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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百五十話

ムカミさん

第百五十話の投稿です。


赤壁を終え、何を思う?

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2017-11-09 03:27:32 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:2833   閲覧ユーザー数:2427

 

蜀と呉は撤退した。赤壁での戦いは、結果だけ見れば魏の大勝利であったと言えた。

 

しかし、前線の実情はその言葉の通りでは無かった。

 

「春蘭、秋蘭。悪いが追撃は任せる」

 

張飛を辛くも河の中へ逃がしてしまった後、一刀は夏侯姉妹の船へと乗り移り、そう言った。

 

「うむ、それは任されよう。だが、一刀、お前は大丈夫なのか?」

 

「そうだぞ、一刀!お前、斬られているでは無いか!!」

 

春蘭も敵の撤退を見て一時的に秋蘭の船に移ってきている。秋蘭か一刀に指示を仰ごうとしたためであった。

 

撤退する敵に猪突猛進に突っ込んでいくだけでは無くなった春蘭は、名実ともに魏の筆頭武将となったと言っても良いのかも知れない。

 

その春蘭だが、指示を仰ぐよりも先に目に入った一刀の血塗れの前面に驚愕していた。

 

「零にも言ったが、取りあえず死にはしないよ。馬騰相手に一騎討ちしてこの程度で済んだんだから、幸運だった。

 

 ただ、張飛にもてこずった挙句に逃げられてしまったし、ちょっと退いて俺は治療に向かうことにしたい」

 

「承知した。お前はしっかりと治療して来い、一刀。お前の力はまだまだ魏に必要なのだからな。

 

 華佗ならばすぐにでも快癒させてくれるのだろう?」

 

「ああ。さすがに今日の追撃には参加出来ないけど、明日以降はちゃんとまた出れるから、そこは安心してくれ」

 

「うむ。

 

 では、姉者。我等は蜀を追撃するぞ」

 

「おう!任せておけ!

 

 で、私はどうすれば良いのだ?」

 

「そうだな……今、奴らは将がいない――いや、黄忠が辿り着いているようだな。

 

 将が一人だけなのであれば、一気呵成に攻め立ててやるのが効果的だろう。

 

 姉者の部隊は鬨の声をガンガン上げて奴らを全力で追ってくれ。我等の部隊が支援する」

 

「つまり、いつも通りで良いのだな!分かった!!」

 

小難しい策で無かったことに春蘭は満面の笑みで返答した。そしてすぐさま自身の船へと飛び移っていく。

 

後に残った二人は軽く笑みを浮かべてこんな会話を交わしていた。

 

「その策で本当に良かったの、秋蘭?」

 

「ふふ、もっと良い追い詰め方もあるだろうが、姉者と私ならばこれが最良だと私は思っているよ」

 

「ま、確かにそうかな。俺と春蘭だったら迷わず、二人して吶喊、って指示出してたと思うよ。

 

 桂花や零たちならともかく、俺じゃあ思い描いた策の通りに春蘭を動かすのはまず無理だろうからね」

 

「うむ。それに、こういった指示の時の方が姉者は活き活きとするのだ。

 

 あぁ……本当に――――」

 

「姉者は可愛いなぁ、か?久しぶりに聞くなぁ」

 

「むぅ……」

 

台詞を取られ、少々拗ね気味な秋蘭。

 

まるで幼気な少女のようなその様子は一刀や華琳しか見た事の無い、希少なものであった。

 

ちなみに、一刀はそんな秋蘭の表情を見れることが密かな誇りの一つであったりする。

 

「取り敢えず、俺は戻るよ。後はお願い」

 

「うむ。大丈夫だとは思うが、どこかに残党がいるかも知れん。気を付けろよ、一刀」

 

念のために軽く忠告だけしてくれた後、秋蘭はすぐに追撃の指揮態勢に入った。

 

一刀は二人を信頼し、まずは前曲中央であった場所まで戻り始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「零っ!」

 

元前曲中央の指揮船まで戻ってくると、一刀はまず零に呼びかけた。

 

零も一刀に気付いて応えを返す。

 

「一刀!戻って来たのね。右翼の方は?」

 

「将の被害は無し。兵の被害は想定より少し多そうだったな。死者が少なければ良いんだが、詳細までは分からない。

 

 俺が向こうの近くまで行ってからは、予定通り秋蘭・春蘭と一緒に蜀の連中を足止めしつつ追撃した。

 

 ただ、黄忠も張飛も河に逃がしてしまった。手傷も負わせられていない。すまない」

 

「そう。まあ、多少の戦果減少は仕方ないわ。

 

 ここで連合を撤退に追い込めただけでも十分としておきましょう。

 

 そうそう、こっちは恋を呼び寄せてちょっと右翼よりのところで待機してもらってたけど、今はそのまま連合の前曲中央を追撃してもらっているわ。

 

 だから、中央からの追撃部隊は心配いらないわよ」

 

「なら良かった。

 

 ……ところで、零。凪と菖蒲は?」

 

一刀が中央に戻ってきた本題はこれであった。

 

どちらも馬騰の対峙して河に落とされたとのこと。

 

もしも傷が深ければ、最悪そのまま失血死してしまうかもしれない。

 

そうでなくても岸から随分離れた場所なのだ、溺死の可能性は十分にある。

 

