

「うむ。任せておけ。ほらほら姉者、こんな場で泣く将があるか」

「うぅ、秋蘭……だって、だって一刀が、私など要らんとぉ……」

 秋蘭は、優しく姉の髪を撫で付けてあやしてやる。

 

「前にも教えたろう?北郷は、ちゃんと話をして頼めば、きっと姉者の頼みを聞いてくれるとも。ほら、華琳さまや私に話してくれた様に、北郷にもきちんと姉者の気持ちを話してみるのだ、な?」

「ひぐっ。わ、分かった」

 春蘭は、瞼が腫れるのも気にせずにグシグシと隻眼を擦って涙を拭うと、一刀に向き直って、考えながらぽつぽつと語りだした。

 

「お、お前は……弱いだろ、北郷」

「そりゃまぁ、春蘭に比べたら弱っちぃだろうなぁ、うん」

「そうだろう。そのくせ、いつもいつも他人(ひと)の為、他人の為と言って、あちこち駆けずり回って……何でもかんでも一人で背負い込んで、無茶ばかりしているではないか」

 

「いや、そんな事は――」

「しているわよ。良いから、春蘭の話を最後まで聞きなさいな」

「はい……」

 華琳にぴしゃりと言い訳を遮られた一刀は、春蘭が再び口を開くのを待つ。

 

「流琉の時だってそうだ……お前は、戦いながら泣いていたろう」

「え?」

「あんな仮面なんぞ被っていたって、私は誤魔化せはせん。お前は、独りで戦いながら泣いていたろう。張繍のした事が悔しくて、悲しくて、腹立たしくて、哭いていたではないか」

 

「…………」

「今でも(たま)に、あの時のお前の様子が夢に出てくる。痛ましくて、とても見ていられん。お前は、ヘラヘラと間抜けな顔で笑っていればいい―—それが、お前に一番、似合っているのだ」

「春蘭……」

 

 

「だから、私が傍に居てやれば……お前を独りで戦わせたり……しなければ……お前が泣いたりなど……あんな夢など、見なくても済むかと思ったのだ……どの道、私には剣を振る位しか能がないし……だから……」

 

「あぁもう、負けだな、これは」

 一刀はどこか照れ臭そうに頭を掻くと、表情を引き締めて華琳に顔を向けた。

「華琳」

「何かしら?」

 

「お前の持ってる、最上の大業物を一振り……暫く俺に貸してくれ」

「言った筈よ。私には断れない、と。存分に振るっておあげなさいな」

「感謝するよ」

 華琳は一刀の言葉に肩を竦めると、俯く春蘭の頭を優しく撫でた。

 

「良かったわね、春蘭」

「ふぇ?」

「一刀は、貴女に近衛への出向を要請するそうよ」

「ぐすっ。そうなのか、一刀?」

 

「あぁ、お前が居てくれれば頼もしいからな。春蘭」

「そ、そうか!そうだろうとも!!」

 一刀は、今の今まで掻いていた泣きべそなどどこへやら。パッと花が咲いた様に笑う春蘭に微笑みを向けた。

 

「そういう事だから――」

 華琳は春蘭を撫でるのを止め、歯ぎしりをする佳花に流し目を一つくれてから、周囲を見渡した。

「皆には、迷惑を掛けてしまうわ。一つ貸しと思って貰って構わないわよ」

「気にしない気にしない♪あそこまで赤心を見せつけられて、貸し借りの話なんか出来やしないわよ。私が行くので良いわよね、蓮華?」

 

 

 雪蓮が華琳にウィンクを返し様、蓮華に向ってそう尋ねると、蓮華は微苦笑を浮かべて頷いた。

「もう心にお決めになられているのでしょう?まぁ、姉さまが働く気になって下さったのに、私が止める理由はありませんから」

「うぅ、最近、蓮華の当たりが厳しいよぅ」

「それはそうだろう。先代の王が五体満足で食っちゃ寝し放題していれば、当代は堪ったものではないのだからな」

 

 わざとらしくおいおいと涙を拭う仕草をしてみせる雪蓮に、冥琳が溜息交じりの皮肉を投げる。

「まぁ、当家は問題ないとして……蜀はどうなのです、桃香様。僭越な物言いで恐縮ですが、愛紗が抜けては面倒も多いのでは?」

「あはは……うちは自由な人が多いから。でも、楼杏さんや白連ちゃんが居てくれてるし、猪々子ちゃんや斗詩ちゃんも頑張って手伝ってくれてるから、大丈夫です」

 

 桃香の言葉に愛紗も頷きを返した。

「正直、鈴々や蒼を独り立ちさせる良い機会でもあります。私が近くに居ると、どうしても世話を焼いてしまいますからね」

「ではこれで――」

 

 朱里が、羽毛扇で緩々と顔を扇ぎながら、ホッとした口調で言った。

「各国から出向予定となる最高位の武官の方々については、大凡(おおよ)そ、本決まりと言う事で。魏については、既にご主人様から霞さんへの出向要請も出ていますが、そちらはどうなのでしょうか、華琳さま」

 

「そうね。私としては、愛紗と同じで華侖を独り立ちさせたいと思っていたところでもあるし、そちらに仕事を振ろうかと考えているから、問題ないとは思うけれど――佳花?」

「はい。それでしたら、香風を副官として付け、少しばかり(しご)いて貰うのが宜しいかと。柳琳は、何だかんだと言って華侖に甘いですから。特に事務仕事に関しては、なし崩し的に肩代わりしてしまう事も多いですし」

 

「では、そのようにしましょう。霞に関しても、本人が拒絶しない限りはこれで良いわね。一刀、後で貴方の口から、きちんと話は通してお上げなさい。その方が、霞も喜ぶわ」

「勿論だよ、華琳。ありがとう」

「あわわ。それでは、次いでと言うと語弊がありますが、他の武官の皆さんの選定も済ませてしまいましょう。出来るだけ一度に纏めて決定した方が、今後の日程調整もしやすくなりますし」

 

 

「賛成です。一刀殿、既に腹案はおありなのでしょう?」

 雛里の発言を受けた稟の言葉に、一刀は頷きを返した。

「そりゃあね。まぁ、多少、予定が狂ったから、どんなもんかは聞いてもらってからって感じだけど」

「ではでは、我が呉からと言う事で~。今回は誰をご指名ですかぁ、一刀さん」

 

「穏、なんか言い回しが如何わしいぞ……そうだな。まず、水上戦の専門家と言えば、勿論、思春は外せないよな。ちょっとゴネられそうだけど……」

「そうかしら?私は心配はしていないけれどね」

「まぁ、口ほどには嫌がらないでしょ」

 

 蓮華の自信たっぷりの言葉に、雪蓮が愉快そうに喉を鳴らして相槌を打つと、冥琳も微苦笑を浮かべる。

「それに、近衛再編案と構想内容の話が来た時点で、水軍の方にも根回しはしてあるしな。あとは、思春が盧江から帰って来てから、閨でなり連れ込み宿でなりで北郷の人誑しの才を存分に発揮して貰えば良かろうさ」

