No.963627

Tea time propose

夏風邪を治すのに1ヶ月もかかりました。寝込みながらLos本読んだりして楽しかったです。

2018-08-14 15:42:49 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:817   閲覧ユーザー数:809

アイオロスはニコニコと笑顔を浮かべながら、空っぽになったカップを差し出した。サガは無言のままポットを持ち上げ、カップに波々とミルクティのおかわりを注ぐ。

 

「ありがとう。」

 

甘く響くアイオロスの声がサガの耳をくすぐる。自分に向けられる熱い視線を避けるように、サガはさりげなくポットの蓋を開けて中身を確認した。

 

復活したアイオロスが聖域の教皇の座に着いてからまもなく3ヶ月。サガは教皇の次位を勤めている。この取り決めはサガ自身の希望ではなく、彼の改心を受け入れた女神や、アイオロスをはじめとする仲間たちの理解と推薦によるものが大きかった。日々忙しい二人は交互に休暇をとっていたが、サガの休暇の日には、アイオロスはわざわざ双児宮まで3時の休憩を取りに出向いてくる。自己判断で仕事を早く切り上げ、決して教皇宮から近いとはいえないこの宮までおやつを食べにくるのだ。アイオロスがとことこ歩いてくる姿が窓から見えるたびに、サガは黙って二人分のお茶の準備にとりかかるのだった。

 

丸く可愛らしいテーブルの上に、花と蝶の模様をあしらったミントンのティーセットが綺麗に並べられている。焼きたてのスコーンが積まれた大皿がでんと置かれ、何種類かのジャムやクリームも用意されていた。アイオロスはあれこれ舐めて味見すると、気に入ったバターをたっぷりとスコーンにはさんで頬張った。

 

「これ、美味しいな!こんな美味いバターを食べたことがない。」

 

「クロテッドクリームだ。気に入ったメーカーのを取り寄せてる。」

 

「もっと食べたい。おかわりを頼む。」

 

アイオロスはクリーム皿をサガに差し出した。

 

「この量をスコーン一個で使いきる奴を初めて見た。パックを開けたばかりなのに。」

 

これしきのイヤミなどアイオロスの耳には届かない。サガは空っぽになった皿を持ってキッチンへと向かった。

 

「スコーン焼いたんだね。すごく美味いよ。サガって器用なんだな。」

 

「違う。午前中に街で買ってきたんだ。」

 

へえ、そうなんだ……とアイオロスは返事をしたが、その視線はリビングにある本棚に向けられていた。棚には何冊かの菓子や料理の本がある。普段、サガは他人に生活感をまったく見せない。それ故に、彼はいつも近寄りがたい小宇宙に包まれているが、実際はとても感情豊かで繊細である事をアイオロスは知っている。外では冷静沈着で無表情を装うサガでも、一人になった時は下界へ買い物に出かけたり、料理をしたりして楽しむのだろう。今食べているスコーンも間違いなくサガが焼いたものだ。あの切れ長の美しい瞳でオーブンの中を覗きこみ、スコーンがぷく〜っと盛り上がって亀裂が入る様を嬉しそうに見たりするのだろうか?……そんな妄想をすればするほど、冷蔵庫から大きなパックを取り出し、クリームを皿によそうサガの姿が何とも可愛いらしく見えた。

 

「せっかくの休みなのに、お前と1日も欠かさず会ってる気がする。」

 

山盛りにされたクリーム皿をアイオロスに渡しながら、サガは軽く愚痴を言った。

 

「だって、君はいつも仕事が終わるとすぐ帰っちゃうからさ。復活してから人馬宮に一度も寄ってくれないし。それならこっちから会いに行かなきゃ。」

 

「……私だって疲れてるんだ。早く帰って風呂に入りたい。」

 

「確かに、ここのところ忙しいから気持ちはわかるけどね。あ、今度のおやつはシュークリームがいいな。君なら作れそうな気がする。」

 

サガの言い分は適当に流すつもりらしい。アイオロスは新しいスコーンを手にとり2つに割ると、おかわりのクリームをたっぷり塗った。

 

「ほら、白鳥の形をしてるシュークリーム。あれがいい。」

 

「シーニョのことか……って、なんで私がいちいちお前の食べたいものを用意するんだ!……教皇宮のメイドに頼めばいいだろう。」

 