それでも、生きてさえいればなんとかなる。これが文字通りの意味となるだけの者、即ち華佗が今、岸辺に残したままの部隊に守られて待機しているのだから。

 

「菖蒲は傷が深いけれど、一命は取り留めているわ。あなたよりちょっと深い傷、ってところかしら?それでも、華佗ならば問題無いでしょう。

 

 凪は……まだ、どの船にも上がってきていないわ」

 

「そう、か……凪の捜索は?」

 

「追撃の指示を全て出し終えて、今から出すところよ」

 

零の行動は何も間違ってはいない。この状況下、優先すべきは国を優勢・勝利へ導く策の推進だ。

 

生死不明かつ行方不明の将一人の捜索には手が空いてから思考を回すので正解なのだ。

 

しかし、ならば、と一刀が身を乗り出そうとした時だった。

 

「か、一刀、殿……」

 

か細い声が聞こえた気がした。

 

魏の中でも一刀のことを殿付けで呼ぶのは一人しかいないわけで。

 

「凪っ?!どこだっ!凪っ!!」

 

船縁に飛びつきつつ、一刀は叫んだ。

 

「こ、ここ、です……も、申し訳、ありません……お手を――――」

 

最後まで言い切るのをまたず、凪の隣に水柱が立った。

 

河の緩やかな波に揺られながら船の腹にしがみつく凪。

 

その姿を目にした瞬間に躊躇なく飛び込んだ一刀によって発生したものであった。

 

「凪、もう大丈夫だ!

 

 零!縄を投げ下ろしてくれ!」

 

「誰か!縄を!大至急よ!」

 

「はっ!」

 

即座に零も指示を出し、兵が走る。

 

縄を待つ間、一刀は凪の容体を尋ねていた。

 

「凪、傷は?斬られていないか?」

 

「ふ、深くは、ありません……

 

 後ろ、に飛び……勢い、殺し切れず……」

 

どうやら斬られたようだが、幸い致命傷では無い様子。

 

致命傷を避けるためにバックステップを踏んだが、斬られた勢いで縁を越えてしまい落ちた、ということらしい。

 

凪にとって幸いだったのは、凪の船の近くまでどこかの船の残骸たる木片が流れ着いていたことであった。

 

どうにかしがみつき、水底へ沈んで死ぬ事態は避けられた。

 

思うように動かない身体に鞭打って、凪がどうにか掴むことが出来たのが零の船の横腹であったようだ。

 

「一刀!これに掴まりなさい!」

 

零が兵に持って来させた縄を投げ下ろしてくれた。

 

一刀は凪を背負うようにして抱え、縄を掴む。

 

それを見届けてから零が船の内側へ向けて叫んだ。

 

「今よ!引っ張り上げなさい!」

 

『はっ!!』

 

奥から数人の兵の声が返って来る。その直後、ズルズルと一刀と凪の身体は縄によって引っ張り上げられていった。

 

すぐに船の縁も乗り越え、甲板に足が着く。

 

まずは凪を甲板に寝かせ、その身体を検めた。

 

腹部をばっさりいかれている。両腕にも同様の傷痕が伺える。

 

馬騰の攻撃を手甲で受け止めようとしたが、叶わずに腹部まで到達された、と見える傷であった。

 

本人も言っていた通り、手遅れという傷では無い。だが、すぐに華佗に診てもらった方が良いのは間違いなかった。

 

「零。悪いが――」

 

「一刀は凪と菖蒲を連れて本陣、いいえ、河岸の野営地まで下がりなさい。

 

 あなた達三人とも、すぐに華佗に診てもらうのよ。いいわね?文句は言わせないわよ!」

 

「ああ、分かった。すまないが、追撃の指揮は頼む。

 

 菖蒲は今何処に?」

 

「こっちの船まで来させて休ませているわ。あっちの船室よ。

 

 ……一刀。菖蒲をお願い」

 

「ああ。任せておけ」

 

口ではきつい命令口調の零だが、菖蒲も一刀も凪も、皆を心配していることは伝わってきた。

 

それに、客観的に見ても三人とも今はまともに戦うことの出来ない状態である。

 

零の判断は何も間違ったものでは無かった。

 

一刀は船室へ向かい、菖蒲を迎える。

 

「あ、一刀さん……

 

 申し訳ありません、馬騰殿を相手にし、不覚を取ってしまいました……」

 

「いや、大丈夫だ、菖蒲。幸い、大局にはそれほど影響は出なかった。俺も凪も敗れても、な。

 

 だから、気にするな。

 

 さあ、華佗の所に行こう。ちゃちゃっと怪我を治して、再戦だ」

 

「はい……」

 

「歩けるか?」

 

「そうですね……よろしければ、肩をお借りしたいです」

 

「分かった。凪、片手で抱えさせてもらう。しっかり掴まれるか?」

 

「はい、なんとか……」

 

満身創痍な三人はゆっくりと後方へと下がっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前はまた無茶をして!

 

 俺は前に言ったよな?もう無茶はするなって!