 

「またそう言う事を……まぁ、勿論ちゃんと頼みはするけれども」

「で、『まず』って言ったって事は、まだ欲しい()が居るんでしょう?誰なのかしらぁ?」

 雪蓮が揶揄(からか)う様にそう言うと、一刀は困った様に笑った。

「茶化すなよ、雪蓮。まぁ、娘っていうか……祭さんが欲しいな、と」

 

「ほほぅ、意外な人選だな。てっきり、部隊指揮官なら粋怜殿か梨晏、諜報面でのテコ入れを考えるなら明命辺りをご所望かと思っていたが」

「うんうん。大穴で小蓮とかは予想してたけど、祭って言うのはホントに意外よね。扱い辛さで言ったら、春蘭と良い勝負だと思うんだけど」

 

「なんだとぅ!?私のどこが扱い辛いと言うのか!!」

「そう言う所でしょうよ。少し黙っていなさいな、春蘭」

「うぅ、華琳さまぁ」

 顔を真っ赤にして雪蓮に食って掛かった春蘭は、華琳の一言で叱られた子犬の様にしょんぼりと縮こまってしまう。

 

 

「ははは……いやまぁ、扱い辛いとは思わないけどさ。やっぱり、血気に逸る若手を抑えてくれる老練な指揮官は絶対に必要だし、三国の寄り合い所帯ともなれば、祭さんみたいに豪放磊落な人に潤滑油になってもらった方が、親睦が深まるのも早いだろ?それにほら、粋怜も梨晏もバリバリ仕事してるけど、最近の祭さんは……その、なんて言うか」

 

「はっきり言って良いのだぞ、北郷。書類仕事をすっぽかしておいて、『戦がのうなって暇じゃ暇じゃ』と酒の肴に嘆いておられる、とな」

「相変わらず手厳しいなぁ、冥琳は」

「事実だからな。仕方があるまいよ」

 

「まぁ、そうなんだけど。何より、魏や蜀にも、祭さんのファン……信奉者が多いからさ」

「へ、そうなの!?」

 蓮華が、公の場では珍しく頓狂な声を上げると、一刀は至極真面目に頷いた。

「あぁ。華琳たちの前でこんな事を言うのは気が引けるんだけど、赤壁の時の“苦肉の策”が、今じゃ伝説みたいに語られてるし」

 

「別に、気にする事はないわよ。確かに、『己の名誉も(いさおし)も、血の一滴すら主家に捧げ尽くした忠勇の士、敵ながら天晴な武働きだった』と称える声は、我が国でも未だに多く聞くもの。まぁ、流石に私に面と向かって言える人間は限られているようだけれどね」

 華琳が愉快そうにそう語ると、愛紗も大きく頷いた。

 

「蜀でも、一時は語り草でした。あの時、祭殿のお供をしたのは、私の麾下から募った決死隊でしたから。間近に孫呉の宿老の忠義と武勇を見て、随分と(ほだ)されてしまったようで。暫くは、酒家や食事処で祭殿の話が誰かの口に昇らぬ日はない程でしたよ」

「ふむ。まぁ、そういう事であれば――祭殿に掛かった酒代の元も取れたと言うものだな」

 

「あはは!冥琳てば、本人が居ない時くらい、祭が褒められて嬉しいって素直に言って上げなさいよね」

「喧しいぞ、雪蓮!私は別に……そもそも宿老たる者、あの位の働きはして貰って当然というかだな!」

「はいはい。鼻の穴膨らませながらそんなコト言ったって、説得力なんかないんですからねーだ」

 

「ぐぬ……」

「ふふっ。良いではないの、冥琳。私も、孫呉が誇る宿老をここまで称えてもらえたら、素直に嬉しく思うもの」

「蓮華さままで……そうして皆が祭殿を甘やかすから、あの方が調子に乗るのですぞ」

 

 

「ええ、気を付けるわ。では、我が国自慢の宿老は一刀に暫く貸すという事で良いかしら?」

「まぁ、先王と当代が揃って許されると仰るのであれば、私に否など御座いませぬよ。穏も良いな?」

「ふふふ~、勿論ですよぉ。祭さまにも人生の張り合いがあった方が良いに決まってますし~」

「じゃあ、後はうちだけだね。どうするの、ご主人様?」

 

 会議が滑らかに動き出した事で余裕が出て来たのか、用意されていた茶請けの菓子を摘まんで麦湯で流し込んだ桃香が、愛らしく小首を傾げて問い掛けた。

「そうだな。恋や霞と互角以上に騎馬を操れる翠と、祭さんと同じ様に、若手の手綱を上手く絞って貰いたいって事で、桔梗に来てもらえると助かるかな。どうだろう、朱里、雛里」

 

「そうですね……お二人とも、最近は力が有り余ってる様ですし」

 朱里がそう言うと、雛里も同意してコクンと頷き返す。

「はい。元々、書類仕事よりも身体を動かす方が好きな方々ですから。そういう意味でも、適材適所と思えます」

 

「ではでは、これで三国の出向武官組は出揃ったと言う事で~」

 風は、得心した様子でうんうんと頷た。

「軍師に関しては、選出された武官の皆さんとの相性やらお仕事やらの状況を見て、改めてお兄さんと意見を擦り合わせましょうかね~。現在も警備隊のお手伝いは持ち回りでしていますから、そちらを応用しても良いでしょうし~」

 

「そうね。流石に、文官の筆頭達は直ぐに異動と言う訳にもいかないもの。では、一刀の事に関連して、もう一つ、魏――というか、私から提案があるのだけれど」

「初耳だな。どうしたんだ華琳?」

「まぁ、身内の恥に関連する事だったから、腹案として納めていたのよ」

 

「身内の恥ねぇ。で、何なんだそれは」

 一刀が、僅かに訝しそうに尋ねると、華琳は極めて事務的な口調になって語りだした。

「出向という形の将は兎も角、直参の兵を一万以上も抱えるとなれば、流石に今まで通り、一刀に知行地を持たせないと言うのは、通らなくなってくると思うの」

 

「そうか……確かに、今迄は近衛と言っても、北郷が総取締を受け持つ警備隊に、蜀の呂布隊が加わっていただけだから、その辺りの銭の動きも個別に対応していたが、流石に一万からの職業軍人を抱えるとなると、既存のやり方で俸給を払っていては帰属意識にも関わってくるな」

 

 

 冥琳が華琳の意を汲み取って呟く様に言うと、華琳は鷹揚に頷いた。

「その通り。戦闘行為があれば、当然ながら論功行賞は行わなければならないのだし、その際の褒章を各国から個別に出していたのでは、一刀に対する忠誠心が養われない。それは、厳しい戦になるほど大きな問題となってくるわ」

 