「ここで食べるから美味しいんだよ。教皇命令ってことで、よろしく。」

 

不満げなサガをよそに、アイオロスはぱくぱくとスコーンを食べ進めている。サガは黙って自分のカップにミルクティを注いだ。

 

「ところでサガ、あの話は受けてくれるのかい?」

 

ポットの口が思いきり的を外してミルクティがテーブルに流れ出したので、アイオロスはすぐに立ち上がってナプキンで押さえた。

 

「…………いきなり言うのか……」

 

サガはブツブツ言いながら受け取ったナプキンでテーブルを拭いていたが、その顔は意外にもそれほど怒っていない。頬を真っ赤にして気まずそうにうつむいている。

 

「日中は返事を聞く暇もないし。暇がないっていうより君が逃げちゃうから話が先に進まないだろ?」

 

「……………………」

 

「結婚、してくれるよね?」

 

サガは赤い顔でさらにうつむいた。こういう時のサガはびっくりするほどウブだ。アイオロス以外には絶対に死んでも見せる事のない表情である。両手で支えるポットに隠れるつもりなのだろうか、身体を縮こませている。

 

「ね、サガ。受けてくれるよね?」

 

「…………私は男なのだが。」

 

「今さらそんな……聖域は神話の時代からそういう事に寛容だよ。それに、婚前交渉も十代の頃からバッチリしてるし、そっちの方も私たちは相性ぴったりだ。」

 

「嬉しそうに言うな!!……このバカ!!!……」

 

「今だってこのクリームが君だったらいいのにと思いながら舐めてるのに。」

 

「やめろアイオロス……それ以上言ったら私への攻撃と見なす。」

 

サガの眉間に本気のしわが寄ったのを見て、アイオロスは慌てて両手を上げて降参のポーズをとった。

 

「それぐらい君は今も魅力的って事さ。あらゆる姿が驚くほど美しい、それも完璧にね。この年齢じゃ奇跡だよ。」

 

グッとサガは息を詰まらせた。アイオロスは常に思った事を簡単に言葉に出す。何の迷いもない、無邪気なサファイアの瞳がサガを見つめている。その澄んだ青い色が、強引に扉を開けて心の中に入り込んでくる。

 

「再会してから君は一度だって触れさせてくれない……私はいつだって君を愛したいんだ。毎日キスしたいし、君の艶やかな黒髪に顔をぐりぐり突っ込みたいし、宝石のようなオッドアイの輝きに酔ってうっとりしたい。サガと一緒に長い夜を過ごしたいし、一緒に幸せな朝を迎えたい……恋人同士ならそんなにおかしい事じゃないだろう?」

 

「アイオロス…お前は欲望が直球すぎる。とんでもない教皇だ。」

 

サガはため息をついたが、ふと哀し気な笑みを浮かべてアイオロスを見返した。

 

「お前……私たちが本当に幸せになれると思っているのか?」

 

「もちろん!私は初めて告白した時から何も変わらないよ。どんなに年齢を重ねても、過去に何かがあっても、私にとって君は出会った時から最愛の人だからね。」

 

「………………」

 

「おや?信じてないのかな?」

 

アイオロスはそっと手を伸ばし、サガの手に重ねた。陶器のようにすべらかな手触りにアイオロスは目を細める。サガは黙ったまま視線を合わせない。しかし、手を振りほどくわけでもなくアイオロスの自由にさせている。

 

「ここまでして何故食い下がるんだ?」

 

「簡単に承諾してもらえないほど、惚れた方は燃えるんだよ。それに」

 

アイオロスはちょっぴり悪戯っぽい笑顔を見せた。

 

「君だって、どうして私にすべてを許したんだい?」

 

「……………………」

 

「君は自分の意志にそぐわない事は絶対にしない、完璧で気高い人だ。なのに、君は私にその身を預けた。それも、数えきれないくらい。何故だい?」

 

アイオロスの言葉にサガは口ごもった。困惑気味な表情を浮かべるサガとは正反対に、彼は綺麗に整えられた顎髭を撫でニコニコとしている。

 

「ねえ、サガ?」

 

「いい気になるな。私の事など何も知らないくせに……」

 

「だから、もっともっと知りたいんだ。君の本心をね。一生、君の一番近くで。」

 