 

 こんなことばっかりしてると、いつか本当に死んでしまうぞ!」

 

野営地の天幕の一つから陣中全体に響き渡るほどの怒声が上がる。

 

その声の主は誰あろう、大陸一の名医、華佗であった。

 

今現在、華佗は重傷を負った三人の将、即ち凪、菖蒲、そして一刀の三人の治療を行っているところだ。

 

もっと正確に言えば、一刀の治療中、である。

 

華佗の天幕に入ってきた傷だらけの三人を見て、華佗は即座に三人の治療の優先を決めた。

 

それだけ見た目だけで三人の傷は酷かったということだ。

 

まずは見た目にも衰弱している凪から。

 

凪は元々氣を扱えるだけに、華佗の治療と相性が良かった。

 

後日に華佗はこう言っている。楽進殿の治療は氣がすんなりと馴染んでいって、いつもの三倍も四倍も楽だった、と。

 

続いて、菖蒲。

 

こちらも一刀に肩を借りてどうにか歩いている、といった様子で、華佗は危険だと判断したのだった。

 

彼女の治療は華佗にとってのいつも通りの治療で、いつもの掛け声と共に鍼で氣を送り込んで治療完了。

 

そして最後に自力で立てている一刀の治療となったのだが、それを始める前の第一声が先ほどの怒声だった。

 

「すまない。だが、これは魏のためだけでなくこの大陸のためにも必要なことだったから、仕方無いことだと納得して欲しい」

 

一刀の謝罪と共に出た言い訳の言葉に、華佗は苦笑を漏らした。

 

「まあ、お前ならそう言うんだろうとは思っていたよ。俺も仕事柄、そういった奴はたくさん見てきたから分かってはいるんだがなぁ。

 

 全く、武将って生き物はどうしてこう、自らの命を軽く扱うんだか……」

 

理解してはいても、医者としての立場からはどうしても言いたいことなのだろう。

 

華佗はぶつぶつ言いながら一刀の治療を行おうとした。

 

が、目に”力”を篭めて一刀を診た瞬間に華佗は驚愕に目を見開くことになった。

 

「一刀!お前、本当に平気なのか?!」

 

「ん?どういうことだ?」

 

「今お前を”診て”初めて分かったんだが、お前、徐晃殿よりも重傷じゃないか!

 

 普通、そんな状態になったら痛みでまともに立つのも難しいはずだぞ!?」

 

現に菖蒲がそうだったろう、と華佗の視線が語っていた。

 

一刀は華佗の言葉を聞いて、思わず苦笑を漏らしていた。

 

何となく己の状態は分かっていたが、まさかここまでになっているとは思っていなかったからであった。

 

「きっと、興奮状態が長く続いて痛みの感覚が薄れているんだろう。

 

 一時的なものだが、今は有り難いよ」

 

「そ、そう、なのか?

 

 いや!とにかく!すぐに治療を始めるぞ!ほら、そこに座れ!」

 

捲し立てられ、一刀は素直に指示された場所に座る。

 

華佗は再び目に”力”を篭めて一刀を診る。

 

「一刀の怪我の大元は…………診えた!ここか!

 

 はあああぁぁぁぁ!我が鍼、我が身と一つなり!

 

 一鍼同体!全力全快!必察必治癒!病魔覆滅!

 

 五っ斗米道ぉぉぉぉぉ!!」

 

雷鳴の幻聴。眩いばかりの発光。そして己の中に流れ込む華佗の氣。

 

幾度も華佗の治療を受けた一刀にとっては、最早この光景にも慣れたものだった。

 

見る見るうちに一刀の傷は快癒していく。

 

「いつ受けても凄まじいものだな……

 

 本当に、華佗が付いて来てくれて助かったよ」

 

しみじみと一刀が呟いた。

 

華佗はその言葉を拾って言う。

 

「戦場では助かるはずの命も助からなくなったりするからな。

 

 俺は医者としてそれを見過ごせないだけさ。

 

 だが、やっぱり戦なんて無い方がいいもんだ」

 

「ああ、全くその通りだ。

 

 まあ、あと一戦。きっと次の戦で全てに方が付く。

 

 どんな結果になろうと、暫くは五胡や賊以外が原因で戦は起きないだろうさ」

 

「そうか、あと一戦なのか。

 

 ……なあ、一刀。本来、医者である俺がこんなことを言っちゃあダメなのかも知れないが、それでも言わせてくれ。

 

 絶対、勝てよ、一刀。お前と孟徳殿が作り上げる国にこそ、俺は戦の無い世界を見た気がしたんだから」

 

迷いながらも、華佗は確かに言い切った。

 

華佗は幾多の勢力の下を歩き回った人物だ。あの馬騰や孫堅にも直接会っているし会話も交わしている。

 

そんな華佗が、その中から一番推したいと言ってくれたのが、一刀と華琳の魏だと言うのだ。

 

それが親友でもある者の言葉なのだから、一刀の胸の奥にじんわりと、しかし大きく拡がるその熱は言い知れない価値を持つ。

 

「ああ、必ず。

 

 こっちを成し遂げたら、今度は華佗の夢を手伝うと約束するよ。華琳にもそう伝えておく」

 

「はは!それは嬉しいな!

 

 っと、随分と長話をしてしまったな。

 

 俺は他の兵たちの治療を続けさせてもらうぞ」

 

「ああ。ありがとう、華佗」

 

礼を述べ、一刀は天幕を後にしようとした――ところで。ふと一刀は足を止めて華佗を振り返る。

 

「なあ、華佗。つかぬ事を聞くが、例えば華佗一人で治せないような大怪我や病気があったとするだろ?