「はわわ。元々ご主人様を元首のお一人とする蜀は兎も角、多国間での混成軍ですからね……。確かに、戦況不利に陥った時に、帰属意識が元で兵の離散など招く事にでもなれば、目も当てられません」

 朱里が悩まし気に華琳に同意する。

 

「えぇ。かと言って、蜀にばかり、新たに一万からの兵の口を贖う規模の予算を公費で都合しろと言うのも、吝嗇に過ぎると言うものでしょう。私の所では、客将として十分と考えられる額の俸給を出してはいるけれど、それだって当然、私兵を養える程ではなし」

 華琳の言葉を受けて、蓮華も成程と頷いた。

 

「我が呉でも、一刀に『知行地はいらない』と言ってもらって以降、その言葉に甘える形で、孫家から文官として俸給を出しているだけの状態だったしな」

「まぁ、魏にしろ我が国にしろ、それはそれで『閥を作らぬ』と意思表示にもなり、結果としては、北郷が受け入れられ易くなる要因の一つとなり得た、とも言えますが……」

 

「あはは……それでも、結果論ではあるわよね~」

 僅かに気まずそうに乾いた笑い声で冥琳に同調する雪蓮に、桃香も苦笑いで応える。

「うちに至っては、私とご主人様はお小遣い制だもんねぇ」

「正直、それで困ってなかったしなぁ」

 

「でも、流石に三国の調停役でもあるお兄さんが、自分の財源となる知行地を一切持っていない、というのは、抑止力としての迫力に欠ける部分ではありますね~。我々の代は兎も角として、代替わりが進んでいけば、ちょっとした小競り合いなんかが乱世の機運に繋がってしまいかねない訳で~。最悪、征伐という話になった時に、『独自に兵を動かせる』という手札を建前としてでも持っていないと、地方豪族や若い官に舐めてかかられてしまうかも、ですし~」

 

「まぁ、今ですら、若手からは既に『盟主様』みたいに扱われる事も多くなって来たし、いい加減、そういう事も考えなきゃいけないのは分かるんだけど、でも、武力を持ちすぎると、やれ簒奪を狙ってるだの何だのって覚えのない醜聞を立てられるかもだしなぁ」

 一刀が肩を竦めてそう言うと、華琳は、上手く質問に答えられた生徒を見る様に、満足げに目を細める。

 

「そうね。ともすれば、貴方が少しずつして来た事……権力と権威を分けて、それぞれが互いを補い合う事で国を回す両輪とする、という思惑を壊してしまいかねない。それでも私は、今この時代にあって貴方は知行地を持つべき、と言わせてもらうわ。何時の日か貴方の志を継ぐ、この中の誰かの子の為にもね」

 

「―――そうだな。必ず罵苦に勝って、何時か生まれてくる俺たちの子供らに、未来を示してやらなきゃいけないもんな」

 一刀が、どこか遠い目をして華琳の言葉に頷くと、その場に居る(約一名を除いた)全員が、その未来が必ずやって来る事を信じきった優しい瞳で、頷きを返してくれた。

 

「そんな訳だから、我が魏の領土―――徐州の広陵から下邳に跨る一帯の統治権を、一刀に移譲しようと考えているわ」

「か、華琳様!!?」

 全員が茫然と口を開けるしかなかったその場で、唯一声を上げる事が出来たのは、彼女の懐刀を自認する佳花だけだった。

 

 とは言えそれも、悲鳴を上げると言って差し支えないものではあったのだが。

「お待ちください華琳様!あの地域は地味肥え、遼東・黄河・長江への海路と湊までをも有する、陸路と水運の要衝でございます!それをむざむざ、北郷にくれてやるなどと!どうか今一度、お考え直しあそばされますよう!」

 

「いいえ、佳花。もう決めた事よ。一刀ならば、桃香と共に徐州を治めていた経験もあるし、下邳ならば彭城からもほど近いから、民の反発も少ないでしょう。それに、呉にとっても良い話よね?」

 華琳が水を向けると、蓮華はハッと我に返って頷いた。

「それは勿論……あの一帯は、寿春・合肥と並んで、魏と呉が(しのぎ)を削った最前線であり、建業にも近い。そこに、一刀の直轄領が出来ると言うのであれば……明け透けに言ってしまうと、将来、万が一の事態が起こった時、寿春は言わずもがな、准水が流れ込む荊州に至るまでの緩衝地としても期待できるからな。しかし――」

 

 

「成程。『身内の恥』というのは、この事でしたか」

 冥琳が全てを料簡した様子で唸る様に言うと、華琳は溜息を吐いて頬杖を突いた。

「えぇ。土地を隣する呉の面々はもう察しが付いているでしょうけれど、下邳を任せている文欽(ぶんきん)という将の素行が、目に見えて悪化していてね。最近、小沛に入れていた毌丘倹(かんきゅうけん)という将と親しくして、抑えが効かなくなってるらしいのよ。文欽は軍議でも名が出ているし、一刀は何度か直接、顔を合わせている筈だけど、覚えていて?」

 

「あぁ。確か、背の高いガッシリした男だろう?華琳と一緒の時に挨拶を受けた位で、ちゃんと話した事はないけどな。でも、軍議では皆、褒めてたよな。勇敢な指揮官だって」

「そうだろう。我が呉にとっては頭の痛い将だった。国境線を僅かに押し上げたと思えば、すぐさま戻されてな」

 

 蓮華は神妙な面持ちで応えて、溜息を吐いた。

「あれほどの将才が、謀反とは」

「正確には、まだ謀反という訳ではありません」

 華琳に代わって、稟が口を開く。

 

「ただ、限りなく謀反に近い状態ではありますが。毌丘倹と近くなってからは、嫡子の文鴦殿のお諫めにも応じなくなり、素行は日増しに悪くなっているそうで――具体的には、正体を失う程に酒に酔い、庶人に暴行を働いたり、中央に許可を求めずに徴兵を行おうとしたり、虚言の不作を理由に免税を申し出て来たり――あくまで噂の範疇であれば、遼東からの貿易の品を(わたくし)しているなどという話もありますね」

 

「それはもう、謀反なのではないですかぁ~?」

 穏が呆れた様に言うと、流石の稟も言葉を詰まらせたが、華琳がそれを引き継いだ。

「今、稟の話に出て来た嫡子の文鴦(ぶんおう)というのが、若いのに出来た子でね。何かある度に父を諫めては、見事な詫び状を添えて後始末の報告をして来るのよ。余りにいじらしいものだから、様子を見ていたのだけれど……まぁ、稟の繰り言になるから、後は省略させてもらうわよ。そういう訳で、次の税の徴収期に、自分でこちらに届けに来るよう、申し渡そうかと思っているわ。毌丘倹にも、同様にする心算(つもり)よ」

 

 