アイオロスは指先でゆっくりとサガの手の甲を撫でた。その様子をサガはじっと見ている。

 

「愛しているんだサガ……本当に愛している。再び会えたこの悦びを、私は全身全霊で守りたい。誰にもお前を奪われたくない。人にも、神にも、宿命にも。誰にもね。」

 

「ロス…………」

 

「サガ、今度こそ幸せになろう。私は信じてるよ、君が私と同じ気持ちであると。」

 

力ある言葉に身を預けるように、サガは目を閉じた。アイオロスの指先の優しい愛撫に遠い日々の記憶が甦る。幾度となく受けとめてきた彼の身体の重みとその温かさ。夢見心地の中、耳元で囁かれる情熱的な愛の言葉……

最強にして永遠のライバル、越えられない宿命の存在。しかし、反発しつつも打ち消す事のできない本当の想い。素直な気持ちを言葉に出せるのならどれほど楽だろう?

 

 

小さくアラームが鳴っているのに気づき、アイオロスは顔をしかめた。

 

「あぁもう!…いいところなのになあ!」

 

アイオロスが空いている方の手で目の前の空間に触れると、小さなスクリーンが表示された。画面には側近が映し出されている。

 

「教皇、お客様がもうすぐ到着されます。そろそろこちらへお戻りください。」

 

「わかった……ものすご〜く頑張って戻るよ……」

 

覇気のないアイオロスの返事にまったく怯む事なく、側近は言葉を続けた。

 

「それから、先方の希望で予定より数名多いそうです。その打ち合わせもありますのでお早く。」

 

「はいはい。了解シマシタ。」

 

通信を切るとアイオロスは教皇にあるまじき大きなため息をついた。かといって、サガの手を離す気はない。

 

「人数、多くなったって。」

 

「ああ、聞いた。すぐ行った方がいい。」

 

「ボク、そんなにたくさんの人と器用にお喋りできない。」

 

「嘘をつくな。行け早く。」

 

感情のないサガの言い方に、アイオロスは泣くふりをした。

 

「サガ……頼むよ。副官だろ?特別手当弾むからさ。一緒に来てくれよぉ。」

 

「行ってらっしゃい教皇様。」

 

「君は話をまとめたり仕切ったりするの上手じゃないか。頼む!お願いしますサガ様!」

 

バシッと両手を合わせてサガを強く拝みつつ、チラッチラッと片目を開けて様子を伺ってくる。半ば必死なアイオロスの様子に、サガの頭の中は次第に仕事モードに入っていった。今日の来客は他の神域の使者たちであり、堅物としても有名な一族である。しかも、予定以上の人数との会談となれば、いかに教皇アイオロスでもなかなか手こずるだろう。アイオロスが子供っぽい駄々をこねてるのは承知の上だが、多少本気で困っているのは理解できる。サガは真面目な顔で立ち上がった。

 

「サガ?」

 

「着替えてくる。10分ほど待っててくれ。」

 

「え!!!……本当に?!……ヤッタ!!!」

 

アイオロスは椅子が音を立てるほどの大はしゃぎで万歳した。アイオロスとは正反対に生真面目なサガは、ふと思い出してリビングの入り口でくるりと振り返った。

 

「晩餐会もあるのか?」

 

「え、出てくれるのかい?!」

 

「会談に出ておいて晩餐に出ないわけにはいかないだろう。」

 

ますますサガと一緒にいる時間が増える事になり、アイオロスはこの上ない悦びに浸っている。調子に乗ったアイオロスは、プライベートルームに入ろうとするサガを慌てて呼び止めた。

 

「せっかくだから、いつもと違う衣装にしようよ。」

 

「構わないが、どれの事だ?」

 

「あれがいい、白地に紫と金の装飾が入ったやつ。落ちついたデザインの…」

 

「ああ、わかった。教皇命令なら仕方ない。」

 

サガは少し顔を赤くしながらリビングを出ていった。アイオロスが指定した衣装は、サガが副官に着いた時に本人に内緒で発注したものだ。サガは今でもその事を知らず、正装の1つと思い込んでいる。

 

「あの衣装姿に白いベールでも被せたら最高だな……」

 

幸福な将来を想い描きながら、アイオロスはウキウキと新しいスコーンを手にとり、惜しみなくクロテッドクリームを塗りたくった。

 

 

 

 

 


 
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