 

 その場合、俺や凪みたいに氣を扱うことが出来る者が患者だと、双方の氣力を合わせることで治る可能性ってのは出て来るのか?」

 

「んん~……難しいことを聞くなあ……

 

 正直、試したことは無い、と言うより今まで試せる相手もいなかったんだが、呉での一刀の例を考えれば可能性はあると思うぞ。

 

 今考えても、建業の地で附子毒に侵された一刀を完全に治癒出来たのは不思議なんだ。

 

 あの時はまだ一刀も氣を扱えなかったらしいが、既に素地は出来ていたと言うじゃないか。それはつまり、常人以上に氣の巡りが良くなるはずだから、理屈から言えばより重い病魔も撃滅出来るはずなんだ。

 

 つまり、実際に氣を扱える者が意識的に俺の治療を受けてくれれば、ほとんどの病魔や怪我は治せるんじゃないかと考えている。

 

 今後の俺の研究課題だな!」

 

華佗の返答に一刀は深く頷いた。その口元には知らず、微笑まで浮かんでいた。

 

「そうか。それは良いことを聞いた。

 

 それじゃあ、俺はそろそろ軍議の準備を始めるよ。色々と華琳に報告すべきことが山積みなんでね」

 

最後に華佗と一刀は互いに別れの言葉を交わし、一刀は今度こそ天幕を後にした。

 

なお、凪と菖蒲は一時安静を命じられた。期間は最低でも夜の軍議まで。

 

既に一つの戦は終わり、追撃戦に入っている。今は負傷兵は英気を養うべき時。

 

凪も菖蒲もそこは理解していて、文句の一つも無く目を閉じることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんな魏に先だって、連合側では追撃を躱した後に即、軍議が開かれていた。

 

軍議の場には正真正銘両軍の全将校が揃っている。

 

蜀の厳顔や呉の孫策も怪我を押してその場に座っていた。

 

さらに、陸上戦力として赤壁へはそもそも出陣していなかった馬鉄と公孫瓚、孟獲の姿もある。彼女達は撤退してきた連合軍に合流したのだが、その様子と軍議の場の張りつめた空気に背筋を伸ばしたまま何も言えずにいた。

 

その他で特筆すべきは、やはり黄忠と張飛だろう。

 

両者とも、魏に包囲された船より河に逃れ、そのまま連合の野営地があった側に岸へ。

 

河岸を回ってきた馬鉄の部隊に拾われ、無事に蜀陣営へと生還を果たしていたのであった。

 

両者とも消耗はしているが目立った外傷は無い。

 

むしろ、その場で最も目立つ傷をつくっていたのは、意外にも馬騰であった。

 

そんな彼女をちらりと見やってから、孫堅が軍議を開始させる。

 

「さて……まずは全員分かってはいるだろうが、敢えて言葉にして確認しておこうか。

 

 私たちは現在、非常に拙い状態に陥った。万全を期して臨んだはずの赤壁での戦で、魏の奴らに二枚も三枚も上手をいかれたからだね。

 

 この認識は両国とも一致していると考えて良いんだね?」

 

重苦しい沈黙の中、首肯によって確認が取られる。

 

孫堅も一つ頷き、そして言葉を続けた。

 

「楽観的な考えの奴がいなくて安心したよ。

 

 さて。それじゃあ、それぞれの被害と戦果を確認しとこうか。冥琳」

 

「はっ。

 

 まず呉の被害についてですが、今までの戦闘での死傷者の数は累計約一万二千に上っています」

 

「思ったより少ないね。いや、最初は初めから撤退を決めていて、今後のは船上戦だからかい?」

 

「はい。先の戦では船同士の戦闘ということで戦端が面ではなく複数の点となっていました。

 

 結果として兵の死傷者数は抑えられていますが……

 

 深刻なのは物資の被害です。最初の二撃に加え、その後の攻撃と最後の追撃、合計して我が軍の保有する内三分の一の船は沈められました。

 

 将の乗っていない船がかなり脆くなってしまっていたようです」

 

「そこは北郷の作戦勝ちって感じだねぇ。

 

 劉備。そっちの方の被害はどうなんだい?」

 

孫堅はここで蜀に話を振る。

 

呉の被害状況を粗方聞き、まずは蜀と合わせて全体の被害を把握することにした。

 

「こちらも、兵の皆さんの被害より船の被害の方が大きいです。

 

 朱里ちゃん、詳細をお願い」

 

「はい、桃香様。

 

 我々の被害ですが、赤壁の戦闘での死傷者数は一万五千です。さらに、追撃で囲まれ、左翼の方で捕まったと思われる兵もいます。

 

 出陣してからの累計死傷者・捕虜数は一万八千といったところかと。

 

 また蜀の船舶ですが、こちらはほぼ半数を失ってしまいました……」

 

諸葛亮は淡々とした報告を心掛けているようだが、その表情が苦いものになってしまうのを抑えられない。

 

戦況が悪いことも勿論だが、それ以上の理由があり――――

 

「そうかい。それと……今回、こいつは外せないね。将級の奴らの被害状況はどうなんだい?」

 