「ふぅん。素行不良の仲良し二人組に、同じ時期に揃って都への召喚を命じる訳か」

 一刀が苦笑いを浮かべてそう言うと、華琳は冷艶に微笑みを返して見せる。

「えぇ。手間が省けるでしょう?“色々と”ね」

「俺が言えた義理でもないけどさ、華琳」

 

「何よ?」

「お前の悪癖は、俺なんぞの比じゃないよな」

「ふふ、人生の細やかな潤いというやつよ。久し振りで嬉しいでしょう?」

「懐かしい気持ちが溢れすぎて涙も出ないよ。それで、もう一人の――毌丘倹?そいつはどんな人物なんだ?特徴的な割に、軍議とかじゃあまり聞かない名前だけど」

 

「そうですね~」

 風が、咥えた飴を口から離して、華琳に代わって一刀に答える。

「一言で表すと、白蓮さんの下位互換でしょうか~」

「何だか、分かるような分からないような例えだな……」

 

「ん~、もっと正確に言いますと、『野心だけは人並み以上なくせに詰めの甘い白蓮さんの下位相互』、ですかね~」

「どんどん救いようがなくなって行く上に、白蓮への熱い風評被害を感じずにはれないな、おい」

「そんな事はありませんよー。むしろ、何でも人並み以上にそつなくこなせて、野心に駆られて裏切ったりもしないから周囲からの信頼も厚い白蓮さんを、心から褒めている心算ですし~」

 

「そうそう!白蓮ちゃんは、私の自慢の親友なんだから!」

 白蓮を褒められたと素直に受け取った桃香が、豊満な胸を更に大きくしてうんうんと嬉しそうに何度も頷くと、華琳は微苦笑を浮かべて話を戻す。

「つまりまぁ、帯に短し襷に長しと言うような男よ。とは言え、人並みの仕事は何でも出来るという点では便利でね。小沛の様な小さな城を一つ任せる分には、とくに可も不可もなくの結果は出せる程の人物、と思ってもらえればいいわ」

 

「成程な。ふむ――」

 一刀は暫く卓の上に視線を彷徨わせてから、再び華琳を見る。

「で、その召喚命令は何時ごろに出す心算で居るんだ?」

「そうね。流石に直前と言う訳にもいかないでしょうから、徴収月の前月の初週には」

 

 

「と言う事は、最長で四か月くらいか……時間がないな」

「最短で見積もっておきなさい。三か月よ」

「参ったね、どうも」

「何も、一から新兵を鍛えろと言っている訳ではないでしょう。何とかして見せなさいな。第一、望んだ通りに万全の状況で始められる戦など、ありはしないのですからね」

 

「そりゃあもう。嫌という程、身を以て勉強させて頂いたさ。なぁ、桃香?」

「ん?うん、そうだねぇ。何時も何時も、大変だったよぉ」

 桃香が、一刀の言葉に含まれた華琳への皮肉に気付いているのかいないのか、ぽやんとした笑顔で答えると、ふっと場の空気が軽くなった。

 

「よし。じゃあ、今ここで出向に同意してくれている愛紗・春蘭・雪蓮は、迅速に自分の麾下から連れて来る人員の編成に移ってくれ。この場に居ない将への要請は、一両日中に俺がやっておく。各々、編成が完了次第、呂布隊と合流して、野戦での連携に注力した練兵を開始してもらいたい。募集を掛けて集める予定の兵員に関しては、一大隊分の人員が確保できた順に、随時、訓練に合流させる。部隊の総括は暫定的に既に近衛付きの音々音に任せるが、軍師陣の調整が終わり次第、立ち上げた参謀部で引き継いで分担を再検討する」

 

「しかし、ご主人様」

 愛紗が律儀に挙手をして、一刀に疑問を投げかけた。

「時が無いのは承知しておりますが、その方針では兵の練度に差が出てしまい、返って軍勢としての質が落ちてしまうのでは?」

 

「そちらの調整は、凪と沙和に一任しようと思ってる。二人は練兵に関しては一流だし、俺の呼吸も良く汲んでくれるからな。皆も、自分のところに編成される兵をどう仕上げて欲しいのかを早い段階で二人に伝えて、議論と情報伝達を密にしてくれ。それぞれ忙しくなるのは承知の上だけど、個別ではなく、出来るだけ顔を揃えて話した方が連携取り易いだろうと思うから、都合を付けて貰えるとありがたい」

 

「ん?では、真桜は参加しないのか?」

 愛紗を含めた担当武官たちが頷くのを見ていた蓮華が素朴な疑問を口にすると、一刀は一つ頷く。

「あぁ。真桜は今、別口で俺の仕事を請け負って貰ってるから手が離せん。そちらが落ち着いて来たら工兵の練兵を見てもらう事になるだろうが、暫くは無理だ」

 

 

「そう言えば、この前の私の当番を朱里殿に引き継いだ機に、警備隊の仕事も免除するという話が通達されていましたね。別口の仕事とは、そちらの方でもないのですか?」

 稟が不思議そうに尋ねる。

「あぁ。ほら、皆にも話だけはしてるけど、地下に出来た――」

 

「あ~、一刀さんの秘密基地ですか~」

 穏が屈託なくそう言うと、一刀は照れ臭さと気まずさが綯い交ぜになった様な顔で溜息を吐いた。

「秘密基地ってお前――いや、確かにそうだと言いわれればそうなんだけどなぁ……」

「で、そこで貴方の装備でも作らせているの?」

 

 華琳が、片眉を吊り上げて僅かに興味を覗かせる。

「まぁね。その辺りも、皆を案内する時に詳しく話そうと思ってるよ」

「では、楽しみにしておくとしましょう。来月辺りまでには、皆の予定も纏められそうだしね」

「あぁ。出来れば、また罵苦の来襲がある前には、とは思っては居るけど、いざ案内するとなると、半日掛かりにはなりそうだから、個別にとなると時間がな……皆にも、またぞろ飛んでもないもんの世話を任せる事になる上に、無理に予定まで調整してもらって、申し訳ないと思ってるよ」

 

「なに、気にするな北郷」

 冥琳は肩を竦めて、最早、諦念を得た感もある遠い眼差しであらぬ方を向きながら、麦湯を一息に飲み干した。

「やれ人を喰う化け物だの、お前に哪吒太子(なたたいし)も斯くやの力を与える鎧だの、涼州から益州までを半日で駆け抜ける馬だのと、散々に常軌を逸した代物を見せつけられて来たのだ。今更、奇怪な筋肉ダルマがたった一人で一月も掛からずに我らの足元に巨大な軍事基地を作ったから、その運営を手伝えなどと言われた位で、驚いたり腹を立てたりなどするものか。はっはっは、喜んで承ってみせるとも」

 

「ちょ、冥琳、真顔で爽やかに笑ったりしないでよ。怖いんですけど!?」

 雪蓮が若干、引き気味に冥琳にツッコミを入れてみるが、当の冥琳は特にリアクションもせずに、凄味すら感じる穏やかな笑顔で急須から麦湯のおかわりを注いでいるばかりである。

