TINAMIX REVIEW
TINAMIX
逆境哀切人造美少女電脳紙芝居『少女椿』
樋口ヒロユキ

【序幕】秘匿される見世物

これから俺がここで述べようとするのは、アニメ版『少女椿』の辿った数奇な運命についてのお話しである。もともと『少女椿』とは、街頭で演じられていた紙芝居であった。この逆境の少女・みどりちゃんの秘話を描いた紙芝居丸尾末広が潤色してマンガ化したものを、さらにアニメ化したもの。それがアニメ版『少女椿』である。だがこのアニメ版『少女椿』、とうてい通常の意味でのアニメとは言い難い。アニメであって、アニメでない。アニメ版『少女椿』とは、そんなジャンル不明の作品なのである。

まずこの作品、ほとんどの場面が原作のマンガそのままの構図となっている。しかも大島渚の『忍者武芸帳』さながらの止め絵のオンパレードで、ズームなどによってかろうじて「動き」が与えられているばかり。動画化されている部分は全体の半分くらいで、リミテッド・アニメどころか紙芝居に近い。なぜこうなったのか。理由は簡単、1時間弱に及ぶこのアニメ、その作画をたった一人のアニメーターが起こしたという、ほとんど狂気に近い作品だからである。

この作品が通常の意味でアニメとは言い難い点はもう一つある。実はこの作品、フィルムレンタルやビデオ化が製作者によって禁じられている。要するに、個人が個室で単独に「アニメ作品」として見る行為が、あらかじめ禁じられているのだ。そればかりではない。上映にあたってはスモークや紙吹雪、タイムシートに従っての音量調節などのほか、舞台装置や各種の演出を施すことが求められるという、実にけったいな作品なのである。

2000年の興行の際に展示された人形
2000年の興行の際に展示された人形 (c)丸尾末広 霧生館

このあまりにも異常なアニメを作った人物、名前を原田浩という。俺はこの原田氏とは2年近いおつきあいがある上に、昨年東京のスズナリで行われた上映の際には、音楽担当メンバーとして誘われたことすらあった。そんな長いおつきあいをさせて頂いているにも関わらず、原田氏が少女椿を作ったアニメーターだと俺が知ったのは、本当にごく最近のことである。なぜか? 彼が秘密にしていたからである。

通常の興行の感覚から言えばとうてい考えられないことだが、彼は作品を上映するにあたって、事前情報をほとんど露出しない。というより、あえて秘匿してプロモーションを進めるのである。俺が原田氏からお誘いを頂いた際も、「こんど『闇夜幻燈逆説華祭』というイベントをやるので音楽をやらないか」というお誘いがあっただけであり、しかもこの「闇夜幻燈逆説華祭」というイベントの内容がさっぱり判らないという、ふつうに考えたらとうてい承諾できない滅茶苦茶なお誘いであった(笑)。

そんなこんなでそのときはお断りしてしまったのだが、実は原田氏が少女椿のアニメーターであり、「闇夜幻燈逆説華祭」とはアニメ版『少女椿』の上映を中心とした、演劇・音楽・見世物・舞台美術・パフォーマンスなど総動員の一大アート・コンプレックス型イベントであると知ったのは、公演が終了して1年以上も経過した後であった。ついでに言えば、アニメ版『少女椿』の監督の欄には「絵津久秋」なる人物名が記されており、チラシには「アングラ・アダルト・風俗界で暗躍」と註が施されている。だが、「絵津久秋」なるこの人物、実は全くの架空の人物なのである。アニメ版『少女椿』の監督は紛れもなく原田氏その人なのだが、原田氏は自らの存在まで秘匿しているのだった。

だが、それにしてもなぜ原田氏は、このフィルムについての情報をここまで秘匿するのだろうか? なぜ通常の判りやすいプロモーションを行わないのだろうか? いや、そもそもなぜ彼はこんな異常な作品を世に送り出してしまったのだろうか? その答えがどうしても知りたくなった俺は、矢も楯もたまらず彼の許を訪ねることにした。3月の終わり、冷たい雨が降り続くある日のことであった。

>>第弐幕

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紙芝居
東京おとなクラブ編『丸尾末広▼ONLY YOU』によれば、少女椿の原作は、昭和初期の「清雲」という人物によるもので、全21巻からなる長編紙芝居。制作時の版元はオール画劇社、現在はマツダ映画社に1点のみ保存され、現在も上演可能である。【あらすじ】流しのギター弾き・笠原常彦は、学生時代の借金の取り立てに会って蒸発。残された家族の家計はたちまち逼迫する。娘の笠原みどりは家計を助けようと、銀座の路上で花売りに立つが、悪漢二人にさらわれて、少女レビュー団の芸人に。「椿みどり」の芸名で売り出され、大阪へと旅立つ……。

丸尾末広▼ONLY YOU
「丸尾末広▼ONLY YOU」
(c)丸尾末広

丸尾末広が潤色
少女椿が登場する丸尾作品は下記の通り。
1●「少女椿」「薔薇色の怪物」(青林堂刊、1200円。ISBN4-7926-0310-2)
2●「少女椿」(青林堂刊、1200円。ISBN4-7926-0306-4)
3●「少女椿『水子編』」「キンランドンス」(青林堂刊、1300円。ISBN4-7926-0319-6)
上記のうち、「水子編」を除いた2編が原田版『少女椿』の原作となっている。

「忍者武芸帳」
1967年、創造社、大島渚監督作品。ビデオ化はされていない。白土三平の同名劇画を映画化したもの。ただしアニメ化でなく、原画を様々な手法でモンタージュして作られている。

「闇夜幻燈逆説華祭」
このイベントは後に、「スズナリ九龍城 幻燈記」と題するビデオにまとめられた。
ご購入はこちら から。

闇夜幻燈逆説華祭
「闇夜幻燈逆説華祭」
(c)丸尾末広 霧生館

アート・コンプレックス型イベント
会場入口を抜けると暗黒の回廊があり、そこでは無数の見世物を上演。場内の舞台では秋山芳英氏による紙芝居版「少女椿」実演のほか、巻上公一のホーメイ、ビジュアル系ゴシック・バンド「犬神サーカス団」の別名ユニットなど、計9組が日替わりのパフォーマンスが上演されるという仕掛けだった。

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