孫堅の言葉に諸葛亮の肩がピクリと反応する。

 

色々な感情を無理矢理に抑え込んでいるがための反応なのだろう。

 

一方で周瑜はそこまであからさまでは無いにしても、やはり思うところがあった様子で、普段よりも話し方に余裕が無いように感じられる報告となっている。

 

「では、まず呉の被害報告の方から。

 

 我々は本日の戦の初めに見た通り祭殿――黄蓋将軍を失いました。

 

 また昨日の戦闘において孫策が重傷を――――」

 

「ちょっと待って、冥琳!私はまだ戦えるわ!重傷なんて言い方は止めてくれない?」

 

「む、すまん、雪蓮。

 

 そういうわけで孫策が手傷を負っています。

 

 他にも数名の将が軽傷を負っていますが戦闘能力が落ちるほどのものではありません」

 

途中で孫策の茶々も入ったが、周瑜の報告が終わる。

 

「祭が死んで雪蓮が怪我、ね。

 

 明命はどうなんだい?北郷とやったんだろう?」

 

「はい、そのようですが、明命は手傷を負っていません。

 

 その件に関しまして、後程報告をさせていただこうかと」

 

「そうかい。なら、こっちの被害状況はこれで全部だね?

 

 そっちはどうだい?」

 

孫堅が蜀側に話を振る。

 

これに答えるのも当然、蜀の筆頭軍師たる諸葛亮――――だと思われていた。

 

が、話を振られて暫し、諸葛亮が前に出ない。

 

その固く握られて震える拳を見かねて、口を開いたのは徐庶であった。

 

「すみません。蜀側の報告は私の方からさせていただきます。

 

 まず武将の被害ですが、死亡はありませんが先日より厳顔が以前として重傷で、戦闘に参加は出来ません。

 

 ですが、本人は指揮程度ならば可能だと言っておりますので、部隊指揮の将としての復帰は可能です。

 

 また本日の戦において黄忠と張飛が多少手傷を負っています。

 

 戦線離脱の折、少し無茶な脱出を図ったそうで、消耗は激しいのですが明日には回復していると思われます」

 

ここで徐庶は一旦言葉を切る。

 

その先を話すのはいつも平静を保つ徐庶であっても取り乱しかねないため、一度深呼吸を挟んで気持ちを落ち着かせた。

 

「こちらで問題なのは軍師の被害になります。

 

 我々の軍師である龐統ですが、良くて捕虜、最悪死亡と考えられます。復帰はおろか、帰還すら望めないでしょう。

 

 龐統の欠員に関して、策の面では私や諸葛亮、姜維がおりますので、大きな穴には致しません。

 

 ですが、兵の士気の減退が深刻です。特に古参の、龐統への信頼が篤かった兵に多大な影響が出ています」

 

「やっぱり、そうだったのか。雛里……

 

 どこにも姿が見えないからおかしいとは思っていたんだが……」

 

思わず公孫瓚が口を挟んだ。だが、誰にもそれを咎めることは出来ない。

 

彼女を含めた合流組は碌な説明も無いまま軍議の場に来ている。つまり、赤壁の戦での戦況などは全く知らない状態なのだ。

 

加えて、公孫瓚は劉備陣営のかなり初期からの将なのだから、龐統との親交も深かった。

 

戦時とは言え、突然の訃報に呆然としてしまうのは仕方が無いことだろう。

 

「士気の問題は深刻だねぇ。こっちでも祭の件で一般兵は気圧されてるみたいでね、ちと拙いようだ。

 

 それと、兵の損耗が両軍合わせて約三万か。その全てがもう戦えないってわけでは無いにしろ、五分の一もやられちまってるのはねぇ……

 

 そんで、武将が一人、軍師が一人やられちまった上、他にも武将が一人戦闘不能、一人は重傷、と。

 

 陸で一回と河で二回、三回の戦闘で都合四人も将がやられちまったってのは痛いねぇ」

 

「たしかに状況は厳しいみたいだが、奴らの将にも大分手傷を負わせているよ、月蓮」

 

孫堅の言葉に反論して口を開いたのは、馬騰。

 

その口から齎された報告は、場の空気を俄かに盛り返すものだった。

 

「まず、最初の戦で蒲公英――馬岱に重傷を負わせている。聞いた限りじゃあ、もうこの戦には出て来れないだろう。

 

 これに関してはこっちの桔梗と痛み分けってところだね。

 

 そんで赤壁だが、あたいが斬り込んだ際、奴らの将を三人斬った。

 

 楽進と徐晃、それと北郷だ。楽進と徐晃は死亡の確認はしてないが、生きていても当分は戦場に立てないだろうね。

 

 北郷は斬った後もまだ立っちゃあいたが……確かに手ごたえはあったんだがねぇ。こいつについちゃあ、まだ出て来るかも知れないね」

 

「楽進に徐晃、それに北郷を?!」

 

「はわわ!それはとても大きいです!」

 

周瑜と諸葛亮が揃って驚声を上げる。

 

北郷と徐晃は名の通った魏の主力の将。楽進にしてもここ最近で急激に力を伸ばしているとの報告があり、両国とも警戒を強めていた将だった。

 

例え一騎討ちに持ち込んでも助太刀や横入りで仕留めきれないことも多い中、その三人を纏めて斬ったと報告されれば色めき立つのは仕方が無い。

 

「なるほど。なら差し詰め、そいつは北郷にやられたってとこかい?」

 

「ああ、そうだ。いやぁ、あいつは面白いねぇ!だが、やりようによっちゃあ、あたいや月蓮で無くても斬れそうではあったね。

 

 それこそ、形さえ作れば孫権でもいけるんじゃないかい?」

 

「わ、私ですかっ?!」

 

「蓮華でも?そりゃあ、どういう意味だい、碧?」

 

孫家の親子が怪訝な顔を見せる。それはそうだ、と他の者も皆が思った。ただ一人を除いて。

 

「周泰ならこの意味、分かるんじゃないかい?