「いやもうホントに申し訳ないとしか……」

 

 

「あはは……あまり気にするな、一刀。ほら、受け止めるのに掛かる時間は人それぞれと言うか、ね?冥琳も、じきに慣れるわよ――多分、きっと」

「えーあー、それでは!」

 気まずそうな蓮華の様子を見かねた朱里が、大きな声でフォローに入る。

 

「華琳さまからお申し出のあった件に関しては、次回、改めて詳しい議論を行うとして、差し当たり、北郷一刀さまの近衛隊再編案に関しましては、この辺りで議論を決して宜しいでしょうか?」

「そうね。あとはまぁ、ここで出す議題と言う程ではないにせよ、帰属意識を高める方策の一つとして、部隊名なども考えておくと良いかも知れないわね」

 

 華琳の言葉に桃香が『おぉ!』と声を出して、手を叩いた。

「柳琳ちゃんの所の虎豹騎みたいな感じだね!カッコいいもんね、あれ!」

「そうね。外連味というのも兵の士気に繋がる部分ではあるし、相対する敵への威武にもなるでしょう」

 

「じゃあ、俺一人で考えてもなんだし、次の三国会議までの期間に武官・文官問わず公募でも掛けようかな。で、次の会議で選考って事で。休閑話題としてもちょうど良いんじゃないかと思うんだけど、どう?」

 

「ふん。アンタにしちゃ気が利いてるんじゃない?選抜されなかった将も、設立に参加した気分を味わえるでしょうし」

 珍しく一刀の意見に同意を示した佳花の言葉を受けた朱里が、他に意見のある者が居ないかを確認する為に、一度、周囲を見渡してから、議事を進行する為に口を開いた。

「では、北郷一刀さまの近衛再編案に関しては、これにて。次の議題は、都郊外南西の灌漑工事および、それと並行して行っている開墾についてですが―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北郷、少し良いか?」

 三国会議が恙無(つつがな)く終了し、夕日が差し込む渡り廊下の隅で紫煙を燻らせていた一刀の元に秋蘭が足音も無く近づいて来て、声を掛けた。

「おう、秋蘭。見ての通り一服中だから、別に構わないぞ。てっきり、華琳たちと帰ったかと思ってたよ」

 

「うむ。先ほど華琳さまに御許しを頂いて、今日はお(いとま)を頂戴したのだ」

「そうか。んで、話ってのは何なんだ?」

「あぁ……その、すまなかったな」

「へ?何が?」

 

「いや。姉者の面倒を、お前に押し付けてしまう様な形になってしまって。お前にも、事前に考えた構想があっただろうに」

「はは、そんな事か。気にしてないよ。春蘭が俺の身を案じて我を通そうとしてくれるなんて、寧ろ嬉しかった位さ」

 

 一刀が、短くなった吸い差しを火種にして新しい煙草に火を点けながらそう言うと、秋蘭は穏やかに微笑んで頷いた。

「そう言って貰えるとありがたい。宛城の一件からこちら、姉者は姉者なりに、お前の事を案じていてな」

「何だかんだで、面倒見が良いからな。春蘭は」

 

「水臭い言い方をするな、一刀。姉者はお前に惚れているからこそ、ああして世話を焼きたがっているのだろうに」

「そりゃまぁ、俺を想って貰えてるなら本当に嬉しいんだけどさ。俺からそんな言い方をするのも、何だか自惚れてるみたいでな。気障(キザ)ったらしいだろ?」

「あっはっは!」

 

 秋蘭は、一刀の言葉に暫しポカンと口を開けてから、珍しく大きな笑い声を上げた。

「おいおい、今のどこに笑うトコがあったんだよ」

「くっくっ!いや、すまん……しかし、自覚が無かったのかと思ってな」

「えぇ……俺って、そんなに気障かなぁ……」

 

「うむ。以前から“その()”はあったが、こちらに還って来てからは特に、な」

「そうか。そんなにか……」

「まぁ、そういう所も含めて、皆がお前を好いているのだ。それで良かろうさ。それでな」

 秋蘭は、照れ臭そうに頬を掻く一刀を愛おしげに見遣って、話を元に戻した。

 

「お前にばかり姉者を押し付けてしまっては申し訳ないし、私も出来るだけ姉者の補佐として顔を出す心算で居るのだが、お前の許しを貰いたくてな」

「え!?いや、そりゃ俺としてはありがたいけど、外交やら内政やらその他諸々、大丈夫なのか?」

「ふふ、私は姉者ほど直情ではないさ。机仕事に関して手を抜く心算はないが、季衣や流琉をもう少し鍛えてやらねばいかんと言う理由もある故、適度に出張が入ってくれるのは寧ろありがたいのだ。それに、あくまでも出張という名目で非常勤の状態にしておけば、蜀や呉への面目も立つだろう?無論、華琳さまも全てご了承下さっている事だ」

 

「まったく。薄々、分かっちゃいたけど、最初から華琳と企んでいたんだろ?」

「まさか。具体的に話を詰めてなどいなかったさ。ただ、先程の会議でも少し話したが、姉者は心の内を、朧気にではあるが私や華琳さまには何度か語ってくれていたからな。もしも姉者が本気でそう言い出した時には、したいようにさせてやろうと言う程度の申し合わせをしていたに過ぎんよ」

 

「それを世間一般では、『企む』って言うと思うんだけどな……」

「まぁ、そう言うな。一刀とて、姉者が書類仕事を山と溜め込む事に頭を抱えずに済むのは、十分な利だろう?」

「それに、春蘭が素直に言う事を聞いてくれる人間が居てくれるのもな」

 

「それこそ、もう少し自惚れろと言うのに。姉者が言う事を聞く男など、お前くらいのものだ。あれが甘噛みだという事くらい、お前も分かっていよう?」

「あのな、秋蘭。獅子だの虎だのの甘噛みは、一般人には致命傷なのよ?」

「ふ、その言い草が気障りだと言うのだ」

 

 

 秋蘭は肩を竦めて微笑みを浮かべ、相対していた一刀の横に並んで欄干に腰を預けると、漸く吹き出した涼やかな風に僅かに乱れた髪を梳いて、再び一刀に視線を向けた。

「で、だな。今日は、お前に随分と多くの我儘を聞いて貰った事でもあるし、その礼に私と姉者で夕餉を馳走したいと思うのだが、都合はどうだろうか?」

 

「お、秋蘭が作ってくれるのか?」

「所望とあらば腕を振るうのも吝かではないが、それでは姉者の分の礼を払いきれんからな。第一……」

「うん?」

 

「城や屋敷ではその……邪魔がな、入るかも知れんだろう」

 一刀は、夕焼けを背にした秋蘭の頬に僅かに差した朱の色に言わんとしているところを察して、控えめに笑った。

「そうか。じゃあ最近、北地区に出来た紅竜飯店はどうだ?前に一度、行ってみたんだけどな。料理も酒も中々だし、部屋の設えも――こっちは話に聞いただけだが、悪くないらしい。特に、寝台が広くて寝心地が良いってさ」