 

 今日、直接北郷と刃を交えて、無傷で帰ってきたんだろう?」

 

馬騰の言葉で皆も、周泰だけが驚いていなかったことに気付く。

 

元々周泰の方でも報告しようとしていたことだけに、その回答は早かった。

 

「はい。本日、北郷と交戦した際、奴の弱点を発見致しました。

 

 どういうわけか、奴は超接近戦を相当不得手としているようなのです。

 

 特に、鍔迫り合いに持ち込めば、奴に圧され負けることはほぼありませんでした」

 

「まあ、概ねその通りだね。加えて、あたいが北郷を観察した結果も報告しておこう。

 

 周泰の言う通り、奴は膂力自体は大したことが無い。だが、その分得体の知れない高い戦闘技術を有しているね。

 

 あたいは今まで幾多の戦場を駆けてきたが、大陸でも五胡の連中とも戦でも、終ぞあんなものは見たことが無かったよ」

 

「ほう?ならば、北郷が強い理由はその技術とやらのおかげってとこなのかい?」

 

「もちろん、それが大きいことは確かだろうさ。だが、それだけじゃ無かったよ」

 

孫堅の確認に馬騰が否やを答える。そしてニヤリと笑んでから続きを口にした。

 

「奴は意識して氣を使える奴だったよ、月蓮。

 

 その練度は中々のもんだ。昔、氣を使えると豪語してた五胡の連中を見たことがあるが、それ以上だったね」

 

「なるほど、氣を。そりゃあ厄介だね。

 

 だが、碧。あんたは昔、将級以上の者は皆無意識に、膂力強化の氣を使ってるって言ってなかったかい?」

 

孫堅は馬騰に問う。一刀が長年掛けて辿り着いた結論は、実は既に馬騰によって提唱されていたのだった。

 

「ああ、それは間違いないね。五胡の氣を扱える連中もそれを確認したらしいからね。

 

 つまり、本来ならこの理屈に沿えば、北郷の膂力も氣によって強化されていて然るべきなんだが……

 

 どういうわけか、奴は氣を意識的に使わなけりゃ、膂力の強化が出来ないみたいだね。

 

 だからこそ、周泰のように超接近戦を強いた上で鍔迫り合いに持ち込めば、奴は氣で強化出来ず弱体化するってわけだ。だが――――」

 

「言うは易し、行うは難し。まさにこの言葉の通りだねぇ」

 

孫堅は馬騰の報告をそう結論付けて締めた。それには馬騰も同意らしい。

 

「明命。確か、今日は北郷に奇襲を仕掛けたんだったね?」

 

「はい。奴はこちらを補足できていなかったようで、仕留め損ねこそしましたが懐深くに入ることが出来ました」

 

周泰の返答を聞いて孫堅は溜め息を吐いた。それは諦めの成分が多分に含まれたもの。

 

「つまり、奇襲さえ成功すれば良いってわけだが……平原の戦でそれは難しいだろうねぇ」

 

「ま、そうだね。あたいと月蓮くらいかい?奴に氣を使う暇を与えずに戦闘出来るのは」

 

「趙雲や関羽、雪蓮辺りは鍛えれば可能性はありそうなんだがね。今はまだ難しいだろう――――と言いたいところだが。

 

 碧。奴に手傷を負わせたんだったね?

 

 ならば、今挙げた三人なら、奴を仕留められる可能性は十分にあるだろうね」

 

周泰と馬騰の報告が合わせられ、連合から見た一刀の戦闘能力が丸裸にされた瞬間だった。

 

ただ、勿論の事ながら一刀も自身の全てを連合に見せた訳では無いので――――

 

「ああ、ああ、ちょっと待ちな。あともう一つ言っとくことがあるんだよ。

 

 北郷の奴だが、ありゃあまだ何か隠し持っているよ。

 

 もうちょいと粘ればそいつも引き出せたかも知れないが、それをやっていると逃げ遅れちまうとこだったんでね。

 

 悪いが、奴が奥の手を隠し持っている、って情報までしか引き出せなかったよ」

 

「その、奥の手ってのの程度次第じゃあ、雪蓮たちでも厳しいってんだね?