 

「ほう。それは是非とも試してみねばな。もしも噂通りなら、賓客に宿を紹介しなければならん時にも役に立とうし」

 秋蘭は冗談めかして大真面目に頷いてみせると、ふいと視線を外して、一刀の後ろに遣った。

 一刀も、自信に溢れたヒールの靴音に気付いて秋蘭と同じ方に顔を向ける。と、雪蓮と桃香が連れ立ってやって来るところだった。

 

「あら、お邪魔だったかしら?」

 雪蓮がそう言って微笑むより数瞬早く、秋蘭は欄干から腰を上げて小さく会釈をしていた。

「いえ、雪蓮さま、桃香さま。こちらの用事は済みましたので。ではな、北郷。店は私たちで予約しておくので構わんか?」

 

「あぁ。暮六(くれむ)つの鐘が鳴る頃には顔を出せる様にするよ」

「承知した。では、お二方、これにてご無礼」

「えぇ。またね、秋蘭」

「お疲れ様~」

 

 雪蓮と桃香は手を振って一礼して去って行く秋蘭を見送ると、揃って一刀に向き直った。

「流石よね、良い引き際だわ。それにしても、相変わらず逢い引きのお誘いが引きも切らないのね。妬けちゃうわ~♪」

「別に逢い引きでもないさ。春蘭の我儘を聞いてくれたからって、晩飯を奢ってくれるって話でな。それに、出来るだけ春蘭の所に顔出して、手綱の具合を確かめてくれるそうだよ」

 

「あら。魏武の大剣だけじゃなく、随一の名将まで事実上、囲い込んだの?相変らずのお手並みね」

「そんなんじゃないって。話によると、最初から華琳と話し合ってたみたいでさ」

「そうさせてるって事が既に、一刀のお手並みなのよ」

 

 一刀は、揶揄うつもり満々の雪蓮の茶々を肩を竦めてスルーすると、二人の様子をニコニコと見守っていた桃香に視線を移した。

「雪蓮の気まぐれは何時もの事として、桃香がつき合ってるなんて珍しいな」

「あ、ヒドいわね~。私は、帰り道に母様が都に顔を出すって手紙を使い番が持って来たから、わざわざ知らせにきて上げたのに!」

 

「へ、炎蓮さんが!?俺たちが都に来てからこっち、寄り付きもしなかったのに?」

「流石に諸国漫遊にも飽きたのか、路銀をせびりに来るのかは定かじゃないけどね。一刀は会いたいかと思って」

「そりゃ、勿論、会いたいさ。“こっち”に帰って来てから、一度も会ってないんだし」

 

「ま、手紙を出そうにも何処に居るのかも分からなかったしね。ただ、一年ちょっと前に建業に帰って来た時に一刀が天に帰った事は伝えたし、会いに来るんなら、私たちから事情は説明しといて上げるわ。今の一刀がいきなり目の前に現れて真名を呼んだら、勢いで斬られちゃうかも知れないもの」

「ははは……笑えないな、おい」

 

 一刀は、嫌な汗を掻いて頬を引き攣らせた。

 実際、孫堅こと炎蓮が覚えている一刀は、まだ十代の少年だった頃の姿のままだろう。

 今の三十路男の姿を見たら、直ぐにそうとは分からないかも知れない。

「あ、そうだ!ならさ、祭の出向の話も、ついでにその時にしちゃいなさいよ」

 

「ん?あぁ……まぁ、祭さんを見出したのは炎蓮さんな訳だし、ある意味、筋は通せるだろうけど」

「でしょ?どうせ雷火辺りはブーブー文句垂れるだろうけど、母様からも了承を得られれば、流石に長々と煩くは言わないだろうしさ」

「やれやれ、雷火さんも散々だなぁ。皆の事を想って言ってくれてるのに」

 

 一刀は、張昭こと雷火の苦虫を噛み潰した様な顔を思い浮かべて、微苦笑を浮かべる。

「良いのよ、雷火にはこれ位で。放って置いたら、喜々として一日中お説教なんだから。まぁ、私の話はこんな軽いものだけど、桃香のは少し重いんじゃない?」

「え!?あはは。私はほら、今日、お母さんの所に泊まりに行っていいか、ご主人様に訊こうと思って――確かに、少しお話したい事もあったけど……」

 

「そうか。でも、義母上(ははうえ)が居る場所はお前の実家も同然なんだから、一々、俺に許可なんて取らなくたって、好きな時に来れば良いさ」

 桃香の母である梅香(まいか)は、今は一刀が新しく建てた別邸に、故郷の楼桑村から連れて来た身の回りの世話をしてくれている使用人夫婦と共に住んでいるのだ。

 

「うん。ありがとう、ご主人様。それで、ね」

「さっきの、華琳の話の事だろ?」

 一刀が、言いにくそうにしている桃香に助け船を出してやると、桃香は愛らしい瞳に僅かな(かげ)りを見せて、小さく頷いた。

 

「きっと、雪蓮さんが居る場で私が言って良いような事じゃないんだろうけど……」

「あら。華琳の事だから、寧ろ私たちが話し合って心中を察する事こそ望んで居ると思うけれどね。尤も、今の私は君主じゃないから、本来なら蓮華が居た方が良いのでしょうけど」

 

「そうなのかなぁ……でも、華琳さんはその……ご主人様に、戦争をさせたいんだよね。勿論、ご主人様に知行地をって言うのは、本当に思ってくれてるんだろうけど」

「勘違いしてはいけないわよ、桃香」

「え?」

 

「これは戦争ではないわ。というか、まだそうなると決まってもいないけれど――でももし、武力で事を決するとなったとしたら、それは反乱の征伐であって、国同士の戦争ではないの。言葉遊びに聞こえるかも知れないけれど、その言葉遊びこそが大事な時もあるのよ」

「戦争じゃなくて、征伐……」

 

 

 桃香は、噛み締める様にそう言って、どうにか自分を納得させようとするかの様に、強く瞼を閉じる。

「そう。そして一刀には、三国同盟の盟主として、魏王曹操から下邳の土地と民の統治権を譲られた為政者として、世を乱す者とどう対するのかを天下に示す義務がある。おそらく、色々とある華琳の目的の第一義は、そこでしょうね」

 

「ご主人様が、反乱に――反乱した人にどう対処するかを皆に見せるって事ですか?」

「そうよ。良くも悪くも、今迄の一刀と貴女の評価って混然一体だったもの。相や牧をやっていた時も、事実上は貴女の判断と同然の物として、一刀は国事を採決して自分の花押も使っていたのだし、蜀を建国してからは、正式に二頭君主制にしたじゃない?」

 

「はい……」

「でもそれって、常に貴女と一刀がお互いの判断に影響力を持っていて――今も持ち続けてるって事だもの。私たちみたいに親しく交わっている人間は別だけど、外の人間からすれば、貴女と一刀、二人の折衷案の結果しか見えてない訳だからね。劉性として時勢の矢面に出ていた貴女は兎も角、三国同盟の盟主その人の為人(ひととなり)が見えていない者は、貴女が思っているより遥かに多い筈よ。まして一刀は、洛陽とは距離を置いて来たのだし」

 

「だからこそ今、ご主人様がご主人様として、軍勢を率いて戦ってみせないといけない、って事なんですね……」

「そうよ。蜀の大徳の写し身ではなく、三国同盟の盟主として立たなくちゃならないって事。ま、とは言っても――」

 悲しそうに俯く桃香を励ます様に、雪蓮はポンポンと桃香の肩を叩いた。

 

「さっきも言ったけど、別に今から戦になるって決まった訳ではないのだし、そんな顔しないの!華琳だって別に、戦で解決したいと思ってた訳じゃないからこそ、今の今まで穏便に事を運んで来たのだし、一刀だっていきなり難癖付けて征伐しようなんて思ってる訳じゃないんだから」

「そうさ。華琳だって、『準備はしておけ』って口ぶりではあったけど、必ず戦でケリ付けろなんて言ってなかったろ?敢えて指定が無かったって事は、『方法は任せる』って事なんだよ、華琳の“試験”の場合はな」

 

「じゃあ、ご主人様も、外交で解決できないか考えてくれる?」

「勿論だ。一度、戦となったら、一人の兵も損なわずに終わらせる事なんて、それこそ臥竜鳳雛や美周郎にだって出来やしないんだからな。とは言え――」

 

 

 一刀は、桃香の柔らかい髪を一撫でしてやってから煙草に火を点けて、溜息と共に紫煙を吐き出した。

「文欽の領地を召し上げて俺の知行地にって話を(おおやけ)にする時期が、そのまま文欽への猶予期間の一か月だからなぁ。毌丘倹や文欽の周囲からの評価を鑑みるに、調略そのものはそれほど難しくないだろうけど、この時勢で謀反を起こして取れる有効手となると――」

 

「独立を宣言して引き籠る、くらいしか無いわよね~。ひと昔前なら、それこそウチに亡命を求めて、所領安堵(しょりょうあんど)を条件に呉に編入って言う手段もあったでしょうけど」

 雪蓮が困った様に蟀谷をポリポリと掻きながらそう言うと、一刀も煙草の灰を煙草盆に落としながら頷いた。

 

「そうなんだよなぁ。しかも常套手段としては、周囲の豪族や有力者の妻子を下邳城に人質として集めて――ってのまであるからなぁ……」

「そっか。今の状況じゃ、何処に攻め込む訳にも庇護を求める訳にも行かないもんね。最初から誰にも頼らずに引き籠ろうって考えられたら、話し合いも出来ないかぁ……」

 

「なに、文欽か毌丘倹が日和ってくれる事だって考えられるんだ。機を見て乾坤一擲そこを突ければ、すんなり事が運ぶ可能性はまだある。最初から外交での解決を捨てる必要はないさ。兎に角、どう転んでも犠牲は最小限にしたいし、多方面から考えてみるよ」

「えへへ。ありがとう、ご主人様。でも、もしも文欽さんや毌丘倹さんが民の人達を無理やり戦わせる様な事をしたら、その時は、ちゃんと懲らしめてやってね!乱世を治める為に命を懸けてくれた人たちの為にも、そんな事は、絶対に、絶対に許しちゃいけないから」

 

 一刀が、力強さを取り戻した桃香の瞳に頷きを返すと、桃香は安心した様子で笑顔を見せ、ふと小首を傾げた。

「そう言えば雪蓮さん、さっきは『華琳さんには目的がたくさんある』って言ってたけど、それって何なんですか?」

 

「まったくもう、桃香は抜け目ないわよね。そんな可愛い顔して尋ねられたら、素直に教えて上げたくなっちゃうじゃない!」

 雪蓮がふざけて桃香に抱き付き、頭をわしゃわしゃと撫で付けると、桃香は目を白黒させて固まってしまった。

 

「ふえぇ!?ごめんなさい、そんな心算じゃ……あうぅ」

「んもう、蓮華にもこれ位の可愛げがあればいいのにぃ~」

「ははは。なら、同じ様にやって上げれば良いじゃないか。きっと真っ赤になるぞ」

「え~、やぁよ。照れ臭いもの――それで、華琳の目的だったわね」

 

 雪蓮は、揉みくちゃにした桃香を解放すると、人差し指を振って教師の様に話を始めた。

 「そうね。じゃあ桃香、華琳の――いいえ、魏と言う国の弱点を考えてみて?」

「えっと……魏の弱点、ですか?う~ん。参軍の人達はみんな優秀だし、資源は沢山あるし、騎馬兵も歩兵も強いし……やっぱり、水上戦とか?」

 

「違う違う。そう言う戦術的な事じゃないわ。国と言う、“統治機構としての弱点”の事よ。私たちが同盟して華琳と戦った時に、それを織り込んで大戦略を決めなかった?」

「あ!領地が広過ぎて統治が大変だって事だ!」

「せ~かい♪」

 

 雪蓮は、桃香の髪をまたもわしゃわしゃと撫でてやる。

「運もあったと思う。でも、何より華琳と側近の将たちが優秀だったお陰で、普通じゃ絶対に有り得ない程の短期間で中原をほぼ掌中にした。それまでは良いけど、今度は手に入れた土地を完璧に治めきれるだけの人材も兵も、圧倒的に数が足りていなかった――この前の張繍にしても、今回の毌丘倹と文欽にしても、華琳ほどの完璧主義者なら、本来はあんな立場には置ておきたくはなかったかも知れない。でも、置かなきゃいけなかったのよ。確かに戦争は無くなったけど、たった三年追っつきの時間で、広大な中原の全てに置ける程の適材なんて、育ちようも探しようのないんだから。で、華琳の事だから、お腹の中で色々と考えて、結果として貴女のマネをしてみようって気なったんでしょうね」

 

「私のマネ?」

「そっ、手に余る荷物だと思ったら、思い切りよく捨てれば良いって事よ」

「え!?じゃあ……」

「それからは、自分に取って最も有効に使えて、尚且つ自軍の諸将を納得させられるだけの大義名分と適格な土地が揃う時を、じっと待ってたんでしょうね。ホント、おっかない女よ」

 

「いくら平和になったとは言え、王としては、軽々しく領地を他国にくれてやるなんて出来る筈もない。だが、三国同盟の盟主である“俺個人に”独自の直轄地をあてがうと言う名目であるならば、少なくとも参軍格の将の理解は得易いばかりか、魏武曹操の気前の良さの喧伝まで出来る、と」

 

 