 

 ま、北郷に当たった奴は無理しないようにしときな。それと、呂布相手もだね」

 

孫堅がそう言ってその話題を締める。

 

少し脱線気味の話だっただけに、そうしてばっつりと切ったのは軍議の進行を円滑にする。

 

「ちと逸れちまったが、そんなわけで、奴らの方も将の脱落が三、軽くない負傷が一ってとこだ。

 

 数だけで見りゃあ、互角以上だと言えるんじゃないかい?」

 

馬騰の言葉を受けて、主に軍師勢が一斉に思考を始める。

 

彼我の兵数損害差、将の損害差、そして士気の差。

 

兵数自体は元より負けている。損害差もほとんど無い、どころか負けている可能性もある。

 

将の損害に関しては馬騰の言った通り勝っている。有力な二国の連合なだけあって、有能な将の数は多い。

 

将の数だけで言えば連合軍が勝っているのだ。更に、損害差も付けたとあり、三つ目の問題点、士気にも影響を与えていることだろう。

 

では、彼我の士気はどうなっているか。

 

連合は敗走という形を取った。取らされてしまった。

 

それだけでなく、呉には黄蓋の、蜀には龐統の死をまざまざと意識させられたことで、未だに著しく士気が下がっている有様だった。

 

対して魏は策を嵌め、勝ち進み、士気は高かろう。

 

主力級の将をいくらか落としたところで、せいぜい士気差が埋まる程度まで。連合にアドバンテージは無いと思われた。

 

つまり、結論は――――

 

「はっきりと申し上げますが、相当に厳しい状況であると言わざるを得ません。

 

 せめて、敵の兵数と士気を十分に減らすことの出来る策があれば良いのですが……

 

 このままでは次の戦は無謀であると言わねばなりません」

 

「……次が最後、ってのは、あんたも分かっているだろう、冥琳?

 

 この戦を始める前に、私はこう言ったね?民に被害が出ないことを第一に行動するように、と。

 

 つまり、このまま武昌まで退くわけにはいかない。

 

 となれば、ここから目と鼻の先、夏口で待ち構える他無い。

 

 泣いても笑っても、次の戦で孫呉の存亡は決定するわけだが……それでも、なのかい?」

 

低い声で発せられた孫堅の問い。

 

そこには、希望的観測も悲観的観測も入れず、現実に即した答えを要求する意味合いが込められていた。

 

周瑜は言葉を返す代わりに、孫堅の瞳をしかと見据えたまま首肯で答えた。

 

孫堅の念押しにも関わらず、周瑜は答えを変えなかった。

 

それだけ、状況は連合の劣勢。それをまざまざと突き付けられた形となった。

 

陸遜も呂蒙も、呉の軍師は既に、覚悟を決める段階に来ていると考えていた。

 

しかし。その悲壮感すら溢れて来そうな雰囲気を翻す発言が、蜀側、諸葛亮より発せられた。

 

「周瑜さん。先ほど仰られた策ですが、一つ、用意出来るかもしれません。

 

 桃香様。例の部隊にて夜襲を掛ければ、魏の兵に多大な被害を与えることが出来るものと思われます。

 

 上手くいけば、さらに敵の将も減らせるでしょうし、夜襲にて被害を与えれば敵の士気減退効果も期待出来ます。

 

 いかがでしょうか?」

 

諸葛亮の言葉に、周瑜や陸遜は怪訝そうな、そして呂蒙は不思議そうな顔をする。

 

その様子から、呉の軍師達にはそのような策は浮かんでいないことが明らかだった。

 

例えば、呉の軍師達も夜襲を重ねて魏の兵数をちまちま削っていく策などであれば考えることも出来る。

 

だが、それでは十分な戦果を得る前に魏の軍師達に対応されて効果が出なくなるだろう。

 

ところが、諸葛亮の口ぶりからは、たった一度の夜襲で済む、と言っているように感じられた。

 

しかも。劉備はしっかりとその内容を理解しているようであった。

 

「うん、そうだね。今はとにかく、打てる手は全部打って曹操さんに勝ちに行かないと!

 

 蒼ちゃん、白蓮ちゃん、美以ちゃん。お願いしても大丈夫かな?」

 

劉備の口から上がったのは、赤壁の戦には参加していなかった、蜀側の陸上予備戦力たる三人の将だった。

 

その三人は諸葛亮が話した時には既に声が掛かることを予感していたようで、返答は早かった。

 

「まっかせて~!元々蒼たちは、こんなこともあろうかと、って部隊だったしね!

 

 あ、でも桃香様。もし良かったら、蒲公英様や鶸ちゃんは……」

 

「うん、分かってるよ。さすがに、身内の命まで容赦なく奪え、なんて言わないから」

 

「ありがとうございます、桃香様っ!」

 

劉備は馬鉄の要望に嫌な顔一つせずに許可を与えた。

 

そのやり取りを見ていた馬騰は思わず苦笑を漏らす。

 

「まだまだ甘いねぇ、桃香。曹操や北郷、董卓に諭されて強くなった、とは言うけれど、やっぱ根っこの部分は変わってないんだねぇ」

 

「それが桃香の良いところなんですよ、碧殿。

 

 だけど、桃香。私から一つ、改めて確認させてくれ。

 

 この策を使うってことは、結構凄惨なことになるだろう。それも夜襲なんだ、いくら精強な魏軍の連中だって、大惨事になる可能性が高いと思う。

 

 だからこそ朱里はこの策を推すんだろうが……本当に、良いんだな?」

 

「うん。大丈夫だよ、白蓮ちゃん。ありがとう。

 