「まして、言い出したのが春蘭の出向を言外にゴリ押しした直後だもの。あの時、私は確かに『貸し借りなんて』って言ったし、真実そう思ってもいるけど、あの時機を見計らって、事実上の対価として領地を差し出すなんて言われたら、後々の難癖の材料にも使えやしないしね」

「しかも、蓮華に言わせてた俺が下邳近辺を領地にした時の呉への利点は、逆説的に魏への利点だからなぁ」

 

「あら、気が付いてた?」

 雪蓮がわざとらしく目を丸くしてみせると、一刀は肩を竦めて、二人の言葉を咀嚼しようと腕を組んで考え込んでいる桃香への講義に、自分も参加する事にする。

「良いか、桃香。下邳から広陵に掛けての地域は、確かに呉からすれば、建業に最も近い魏との激戦区の一つだった。しかも、広陵から北の地域は、自国領から海路を使って物資や兵員を長江の北に大規模輸送できる湊まで有してるから、橋頭保として、少しでも国境線を押し上げておきたい地域だった訳だ」

 

「うん。佳花ちゃんも言ってたもんね。陸路と海路の要衝って」

「だが魏からすれば、敵の本拠地から目の鼻の先の激戦区でありながら許昌からは遠すぎる上に、水運輸送で纏まった兵員や物資を送るとなれば、北海かその手前あたりから大回りをしなきゃいけないし、陸路で補給線を構築するとなれば、これまた北から大回りするか、小沛と彭城とを経由して、呉の前線基地である寿春を横目に警戒しながら、最短経路を取らなきゃいけないって事になる」

 

「でも、ウチと敵対するのなら捨てる訳にはいかなかった。ウチにとっての利点を潰しておかなきゃいけないし、何より建業に近いと言うのは、一度、戦局が魏に傾けば、大きな有利点にひっくり返るから。正に痛し痒しよね」

「だが現状、呉と敵対するという状況がないから、無理やり維持しておく必然性が無くなった。ましてや、国防費を割いて守将と大規模な兵員を駐屯させおく意味に於いておや、だな」

 

「主要な湊に関しても北海近辺に集中させれば良いだけだし、寧ろ管理が楽になる位なんじゃないかしらね。それに、下邳を任せるのが一刀だからね。この意味が分かるかしら、桃香?」

 桃香は、雪蓮の問いに答えようと、暫し懸命に唸っていたが、ふと顔を上げて一刀の顔をまじまじと見つめた。

「ご主人様なら、ちゃんとお願いすれば湊を使わせてくれるから?」

 

「またまたせーかい♪」

「俺、まだ何にも言ってませんけれども……」

 今や当たり前の様に桃香の頭を撫でる雪蓮に一刀が非難がましい視線を向けるも、雪蓮は気にも留めない。

「あら、じゃあ断るの?」

 

「まさか。華琳の事だからタダでとは言わないだろうし、湊も栄えるし、言う事はないね」

「でしょー♪」

「そっか!それなら呉も同じ様に、ご主人様に湊を使わせて貰えるから、余計に華琳さんに文句を言う理由が無くなるね!」

 

「おっ、調子が出て来たわねぇ。その通りよ。しかも、蓮華が言っていた通り、“天の御使いの直轄領”という、絶対不可侵の緩衝地帯まで作れるってわけ。まぁ、私の立場としては、そこまでの鬼手を思い切り良く打たれると、何か素直に喜べないけどね~」

「『損して得取る』ってやつのお手本みたいな采配だな」

 

 一刀が同意して頷くと、桃香は溜息を一つ吐いて、指を折り始める。

「えっと、春蘭ちゃんの出向の対価の名目で、皆が立場ある将を出向させる事に文句を言われないだけのものとして差し出すけど、湊はこれまで通りに使える。ご主人様がどんな風に反乱に対応するのか試せる。自分の国の弱点を内輪の反対を受けずに潰す。防衛上、面倒な地域に、相手も手を出せない緩衝地帯を作る。しかも、損は最小限に、自分の風評は高められる……か。ねぇ、ご主人様、雪蓮さん」

 

「うん?」

「なぁに?」

「私たち、なんであんな人に勝っちゃったんだろ?」

 桃香の心底不思議そうな問いかけに、一刀と雪蓮は、顔を見合わせて曖昧な笑みを浮かべるしかなかった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 あとがき

 

 

 はや、約三年振りの投稿となってしまいました。

 まだ恋姫関係の二次創作を追っている方がいるしょうか……(笑)。

 私としては、英雄譚の辺りからこの話を書き始めてはいたのですが、革命シリーズ始動の情報、英雄譚に登場した新キャラが思いの他、濃かった事などがあって、様子を見ながらでないとストーリーの統合性が取れなくなる恐れがあると思い、少しづつ書き進めながら、新キャラをどう組み込んで行こうか、など色々と考えておりました。

 

 流石に、構想が出来上がっていた今回(もしかしたら次回)までは、大っぴらに新キャラを出せませんでしたが、少しずつ出していく予定です。

 また、まえがきでも少し書きましたが、革命シリーズに於ける蜀編に関しては、ほぼ刷新されている事に加え、桃香の掘り下げの代わりに一刀の出番や立場を悉く奪っていると言っても過言ではない改変(個人的には改悪と言って差し支えないとすら思っています)が行われており、それに付随する形で、英雄譚の頃から兆しのあった、桃香のキャラをより聖人君子に近付けようと言う試みがなされている事もあって、前作の真・恋姫無双の蜀編で、一刀に影響される形で桃香が手にしていたクレバーさがなくなってしまっており、本格的にお花畑状態なので、前作基準で動かして来た私としては、革命でのキャラクターに沿うと、どうあっても桃香を書けなくなってしまいます。

 

 なので、魏と呉に関しては出来るだけ革命の展開を取り入れつつ、蜀に関しては、一部ストーリー上の戦いやイベント、新キャラ以外の設定は、基本的に真・恋姫無双を基準にしていきていと思っています。

 また、ネタバレになるかも知れませんが、『劉旗の大望』にて死んだ事になっている桃香の母親については既に登場させてしまっていますので、特に無かった事にする心算はありません(正直、あの辺りのイベントは蛇足に過ぎると思ってもいますので、ちょっとした反骨心もあったりします)。

 

 そんなこんなで我儘もからり入りますが、また定期的に投稿していきたいと思っておりますし、出来れば、過去の投稿作にも、新キャラの描写を含めて修正を入れられたらと考えているのですが、時間があるかどうか(笑)。

 

 今回のサブタイ元ネタはシティハンター2ED

 

 

          SUPER GIRL /岡村靖幸

 

 

 

 でした。

 華琳暗躍(?)回でもあったので、パワフルな女性とちょっとヘタレな男性の曲をチョイスしました。

 感想・誤字脱字報告・支援クリック・お気に入り登録・コメントなど、励みになりますので、お気軽に頂ければと思います。 

 

では、次回作でまたお会いしましょう!

 

 


 
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