 でも、もう私も分かっているから。これが戦っていうものなんだ、って。ね?」

 

公孫瓚はそう答えた劉備を尚も見つめる。

 

が、やがてフッと笑んでから言った。

 

「分かった。だったら私も喜んで引き受けるよ」

 

「うん。ありがとう、白蓮ちゃん」

 

実のところ、公孫瓚は劉備の表情の中にまだ無理している部分があることを読み取っていた。

 

だが、当の本人がそれを乗り越えようともがいているのだ。

 

もしも、それで蜀の皆が惹き付けられた劉備の良さというものが失われようものなら、公孫瓚も全力で阻止しに掛かっただろう。

 

それでも、それをしなかった理由は――――

 

(桃香ならばこの、君主の苦悩って奴を乗り越えてもなお、今まで通りの優しい桃香でいてくれるんだろうな……

 

 だったら、私は桃香のこれからの為にも、全力を尽くす!)

 

劉備は、現状で大陸に残る三大国の君主の中でも最も未熟であることは間違い無い。

 

逆に言えば、それはまだまだこれから伸びるということでもあり。

 

公孫瓚は、今なお成長を続ける心優しき君主のため、己が全霊を賭して未来を繋ぐ覚悟を決めたのだった。

 

「にゃ?美以も行くのかにゃ?

 

 でも朱里に待機だって言われてるんだじょ?」

 

「今この時を以てその命令は終わりです、美以ちゃん。

 

 正確な日時はまたお伝えしますが、蒼さん、白蓮さんと一緒に出陣してもらいます」

 

孟獲が小首を傾げて問えば、これに諸葛亮が答えた。

 

その返答を聞き、孟獲が嬉々として声を上げる。

 

「だったら美以がたっくさん暴れてやるじょ!

 

 パヤパヤと一緒に”ぎ”とかいう奴らをやっつけてやるじょ!」

 

劉備に指名された三人は、三人とも命令を受諾した。

 

これで諸葛亮の策が動くことになる。

 

一連を見ていた周瑜が諸葛亮に問う。

 

「孔明よ。我等からも機動力に長けた部隊を支援に出した方が良いか?」

 

孟獲は良くわからずとも、馬家の馬鉄、白馬長史と呼ばれた公孫瓚が入る部隊であれば、蜀の虎の子の部隊とは機動力を前面に押し出した部隊なのだろうと推測していた。故のこの提案だったのだが。

 

「ありがとうございます、周瑜さん。

 

 支援部隊は出していただけるとありがたいです。

 

 ただ、機動力はそこそこで問題ありません」

 

「ふむ、そうか?ならば……

 

 明命、木春、亞莎。三人は孔明殿の指示に従い、策を遂行せよ」

 

『はっ!』

 

周瑜は呉の部隊の中から将兵の被害が少ない三部隊を選び、諸葛亮の補佐に付けた。

 

ここで出し惜しみなどしない。そして、策の全貌を把握している諸葛亮に三部隊の指揮権を委譲することに躊躇いも無い。

 

最後となるであろう次の戦に、僅かな勝機すら見えにくい現状を打破するには、最早諸葛亮の策に掛ける他無い。

 

「現状で話し合えるのはこれで終わりかい?

 

 他の者たちも、何か報告があるんなら今の内に言っちまいな」

 

孫堅が一同を見渡すが、それ以上の声は上がらなかった。

 

「なら、今日の軍議はこれで終いとしよう。

 

 各々、整理したいこともあるだろう。明日までに全部整理しちまいな!

 

 以上!解散!」

 

何を、と明言せずとも、皆分かっていた。

 

呉は黄蓋のことを。蜀は龐統のことを。

 

幾人かは再び沈鬱な表情へと戻りながら、ぞろぞろと軍議場を後にしていった。

 

 

 

 

 

「周泰さん!」

 

軍議で命を降された周泰は、出陣の準備をすべく足を外へと向けようとしていた。

 

そこに背後から声が掛かる。

 

「あなたは、蜀の?なんでしょうか?」

 

「こちら、周泰さんに書簡を預かっています」

 

「書簡、ですか?分かりました、後で読ませていただきます」

 

「はい。それでは、失礼致します」

 

必要最小限のやり取りだけで相手は去る。

 

周泰は何の疑いも無くその書簡を受け取った。先の話もあり、諸葛亮からの指示書だと勘違いしてしまったのだが……

 

 

 

その日の夜遅く、呉の将の一室から何かを殴りつけるような音が一度、響いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜も更け、周囲が闇に包まれた中、魏の野営地の入り口付近に一刀は立っていた。

 

そこに背後から声が掛かる。

 

「一刀。こんなところにいたのか。

 

 そろそろ軍議を始める頃だが、どうかしたのか?」

 

秋蘭が呼びに来てくれたらしい。

 

一刀はもう一度だけ陣の外に顔を向けてから秋蘭に答えた。

 

「ん、いや……とある人が来ないかと思ってたんだけどね。

 

 さすがに今日は来ないよな。

 

 軍議だっけ?それじゃ、一緒に行こうか」

 

「うむ」

 

一刀は秋蘭と連れ立って魏の陣地中央へと向かう。

 

連合の軍議より数刻遅れで、魏の方でもまた軍議が開かれようとしていた。

 


 
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